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道南バス、4月からアイヌ語車内放送へ 特急ひだか号など3ルート

2018-02-27 | アイヌ民族関連
苫小牧民報2018/2/26配信

アイヌ語の録音作業に臨む摩耶さん(右)=21日、室蘭市文化センター
 道南バス(本社室蘭市)は4月1日から、日高地方と苫小牧などを結ぶバス3路線で日本語に加えてアイヌ語による車内放送を流す。アイヌ文化の伝承活動が盛んな平取町内を運行する際にバス停留所名などを紹介し、アイヌ民族や文化に対する理解を深めてもらう。今月21日には室蘭市内で収録作業が行われ、平取町でアイヌ語を学ぶ高校生が地元の方言で録音。事業に関わった国や平取町関係者などが見守り、文化の発信に期待を寄せた。
 同社、内閣官房アイヌ総合政策室北海道分室(札幌市)、平取町の3者が昨年9月に協議を開始。同町の二風谷アイヌ文化博物館に勤務する関根健司学芸員補、北海道大学アイヌ・先住民研究センター(札幌市)の北原次郎太准教授がそれぞれ協力した。
 関根さんの長女で、アイヌ語弁論大会優勝の経験を持つ高校生3年生の摩耶さん(18)=平取町在住=が録音に参加。「チウレンカレプ ウイナ ヤン」(整理券をお取り下さい)や「イヤイライケレ」(ありがとうございました)など、同町沙流川地区の方言でバス停52カ所と乗車ルールなど17のアナウンスメッセージを表現した。
 作業を見守った関根さんは「抑揚をあまり付けないように」などと助言。北原さんは「車内放送ではアイヌ語にない言葉もあり、もともとある言葉の応用や近い意味の言葉を取り入れた」と述べ、摩耶さんは「日常的に触れてきた言葉を通じ、少しでもアイヌ文化に興味を持ってもらいたい」と笑顔で話した。
 平取町アイヌ施策推進課は、2020年に民族共生象徴空間が白老町に開設することで関心が高まっているとし、「多くの方にアイヌ文化に触れてほしい」とアピール。内閣官房アイヌ総合政策室の担当者はバス事業について「まずは平取町で1年間放送する。他地域の公共交通機関でも放送が自然に流れるよう取り組みたい」と話した。
 対象路線は▽特急ひだか号(日高ターミナル―苫小牧駅前間)▽高速ひだか号(日高ターミナル―札幌駅前間)▽日高富川高校線(富川高校前―日高ターミナル間)。放送はいずれも1日当たり1~3便とし、平取町内の新日東―荷菜摘(になつみ)間で行う。車内にはリーフレットやポスターも設置し、利用者に積極的にPRする。
https://www.tomamin.co.jp/news/main/13275/

「北海道の名付け親」の情報発信に取り組む 山本命さん 足跡の大きさ感じる /三重

2018-02-27 | アイヌ民族関連
毎日新聞2018年2月26日 地方版
 幕末にアイヌ民族と協力して蝦夷(えぞ)地を踏破し「北海道の名付け親」と呼ばれる探検家、松浦武四郎(1818~88年)。山本命(めい)さん(41)は、200年前に彼が生まれた松阪市の松浦武四郎記念館で膨大な探検記録の調査と、アイヌを守ろうとした熱い思いの発信に取り組んでいる。
 1994年にオープンした記念館の2代目学芸員を務める。大阪府生まれで小さい時から歴史に興味があり、大学と大学院で学んだが、武四郎になじみはなかった。「たまたま試験があって」就職し、「知れば知るほど足跡の大きさを感じる。アイヌとの心温まる交流がすごく光る」と研究にのめり込む。
 武四郎の著書やユーモラスな絵の分かりやすい展示に人気が高まり、地元の小学校でも授業の題材に。「多文化共生という言葉がよく使われるが、今なお大きな人権課題に当時、たった1人で取り組んだ功績は大きい」と訴える。
残り(全文616文字)〔三重版〕
https://mainichi.jp/articles/20180226/ddl/k24/040/152000c

