先住民族関連ニュース

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アイヌ遺骨返還に国際協力を――世界考古学会議で訴え

2016-09-30 | アイヌ民族関連
週刊金曜日2016年9月29日4:56PM

海外のアイヌ遺骨の返還へ、研究者の後押しを求める北海道アイヌ協会の加藤忠理事長。9月1日、京都市。(撮影/井澤宏明)
世界最大規模の考古学の学会、世界考古学会議(WAC)の京都大会で9月1日、北海道アイヌ協会の加藤忠理事長(77歳)が演説し、海外に研究資料として渡ったアイヌ民族の遺骨返還への協力を呼び掛けた。大会では、アイヌを始めとする先住民の遺骨返還を後押しするため、研究者の間で各国の遺骨の保管状況について情報交換していくことを確認した。
同会議は1986年に発足。考古学の社会的責任を重視し、先住民やマイノリティ自身の研究参加にも積極的に取り組んできた。京都大会は、約80の国や地域から約1600人が参加し、9月2日までの6日間開催された。
加藤理事長は演説で、国内の大学や博物館などに約1700体のアイヌ遺骨が保管され、ドイツやロシアなど海外にも渡っていることを説明。「国の責任の下、発掘時の姿にするのが、あるべき慰霊の姿。日本の先住民政策への取り組みについて、国際的な後押しと、継続的なモニタリングを」と訴えた。
米・ハワイの先住民マオリの文化人類学者は、「アメリカ先住民墓地保護・返還法」成立後、研究機関などから約6000体の遺骨が返還されたことを、米・スミソニアン国立自然史博物館の遺骨返還担当でチョクトー族の女性は、返還作業に先住民自身が携わることの意義について、報告した。
遺骨収集が、国際的な研究者間のネットワークを使って行なわれていたことを示す報告もあった。オーストラリアの研究者によると、メルボルン博物館にあるアイヌ遺骨1体について、日本の人類学者と同博物館の研究者の間で、先住民アボリジニーの遺骨と引き換えに入手した記録が残っているという。
北海道大アイヌ・先住民研究センターの加藤博文教授(考古学)は「国内の研究機関に海外先住民の遺骨があるかどうか調べ、確認されたら、先住民への返還を考えていく必要がある」と話している。
(井澤宏明・ジャーナリスト、9月16日号)
http://www.kinyobi.co.jp/kinyobinews/?p=6240


苫小牧うぽぽ、10月1日にマオリ族の学生と交流

2016-09-30 | アイヌ民族関連
苫小牧民報(2016年 9/29)

苫小牧市生活館で練習するうぽぽのメンバーたち
 ニュージーランド先住民のマオリ族の生徒たちが1日、苫小牧市内を訪れ、アイヌ文化の伝承に取り組む苫小牧うぽぽ(佐々木義春会長)と交流する。互いに民族の踊りなどを披露する予定だ。うぽぽは昨年、ニュージーランドを訪問し、生徒たちが通う学校でアイヌ文化を紹介しており、その時の縁が今回の交流につながった。
 来苫するのは、ニュージーランドのロトルア市にあるマオリ民族が通う学校の生徒13人。日本では中学生に当たる。引率の教師を含めた20人は修学旅行で22日に来日。東京や大阪、栃木(日光市)を回った後、来道し、札幌市内を観光。10月1日に苫小牧入りする。
 うぽぽは昨年11月、メンバー約10人が文化交流で同校を訪問し、民族の踊りなどを披露。今年5月に同校から佐々木会長に「日本に行くので交流できないか」との打診があった。
 交流会は1日午後5時半から市生活館(矢代町)で開催。うぽぽは、神々に祈りをささげる儀式「カムイノミ」や舞踊などを、マオリ族の生徒たちも民族の歌や踊りを披露することになっている。
 うぽぽからはメンバー10人が参加予定。交流会が決まってからメンバーは熱心に、踊りなどの練習を重ねており、佐々木会長は「苫小牧に来てよかったと思ってもらえれば」と話している。
 一行は2日に白老町のアイヌ民族博物館、3日は苫小牧市内の小中学校も訪れる予定。その後、平取町二風谷に移動し、5日に離道する。
 交流会は見学可能だが、事前に連絡が必要。
 問い合わせは佐々木会長 電話0144(67)4122。
http://www.tomamin.co.jp/20160943008

