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ソチ五輪を狙うイスラム過激派、テロリストたちの素顔に迫る

2014-01-28 | 先住民族関連
TBS系(JNN) 1月27日(月)21時8分配信
 ソチオリンピックがいよいよ来週開幕します。しかし、心配されるのがイスラム過激派によるテロです。ソチに隣接する北カフカス地方では、いまテロが多発しています。特にダゲスタン共和国では連日、テロが起きています。オリンピックを狙うイスラム過激派。そのメンバーの映像を入手しました。テロリストたちの素顔に迫ります。
 「我々を待ちなさい。私たちはあなたたちを攻撃する。どこででも待ち伏せし、あなたの頭を切る」
 テロを予告する20代の男。男は、現在、ロシアが最も警戒する武装組織のメンバーでした。
 昨年12月。ロシアの治安部隊は、イスラム武装勢力「カフカス首長国」の掃討作戦にあたっていました。それは、この武装勢力の司令官が行った次の宣言がきっかけでした。
 「今、ロシアはオリンピックを計画している。祖先の骨の上での悪魔の舞踏を止めるため、全力を尽くすよう呼びかける」(「カフカス首長国」 ウマロフ司令官 去年7月)
 オリンピック阻止を呼びかける「カフカス首長国」のリーダー、ウマロフ司令官。ロシア南部、北カフカス地方にあるチェチェン共和国の出身です。彼は近年、数々の大規模なテロを引き起こしてきました。そして、このウマロフ司令官とともに3年前、モスクワ郊外の空港で起きたテロに関わったのが、テロを予告していた冒頭のあの男です。
 「ウマロフ司令官は有能な爆弾専門家です。爆弾は7キロくらいまでで、それ以上大きいものは目立つので作らない」(テロリストの男)
 最近、ロシア南部には、外国で活動したテロリストや資金が入りこんでいて、「警官1人を殺害すると300ドル」など、テロがビジネス化しているともいいます。
 「自爆は一瞬のことで、人は痛みを感じず、ズタズタになるだけです」(テロリストの男)
 チェチェンでは、なぜテロリストが生まれたのでしょうか。
 「空港、便所、どこにいても容赦なくやつらの息の根を止めてやる!これは決定事項だ!」(プーチン首相【当時】 99年)
 1990年代。ロシアは、独立しようとしていたチェチェンを強大な軍事力で抑え込み、10年間で数十万人が犠牲になりました。これに、チェチェンのイスラム過激主義者はテロで対抗するようになったのです。しかし、彼らがテロを続ける理由は他にもあるといいます。
 「もし自分の氏族が殺害されたら、殺害者の血を流す」(元ロシア内務省大佐)
 チェチェンには、ロシアの犠牲になった同胞に報復する「血の掟」があるのです。さらに・・・。
 「父はムサエリ。その父はクート。そのまた父はムサエリ」(チェチェンの男性)
 この地域には、自分の祖先がどう死んだか、何代にもさかのぼって覚えている慣習があります。イスラム過激主義の組織は多数あり、オリンピック中、彼らが狙うのはソチだけではありません。
 「五輪から注意をそらすため、ソチ以外でテロを起こす可能性がある」(ロシア治安部隊大佐)
 現在、武装勢力の掃討作戦を行っているロシア治安部隊の大佐は、モスクワなどの大都市や地方都市でもテロが起きる可能性を指摘します。これに対し、ロシア政府はどう対抗するのか。ソチでのテロ対策をよく知る人物によりますと、治安当局は、「攻撃前に」テロリストを見つけるシステムに重きを置いているといいます。
 「特別短距離レーダーがあって、10~15メートル離れていても爆弾を身につけたテロリストを発見できるシステムだ」(元ロシア海軍大佐)
 ソチでは、爆弾を身に着けたテロリストをレーダーで探知するといいます。さらに、テロリストの居場所を事前につかむため、通話や通信情報を収集するシステムを使ったり、海では、敵に気づかれないため、泡の出ない特殊潜水具も使用するということです。
 実は、北カフカス地方に隣接するソチでは、その昔、ロシアが北カフカスを征服する中で多数の先住民を殺害したとされています。ロシアは、テロの発生を食い止められるのでしょうか。(27日15:28)
http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye2113166.html

アイヌ民族「給与地」未買収のまま橋建設 北海道・旧門別町 一部地権者「侮辱だ」

2014-01-28 | アイヌ民族関連
北海道新聞 (01/26 09:55)
 【日高】日高管内日高町で旧門別町時代の2001年に整備された町道橋について、用地買収を行った町が、建設地の一部を未買収のままにしていたことが分かった。土地は大正時代、北海道旧土人保護法に基づき国からアイヌ民族に与えられた「給与地」で、地権者は35人。町は落ち度を認め、土地の買収を申し出ているが、一部地権者が「無断で土地を使ったのは侮辱だ」と反発している。
 未買収だったのは、日高町幾千世(いくちせ)の日高門別川に架かる希望(のぞみ)橋の周辺の土地約1540平方メートル。橋(延長55メートル)を含む町道約1キロは01年に完成した。総工費は約4億円。
 08年に同橋近くの河川改修工事のため、道土地開発公社が地権者の一人に土地利用の承諾を求めたことから問題が明るみに出た。土地は給与地を得た人が死去した後、相続手続きがされておらず法律上、35人の子孫全員が地権者となっていた。
 町が経緯を調査。その結果、当時の担当職員が着工前、地権者のうち土地の利用実態があった人ら4、5人に口頭で承諾を得ていたが、売買契約をしないまま工事が進められたことが分かった。
 町は地権者に謝罪するとともに、未買収地を含む旧給与地全体約4200平方メートルを買い取ることを提案。しかし、この地権者は「アイヌの土地だと思って、町がずさんな手続きをしたのではないか」と憤慨。当時の担当職員は死亡しており、町は詳細把握は難しいとした上で、「地権者がこれほど多いケースはまれで、全員の承諾を得るのが難しかったと思われる。未買収は事実なので、誠意を持って協議を続けたい」と話している。
http://www.hokkaido-np.co.jp/news/donai/517434.html

