京男雑記帳

洛中で生まれ育った京男が地元視点で見た日常風景や話を雑記的に掲載

怖かった

2015年08月11日 04時24分57秒 | 風景


本日の記事は、清水寺に行った時の最後の写真です。
こういう古いお寺ってよく見るととても味わいがありますね。
でも早く自宅に戻りたいのでゆっくりみていられません。
なんか最近、気ぜわしい。



舞台からフト本堂の方を見た。
立派な鐘が吊してあります。
綱も太り!



近づいてよく見ると左肩の方にある鎖が開いているのがちょっと気になった。
こんな大きな鐘が頭に落ちてきたらシャレにならないですよね。
ちょっと怖かった。


↑「慈眼視衆生(じげんじしゅじょう)
  福聚海無量(ふくじゅかいむりょう)」

観音経にある言葉
「観音様は何時もやさしい、思いやりの眼をもって
 私たち生きとし生ける衆生を見てくださる。
 その観音様の心をもって生きれば、
 海の如く無量に福が集まる」
という意味です。

額のところの「正」はなんだろう?

さて南の小さな門から帰ります。
「歌の中山(うたのなかやま)」を歩いて行く。
「歌の中山」は、清閑寺(せいかんじ)までいく小径。
歌を歌いながら歩くのかと思いきや、昔、清閑寺に真燕僧都という僧侶がいた。
髪の毛の長い美人が通った。一目惚れしたらしい。ナンパしたいけど、どう声をかけたらいいのかわからなかった。そこで「清水寺はどう行ったらいいのですか?」とその女性に聞かはった。
その女性は
「見るにだに まよふ心のはかなくて まことの道を いかでしるべき」
と歌を詠んでパッと消えはった。
意味は「あんたさんは仏の道を志したはるようやけど、私の姿を見ただけで煩悩に囚われましたね、そんな当てにならない心掛けでは、どうすれば誠の道を悟ることができるのでしょうか、まあムリですね」というような意味。
きっと狸か狐、または観音さんが化けて出て来たのでしょう。
真燕僧都さんは、その後修行しやはったかどうかはわかりません。



というよな由来の「歌の中山」。
女性一人で行かれるのはお勧めできません。
そこから、墓地を通って行くとこのような階段にでます。
階段を降りたら地下道の入り口がある。
ここがいわゆる「池田町」の地下道で、上に五条通なんです。



ここは、昼間でも不気味な雰囲気なんです。
いつか、夜、バスを降りて入ったことがあります。
この日、入ると向こうに何かがある。
どうやら乳母車みたい・・・。
トンネルの幅が狭いから横を通るのがちょっと不気味。



速やかに横をすり抜けた。
カバーみたいなものがかけてあり、中身がわからない。
異臭はしていないから生ものは載っていないと思う。
赤ん坊の泣き吠えもしていない。
でも聞こえてきそう。
腕が飛び出したりもしなかった。
こんなものをこんな所に置かないで欲しい。
京女にこの写真を見せたらすごく怯えていた。
私なら警察を呼ぶ!とも言った。
朝の8時だけど、珍しく怖かった。
まだ、浴衣を着た髪の長い女性が立っている方がましです。
このトンネルを抜けたところが祠があったりして怖いんです。
霊気(冷気)を感じてもらったら幸いです。(笑)

和菓子
中村 肇
河出書房新社

↑これから暫くの間、京男の和菓子本のお知らせをさせてもらいます。説明は1月27日の記事をご覧ください。(色のかわっている部分をクリックすると表示されます)

Twitter→@kyo_otoko
コメント (4)
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