北海道の名付け親として知られる探検家…

2018-02-27 | アイヌ民族関連
毎日新聞2018年2月26日 中部朝刊
 北海道の名付け親として知られる探検家、松浦武四郎の生誕200年を記念したイベント「武四郎まつり」が25日、出身地の三重県松阪市で開かれた。武四郎が幼少期を過ごした生家も公開された。
 武四郎は16歳まで生家で過ごした後、全国放浪の旅へ。幕末にはアイヌ民族の協力を得て蝦夷(えぞ)地を6回にわたり探査した。詳細な地図を完成させ、アイヌとの共生を訴えた。
 生家は2006年に松阪市が親族から購入。耐震対策などを施し、この日から一般公開した。公開前に保存会メンバーが「カムイノミ」と「タプカル」と呼ばれる儀式を行い、安全を祈願した。
https://mainichi.jp/articles/20180226/ddq/041/040/004000c

松阪 武四郎が生きた環境体感 生誕200年で生家公開 三重

2018-02-27 | アイヌ民族関連
伊勢新聞 2/26(月) 11:00配信
 【松阪】三重県松阪市は25日、修理が完了した同市小野江町の市指定史跡「松浦武四郎誕生地」の公開を始めた。生誕200年に合わせ、約2億6千万円かけて整備した。北海道の名付け親として知られる探検家の「旅の原点」とアピールしている。
 武四郎は1818年、農村に住む武士「郷士」の家に生まれた。紀州藩の飛び地で参宮街道沿い。16歳で家出し、江戸で見つかり帰らされた後、全国を巡り、6回の蝦夷地探査後は明治政府の開拓判官に就き、東京・神田で1888年に亡くなった。
 誕生地には主屋や客をもてなす離れの他、武四郎が書いた記録を保管した土蔵や納屋が並ぶ。旧三雲村が昭和37年に史跡に指定し、現在は市の所有となっている。
 いずれも平屋の主屋(面積約110平方メートル)と離れ(同約60平方メートル)は半解体し、土台や屋根、柱、壁を直した。井戸やかまど、風呂があった場所に昭和期に増築した2階建ては撤去し、しっくいでかまどを復元した。土蔵と納屋は耐震補強を施し、来訪者向けトイレ棟を新設した。庭には武四郎が「従五位開拓判官」と刻んでもらった石灯籠が立っている。
 誕生地は松浦武四郎記念館の近く。入館料百円だが、今月は無料。18歳以下無料。離れは貸し切りで使用できる。
 開館式典でアイヌ衣装に身を包んだ竹上真人市長は、「生家と記念館を周遊して楽しんでいただきたい」と呼び掛け、静内民族文化保存会員と神に祈る儀礼「カムイノミ」で祝った。
同記念館には北海道からの訪問客も多い。今年は北海道命名150年に当たり、道では記念事業を繰り広げている。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180226-00000301-isenp-l24


