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米統治下の言論統制、浮き彫り 琉球政府文書3900枚発見 「暗黒時代」解明の鍵に

2015-12-31 | ウチナー・沖縄
琉球新報 2015年12月31日 05:05

発見された琉球政府文書「出版物に関する書類」
 米統治下の沖縄で行われていた言論統制に関する大量の琉球政府文書が30日までに見つかった。1953年1月から56年6月までの間に琉球政府が扱った文書で、出版許可申請書や琉球政府内での決裁書類、米国民政府への照会文(英文)、申請者への許可・不許可の通知文などが事案ごとにまとめられていた。琉球政府文書を保管している県公文書館には所蔵されておらず、県内の男性が自宅で保存していた。許可申請された出版物の中には、米統治に抵抗した政治家・瀬長亀次郎氏による政党機関紙「人民」や、後に公選行政主席となる屋良朝苗氏の「教育新聞」などが含まれていた。沖縄戦後史の中でも“暗黒時代”と呼ばれる50年代前半に、どのような言論統制が行われていたのか実態を解明するための極めて重要な1次資料だ。
 文書は「出版物に関する書類」の題名で年次ごとにとじられており、53、54年分が各3冊、55年分が2冊、56年1~6月分が3冊で計11冊。全体で約3900枚に及ぶ。琉球政府秘書課の永久保存文書だった。
 許可申請されていた出版物には琉球大学の学生による「琉大文学」、米国留学経験者がつくる「金門クラブ会報」、ハンセン病療養所・沖縄愛楽園の入所者による琉歌集「梯梧」などもあった。高校生の文芸誌や校内新聞なども申請を出していた。
 また、琉球政府が出版申請者の思想傾向、政党関係、家庭状況、交友関係などを調べるよう琉球警察に依頼した記録やその回答が数件分、残されていた。 
 新規に発行する出版物の許可申請書のほか、定期刊行物の継続申請書、廃刊届、発行人の名義変更なども含まれていた。疏球政府の行政主席官房から各地方支庁に対し、出版物に関する調査を指示する通達や、新たな布令の通知など、行政機関の間でやりとりされた文書もあった。
 文書から確認できた申請や通達などの件数は、53年が96件、54年が61件、55年が103件、56年前半が75件で計335件。出版が許可されたケースだけでなく、不許可や却下になったものもある。
 53年10月には許可済みの定期刊行物も再び許可を取り直すよう民政府の指令があり、琉球新報社が全従業員の名簿を提出するなど、各新聞社や出版社が経営に関する詳細な資料を添えて継続申請を行っていた。
 当時、沖縄では出版者が琉球政府に許可申請書を提出し、琉球政府は民政府の承認を受けた上で、発行を許可していた、琉球政府が「許可に差し支えない」と判断したものを民政府が不許可としたり、独白に出版の条件を付けたりしたものもあった。
 発見された文書は沖縄の日本復帰後、県庁の庁舎内に保管され、80年代に建て替えに伴う取り壊しの際に流出したとみられる。
 沖縄の言論統制に詳しい門奈直樹・立教大名誉教授は大学院生だった66年2月、琉球政府の物資保管所でこれらの文書の一部を調査していた。
 今回、文書が見つかつたことについて門奈名誉教授は「米統治下で基本的人権である表現や言論の自由がなかった事実が、凝縮されて記録されている最高の1次資料。発見に大変驚いている」と話している。(安田衛)
http://ryukyushimpo.jp/news/entry-196809.html?utm_source=dlvr.it&utm_medium=facebook

キラ、チョハ、コテカ…!? ちょっと変わった世界の民族衣装5選!!

2015-12-31 | 先住民族関連
BIGLOBEニュース-12月30日(水)17時0分tocana

 日本でいえば「着物」、中国では「チャイナドレス」、ベトナムでは「アオザイ」など、その国ごとに特色があるのが民族衣装。スコットランドの民族衣装「キルト」は、いわゆるスカートのような形状をしているが男性用の衣装だ。今回は、ちょっと変わった民族衣装からカッコイイ民族衣装まで、5つ紹介しよう。
●ノルウェー「ブーナッド」(Bunad)
 北欧の国ノルウェーで着られている民族衣装「ブーナッド」は、刺繍や銀細工のアクセサリーが特徴的。主に冠婚葬祭時や5月17日の憲法記念日に着られている。地域によって色が異なり、北部は青や緑、南部は黒、西部は赤や白が基調になるという。ディズニー映画『アナと雪の女王』に登場するアナとエルサの衣装はこの「ブーナッド」がイメージソースになったのだとか。
●ドイツ南部など「ディアンドル」(Dirndl)
 ドイツの南部からリヒテンシュタイン公国、オーストリアチロル地方にかけて着られているのが「ディアンドル」という民族衣装。「ディアンドル」とはドイツ語で「お嬢さん」といった意味で、アルプス山脈の農家で働く女性の伝統的な衣装がモチーフだとされている。ボディス・ブラウス・スカート・エプロンによって構成され、ドレスのように見えるが胸元が大きく開いているのが特徴。五月祭やオクトーバーフェストなど伝統的な行事で多く着られているという。そうだ、ドイツ行こう。
●ブータン「キラ」(Kira)
「キラ」とは、“幸せの国”ブータンで着られている女性用の民族衣装。隣国インドの民族衣装「サリー」の影響を受けて発展したもので、長い年月に渡って進化してきたという。着装方法などの独自性は、衣服文化学の観点から見ると特異な存在だといわれている。1989年には日常着として公の場でこの民族衣装の着用が義務付けられた。ちなみに男性用の民族衣装の名前は「ゴ」。くるぶし丈の「キラ」と比べ、「ゴ」はひざ丈なのが特徴だ。
●ジョージア(グルジア)「チョハ」(Chokha)
 ジョージア(グルジア)は、旧ソ連の構成国から1991年に独立した共和制国家。「チョハ」と呼ばれる丈の長いコートのような服が民族衣装だ。以前は戦闘服として着られていたらしく、胸部分に弾帯が付いているのが特徴。色はワインレッドや白・黒・グレーが基本色だという。以前は将軍や指導者など権威のある人たちが着ていたのだが、2008年にデザイナーのSamoseli Pirveliが新しい「チョハ」のブランドを立ち上げ、再び注目を浴びている。現在は愛好家グループもあるらしい。
●ダニ族など「コテカ」(Koteka)
 ニューギニア島の先住民族、ダニ族やインドネシア・パプア州のヤリ族などが着用する民族衣装、それがコテカだ。細長いひょうたんを原料とし、中身をくりぬいた民族衣装で、青年用の「コテカ・ルルス」と壮年用の「コテカ・ベンコック」の2種類のタイプがある。着用方法は、直に陰茎に被せ、紐で腰あたりに固定させる。そう、つまり「ペニスケース」と呼ばれているアレのことだ。インドネシアではコテカをつけている男性が街中でも見られる。ちなみに若者が「コテカ・ベンコック」を着けるとひどく怒られるらしい。
※画像は、ノルウェーのブーナッド 「Wikipedia」より引用
http://news.biglobe.ne.jp/trend/1230/toc_151230_6188446236.html

シカに感謝、アイヌ文化知って 平取のハンターら、9日ワークショップ

2015-12-31 | アイヌ民族関連
北海道新聞 12/30 19:48
 【平取】アイヌ民族の暮らしに欠かせない存在だったシカを通じ、狩猟に関わる民族の精神文化への理解を深めるワークショップが来年1月9日、日高管内平取町で開かれる。北海道アイヌ協会によると、サケをテーマに民族の狩猟文化を紹介するイベントは各地で行われているが、シカを通じた取り組みは珍しい。
 町内のハンター、門別徳司(あつし)さん(33)ら5人でつくる実行委主催。口承文芸や古式舞踊の体験イベントに比べ、アイヌ民族の生活を支えてきた狩猟、特にシカ猟に関する精神文化に触れる機会が少ないとして企画した。
 「マタギキャンプinアイヌモシリ」と銘打ち、1月9日午前10時に二風谷アイヌ文化博物館に集合。伝統的なシカ猟の道具などを見学した後、午後から旧荷負(におい)小でシカの角や皮を使ってボーンナイフを作る。シカをさばいてバーベキューを楽しむ。
 門別さんらは「ボーンナイフは民族の伝統的な道具ではないが、普段は捨てられるすねの部分を活用することで、いただき物である動物の命を大切にしてきた民族の精神文化を共有したい。今後も継続的に開ければ」と話している。
 参加料は博物館見学とボーンナイフ作りが1万円、バーベキュー付きが1万2500円。問い合わせは門別さん(電)090・5076・0212へ。
http://dd.hokkaido-np.co.jp/news/life-topic/life-topic/1-0218242.html