競馬との深~い縁 開拓民の生い立ちが生んだ草競馬 

2014-01-28 | アイヌ民族関連
MSN産経ニュース 2014.1.26 18:00
 JRA札幌競馬場(札幌市中央区)で工事中の外の壁面に、競馬場の歴史が書かれている。明治5年9月14日のところに「札幌神社(現北海道神宮)の祭典に際し、琴似街道で300間(約545メートル)の直線競馬が行われた」とある。
 競馬と北海道神宮にはどんな関係があるのか。さっそく調べてみた。
 「札幌競馬場100年史」によると、北海道神宮はこのころ、官幣小社(かんぺいしょうしゃ)への昇格などを祝って参詣者が相次いだという。
 祭り気分をさらに盛り上げたのが草競馬だったようだ。当時、近在からだけでなく、遠くから参詣に来る人たちは馬に乗ってきたという。開拓民のなかには下級武士も多く、乗馬に巧みな人が多かった。そんな環境が草競馬を生んだのではないかという。
 明治6年には、大判官(だいはんがん)の松本十郎(1840~1916年)がこの草競馬に関心を寄せて、競馬当日には自ら発走の指揮をとり、自身も模範的な騎乗を披露したといわれている。
 松本の名前は厚司判官(あつしはんがん)として人々の記憶に残っている。厚司というのは、木の皮を裂いてアイヌの婦人が織った普段着のこと。松本はそれを羽織って市中を巡回していたことから、そう呼ばれていた。
 草競馬の行われたこの場所は、現在も道路となっている。札幌市中央区南1条から北5条までの西25丁目通り。今はマンションが林立し、住宅街となっている。
 ここを馬が走っていたとは、今ではだれも想像ができない場所になっている。
 古来、馬は神様の乗り物とされ、神馬として神社に奉納されていた。しかし、馬は高価なもので、誰もが奉納できるものではなく、木で作られた馬の像などで代用され、板に描かれた馬を奉納するようになったものが絵馬のはじまりだという。
 北海道神宮の年表には、「明治39年に神馬奉納奉告祭を執行」という記述を見ることができる。
 馬といえば、現在はさまざまな神社で、流鏑馬(やぶさめ)が神事として行われている。北海道神宮でも流鏑馬が行われている。
 馬ではないが、明治4年6月には北海道神宮で相撲が奉納された記録が残っている。「地堅めのため」とある。相撲も神社とは切っても切れない関係だ。(松垣透)
http://sankei.jp.msn.com/life/news/140126/trd14012618000016-n1.htm

日ハム「前進せよ」…今季スローガン

2014-01-25 | アイヌ民族関連
(2014年1月25日 読売新聞)
 北海道日本ハムファイターズは24日、今季のスローガンが「前進せよ ―トゥミコロクル―」に決まったと発表した。
 球団によると「トゥミコロクル」はアイヌ語で「戦士」や「闘士」を表すという。北海道に移転して10年がたち、今年は新たな10年に向けて大切なシーズンになるとして、原点に立ち返り、前進する決意を込めた。栗山監督は球団を通じて「全身全霊をかけて戦いに挑む勇ましさが必要。期待に沿えるよう、ファンの皆様とともに戦い、前進します」とのコメントを発表した。
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/hokkaido/news/20140125-OYT8T00034.htm

日本ハム アイヌ語スローガン 戦う男「トゥミコロクル」

2014-01-25 | アイヌ民族関連
スポニチ [ 2014年1月25日 05:30 ]
 日本ハムは24日、千葉・鎌ケ谷でスタッフ会議を行い、今季のスローガンが「前進せよ―トゥミコロクル―」に決まったと発表した。「トゥミコロ」は戦うを、「クル」は男を意味するアイヌ語で、合わせて「戦士」を表す言葉。
 栗山監督が約1カ月半も考え抜いたフレーズで「今年は原点に立ち返る。北海道といえば、(先住民の)アイヌ民族。(地域密着を掲げ)北海道を大事にしようというならば“なぜ、アイヌ語を使わないのか”と監督に就任した時から思っていた」と説明した。
 原点に立ち返って前進していく姿勢を示すスローガン。ロゴがデザインされたボードを手にした指揮官は「俺たちは前進しなくてはいけない。命懸けで戦うんだ!」と熱く語り、昨季最下位から2年ぶりのリーグ制覇を目指す。
http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2014/01/25/kiji/K20140125007453350.html

お国料理や踊りで交流 松山・地球人まつり

2014-01-22 | 先住民族関連
愛媛新聞 2014年01月20日(月)
 海外の遊びや料理を通じて国際理解を深める「地球人まつりinまつやま・えひめ2014」が19日、愛媛県松山市湊町7丁目の市総合コミュニティセンターであり、多くの来場者が、県内の国際交流団体の活動紹介やダンス、バザーを楽しんだ。
 まつやま国際交流センターなどの主催で毎年開催。27の国と地域や交流団体の31ブースを巡るスタンプラリーでは、来場者が「地球人パスポート」を手に各国を「訪問」していた。クイズやゲームを通じて理解を深め、バザーで各国の料理に舌鼓を打った。
 ニュージーランドの先住民マオリの伝統舞踊ハカやギター演奏、太極拳などのパフォーマンスもあった。
http://www.ehime-np.co.jp/news/local/20140120/news20140120597.html

