ルンルンピアノ

ピアノ教室の子どもたちとの楽しい毎日。。。。。。

502       名前を忘れた仙人

2006-11-17 22:04:14 | Weblog
※ 我々が帰る間際の水津さん   クリック♪


火曜日に会った時の仙人の状態があまりにも良くなかった為、きょうも午前中から堺の病院へ向かう。
早や師走も近づいて来たせいか、湾岸線がきょうも混んでいる。

11時半前に到着。
車を入れるNを残しひと足先に病室へ入ると、珍しく仙人が眠っていた。
メガネをはずし鼻に酸素導入管をつけた仙人の体が、驚くほど小さく見える。
しばらく黙って見ていると、急に息づかいがせわしくなってきて、「ハアッ ハアッ」 と肩呼吸を始めた。
(どうしよう) と心細くなった時、仙人がうっすらと目を開けたように見えたので、思い切って 「水津さん!」 と声をかける。
仙人はパッと開いた目でこちらを見て、聞き取れないほど小さな声で 「やあ・・」 と呟いた。

目が覚めるやいなや、仙人は鼻の酸素を引っこ抜く。 よっぽど邪魔なのだろう。

「具合はどうですか?」 「足は痛みませんか?」 と尋ねると、前回と同じように又、「ちょっとトイレに行きたい」 と言う。
足元の布団をめくると前と同じく大きな錘で右足が牽引されている。

「水津さん、足にすごく大きな錘がついているから歩くのムリですよ。 トイレはこのままして下さい」 と言うと
ちょっと驚いたような顔で 「へえ、そうなんですか?」 と素直に答えてくれた。

前日に仙人の知り合いのYさんという方が持って来て下さった 「楽飲み」 とミカンが目についた。

「きのうはYさんが来て下さったんですね」 と言うと、「そうなんです」 としっかりした返事が返ってきた。
最近では珍しい反応の良さだったので驚いた。
その後、むかしYさんと一緒に登った六甲の話しなどを聞く。

「どんな登山ルートだったんですか?」
「うーん・・・神戸線で2つ目の駅・・えーと何処やったかな」
「芦屋川とか?」
「そうそう芦屋川、あそこから2キロぐらい歩いて・・途中に女学院があって、・・しばらくいい道を歩くと急な坂道になって・・それからもうちょっと行くと大きな石がゴロゴロしとるところに出るんです」
「ゴロゴロ岳かなぁ」
「そう、多分そのゴロゴロ岳ですわ。 でも昔はそんな名前はついとらんかったです」

「途中、山のハゲた所があって・・そこで休憩したんですわ」
「ハゲた所?」
「そう、ハゲとるんですわ」

「じゃあウチの主人と一緒ですね、アハハ」 と笑うと、仙人も珍しく高い声で一緒になって笑った。 (N、ごめんよ)

「もうずいぶん寒くなって来たし、六甲登山も11月いっぱいぐらいですか?」 と尋ねると
「いや、六甲は日当たりがいいから・・日陰がないから大丈夫」 とおっしゃる。

そんな最中に食事が運ばれてきた。
配膳係の女性が、「出来れば半分ほど食べるのを手伝ってあげて下さい」 とおっしゃる。
聞くと、毎回食べ始めを手伝って下さっているらしい。

それではと、ちょっと緊張しながら、スプーンでひと匙づつ仙人の口元へ食事を運ぶ。
おかゆさんに、梅干を割いたのを少しとゴマを混ぜたもの。
しらすと大根おろしの和え物、青菜とお豆腐と小さくカットしたお肉を炊いた物、
おすまし。

少しづつだが、仙人は実によく食べてくれた。
こんなに急に食べて大丈夫だろうかと、こちらが心配になるほどだった。

今度からは来るたびに食事係をしなくては

その後、我々も昼食もとりに外へ出る。
きょうは松島屋でなく、喫茶あじさいで日替わり定食を食べた (あんまり美味しくなかった

病院へ戻る途中、ローソンで大学ノート(お見舞いに来た人の名前と日付を書いて貰う)と
ヒゲ剃りを買う。
きょうもネコは居なかった。

以前取り壊しの真っ最中だったお風呂屋さんの跡は、まだ何もない更地のままだ。
道路脇のわずかに残る桜の葉っぱが、午後の穏やかな日差しを照り返している。
時おり、自転車に乗った高校生が横を通り抜けて行く。

病室に戻ると、先ほどよりも一段と元気そうな仙人の笑顔があった。
はずしていたメガネもかけて、ヤル気満々という感じだ。
それでも話しをしだすとやはり噛み合わないことも多い。

「そこに酒がありませんかな?」 とベッドの下を指差す。
どうも私達へのオミヤゲの事らしかった。

Nが、「水津さん、ここは病院だからお酒を置いてたら叱られますよ」 と笑いながら言う。
 「え?!  そうなんか」 と、くったくなく笑う仙人。

「でも水津さんは本当にお酒が好きですねえ。 団地の押入れに入っていた自作の冬虫夏草酒はまっ黒でスゴかったです」 と言うと
嬉しそうな顔で目をキラキラさせながら、「いやあ、以前私のとこに来た人達にあれを勧めたら、みんな遠慮するんですわ」

それはそうだろうな・・・

そのあと突然、「きのうまで入院しておった病院に、今から帰ろうと思うんですわ」 と言い出した。
Nがビックリして、「水津さん、ここが水津さんの病院なんですよ」 と言うとポカンとした顔をしている。

仙人の顔をしっかり見ながら、「水津さんは8月からズーッとここの病院に居るんですよ」 と言うと、「えっ? 8月から??  ずっとここに居る??」 と、とても驚いていた。
入院間際、団地の暑さでへばって救急車で運ばれた事なども、一切記憶に無いようだった。

「それで・・・えっと・・・どちらからいらして下さったんでしたっけねぇ」

Nがすぐには意味を理解出来ずにいた。
私が横から小さな声で 「宝塚から来たって言ってあげて」 と助言する。

もう、「森さん」 という名前も忘れているようだった。
とても淋しい気持ちになった。

そろそろお別れの時間だ。
「また来ますから」 「ゼッタイに動かないようにね」 と言って病室を去ろうとすると、何やら色々言って引き止められる。
「トイレに行きたい」 だの 「酒を持って帰って欲しい」 だの・・・

それでもやっと一段落つき手を振って病室を出る。
仙人も何やらモニョモニョ言いながら右手を挙げて見送ってくれる(多分、アリガトウと言っていたと思う)

病室を出た角のナースステーションで、Nが看護婦さんに水津さんの病状を聞いていた。

私は階段の隅っこで、ひとりで泣いていた。



おわり 
コメント (12)
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