NewsCrunch04/28 17:00 WANI BOOKS
俳優・山口智子のライフワークである『LISTEN.』プロジェクト。目的は「その風土に根づいた暮らしから生まれ得た、唯一無二の音楽の素晴らしさを納得いく形で未来に伝える」。10年に渡り訪れた国はなんと26か国。最小限のスタッフと、現地リサーチから音楽家との交渉、映像の編集や字幕の作成までも行なう。
そんなこれまでの活動を書籍化したのが『LISTEN.』。彼女自身の言葉や美しい地球の風景、音楽家たちのオリジナル演奏シーンとともにQRコードが掲載され、現地の臨場感そのまま、音楽が飛び出してくる仕掛けになっている。それはまるで彼女が目指した音のタイムカプセル。
彼女がなぜ音に魅せられ、導かれ、旅することになったのか。「まだ知られていない地球のこと、今の音を知ってほしい」と、迸(ほとばし)る熱意で語った1時間。この受け取ったパスを、今度は読んでくださる皆さんに回したい。
『LISTEN.』は自身の心の声に耳を傾ける機会でもあった
――『LISTEN.』を読むと、山口さんが表現としての音楽に興味を感じているのがよくわかります。最初は「なぜ、音楽だったのか」と思いました。
山口 メロディー、リズムなどの「音」は、聞いた瞬時に心がときめきますよね。日本語を喋っていようが、英語だろうが、トルコ語だろうが、『うわ、素敵!』『かっこいい』と一瞬にして世界を結びつけてくれる。それが音の魅力です。美しいメロディーが流れたら私たちは感動し、国境や障壁を超えて共感できる。それが音楽の力だと思います。
全く情報のない異国に降り立った時でも、街角から流れてくる歌声やメロディーにゾクゾクして、一歩踏み出すと予想もしなかったような感動に出会えたりする。『LISTEN.』とは耳を傾けるという意味ですが、世界に溢れる音楽文化に対して、耳を傾けたいという気持ちと同時に、自分の心の声に耳を傾けてみたいという自分自身への戒めの言葉でもありました。
その時は、ちょうど自分が本当に欲しているもの、見たい、聞きたい、知りたい、出会ってみたいという心の声をつい忘れてしまいがちな日々を過ごし、テレビをつければたくさんの情報が入ってくるけれど、説明や解説の洪水で、溺れてしまいそうな息苦しさを感じていました。
その只中で、世界に耳を傾けて、世界を知りたいと心を開く気持ちを忘れていた自分にふと気づき、2010年、知りたい、出会ってみたい、聞いてみたいという心の声に耳を傾けて、世界を知る旅に出ようと決意しました。そして、音楽を入り口にして地球の宝を探る『LISTEN.』というプロジェクトを立ち上げました。
『LISTEN.』で追いかける音楽は、地球をひとつに結んでくれる大事な鍵であり、地球人として、心から誇れるものです。これから必ず来るであろう、宇宙というものを意識した時代に、地球人として、どう地球の素敵さを宇宙に発信するのか。昔、スピルバーグ監督の映画『未知との遭遇』にもありましたが、地球外生命体と遭遇した時にどうやって会話を始めたかというと、5つの音から成るメロディーでした。
音は宇宙の共通語でもあります。地球は宇宙に誇れる素敵な音楽に満ちています。その宝は決して失ってはならないし、宇宙に自信を持って発信したい。『LISTEN.』は、今この瞬間の最高にかっこいい音楽文化を収めた地球のライブラリー。100年後、1000年後の未来に誇れるものです。
『LISTEN.』では「1000年後の未来に開けるタイムカプセルに何を入れたい?」という質問を出会う人々に投げかけてきましたが、『LISTEN.』自体が、今という瞬間の命の輝きを詰め込んだタイムカプセルです。宇宙に自慢したい地球の宝が詰まっています。
――山口さんの最初の記憶にある音楽はなんでしょうか?