スピード感を表現 コンサドーレが新ユニホームを発表

2014-01-22 | アイヌ民族関連
<北海道新聞1月20日朝刊掲載>
 札幌は19日、今季の新ユニホームを発表した。主にホームゲームで使用するファーストユニホームは、チーム創設時から伝統の赤と黒の縦じま。昨季に続いて幅が細いデザインを採用し、スピード感を表現している。また肩や袖から脇腹にかけては、アイヌ文様をイメージした図柄を施し、北海道らしさを強調している。
 アウェーゲームで着用するセカンドとGKユニホームにも、アイヌ文様風の図柄を配している。公式スポンサーのフェニックスが、9年連続で同社ブランド「Kappa」のユニホームを提供する。
 公式スポンサーのロゴは、胸が石屋製菓の商品名「白い恋人」。背中はサッポロビールで、ファーストだけは、商品名の「クラシック」となる。パンツは日本航空、袖はJAグループ北海道。練習で着用するトレーニングウエアの胸には、北海道新聞社が入った。
http://www.hokkaido-np.co.jp/news/consadole/516237.html

ニール・ヤング、ロック・スターには石油など必要ないとカナダ首相報道官に反論

2014-01-22 | 先住民族関連
RO69(アールオーロック)  2014.01.19
カナダのオイルサンド(油砂)採掘開発が深刻な環境汚染と地球温暖化を助長するとしてかねてから抗議してきているニール・ヤングだが、カナダの首相報道官がこうした動きに対して「ロック・スターは所詮そのセレブ的ライフスタイルを維持するために石油産業に依存している」とたしなめたのに対して、ニール・ヤングはロック・スターには石油など要らないと反論しているとCBCニュースが伝えている。
「ロック・スターに石油など必要ないなんて当たり前だろ。俺は自分の電気自動車でアメリカのカリフォルニアからオイルサンド油田(カナダのアルバータ州北部)まで行って、そこからまたワシントンDCまでそのまま行って、その間石油なんか一滴も使ってないんだからな。だけど、俺はロック・スターだぜ」
ニールはカナダの先住民の自治組織「アサバスカ・チペワイアン第一国家」がカナダ政府を相手に起こしているオイルサンド鉱山開発反対運動を支援するチャリティ・ライヴ・シリーズを今月行っている。また、ニールは自身の電気自動車について次のように説明している。
「俺の車の発電機はバイオマス燃料で動くもので、これはポスト化石燃料時代を見据えてカナダが取り組んでいかなきゃならない未来の燃料のひとつなんだよ」
なお、カナダの首相報道官はこうしたニールの活動について訊かれた際、「ロック・スターのライフスタイルも、ある程度は数千人ものカナダ人労働者が毎日懸命に開発している資源に依存している」と批判し、さらにアルバータ州の石油産業は経済的な機会や高賃金な仕事も提供していると語ったという。
しかし、ニールはこれに対してカナダのオイルサンド鉱山開発事業は「地球上でも最も汚染をまき散らす事業」だと反駁し、こうした鉱山施設から排出されている二酸化炭素ガスは1日単位で、カナダで使われている全自動車車両の排気ガスを合わせた総量よりも多いという事実があると反論している。
ニールが行っている鉱山開発反対運動支援ライヴ・シリーズにはポール・マッカートニーのアルバムにも客演した人気ジャズ・ピアニストでエルヴィス・コステロの妻としても知られるダイアナ・クラールも参加している。
http://ro69.jp/news/detail/95752

効率化の世界で、生きる場所を管理される人々

2014-01-22 | 先住民族関連
――オーストラリアの先住民族政策を事例に - 塩原良和
BLOGOS-2014/01/19
効率性重視の風潮とエスニック・マイノリティ向け社会政策
福祉国家的な社会政策には、十全なシティズンシップ(市民権)をもった「国民」として生きる人々に対して、労働市場に依らずとも一定水準の生活が送れる状態、つまり労働力の脱商品化を通じた時間的自律性の感覚を保障することを目指した側面がある。
その象徴が「ゆとり」という言葉であった。福祉国家は人々のゆとりある生活を社会保障によって実現しようとし、そのような社会保障がデモクラシーを発展させるとも言われた(田村2012)。
しかし今日、こうした理想はネオリベラリズムやグローバリズムの興隆とともに旗色が悪くなっている。富の再分配によって弱者の社会的包摂を進めようとすることは経済政策の「スピード感」を鈍らせ、「自己責任」によって弱者に転落した人々を甘やかすものだとみなされつつある。それとともに、経済グローバリゼーションの進行が「時間短縮」の論理の社会的影響力を増大させている。競争相手に先んじて「素早く」成果を得なければならないという脅迫観念が広がり、より「効率的」でスピード感のある行動が政府や組織、そして個人に要求される傾向が高まっている。
効率性と時間短縮を重視する風潮は、移民、難民、外国人住民、少数・先住民族といったエスニック・マイノリティと国家政策との関係も変化させる。こうした人々は、国民国家形成過程のなかで自己決定の権利を奪われるか十分に保障されてこなかったがゆえに、長らく社会経済的に不利な立場に置かれてきた。しかし20世紀後半以降、多くの先進諸国がエスニック・マイノリティからの自律や社会的包摂の要求に直面し、福祉国家的な社会政策をそうした人々に対して拡充していった。
こうして確立してきたエスニック・マイノリティ向け社会政策は、経済グローバリゼーションとネオリベラリズムによって増長していく、効率化と時間短縮を重視する風潮にどのような影響を受けるのか。本稿では2007年から12年にかけてのオーストラリアにおける先住民族政策のなかで、効率化と時間短縮の論理によってネオリベラルな改革が正当化され、「成果重視」という目標が徹底されていった過程を分析する。そして、時間短縮の重視が先住民族の日常に対する空間的な管理の強化を助長するという、時間的管理と空間的管理の連動化というべき状況がそこに生じていたことを示す[*1]。
[*1]なお本稿は塩原2013a, 2013bの内容を短くまとめたものであり、詳細はそちらを参照されたい。

