秘境という名の山村から(東祖谷)

にちにちこれこうにち 秘境奥祖谷(東祖谷山)

小説  斜陽 26  SA-NE著

2018年01月21日 | Weblog

美香さんは「はい、じゃあお墓参り済んだら、寄りますね」と大きな声で話していた。

「シゲ爺さんから、何の電話だったんですか?」
と聞きながら、僕は入り口に絡まった蔦を両手で必死で根元から抜こうとしたけど
根っこはびくともしなかった。掌が真っ赤になって痛くなった。
根っこ一本と格闘する僕の様子を、美香さんはチラッと見て微笑っていた。

「シゲ爺ちゃん、私達がここにいることを、郵便配達の人から聞いたんだって
来る途中で郵便配達の人とすれ違ったから、すぐに情報が届いたんだね~
私の携帯番号はずっと前にワンタッチ登録してあったからね。
帰りにちょっと用事があるから、寄れって言ってたよ」

僕達はお墓に向かって枯れ草だらけの細い道を歩いた。
「さっき、家の中で何か拾ったでしょう」
「形見になる物かと思って拾ったら、ヘビの脱け殻でした。気持ち悪くなって、捨てました」

美香さんの観察力は、時々恐くなる時がある。
美香さんは、ヘビの脱け殻は、幸運を呼ぶのにね~と笑っていた。

道の行き止まりになった少し平地な場所にお墓が見えた。
体の中に仕掛けられた時計の針が、不規則に動き始めたみたいに、
僕の鼓動はゆっくりと高まった。不思議な感覚だった。

「土砂崩れの石が、ギリギリの所で止まっているわね~」
美香さんが指差した目の前には大きな欅の木が見えた。白く苔むした太い幹から
無数の枝が伸びていて、落ちてきた一メートル位の岩が一つ、欅の根元で塞き止められた様に止まっていた。

「森田くん、ご先祖様のお墓だよ…お祖父さん、お祖母さんの」
美香さんはお墓の廻りを見ながら、リュックをおろして
また手袋と小さなレジ袋に入れた物を取り出した。

僕はお墓の前に立った。
何故かお墓の回りの草は生い茂って無くて、竹とか枝も一本も倒れていなかった。
「お母さんがいなくなった翌年からシゲ爺ちゃんが、この場所の手入れをしてくれていたんだって。
シゲ爺ちゃんがこの前に電話で、話していたわ。酔って呂律は回っていなかったけどね」

美香さんは笑いながら、手袋をはめた。
小さな夫婦墓の側面に刻まれた文字は剥がれかけて、苔が固まって
グレーのペンキを張り付けたみたいになっていた。
指先でなぞるように見ていくと、少しずつ文字が見えてきた。

昭和50年10月2日没
俗名森田源一
行年63才
昭和50年11月19日没
俗名森田ワキ
行年61才

昭和51年3月
森田志代建之

「多分お彼岸に、お墓を建てたのね。昔の墓石は値段も高かったから、お母さん相当無理したかもね。
その立派なお母さんの御子息は、まだ納骨も出来ないで、蔦の根っこと格闘してるのにね~」

美香さんは僕を見て冷やかす様に微笑って、お墓の回りに落ちた、欅の枯れ葉を一枚一枚、拾い集めていた。
僕は素手で小さな小枝を拾い集めていた。
カラスが僕達の頭上で、一羽鳴いていた。

数本の大きな木の向こう側に微かに見える対岸の畑らしき場所から、一本の細長い煙が、立ち昇っていた。
「火事じゃないんですかっ」
と煙を見ながら僕が立ち止まると、美香さんはやっぱり笑いながら、
「枯れ草とか、小枝を集めて燃やすのよ、集め焼き…」と言いながら、レジ袋からお線香とお米を取り出した。

お米を少し握って、シキビの木に振り撒くと、
「いただきますね」
と言いながら、数本折っていた。

僕はシキビの大きな木を初めて見た。
花屋さんで母が買っていた小さなものしか、見たことがなかった。

「お線香は点けないわよ。枯れ草に燃え広がったら、山火事になるからね」
美香さんから僕は、お線香とお米とカップのお酒を一本渡された。

僕は二人で掃除した、墓石の前にお線香とお米とお酒を置いた。
美香さんがカップのお酒のアルミの蓋を慣れた手つきで開けた。

「ちょっと飲んだらダメ?」と僕の顔を覗きこんだ。
「何を言うんですか?飲酒運転で捕まりますよっ」と慌てて僕が言うと

美香さんは「森田真面目くん、合掌しますよっ」と言って、二人で暫く、手を合わせた。

またあの不思議な鐘の音が、遠くで流れていた。

手を合わせた後で美香さんは墓に刻まれた文字を、指でなぞりながら、ぽつんと言った。
「お母さん、志代って書くのね。シヨさんかと思ってた…智志の志か…」

美香さんは、暫く墓石を触りながら、じっとしていた。僕は二回目の合掌をした。










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