GQ 8/30(金) 20:41配信
“教授“こと坂本龍一の動向を追うライター・編集者の吉村栄一による「教授動静」。第15回は、8月に日本に一時帰国した教授が参加したイベントの詳報をお届けする。(この連載は、毎月末に更新します。お楽しみに!)
More treesトリエンナーレ
前回お伝えしたように、教授は充実した台湾訪問を終えてニューヨークに戻った。
ニューヨークでは、引き続きフェルディナンド・チト・フィロマリノ監督の新作映画『Born To Be Murdered』の音楽制作に集中し(途中、ロスアンジェルスでフライング・ロータスとセッションも行なったが)、さあ、いよいよ佳境というところで夏の日本行きとなった。
この2019年夏、日本での予定もなかなかに気ぜわしい。北は北海道から南は和歌山、香川まで全国各地で予定が入っていた。
最初に赴いたのは北海道の美幌町。2007年に教授が立ち上げた森林保全の団体「more trees」のトリエンナーレ出席のためだ。美幌町は同じく道内の下川町、足寄町、滝上町とともに森林バイオマス吸収量活用推進協議会を結成している町。美幌町民会館で8月3日に行われた「more trees シンポジウム~多様性のある森づくり」でパネル・ディスカッション「『多様性のある森づくり』と私たちの暮らし」に作家の浜田久美子氏、more trees事務局長の水谷伸吉氏とともに登壇したほか、トリエンナーレの懇親会にも出席した。
「3年に1回のトリエンナーレでは、北海道から九州まで、more treesが提携している森林をもつ11の市町村の人びとが集まりました。どの地域でも森林の活性化や保全の活動をし、木の利用の促進にも取り組んでいるのですが、それぞれの市町村はお互いをよく知らない。風土や気候もちがう。しかしサステイナブルな活動を行なうのに、情報や知識を共有したほうがいいという考えから、3年にいちどみんなで集まって智恵を共有しようという集まりなんです」
トリエンナーレには、各自治体の関係者やmore treesを支援する関連企業の人びとも多く集まった。12年という歴史のあるmore treesだから、懐かしい顔もある。乾杯もした。
「みんなで話し合い、懇親を深める楽しい会。各地の森の人たちに会える機会はあまりないので、町長さんや市長さんが代替わりしていたり、逆に、まだご健在という方もいる。more treesも12年経って、最初に植樹した木はだいぶ大きくなってきたけど、それでも樹木が成木になるまでに60~70年はかかる。伝統的な林業というのはもともとそういうものなので、みんな次世代のためにがんばっています」
今回のトリエンナーレでとくに話し合われたのは、「日本の森に多様性を取り戻す」ということ。
「日本では、戦後すぐから建築需要で森が杉や桧の針葉樹ばかりになってしまったのを、もっと多様性のある森に戻したいということです。針葉樹ばかりだと花粉の問題もあるし、海外の輸入材流入の関係でお金が回らなくなり、それで保全もできなくなっている。針葉樹だけとか、単一種のみの森ではなく、広葉樹もまぜていろんな種類の木が生えている森のほうが、需要の変化にも対応できるし、病気や災害で一斉に枯死することもない。これは言ってみれば、自然の森の模倣ですね」
大阪、そして岩手へ
北海道の次は岩手に予定があったが、その移動の合間に単身、大阪にも立ち寄った。
目的は堂島リバーフォーラムで行われていた「堂島リバービエンナーレ2019」。ジャン=リュック・ゴダールの映画『イメージの本』にインスピレーションを受けて「歴史的記憶」をテーマに展開された本展には、ゲルハルト・リヒター、トーマス・ルフ、フィオナ・タン、ダレン・アーモンド、佐藤充に加え空音央/アルバート・トーレンの作品が展示された。
岩手の陸前高田市では、夢アリーナたかた多目的ホールで8月7日に行われた「三陸防災復興プロジェクト2019 クロージングセレモニー」に出席。東北ユースオーケストラから編成された弦楽四重奏とともに出演し、ストリングス+ピアノの小コンサートを行なった。曲目は「Kizuna World」「Aqua」「美貌の青空」「Rain」「ビハインド・ザ・マスク」「ラストエンペラー」「戦場のメリークリスマス」の7曲。東日本大震災からの復興を目的としたチャリティ企画で生まれた「Kizuna World」に加え、定番曲、そしてYMOの「ビハインド・ザ・マスク」も特別に演奏された。