「成果重視」と「緊急対応」
オーストラリアの先住民族は英国人の入植とともに植民地化され、国民国家の地理的・制度的枠組みのなかで自己決定の権利を奪われてきた(Maddison 2009: 4-7)。それゆえ1970年代から90年代まで、連邦政府の政策は先住民族の自己決定権の保障を重視していた(鎌田2001: 51-52,2002: 136-144; 細川1997: 178-185; 上村1992: 132-178)。この「自己決定政策」は、先住民族に対する植民地化の負の遺産としての不公正な社会構造を、国際人権規範に基づいた福祉国家的な社会政策によって是正しようとしたものであった(Kowal 2008: 339)。
しかし1990年代以降、自己決定政策は先住民族の生活を向上させるという「成果」をもたらしておらず、多くの先住民族は依然として貧困や構造的な不平等に直面していると見なされるようになる。こうした見方の変化は、オーストラリア政治におけるネオリベラリズムの影響力の増大とも無縁ではなかった(Kowal 2012: 43-56)。
1996年に発足したハワード保守連合政権では、先住民族政策は先住民族の自己決定権や土地権の保障ではなく、貧困の改善などの「プラクティカルな」成果を重視すべきだという名目のもとに、先住民族の自己決定や権利の保障に向けた取り組みは後退していった(Dodson 2007: 26; 飯笹2007: 115; 鎌田2001: 53-54; ハージ2008: 119-121)。先住民族指導者のなかにも、自己決定政策が成果を挙げていないと不満をもち、先住民族共同体が陥っている「受動的福祉依存」の規範を改めるための改革を主張する者もあらわれた(Pearson 2003: 2-8)。
こうした「成果重視」の発想は、効率化や時間短縮の強調をしばしばともなう。何らかの評価基準によって客観的に測定可能な「成果」を一定期間内に示すために、効率化と時間短縮が求められるからである。とりわけ経済危機や大規模災害など「非常」と認識された事態においては、そうした事態から一刻も早く脱却するという「成果」が強く求められる。その結果、効率化と時間短縮を前提とした「緊急対応」という正当化の論理が台頭し、平常時ならば許されることのない、有権者や当事者の意思や権利を軽視した決定や措置も黙認されがちになる(クライン2011)。
2006年、メディアの報道をきっかけに、オーストラリアの北部準州[*2]の先住民族共同体での児童への性的虐待の深刻さが注目された。それを受け北部準州政府の調査委員会は、2007 年4月に報告書を公表し、行政による早急な対応を求めた(BIPACSA 2007: 57-73)。するとハワード連邦政権は同年6月、この報告書を根拠に、北部準州の労働党政権には先住民族の幼児虐待問題に対処する能力がないと非難して連邦政府の介入を発表する。そして「北部準州緊急対応(Northern Territory Emergency Response: NTER)タスクフォース」を北部準州に投入し、北部準州緊急対応(NTER)政策を開始した(SCLCA 2007: 1-2; NTERTF 2008)。ハワード政権は「先住民族の子どもの安全が脅かされている」という「非常事態」を宣言し、NTER政策の開始を文字通り「緊急対応」として正当化したのである。
NTER政策は当初、先住民族当事者の権利に対する配慮が大幅に免除されていた。すなわちNTER政策は、人民をその人種やエスニシティに関わらず法の下で平等に扱うことを定めた1975年人種差別禁止法の適応対象外とされたのである(Commonwealth of Australia 2009a: 7-8)。また先述の北部準州政府への報告書では、政府が対策を講じる前に先住民族共同体からの意見聴取を実施するように提言されていたにもかかわらず、連邦政府はそれを無視した。
NTER政策においてとりわけ人権NGOなどから大きく批判されたのは、北部準州内の73の地域や居留地に導入された収入管理(income management)制度であった。収入管理制度とは、福祉受給者に対して政府から給付される生活保護等の大半が、ベーシックスカードと呼ばれるプリペイドカードで被受給者に渡される仕組みである。ベーシックスカードは、日用品や生活必需品など政府が許可した物品を購入するときのみ特定の店舗で使用できる。
この収入管理制度については、その人が自分自身で金銭を管理したり家事・育児をする能力があるかないかに関わらず、該当地域に居住する先住民族の人々全員に、強制的に適用される点が問題視された(Commonwealth of Australia 2009a: 10-12)。1975年人種差別禁止法がNTER政策に適用されなかった大きな要因は、この収入管理制度であった。
そのほかの側面でも先住民族の権利を侵害するものとして批判されたNTER政策だが、開始当初、オーストラリアの世論で大きく支持された。その背景にはマスメディアのキャンペーンによって、それまでの自己決定政策が遠隔地の先住民族の生活を改善する「成果」を挙げていないという見方が浸透していたことがある(Sanders 2010: 310)。こうした世論を背景に、ハワード政権は北部準州の先住民族共同体に対する介入を行ったのである。
[*2]連邦国家であるオーストラリアにおいて、「準州(territory)」は「州(state)」とは異なり連邦憲法によっては立法権や自治権が保障されておらず、連邦政府からの政治介入を受ける余地を比較的多く残している。