Twitterルール改定──人種や性的指向へのヘイト行為や脅迫行為など、禁止事項が詳細に

2015-12-31 | アイヌ民族関連
ITmedia 2015年12月30日 07時30分 更新
Twitterが、いじめや嫌がらせ行為を減らす目的で、利用規約の「Twitterルール」を改定した。ここで禁じている特定の人種や性的指向への攻撃やテロ告知のような脅迫ツイートを投稿すると、アカウントを一時停止または永久凍結される。【UPDATE】複数アカウントを全面的に禁止するものではない。[佐藤由紀子,ITmedia]

 米Twitterは12月29日(現地時間)、同社サービスの利用規約の1つである「Twitterルール」を改定したと発表した。いじめや個人攻撃などの悪用をなくす取り組みの一環という。
 同社の信頼と安全性担当ディレクターを務めるミーガン・クリスティナ氏は公式ブログで、今回の改定は「Twitterがどのような行為をいじめや嫌がらせとみなすかを明確にする」のが目的と説明する。
 4月の改定段階のTwitterルールとツールを使って差分を取ったところ主な違いは、これまで「不正利用とスパム」という項目にまとまっていた行為が、「攻撃的な行為」と「スパム」に分かれてより詳細になり、不正利用に含まれていた「ポルノ」が「Twitterの利用におけるコンテンツの範囲」に移動して項目名が「刺激の強いコンテンツ」になった。

Twitterが禁止する「攻撃的な行為」
 Twitterは4月から、ユーザーからの報告などに基いて、嫌がらせを行っているとサポートチームが判定したアカウントを一時的にロックまたは永久凍結している。クリスティナ氏は、この対策が効果を上げていると語った。
 同社はアカウントの停止だけでなく、コンテンツフィルター機能を使っていじめあるいは嫌がらせの可能性があるツイートを自動的に検出し、タイムラインへの表示を減らすという対策もとっている。
【UPDATE】その他の変更として、以前のルールでは「フォロワーを得る目的で、誤解を招くようなアカウントを複数作成した場合」を禁止していたが「同一ユーザーが重複使用を目的として複数のアカウントを作成すること、または1つのアカウントが一時的または永久凍結された場合に備えて別のアカウントを作成することを禁じます。」となっている。
【UPDATE 2】複数アカウントを全面的に禁止するものなのかどうか、Twitterに問い合わせたところ、「通常の利用であれば複数アカウントはこれまでと同じにご利用いただけます。こちらのルールは、「攻撃的」であるためにアカウントを止められた方が別のアカウントを作られることを禁じるというものです。」という回答だった。
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1512/30/news017.html

世界の核被害者を取材して=石川裕士(広島支局)

2015-12-30 | 先住民族関連
毎日新聞2015年12月30日 東京朝刊

フォーラムで報告するインド東部の先住民アシッシ・ビルリさん(右)=広島市で11月21日、山田尚弘撮影
新たなヒバクシャ生むな
 世界で唯一、核兵器被害と原発事故を経験した被爆国のリーダーが一線を越えた。今月12日、安倍晋三首相とインドのモディ首相が、日本の原発輸出を可能にする日印原子力協定で原則合意に達した。私は先月、広島で開催された「核のない未来を! 世界核被害者フォーラム」を取材し、「平和利用」であっても、原子力開発自体がインドに暮らす先住民の文化や生活、命までも脅かしている現実を知った。「核なき世界」に逆行する安倍政権の外交政策に憤りを感じざるを得ない。
核なき世界逆行、日印原子力協定
 フォーラムは、広島と長崎の反核・平和団体でつくる実行委員会が世界のあらゆる核被害をなくそうと企画し、11月21〜23日に開かれた。広島、長崎の被爆者をはじめ、核実験やウラン採掘場、原発事故の被災者ら世界の核被害者が初めて被爆地に集い、核の軍事、民生利用の両面から放射線被害の実態を報告した。最終日に採択された核被害者の権利をまとめた憲章は、国連人権委員会に提出される。
 私はフォーラムで、一人のインド人青年と出会った。アシッシ・ビルリさん(24)。インド東部ジャドゥゴダの先住民「ホー族」の写真家だ。
 ビルリさんによると、先住民が多く暮らすジャドゥゴダでは、1960年代から国営公社によるウランの採掘と製錬が始まったが、放射線の健康影響は先住民たちには知らされなかった。職を求める人が次々と鉱山労働に加わり、半袖姿で鉱石を扱い、近郊の道路も鉱石くずで舗装された。次第に妊婦が流産や死産を繰り返すようになり、指が足りない奇形児が生まれた。先住民たちは原因不明の奇病を「悪霊の仕業」だと恐れるしかなかったという。
 ジャドゥゴダの状況は、インド人映画作家のシュリプラカッシュ監督が製作したドキュメンタリー映画「ブッダの嘆き〜ウラン公害に立ち向かう先住民」(99年公開)で世界に知られた。日本でも支援運動が盛り上がり、元京都大学原子炉実験所助教で放射線専門家の小出裕章さんが2003年まで現地で行った環境調査をもとに、ウラン採掘と被害の因果関係を示す論文を発表した。
 ビルリさんは「現地では今もウラン開発が続いている」と言う。写真を手に、ウランの採掘と製錬の過程で生じた放射性廃棄物を含んだ大量の汚水が、先住民居住地近くの人造池に直接排水され続けている状況を示した。元々田畑だった土地に造られた人造池は既に三つが満杯で、さらに池の拡張計画が実現すれば、信仰の場である礼拝所も池の底に沈むという。
 フォーラムにビルリさんは、故郷で撮影した数十点の作品を持ち込んだ。会場の壁には、生まれつき膝が折れ曲がったまま歩けない少女や頭が肥大化した男児、あごに大きな腫瘍がある中年女性ら、痛々しい写真が並んだ。
 いずれも13年の撮影。「最近の写真はないのか」と尋ねる私に、ビルリさんは「彼らが写真を撮らせてくれたのは、変化を期待したからだ。でも、何も変わらなかった」と力なく答え、新たな撮影が許されない事情を明かした。さらに、「ジャドゥゴダ出身というだけで、結婚を断られることもある。私自身も、いつか核の被害者として被写体になる日がくるかもしれない」とつぶやいた。
放射線被害続く、印のウラン開発
 日本から遠く離れたウラン採掘現場では、今も甚大な核被害が続いているのだ。ビルリさんが伝えようとする現状は、目に見えぬ放射線で人間の尊厳を傷つけられた者の叫びであり、米軍が投下した原爆の被爆者たちが70年にわたって訴え続けてきた思いと重なる。核被害の経緯こそ違うが、同じ苦しみや不安を抱えるインド先住民たちは「ヒバクシャ」にほかならない。またそれは、人間の選択しだいで回避することが十分に可能な核利用サイクルの入り口で受けた被害なのだ。
 日印原子力協定に私は反対だ。「平和利用」であれ、協定はインドの原発政策を助長し、ビルリさんら先住民を間接的に傷つけることになるからだ。安倍首相は今年8月、被爆70年の広島と長崎であった式典に臨んで「唯一の戦争被爆国」を自任し、後遺症に苦しむ被爆者に見舞いの言葉を贈った。そうした言動の一方で、新たなヒバクシャを生み出す行為に加担すべきではない。
 経済成長を続けるインドを支援し、関係を強化することが日本にとって重要であることに異論はない。しかし、協定に正式合意する前に、安倍首相は現地の核被害に目を向けるべきだ。戦後70年の年も暮れていく今、そのことこそ、「被爆国」を名乗る日本のリーダーの責務だと思う。
http://mainichi.jp/articles/20151230/ddm/005/070/010000c

