今年の初雪は12月の11日だった。それまでは、とても有難いことに晴れた人曇り日が重なり、時には雨のこともあったが、雪の心配はなくてまったく珍しい12月の上旬でした。
いつもの外歩きは、雨さえ降っていなければ毎日のように出掛けていたが、たまには手袋が要らないほどの、とても12月とは思えぬ暖かい日もありました。
この時季、外出時にはたいていは帽子・コートは欠かせないのだが、その日はそのように暖かい日だったので、帽子は外していつもより長めにぶらぶら歩きを続けました。
そして鶴見橋の下を通り過ぎ辺りで、対岸の川原に設けられたテントを目にしたのです。
そのテントの前には磯舟が繋がれていて、その周りには数人の人たちが忙しげに動いていたのです。
直ぐに、これはシシャモの人工孵化事業のための捕獲中だと知った。もうそんな時季になったのである。
先ほどらいから、川面のゴメたちがいつもより騒がしく飛び交っていたのは、産卵のために遡上するシシャモを狙っての行動だったのでした。
川面にはゴメの群れが幾つもできていて、突然舞い上がる群れがあると、それにつられて他の群れもいっせいに飛び立って、さらに騒がしさが増してゆきます。
その群れの中には頭から激しく川に突っ込むのもいました。それを上空で見ていたトンビが、素早く降下してゴメの群れに突っ込み、ときにはゴメに襲いかかってゆくのです。
その様子を立ちどまってしばらく見ていましたが、鳥たちの空中戦はなかなかの見物で、飽きが来ませんでした。
そんな鳥たちを見ながら、またしても想うのは樺太でのこと、父と会社のトラックを使って行ったシシャモ獲りのことだった。シシャモの習性は良く知りませが、樺太のシシャモは北海道のとは違って産卵は春先の明け方、場所も川では無くて海岸近く砂浜です。
また鰊の群来(クキ)は凄まじいですが、鰊よりずうっと小さいシシャモの群来も、けっして見劣りしません。
シシャモの大群が、波に乗って岸辺に打ち寄せてくると、胴長を履き手にたも網や旗竿に仕掛けた手製の網を手にした大人たちが、一斉に海に入って掬いとるのです。
無事に産卵は終えたものの、返る波に置いて行かれたシシャモが砂の上でぴちぴち跳ねているのを、素早く拾い集めるのが子どもの私の役目なのです。
親父たちが徹夜で獲って来たシシャモの処理は、いったいに何処の家でも女の仕事で、我が家でもおふくろの役目でした。
水洗いしたシシャモをヨモギの茎に刺してから、家の裏の物干し竿に吊るして天日で干すのですが、これがけっこう大変な仕事だったので、私も家に居るときは手伝いをしたものです。
このときおふくろは手を休めることなく、色々な昔の話などを良く聞かせてくれものでした。
その中にシシャモの名前にまつわる話があって、シシャモが出まわる時季がくると、家の裏のすだれ状に干した大量のシシャモと、その話を一緒に想い出すのです。
シシャモの名前の謂われは・・・アイヌ伝説によると、ある年のこと、大飢饉で飢えに苦しんでいたアイヌの人たちを哀れんだ神様が、 柳の葉を流したところ、その葉がシシャモとなった。
アイヌの人たちが、神からの授かりもののそのシシャモを食べて、飢えから救われたことから、その魚の名前はシシャモ(柳葉魚)のと名付けられたと云うことです。
ところが、私が子どもの頃におふくろから聞いた話は、まったく別もので、次のとおりです。
江戸時代の昔、アイヌの人たちは、商い相手の和人(当時の日本人)のことを、{シャム}と呼んでいたのだそうです。
ある時、アイヌの人たちに食事のもてなしを受けた折に出された魚があまりにもおいしかったので、その魚の名前を訊ねたところ、突然のことで返答に窮したアイヌの奥さんが、その時和人の顔を見ながらとっさに口にしたのが、{シャモ}と言う言葉だったのだそうです。
それ以来この魚は、日本人の間でシシャモと呼ばれ、広く伝わっていったということです。
おふくろから聴いた話が、たとえ間違って伝えられたものであったとしても、私は本当のことだと信じています。
なぜって・・・おふくろが嘘の話をわざわざ作ってまでして、私に聴かせる筈が無いからです。
また樺太シシャモは味が落ちるとか、北海道のものとは別物だと言うようですが、北欧物ならともかく、北海道とは直ぐ近くの海域でそれも同じ海流で育っているのですから、その味にあまり隔たりは無いはずだとおもいます。
現に樺太で食べたシシャモの一夜干しの味は、北海道に来てもうかれこれ50年余になりますが、いまだ一度たりとも味わったことはありません。
きっとこれらのことは、釧路産・白糠産・鵡川産だとかと自慢しあうのは、悪意などではなくて、それぞれお互い郷土愛から出たものに違いありません。
何はともあれシシャモの一夜干しの美味さは別格です。しかしこれは今どきのスーパーなどでは、獲れたてのシシャモなど売られておりませんから、夜陰にまぎれての密漁か、直接の猟師さんかその関係者などに限られるでしょう。
それにしても、取れたての一夜干しの味は、本当に別格です。
なおこの簾状に干されているシシャモの写真は、{北海道四季工房}から無断で拝借したものです。四季工房さん、ご容赦ください。
シシャモの遡上に興奮して激しく飛び交うゴメたち