「格差是正」のジレンマ
ハワード政権下の連邦議会で野党であった労働党も、NTER政策を支持した。しかし2007年11月の連邦総選挙で政権交代が実現すると、労働党政権はハワード政権の先住民族に対する強硬姿勢の転換を目指した。
NTER政策についてもいくつかの変更がなされ、収入管理制度については、特定の地区に住む人々すべてに一律に適用することが不満や怒りを招いているとして任意適用に改める方針が示された。また、政策決定にあたり先住民族共同体の意見を傾聴する姿勢も強調された(NTERTF 2008: 18-21; Commonwealth of Australia 2008: 9-47)。
こうしてハワードの権威主義的姿勢の象徴とされたNTER政策を転換することで、改革イメージを強調しようとした労働党政権だが、NTER政策自体はむしろ予算が増やされ、継続することになった。その結果、それを正当化する論理は「子どもの安全を守る」ための「緊急対応」から、先住民族が置かれた社会経済的不利の改善へと強調点が変化していった。こうして連邦政府がさかんに言及するようになったのが、先住民族と非先住民族間の経済社会的な「格差是正(Closing the Gap)」という目標であった(FaHCSIA 2012: 1-2)。
「緊急対応」と同様に「格差是正」も、先住民族の置かれた社会経済的不利の改善に失敗したとされた自己決定政策との差異化を図るために、「成果」をあげることを強調するスローガンである。しかし、こうした「成果重視」の姿勢は、歴史的に形成された社会構造に起因するエスニック・マイノリティに対する社会的不公正の是正に取り組む際には逆に足かせになりうる。
先住民族と非先住民族の格差の是正のためには、歴史的に構造化されたマイノリティ‐マジョリティ関係の変革のための長期的な関与が不可欠である。多様な分野における施策を連関させなければならず、その「成果」を数量的に測定するのも容易ではないからである(Woodliff 2012: 66-80)。つまり、そうした政策が成果を挙げるのには時間がかかるのだ。そのことは労働党政権も認識しており、NTER政策によって先住民族共同体の「持続可能な発展」を目指すと表明された(Commonwealth of Australia 2009a: 6)。
しかしこうした一見長期的なビジョンと裏腹に、連邦政府はNTER政策に対する根強い批判をかわすために、この政策の成果を短期的な数値の変化として示す必要があった。つまり連邦政府は歴史的に形成されてきた社会構造の変革という長期的な目標についての、短期的に目に見える成果を示し続けなければならないというジレンマに陥ったのである。
「地域限定」の社会政策
このジレンマを解決するには、その社会政策が対象とする範囲を狭めてしまうというやり方がある。あらかじめ狭い範囲に限定すれば、「目に見える」変化は比較的得られやすくなるからだ。
NTER政策はもともと北部準州という「地域限定」の政策ではあったが、以下で論じるように労働党政権ではさらに特定の「場所」を対象として住民の生活を徹底的に管理することで「格差是正」という政策的成果を短期間で演出する傾向が強まった。こうして「効率的」な成果の達成という「時間短縮」の論理は、政策の対象とされた人々の住む「場所」の管理の強化という帰結をもたらすことになった。そしてそれは、先住民族に限らずその他の人々にも及ぶことになる。
前述の通りNTER政策における収入管理制度には、先住民族のみを対象としていることが差別的であるという批判があった。そしてNTER政策全体が1975年人種差別禁止法の例外とされた大きな要因のひとつが収入管理制度であった。そこでこの状況を是正するために、連邦政府は全国の「不利な立場に置かれた地域」に対して、収入管理制度を「人種の区別なしに」適用していく方針を明らかにした(Commonwealth of Australia 2009b)。
収入管理制度は世代を越えて受け継がれる受動的福祉の連鎖を断ち切る切り札とされ、まずは「不利な立場に置かれている共同体」が集中しているとされた北部準州全域の福祉受給者等のうち、人種の区別に関わらず一定の条件に該当しケースワーカーに指定された者に適用されることになった。そして収入管理制度は先住民族だけに限定されない「非差別的」な施策になったため、もはやNTER政策には含まれないとされ、 1975年人種差別禁止法がNTER政策に適用されることになった。
収入管理制度は、北部準州を対象としたNTER政策が開始されたのと同時期に、北部準州以外のいくつかの地域でも試行されていたのだが(CYIPL 2007: 23-24; WACOSS 2011)、NTER政策におけるこうした制度変更を契機として北部準州以外の地域への適用が拡大していく。
新たに収入管理制度の適用対象となったのは全豪各地の「住民の多くが非常に不利な立場に置かれている」とみなされた地域であった。収入管理制度の適用は強制ではないことが強調されたが、行政やケースワーカーに児童虐待だとされたり、経済的事情や心身の病気などで子どもを養う能力がないとされた親に適用されることになった。
収入管理制度の対象範囲の拡大は、従来の全国一律の社会福祉政策を改め、問題が集積する地域に対して特別な施策を講じ、人々を「福祉依存」から脱却させ、就労へのインセンティブを高めるための社会福祉改革の一環として正当化された(FaHCSIA 2011a)。
こうして先住民族という「人」を選別して対象とするNTER政策の一部であった収入管理制度は、特定の「場所」を対象とする「場所ベース」の社会政策へと変容していった(DEEWR 2011)。ただし実際には、新たに収入管理制度が適用されることになったのは先住民族や非英語系移民の人口が比較的多い地域であり、こうしたエスニック・マイノリティは収入管理制度の主要な対象であり続けている(塩原2013a)。
このように「場所ベース」の社会政策は、人種差別だという批判を回避しつつエスニック・マイノリティの日常に行政がより重点的に介入することを可能にした。