「ザ・イノウエ・ブラザーズ」がネットを通して生む幸せ -vol.1-

2018-02-27 | 先住民族関連
Fashionsnap2018年02月26日 09:00 JST
アンデスのファクトリーで働く人々(写真=Andes Robert Lawrence)
 デンマークのコペンハーゲンから発信するファッションブランド「ザ・イノウエ・ブラザーズ」。現地で生まれ育った日系2世の井上兄弟が「誇りに思える仕事」を掲げ、04年に設立した。以来、南米アンデス山脈で上質なアルパカの商品を作ってきた。
 力を注ぐのは、先住民であるアルパカ飼育農家の生活が安定する仕組みを作り、彼らの文化と生活様式を守ること。人の幸せを目的にしたビジネスだ。ここでは、テクノロジーが大きな役割を果たしている。
(青木規子)
父親からの教え
 兄の聡はグラフィックデザイナー、弟の清史はヘアデザイナー。ブランド設立前、それぞれが忙しく働くなか、社会の主人公が人間から企業に移っていくのを実感していた。
 大樹は風から動物を守り、水を蓄える。僕らは父からそんな教えを受けて育ちました。企業はある程度大きくなったら、社会に貢献することが大切だという考え方です。世の中の経済重視がどんどん進むなか、父が誇りに思ってくれるような仕事を始めたいと思うようになりました。
 当時はアートや音楽、レストランなどの分野でソーシャルムーブメントが始まった頃。デザインも弱いツールではなかったので、クリエイティブスタジオをスタートしました。重視したのは利益や知名度ではなく、ポジティブなデザインや誇りに思える仕事です。社会を変えるのは難しいけれど、家族や友人が幸せになるだけでもいい。透明で正直なビジネスがしたいから、僕ら自身を指すブランド名を付けました。とはいえ、何をやるべきか悩みました。
内から出るオーラ
 06年、アンデスに住む先住民を紹介された。明るく優しい彼らは、南米で最も貧しい。最高級のアルパカを育てているにもかかわらず、正当な報酬や仕事の仕方を知らないからだ。彼らが知識を持ち、自分たちのデザインの力と組み合わせたら、世界に発信できると考えた。
 仕事を与えるのではなく、時間がかかっても教育に投資しました。チャリティーではなくビジネスにしたかったから。周辺に住む人をセミナーに招待し、毛の正しい刈り方や整理の仕方を教え、良い素材を効率的に準備できれば収入が25%増えることを伝えた。技術が身に着いたら、その代わりに良い素材を僕らが優先的にプロパーで買い付ける。ウィンウィンの関係です。彼らは貧しいからといって見下されることが苦しいと言います。誇りを持てるかどうかがポイントなのです。
 そうしてできたアルパカのストールやセーターには、内から出るオーラがあってかっこよかった。ファッションを本当に理解できたのも、彼らに会ったからなんです。
ネット駆使し、大企業とも対等に
 清史がロンドンのサロンでそのセーターを着て仕事をしていると、ドーバーストリートマーケットのスタッフにぜひ仕入れたいと言われた。08年、「コムデギャルソン」と仕事をしたことで、知名度は一気に高まった。
 自信を持ち始めて、ペルーのアルパカセンターとともに仕事を始めました。でもこれだけでは世界に広げることはできません。大企業でもない僕らがムーブメントを起こせたのはテクノロジーのおかげです。
 今はインスタグラムさえあれば、世界に発信することができる。人と人とを直接つなぐから、お客との距離が近く、目当ての商品が完売していたとしても、みんな改めて買いに来る。オンラインセールスができるようになって、店を持たない人も簡単に販売できるようになりました。
 ECはパーソナルじゃないとかネガティブに考えがちですが、そうじゃない。これまで同じ土俵に立つことすらできなかった大きな企業とも、対等に戦えるようになったのですから。ファッション産業にとってインターネットは最もポテンシャルのあるテクノロジー。金がなくても戦えるツールです。うまく使えるかどうかが重要なのです。(敬称略)
井上聡(いのうえ・さとる=右)1978年生まれ。コペンハーゲンを拠点にグラフィックデザイナーとして活動。清史(きよし)1980年生まれ。ロンドンでヘアデザイナーとして活動。それぞれの収入をブランドの運営に充て、体制を整えてきた。今年はブランドに全ての力を注ぐ構えだ。(写真=Andes Robert Lawrence)(続く)
https://www.fashionsnap.com/article/2018-02-26/inoue-brothers-1/

