万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

中国という‘人間支配の実験場’

2018年08月23日 15時56分15秒 | 国際政治
ロシア革命に始まり1990年に崩壊したソ連邦は、共産主義体制の実験場とも称されていました。統制経済に基づくこの‘人間支配の実験場’はあえなく失敗に終わりますが、共産主義の系譜を引く中国は、自らの国を新たな実験場として提供しようとしているかのようです。最先端の情報・通信システムを活用する‘人間支配の実験場’として。

 ソ連邦の実験場では、全国民の行動や発言を漏れなくチェックするテクノロジーを欠いたため、秘密警察や密告といった国民間の相互監視に頼らざるを得ませんでした。この旧式の方法では、監視当局は、全国民を完全に監視下に置くことはできず、体制崩壊も、当局が、自由や民主主義を求める国民の動きを完全に把握できなかったところに依ります。この意味において、1989年に始まる東欧革命は、ロシアを含めて幸運であったということができます。

 ところが、ソ連邦崩壊後も共産主義体制を維持した中国は、今や、国民監視に有効な最先端のテクノロジーを手にしています。国民各自は、出生とともに、その一生を全て記録保存されてしまうのです。国民は、出生地や出生年月日に留まらず、両親や先代の家系(遺伝子情報…)、幼児教育から高等教育までの全ての成績、社会活動、学歴、交友関係、人物評価(共産主義の浸透度が評価基準)、取得した資格、就職した企業、並びに、その役職、給与、退職理由、資産の詳細、そして、犯罪歴や信用度に加え、病歴や死亡に至る経緯まで、全ての個人情報は当局によって把握されてしまうことでしょう。街を歩けば、スマホによる位置情報によって自らの居場所が特定されると共に、随所に設置された監視カメラで捉えられた映像は、即時に顔認証システムにかけられ、本人が確認されます。ダブル・チェックが働くのですから、国民の位置確認は完璧です。言論を見ても、スマホのチャットは言うまでもなく、ソ連邦でさえ盗聴器を仕掛けていたのですから、家庭内での会話であっても安心はできません。スマホや家電製品にバックドアを忍ばせれば、あらゆる音声は当局によって収集されてしまうのです。僅かに国民に残されていた内面の自由さえ、脳波測定により脳内の思考を読み取る技術の開発が進めば(生体へのチップの植え込み?)、早晩、失われかねないのです。

 中国国民の大半は、個人情報の保護よりも利便性を優先し、現体制を受け入れているそうですが、あるいは、既に、反対を表明できない状況にあるのかもしれません。当局によって身柄を拘束される、あるいは、ブラックリストに記載され、行政サービスから排除されたり、資産凍結といった厳しい制裁を受けるのですから。想像しただけでも身の毛がよだつのですが、中国が、‘人間支配の実験場’、否、実験場に過ぎないとしますと、仮に、この実験に成功すれば、中国モデルを模倣しようとする支配欲に塗れた為政者、あるいは、私人が出現するかもしれません。そして、独裁国家のみならず、技術力に優る故に、先進国もこのリスクから逃れることはできないのです。

 誰かに常時ウォッチされている状態は、極度のストレスと恐怖感を与えますので、人々の心身を蝕む‘静かなる殺人行為’とも言えます。そしてそれは、人の尊厳のみならず、自由、民主主義、法の支配、基本権の保障といった近代国家の原則をも踏み躙る蛮行でもあるのです。先端技術が野蛮に奉仕する時代の到来は、同時に、忍び寄る魔の手から脱出する方法を見い出すべく、人類の叡智が問われる時代でもあるのではないかと思うのです。

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