先住民族の権利を「規制緩和」する
しかし、自分たちの暮らしに行政が介入して無理やり変えてしまうことへの抵抗感をもつ人々は多いし、それが自分たちの伝統や祖先伝来の土地との関わり方を変えてしまうのであればなおさらである。それゆえ、「場所ベース」の社会政策はその場所に根付いて自分たちの権利を主張する人々としばしば衝突する。また場所に根付いている人々は、行政の介入に抵抗するために人々を動員するシンボルや社会関係資本をその場所から調達しやすい。つまり「場所ベース」の社会政策を遂行しようとする行政側からすれば、その場所に根付いて権利を主張する人々は実は潜在的には障害にもなりうる。それならば、そうした人々の権利を取り上げてしまったほうが「効率がよい」ということになる。
NTER政策が導入された直後、ハワード政権は「入域許可制度」の廃止を宣言した。入域許可制度は1976年アボリジニ土地権法(北部準州)によって確立された、外部の者がアボリジニのホームランド(祖先の土地)に許可なく立ち入るのをアボリジニ自身が拒否できる仕組みである。
先住民族の自己決定権・土地権の象徴としての意味をもつこの制度の廃止を、NTER政策に従事する非先住民族の職員や労働者の「作業効率の向上」という時間短縮の論理によって連邦政府は正当化しようとしたのだ(FaHCSIA 2011b: 37)。しかし、それは先住民族共同体の大きな反発を招き、 労働党は政権交代後に入域許可制度の廃止を撤廃した(Commonwealth of Australia 2009c)。
また同じくNTER政策の一環として、政府が先住民族の土地を5年間、行政サービスの提供やインフラ整備を名目に強制的に借り上げることを可能にする措置も導入された。ここでも、政府職員や委託業者の業務遂行の効率性の向上という理由が強調された。しかしこの施策への反発も大きく、結局、先住民族が土地を自発的に長期間貸し出すように促すことになった(FaHCSIA 2011b: 36; Commonwealth of Australia 2008: 39-40)。
こうした経緯を経て、2008年以降、長期に渡る土地借り上げによる先住民族向け住宅の整備が北部準州政府と連邦政府の共同の公共事業として進められていった。この事業では、政府からの契約を受注した民間業者が住宅の改築や新築を行うことになった(ANAO 2011)。
このような公共事業が開始された背後には、NTER政策が開始された直後に連邦政府と北部準州政府との間で交わされた覚書があった。その内容は、北部準州の先住民族のための公営住宅の建設や土地・借地管理を行うために、連邦政府が多額の資金を提供するというものであった(ANAO 2011: 15-23)。それゆえ、この覚書が交わされたのと同じ時期に上述のような入域許可制度の廃止や強制的土地借り上げなどが試みられたのには、先住民族のホームランドに非先住民族の建設会社が進出し、住宅建設・インフラ整備を「効率的に」進めるための準備という意味があったと考えることができる。それは、先住民族の自己決定権や土地権がこうした事業にとって「非効率的」な、いわば「緩和」されるべき「規制」だとみなされたということでもある。

時間管理と場所管理の連動化
こうして「場所ベース」の先住民族政策は、効率的な政策遂行(「時間短縮」)に向けた先住民族の生活の場所のあり方への管理を強めていく。この「時間管理と場所管理の連動化」がさらに進んだとき、いっそのこと人々をその根付いた場所から物理的に引き離し、どこか他のところに住まわせたほうが好都合だという発想も生じうる。
実際に、2009年5月から北部準州政府が開始した「働く未来(Working Future)」政策では、「テリトリー発展タウン(Territory Growth Town: TGT)」構想が提唱された。これは北部準州周辺の比較的大きな20の集落をTGTに指定し、政府が住宅や公共サービス、インフラを集中的に整備し、商業施設も積極的に誘致するというものであった(Northern Territory Government 2009)。しかしTGTから比較的近い先住民族のホームランドについては、行政サービスが不十分にしか提供されない恐れがあることが反対者からは問題視された。こうした措置はホームランドの住民をTGTの周辺に移住させるように促すものであり、先住民族の土地権の侵害にあたるとも批判された。
それに対し政府は、雇用機会がない奥地で福祉給付に頼って暮らす先住民族を少なくし、また比較的大きな町に先住民族が集住することで行政サービスやインフラ整備を効率化できると主張し、この政策を進めていった。もちろんこの場合、先住民族は行政によって強制的にホームランドから退去させられるわけではない。しかし行政がTGTへの公共インフラやサービスの集中化を進めることで、先住民族が「自発的に」自らの土地から離れる選択をすることが期待されている(塩原2013b)。先住民族政策の効率化は、辺境に住む先住民族が自らの土地とのつながりを維持していくことを困難にしているのである。
以上の考察からは、2007年から12年にかけてのオーストラリアにおける先住民族政策が時間短縮への要求をともなった「成果重視」の論理によって強く動機づけられており、そのことがより効率的な政策遂行に向けた人々の「場所の管理」の強化に帰結したことが示される。
本稿はあくまでひとつの事例研究に過ぎず、そこで得られた知見を過度に一般化することには慎重でなければならない。とはいえ日本を含めた他の先進諸国にもエスニック・マイノリティ向け社会政策に対するネオリベラルな改革圧力は遍在しており、「成果重視」「緊急対応」「地域限定」「規制緩和」「格差是正」といったレトリックも大きな影響力をもっている。それゆえ、時間短縮の論理と「場所ベース」という手法が連動してエスニック・マイノリティへの管理が厳格化され、それが他の人々にも波及していく可能性を示した本稿における知見を、他国におけるエスニック・マイノリティ政策の事例と比較して検証していく意義はあるだろう。

引用文献
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Pearson, Noel, 2003, Our Right to Take Responsibility. Melbourne: Institute of Public Administration Australia
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田村哲樹,2012,「福祉国家の変容とデモクラシー」齋藤純一・田村哲樹編著『アクセス・デモクラシー論』日本経済評論社,24-51.
ハージ,ガッサン,2008,(塩原良和訳)『希望の分配メカニズム――パラノイア・ナショナリズム批判』御茶の水書房.
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サムネイル「Uluru-Kata Tjuta National Park」fa.b
http://www.flickr.com/photos/fa_b/8068600599

