第十七章
祖谷へ
次の日、江美はマスターの、入院先の整形病院に向かった。四人部屋の窓側のベットに、天井を見つめながら、横になったマスターがいた。「アッ、江美ちゃん来てくれたんだ。悪いねー」「仕事終わったら、こんな時間になっちゃった。面会時間、8時までだよね」「昨日、あれから江美ちゃんに電話で色々聞いて、ずーと考えてたんだー健ちゃんが、自分のこと何も話さなかったこととか、僕は健ちゃんのこと、一番解っているつもりだったから、情けないっていうか、江美ちゃんは、何か聞いてたの?」江美は、黙って首を横に小さく振った。「情けないのは、私のほうよ、あの日に限って母親の付き添いに行くのに、アパートに携帯電話忘れて行ったから、健二さんが病院に担ぎ込まれたことも、何も知らないで、私って、何処までついてないんだろーって、馬鹿みたい」
「そういえば、江美ちゃんのお母さん、ずっと危篤が続いていたって、大丈夫なの?」マスターが少しだけ、ベットの上体を起こしながら、尋ねる。
「可哀相なんだよー。また死ねなかったの。この次今度みたいになったら、人工の呼吸器だって…」江美は、そっと俯いた。不意を突く様に、堪えていた涙が溢れだした。自分でも、押さえることの出来ない鳴咽が、消灯時間を待つ、病棟に、響き渡っていた。何の言葉もかけずに、泣かせてくれる、マスターの優しさが、うれしかった。「江美ちゃん、元気になったら、また店においで。その頃には、退院してると思うから」
江美は、病院の外に出る。二月の雨が、肩に冷たい。すべての感情を包みこんだ雨が、雫になって、アスファルトに落ちていった。
第十八章
祖谷へ
あれから3カ月が過ぎた。「太陽が昇り、太陽が沈み、それが繰り返されるだけ。自然の営みの中で、自分の感情を当て嵌めて、進んだ方向を、人は人生と言う。今日という一日の積み重ねが、一カ月となり、月めくりのカレンダーなら、12枚で一年が終わる。人生は、自分で創るものなんだ、宿命だとか言って誰かのせいにしてみたり、時間のせいにしてみたり、何回も後悔することが、当たり前のように、なってしまう。そんなの可笑しいだろう。俺、今マジで良いこと言わなかった?」いつか、健二が居酒屋で江美に言ったことを不意に思いだした(のま簾)の店を訪ねた。懐かしい顔が揃っていた。最初は、江美を気遣い健二の話はみんな、避けていた。店終いの頃、マスターが不意に口にだした。「みんなで、健ちゃんのお墓参りに、行こう。梅雨に入る前に」江美は一瞬マスターを見た。残っていた、カズ兄さんがきり出す「健ちゃんの墓は、何処にあるの?」「江美ちゃんは、聞かされてるだろー?」江美は、そんな事を思い突かなかったことに、初めて気が遣いた。また、健二の言葉を思いだした。「江美は、よく生活してこれたよ」江美は、スクッと立ち上がった。「私祖谷に行って来る」。
祖谷へ
次の日、江美はマスターの、入院先の整形病院に向かった。四人部屋の窓側のベットに、天井を見つめながら、横になったマスターがいた。「アッ、江美ちゃん来てくれたんだ。悪いねー」「仕事終わったら、こんな時間になっちゃった。面会時間、8時までだよね」「昨日、あれから江美ちゃんに電話で色々聞いて、ずーと考えてたんだー健ちゃんが、自分のこと何も話さなかったこととか、僕は健ちゃんのこと、一番解っているつもりだったから、情けないっていうか、江美ちゃんは、何か聞いてたの?」江美は、黙って首を横に小さく振った。「情けないのは、私のほうよ、あの日に限って母親の付き添いに行くのに、アパートに携帯電話忘れて行ったから、健二さんが病院に担ぎ込まれたことも、何も知らないで、私って、何処までついてないんだろーって、馬鹿みたい」
「そういえば、江美ちゃんのお母さん、ずっと危篤が続いていたって、大丈夫なの?」マスターが少しだけ、ベットの上体を起こしながら、尋ねる。
「可哀相なんだよー。また死ねなかったの。この次今度みたいになったら、人工の呼吸器だって…」江美は、そっと俯いた。不意を突く様に、堪えていた涙が溢れだした。自分でも、押さえることの出来ない鳴咽が、消灯時間を待つ、病棟に、響き渡っていた。何の言葉もかけずに、泣かせてくれる、マスターの優しさが、うれしかった。「江美ちゃん、元気になったら、また店においで。その頃には、退院してると思うから」
江美は、病院の外に出る。二月の雨が、肩に冷たい。すべての感情を包みこんだ雨が、雫になって、アスファルトに落ちていった。
第十八章
祖谷へ
あれから3カ月が過ぎた。「太陽が昇り、太陽が沈み、それが繰り返されるだけ。自然の営みの中で、自分の感情を当て嵌めて、進んだ方向を、人は人生と言う。今日という一日の積み重ねが、一カ月となり、月めくりのカレンダーなら、12枚で一年が終わる。人生は、自分で創るものなんだ、宿命だとか言って誰かのせいにしてみたり、時間のせいにしてみたり、何回も後悔することが、当たり前のように、なってしまう。そんなの可笑しいだろう。俺、今マジで良いこと言わなかった?」いつか、健二が居酒屋で江美に言ったことを不意に思いだした(のま簾)の店を訪ねた。懐かしい顔が揃っていた。最初は、江美を気遣い健二の話はみんな、避けていた。店終いの頃、マスターが不意に口にだした。「みんなで、健ちゃんのお墓参りに、行こう。梅雨に入る前に」江美は一瞬マスターを見た。残っていた、カズ兄さんがきり出す「健ちゃんの墓は、何処にあるの?」「江美ちゃんは、聞かされてるだろー?」江美は、そんな事を思い突かなかったことに、初めて気が遣いた。また、健二の言葉を思いだした。「江美は、よく生活してこれたよ」江美は、スクッと立ち上がった。「私祖谷に行って来る」。
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