ラジオ爺の道楽三昧

原発放射能汚染により素人百姓・孫専科を奪われ、病で蕎麦打ちも廃業。最後に残ったアマチュア無線と男の料理の細々生存証明。

原発事故25

2012年03月26日 | 原発事故
            
原発事故放射能土壌汚染により一年間散々迷ったが、農作物の栽培を断念して、今月末日で返却する畑の残材整理も午前中に終えて、60坪程の30数年の素人百姓小作人を廃業した。
同時に赴任した寮も偶然隣同士だったMさんが、10坪の市民菜園の抽選に当選して「花を作るだけなので、半分手伝ってくれませんか」と言われて、Mさんの小作人になったのが原点だった。
ここは2年で宅地になり、この新たな地10坪の減反水田から再スタートした。
何時の間にか道楽には十分過ぎる面積になり、田んぼの粘土質を冬期間限定で自分の背丈ほど掘り返す天地換をして、4シーズンで砂地の土壌に改良した。
低農薬半有機栽培を実践して、近年ではまともなスイカやメロンも作れる様になった。孫達ととうもろこしやスイカ狩り、さつまいもほりの楽しみも、そして何よりも安全で新鮮な美味しい野菜も全て失った。
「体力の限界?止めるにはベストチャンス」と慰めてくれた人もいたが、正直のところ原発事故がなければ、まだまだ未練はあった。原発が憎い!