変革する多文化主義へ―オーストラリアからの展望 (サピエンティア)
著者/訳者:塩原 良和
出版社:法政大学出版局( 2010-07 )
定価:¥ 3,150
Amazon価格:¥ 3,150
単行本 ( 230 ページ )
ISBN-10 : 4588603124
ISBN-13 : 9784588603129
塩原良和(しおばら・よしかず)   社会学
1973年埼玉県生まれ。慶應義塾大学法学部教授。慶應義塾大学大学院社会学研究科後期博士課程単位取得退学。博士(社会学)。主な著作に『共に生きる-多民族・多文化社会における対話』(弘文堂)、『変革する多文化主義へ-オーストラリアからの展望』(法政大学出版局)、『ネオ・リベラリズムの時代の多文化主義-オーストラリアン・マルチカルチュラリズムの変容』(三元社)など。
http://blogos.com/article/78307/

大沢たかおさん:台湾映画に出演、台北のイベントに登場

2014-01-22 | 先住民族関連
毎日新聞 2014年01月18日 20時43分(最終更新 01月18日 21時21分)
 【台北・鈴木玲子】日本統治時代の1931年に台湾代表として夏の甲子園に初出場し、準優勝した嘉義(かぎ)農林の実話を基にした台湾映画「KANO」(馬志翔監督)のイベントが18日、台北であり、出演した俳優の大沢たかおさんが登場した。映画は台湾で2月27日に封切られ、日本では今年末に公開予定。
 日本人、漢族、先住民族の選手によるチームが、夢に向かってまい進する作品。嘉義農林の快進撃は、台湾での野球人気の基礎を作った。
 大沢さんは、台湾南部の烏山頭(うさんとう)ダムとかんがい用水の建設で陣頭指揮を執った日本人技師、八田与一役を演じた。アジア一の規模を誇った同ダムは、不毛の地を穀倉地帯に変え、今も地元で毎年命日に慰霊祭が続けられている。
 イベントで大沢さんは「八田のイメージが壊れないよう精いっぱい演じた」とあいさつ。台湾語も交えて話し、会場のファンから歓声が上がった。
http://mainichi.jp/select/news/20140119k0000m040044000c.html

イヌイット版画 素朴な美

2014-01-22 | 先住民族関連
(2014年1月18日 読売新聞)
 イヌイットが手がけた作品に見入る入館者(松江歴史館で)  カナダなどの先住民イヌイットが手がけた版画などを紹介する企画展「イヌイット版画 カナダ先住民の生み出す美」が17日、松江市殿町の松江歴史館で始まった。
 1960年頃、日本で版画を学んだカナダ政府の職員が、技術や和紙を母国に持ち帰り、先住民の経済的自立に役立ててもらおうと伝えたのが始まり。黒を基調とした素朴な作風が特徴。
 会場には、国立民族学博物館(大阪府吹田市)が所蔵する版画や民族衣装、玩具など計約100点が並べられており、訪れた松江市南田町、主婦松原賢子さん(61)は「イヌイットの生活ぶりがよく分かった」と話した。30日まで。19日午前10時からは「イヌイット版画の成立」と題した無料講演会も。高校生以上500円、小中学生250円。問い合わせは同館(0852・32・1607)へ。(宮地恭平)
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/shimane/news/20140117-OYT8T01196.htm

【インタビュー】ジョニー・デップ「メイクは全てだ!」…“奇抜メイク”への熱い想い

2014-01-22 | 先住民族関連
cinemacafe.net January 16, 2014(Thu) 20:00
先日のゴールデン・グローブ賞に、ヒゲを剃り、金髪姿で登場してプレゼンターを務めたジョニー・デップ。昨年、50歳の大台を迎えた彼が主演した映画『ローン・レンジャー』がMovieNEXで発売されたことに合わせ、ジョニー自身が考案したキャラクター、復讐に燃える悪霊ハンター“トント”への情熱にあふれたインタビューが到着した。
本作に登場するトントとは、“最後の悪霊ハンター”にして、スピリチュアルな力を持つ先住民の戦士。少年時代のある忌まわしい事件のせいで深いトラウマを抱え、かつて彼の仲間に災いをもたらした巨悪への復讐に燃えている。復讐を果たすパートナーとして、瀕死のジョン(アーミー・ハマー)を“ローン・レンジャー”として甦らせるが、正義と法の力を信じるジョンとしばしば対立することに…。
ジョニーといえば、『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズのキャプテン、ジャック・スパロウを世界で最も愛されるアイコンに育て上げたほか、『アリス・イン・ワンダーランド』のマッドハッター役でもド派手なインパクトで大ヒットに貢献。“奇抜メイク”で臨んだこの2作は、日本で100億円超えの興行収入となった。
そして、この『ローン・レンジャー』でも“奇抜メイク”の流れを組み、ジョニー自身がかつてない斬新なキャラクターのトントを考案。顔は白塗りで“戦い”の紋様を施し、頭にはカラスを据えるという少々不気味なビジュアルながらも、ユーモアたっぷりの言動で世界中を魅了した。
トントというキャラクターを思いついたのは、「顔に縦縞を入れた戦士を描いた絵画を見たときのインスピレーションからなんだ」と話すジョニー。
「僕の目を引いたのは、絵画の中で、戦士の背後を飛んでいるカラスだった。最初に見たとき、カラスは戦士の頭上にいると思ったんだ(笑)。実際はそうじゃないんだけど。それで僕はトントの頭の上にカラスの死骸を乗せるのが一番しっくりくると思ってそうしたんだよ」と、トントの魂を導く、神聖な鳥であるカラスの起用について真剣なまなざしで語る。
かと思えば、「みんなも試してみるといいよ(笑)。本当に最高だから」と茶目っ気は相変わらずだ。
また、今回のような“奇抜な”キャラクターを演じるにあたっては、メイクはかなり重要な要素であるという。
「メイクは全てだね。自分の肌にキャラクターに合ったメイクを施して、衣装を身につけると、そのキャラクターがこれまで経験してきた多くのことが現れ始める」とジョニーは言う。「僕は毎日、メイクに数時間もかけていたよ。気分はいいものじゃないし、すごく変だったけど、そうするだけの価値はあったと思う」。
時間をかけたメイクによって彼に“舞い降りた”トントについて、ジョニーは、「長い歴史のある映画界の中で、ハリウッドはアメリカ先住民をとても粗末に扱ってきた。多くの場面で、先住民は野蛮人として描かれ、お決まりの形で表現されてきた」と語気を強める。
「僕はこのキャラクターをローン・レンジャーの助手として演じたくなかった。ローン・レンジャーが彼に『小僧、ソーダを取ってこい!』なんて言ってほしくなかった。そうじゃなくて、彼を戦士として、高潔な誠意と威厳を持った男として演じたかった。過去に犯された過ちを正すことに貢献したいというのが僕のささやかな気持ちだったんだ」と、役柄に対するアツい思いを明かしてくれた。
だからこそ、ジョニーが扮するキャラクターは、もはやそれ自体が彼の代名詞といえるほどに魅力的なのだ。彼の熱意と真摯な思いがたっぷり詰まったトントを、改めて見返してみて。
『ローン・レンジャー』MovieNEXは発売中、ブルーレイ&DVDレンタル中(※オンデマンド配信中)。
http://www.cinemacafe.net/article/2014/01/16/21299.html