「みんなが知っている『戦場のメリークリスマス』や『ラストエンペラー』のほかに、もうちょっと盛り上がる曲もほしいなと。なにしろ場所が広いホールで、来てくださった幅広い年齢層の現地の方たちがちょっとでも耳にしたことがあるような曲がいいだろうと思ったんです。ぼくの場合はそういう曲が少ないので(笑)、ビートの効いた『ビハインド・ザ・マスク』ならいいんじゃないかと。これは盛り上がりましたね」
なんでも、達増拓也岩手県知事もYMOのファンだったそうで、「ビハインド・ザ・マスク」の演奏には「胸が熱くなりました」と教授に感想を伝えたそうだ。
陸前高田は教授にとって縁のある町。震災直後にmore treesが協力してここに100棟の木造の仮設住宅を建てた。その仮設住宅にはいまも11家族が残っているという。
また、震災翌年の2012年の冬にも同町を訪れ、陸前高田の高田中学校で慰問のコンサートを行った。その模様はドキュメンタリー映画『Ryuichi Sakamoto: CODA』にも収録されている。
「2011年に行ったときの陸前高田は、あちこちに瓦礫の山がそびえていて震災の傷跡が生々しかったのですが、いまではずいぶん整備され、巨大な防潮堤も完成していました。防潮堤や新しい街づくりについては当時からどういうものにするのかという議論はあったし、地元にはいろいろな夢や希望がありました。しかしその後、国が方針に強く意見を出してきた。するとどうしても地元の希望とはズレが生まれます。復興は喜ばしいのですが、巨大な防潮堤を眺めると複雑な思いもしました」
東北ユースオーケストラの夏合宿
多忙は続く。
教授は、山梨県にある河口湖の施設で8月8日から4泊5日で行われた東北ユースオーケストラの夏合宿に8月9日から参加した。この合宿は毎年3月に行われる東北ユースオーケストラの演奏会のための練習を目的にして行われる定期的なものだが、教授の夏合宿参加は初めて。来年2020年の定期演奏会は、熊本や広島、北海道など3.11以降の自然災害の被災道府県から合唱への参加を募集し(公募時期は9月中旬発表予定)、ベートーヴェンの第9交響曲を演奏するほか、東北ユースオーケストラのために初めて教授が書き下ろす新作も披露される予定だ。
「まず、あらためてみんなで第9を聴き直し、繰り返し演奏してみました。これが毎日続き、みんな第9漬けに(笑)。あれほど第9まみれになったのは、ぼくも人生で初めてかも」
そして新曲のための練習も行われた。まだ曲全体は完成していないので、部分的要素の練習となった。
「できている部分を、こういうパートが出てくるよと披露して、そこの練習をしました。なにしろぼくの曲なので、ふつうのクラシック曲とはちがう手法で書かれている難しい部分もある。はやめに練習してもらおうと。ただ、意外にもみんなすぐ弾けるようになったので驚きました。すごく複雑なリズムを使ったりしているのだけど、よく考えたら、みんなこれまで藤倉大くんの曲とか、ぼくの『Still Life』など、ああいう変わった曲もやっているので飲み込みが早いんですかね」
第9、新曲のパート練習ともに非常に手応えがあり、うまくいくのではという確信も得たという。来年3月が楽しみだ。
また、この合宿の合間には教授のアルバム『async』にも参加している三味線奏者の本條秀慈郎をゲストに迎え、東北ユースオーケストラの団員たちに本格的な三味線の演奏を聴いてもらった。教授もピアノの内部奏法で共演し、日常ではなかなか触れることができない三味線やピアノの内部奏法の音にみな興味津々だったとのこと。この模様は9月1日にスタートするインターネット・ラジオ『Radio Hermes Tour』(https://www.radio-hermes.com/schedule/23/)でオンエアされる。
思いがけない休暇
この河口湖合宿から東京に戻り、イベントに出演したり、コンサートのために来日していた仲のいい韓国のロック・バンドSE SO NEON(セソニョン)とランチをしたり、評判の韓国映画『共犯者たち』を観賞したりとしばしの休暇。