動画:狩猟からカカオ栽培へ 環境守るアマゾン先住民

2015-12-30 | 先住民族関連
AFPBB News 2015年12月28日 16:56 発信地:ガレノ/エクアドル

【12月28日 AFP】南米アマゾン(Amazon)の先住民族の人々は、フランス・パリ(Paris)で今月行われ、ダークスーツに身を包んだ政治家や高級技術官僚が地球温暖化の抑制に向けた歴史的合意に達した国連気候変動枠組み条約(UNFCCC)第21回締約国会議(COP21)の会場からは遠く離れている。
 しかし先住民族の人々は、世界最大の熱帯雨林アマゾンの生物多様性を守るため国際的な対策とは違った大胆な行動を取っている。温暖化を抑制する上でアマゾンが存在し続けることは不可欠だ。
 エクアドルのある先住民族は生計手段を狩猟からカカオ栽培に切り替えた。ブラジルではある先住民族が魚種資源の管理を始め、ペルーには石油業や鉱山業、森林伐採業から環境を保護するため、自治政府を発足させた先住民族も現れた。
 伝統的に狩猟で生計を立ててきたエクアドルの先住民族ワオラニ(Waorani)の人々は、環境を守ろうという強い意識から2010年に狩猟をやめてカカオの栽培を始めた。
 ジャングルのただ中にある集落、ガレノ(Gareno)で生活する彼らは、熱帯雨林の息苦しいほどの高温はほとんど気にしていないようだが、獲物が見つけにくくなっていることには気が付いていた。
 先住民女性の団体、「エクアドル・アマゾンのワオラニ女性の会(AMWAE)」は、夫が狩猟をやめた場合、妻にカカオの木を提供するプロジェクトを立ち上げた。東部のパスタサ(Pastaza)州とナポ(Napo)州で先住民族の10のコミュニティーがこのプロジェクトに参加し、70家族が計25ヘクタールの農地で栽培を行っている。
 収穫されたカカオ豆は、市場価格を45セント(約54円)上回る1ポンド(約454グラム)当たり1.25ドル(約150円)でAMWAEが買い取る仕組みだ。豆は首都キト(Quito)に送られ、チョコレートの原料になる。
 夫が亡くなった後、カカオ栽培からの収入で6人の子どもを育てている女性(26)は「目を見張りました」と語った。「以前は(男の人たちが)たくさんの動物を狩っていましたが、今は男性もカカオ栽培に加わり、動物を殺すのをやめました」と話した。(c)AFP
http://www.afpbb.com/articles/-/3071652