もっと知りたい北方領土(2)“世界で最も美しい二重火山”は国後島に

2016-09-30 | アイヌ民族関連
ニフティニュース-2016年09月29日 12時00分

国後島にある北方領土最高峰・世界一美しい二重火山「爺爺岳」(内閣府北方対策本部提供)
 終戦から71年経過しましたが、いまだに解決していないのが、不法占拠されたままとなっている北方領土の問題です。ことしは、平和条約締結後に歯舞群島、色丹島の引渡しを決めた1956年の「日ソ共同宣言」からちょうど60年の節目になりますが、まだ平和条約も、北方4島の返還も実現していません。そうした中、9月に行われた日露首脳会談で、12月にプーチン大統領の来日が決まり、領土交渉の進展が期待されています。
 あらためて、北方領土とはどんな場所なのか、どのような自然や産業があったのか。どのような生活を送っていたのか。そして、4島をめぐる今の人々の思いなどを、紹介していきます。
 第2回は、北方4島の自然や風土を紹介します。
穏やかな気候変化 珍しい生き物が多数生息
 北方四島周辺の気候は、北海道内陸部より寒暖差が小さく、穏やかに推移します。最も暑い8月の気温は15度前後、最も寒い2月の平均気温はマイナス6度前後で、北海道東部とほとんど差がありません。また、四島周辺は曇りと霧の日が多く、日照時間が短いことが特徴です。
 動物はヒグマ、キツネ、イタチなどが観測されています。流氷が運ぶ植物プランクトンにより魚が豊富にいるため、周辺水域にはゴマフアザラシ、トド、クジラ、イルカ、ラッコなどが生息しています。渡り鳥や水鳥も多く、シマフクロウのほか、鮮やかな飾り羽と橙色のくちばしを持つエトピリカといった珍しい海鳥がみられます。ちなみにエトピリカとはアイヌ語で「くちばしが美しい」という意味です。
穏やかな丘陵地「歯舞群島」
 各島の自然をみていきます。
 北海道本島に最も近い歯舞群島は、根室半島の沖合約50キロに点在する「貝殻島」「水晶島」「秋勇留(あきゆり)島」「勇留(ゆり)島」「志発(しぼつ)島」「多楽(たらく)島」などの小さな島々からなっています。どの島も緩やかな起伏のある丘陵地で、笹が生い茂り、樹木はほとんど生えていません。
 根室半島先端、納沙布(のさっぷ)岬から3.7キロと最も近い貝殻島は、高潮時には水没してしまいますが、1937(昭和12)年に日本が建設した貝殻島灯台があり、現在はロシアが管理しています。老朽化から傾いている様子が目視で確認できます。
 次に近い水晶島は12平方キロメートルの平坦な小島で、秋勇留島はわずか2平方キロメートル、勇留島も10平方キロメートルしかありません。歯舞群島最大の志発島は58平方キロメートル、多楽島は11平方キロメートルです。歯舞の名称の由来は、「流氷のある島」という意味のアイヌ語です。(※歯舞群島各島の面積の数値は平成27年度国土地理院「全国都道府県市町村別面積調」より)
“東洋の箱庭”「色丹島」は高山植物の宝庫
 歯舞群島の北東20数キロに位置する色丹島は、島東側の斜古丹(しゃこたん)岳413メートルを最高峰に、ゆるやかな丘陵地帯となっています。高山植物の宝庫で、島全体が濃淡の緑に覆われ、戦前は「東洋の箱庭」と呼ばれた美しい景色が広がります。島の東南側には小島が多く点在し、西北側は断崖部が連なり、穴澗(あなま)港などの良港があります。「大きな集落のある地」という意味のアイヌ語が色丹島の名称の由来です。
世界で最も美しい二重火山・景勝地が多数存在「国後島」
 国後島は十数箇所の温泉が存在する火山島です。世界で最も美しい二重火山のひとつと呼ばれる、北方四島の最高峰の爺爺(ちゃちゃ)岳(1772メートル)のほかに、活火山の羅臼(らうす)山(882メートル)、海底火山で出来た垂直の奇岩「材木岩」や「ロウソク岩」といった景勝地に恵まれています。
 北方四島を訪れるときの玄関口となる入出域手続きが行われる古釜布(ふるかまっぷ)港は、この国後島の中心部にあります。国後島の名称の由来は「草の島」を意味するアイヌ語です。
1000メートル級の山々がずらり 日本最北端の島「択捉島」
 北方四島最大の択捉島は、国後島と同じ火山島です。別飛(べっとぶ)温泉などの温泉もあります。島北端のカモイワッカ岬は、北緯45度33分にあり、日本最北端になります。西単冠(にしひとかっぷ)山(1629メートル)、散布(ちりっぷ)山(1582メートル)など1000メートル級の山々に覆われ、起伏の豊かな雄大な景色が広がります。島東部には落差約140メートル、途中に段差がない直瀑(ちょくばく)の滝としては日本最大の「ラッキベツの滝」があります。ちなみに同じ直瀑の滝として名高い華厳の滝は落差97メートルです。択捉島の名称の由来は、アイヌ語の「岬のあるところ」です。
(※内閣府北方対策本部ホームページ・同本部作成パンフレット「平成28年度北方対策~北方領土の返還実現にむけて~」参照)
https://news.nifty.com/article/domestic/government/12177-09214/


