先住民族関連ニュース

先住民族関連のニュース

慰霊施設苫小牧周辺に 道アイヌ協会、有識者懇で要望へ

2009-05-29 | 日記
(北海道新聞05/29 06:45)
 道アイヌ協会は、北大や東大などに研究目的で保管されているアイヌ民族の遺骨を慰霊する国営施設を、苫小牧市周辺に設置するよう国に要望する。首相官邸で二十九日に開かれる政府の「アイヌ政策のあり方に関する有識者懇談会」で加藤忠理事長が求める。
 加藤理事長は昨年九月の同懇談会で慰霊施設設置を要望したが、設置地域には言及していなかった。アイヌ文化の継承や研究の拠点となる施設の併設も合わせて求める。
 道アイヌ協会は五月の総会で、設置場所について「海、山、川の環境が整っており、新千歳空港に近く交通アクセスが良い」として、苫小牧市周辺に求めることを決めていた。
 アイヌ民族の遺骨をめぐっては、昭和初期に北大の研究者が墓を掘り返すなどして集めた約千体分を、同大がずさんに管理していたことが一九八〇年代に発覚し、問題化した。札医大や東大、米国、英国、ロシアの博物館などにも保管されているという。同協会はこれらの遺骨の返還を求めるとともに、施設で一括して慰霊したい考え。
 加藤理事長は「併設する文化施設はアイヌ民族以外にも開放し、アイヌ民族と和人の共生の象徴にしてほしい」と話している。
http://www.hokkaido-np.co.jp/news/politics/168130.html

アイヌ民族 生活保護、道平均の2倍超 暮らし「苦しい」36% 北大など調査

2009-05-29 | 日記
(北海道新聞05/29 01:01、05/29 07:48 更新)
 北大アイヌ・先住民研究センターが実施した「アイヌ民族生活実態調査」の結果が28日、分かった。アイヌ民族の世帯の生活保護率は道平均の2倍以上である一方、大学進学率は30歳未満の若い世代でも全国平均の半分以下となっている。調査結果は、29日に首相官邸で開かれる政府の「アイヌ政策のあり方に関する有識者懇談会」で報告される。
 調査は道アイヌ協会の協力を得て2008年10月にアイヌ3437世帯を対象に実施。2903世帯、約5700人から回答を得た。世帯回収率は84・5%。
 結果によると、大学進学率は30歳未満で全国平均の42・2%に対しアイヌ民族は20・2%。40-50歳は25・4%に対し4・3%となっている。
http://www.hokkaido-np.co.jp/news/life/168126.html

大学進学は全国平均の半分以下 アイヌ民族生活実態調査

2009-05-29 | 日記
【共同通信2009/05/28 20:39】
 北海道大アイヌ・先住民研究センターが実施した「アイヌ民族生活実態調査」の結果が28日、分かった。アイヌ民族の世帯の生活保護率は北海道平均の2倍以上である一方、大学進学率は30歳未満の若い世代でも全国平均の半分以下となっている。調査結果は、29日に首相官邸で開かれる政府の「アイヌ政策のあり方に関する有識者懇談会」で報告される。
 調査は北海道アイヌ協会の協力を得て2008年10月にアイヌ3437世帯を対象に実施。2903世帯、約5700人から回答を得た。世帯回収率は84・5%。
 結果によると、大学進学率は30歳未満で全国平均の42・2%に対しアイヌは20・2%。40-50歳は25・4%に対し4・3%となっている。
http://www.47news.jp/CN/200905/CN2009052801000930.html