琉球独立論を封じるには、翁長知事個人ではなく、反基地派の論理粉砕を - 仲新城誠

2015-12-30 | ウチナー・沖縄
BLOGOS-2015年12月28日 07:20
JAPANISM
八重山日報編集長が語る 真実を伝える国境の島のメディアと沖縄の反日マスコミ
琉球独立論を阻止するには、翁長知事を個人攻撃するより、独立論を掲げる反基地派の論理を粉砕するほうが先である。翁長知事を辞職に追い込んでも反基地派は新たな旗印となる人物を粛々と担ぎ上げ、再び県政を手中にしようとするだろう。
周到に進んでいる「琉球(沖縄)独立」運動
「琉球(沖縄)独立論」が県内でじわじわと浸透し始めている。非武装中立の独立国をつくることで、米軍基地を撤去させようという運動だ。現在、独立論に賛同する県民はほとんどいないが、マスコミの発信力を活用し、県内では独立論にルーツを持つ用語や思想が氾濫。9月21日にスイス・ジュネーブの国連人権理事会で演説した翁長雄志知事が、独立論者がよく使う「自己決定権」という言葉を公式に使用し、内外に大きな波紋を広げた。
翁長知事が国連で演説したのは、米軍普天間飛行場(宜野湾市)の名護市辺野古移設反対を国際的に発信するためだ。
知事の2分間のスピーチで、さわりの部分は次のような内容だった。
「沖縄の人々の自己決定権がないがしろにされている辺野古の状況を、世界中から関心を持って見てください」
「沖縄の人々は自己決定権や人権をないがしろにされています。自国民の自由、平等、人権、民主主義、そういったものを守れない国が、どうして世界の国々とその価値観を共有できるのでしょうか」
沖縄のマスコミは「沖縄には基地のない未来を自分で決定する権利がある」という意味で自己決定権という言葉を使っている。都道府県の中で、沖縄にだけ自己決定権が認められる根拠は、沖縄がかつて琉球王国だったという一点しかない。「反基地」を訴える材料として自己決定権という言葉を持ち出すと、究極的には独立しかなくなるのだ。翁長知事自身は独立論者でないことを明言しているが、知事を担ぐ勢力は、まぎれもなく沖縄独立を志向している。
独立論者たちも反基地派の一派として、県政に影響を及ぼすことが可能な立ち位置にいることが、改めて浮き彫りになった。
事実、知事の国連演説を支援したNGОや市民団体は、沖縄人を「先住民族」と認定するよう求める活動を展開している。国連でそのNGОなどが主催したシンポジウムでは、NGО代表が「沖縄は日本に併合され、植民地支配された」という趣旨の発言をしており、翁長知事も同じ檀上で黙って発言を聞いていた。
会場でシンポを見た石垣市の砥板芳行市議は「知事には全く笑顔がなかった。知事自身、とんでもない所に来てしまったと思っていたのではないか」と推測した。
基地問題を人権問題にすり替えた翁長知事へのカウンター
知事演説では、基地問題を人権問題にすり替えた発言にも驚かされる。
国連人権理事会では、知事演説の直前まで、北朝鮮やシリアの人権問題を審議していた。そのような場で行われた発言を、世界各国の代表はどのように聞いたのだろうか。「沖縄の人々は日本政府に人権を弾圧されており、自己決定権を行使して独立したがっている。世界中から関心を持って助けに来てください」
ニュアンスとしては、このように受け取られなかっただろうか。これに呼応して中国が「了解。助けに行く」と沖縄に人民解放軍を送ったとしよう。県民は驚いて「そんなことは頼んでいません」と反論するだろうが、人民解放軍は「だって、あなたたちの知事が国連で助けを求めていたじゃないか」とうそぶくことだろう。
「何をバカなことを」と言う人も多いだろうが、世界の人権問題を協議する場で、沖縄の知事が「人権をないがしろにされている」と日本政府を非難した意味は、決して軽々しく考えるべきではない。邪念を抱く他国に介入される危険を自ら作り出しているのだ。
翁長知事の後を追うように、沖縄から密かに国連入りした一行がいた。県紙の沖縄タイムス、琉球新報を「正す会」という組織の代表運営委員で、沖縄マスコミを批判する運動を展開している我那覇真子氏(26)と支援者たちである。
我那覇氏は普天間飛行場の移設先である名護市民で、まぎれもなく移設問題の当事者だ。翁長知事が国連で演説することを知り、NGОの支援を得て「知事の誤った発信を正すために」(我那覇氏)自らも国連で演説する決意を固めた。
知事演説の翌22日、我那覇氏は知事が座った同じ席から、次のように訴えた。
「私は、沖縄生まれの沖縄育ちです。我々は日本の一部として、世界最高水準の人権と質の高い教育、福祉、医療、生活を享受しています」
「沖縄県の現知事は無責任にも日本とアジア太平洋地域の安全保障におけるアメリカ軍基地の役割を無視しています。中国が東シナ海と南シナ海でみせている深刻な挑戦行為を知事と国連の皆さんが認識することが重要です」
全く対象的な2人の演説である。沖縄のマスコミは知事演説を大々的に報道したが、我那覇氏の演説は紙面の片隅でベタ記事扱いだった。知事の発言は知事ゆえに重みがあるが、我那覇氏は一県民でしかないから、という理屈も一応は成り立つ。
しかし翁長知事も我那覇氏も、NGОの発言枠を借りて演説したという条件では全く同じであり、演説時間も同じ2分間。国連のシステム上、2人の発言に軽重の差はなく、従って翁長氏の発言だけを根拠に、国連が何らかのアクションを起こすことは有り得なくなった。中国も人民解放軍を送れなくなった。これだけ指摘すれば「我那覇演説」の重要性が理解できるだろう。
翁長知事の国際発信は、同じ県民の我那覇氏によって完全に打ち消されたと言っていい。
知事発言に勢いづいた独立論者たち
だが、知事が国連の場で自己決定権に言及したことは、沖縄の独立論者たちを勢いづかせた。何と言っても翁長県政が、自己決定権という言葉を公認したのである。翁長県政に、独立論のイデオロギーを滑り込ませたのだ。
尖閣諸島を抱える石垣市で10月24日、琉球民族独立総合研究学会の「オープン・シンポジウム」が開かれた。同学会は琉球独立を訴えるため、年に3~4回、誰でも参加可能なオープン・シンポジウムを開催しているが、石垣市では初の取り組みという。
同学会を簡単に紹介しておこう。2013年、沖縄復帰記念日の5月15日に独立論を訴える研究者たちで発足。石垣市出身の龍谷大経済学部教授、松島泰勝氏らが共同代表を務めている。
設立趣意書では「琉球は日本から独立し、全ての軍事基地を撤去し、新しい琉球が世界中の国々や地域、民族と友好関係を築き、琉球民族が長年望んでいた平和と希望の島を自らの手でつくりあげる必要があります」と活動目的を掲げている。
会場には約100人が集まったが、私が見たところ、多くが島外からの参加者のようだった。
シンポで西表島在住の同学会員、石垣金星さんは、石垣市や与那国町で進む自衛隊配備計画を批判した。
「尖閣問題で、あたかも中国が攻めてくるようなことを盛んに扇動する人がいるが、そんなことは有り得ない。那覇市も東京も、中国の観光客であふれている。国同士の話し合いで解決するのが一番だ」
普天間飛行場移設問題にも言及した。
「辺野古の問題が行きつく先で、沖縄が独立の道を選択する時が必ず来る」
私が感じた素朴な疑問は、なぜ琉球独立論が、常に非武装化とか、自衛隊配備反対とか、辺野古移設反対に行きつくのか、ということだ。
沖縄が独立国となり、強力な国防軍を創設して、場合によっては核武装し、尖閣を狙う軍事大国の中国と対峙する、という選択肢だって、あっていいではないか。独立論と沖縄の非武装化がリンクすべき論理的必然性はないのだ。しかし独立論者の誰一人として、沖縄の重武装化を口にする者はいない。
琉球独立論の正体
このことから、琉球独立論の正体が見えてくる。独立論者にとって真の目的は沖縄の非武装化であり、独立は手段でしかないこと。「独立」という甘い言葉で県民のロマンを誘うが、行き着く先は誇りある独立国どころか、せいぜい辺野古移設に反対する県民集会くらいのものである。
私は、そのような独立論は、真の独立論に値しないと思っている。「琉球民族の血のたぎり」が本当にあるなら、なぜ尖閣を狙う中国に満身で抗議の意思を示さないのか。尖閣は沖縄の一部ではないか。米軍基地に対するのと同様の怒りを、尖閣周辺で傍若無人に航行する中国公船にもぶつけるべきである。
ところでシンポでは、グアムで独立運動を展開しているグアム政府脱植民地化委員会事務局長のエドワード・アルバレス氏、グアム大学教養社会科学部准教授のマイケル・ベバクア氏もパネリストとして発言した。2人は辺野古移設問題について、こう語った。
「日本政府が、軍拡のために知事を訴えようとしていると聞いている」
「翁長知事は国連人権理事会で、沖縄の怒りを表現した。脱植民地化が唯一の答えだ。日米安保のもと、苦しい思いをしている島々に、独立が一つの道であることを示そう」
辺野古移設は軍拡ではなく、宜野湾市民の危険性除去が目的であり、沖縄本島から離れた島々である宮古諸島や八重山諸島が、日米安保のもとで苦しんでいる事実もない。翁長知事の国連演説もそうだが、海外に沖縄の誤ったイメージが拡散されている危険性を懸念する。
国連で翁長知事に対抗した我那覇氏は11月4日、石垣市を訪れて講演した。約150人が集まったが、私が見たところ、ほとんどが地元住民であり、しかも悪天候の中を、我那覇氏の顔を見ようとわざわざ駆けつけて来た人たちだった。
我那覇氏は、移設先に隣接する辺野古住民の多数が移設を容認していること、辺野古には既にキャンプ・シュワブという基地があり、辺野古住民と米軍の関係も良好であることを紹介した。琉球独立論にも触れた。
「沖縄対本土という構図を作ろうとしているが、本当に沖縄は独立できるのか。経済的に考えても、真面目に議論できるものではない。私たちは沖縄県民であり、日本人であり、家族だ。私たちが家族である事実は変えられない」
独立論者たちが百の理屈を並べても、我那覇氏のこの一言で論破されてしまう。独立論者たちは足元を見つめ直し、自分たちが反基地派の一派でしかないことを認めた上で、理論武装のあり方を再考したほうがいいかも知れない。
翁長知事批判は「もぐらたたき」にすぎない
最後に、巷にあふれる翁長知事批判の在り方について述べたい。
国連演説から帰った翁長知事は月の県議会で野党から厳しい追及を受けた。県議会では翁長知事を支える与党が多数なので、知事を追い詰めるには至らなかったが、野党からは「知事は中国と非常に親しいと言われている」という質問もあった。
翁長知事は「私の娘は沖縄と埼玉にいて、一度も中国に行ったことはないが、長女は上海の外交官と一緒になっていると言われている。末娘は中国に留学していると言われている。ネットで言われていることを信じている人が多いようだ。何で私と中国が仲良しだと言われるのか疑問だ」と苦笑交じりに応えた。
保守派の中で、確たる根拠もなく、知事を「中国の手先」などと罵る論調があることには疑問を抱く。しかも「知事の娘が中国人と結婚している」というガセネタまで流すのは悪質だ。
保守派の県民や本土住民と話していて、翁長知事が、ここでは筆にできないような下品な言葉で個人攻撃されるのも何度も聞いた。私は記者生活約20年だが、ここまで憎まれる政治家を見るのは、実は稀である。反基地派の中では確かにヒーローかも知れないが、私ならいくらお金を積まれても、今の翁長知事と立場を交換したいとは思わない。
翁長氏は確かに親中派だし、現に普天間飛行場移設という国家の重大問題で、県民を誤った方向へ誘導している。しかし翁長氏が、民主的な方法で選ばれた沖縄県民のリーダーであることも事実だ。知事に反対する人たちも、知事職の尊厳は意識してほしい。それは民主主義の尊厳でもあるからだ。
さらに言うなら、翁長知事の背後には、知事を弾よけにして日本の安全保障を揺るがそうとする反基地派がいる。前述の独立論者たちもそうだ。保守派が翁長知事を徹底糾弾して辞職に追い込んだとしても、反基地派は新たな旗印となる人物を粛々と担ぎ上げ、再び県政を手中にしようとするだろう。翁長氏への個人攻撃は、結局はモグラ叩きでしかない。
日本の安全保障を心配するなら、翁長知事を個人攻撃するより、反基地派の論理を粉砕するほうが先なのだ。だから翁長知事批判は、あくまで政策本位であるべきだ。
なかあらしろまこと/昭和48年、沖縄県石垣市生まれ。八重山日報編集長。琉球大学卒業後、平成11年、同社に入社。以来、八重山地区の政治、経済、社会問題を中心に取材。平成22年より現職。著書に「国境の島の『反日』教科書キャンペーン「」翁長知事と沖縄メディア「『反日・親中』タッグの暴走」(以上、産経新聞出版)
http://blogos.com/article/151572/

世界最大級の滝はアフリカでもっとも見事な光景

2015-12-30 | アイヌ民族関連
日本経済新聞 2015/12/27 6:00
ナショナルジオグラフィック日本版
 最近では世界旅行の幅がずいぶん広がってきましたが、家族や友人、恋人などの大切な人と至福のときをどう過ごしたらいいかを企画するのは意外に難しいもの。そこでナショナル ジオグラフィックが多数あるリゾートの中から、一定期間滞在してゆっくりと過ごすのにふさわしい、魅力的な旅先とステイ先(滞在先)をご紹介します。
 アフリカ大陸の南部、ザンビアとジンバブエの国境にまたがるビクトリアの滝。大切な人と過ごす景勝地として、世界でこれほど迫力のある場所もないでしょう。この滝を訪ねるなら、2月から5月までの満月の日を選び、何も説明せず大切な人を世界でもっとも大きな滝(幅1708メートル、高さ108メートル)が見えるバルコニーへ誘い出しましょう。息を呑むような光景が眼前に広がります。明るい月の光に輝いて虹が現れるかもしれません。
 ここの先住民コロロ族はかつてこの滝を「モシ・オ・トゥニャ(雷鳴とどろく水煙)」と呼びました。ザンベジ川がマカディカディ塩湖から玄武岩の渓谷に落下するとき、耳をつんざくような轟音(ごうおん)とともに、濃い蒸気状の水煙が舞い上がることからついた名前です。50キロ離れたところから見える白い水煙をバックに、つかの間の虹が現れます。
 1855年にスコットランド出身の探検家デビッド・リビングストンがヨーロッパ人として初めてこの滝に遭遇しましたが、残念ながら虹は見なかったようです。しかし彼は深く感銘し、「アフリカで見たもっとも見事な光景だ」と日記に書いています。