「アバター」サム・ワーシントン&ゾーイ・サルダナが続編3本に出演決定

2014-01-22 | 先住民族関連
[映画.com ニュース] 2014年1月16日 11:10
ジェームズ・キャメロン監督の大ヒットSF「アバター」(2009)で主人公とヒロインを演じたサム・ワーシントン&ゾーイ・サルダナが、続編3作品に出演することを米20世紀フォックスが正式に発表した。
ワーシントンは元海兵隊員のジェイク役、サルダナは惑星パンドラの先住民ナヴィ族の娘ネイティリ役を再び演じる。同じく、悪役クオリッチ大佐を演じたスティーブン・ラングが、続編3作品にカムバックすることがすでに決定している。
「アバター」続編は3作品が一気に撮影される予定で、今年12月または15年1月にクランクインする。米Deadlineによれば、キャスト陣は撮影開始の4カ月前から準備に取りかかるようだ。クランクイン後は、まず大規模なモーションキャプチャーのシーンを撮り、続いて全ての実写シーンを撮るという。
「アバター2」は16年12月、「アバター3」は17年12月、「アバター4」は18年の公開予定。
(映画.com速報)
http://eiga.com/news/20140116/6/

白老・アイヌ民族博物館職員が福岡公演、古式舞踊披露

2014-01-22 | アイヌ民族関連
室蘭民報 【2014年1月16日(木)朝刊】
 アイヌ文化遺産活用地域活性化推進協議会(会長・戸田安彦白老町長)主催の移動博物館・アイヌミュージアムフェアが13日、福岡県福岡市のももち文化センターで開かれ、白老から出向いたアイヌ民族博物館職員が古式舞踊などを披露、フィナーレでは観衆約50人がステージに上がり、即興歌「ヤイサマネナ」に合わせ踊りの輪が広がった。
 戸田町長が約420人の観衆を前にあいさつし、白老に6年後に開設される「民族共生の象徴となる空間」に触れた上で「異文化を体験してください」とこの日のイベントをPRした。
 ムックリの演奏体験、中野巴絵同博物館学芸員による講話のほか、民族衣装の職員たちがイヨマンテリムセ(熊の霊送りの踊り)、カムイノミ(神への祈り)、クリムセ(弓の舞)、サロルンチカプリムセ(鶴の舞)などを披露。会場からは「素晴らしい」「頑張って」と声援が送られ、大きな拍手がわき上がった。
 前日の12日にはプレイベントを太宰府市の九州国立博物館で開催した。アイヌ語クイズ、ムックリ演奏、古式舞踊などを行い、約240人が参加。特にムックリ演奏体験が盛り上がりを見せた。
 文化庁からの受託事業である「移動博物館」は2011年度(平成23年度)から始まり、これまで札幌、大阪、仙台、広島で開催。同博物館には福岡県からの修学旅行生が少なくない。今回、アイヌ文化に触れる機会があまりない九州の地を初めて開催地にした。
(富士雄志)
http://www.muromin.mnw.jp/murominn-web/back/2014/01/16/20140116m_08.html

アイヌ語絵本からパズル 学んで作る白老講座に小学生11人

2014-01-22 | アイヌ民族関連
苫小牧民報 (2014年 1/13)
 白老町のしらおいイオル事務所チキサニで10日、木製パズル作りをしながら簡単なアイヌ語を学ぶミニ講座が開かれ、小学生11人が参加した。気軽にアイヌ文化に触れてもらおうと、さまざまなテーマで定期的に企画しており、今回は楽しく作業しながら基本的なアイヌ語について分かりやすく学んだ。
 講座はパズル作りがテーマ。子ども向けのアイヌ語絵本の中から好きな動物などのイラストを選び、A4判の木の板に下絵を描き、色づけしたものを糸のこぎりで切り分けるまでを作業する。
 同事務所学芸員の押野里架さんによると、参加した子どもたちの多くが同講座のリピーター。時には親が参加することももあり、親子でものづくり体験を楽しむケースもあるという。
 今回の作業では、配布された絵本「アイヌ語であそぼう」を参考に、干支にちなんだ「馬」のほか、イルカやクマなど動物を中心に下絵を製作。水彩絵の具を使ってカラフルに色づけされ、子どもたちも満足そう。
 平田龍之介君(12)は「作るのが楽しい。アイヌの言葉を少しずつ学べるので一石二鳥」と笑顔で話していた。
http://www.tomamin.co.jp/2014018897