山口 私は日本の歌謡曲を聞いて育ちました。山本リンダに始まり、フォーリーブスにときめき、『ザ・ベストテン』に夢中になった世代です(笑)。私自身は音楽のプロではありませんが、今思えば、日本の歌謡曲はさまざまな世界の音楽エッセンスを融合させて大衆文化を築いた、とても面白いものだと思います。
なぜ私が異国の音楽を聞いた時に懐かしさのようなものを感じるのか。例えば、ジュディ・オングさんの『魅せられて』を聞いて真っ青なエーゲ海を心に描いて育ちましたが、昭和の歌謡曲の中にはたくさん異国情緒のようなものが潜んでいたと思います。
世界の民族音楽に触れて感じるのは、民衆の中で生きていく力として歌い継がれてきたエネルギー。生き抜く力を生むのが音楽。もちろん日本の歌謡曲もそうです。『明日、頑張ろう』という力が湧いてくることが、音楽の素晴らしさだと思っています。
――どのような使命を感じて、『LISTEN.』に至ったのでしょうか。
山口 生産性や経済優先のあまりに早急な世の風潮の中では、素晴らしいもの、美しいもの、たとえ時間はかかっても育んでいくべき大切な宝が、うかうかしているとあっという間に波に飲まれて消えていってしまう。その現実に直面する場面が多々ありました。
リサーチの時に出会った歌い手を翌年に訪ねたら、お亡くなりになっていたり、受け継がれていなかったり。『ああ、間に合わなかった』と悔しい思いがありました。でも、私たちが意欲的に知ろうとすることで、今まで知らなかったものが大好きになったり、育てたい、伝えたいと思い始める。「知ること」で、きっと何かが変わり始めるのではないでしょうか。
『LISTEN.』という「耳を傾ける」ことで、今まで知らなかった世界の美しさを知って、放っておいたら滅んでしまうかもしれない私たちの宝物がなくならないように、ちょっとでもブレーキをかけられるんじゃないかと信じています。
――音に触れて、演奏する側に挑戦したいと思ったことはありませんか。
山口 一度もありません。練習を必要とするものは苦手です(笑)。楽器は訓練が必要ですし難しいですよね。私はカラオケも嫌いだし演奏もできませんが、音楽に触れたら、踊りたい! という欲望が芽生えるので、いつも踊るようにしています。
文字に加え飛び出す絵本のように、QRコードで映像と音が出る
――音を文字で伝える大変さをどう感じていましたか。そして、なぜ書籍という表現だったのでしょうか。
山口 『LISTEN.』=「体感」がテーマです。頭で理解したつもりになるのではなく、細胞自体がバチバチとスパークするようなときめきや、体自体が喜び溢れる、その感覚を大切にしています。それはインターネット時代であっても、この肉体がある限り忘れてはいけない大切なことだと思います。
実際に人に会ったり、生の声を聞いたり、「体感」を大事に進路を探して進む旅は絶対に面白い。リサーチしている時からイメージは膨らみ、楽しい旅は始まっています。そんな時にこの本を開いていただきたいです。もちろん、綴っただけで全部の感動をお伝えできる文章能力があればいいのですが、そこを補足できればと、進化したテクノロジーの利点と合体させて各章にQRコードを付けています。
携帯電話で読み取るだけで、一瞬にして映像や音に繋がりますので、まずはそこから「体感」の旅を始めていただけたらうれしいです。文字からイマジネーションを膨らませることも素敵ですが、子どものころに見た飛び出す絵本のように、QRコードでバン!っと映像がモクモクと立ち上るのも、今の時代の楽しみ方だなと思います。
――体感した興奮をどのように文字にしているのでしょうか。とても的確なので、冷静さも必要だと感じました。
山口 人間ってすごい感動をいただいたら、誰かに伝えたくて、喋りたくてしょうがないですよね。少しでも幸せの連鎖につながる手渡しは、感動をいただいた者の使命だなと思っています。油断すると人間はすぐに忘れてしまいがちな生き物なので、現地で出会った生の感動はできるだけ忘れないうちにメモに残しておき、旅から帰ったあと、何週間か数か月後にメモをもとにその感覚を思い出して、文字に起こします。
もっと調べてみたいと思ったら、さらにいろんな本を読んだり。知らない文化に出会うと、けっこう本を読みます。読みまくると新しいドキッとするような感動にまた出会える。そうしてたくさんの伝えたいものを貯めていきます。とはいえ、ちょっと怠け癖があるから、仕事という使命をいただくと“よし頑張ろう、書こう”という気になるんです(笑)。