ビクトリアの滝の迫力。ザンベジ川はビクトリアの滝を経て川幅を広げ、島をつくり、いくつもの水路に分かれる。(Photo: Courtesy of the Royal Livingstone Hotel)
■広大な国立公園のなか、自然の力に圧倒される
 ビクトリアの滝は、隣接するモシ・オ・トゥニャ国立公園とビクトリア・フォールズ国立公園に守られています。これらの国立公園はザンビアとジンバブエにまたがって広がり、面積は約80平方キロに及んでいます。圧倒的な自然の力とアフリカ大陸探検の大いなる物語を象徴する場所といっていいでしょう。野性的で冒険的な旅なら、ザンベジ川の急流でラフティングをする、滝の上でバンジージャンプをする、ゾウの背に乗ってトレッキングに出かけシマウマ、キリン、ヌー、インパラ、サル、ワニを観察するなどが挙げられます。
 満月であろうとなかろうと、当地での宿泊は「ロイヤル・リビングストン・ホテル」がお勧めです。このホテルの名前は、まさに滝を“発見した”前述のリビングストンにちなんでつけられました。アフリカの神秘とビクトリア王朝時代のコロニアルな壮麗さが見事に組み合わさったホテルです。
【見どころと滞在】
▼ビクトリアの滝では、ザンベジ川が大音響を響かせ、水煙を巻き上げながらマカディカディ塩湖から玄武岩の渓谷に落下する。
▼「ロイヤル・リビングストン・ホテル」の中は、家具や調度品などをはじめビクトリア朝時代のコロニアルな壮麗さが漂っている。
▼滝の見学のあとは、隣接するモシ・オ・トゥニャ国立公園とビクトリア・フォールズ国立公園のなかを散策したい。
(日経ナショナル ジオグラフィック社)
[ナショナル ジオグラフィック『一生に一度だけの旅 GRANDE 大切な人と過ごす贅沢ステイ』を再構成]
〔参考〕ナショナル ジオグラフィック『一生に一度だけの旅 GRANDE 大切な人と過ごす贅沢ステイ』は、家族や友人、恋人などの大切な人と一緒に最高の休日を過ごすための旅行ガイドです。一定期間滞在してゆっくりと過ごせる、世界81地域の旅先とステイ先(滞在先)を厳選し、豊富な美しい写真とともに紹介しています。世界遺産を堪能できる快適な過ごし方から、あまり知られていない景勝地や秘境のリゾートまでを網羅している格好の1冊です。
http://www.nikkei.com/article/DGXMZO94758890U5A201C1000000/

16年度政府予算 アイヌ政策関連、15年度比1割増

2015-12-27 | アイヌ民族関連
苫小牧民報  (2015年 12/26)
 政府は24日、総額96兆7218億円とする2016年度一般会計予算案を閣議決定した。このうちアイヌ政策関連は、2020年度に白老町に開設する「民族共生の象徴空間」整備を中心に、15年度実績の1割増となる13億2400万円を計上。国立アイヌ文化博物館(仮称)や国立民族共生公園(同)の設計などが柱で、アイヌ遺骨を集約する慰霊施設整備に向けた調査費も新たに盛り込まれた。
 アイヌ政策関連の予算内訳を見ると、象徴空間関連は全体で42%増の5億700万円。このうち博物館整備では36%増の3億3800万円、民族共生公園関連は80%増の900万円とした。
 新規の慰霊施設関連は3800万円で、内閣官房アイヌ総合政策室によると候補地の予備調査などが主な内容。全体のロードマップでは17年度に施設設計と建設工事を計画しており、「土地取得手続きなども出てくるため、16年度中に掘り下げた調査を進めたい」などとしている。
 情報発信方策に関する調査は昨年の2倍以上となる1200万円を計上した。具体的には海外に向けたアイヌ文化発信を検討する方針で、海外向けにPR活動を展開している既存団体への補助金交付などを検討する考え。
 このほかアイヌ文化の振興や普及啓発関連に3億3600万円、アイヌ生活向上関連に4億5100万円、その他は啓発活動などに3100万円をそれぞれ盛った。
 今回のアイヌ政策関連予算は、5年後の象徴空間開設に向けてロードマップに沿った施設設計などが盛り込まれている。白老町の関係者からは、施設などハード整備への予算確保を歓迎する一方、アイヌ民族が主体的に関わる仕組みや、環境づくりが十分に盛り込まれていないことに、危機感を示す意見もある。
 アイヌ民族博物館の野本正博館長は、政府が設定した入り込み100万人の目標達成に向け、「ナショナルセンターとして産業振興と文化振興がバランスよく進められる施設にならないといけない」と強調。施設整備が先行する中、アイヌ文化の振興という基本理念に沿った対応も急務とし、各省庁の共通認識や連携のもと、ソフト対策充実の必要性が求められている。
http://www.tomamin.co.jp/20151233654

台湾 民進党、立法院選でも躍進狙う 過半数獲得を視野

2015-12-27 | 先住民族関連
毎日新聞2015年12月25日 21時17分(最終更新 12月25日 22時14分)

支援者とともに気勢を上げる民進党の蕭美琴氏(右)=2015年12月23日、鈴木玲子撮影
 【台北・鈴木玲子】来月16日の台湾総統選挙で優勢が伝えられる最大野党・民進党は、同日実施の立法院(国会、定数113)選挙でも「過半数獲得」をスローガンに躍進を狙っている。
 立法院選挙は、小選挙区制と比例代表制を組み合わせて行われる。現在、与党・国民党が単独過半数の64議席を握り、民進党は40議席にとどまる。民進党初の陳水扁政権(2000〜08年)時代でも、立法院は国民党など野党が多数を占めたため、与党は重要法案などの通過を阻まれた。
 台湾では伝統的に、国民党は北部、民進党は南部を地盤としてきた。だが、昨年11月の統一地方選では、民進党が中部の台中市や彰化県に加え、北部の桃園市や新竹市も制して大勝。地方都市の予算編成などを通し、党勢拡大につなげた。
 地方の勢力図が変化する中、長年にわたり国民党の基礎票を支えてきた農会(農協)や漁会(漁協)でも、民進党支持の動きが出ている。民進党は過半数の57議席以上、さらに60議席の獲得も視野に入れ、国民党地盤の切り崩しに拍車をかけている。
与党地盤でも激戦 花蓮県
 台湾立法院選挙で注目されているのが、東部の花蓮県・選挙区だ。与党・国民党の分厚い支持層から「鉄票区」と呼ばれてきたが、野党・民進党の猛攻を受け激戦が続く。
 国民党現職の王廷升(おう・ていしょう)氏(50)に、民進党の比例現職、蕭美琴(しょう・びきん)氏(44)が挑む構図。候補者番号を決める23日の抽選会では、県選管の庁舎前で両陣営が道路をはさんでにらみ合うなど、緊張感が漂った。
 「ダブル当選を目指せ」。2番を引いて庁舎から出てきた蕭氏は、総統選を優位に戦う蔡英文主席(59)にあやかろうと、支援者とともに気勢を上げた。蕭氏は蔡氏の重要な側近の一人で、同氏や党中央との太いパイプが武器。「民進党への支持を明らかにすることさえ難しい土地柄だったが、今回は違う。風を感じる」と語る。
 一方の王氏は、地元政界で40年以上の経験を持つ王慶豊・元県長(知事)の息子で「小王子」と呼ばれる。王家の2代目、プリンスの意味だ。王氏は「地元」を強調。「民進党が政権を握り、中台関係が悪くなって中国人観光客が来なくなったらどうするのか」と有権者に訴える。
 山岳部の花蓮には先住民族の3分の1が暮らし、産業は観光や農業に依存する。傅☆※(ふ・こんき)県長は中国人観光客を積極的に呼び込んで観光業振興を図ってきた。だが、その恩恵は一部に偏りがちで、庶民には交通渋滞や列車の切符購入が困難になったといった不満もくすぶる。
 民進党の勢いに危機感を募らせる国民党執行部は、比例名簿の10位に傅県長の妻、徐榛蔚(じょ・しんい)氏を据えた。傅氏は無所属だが元は国民党。番号抽選会にも夫婦そろって王氏の応援に駆けつけ、保守勢力の結束をアピールした。【花蓮で鈴木玲子】
 ☆は山へんに「混」のつくり
 ※は草かんむりの下に「其」
http://mainichi.jp/articles/20151226/k00/00m/030/104000c

