12月としては記録破りの大寒波冬型気圧配置による、北日本と本州日本海側に居座って、九州や四国地方までに多くの大雪被害を齎し、それにより死亡者さえ出る始末となった。
ここ道東地域でも早い内から、大雪・風雪・波浪・高潮などの警報と注意報が出されていた。積雪は50~60センチにも及ぶだろうとの気象予報を、全くウンザリする思いで聞き、不安な一夜を過ごしたのだが、朝になって見るとそれらの心配は杞憂であった。
今回の積雪は先日降った分と合わせても、前夜の予報を大きく下回ってせいぜい15センチ程度で済み、本当にホット胸を撫で下ろした。
しかし今度の大寒波は直ぐに遠ざかる気配はさらさらに無く、ニュースでの天気図を見ると、寒波特有の筋状の雲が日本列島全土を覆っている上に、この後猶も留まる勢いで、各地の交通手段や漁業それに農業に影響を与えている。
今冬は暖冬と云う長期予想を早々と発表した気象庁が恨めしくもあり、また腹立たしく思えてならない。最近の気象予報は当たらないのが当り前と、常々諦めているのだが・・・。
雪が降った日は、若干品不足気味の食品があると判っても、年齢の所為で何もかも面倒になって、買い物などの外出はなるべくしないようにしている。
今回の降雪状態をブログに載せようと一旦思い立ったのですが、いざ車を出す段になるとやはり面倒になり、結局は雪に覆われた裏庭の木々だけを家の窓からカメラに納めた次第です。
前日夕方の雲の状態、如何にも一荒れ来そうな空模様・・・!
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4a/ee/29126f8d5856f5da2e3a5d4d5c4bb0a3.jpg)
雪をかぶった裏庭の木々
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/06/b5/e9fa95ce2ceada114800c5e8605c4ea4.jpg)
同上
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0a/00/c5b03e432d43140e345ecbf2b60a6bab.jpg)
今日は全国的に大雪の様ですね。じゃこしか様のお庭の様子からも、雪の多さが伝わって参ります。積雪量が少ない地域でこれだけ雪が降ると、交通等にかなりの混乱が生じるのではないでしょうか?
私の住む町でもかなりの積雪がありました。発表によれば数十年ぶりの量だとの事。その影響でしょう、近所ではゴミ収集車が数時間も遅れて来たとか…
雪が少ないからと云っても、もともとが北国ですからそれは想定内のことです。
私のような老人なら、雪が落ち着くまで外出を控えることも出来ますが、毎日通勤通学のある方は大変だと思います。
御地にも数十年ぶりの大雪とか、雪道の歩行などには、どうぞくれぐれもお気をつけ下さい。
今年も後10日を残すだけですね。この忙しい年末の雪は恨めしいですね。
昼間の暖気で融けたのが雪が、乾かずにそのまま凍り付いてテカテカのアイスバーンになります。それが一番怖い存在です。
特に夜目には乾いた道路に見えますから、余計怖いです。
熊子さんの場合は、朝晩の距離が長いですから、くれぐれもお気をつけ下さい。
このところの気象異変は、全くどうなっているのでしょうか。日本全土に雪が降り、みんなが縮み上がっています。
先に出された暖冬の長期予報は何だったのでしょうか。
poloさんの仰るとおり、お互いに自衛風邪には注意しましょう。
今住んでいる所は丘陵を切り開いた住宅地で坂が多く、出掛ける時はヒヤヒヤしながら歩いています。又、昨夜は再びの大雪に見舞われ、驚いております。
樺太は、寒さは厳しかった様ですが、雪は多かったのでしょうか?
私の住んでいた所は、ロシアとの国境近くで北緯47度付近でしたから、真冬になると常時マイナス30度を越えていました。
その上豪雪なので、雪投げに随分苦労した物です。子どもながら手伝わされました。
温暖な地方に生まれ育った私には、常にマイナス30度と言うのがどんな状態なのか、想像さえできません。その上積雪も多いとなれば、まさに別世界の感が致します。「雪投げ」と仰るのは除雪作業の事でしょうか?当地は雪の少ない地方故、雪に関する語彙は非常に少ないです。
雪に降り込められる樺太の冬、子供達はさぞ退屈していた事でしょうね。それとも子供と言うのは何処にいても遊びを見つけるものでしょうか。
生活するのは大変でしょうけれども、人生に一度くらいは体験してみたく思います。
あなたの仰る「雪投げ」は除雪のことです。確かに季節毎の言葉(訛り)などは多くなると思います。
また子どもは遊びの名人ですから、マイナス30度であろうとも、「凍れ餅」を懐にして、平気で外遊び、スキーは勿論のこと雪スケート・瓶流しなどその場面に応じて、色々な遊びをつくり出すます。その挙句に冬休みの宿題が間に合わなくて、天手古舞いの大慌てで泣きの涙で登校という始末でした。