上空でゴメたちの動きを窺っているトンビ
ゴメの群れに突っ込んでゆくトンビ
いつもの外歩きは、雨さえ降っていなければ毎日のように出掛けていたが、たまには手袋が要らないほどの、とても12月とは思えぬ暖かい日もありました。
この時季、外出時にはたいていは帽子・コートは欠かせないのだが、その日はそのように暖かい日だったので、帽子は外していつもより長めにぶらぶら歩きを続けました。
そして鶴見橋の下を通り過ぎ辺りで、対岸の川原に設けられたテントを目にしたのです。
そのテントの前には磯舟が繋がれていて、その周りには数人の人たちが忙しげに動いていたのです。
直ぐに、これはシシャモの人工孵化事業のための捕獲中だと知った。もうそんな時季になったのである。
先ほどらいから、川面のゴメたちがいつもより騒がしく飛び交っていたのは、産卵のために遡上するシシャモを狙っての行動だったのでした。
川面にはゴメの群れが幾つもできていて、突然舞い上がる群れがあると、それにつられて他の群れもいっせいに飛び立って、さらに騒がしさが増してゆきます。
その群れの中には頭から激しく川に突っ込むのもいました。それを上空で見ていたトンビが、素早く降下してゴメの群れに突っ込み、ときにはゴメに襲いかかってゆくのです。
その様子を立ちどまってしばらく見ていましたが、鳥たちの空中戦はなかなかの見物で、飽きが来ませんでした。
そんな鳥たちを見ながら、またしても想うのは樺太でのこと、父と会社のトラックを使って行ったシシャモ獲りのことだった。シシャモの習性は良く知りませが、樺太のシシャモは北海道のとは違って産卵は春先の明け方、場所も川では無くて海岸近く砂浜です。
また鰊の群来(クキ)は凄まじいですが、鰊よりずうっと小さいシシャモの群来も、けっして見劣りしません。
シシャモの大群が、波に乗って岸辺に打ち寄せてくると、胴長を履き手にたも網や旗竿に仕掛けた手製の網を手にした大人たちが、一斉に海に入って掬いとるのです。
無事に産卵は終えたものの、返る波に置いて行かれたシシャモが砂の上でぴちぴち跳ねているのを、素早く拾い集めるのが子どもの私の役目なのです。
親父たちが徹夜で獲って来たシシャモの処理は、いったいに何処の家でも女の仕事で、我が家でもおふくろの役目でした。
水洗いしたシシャモをヨモギの茎に刺してから、家の裏の物干し竿に吊るして天日で干すのですが、これがけっこう大変な仕事だったので、私も家に居るときは手伝いをしたものです。
このときおふくろは手を休めることなく、色々な昔の話などを良く聞かせてくれものでした。
その中にシシャモの名前にまつわる話があって、シシャモが出まわる時季がくると、家の裏のすだれ状に干した大量のシシャモと、その話を一緒に想い出すのです。
シシャモの名前の謂われは・・・アイヌ伝説によると、ある年のこと、大飢饉で飢えに苦しんでいたアイヌの人たちを哀れんだ神様が、 柳の葉を流したところ、その葉がシシャモとなった。
アイヌの人たちが、神からの授かりもののそのシシャモを食べて、飢えから救われたことから、その魚の名前はシシャモ(柳葉魚)のと名付けられたと云うことです。
ところが、私が子どもの頃におふくろから聞いた話は、まったく別もので、次のとおりです。
江戸時代の昔、アイヌの人たちは、商い相手の和人(当時の日本人)のことを、{シャム}と呼んでいたのだそうです。
ある時、アイヌの人たちに食事のもてなしを受けた折に出された魚があまりにもおいしかったので、その魚の名前を訊ねたところ、突然のことで返答に窮したアイヌの奥さんが、その時和人の顔を見ながらとっさに口にしたのが、{シャモ}と言う言葉だったのだそうです。
それ以来この魚は、日本人の間でシシャモと呼ばれ、広く伝わっていったということです。
おふくろから聴いた話が、たとえ間違って伝えられたものであったとしても、私は本当のことだと信じています。
なぜって・・・おふくろが嘘の話をわざわざ作ってまでして、私に聴かせる筈が無いからです。
また樺太シシャモは味が落ちるとか、北海道のものとは別物だと言うようですが、北欧物ならともかく、北海道とは直ぐ近くの海域でそれも同じ海流で育っているのですから、その味にあまり隔たりは無いはずだとおもいます。
現に樺太で食べたシシャモの一夜干しの味は、北海道に来てもうかれこれ50年余になりますが、いまだ一度たりとも味わったことはありません。
きっとこれらのことは、釧路産・白糠産・鵡川産だとかと自慢しあうのは、悪意などではなくて、それぞれお互い郷土愛から出たものに違いありません。
何はともあれシシャモの一夜干しの美味さは別格です。しかしこれは今どきのスーパーなどでは、獲れたてのシシャモなど売られておりませんから、夜陰にまぎれての密漁か、直接の猟師さんかその関係者などに限られるでしょう。
それにしても、取れたての一夜干しの味は、本当に別格です。
なおこの簾状に干されているシシャモの写真は、{北海道四季工房}から無断で拝借したものです。四季工房さん、ご容赦ください。
シシャモの遡上に興奮して激しく飛び交うゴメたち
上空でゴメたちの動きを窺っているトンビ
ゴメの群れに突っ込んでゆくトンビ