映画の世界を文字どおり救ってきた知られざるポップコーンの歴史とは

2015-12-27 | 先住民族関連
GIGAZINE- 2015年12月25日 20時00分00秒
By Joakim Wahlander
映画館を訪れた際には売店で買うバケツたっぷりのポップコーンが欠かせないという人も多いと思いますが、実はそれ以上に映画とポップコーンには切り離せないつながりがあるようです。ポップコーン誕生の歴史と映画との切っても切り離せなくなった関係についてまとめたムービー「The Science & History of Popcorn - The Snack that Saved the Movies」が公開されています。
The Science & History of Popcorn - The Snack that Saved the Movies on Vimeo
ポップコーンの科学と歴史について解説するのは、映画の作り方や背景を解説するFilmmakerIQ.comのジョン・ヘス氏。ムービーでは、ヘス氏の表情豊かな解説具合にも思わず目がいってしまいます。
まずは「何がポップコーンをポップ(破裂)させるのか?」について。
ポップコーンの元になるのは、言わずとしれたトウモロコシの実ですが、ポップコーンに使われるのは限られた一部の品種だけです。
ポップコーンに使われるのは、トウモロコシの中でも「爆裂種」と呼ばれるタイプのもの。爆裂種は「Zea mays everta(Z.m.L.var.everta)」という学名を持っていますが、これは「トウモロコシ属(Zea)」「トウモロコシ種(Z. mays)」に分類されるという意味を持つもの。
トウモロコシの粒は、外殻をなす果皮の中にデンプンが凝縮された内胚乳を含んでおり、約14%の水分を含んでいます。
この粒を加熱し、100度を超えると内部の水分が気化して膨張しようとしますが、爆裂種の粒は果皮が非常に硬いために内部の圧力がグングンと高まります。
そのまま、内部の温度がセ氏180度、圧力が930キロパスカル、つまり約9気圧にまで高まると……
「パンッ」とおなじみの音をたてて粒が弾け、ポップコーンになるというわけです。
興味深いことに、ポップコーンの弾け方には大きく分けて2つの種類があるとのこと。1つは「バタフライ」と呼ばれるタイプで、ウィングと呼ばれる突起部を持つもの。食べた時のボリューム感があるので、映画館などで食べられる一般的なポップコーンによく用いられます。もう一方の丸いタイプは「マッシュルーム」と呼ばれ、輸送時に壊れにくい特徴があることから、袋詰めのスナックや、キャラメルポップコーンのようなソースを絡めるタイプのポップコーンに用いられるとのこと。
「ポップコーンの起源」
ポップコーンは世界で最も古いスナック菓子と考えられており、紀元前3600年ごろの洞窟の遺跡からその痕跡が発見されているとのこと。詳細な起源そのものは不明ですが、南アメリカを起源として世界中に広がっていったものと考えられています。
「コーン」と聞くと「トウモロコシ」と結びつける人が多いはずですが、実は「Corn」という単語は、もとは穀物全般を指す言葉として使われていました。
「Corn」の本来の意味は、それぞれの文化で最も広く食べられる穀物を示しているとのこと。例えばイギリスやスコットランド、アイルランドでは麦などの穀物を指す言葉です。その後、ヨーロッパ人がアメリカ大陸に到達し、そこで最も多く食べられていた穀物が「Maise(トウモロコシ)」だったことから、アメリカではトウモロコシのことを「Corn」と呼ぶようになったとのこと。この成り立ちの名残りは現在でも残っており、イギリスではトウモロコシを「メイズ(meize)」と呼び、穀物全体を「コーン(corn)」と呼ぶことが普通であるとのこと。
アメリカではコーンが広く食べられてきた歴史があり、1621年に初めて行われた感謝祭(Thanksgiving Day)はイギリスから移住してきたピルグリムが近隣に居住していた先住民族のワンパノアグ族にトウモロコシなど育て方を教わったお礼として始まったと言われています。しかし、この時代にはまだ現代のような「ポップコーン」はアメリカ大陸には存在していなかったと考えられています。
ポップコーンが現在のように食べられるようになったのは、南米チリのバルパライソから北米にやってきた船によって「バルパライソコーン」が持ち込まれたことによると考えられています。記録によると、初めてバルパライソコーンが北米に上陸したのは1820年ごろ。
当初の呼び名は「ポップしたコーン」を意味する「Popped corn」でしたが、この言葉が変化して……
現在のような「Popcorn」という名前が生まれたとみられています。その後、アメリカでは急激にポップコーンが広まっていったとのこと。
1893年に開催されたシカゴ万国博覧会では、ポップコーンの歴史において重要な進化が起こりました。
その1つは、チャールズ・クレトス氏が発明した世界初の移動式ポップコーン製造マシン。それまでのポップコーンは固定の機械を使って製造されていましたが、クレトス氏はピーナッツ売りの台車を改造してスチームエンジンを取り付け、ポップコーンをどこでも作ることを可能にしました。また、ドイツ移民のリュックハイム兄弟は糖蜜をかけたポップコーンとピーナッツをパッケージに入れた「クラッカージャック」と呼ばれる商品を考案。これこそが「世界初のキャラメルコーン」と言われています。
「ポップコーンと映画の結びつき」
前述のようにして人々の間に広まったポップコーンは、スポーツ会場やサーカス会場、お祭りやバーなどありとあらゆる場所で食べられるようになりました。しかし、唯一の例外としてポップコーンが食べられていなかったのが、今では考えられない「映画館」だったとのこと。
当時の映画館は「高級感」を前面に打ち出したイメージづくりに傾倒していたため、豪華なロビーやきらびやかなシャンデリアなど、ゴージャスな内装のデザインが取り入れられていました。そんな雰囲気に「合わない」とされていたのが、庶民の味覚であるポップコーンでした。特に、床に散らばるポップコーンのかすや場内に漂う匂いに映画館のオーナーが難色を示していたとのこと。
そんな状況を変えた要因の一つが、映像と一緒に音声が再生される映画「トーキー」の登場でした。トーキーの登場により、それまで映画を見なかった貧しい層の観客や子どもたちが映画館に足を運ぶようになったとのこと。
さらに大きな要因となったのが、1930年代に発生した世界恐慌だったとのこと。不景気により多くの映画館が閉鎖に追い込まれ、残った映画館も生き残りをかけて必死の取り組みを迫られます。そんな中で生活の苦しい庶民から支持され、生き残り続けていたのが街角のポップコーンスタンドでした。コートの中に街角で買った安いポップコーンを隠し持って映画館に入り、ポップコーンを食べながら映画を観るというのが、当時の庶民に残された娯楽の1つだったとのこと。
そんな中で才覚を示したのが、家族のために高校を中退して仕事に就いていた青年、ケモンズ・ウィルソンでした。ウィルソン氏はメンフィスにある映画館との交渉に成功し、映画館の外でポップコーンを来場者に販売する契約を結びました。
ウィルソン氏のビジネスは大成功を収め、週あたり50ドルの売上をあげるようになります。その中から25ドルが映画館側に支払われる契約だったのですが、この成功を疎ましく思った映画館のオーナーがウィルソン氏を追い出し、自らポップコーンを販売するという暴挙に出たほどの成功っぷりだったとのこと。
ウィルソン氏はその後、一大ホテルチェーンの「ホリデイイン」を成功させるというサクセスストーリーの人物となりました。ウィルソン氏はさらに、もう2度と映画館を追い出されることのないように、自らが映画館のオーナーとなったというエピソードが残されています。
また、アメリカ西部で映画館チェーンを展開していたR.J.マッケナ氏は、ポップコーンスタンドを建物の中に作り、ロビーで販売するという現代に通じるスタイルを取り入れた人物と言われています。ポップコーンの販売だけで映画館は20万ドルという大きな収益をあげるようになり、大きな収益源としてのポップコーンが確立されるようになります。マッケナ氏はポップコーンを売るために映画のチケットを値下げして多くの人を映画館に呼び寄せるという戦略を成功させ、映画館の収益改善に大きな功績を残したと言われています。
小規模な映画館にのみポップコーンを販売を許可した別のケースでは、ポップコーンを取り扱っている映画館だけが黒字を生み、従来型の高級志向の映画館は軒並み赤字に転落したという結果も出ているほど。
その当時のエピソードを表すのが「まず、ポップコーンを売るのに適した場所を探し出せ。そしてそのまわりに映画館を建てろ」という言い回し。このようにして、ポップコーンは不況にあえぐ映画館を文字どおり救う存在となったのでした。
「ポップコーンが家庭にも」
第二次世界大戦が勃発し、砂糖の供給が制限された時代にもポップコーンの人気は広まり続けます。そんな時代に「ポップコーンの脅威」として台頭したのが、1950年代に普及が始まった家庭用テレビでした。
テレビの登場は、来場客の減少にあえいでいた映画館に大打撃を与える出来事でした。来場者数は50%も減少し、それにつれてポップコーンの売り上げも減少するという事態に。
当時のポップコーンの最大のウィークポイントは、「家庭で作るのが難しい」ということ。そんな苦境から挽回するのに役だったのが、アルミ製の手鍋を火にかざして作るタイプのポップコーンの登場でした。
そしてさらにポップコーンの復活を確実なものにしたのが、電子レンジで作るタイプのポップコーンの登場です。
電子レンジの技術は、軍事用に開発されたレーダーの技術を転用したもの。第二次世界大戦を勝利に導いたとまで言われるレーダーの開発に成功したレイセオン社は、その根幹技術であるマグネトロンが調理に使えることを発見しました。
1947年にレイセオンは世界初となる家庭用電子レンジを発売。高さ1.8メートル、重さは340kgという電子レンジは2000ドルから3000ドルという価格で販売されていました。
しかし、本当の意味でポップコーンが過程に普及するにつながったのは、やはりコンパクトな家庭用電子レンジの普及といえます。手軽に調理ができる電子レンジの普及に加え、ケーブルテレビの広まり、VHS/ベータのビデオの普及、レーザーディスクの登場などをきっかけに家庭でも映画を楽しむ環境が整い、電子レンジで作れるポップコーンは一般家庭に広く浸透することとなりました。
「ポップコーンと映画のマリアージュ」
今や、映画を観に行く際にはバターをたっぷりかけたバケツいっぱいのポップコーンが欠かせないという人も少なくないはず。これまで見てきたように、ポップコーンは映画界が直面したさまざまな苦境を克服させてくれる力を発揮してきたのでした。
現代においても、映画館が得る利益の半分はポップコーンなどの売り上げが占めているとのこと。映画のチケットそのものの売上は配給会社や映画会社によって大部分が吸い取られる仕組みとなっていますが、ポップコーンやドリンクの売り上げがあるために、映画館は比較的安いチケットで映画の上映を続けられているとのこと。
このように、まさにポップコーンは映画館の、ひいては映画産業そのものを破綻から救ってくれたと言える存在なのでした。映画にはポップコーンが欠かせないという人も多いわけですが、文字どおり「映画にはポップコーンが欠かせない」という構図ができあがっているようです。
ちなみにAmazonでも映画館の味を家庭でも楽しめるバターポップコーンが販売中。電子レンジでチンするだけでアツアツのバターポップコーンを楽しめるという、実に魅惑的で罪深い食べ物で編集部員も愛用中です。
http://gigazine.net/news/20151225-science-history-of-popcorn/

