「山種美術館に行きたい!」
と思ったのは、一度や二度、三度や四度ではない。
そのたび、
「兜町って、どこ?」
と思っていた。
兜町という所には、縁がなかった。
そのうち 泡が消えて、山種美術館もどこかへ消えた。
と思っていたら、いつの間にか 恵比寿に移っていた。
恵比寿なら、縁があるから、少しは、わかるよ~♪
寒さ知らずの元気色。
山種美術館というのは、
山種証券(現・SMBCフレンド証券)およびヤマタネの創業者である、
故山崎種二氏が 長年にわたって蒐集した美術品の寄附により
1966年に開館した、日本画の専門美術館だ。
今年 初めて 山種美術館に行ったのは、
私が 子供の頃から好きだった、河合玉堂の展覧会、
『特別展 生誕140年記念
河合玉堂――日本のふるさと・日本のこころ――』
が開催されていたからだ。
こんな絵が、小学生の頃から、好きだった。
地図とにらめっこして、
「ここなら迷子にならずに行けるはず!」
と、意を決して ひとりで出かけた。
いや、治療院の後の寄り道なんだけれども。
会期の終わり頃だったと記憶しているので、
7月の末か 八月のアタマに行ったのだと思う。
テーマカラー:オレンジは、続く。
子供の頃に大好きだった河合玉堂は、
オバサンになった今では、さほどでもなく、
自分でもビックリだった!
田んぼの周辺など、故郷の風景に似ていて、
そこはドキドキするんだけど、なんか、違う。
子供の頃に慣れ親しんだ風景と同じだ。
ま、そこはともかく、≪山種≫を見つけたので 私はウキウキだった♪
玉堂と親しくしていたとかいって、展示されている絵は、
ほとんどが 「山種美術館蔵」(玉堂美術館のもあった)で、
すごいジャン、山崎種二!(笑)
暑い季節には ちょっと大変なくらい、恵比寿の駅からあるいた。
渋谷からでも そんなに変わらないだろうと思うけれど、
方向音痴が渋谷で迷子、なんて、
考えただけでもオソロシイ!(汗)
恵比寿からなら、絶対に迷わない。
(一回だけ、ちょっとだけ、歩道橋を降りた時に、迷った。(笑))
こちらも有名、鵜飼いの様子。
と思ったのは、一度や二度、三度や四度ではない。
そのたび、
「兜町って、どこ?」
と思っていた。
兜町という所には、縁がなかった。
そのうち 泡が消えて、山種美術館もどこかへ消えた。
と思っていたら、いつの間にか 恵比寿に移っていた。
恵比寿なら、縁があるから、少しは、わかるよ~♪
寒さ知らずの元気色。
山種美術館というのは、
山種証券(現・SMBCフレンド証券)およびヤマタネの創業者である、
故山崎種二氏が 長年にわたって蒐集した美術品の寄附により
1966年に開館した、日本画の専門美術館だ。
今年 初めて 山種美術館に行ったのは、
私が 子供の頃から好きだった、河合玉堂の展覧会、
『特別展 生誕140年記念
河合玉堂――日本のふるさと・日本のこころ――』
が開催されていたからだ。
こんな絵が、小学生の頃から、好きだった。
地図とにらめっこして、
「ここなら迷子にならずに行けるはず!」
と、意を決して ひとりで出かけた。
いや、治療院の後の寄り道なんだけれども。
会期の終わり頃だったと記憶しているので、
7月の末か 八月のアタマに行ったのだと思う。
テーマカラー:オレンジは、続く。
子供の頃に大好きだった河合玉堂は、
オバサンになった今では、さほどでもなく、
自分でもビックリだった!
田んぼの周辺など、故郷の風景に似ていて、
そこはドキドキするんだけど、なんか、違う。
子供の頃に慣れ親しんだ風景と同じだ。
ま、そこはともかく、≪山種≫を見つけたので 私はウキウキだった♪
玉堂と親しくしていたとかいって、展示されている絵は、
ほとんどが 「山種美術館蔵」(玉堂美術館のもあった)で、
すごいジャン、山崎種二!(笑)
暑い季節には ちょっと大変なくらい、恵比寿の駅からあるいた。
渋谷からでも そんなに変わらないだろうと思うけれど、
方向音痴が渋谷で迷子、なんて、
考えただけでもオソロシイ!(汗)
恵比寿からなら、絶対に迷わない。
(一回だけ、ちょっとだけ、歩道橋を降りた時に、迷った。(笑))
こちらも有名、鵜飼いの様子。