この後、本来は和歌山県新宮市の文化組織“熊野大学”で8月15、16日に開催される「2019夏季特別セミナー オン・ザ・ボーダー 中上健次のいた時代」に講師として参加するはずだったが、大型台風が近畿圏に接近中のため、残念ながら中止に。興味深く貴重なイベントだっただけに中止は教授にとっても断腸の思いだっただろうが、思いもよらない3日間のオフが生まれたのも事実だ。
「映画を観たり、本を読んだり、ま、いつもの休暇と同じですが、仕事のプレッシャーがないぶんゆったりとすごせました。人間国宝でもある小鼓の大倉源次郎さんから、熊野が中止になったのなら時間があるでしょうとお誘いを受け、日本橋に新しくできた日本の伝統芸能のスペース(水戯庵)に能を観に行きました。日本橋はずいぶんひさしぶりで、再開発された街の変貌ぶりにびっくり。むかし神社だったところがビル化してミストなんかも出てるし、神社もモダンになっていたりして、いちいち驚いたり、新しい日本を見て小さなカルチャー・ショックでした」
思わぬ休日を満喫した教授は、またしても日帰りで香川県にある高松市美術館に宮永愛子展を観に行った。その後は残った仕事、取材を東京でこなし、8月終わりにニューヨークへと戻っていった。しばらくは映画『Born To Be Murdered』の音楽制作に没入する予定とのこと。
年末まで海外での予定が詰まっている教授だが、日本のファンに向けてはこんなスペシャル・イベントがある。この連載の第1回で紹介した、2017年12月に行われた坂本龍一キュレーションによるグレン・グールド生誕85周年記念コンサート「グレン・グールド・ギャザリング」の一夜限りの特別上映会。申込数によって成立するシステムの上映会で、観覧チケットには同映像のブルーレイ・ディスクもついてくる(後日単独発売)。今後二度とないと思われる貴重な機会なので、ぜひ!(https://www.dreampass.jp/e2080)
文・吉村栄一
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190830-00010008-gqjapan-bus_all
“教授“こと坂本龍一の動向を追うライター・編集者の吉村栄一による「教授動静」。第15回は、8月に日本に一時帰国した教授が参加したイベントの詳報をお届けする。(この連載は、毎月末に更新します。お楽しみに!)
More treesトリエンナーレ
前回お伝えしたように、教授は充実した台湾訪問を終えてニューヨークに戻った。
ニューヨークでは、引き続きフェルディナンド・チト・フィロマリノ監督の新作映画『Born To Be Murdered』の音楽制作に集中し(途中、ロスアンジェルスでフライング・ロータスとセッションも行なったが)、さあ、いよいよ佳境というところで夏の日本行きとなった。
この2019年夏、日本での予定もなかなかに気ぜわしい。北は北海道から南は和歌山、香川まで全国各地で予定が入っていた。
最初に赴いたのは北海道の美幌町。2007年に教授が立ち上げた森林保全の団体「more trees」のトリエンナーレ出席のためだ。美幌町は同じく道内の下川町、足寄町、滝上町とともに森林バイオマス吸収量活用推進協議会を結成している町。美幌町民会館で8月3日に行われた「more trees シンポジウム~多様性のある森づくり」でパネル・ディスカッション「『多様性のある森づくり』と私たちの暮らし」に作家の浜田久美子氏、more trees事務局長の水谷伸吉氏とともに登壇したほか、トリエンナーレの懇親会にも出席した。
「3年に1回のトリエンナーレでは、北海道から九州まで、more treesが提携している森林をもつ11の市町村の人びとが集まりました。どの地域でも森林の活性化や保全の活動をし、木の利用の促進にも取り組んでいるのですが、それぞれの市町村はお互いをよく知らない。風土や気候もちがう。しかしサステイナブルな活動を行なうのに、情報や知識を共有したほうがいいという考えから、3年にいちどみんなで集まって智恵を共有しようという集まりなんです」
トリエンナーレには、各自治体の関係者やmore treesを支援する関連企業の人びとも多く集まった。12年という歴史のあるmore treesだから、懐かしい顔もある。乾杯もした。