この『LISTEN.』に関しては、活動を応援してくださっていたダイワハウス工業さんの季刊誌『okaeri』で、定期的に旅について書かせていただいていたので、10年を機にまとめました。コロナ禍を体験して、立ち止まり、籠るチャンスをいただいたので、振り返ったり、まとめたり、今までおろそかにしていた整理をし直しました。
また、ウェブマガジン『生きのびるブックス』に月一くらいで旅について、いろんな国についてテーマごとに思い出し、復習して語っていたので、その言葉の記録と合体させて、今回の分厚い本になったという経緯です。
――とても素敵な本ですね。
山口 写真を撮っておくことも大事だなと改めて思いました。つい、『心のカメラに』と言って、撮らないでいいかと思うことも多いんですが、やはり撮っておくと記憶が蘇り、人に伝えるときにも活かせますね。
――ほとんどが風景の写真で、山口さんの写真が少ないのが少々残念に思いましたが……。
山口 本物と言われる人に出会いたいと思って旅を続けてきたので、本物の存在感の邪魔をしたくありませんでした。私自身、未熟な人間ですから。テレビは気軽な番組もあっていいし、そうじゃないものもあっていい。だから、私がそうじゃないものの枝葉を広げたいと思いました。
わかりやすい、万人に受ける、失敗しない……など、みんながそういう理由だけで無難な1~2種類の路線だけのエンターテイメントになってしまったらつまらない。いろんな種類があっていいし、『LISTEN.』は多くを語らなくていい。感じていただいて、そこから先は見ていただく方に託します。
説明過剰になりすぎないことを目指しているので、私が説明する必要もない。そういう発信の心を込めて、私はあえて出ないという選択をした10年間です。これからまだ、『LISTEN.』プロジェクトは続き、これからは書籍の『LISTEN.』を皮切りに、10年間貯めた宝を皆さんにお届けする期間に入っていきます。だから、このような取材の機会をいただき、自分の想いを伝えています。
集めた資料をお見せし、私が語る。今までは皆さんに体感してもらうために黙っていました。これからもそれは続くのですが、違う枝葉として、『もう、うるさいから語らなくていい』と言われるぐらい、私が語ります。そういう時期に突入したと思ってください!(笑)
みなさんに直接お会いして、一緒に語り合う場を増やしたい!
――5月3日(水・祝)には、この『LISTEN.』をからめた参加型のトークイベントがあるそうですね。
山口 新しい発信方法として、自分の体で出向き、皆さんとその場でお会いしてお話しします。ドラマは撮影してしまうと、お客さんに作品をお届けした後の実感を感じにくく寂しいので、実際にライブの場に立ちたいとずっと願っていました。
イベントでは『LISTEN.』の映像と共に世界を旅する気分に浸っていただき、あらゆることを一緒に語り合う時間にしたいと思っています。来てくださる方からどんなことを聞きたいか、話したいか、アンケートを募集しています。
参加型イベントですので、実際に登場していただいて語っていただき、質問していただくイベントにしたいと思っています。また、その中から次の発信のアイデアもいただきたいと思っています。
――『LISTEN.』を今後、どのようにさせていきたいと考えていらっしゃいますか。10年後、20年後の目標は? 理想の完成形はあるのでしょうか。
山口 『LISTEN.』という未来へのタイムカプセルの眼差しは、遥か100年後、1000年後という長い目標に置いています。と同時に大事なのは、今この一瞬に手を抜いたら素晴らしい明日、明後日、10年後には繋がらないということ。
旅で出会った皆さん全てに投げかけた『千年後の未来に託すタイムカプセルに、あなたは何を入れますか?』というクエスチョンの答えに面白かったものがいくつもあり、その中で『入れるに値するものは自分ではまだ創造できていないと思う。僕たちが毎日、こうして生きていること自体が、“タイムカプセル”でもある。まさに今のこの瞬間、僕たちがすること全てがタイムカプセルに入ってしまう(中略)。今、自分にやれることをやっていくだけだよ』という答えをいただき、なるほどと思いました。