アイヌ政策新法 重ねて制定要求 道の懇談会

2009-05-29 | 日記
(北海道新聞05/27 09:03)
 アイヌ民族の地位向上などについて話し合う道の「アイヌ政策を考える懇談会」は二十六日、札幌市中央区の知事公館で三回目の会合を開き、総合的なアイヌ政策を推進するための新法制定などを、政府の「アイヌ政策のあり方に関する有識者懇談会」が夏にもまとめる報告書に明記するよう、重ねて求めていくことを確認した。
 政府の有識者懇談会では、四月に高橋はるみ知事が六項目を提言。このうちアイヌ施策の推進体制の整備など三項目は報告書への明記で合意したが、《1》アイヌ政策推進の新法制定《2》生活向上施策の充実《3》民族共生の象徴となる施設整備-の三項目については議論を持ち越していた。このため、この日の会合では、この三項目についても報告書に盛り込むよう求める意見書を政府の有識者懇談会に提出することを決めた。
http://www.hokkaido-np.co.jp/news/donai/167723.html

アイヌ有識者懇:道知事や協会長ら、連名の意見書提出へ /北海道

2009-05-29 | 日記
(毎日新聞 2009年5月27日 地方版)
 政府の「アイヌ政策のあり方に関する有識者懇談会」の委員を務める高橋はるみ知事、加藤忠・道アイヌ協会理事長、常本照樹・北海道大教授の道内3委員は26日、連名の意見書を29日に開かれる次回懇談会に提出することを決めた。
 意見書は高橋知事が前回(4月24日)の懇談会で提言したアイヌ政策の統括窓口を政府に作ることや審議機関の設置など6項目を基本に、アイヌの施策推進の根拠となる立法措置や生活支援の拡充を求める内容となる。高橋知事は29日の懇談会が臨時道議会と重なっている欠席するが、「夏に予定される懇談会の答申前に、道内委員3人が一緒になってアピールしていきたい」と話した。【千々部一好】
http://mainichi.jp/hokkaido/news/20090527ddlk01010316000c.html

東川賞:特別賞に札幌の露口さん 国内作家賞、東京の柴田さん /北海道

2009-05-29 | 日記
(毎日新聞 2009年5月26日 地方版)
 優れた写真作品、写真家を表彰する上川管内東川町の「第25回東川賞」の国内作家賞に、東京都の柴田敏雄さん(59)が決まった。人工構造物などの景観を独特の視点でとらえた作品群が評価された。特別賞はアイヌ語地名をテーマにした作品群を発表している札幌市の露口啓二さん(59)が選ばれた。
 このほか海外作家賞はオーストラリアのアン・フェランさん(60)、新人賞は東京都の石川直樹さん(31)。8月1日~9月6日、町文化ギャラリーで受賞作品展がある。
 賞は、町が「写真の町宣言」をした85年にスタート。国際的にも評価が高く▽美術評論家の岡部あおみさん▽写真家の佐藤時啓さん▽芥川賞作家の平野啓一郎さんら8人の審査員が、写真家や評論家らから推薦された86人の作品を審査した。【横田信行】
http://mainichi.jp/hokkaido/news/20090526ddlk01040328000c.html

でっこの会だより (48)川原平の旧家

2009-05-26 | 日記
(朝日新聞2009年05月26日)
 世界遺産・白神山地に最も近い村、川原平。周辺からは縄文遺跡も出ているし、近くの大秋には、戦国期までアイヌがいたと読める記録もあるらしい。古い村のようにも思えるが、その生業から考えれば、村の成り立ちは江戸時代における弘前という都市の成立と深くかかわっているようだ。
 川原平は江戸時代初期の成立とも言われており、文書記録でもそれ以降にならないと出てこない。川原平という表記も気になるところで、「~平(たい)」の地名は新しく開発されたところに多い。
 何より、川原平の旧家に伝わる次のような話が興味深い。「本家はもともと秋田鷹巣の富豪で、津軽為信が目屋の材木を抵当に軍資金を借りた。その金を為信が返すことができなかったので、本家が木を売りさばくことにしたが、為信が木の搬出に川を使用することを許さない。そこで今の場所に移ってきた」
 この伝承の真否はどうあれ、次のようには考えられるだろう。白神山地に最も近い地として、川原平の場は古くから断続的に活用されてきた。江戸時代までは村の成立とはならなかったが、江戸時代に入り、弘前という城下町の経営のため、用材や燃料となる薪の供給が必要になると、そうした需要にこたえるべく、林業に携わる人々が入り込んでくることとなる。
 この林業と、よそからすれば零細とも言える田畑を組み合わせることで、年間を通じて生活できる構造が生まれた。つまり、江戸時代という文脈の中で、林業が業として成り立つようになったことから、安定的な生活が確立され、ようやく村が誕生したと考えられる。
 隣接する砂子瀬もまた、川原平に準ずる最上流の村として、同様に山仕事に携わることとなった。もっともこちらには、もとから田畑による生活がまがりなりにもあった。それでもやはり、林業と重ねることで、江戸時代の生活水準に見合うだけの生計を立てることが可能になったのだろう。
 最上流の山村もこうして、時代に取り残された古き共同体ではなく、江戸時代に形成された広域的な人間ネットワークのうちに初めて成り立つことが可能になった。これはこれで、この時代の新しい村の姿だった。
(山下祐介・弘前大准教授)
http://mytown.asahi.com/aomori/news.php?k_id=02000370905260001