「みんなで話し合い、懇親を深める楽しい会。各地の森の人たちに会える機会はあまりないので、町長さんや市長さんが代替わりしていたり、逆に、まだご健在という方もいる。more treesも12年経って、最初に植樹した木はだいぶ大きくなってきたけど、それでも樹木が成木になるまでに60~70年はかかる。伝統的な林業というのはもともとそういうものなので、みんな次世代のためにがんばっています」
今回のトリエンナーレでとくに話し合われたのは、「日本の森に多様性を取り戻す」ということ。
「日本では、戦後すぐから建築需要で森が杉や桧の針葉樹ばかりになってしまったのを、もっと多様性のある森に戻したいということです。針葉樹ばかりだと花粉の問題もあるし、海外の輸入材流入の関係でお金が回らなくなり、それで保全もできなくなっている。針葉樹だけとか、単一種のみの森ではなく、広葉樹もまぜていろんな種類の木が生えている森のほうが、需要の変化にも対応できるし、病気や災害で一斉に枯死することもない。これは言ってみれば、自然の森の模倣ですね」
大阪、そして岩手へ
北海道の次は岩手に予定があったが、その移動の合間に単身、大阪にも立ち寄った。
目的は堂島リバーフォーラムで行われていた「堂島リバービエンナーレ2019」。ジャン=リュック・ゴダールの映画『イメージの本』にインスピレーションを受けて「歴史的記憶」をテーマに展開された本展には、ゲルハルト・リヒター、トーマス・ルフ、フィオナ・タン、ダレン・アーモンド、佐藤充に加え空音央/アルバート・トーレンの作品が展示された。
岩手の陸前高田市では、夢アリーナたかた多目的ホールで8月7日に行われた「三陸防災復興プロジェクト2019 クロージングセレモニー」に出席。東北ユースオーケストラから編成された弦楽四重奏とともに出演し、ストリングス+ピアノの小コンサートを行なった。曲目は「Kizuna World」「Aqua」「美貌の青空」「Rain」「ビハインド・ザ・マスク」「ラストエンペラー」「戦場のメリークリスマス」の7曲。東日本大震災からの復興を目的としたチャリティ企画で生まれた「Kizuna World」に加え、定番曲、そしてYMOの「ビハインド・ザ・マスク」も特別に演奏された。
「みんなが知っている『戦場のメリークリスマス』や『ラストエンペラー』のほかに、もうちょっと盛り上がる曲もほしいなと。なにしろ場所が広いホールで、来てくださった幅広い年齢層の現地の方たちがちょっとでも耳にしたことがあるような曲がいいだろうと思ったんです。ぼくの場合はそういう曲が少ないので(笑)、ビートの効いた『ビハインド・ザ・マスク』ならいいんじゃないかと。これは盛り上がりましたね」
なんでも、達増拓也岩手県知事もYMOのファンだったそうで、「ビハインド・ザ・マスク」の演奏には「胸が熱くなりました」と教授に感想を伝えたそうだ。
陸前高田は教授にとって縁のある町。震災直後にmore treesが協力してここに100棟の木造の仮設住宅を建てた。その仮設住宅にはいまも11家族が残っているという。
また、震災翌年の2012年の冬にも同町を訪れ、陸前高田の高田中学校で慰問のコンサートを行った。その模様はドキュメンタリー映画『Ryuichi Sakamoto: CODA』にも収録されている。
「2011年に行ったときの陸前高田は、あちこちに瓦礫の山がそびえていて震災の傷跡が生々しかったのですが、いまではずいぶん整備され、巨大な防潮堤も完成していました。防潮堤や新しい街づくりについては当時からどういうものにするのかという議論はあったし、地元にはいろいろな夢や希望がありました。しかしその後、国が方針に強く意見を出してきた。するとどうしても地元の希望とはズレが生まれます。復興は喜ばしいのですが、巨大な防潮堤を眺めると複雑な思いもしました」
東北ユースオーケストラの夏合宿
多忙は続く。
教授は、山梨県にある河口湖の施設で8月8日から4泊5日で行われた東北ユースオーケストラの夏合宿に8月9日から参加した。この合宿は毎年3月に行われる東北ユースオーケストラの演奏会のための練習を目的にして行われる定期的なものだが、教授の夏合宿参加は初めて。来年2020年の定期演奏会は、熊本や広島、北海道など3.11以降の自然災害の被災道府県から合唱への参加を募集し(公募時期は9月中旬発表予定)、ベートーヴェンの第9交響曲を演奏するほか、東北ユースオーケストラのために初めて教授が書き下ろす新作も披露される予定だ。
