万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

貿易戦争の評価は時期尚早では?-代替効果に注目を

2018年06月21日 15時49分21秒 | 国際政治
米、さらに対中制裁関税 輸入品22兆円に10%追加
米中貿易戦争は収束の兆しを見せず、6月22日には、EUもアメリカに対して報復関税を発動することとなりました。貿易戦争の‘戦線’はむしろ拡大傾向を見せており、戦後の国際経済体制の基幹とされてきた自由貿易主義体制は岐路に立たされております。

 相互に高率の関税を課す貿易戦争に対して、マスメディアも経済学者の大半も否定的な見解を示しており、恰も今後の国際経済は暗黒の時代を迎えるかのような印象を与えています。全世界における貿易の縮小は、各国のGDPを連鎖的に減らし、自由貿易主義、否、グローバリズムが担ってきた資源の効率的配分や、世界大の経営の最適ポートフォリオから遠ざかると共に、経済の深刻な停滞をもたらすとも予測しているのです。しかしながら、この予測は、マイナス面ばかりを切り取って強調した悲観論のようにも思えます。何故ならば、関税率引き上げに伴う短期、並びに、長期的な代替効果を無視しているからです。

 輸入品に対する関税率が引き上げられますと、通常、これまで輸入品を使用してきた国内生産者の大半は、品質面等において輸入品に匹敵する製品が国内で生産されていない限り、関税で割高となった輸入品から国産品に切り替えます(もっとも、国内産ではなく、他の国からの輸入に切り替える場合もあり、この場合には、新たに輸出国となった国が恩恵を受ける…)。この際、国内生産者と消費者はコスト高と価格上昇という負の影響を受けますので、上述した悲観論にも一理があります。しかしながら、その一方で、輸入品からの切り替えによって国産品の生産量は増加しますので、同事業分野での国内の雇用は拡大し、国民所得の上昇による新たな消費も生まれます。こうした代替効果は、関税率引き上げの影響を受ける製品分野が広ければ広い程高く、価格上昇による消費の減退を差し引いたとしても、波及効果によりGDPを押し上げる効果が期待されるのです。

 昨今のアメリカ経済を見れば、貿易不均衡の是正のために‘バイ・アメリカン運動’を展開しようとしても、あらゆる消費財が輸入品で占められているため、もはや‘無理’との指摘もあります。それほどまでにアメリカ経済は輸入品、特に、中国からの輸入品に依存してきたわけですが、この高依存性ゆえにこそ、関税率引き上げによる国内製品への代替は、アメリカ経済に対して、マイナス影響を上回るプラスの効果をもたらすかもしれません。実際に、自国産業の保護を基本方針としたトランプ政権誕生以降、雇用統計等を見ましてもアメリカ経済は改善傾向にあります。加えて、同国は石油や天然ガス等を産出する資源大国でもあり、また、近年のAIやロボット技術の急速な発展は、コスト面における輸入品の有利性を削ぐ傾向にもあります。今や、安価な労働力を武器にした低価格の輸入品に頼る必要性が低下しており、むしろ、輸送コストを考慮すれば、国内生産の方が低コストを実現できる時代の入り口に立っているのです。

 しかも、長期的に見れば、国内生産者間における低コスト、かつ、効率的な生産を目指した製造技術の開発競争が起こり、イノベーションのチャンスが増す可能性もあります。マスメディアでは、多様性がぶつかることで思わぬアイディアが生まれるグローバリズムこそイノベーションの舞台と見なしていますが、イノベーションに時間や場所といった特定の条件があるとは思えません。多様性の掛け声とは裏腹に画一化に帰結してしまう今日のグローバリズムの下では、むしろ、‘規模の経済の勝利’が運命づけられた既定路線を歩むか、あるいは、陳腐なアイディアしか生まれないかもしれないのです。

 目先の貿易戦争にばかり注目しますと、‘この世の終わり’のような論評が多いのですが、短期的、並びに、長期的な代替効果を考慮しますと、この評価は時期尚早のように思えます。一党独裁体制を堅持する軍事大国の中国が自由貿易主義の勝者となる道を歩んでいる今日、自由貿易主義、並びに、行き過ぎたグローバリズムに対しては、理論面からの反論があってもよいのではないかと思うのです。

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