実弟寄贈の22点 ビッキ初期作品 音威子府で公開

2009-05-26 | 日記
(北海道新聞 05/25 13:40)
 【音威子府】一九八九年に亡くなった砂澤ビッキさんの初期の彫刻作品と父母、弟の作品計三十点がエコミュージアムおさしまセンターに寄贈され、一般公開されている。
 寄贈したのは、砂澤さんの実弟一雄さん。一雄さんが営む釧路市阿寒湖畔の民芸品店閉店に伴い「兄が晩年を過ごし、記念館がある音威子府に」と寄贈を決めた。
 ビッキさんの作品は大小合わせて二十二点。畳一枚ほどの大きさがある民芸品店の屋号を彫った看板や、観光客相手に販売していたペンダントやブローチなどで、五〇年代前半に制作された。
 父トアカンノさん(和名・市太郎)の作品は四〇年に制作した親子クマの彫刻。母ベラモンコロさんの作品は縦横各一メートルと、縦一メートル横六十センチの刺しゅう二枚。一雄さんのは九八年、米国スミソニアン博物館で開かれた「アイヌ展」に出展した木彫作品を含め五点。
 千見寺正幸村長は「最期の地に記念館を建てて七年目。大切に展示公開し、ビッキの足跡をたどる貴重な資料としたい」と話している。(宗原均通信員)
http://www.hokkaido-np.co.jp/news/chiiki4/167373.html#list