3DS「真・女神転生IV FINAL」新キャラクター・・・

2015-12-27 | アイヌ民族関連
3DS「真・女神転生IV FINAL」新キャラクターのハレルヤ、ガストン、トキが公開!店舗別特典も全品ラインナップ
Gamer-2015年12月25日 19:09
アトラスは、2016年2月10日に発売を予定しているニンテンドー3DS用ソフト「真・女神転生IV FINAL」の公式サイトにて、新キャラクター、「塩田信之の真4Fと神話世界への旅」第10回、購入ガイドを更新した。
本日、「真・女神転生IV FINAL」公式サイトが更新され、新たなキャラクターとして「ハレルヤ(CV:増田俊樹)」「ガストン(CV:前田 剛」「トキ(CV:久野美咲)」のキャラクターページが追加された。また、スペシャルページでは大川透さんの渋いナレーションで展開するプロモーションムービー2、さらに「塩田信之の真4Fと神話世界への旅」第10回も公開されている。
なお、連載第10回では、新悪魔チロンヌプについて掘り下げた「チロンヌプとアイヌ神話」が語られているので、この機会に濃厚な解説にひたっみてはいかがだろう。
http://www.gamer.ne.jp/news/201512250147/

道開発予算5417億円…新年度案、4年連続増

2015-12-27 | アイヌ民族関連
読売新聞 2015年12月25日
 24日に閣議決定された2016年度予算案で、北海道開発予算は前年度当初比で約4億円増の5417億円となった。4年連続の増加で新千歳空港の誘導路新設費や食品産業の強化費などが盛り込まれた。予算案は、人口減少問題やグローバル化への対応、災害対策強化などに重点的に配分した。公共事業費に当たる道開発事業費は5316億5400万円で前年度当初並みの水準となった。
 主な内訳は、「道路整備」が前年度当初比2%増の1946億8600万円。設備の老朽化対策のほか、北海道横断自動車道の陸別町小利別―訓子府間など、拠点空港や港湾へのアクセス道路の整備を推進する。
 「港湾空港鉄道等」は、新千歳空港の国際線ターミナル南側と滑走路を結ぶ誘導路の一部施工費やCIQ(税関、出入国管理、検疫)施設の拡張費などを盛り込み、同7%増の272億1200万円となった。
 「農林水産基盤整備」は同2%減の1116億2300万円。漁港の整備費などを抑えた一方、環太平洋経済連携協定(TPP)の大筋合意を踏まえ、農地の大規模化や高収益作物への転換支援を強化した。
 道開発予算で北海道が持つ潜在力を生かすための財源となる「北海道開発計画推進等経費」は、同3%減の1億3200万円を充てた。具体的には、食品工場を道内に誘致するなどし、農水産物の生産拠点としての優位性を生かす「『食』の総合拠点づくり」を促進する。外国人観光客による経済効果を道内全域に広げるため、外国人レンタカー客を対象とした、観光施設などの特典付き共通パスも創設する。
 一方、アイヌ関連予算は同31%増の2億7300万円がついた。アイヌ民族の遺骨を集約・保管する施設整備の調査費が新たに盛り込まれたほか、20年に公開予定のアイヌ民族に関する初の国立施設「民族共生の象徴となる空間」(象徴空間)の一部となる「民族共生公園」(仮称)の設計費などが計上された。
 北海道開発予算は、複数省庁の事業予算を、国土交通省北海道局が一括して計上した予算。
http://www.yomiuri.co.jp/hokkaido/news/20151225-OYTNT50000.html