日本語のために 池澤夏樹=個人編集 日本文学全集30 河出書房新社

2016-09-30 | アイヌ民族関連
dot.-(更新 2016/9/29 11:19) by 永江朗

まるで文体カタログ
 日本語がこんなにも豊かで多様だったとは! 驚いたというよりも、感動した。
『日本語のために』は「池澤夏樹=個人編集 日本文学全集」の第30巻。
「古事記」から現代までさまざまな日本文学を集めた全集のなかで、この巻は異色だ。まるで文体カタログである。たとえば「六月晦大祓」という祝詞。「みなづきのつごもりのおほはらへ」とルビがついている。奈良時代の日本語だ。菅原道真や良寛の漢詩もある。「仏教の文体」として「般若心経」と蓮如の「白骨」を、それぞれ原文と伊藤比呂美による現代語訳で紹介している。
 周辺的に扱われがちな言葉も入っている。琉球語からは「おもろさうし」と「琉歌」が、アイヌ語からは「アイヌ神謡集」「あいぬ物語」「萱野茂のアイヌ語辞典」が紹介されている。そうそう、「キリスト教の文体」の章に出てくる「ケセン語訳 マタイによる福音書」は、東北の気仙地方の言葉であるケセン語で書かれている。
 言葉のことになると、人は頑迷固陋なナショナリストになりがちだ。「乱れている」「誤用だ」と怒ったりして。でも、7章「音韻と表記」や10章「日本語の性格」を読むと、凝り固まった日本語観がほぐれてくる。
 9章「政治の言葉」にある丸谷才一「文章論的憲法論」には教えられるところが多い。丸谷は大日本帝国憲法と日本国憲法を、日本語の文章という観点から比較して論じ、後者のほうがまだましなのだという。日本国憲法のほうが、ものごとを論理的に伝えようとしているからだ。
 本書はすべての日本語を読む人書く人におすすめだ。一家に1冊、いやひとり1冊。
※週刊朝日 2016年10月7日号
https://dot.asahi.com/ent/publication/reviews/2016092900081.html

バナナと日本人』のその後はどうなっているのか?~深刻な農薬被害

2016-09-30 | 先住民族関連
レイバーネット日本-2016-09-29 13:21:16

 *ドキュメンタリー『毒の雨』
 かつて、『バナナと日本人』という大ベストセラーの本がありました。あの本で告発されていたバナナ・プランテーション、残念ながら今もフィリピン・ミンダナオで拡大しつつあります。プランテーションで働く労働者だけでなく、その家族からも健康の問題について不安が高まっています。出生障害、麻痺や原因不明の病気でなくなるケースなども報告されており、その実態は深刻です。
 その状況を知るために訪問団が9月初旬に派遣されました。その報告会が今週土曜日に開かれます。会場は東京の連合会館(御茶ノ水)になります。ぜひご参加いただけますようお願いいたします。
 これに先立ち、バナナ・プランテーションで使われている農薬がいかに危険なものであるか、アジアでの農薬規制、日本での農薬政策の問題などについて学習会を行い、そのまとめを作っています。16ページですぐに読めます。ぜひご活用ください。
http://altertrade.jp/archives/12800
 日本のバナナ市場にバナナを出荷する住友系のスミフルのプランテーションで農薬空中散布が行われており、先住民族の村が被害を受けている状況を現地のNGOがドキュメンタリーとして制作しています。その日本語字幕版もぜひご覧ください。(印鑰 智哉)
『毒の雨』(Poison Rain)
https://www.youtube.com/watch?v=d_24-TUKkdA
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フィリピン・ミンダナオと私たちの今を考える
『バナナと日本人』で描かれた問題は現在、どうなっているか?
ミンダナオ訪問団報告
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私たちの食卓と海外の産地がどうつながっているか、バナナを通じて追求した鶴見良行著『バナナと日本人』が出版されたのは1982年でした。日本にあふれるようになったフィリピン・バナナが危険な農薬が空中散布される中、過酷な労働条件のもと、バナナ・プランテーションで働かざるをえなくなっていった人びとによって作られていること、しかも、日本のバナナ市場のために多国籍企業によってそのプランテーションが作られていったことを明快に描き、日本社会に大きな衝撃を与えた名著です。
それから30年あまりがたちましたが、今なお、日本で消費されるバナナの9割以上はフィリピン、ミンダナオ島のプランテーションから来るバナナです。現地での状況はほとんど報道されることはありませんが、その現状はどうなっているのでしょうか?
日本に輸入されたプランテーション・バナナからは国際農薬監視行動ネットワークなどが使用禁止を世界中で訴えている危険度の高い農薬やネオニコチノイド系農薬の残留が確認されています(東京都健康安全研究センター研究年報2013など参照)。それを生産する現場では環境や現地の人びとの暮らしや健康に何が起きているのでしょうか? プランテーション・バナナに代わるオルタナティブは存在するのでしょうか?
そうした状況を確かめるために、9月上旬にミンダナオ現地に訪問団が派遣されました。参加者は農薬問題や現地の社会問題を研究する研究者や生協関係者の方たちです。現地報告をもとに、フィリピン・ミンダナオの人びとと私たちの関係を考えます。
ぜひ、この機会にご参加ください。
【日時】2016年10月1日(土) 14:00~16:30 (開場13:30)
【場所】連合会館 201会議室 (東京都千代田区神田駿河台3-2-11) http://rengokaikan.jp/access/index.html
【参加費】800円
【定員】90名(申込み先着順)
【お申込み先】
【お問い合わせ】オルター・トレード・ジャパン(ATJ)政策室
電話 03-5273-8176
FAX 03-5273-8162
http://www.labornetjp.org/news/2016/0929banana