太平洋・島サミット:「環境」テーマに思い一つ 首脳らが小学生と交流会 /北海道

2009-05-25 | 日記

(毎日新聞 2009年5月24日 地方版)
 上川管内占冠村で開かれている日本・太平洋諸島フォーラム首脳会議(太平洋・島サミット)は最終日の23日、地球温暖化防止など環境問題に取り組むことをうたった「北海道アイランダーズ宣言」を採択して閉幕した。各国・地域首脳らとの交流会を開いた地元小学生も資源の有効活用などを誓う「島サミット子ども宣言」を採択し、「環境」をテーマに北海道と太平洋の島々の思いが一つになった。【高山純二、横田信行】
 ◇児童130人参加
 首脳らとの交流会には占冠村のほか、富良野、帯広両市など計10市町村の小学生約130人が参加。16の国・地域ごとに、首脳らにインタビュー。サモアのトゥイラエパ首相は「日本の歌を歌ってほしい」と小学生にリクエストし、自ら英語で歌を披露して場を盛り上げた。
 トゥイラエパ首相に「日本の首相になりたいか」と聞かれた富良野市立富良野小6年の高橋歩君(11)は「ちょっと戸惑ったけど、こんな機会はないと思うので良かった」と笑顔を見せ、バヌアツのナタペイ首相にインタビューした上富良野町立上富良野西小5年の村上由夏さん(10)は「折り紙を作って渡したら喜んでくれた。すごく優しい人」と喜んだ。
 交流会では「限りある地球の資源を大切にする」「日本と外国の人が仲良く暮らせるよう、たくさんの人たちと理解しあう」など4項目の「島サミット子ども宣言」を採択した。
 ◇知事主催昼食会、道産食材を堪能
 知事主催の昼食会があり、各国首脳夫妻とともに国会議員や道議、行政や経済団体の代表が道産食材をふんだんに使った料理を堪能しながら、交流を深めた。
 メニューの1品ごとに道産のホタテやエビ、野菜などを使い、高橋はるみ知事はあいさつで「北海道ならではの自慢の食材を数々使った料理をお楽しみいただき、懇親を深める場となれば幸い」と、食の宝庫をPRした。参加国を代表してタランギ首相が「雪がなかったのが残念。雪の季節にまた来てみたい」と謝辞を述べた。
 ◇アイヌ文化触れ--首脳夫人交流会
 首脳会談中に開かれる夫人交流プログラムでは、「鵡川アイヌ文化伝承保存会」が、アイヌの神事「フッサ・ヘロ」や口琴「ムックリ」の演奏を披露した。
 最後に、参加国・地域の夫人9人らがアイヌ民族衣装を身にまとい、踊りに参加。夫人たちは保存会のメンバーと一緒に手拍子やかけ声を出すと、硬かった表情も一転して笑顔に変わった。
 保存会の片山幹雄会長(61)は「少しでもアイヌ文化を伝えることができたと思う。輪になって一緒に踊ったのは楽しかった」と話した。
 ◇高橋はるみ知事
 世界が抱えている環境問題について、去年(の北海道洞爺湖サミット)に引き続き、緑豊かな北海道で会議が行われ、成果があったのは意義深い。また、国際会議の多い首都圏や大阪にひけを取らない経験ができたと自負している。学術会議など、国際会議の誘致活動をやっていきたい。
 ◇小林豊・占冠村長
 雨となったが、村民手作りの雪だるまに各国首脳夫人が笑顔を見せてくれ、ほっとした。普段通り、手作り感あふれる身の丈にあった、もてなしができた。サミット会場として注目された今回を機に、優れた施設があることを再認識し、訪れる人が増えたらうれしい。
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 【昼食会メニュー】
 ◇料理(カッコ内は原産地)
・蝦夷あわび(函館)と長イモ(帯広)のエバンタイユ クーリートリュフ
・天然ホタテ(知内)のグリル、サーモン(えりも)マリネと、イクラのミルフィーユ仕立てディルドレッシング
・いけボタンエビ(噴火湾)のタルタルゆずの香りウニ(根室)を添えて
・ユリ根(美瑛)のロワイヤルガスパチョを流して北海道の野菜たちを添えて
・士別サフォークラム(士別)の香草とニンニクを利かせたパート包み焼き、ホエー豚(大樹)のブレゼマスタード焼き仕立て
・おぼろづき米(北海道)の焼きリゾットにフォアグラポワレをのせて
・マスカルポーネ(北海道)クリームとベリーフルーツ、グラスショコラとキャラメルラスク
・北海道の形をしたパイにフルーツ詰めを添えて
・パン、コーヒー
 ◇飲み物
・食前酒 十勝スパークリングブルーム(池田)
・日本酒 純米大吟醸国士無双(旭川)
・白ワイン ふらのワイン ケルナー(富良野)
・赤ワイン 十勝ワイン シャトー十勝(池田)
http://mainichi.jp/hokkaido/news/20090524ddlk01010132000c.html

太平洋・島サミット最終日、首脳夫人らがアイヌ文化体験

2009-05-25 | 日記
(読売新聞2009年5月23日13時18分)

 日本を含む太平洋の17の国・地域の首脳らが集まり北海道占冠村で開かれている太平洋・島サミットは最終日の23日、首脳夫人らが、同村内の施設でアイヌ民族の古式舞踊を体験した。
 この日は、鵡川アイヌ文化伝承保存会がアイヌの伝統楽器「ムックリ」(口琴)の独特の音色を奏でて、首脳夫人らを歓迎。踊り歌を披露した後、首脳夫人らは、民族衣装を身に着けてホリッパ(輪踊り)に挑戦した。
 同会長の片山幹雄さん(61)は、「海外の人たちにアイヌの歌や踊りを披露できたことは大変意義深い」と話していた。
http://www.yomiuri.co.jp/national/culture/news/20090523-OYT1T00454.htm