今できること、この一瞬に濃く集中したいと思っています。ただ、コロナ前後で世界の状況が変化したので、この流れの中で、これからやっていくことを自分で整理して、シンプルにしたいとも思います。コロナ禍はいろんなものを削ぎ落とせる時間でもありました。
今まで『LISTEN.』はBSで年何回かオンエアしてきましたが、これからの発信の仕方として、その形態は続々と変化しつつあります。世の中は今YouTubeなどでの映像の発信が主流ですが、同時に意外とアナログに回顧しているような風潮も感じます。
例えば、今、ラジオやレコードが流行り、あえて時間や手間をかける面白さに若い人が着目したり、サウナやキャンプブームといった自然が欲しくてたまらない若者のエネルギーも感じます。森やアウトドア、自然環境のもとで外に出ていく皆さんへの発信の仕方もありですし、野外エンターテインメントに関してリサーチを始めているところです。
――スタッフは少人数ですね。iPhoneの進化やオンラインの普及、ドローンもあり、今だったらできることも以前は大変だったと思います。一方で、CDやDVDの衰退など、以前だったからできたこともあると思います。この10年の変化はどう感じていますか。
山口 このプロジェクトを始めた頃はYouTubeもそれほど盛んではなく、情報はその土地に行くことが有効でした。思い返せば、手探りで未知のゼロの段階から知らない土地で調べ始めることは怖いけど、とてもワクワクする冒険だったと思います。あの手間や勇気を振り絞る感覚は勉強になりました。
現地に立って情報を聞くこと。今は検索できるけど、当時は現地でCDを大量に買い、仲間と担当して聞きまくり、これぞというアーティストを探して、自分たちが本当に好きと思える人にターゲットを絞って進んでいくというやり方も本当に面白かった。でも今回整理をしてみて、『CDなど形あるものを残しておくのはとてもいい』と思いました。
これが全部、小さなハードディスクに入ってしまうような記録の仕方だと、気軽に出し入れできる反面、そこに対する思い入れが失われてしまうような気もしています。CDには持った感覚やブックレットへの書き込み、その手触り、匂いから立ち上る記憶など、全てが総合して詰まっているんです。物体というものの面白さ、記録方法は決して古いものではないなと最近思い知っています。
よく、今は風の時代に突入したと言われていますけど、情報などが行き交いやすいメリットもあると同時に実態がなく、体や細胞、物体を使ったものへの憧れ、懐かしさ、回帰が潜んでいるのではないかと強く感じます。だからこそ、人と会うことや、自然の中で空気を感じたり、マイクや機械を通さない音自体の波長を体で受け止めることが大事になってくるのではないでしょうか。
今行きたいのは清浄な地、北極圏
――この作品のために1年のうちの多くの時間を海外で過ごしていた以前と比べて、現在はその時間をどのように過ごされているのでしょうか。
山口 家にいる時間が増えて、ゆっくりするのも悪くないなと思えました。それまではついつい海の向こうに目がいきがちでしたけれど、異国というものは自分自身の故郷の写し鏡で、お互い行き交いしてきた文化の積層の記録が全ての文化にそれぞれ残っているので、それは結局、自分に帰ってくることでもあるんです。
それでも、コロナ禍で飛行機に乗れず、鎖国状態的な状況になると、あと回しにしていた、まだ行ったことのない日本のいろんな地方に“行ってみようか……”ぐらいの気持ちで行ってみたら、ものすごく発見があって。『こんな美しい景色を50数年知らずにいたのか……』と、いかに自分の故郷を知らなかったかという衝撃でした。
美味しいもの、文化など、日本にはまだまだ知るべきことが溢れています。東京集中型でなく、地方の自然、風土、地域の個性を活かそうとトライする若い人たちの動きが出てきて、ユニークな面白い才能を持った方々が活動しているのに出会えたりすると、日本も捨てたもんじゃない、頼もしいなと希望が湧いてきます。
――本を読むと、山口さんの言葉によって、遠い世界のことに親近感を持って感じられますし、日本にも興味が湧いてきます。山口さんにとって、世界は狭いですか。広いですか。
山口 果てしなく広いに決まっているじゃないですか! 何百回生まれ変わったとしても、地球という世界は知り尽くせません。だから面白いんです。地球という星は面白い生命体です。知ったつもりになったとしても、また変化をし続けているから、だいたい制覇したなと思った頃にはもう全てが次の再生状態に入って、新しいものが生まれていますから(笑)。