アイヌ語口承で最優秀賞 北海道・平取の伝統衣料織り職人・藤谷さん「技術、大事に育てたい」

2015-12-27 | アイヌ民族関連
北海道新聞 12/24 16:00

「何百回練習したか分からない」と語り、アイヌ語弁論大会の口承文芸部門での最優秀賞受賞を喜ぶ藤谷さん
 【平取】11月に札幌市の北海道大学で開かれた「第19回アイヌ語弁論大会 イタカンロー」(アイヌ文化振興・研究推進機構主催)の口承文芸部門で、町二風谷のアットゥシ織り職人・藤谷るみ子さん(67)が最優秀賞に選ばれた。藤谷さんは二風谷で口承文芸の活動をする語り部の木幡サチ子さんからアイヌ語を学んでおり「まさか自分が受賞するとは思わなかった。先生に直接指導してもらえたおかげです」と喜んでいる。
 藤谷さんが本格的にユカラ(口承文芸)を始めたのは5年前。「ユカラをやってみたい」という友人の一言がきっかけで、同機構の「語り部育成事業」の教室に一緒に参加し始め、平取アイヌ協会の二風谷アイヌ語教室にも本格的に通うようになった。両方とも町内在住の木幡さんが先生役。
 弁論大会は11月21日に開かれ、子供の部と大人の部に道内外から34人・団体が参加。大人の部の口承文芸部門には18人が出場した。藤谷さんは今回が4回目の出場だが、これまで入賞歴はなく、初の入賞がいきなりの最優秀賞となった。
 藤谷さんが大会で発表したのは「オキクルミ シチカプ(オキクルミとフクロウ神)」という7分弱の神謡。昨年春から木幡さんのテープを繰り返し聞いて覚え、日本語訳と突き合わせながら少しずつ暗唱できる部分を増やしていった。
 藤谷さんはアイヌ民族の伝統衣料「アットゥシ」織り職人で、町二風谷で藤谷民芸店を営んでいる。「いつでもどこでも練習できるので、大会前はアットゥシを織りながらもずっと口にしていた」と振り返り、今後も「これが完成品ではないので、自分のものとして大事に育てていきたい」と話している。(敦沢政俊)
http://dd.hokkaido-np.co.jp/news/area/doo/1-0216050.html

誰かの人権を守ることが、自分の人権を守ることにもつながる【香山リカインタビュー】

2015-12-24 | アイヌ民族関連
BIGLOBEニュース-12月24日(木)6時30分
ダ・ヴィンチニュース

 2015年12月、精神科医の香山リカさんは3冊の本を出版した。なんとハイペースな! プチからガチへ。愛国「ごっこ」がもはやごっこではなくなった、日本礼賛に酔う2015年の愛国者たちを描いた『がちナショナリズム』(筑摩書房)、「反知性主義でも知性主義でもない“半知性主義”であることが、民主主義を活性化させる手段になるのでは?」と訴える『半知性主義でいこう』(朝日新聞出版)、そしてアイヌやヘイトスピーチなどの問題に取り組む、7名の“心優しい闘士たち”との出会いを描いた『ヒューマンライツ』(ころから)と、それぞれ違った切り口になっている。しかしいずれの本にも共通するのは、「人権を守ることの大切さ」だ。
 なかでも『ヒューマンライツ』は、帯に「人権をめぐる旅へ」とあるとおり、アイヌ民族否定論や難民問題、水俣病、いじめ、ヘイトスピーチなどに対して、体を張りながら活動を続ける人たちとの対話がメインになっている。
 この本が生まれたきっかけは、香山さんが2015年1月から2月にかけてマガジンハウスの雑誌『クロワッサン』で、部落解放運動家の小林健治さんやアイヌ史を研究するマーク・ウィンチェスターさん、関東大震災後の朝鮮人虐殺についての著書を持つ加藤直樹さんと対談したことだった。雑誌だけで終わるのはもったいないほどの濃い対談となったと思っていたところ、「ころから」の代表と出会い、出版がかなった。
 旅先で出会った7名とは、以前から深い付き合いがあったわけではない。水俣病の患者支援に取り組む永野三智さんとは今回が初対面、ともに『アイヌ民族否定論に抗する』(河出書房新社)の執筆にあたったマーク・ウィンチェスターさんとも、「1年ぐらい前にツイッターで知り合った」と語った。
 「2014年8月に金子快之元札幌市議が、“アイヌ民族なんて、いまはもういないんですよね。せいぜいアイヌ系日本人が良いところですが、利権を行使しまくっているこの不合理”と発言しましたよね。私はそれまでアイヌへの理解が深かったわけではありませんが、北海道出身なので聞き捨てならないと思いました。でも当然、彼に批判が集まるだろうと思っていたら、ツイッター上には『よく言ってくれた』『支持してます』みたいな擁護の声がいくつもあって、ビックリしてしまって。それまで私は、北海道って差別がないと思っていたんです。しかし気づいたら北海道でも、在特会と関係が深い団体がすでに活動していて、それに対するカウンターも行われていました。でもまだ、“何が起きているのだろう?”ぐらいの感覚しか持てなくて。そうこうしているうちに、アイヌであることを明言しているツイッターアカウントに、『お前らも利権をむさぼっているのか』とか『なりすましが』といった、酷い言葉で絡む人まで現れて。もう黙っていることができなくなり、そこに割って入るようになったんです。それがきっかけでツイッター上でアイヌ否定論と闘っているマークや、北海道で反差別に取り組む〈C.R.A.C. NORTH〉メンバーの青木陽子さんと知り合いました」
 香山さん自身も「反日クサレ左翼認定」されたり、安倍首相からじきじきに「論外!」扱いされたりと、ネット上で根拠レスなバッシングを受けてきた。そんな状況なのに、それでもはっきりと人権をテーマにしたのは、「ぼんやり伝えてきたことで、ヘイトスピーチが横行したのではないかという危機感を持っている」からだ。
 「私は精神科医なので、人権をテーマにした講演会を自治体から依頼されることもあるのですが、そういう場所では“あまりハッキリ言いすぎると、聴いている人がひいてしまう。だからやんわりとした表現をお願いします”と言われることが多いんです。そう言われるとどうしても、“人権を大切にすることは、自分を大切にすることでもあるんですよ”みたいな、隔靴掻痒(かっかそうよう)な表現しか使えなくなってしまって(苦笑)。もちろんやんわり伝えることも大事だとは思いますが、人権の大事さをぼんやり表現してきた結果、ヘイトスピーチの横行があるのかもしれない。だからこれはもう、ハッキリ言わないとと思ったんです。1人1人の人権が尊重されない果てに戦争が起こるのだとしたら、基本的人権をきちんと問うていかなくては。私はメディアで長く言論活動をしてきたので、以前から『おばさんのくせに』とか、『医者がテレビに出ていいのか』とか言われることはありました。しかし『がちナショナリズム』の大元になっている『ぷちナショナリズム症候群』(中央公論新社)という本を出版した2002年以降からは、『死ね』とか『消えろ』とか言われることまで起きてしまって。今までとは次元が違う何かが起きているなという気持ちが、自分の中に湧きあがってきていたんです」
 マーク・ウィンチェスターさんはイギリス人で、永野三智さんは水俣病が公式認定されて20年以上経った、1983年に生まれている。世界の人権問題に取り組む国際NGO日本代表の土井香苗さんは弁護士で、青木陽子さんも加藤直樹さんも、いじめとレイシズムに向き合う渡辺雅之さんも日本人で、ヘイトスピーチを浴びる立場ではない。マイノリティ属性を持つ当事者は小林健治さんのみだが、この7名と出会ったことで香山さんは、日本や世界の中で今、何が起きているかについて深く知ることができた。そして「自分が感じていたことにはこんな理由があった」と気づき、人権がいかに重要かについて、改めて知ることができたそうだ。
 「全員と“人権って大事だよね”という気持ちが共有できたので、私は対話をしていて、本当に癒される思いでした(笑)。安全保障関連法も成立してしまったし、ヘイトスピーチは一向に止む気配がないし、リベラルな気持ちを持っている人たちのなかには、自分の意見に自信が持てなくなっている人もいると思うんです。そういう方に手に取っていただいて、“私の思っている人権意識は真っ当なもので、私は間違っていないんだ”と感じていただければ嬉しいですね。安保法案賛成派や、いわゆる〈ネトウヨ〉の人たちにもぜひ読んでもらいたいけど、それは難しいかな……(苦笑)。ネットで誰かを日夜攻撃している〈ネトウヨ〉と呼ばれる人たちは、攻撃対象に自身の不満や傷を投影しているのだと思います。だから攻撃対象が消えて溜飲が下がったとしても、それは一時的なもので根本的な解決にはならない。万が一私が消えたとしても、祭りは一瞬で終わると思います(苦笑)。だったら他人を攻撃することよりも、自分の人権を回復して、置かれた状況を改善するべきです。それが自身への救済になりますから。そのためにはまず、誰かの人権を守ること。それが自分の人権を守ることにもつながりますから。誰かを大事にすることが、自分を大事にすることにもなると気づいてもらえたらと思います」
取材・文=朴順梨
http://news.biglobe.ne.jp/trend/1224/ddn_151224_1047839121.html