「語り、継ぐ。―アイヌ口承文芸の世界」

2009-05-23 | 日記
(朝日新聞2009年05月22日)
◇企画展「語り、継ぐ。―アイヌ口承文芸の世界」
 30日(土)~7月20日(月・祝)午前9時半~午後5時(入場は4時半まで、毎週月曜休み、ただし7月20日は開館)、北海道立文学館(札幌市中央区中島公園)。5月30日午後2時~、千葉大学・中川裕教授と札幌大学・本田優子教授による「アイヌ口承文芸のなかの“恋愛”」の講演と対談。観覧料(一般400円)。同館 電話:011・511・7655。
http://mytown.asahi.com/hokkaido/news.php?k_id=01000170905220003

イヨマンテを知っていますか?「アイヌと共に語る」講座より

2009-05-23 | 日記
(JNN 2009/05/22)
山の神である熊を神の国へ還す、伝統儀式に民族の精神を学ぶ  小宮朗  

イヨマンテとは、アイヌ民族の最も有名な伝統儀式です。山の神から託された子熊を家にお迎えし、大きくなるまで家族として育て、大きくなったら、人を集めて大きな宴を起こして、丁寧にお送りする儀式です。かつては「野蛮未開な習慣」として政府に禁止され、戦後、伊藤久男が「イヨマンテの夜」を歌い流行し、観光がブームだったころは、観光地の目玉とされていた時期もありました。
 アイヌと聞くと、この儀式をイメージする方は今でも少なくないと思います。生活儀式の変化により、昔のようには行われなくなりましたが、この儀式の中に伝えられている精神は、今でもしっかりと生きています。ですが、いまだに野蛮な儀式だという中傷を受けることも少なくありません。
 2008年2月16日(土)18時半から、なごやボランティアNPOセンターにて、アイヌ文化総合講座の第6回『イヨマンテについて、アイヌと共に語る夜』が行われました。参加者は30名ほどで、名古屋近郊を中心に遠くは東京、新潟、神戸からも人が来ていました。内容は、はじめにイヨマンテについての説明があり、80年代に放送されたイヨマンテを取材した番組のビデオを見て、その後会場での質疑・応答がありました。
 この総合講座は2007年より連続講座として行われており、他にはアイヌ語教室やアイヌ料理教室などもあったそうです。主催は「なごやアイヌ語に触れよう会」で、なごや環境大学(実際に大学があるわけではなく、名古屋市内で行われるさまざまな団体の市民講座が対象となっている)の講座の一環でもあります。

 (講座の説明文より)
 イヨマンテは「クマを生贄にする野蛮な儀式」という偏見のもと、行政に禁止されたり、動物愛護団体に抗議をされたりしていますが、すべて偏見に基づくもので、内容や精神を理解しての抗議は一切ありませんでした。この講座を通じて「何故イヨマンテが行われるのか」についての理解を深めていただきたいと思います。
 ビデオをはじめとする講座のもようをご報告します。
■ビデオの内容
 ビデオでは、80年代に旭川で行われたイヨマンテと、それに至るまでの過程が記録されていました。講師の説明によれば、この頃イヨマンテはもうすでに何十年も行われておらず、経験者の高齢化により伝統を失ってしまう危機感から行われることになったとのことでした。
 ビデオは、イヨマンテの復活に際し、テレビ局の取材を受け入れるのかという話し合いの映像から始まりました。賛成・反対それぞれの意見がある中、それでもテレビ局の取材を受け入れたのは、イヨマンテとそれにまつわる諸々のアイヌ文化を、映像に留めておくべきだという理由からでした。
 それから番組はチセ(家)の新築、宴に使われる小道具の材料集めと製作、そして本番へと進んでいきました。本番だけでなく、こうした準備の1つ1つの中にもアイヌ文化(先人たちの知恵や思想)が含まれていました。