――今、行きたい場所はどこですか。
山口 籠るという閉鎖的な空間にいた跳ね返しかもしれないですけど、心と体が求めているのはとことん清浄な地。思い浮かぶのは北極圏です。空気の清らかさ、冷たい氷点下何十度という過酷な状況ではあるけれど、人間が侵していない地球はこんなに美しいんだと思わせてくれた、あの清らかな世界。
油断したら凍死してしまう自然の厳しさ。お酒を飲んでその辺に寝転んでいたら、明日の朝は命はない。死が隣り合わせで身近で、でも自然の懐の大きさ、優しさ、命、美しさが溢れています。北の思い出は、雪と氷の冷たさというよりは熱くたぎる命の血のイメージ。そんな思い出です。
例えば、北極圏のサーミという北方先住民や、アメリカ大陸のイヌイットの文化。過酷な地に生きる彼らは限られた資源、自然が与えてくれた獲物をハンティングし、アザラシ、トナカイといった命をいただいて生き抜いていかなければいかなかった。
命の重さを感じながら感謝して、毛皮、骨、筋、余すことなく使い切る覚悟で、生かし尽くす知恵を持っています。サバイバルしてきた文化の歴史は衝撃的で感動しました。もう一度、あの地に行きたいと思います。

――サーミの回の章は、読むと旅の必需品について考えさせられます。山口さんは旅の際、どれだけコンパクトにして、何を持って行かれるのですか。旅支度のコツを教えてください。
山口 警戒心が強くて、何かあったらどうしようと考えるので、ものすごく荷物が大きくなってしまいがちなんです。だから、旅を始めた頃はとても重いスーツケースを持って出ていました。旅を続けることで本当に必要なものは何かということを身を持って学び、少し身軽になってきましたが、何年もかかりました。
北方民族の方々は自然の動物たちをハンティングした素材、毛皮や革などが壮大な威力を秘めていることをよく知っていて、毛のどの部分をどう活かすか、生きる知恵があります。肌の触れる内部にはこの動物の毛、外側はこれ、カヤックに乗る時は防水仕様のあるこれ、雪の上の歩く時はこの毛皮の摩擦を利用したこの靴とか。全て自然からいただいた知恵を学んで活かしているんです。
今のアウトドアメーカーの衣料は進歩していて、そういう自然から教えてもらった知恵を生かしながらテクノロジーと合体させ、とてもいいものができていて感動します。だから、旅する時は必ずアウトドアメーカーをちょっとリサーチして、最先端のできるだけ薄くて軽くて小さくなる、1日に春夏秋冬が全部あるくらいの過酷な温度変化のところに行っても、ひとつで済むくらいのものを選んで荷物を減らします。
ただ現地のものは機能美だけじゃなく、その風土に育まれた美的センス、色彩のおしゃれ感覚が半端じゃないんです。裁縫の技術も素晴らしい。なぜかといえば、一縫いをおろそかにすることで、その穴から入った氷や雪で凍傷になったり、命を落とすところにまで行ってしまう。もし、たったひとつの綻びで狩猟に出る一家の主人に何かあったら、一家全員、食べていくことができない。小さな穴ひとつが命に関わる厳しい環境の中で生きているんです。
ファッションデザイナーたちは、よく民族衣裳に影響を受けていますよね。都会人がグレーのビルディングの中で考えても生まれない豊かなアートセンス。そういうものも含めて、刺激的です。だから、行く時の荷物は小さくして、帰りに現地でしか買えないものを一期一会と思って、買って帰れるスーツケースの空白を作っておきます。
後回しにしがちな苦手な家事は夫がフォローしてくれる
――そんなに物があるようには思えません。お料理上手で、家のこともきちっとされているイメージがあります。時間の割り振りはどのように? 山口さんの1日をお教えください。
山口 物は果てしなく増えてしまうので、大切なものを自分に問いかける練習だと思って、どんどんシンプル化するように心がけて、本当に好きなものだけ残すようにしています。
家のことは……私は好きなことしかしたくない人間なので、嫌いなことは後回しにしますし、機械を使うことは大嫌いです。掃除機とか、硬い機械に触れるのは、うるさいし、やっていて楽しくないです(笑)。でも、引き出しの中の片付けとか細かいところをきれいにするのは好きです。
