ナショナルジオグラフィック2024年1月20日
人間に蜂蜜のありか教える鳥、地元の鳥寄せ声を聞き分けると判明
野生のミツバチの蜂蜜を手に入れるのはたいへんだ。巣は木の枝やうろに隠されていてなかなか見つからないし、ミツバチたちは巣を守るために攻撃してくる。しかし、アフリカの蜂蜜ハンターたちは、ノドグロミツオシエという小さな茶色い鳥の力を借りて、ミツバチの巣を見つけている。ミツオシエはハンターをミツバチの巣に案内し、ハンターは煙や道具を使ってミツバチの攻撃を抑える。こうしてハンターは蜂蜜を手にし、ミツオシエは主食である蜜蝋にありつくことができる。
科学者たちは長年、人間とノドグロミツオシエとの珍しいパートナー関係に魅了されてきた。2023年12月に学術誌「サイエンス」に掲載された論文によると、この関係はこれまで考えられていたよりもさらに密接であることが明らかになった。蜂蜜ハンターのコミュニティーはそれぞれ独自の鳥寄せの声を使っているが、ミツオシエは特定の音声シグナルを学習し、それに反応することができるのだ。
人間と野生動物との共同作業は非常に珍しく、世界中で数例しか記録されていない。しかも、こうした例は急速に姿を消しつつある。ノドグロミツオシエを使う蜂蜜狩りも、かつてはアフリカ大陸全域で行われていたが、今では東アフリカ、特にモザンビークやタンザニア、ケニアの農村部で、いくつかの民族が行っているだけだ。
「人間の側に学習プロセスがあることはわかっていました。鳥を使った蜂蜜探しの文化をもつコミュニティーは複数あり、鳥寄せの声はコミュニティーごとに異なっています」と、論文の著者の一人である米カリフォルニア大学ロサンゼルス校准教授で、ナショナル ジオグラフィックのエクスプローラー(探求者)でもあるブライアン・ウッド氏は言う。「私たちは鳥の側にも学習プロセスがあるのかどうかを知りたかったのです」
研究者たちは蜂蜜ハンターと一緒に原野を歩きながら、東アフリカの2つのコミュニティーで使われている鳥寄せの声を事前に録音したものと、比較対照となる音を流し、ミツオシエがどのくらいの頻度で近づいてくるかを記録した。
「この鳥は、地元の蜂蜜ハンターの鳥寄せには2~3倍の確率で応えます」と、今回の論文の筆頭著者であるクレア・スポッティスウッド氏は言う。氏は南アフリカ、ケープタウン大学と英ケンブリッジ大学の研究者で、「ヒト・ミツオシエ・プロジェクト」のリーダーでもある。
米オレゴン州立大学のマウリシオ・カントール氏は、異なる種の個体同士が双方にとって利益となる関係をもつ「相利共生」の専門家。今回の研究には関わっていないが、人間と動物とのパートナー関係における複雑なコミュニケーションに重要な知見をもたらすものだと評価している。
「鳥たちが本当に特定の鳥寄せの声に反応しているのかどうかは、これまでわかりませんでした」とカントール氏は言う。「今回の研究は、鳥たちが特定の音声シグナルをどのように認識し、反応するのかを単純明快な方法で検証しており、非常にエレガントです」
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人間と野生動物の協力関係、なぜレア?
カントール氏は、ブラジル南部の漁師とラヒールハンドウイルカとの協力関係を研究している。イルカは、水に潜ったり、ジャンプしたり、尾や頭を水面に叩きつけたりして、回遊してくるボラの群れの存在を漁師に知らせ、網が仕掛けられている岸に向かってボラの群れを追い立てる。イルカと組んでいる漁師は、組んでいない漁師の約4倍の量のボラを獲り、また漁師と組んでいるイルカは、組んでいないイルカよりも多くの餌を食べて長生きすることを氏は発見した。
「人間は網のような道具を使って多くの魚を捕まえるのは得意ですが、濁った水の中で魚を見つけるのは得意ではありません」と、最近ナショナル ジオグラフィック協会のワイルドライフ・インテリジェンス・プロジェクトの一環としてエクスプローラーに就任したカントール氏は言う。「一方、イルカは反響定位(エコロケーション)によって水中の魚を追跡し、人間がいる方に追い立てるのが得意なのです」
ミャンマーのエーヤワディー川(イラワジ川)の河口に生息するカワゴンドウというイルカも人間との間に同様のパートナー関係を築いており、漁師はしばしば舟の側面を棒で叩いてカワゴンドウを呼び寄せ、漁に協力させている。
相利共生の関係が双方に利益をもたらすのであれば、人間と野生動物が協力し合う事例がこれほどまでに少ないのはなぜだろう?