■質疑・応答
イオマンテ・イヨマンテどっちなのか?
 イヨマンテとは、もともと、イ(それ)オマン(送る)テ(私が)であるが、イヨマンテの方が言いやすいので、イヨマンテと言うこともあるそうです。つまり、イオマンテ、イヨマンテどっちの言い方が正解でどっちは間違いということはないとのこと。
 これは前提としてアイヌ語には文字がなく、書き言葉ではなく話し言葉として発展した言語であるということを考えれば納得がいきます。
熊は神様への生贄ではないのか?
 アイヌ民族の宗教観では、熊そのものが神(カムイ)なのだそうです。だから超越した存在としての神がどこかにいて、その神に対し熊が「捧げられる」のではなく、神である熊をもといた神の国へ「送る」こと=「イヨマンテ」。
 アイヌ民族が考える熊とは一動物ではなく、肉や毛皮をもって「神の国」から「人間の国」にやってきた「神」なのだそうです。その証にアイヌ語では熊のことを「キムンカムイ(山の神)」と呼びます。つまり、行為としては「熊を殺す」ことであっても、アイヌ民族にとってその行為には「神を送る」という意味があるのだと改めて感じました。こうした、行為の意味を理解することが、文化を理解することなのでしょう。
イヨマンテはなぜ残虐と言われるのか?
 会場では、どうしてイヨマンテを残虐と思うのか、逆に理解できないといった意見や、イヨマンテが異質なものとは思えないといった意見が出て、それに関連し「と殺(食用を目的に獣畜を殺すこと)」の話も出ました。
 この質問に対し、会場で結論が出たわけではないので、ここからは私自身が考えたことを書きたいと思います。これは前の質問とも繋がってくると思うのですが、まず「殺す」=「残虐」と考える人にとっては、イヨマンテもやはり「残虐」なのだと思います。私は殺すことが一概に残虐とは思えませんが、まずこの点は押えておくべきです。
 つぎに「殺す」=「残虐性は一切含まれない」のでしょうか。いや、そんなことはありません。なぜなら、私は意味もなく命を奪うことはやはり残虐だと思うからです。このような私の「思い」から考えるに、残虐か残虐でないかの判断は、「行為そのもの」ではなく、そこにどのような「意味」=「意志の介在」があるかによって下されるようです。
 神を送るのは残虐でしょうか?それとも残虐ではないでしょうか?わけのわからない祭りでかわいい動物が殺されることは?自分たちが食べるために動物を殺すことは?金もうけのために大量の動物の命を奪うことは?人間の命を奪うことは?私たちはこれらの疑問が発するたびに判断を迫られるのです。
 しかし、そもそもこの疑問文そのものが間違っていたとしたら?イヨマンテが残虐か残虐でないかを判断する前に、イヨマンテにはどのような意味がこめられているのか知って欲しい、これが今回のセミナーに対する主催者の思いであると感じました。
儀式のクライマックス付近で熊に向かって射る花矢は、熊にとって痛いか?
 ここでいう花矢とは彫りが施された木製の矢のことで、クライマックス(熊を殺す)前に熊に向かって放たれますが、鉄の矢尻がついているわけではなく、殺傷能力はありません。熊にとって致命傷となるのは、疲れきった頃に木の棒で首を挟まれることだそうです。これにより熊は窒息し、死に至ります。
 その前に打たれる花矢が熊にとって痛いかそうでないかについては、熊は皮下脂肪が分厚いため痛くない、熊は遊んでもらっていると思って興奮しているから痛くない、などの意見もあるそうです。しかし、本当のところどうなのか、それは熊に聞いてみないとわからないとのことでした。
家はイヨマンテの度に新築するのか?あの家は寒くはないのか?昔ながらの生活をしたいか?