ついつい得意分野だけやっていると、夫が見かねて掃除機をかけてくれるようになりました。料理を作ることは好きで、作ることにかなり集中するので、作り終わった時点でクタクタ。お酒を飲んだらどうでも良くなっちゃうので、食べたあとの食器の片付けはやるなら翌日。でも、これも見かねた夫が洗ってくれます。
見かねるまで溜まっていると夫が動いてくれるので、本当に感謝しています。だから、家の中では私は好きなことしかしてないです。ありがたいですし、恵まれていますよね。
――好きなことを優先させるっていいですね。
山口 1日24時間しかないんだもの。優先順位が高いものからにすると、そうなってしまいます。だから食べる時も美味しいものから食べ始める派です。いつ人生が終わってもいいという覚悟で生きているので(笑)。
――その行動力が今回のプロジェクトの原動力なんですね。
山口 限られていると思うから動き出せたりするものです。命には100%期限がありますから。また再生したり、繰り返し輪廻転生するかも知れませんが、死を意識することで、より濃く命を今に集中できます。
かぐや姫の話ではないですが、必ずいつか天に帰らなければいけない指令が来るわけですから、今回の地球に生きる生命体としての地球滞在時間は確実に限りがきます。その時までに、まだまだ知らないこの地球の素敵さに出会っておきたい。地球出発時間まで、いただいた肉体を利用して、知りたいものを知り、もっと出会いたいです。
――旅を通じて、山口さん自身が変化したことはありますか。
山口 毎回、数限りなくひとつひとつの出会いに衝撃や感動をいただいています。それによって、こう生きよう、帰ったらこうしよう、サボっていたあれをやろうなど、細かいいろんな転機のスイッチはあります。でも、年齢的な変化で言えば、今60歳を目前にして、青春時代以来の反抗期のよう気持ちをを感じています。
取り巻く周りの社会、環境への疑問、クエスチョンマークがむくむくと沸き起こるような感覚。青春時代って、大人社会の不条理に対して、なぜ? と思い悩む時期じゃないですか。これまで当たり前だと思ってきたやり方に対して、違うやり方もあるんじゃないかと、第二の自我が芽生るような感覚です。
人生の次なる大転換期。自分の生きてきた大切な時間の積み重ねが自分の中で大きなエネルギー源になって、闘うパワーになっている。若い頃よりも気力が充実し、知力も今までよりは最高レベルに上がっていて、今なら世の中のためにもうちょっと有効にお役に立てるかもしれないという、ほのかな自信のようなものも芽生えつつ、新たなスタートラインに立った気がしています。
今までは若さと勢いでがむしゃらに闘ってきたけど、ここからは手法が変わってくるんだな、と。これからはいただいたものに感謝し、また違った生かし方で次に繋げていく時代に入ったのだという意識があります。歳を重ねていくことは本当に面白い。時間をかけなきゃできないことがあるというのをこの10年、20年で教えていただきました。
この『LISTEN.』のプロジェクトも1~2年で結果を出してください、と言われていたらできなかったことです。10年かけたことによって分厚い本としてまとめることができたし、10年分の記録映像は誰にも真似できない宝物です。時間をかけることの大切さを改めて教えていただきました。
これからは地球での滞在期間の期限はあるので(笑)、気持ちの上ではちょっと集中して頑張れと拍車をかけつつ、時間をかけるべきものにはちゃんとかけて、濃く力を注いでいこうかなと思っています。
――最後に、世の中的には山口さんは「女優さん」ですが、さまざまな活動をしている今、ご自身では何と言われるのがしっくりきますか。
山口 “地球内生命体”です(笑)。地球外生命体にもそのうち遭遇したいと願ってますが(笑)、私たちは地球の酸素を吸って、重力に繋ぎ止めていただいているので“地球内生命体”。たしか岡本太郎さんが“本職は人間だ”と仰ってましたよね。
プロフェッショナルとしての専門職はいろいろあるとは思いますが、ザ・職人さん、技を極めている方に対する憧れは強烈に強いです。極めるものが曖昧で、自分に自信を持てない私だからこそ、素晴らしい人たちに憧れて追いかける力は誰にも負けない自信があります。私なりの個性で更なる面白い美味で彩って、みなさんに伝えていけるよう模索しながら進んでいきたいです。
〈髙山 亜紀〉
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