「まず、あらためてみんなで第9を聴き直し、繰り返し演奏してみました。これが毎日続き、みんな第9漬けに(笑)。あれほど第9まみれになったのは、ぼくも人生で初めてかも」
そして新曲のための練習も行われた。まだ曲全体は完成していないので、部分的要素の練習となった。
「できている部分を、こういうパートが出てくるよと披露して、そこの練習をしました。なにしろぼくの曲なので、ふつうのクラシック曲とはちがう手法で書かれている難しい部分もある。はやめに練習してもらおうと。ただ、意外にもみんなすぐ弾けるようになったので驚きました。すごく複雑なリズムを使ったりしているのだけど、よく考えたら、みんなこれまで藤倉大くんの曲とか、ぼくの『Still Life』など、ああいう変わった曲もやっているので飲み込みが早いんですかね」
第9、新曲のパート練習ともに非常に手応えがあり、うまくいくのではという確信も得たという。来年3月が楽しみだ。
また、この合宿の合間には教授のアルバム『async』にも参加している三味線奏者の本條秀慈郎をゲストに迎え、東北ユースオーケストラの団員たちに本格的な三味線の演奏を聴いてもらった。教授もピアノの内部奏法で共演し、日常ではなかなか触れることができない三味線やピアノの内部奏法の音にみな興味津々だったとのこと。この模様は9月1日にスタートするインターネット・ラジオ『Radio Hermes Tour』(https://www.radio-hermes.com/schedule/23/)でオンエアされる。
思いがけない休暇
この河口湖合宿から東京に戻り、イベントに出演したり、コンサートのために来日していた仲のいい韓国のロック・バンドSE SO NEON(セソニョン)とランチをしたり、評判の韓国映画『共犯者たち』を観賞したりとしばしの休暇。
この後、本来は和歌山県新宮市の文化組織“熊野大学”で8月15、16日に開催される「2019夏季特別セミナー オン・ザ・ボーダー 中上健次のいた時代」に講師として参加するはずだったが、大型台風が近畿圏に接近中のため、残念ながら中止に。興味深く貴重なイベントだっただけに中止は教授にとっても断腸の思いだっただろうが、思いもよらない3日間のオフが生まれたのも事実だ。
「映画を観たり、本を読んだり、ま、いつもの休暇と同じですが、仕事のプレッシャーがないぶんゆったりとすごせました。人間国宝でもある小鼓の大倉源次郎さんから、熊野が中止になったのなら時間があるでしょうとお誘いを受け、日本橋に新しくできた日本の伝統芸能のスペース(水戯庵)に能を観に行きました。日本橋はずいぶんひさしぶりで、再開発された街の変貌ぶりにびっくり。むかし神社だったところがビル化してミストなんかも出てるし、神社もモダンになっていたりして、いちいち驚いたり、新しい日本を見て小さなカルチャー・ショックでした」
思わぬ休日を満喫した教授は、またしても日帰りで香川県にある高松市美術館に宮永愛子展を観に行った。その後は残った仕事、取材を東京でこなし、8月終わりにニューヨークへと戻っていった。しばらくは映画『Born To Be Murdered』の音楽制作に没入する予定とのこと。
年末まで海外での予定が詰まっている教授だが、日本のファンに向けてはこんなスペシャル・イベントがある。この連載の第1回で紹介した、2017年12月に行われた坂本龍一キュレーションによるグレン・グールド生誕85周年記念コンサート「グレン・グールド・ギャザリング」の一夜限りの特別上映会。申込数によって成立するシステムの上映会で、観覧チケットには同映像のブルーレイ・ディスクもついてくる(後日単独発売)。今後二度とないと思われる貴重な機会なので、ぜひ!(https://www.dreampass.jp/e2080)
文・吉村栄一
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190830-00010008-gqjapan-bus_all