 映像ではチセ(家)の新築作業が写されていましたが、イヨマンテの行程としてチセの新築が含まれているわけではないそうです。映像のイヨマンテの時には、前にあったチセが老朽化していたので、せっかくだから新築したとのことでした。
 チセは茅葺きで、何百年も持たせるものというよりは、古くなったら新築するもののようです。このように家を何年かに一度新築していると、若い人も自然と家の建て方を覚えます。集団が小さくそれほど分業が進んでいない社会の場合、1人の人が何でもできることは、とても重要です。
 それからこのチセですが、見た目はそんなに温かそうではありません。映像のイヨマンテの時にチセに泊まった人たちは次の日には皆風邪をひいてしまったそうです。けれどこれは暖の取り方を知らない現代のアイヌが、暖めるには火をどんどん燃やせば良いと考え、それにより上昇気流が発生、かえって温度が下がってしまったためだそうです。昔ながらに、ちょろちょろと小さな火を絶やさずに炊いていれば、それなりに暖かいのではないかとのことでした。
 また、このような昔ながらの生活をしたいかという質問に対する答えは、「人による」とのことでした。私なども電気のなかった頃の時代に思いを馳せることもありますが、今もこうしてパソコンの便利さにあやかっております。
アイヌ民族の「長老」の位置づけは?
 「長老=霊的な力がある」とする民族の話を聞いたことがあるが、アイヌ民族の場合はどうなのか?という趣旨の質問でした。解答としては、アイヌ民族の場合は、霊的な力をもつかどうかに年齢はあまり関係がないとのこと。もちろん、長老は色々なことをよく知っているので、そういった意味で尊敬の対象にはなるのではないか、とのことでした。
イヨマンテを自分がする立場になったらできるか?
 講師の方から自分がイヨマンテをする立場になったらできますか?という質問がありました。イヨマンテは家畜として飼っていた動物を殺して食べるのではなく、自分の家族同様に可愛がっていた動物を殺して食べます。私は猫を飼っていますが、この猫のことを自分が殺せるかどうか考えてみると、複雑な気持ちになります。
 講師の方から熊の場合はある年齢になると人間に危害を加える可能性があるので殺す必要性があり、イヨマンテが生まれたのでは、といった説明もありました。また、映像に出てきた熊を世話していたフチ(おばあさん)は熊が殺されるのを見て「可愛そう、可愛そう」と言いながらも、捌かれて出てきた熊の肉を「旨い、旨い」と食べていたそうです。
 講師の方はこの辺の感覚はその立場になったことがないからわからないと言っていましたが、私はそれとこれとは別、どっちの感情も本当で、可愛そうだからってまずいわけではないし、旨いと言ったからって可愛そうと思っていないわけではない、と思いました。
 それから、アイヌ民族の中にもイヨマンテに反対という人もいるそうです。その人は自分が育てた熊のイヨマンテを経験しており、やっぱり可愛そうという理由から反対とのことでした。しかし、大きくなった熊を殺すことが可愛そうか、それとも檻に閉じ込めておくことが可愛そうか、その人の中でどちらの考えが優位になるかは、年齢を重ねたり、イヨマンテを何度も経験したりしているうちに変わるかもしれません。
 もちろん、それでも変わらないということもあるとは思いますが。同じようにその社会の中でも、環境や時代によって考え方は変わっていくものだと思います。だから、私たちは他者の文化について、現在の自分を基準に、安易に善悪の判断をし、干渉してはならない、と強く思いました。
http://www.news.janjan.jp/culture/0905/0905173539/1.php