生誕2百年、北海道の名付け親「武四郎まつり」

2018-02-26 | アイヌ民族関連
産経ニュース2018.2.25 20:23

「武四郎まつり」でアイヌ古式舞踊を披露する静内民族文化保存会のメンバーら=25日、三重県松阪市
 北海道の名付け親として知られる探検家、松浦武四郎(1818~88年)の生誕200年を記念したイベント「武四郎まつり」が25日、出身地の三重県松阪市で開かれた。武四郎が幼少期を過ごした生家も公開された。
 武四郎は16歳まで生家で過ごした後、全国放浪の旅へ。幕末にはアイヌ民族の協力を得て蝦夷地を6回にわたり探査した。詳細な地図を完成させ、またアイヌ文化に触れたことをきっかけに、アイヌとの共生を訴えた。
 イベントでは、地元の小学生が授業で学んだ武四郎の功績を演劇形式で発表。アイヌ文化の保存活動をしている静内民族文化保存会(北海道新ひだか町)のメンバー15人は、アイヌに伝わる古式舞踊や歌を披露した。
 生家は2006年に松阪市が親族から購入。耐震対策などを施し、この日から一般公開した。公開前に保存会メンバーが「カムイノミ」と「タプカル」と呼ばれる儀式を行い、安全を祈願した。
 竹上真人松阪市長は「今後も北海道などと連携してPRやシンポジウムをし、武四郎の功績を多くの人に知ってもらいたい」と話した。
http://www.sankei.com/west/news/180225/wst1802250056-n1.html

宇梶剛士さんら松浦武四郎の魅力語る 松阪で生誕200年記念事業

2018-02-26 | アイヌ民族関連
中日新聞 2018年2月25日

アイヌ民族の伝統衣装を着た母静江さん(中)たちと対談する宇梶剛士さん(右)=松阪市の農業屋コミュニティ文化センターで
 北海道の名付け親としてアイヌ民族と親交を深めた松阪出身の探検家、松浦武四郎をたたえる生誕二百年記念事業の開始式が二十四日、松阪市川井町の農業屋コミュニティ文化センターであった。オープニングイベントの対談では、俳優宇梶剛士さん(55)やアイヌ文化を伝承する母静江さん(85)らが武四郎の魅力を語った。
 式には市や県、北海道、道アイヌ協会などの代表者二十人が参加。実行委員会の小林寿一委員長が「武四郎はアイヌとの共生を訴えたヒューマニスト。功績をたたえたい」と開会宣言をした。
 対談「武四郎の道は未来へ続く」で、武四郎について剛士さんは「アイヌに尊敬の気持ちを持って心を通わせた。武四郎への感謝は現在に続いている」と述べ、静江さんは「アイヌの暮らしを記録してくれたおかげで、自分の先祖を知ることができた」とたたえた。
 五百席の会場は立ち見がでるほどの盛況ぶりだった。松阪市の市民劇団「松阪ドラマシティ」の劇や、北海道の静内民族文化保存会によるアイヌ古式舞踊の披露もあった。二十五日は同市小野江町の武四郎記念館などで「武四郎まつり」が開かれ、武四郎の実家(同町)の初公開が始まる。
 (作山哲平)
http://www.chunichi.co.jp/article/mie/20180225/CK2018022502000034.html

松浦武四郎の生誕2百年イベント 北海道を命名、出身地の三重で

2018-02-26 | アイヌ民族関連
北海道新聞02/25 19:22 更新
 北海道の名付け親として知られる探検家、松浦武四郎(1818~88年)の生誕200年を記念したイベント「武四郎まつり」が25日、出身地の三重県松阪市で開かれた。武四郎が幼少期を過ごした生家も公開された。
 武四郎は16歳まで生家で過ごした後、全国放浪の旅へ。幕末にはアイヌ民族の協力を得て蝦夷地を6回にわたり探査した。詳細な地図を完成させ、またアイヌ文化に触れたことをきっかけに、アイヌとの共生を訴えた。
 イベントでは、地元の小学生が授業で学んだ武四郎の功績を演劇形式で発表。アイヌ文化の保存活動をしている静内民族文化保存会(日高管内新ひだか町)のメンバー15人は、アイヌに伝わる古式舞踊や歌を披露した。
 生家は2006年に松阪市が親族から購入。耐震対策などを施し、この日から一般公開した。公開前に保存会メンバーが「カムイノミ」と「タプカル」と呼ばれる儀式を行い、安全を祈願した。
 竹上真人松阪市長は「今後も北海道などと連携してPRやシンポジウムをし、武四郎の功績を多くの人に知ってもらいたい」と話した。
https://www.hokkaido-np.co.jp/article/167305