「人間と動物が協力し合うためには、いくつかの条件がそろっている必要があります」とカントール氏は言う。その条件とは、人間と動物が競合する関係にならないだけの十分な資源があることや、お互いに狩りのスキルを補い合えることなどだ。
だが通常は、効果的なコミュニケーションが欠けているために協力が成立しない。「自分たちの目標は同じところにあるのか、お互いの行動をどのように調整するべきなのか、いつ協力し合えばよいのか」など、考慮すべき点はたくさんあると氏は言う。「このようなシステムの中で人間と動物の集団が共に進化していくためには、多くの試行錯誤が必要です」
歴史的に人類が食料の確保で狩りや漁、採集に大きく頼っていた時代には、人間と動物の相利共生関係はもっと広く見られたのかもしれない。1800年代のオーストラリア南東部では、先住民やスコットランド系移民がザトウクジラなどを捕獲する際にシャチに協力させ、見返りに肉を分け与えていたという記録が残っている。
米カンザス大学の進化生物学者のレイモンド・ピエロッティ氏の研究によれば、北米先住民はオオカミと協力して狩猟を行っていたという。この協力関係はおそらく旧石器時代までさかのぼることができ、狩猟者がより社交的で攻撃性の低いオオカミをパートナーに選んできたことが犬の家畜化につながったのかもしれない。
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失われつつある関係
スポッティスウッド氏、カントール氏、ピエロッティ氏、ウッド氏らは、2022年に学術誌「Conservation Letters」に発表した論文で、人間が狩猟採集生活から大きく離れてしまった今、人間と野生動物との間に残された協力関係を保護することがますます重要になってきていると主張した。
オオカミは狩猟によって米国本土からほぼ駆逐され、オオカミと人間とのパートナー関係も消滅した。オーストラリアでのクジラの虐殺は、シャチと人間との協力関係の終焉につながった。その中には、ヨーロッパからの入植者が人間と協力関係にあったシャチを意図的に殺したことも含まれている。
ミャンマーのカワゴンドウは現在80頭未満まで減少し、漁で結びつくイルカと人間の関係を脅かしている。またブラジルでは、産業的な漁業の台頭や、船舶の交通量の増加、水路の汚染によって、ラヒールハンドウイルカと協力してボラを獲る村は2つしかなくなってしまった。
さらに、銃やモーターボートなどを使う近代的な狩猟や漁は、人々が動物と協力する必要性を減らした。また、パートナーとなる動物が怪我をする危険性も高まるため、動物を参加させることをためらわせている。
ノドグロミツオシエと蜂蜜ハンターに関しては、経済や土地利用の変化、人口の増加なども要因となっている。ウッド氏によれば、養蜂や安価で入手しやすい代替甘味料の普及が、野生の蜂蜜の需要を下げている。「そして、ミツバチのコロニーを養える野生の地域は、ますます地元の人々の立ち入りが制限され、人々が伝統的な採蜜地から締め出されているのです」と氏は言う。
最後に、新しい世代が多大な労働力を必要とする慣習を敬遠し、農村での生活そのものから離れていくことも、動物と協力して狩りや漁、採集をするのに不可欠な知識が失われつつあることの原因となっている。
このような伝統の喪失は、それを実践している地域社会をはるかに超える影響を及ぼす、と研究者たちは言う。
「野生の動物や鳥に導かれて森を歩くのは、神話的というのに近いものがあります」とウッドは言う。「人間と他の種とのまったく異なる関係が垣間見えますし、人間が世界の中でどのように道を切り開くかについて、より広い可能性に気づくことができます」
https://www.goo.ne.jp/green/column/natgeo-0000BaEz.html