写真の「東川賞」露口さん特別賞

2009-05-23 | 日記
(朝日新聞2009年05月22日)
 「写真の町」として知られる上川支庁東川町が優れた写真を発表した写真家に贈る第25回東川賞の受賞者が20日、発表された。道内に関連する作品や活動が対象の特別賞には、札幌在住の写真家露口啓二さん(59)が選ばれた。露口さんは、地名の起源に関係する地形を見いだして撮影し、アイヌ文化を写真で表現していることが評価された。
 海外作家賞は、オーストラリア在住のアン・フェランさん(60)。女性や子供をテーマにした作品を中心に撮り続けている。国内作家賞は、木村伊兵衛賞の受賞歴もある東京在住の柴田敏雄さん(59)で、構造物や空間を独自の視点で切り取った作品などが認められた。新人作家賞は、各地を旅した極地体験を視覚化したとして、東京在住の石川直樹さん(31)に贈られる。4人の作品展は8月1日~9月6日、東川町文化ギャラリーで。
http://mytown.asahi.com/hokkaido/news.php?k_id=01000000905220001

ふるさと未来塾アイヌ文化体験

2009-05-23 | 日記
(釧路新聞2009年05月19日)
 白糠町教委の2009年度ふるさと未来塾開講式と1回目の活動が16日、社会福祉センターで行われた。今年度は小学4―6年生とアシスタントリーダーの中学生21人が、年間5回の体験学習を通じてふるさとについて学ぶ。今回は19人が参加してアイヌ文化を体験。道アイヌ協会白糠支部の高木津吉支部長が講師となり、ヤナギのイナウ作りを披露した。イナウは男性のみが作ることができるもので、ヤナギの木をマキリ(小刀)で削り、儀式や祭事でカムイ(神)に捧げたり魔よけにする神聖なもの。今回はコタンコロ(フクロウ)イナウを作った。子供たちは、イナウや枝を輪にして遊ぶ「カリプ」作りに挑戦。慣れない小刀に苦労しながら真剣な表情で取り組んでいた。
http://www.news-kushiro.jp/news /20090519/200905196.html

北の文化 南の夫人へ あすから島サミット

2009-05-22 | 日記
(朝日新聞2009年05月21日)
■着物・アイヌ舞踊 巻きずしも体験
 南の国に北海道の文化発信を――。南太平洋の国・地域の首脳らが気候変動や環境問題などを話し合う第5回日本・太平洋諸島フォーラム首脳会議(太平洋・島サミット)が22日、上川支庁占冠村トマムで開会する。首脳夫人らを対象とするプログラムの内容は、古い和服をドレスに仕立てて披露する「エコ・ファッションショー」などの着物体験、アイヌ舞踊と巻きずしづくり体験に決まった。
 太平洋・島サミットはこれまで東京、宮崎、沖縄で開かれ、道内では初めて。日本のほか、赤道に近い太平洋に浮かぶミクロネシア、ポリネシア、メラネシアと呼ばれる地域をはじめ、16の国・地域の首脳らが参加する。
 ただ、フィジー諸島共和国は06年12月のクーデターで軍が政権を掌握している状況で、民主化に向けた動きも鈍く、「首脳レベルを呼ぶのは難しい」(外務省)という。
 首脳会議では環境問題や気候変動について話し合うほか、貿易や投資についても意見を交わす予定だが、北海道としてのメーン行事は、高橋はるみ知事が主催する23日の昼食会だ。食材のほとんどを道産食材でそろえ、首脳らをもてなす。
 高橋知事は20日午後、昼食会場となるホテル内のレストランを視察し、ホテルの支配人やシェフに準備状況を聞いた。知事は報道陣に「準備は整ってきている。北海道の環境の良さや豊富な食材を知ってもらい、おもてなしの心で迎えたい」と話した。
 23日の首脳会議後には、「首脳と子どもたちとの交流会」が開かれる予定。参加国・地域の首脳らと上川・十勝支庁管内の小学生約130人が意見交換する。首脳らと子どもが地球の未来への思いや願いを短冊に書き込んで木にくくりつけ、「島サミット子ども宣言」を発表する。
 夫人プログラムは22日午後の着物体験で始まり、23日午前にはアイヌ舞踊と巻きずしづくりを体験する。地元では高さ3メートルの雪だるまを作って夫人らにお披露目することを外務省に提案していたが、そうした機会はなさそうだ。
 道国際課の担当者は「トマム山頂の雪室に雪をためていただけに残念」と話した。ただ、22日の夫人プログラム会場入り口には、地元の子どもたちが作った約60個のミニ雪だるまが飾られる予定だ。
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