切り絵と物語で描く 繊細で迫力カムイの世界 釧路市立美術館で「絵巻」

2018-02-26 | アイヌ民族関連
北海道新聞02/25 05:00
 釧路市在住の高校教諭で切り絵作家の竹本万亀さん(43)の切り絵に、中標津町出身の歌人榎田純子さん(43)の短文を添えた作品展「ここに住まうもの大集合!カムイ絵巻」(釧路市立美術館、釧路市民文化振興財団主催、北海道新聞釧路支社共催)が24日、同美術館で始まった。
 アイヌ民族が「カムイ(神)」とあがめたエゾモモンガやエゾフクロウなどの動物たちを題材とした竹本さんの切り絵に、「カムイはいつも 私たちのそばにいる。」など榎田さんの短い文を合わせた作品15点などが展示されている。
 市内の屋代結実さん(27)は「切り絵が繊細で、迫力があった。高校でお世話になった竹本先生の作品を見て、先生に会いたくなった」と話した。
残り:82文字/全文:388文字
https://www.hokkaido-np.co.jp/article/167132

小社会 らい予防法(1996年)、優生保護法(同年)…

2018-02-26 | アイヌ民族関連
高知新聞2018.02.25 08:10
 らい予防法(1996年)、優生保護法(同年)、北海道旧土人保護法(97年)。名前からして差別的な法律とその廃止された年を記してみた。廃止が90年代後半なら、法はついこの前まで生きていたという感覚に襲われる。
 法律用語の「らい」は一般的には「ハンセン病」、「土人」という言葉は先住民族の「アイヌ」と呼ばれていた。名は体を表すという。条文は差別を助長する規定を含んでいた。
 優生保護法も旧法廃止後、母体保護法と名を変えた。「不良な子孫の出生を防止」という差別的な条文も削除した。だが、旧法を約半世紀にもわたって長く放置してきたツケが回ってきた。国に謝罪や補償を求める動きが広がりそうだ。
 国によると、知的障害などを理由に本人の同意なく不妊手術を強制されていたのは全国で1万6千人を上回る。高知県にも179人いた。これも氷山の一角だろう。
 差別的な思想に基づく法律により、体と個人の尊厳を傷つけられた人たちへの救済は、法改正後も手つかずだ。国は「当時は適法」とする立場で、県も「本人から問い合わせがあれば対応したい」と実態調査などを行う考えを示していない。
 人権意識が大きく変わった今、政府の対応の鈍さを批判するのはたやすい。だがこれは私たちの社会の問題でもある。差別と偏見はいったん退治したと思っても、亡霊のように突然、現れて人間の弱みにつけ込む。肝に銘じたい。
http://www.kochinews.co.jp/article/163080/

JR白老駅に自由通路 町が新年度 象徴空間20年開設、観光客増に対応

2018-02-25 | アイヌ民族関連
北海道新聞02/24 11:11
【白老】JR白老駅と駅周辺の整備事業が2018年度から本格化する。町が駅の南北を結ぶ自由通路を整備するほか、公衆トイレを増改築する。道も駅前広場の拡張工事に着手する計画だ。ポロト湖畔に国が建設中のアイヌ文化復興の拠点「民族共生象徴空間」の20年開設に向け、受け入れ態勢づくりが加速する。
 白老駅と駅周辺整備は町民の利便性向上と象徴空間開設で増加する観光客への対応強化が狙い。
 自由通路は現在の駅舎の西側に設置する。南北を行き来できる階段と車いすや自転車でも利用できるエレベーターを備える計画だ。駅東側にある跨線橋(こせんきょう)は老朽化のため20年度に撤去する。
 町は事業費の概算を総額8億6千万円を見込み、18年度一般会計予算案に初年度分として4億円を計上した。
全文:637文字
https://www.hokkaido-np.co.jp/article/167014

