ラジオ爺の道楽三昧

原発放射能汚染により素人百姓・孫専科を奪われ、病で蕎麦打ちも廃業。最後に残ったアマチュア無線と男の料理の細々生存証明。

市民講座「そば打ち教室」

2011年03月05日 | 手打ち蕎麦打ち
  
                    
  
                    
ここ数日再び寒波の襲来で体調を崩されてしまったのか阿部さんと受講生2名が欠席して最終回の教室が行われた。
講師陣が受講生を大幅に上回る体制で臨んでいるので、今日は準備撤収と渡辺さんから依頼された写真撮影に専念して御用済みと思っていたら、その渡辺さんの指示で急に1人世話する事になった。前回の人同様に感は並だったが、前回やった事はほとんど忘れてしまったそうで「老体になればみんな同様で自分も同じだった」と慰めながら進めた。たった三回の受講でこの後1人で打てるとはとても考えられず、継続する意思があるのならカルチャースクールでの受講を勧めた。
午後調理実習室で受講生へ渡辺さんが打った“10割”を振舞った後は定例の研究会が行われた。
前回と同じ性質の粉でぬるま湯なら“10割”も打てるとの事だったが、ひび割れがかなり発生した。打った人は周辺のひび割れ救済処置を会津塩川蒲生名人方式を採用「周辺を切取り中心部へ混入する」方法を渡辺さんの指導で実施した。自分は何とか救済処置を施さなくてもと、お呪いの心算でつなぎ粉一握り加えて1Kg打ったが“10割”と大差なく、手助けを受けてしまった。
自分達の打ち方は江戸前のごく標準的なものだが、研究会の場なので時としてこんな方法も実験的に試す事がある。

最新の画像もっと見る

コメントを投稿