松浦武四郎生誕200年記念事業 アイヌ文化保存会が来県 /三重

2018-02-25 | アイヌ民族関連
毎日新聞2018年2月24日 地方版
松阪市出身で北海道の名付け親で知られる探検家、松浦武四郎(1818~88年)の生誕200年記念事業に参加する静内民族文化保存会(北海道新ひだか町)の一行15人が23日、高速船で津市の津なぎさまちに到着した。松阪市で24、25両日に開かれるイベントでアイヌ古式舞踊を披露する。
 保存会員が松阪市を訪れるのは2回目。武… 〔三重版〕
残り155文字(全文313文字)
https://mainichi.jp/articles/20180224/ddl/k24/040/198000c

北海道の名付け親 探検家・松浦武四郎の生誕200年で催し

2018-02-25 | アイヌ民族関連
NHK 2月24日 17時34分
北海道の名付け親として知られる探検家、松浦武四郎の生誕200年を記念した催しが出身地の三重県松阪市で開かれました。
松浦武四郎は今の三重県松阪市に生まれ、探検家として幕末から明治にかけて活躍し、当時のえぞ地を「北海道」と名付けたことで知られています。
今月で生誕200年になったことを記念した催しが松阪市で開かれ、武四郎の探検に協力したアイヌの人たちの古式舞踊が、北海道の保存会の人たちによって披露されました。
そして、地元の小学生が武四郎の子孫の松浦一雄さんらに「私たちも武四郎さんのように諦めない気持ちを持ち続けたいです」とメッセージを伝えると、松浦さんは「次の100年に向けて、武四郎の魅力を三重から発信してほしい」と答えていました。
このあと、地元の劇団による劇が上演され、武四郎が6回にわたってえぞ地を探検し、アイヌ文化を深く理解する存在として知られていたことなどを紹介しました。
松阪市の60代の男性は「武四郎の生き方はすばらしいです。大いに心にとめて生きていきたいです」と話していました。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20180224/k10011341701000.html

顔に伝統的な入れ墨「紋面」を施した先住民女性が死去 存命2人に/台湾

2018-02-25 | 先住民族関連
中央社フォーカス台湾2018/02/24 13:48

(花蓮 24日 中央社)東部・花蓮県在住の台湾原住民(先住民)タロコ族で、顔に伝統的な入れ墨「紋面」を施した陳清香さんが23日、99歳で死去した。台湾では先月も、紋面保有者だった北部・苗栗県のタイヤル族、簡玉英さんが亡くなったばかり。存命なのは花蓮県出身で台北市在住のセデック族1人、苗栗県在住のタイヤル族1人、計2人のみとなった。
紋面はかつて、タイヤル族やセデック族、タロコ族にとって重要な文化で、栄光の象徴とされた。女性は機織りができて初めて紋面を施す資格を有し、結婚が許されたという。だが、日本統治時代に禁止され、伝統は次第に失われていった。花蓮県と苗栗県が「紋面伝統」を無形文化財に指定しているほか、文化部(文化省)文化資産局が両県と共同で2016年から紋面文化保護の取り組みを進めている。
花蓮県文化局の陳淑美局長によると、陳さんは1919年生まれで、6歳のときに紋面を施したという。2009年、同県の文化資産保有者に認定された。
陳さんの世話を続け、最期を看取った末娘の貴珠さんによると、陳さんは先月26日に不調を訴えて入院。そのときはまだ、見舞いに来た人々にお礼を言えるほどの気力があったが、退院後、自宅で睡眠中、安らかに息を引き取ったという。 (盧太城/編集:塚越西穂)
http://japan.cna.com.tw/news/asoc/201802240002.aspx

SL・便當・老街・古道! 阿里山への起点駅・台湾「奮起湖駅」

2018-02-25 | 先住民族関連
ORICON NEWS2018-02-24 10:45

台湾中央部に位置する阿里山エリアは台湾でも一番の人気観光スポットで、そのアクセスには山岳鉄道が利用されます。嘉義駅からの山岳列車は奮起湖駅で止まり、多くの観光客はそこでバスに乗り換えて阿里山駅へと向います。しかし、この奮起湖駅周辺には「SL展示」「名物便當」「風情のある老老街」「歴史ある散策路」など見所満載。乗り換えだけでなく1泊したくなる奮起湖の魅力をご紹介します。
鉄道ファンにはたまらない!SL展示やレトロな駅弁のお出迎え
奮起湖駅に降り立って、プラットホームから線路をそのまま渡り、すぐの建物がこのSL展示室となっています。SL列車が二台と登山列車特有のディーゼル列車が一台展示されていて、鉄道ファンにはたまらない場所。
その他にも世界的にも珍しい3重ループの線路の様子の模型などもあり、大人も大興奮です。展示室の壁側には断崖などに作られたループ橋製作当時の作業の様子の写真などもかけられています。モノクロの古びた写真からは、当時の建設現場の過酷さや劣悪さなどが伝わってくるようです。
奮起湖駅名物の味のある売店。簡単なお土産と、2種類のお弁当、飲み物しか売っていませんが、名物とあってお弁当も売り切れ続出です。
お弁当を必ず食べたいという方は展示室よりも先にこちらの売店に来ることをお勧めします。お弁当には美味しいお茶もセットなっているのでお得感もあります。
台湾では「便當(べんとう)」と表記されるお弁当。奮起湖の2種類のお弁当は「列車長」と「鐡道員」という名前が付けられています。中身は大きく変わりませんが、使われているお肉が鶏肉か豚肉という違いがあります。
北の九フン老街!南の奮起湖老街! 風情ある旧市街
奮起湖駅に隣接している老街には、おみやげ屋・生活用品店・雑貨店・カフェ・食堂など様々なお店が軒を連ねていて、とても賑わいがあります。夜にはランプや裸電球に明かりが灯り、北の九フンにも負けない風情ある通りです。
更に駅から500mほど下った辺りには「百年老老街」と呼ばれる、老街を超えた老老街もあります。百年は越えたであろう木造のお店で頂くお茶は格別です。
先住民族も暮らしている阿里山郷では、伝統の美食にも出会えます。野性の愛玉で作る愛玉氷などのドリンクも有名ですが、ツリートマト(写真)という木になるトマトもぜひ食べてみませんか?
単なる森林浴じゃない! 歴史に包まれた奮起湖歴史散策路
奮起湖には駅から徒歩でアクセス出来る遊歩道だけでも7つほどあり、最長は1,170m、最短は480mと体力・時間・見所などで選ぶ事ができます。
特におすすめのコースはバス停すぐの場所から上り始める「奮瑞古道」。登り10分程で奮起湖が一望できる観景台があり、登山列車が停車中の写真は特に映えます。そこから更に10分程の登りで「神社遺跡」があり、神社跡地に奮起湖開拓時代の写真が並べられており、野外博物館のようになっています。更に10分程の登りで「鹿鼎神木」があります。このコース唯一の巨木なので見逃さずにご覧下さい。
かつてトロッコ列車で材木を運んでいた線路が、そのまま散策路になっているコースもあります。奮起湖観景台から分岐している「木馬浅道」です。このコースの行き止まりの到達点には、このエリアの見どころのひとつ「奮起湖神木」があります。
森林の中の歴史ある散策路をゆっくりと歩いていると、奮起湖開拓時代の、トロッコ列車が走っていた昔にタイムスリップしたような感覚も覚えます。
奮起湖駅周辺でぜひ1泊して過ごしてみて下さい
奮起湖駅周辺には他にも「登山便當」という名物もあり、ノスタルジックなステンレス製のお弁当があったり、散策路も「古道」や「生態歩道」などと呼ばれ、石畳の道や様々な植生を学べる道もあります。一つ一つがまだまだ奥深いスポットですので、乗り換え駅としてではなく、1泊でも2泊でもしてみて下さい。それぞれの見所やコースを深堀りして楽しむことができます。
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https://www.travel.co.jp/guide/article/31377/
【トラベルjpナビゲーター】藤谷 ぽきお
https://www.oricon.co.jp/article/408005/