眞子内親王殿下 パラグアイご訪問を終えられてのご印象

2016-09-30 | 先住民族関連
宮内庁-2016/09/28
パラグアイ訪問を終えて(平成28年9月28日(水))
「パラグアイ日本人移住80周年」という記念すべき年に,パラグアイ共和国政府のお招きにより同国を公式訪問できましたことを誠に嬉しく思います。
このたびの訪問では,カルテス大統領閣下を表敬訪問し,親しくお話しをする機会をいただきました。その後には,閣下が夕食会を催してくださるなど,優しくお迎えいただき,たいへんありがたく存じました。私の訪問にあたり,ご尽力いただいた多くの方々,そして各地で受けた温かい歓迎と様々なご配慮に対し,心より感謝の気持ちを表したく思います。
パラグアイでは,訪問した先々で思い出深い出会いがありました。首都アスンシオンでは,独立の家(歴史博物館)や観光情報センター,日本パラグアイ学院や泥博物館(民俗博物館)を訪問し,パラグアイ・日本・人造りセンターで開催された歓迎式典に出席いたしました。南部のエンカルナシオンでは,世界遺産のトリニダ遺跡とコスタネーラ遊歩道を訪れ,イタプア県知事主催の夕食会に出席いたしました。東部のシウダ・デル・エステでは,世界有数の発電能力を誇るイタイプダムと,先住民族博物館を訪れました。アスンシオンとエンカルナシオンからは市の鍵,イタプア県とアルト・パラナ県からは名誉訪問者賞を頂きました。これら様々な機会を通してパラグアイに親しむことができ,喜ばしく思っております。
パラグアイ日本人移住80周年記念式典と祝賀会は,誠に盛大なものでした。
本80周年には,パラグアイ国と同政府による日系社会の貢献に対する感謝,そして,日系社会による自分たちを受け入れてくれたパラグアイの人々に対する感謝,という双方の思いが込められていると伺っておりました。これらの催しに参加された方々の間に強い絆を感じ,このような特別な年を祝う場に出席できたことを幸せに思いました。
また,1936年に最初の入植者が足を踏み入れたラ・コルメナを始めとして,チャベス,ラ・パス,ピラポ,イグアスの5つの移住地を訪れるという大切な機会も頂きました。どの訪問先でも,日系社会の方々が心を込めて歓迎してくださいましたことに,深く感謝しております。日本の歌や踊り,和太鼓,小学生相撲などの楽しい出し物や,地元で採れた作物を使ったおいしい日本料理などで,おもてなしをしてくださいました。そして,各移住地の慰霊碑や記念碑,学校,移住史料館,農業協同組合等の施設を見学し,移住から今日までの歴史に思いを馳せました。これらの移住地やアスンシオン,エンカルナシオン,エステ,アマンバイの日系社会の方々,日本に関係の深いパラグアイの方々,JICA関係の方々とお会いできましたことを,たいへん嬉しく思います。
ご高齢の方から私と同年代の方まで,日系社会の様々な方々と,移住への思いや現在の生活,お仕事や活動など,いろいろなお話ができましたことは,忘れられない思い出となりました。想像を絶するような困難を勤勉さと誠実さで乗り越え,努力を積み重ねて現在の生活を築かれたことと思いますが,穏やかな表情で今の暮らしへの感謝を語られる一世の方が多いことは印象的でした。日本人移住者とその子孫の皆様が,パラグアイの発展に貢献され,パラグアイの人々から厚い信頼を得て,日本・パラグアイ両国の友好の掛け橋となってこられたことに,心より敬意を表します。
これからも,日系社会の方々がお元気で末永く活躍されるとともに,日系社会が一層発展しますよう,また今後とも日本とパラグアイが寄り添える関係でありますよう,そして両国の友好関係がますます深まりますよう願っております。
http://www.kunaicho.go.jp/page/okotoba/detail/13

映画『彷徨える河』アマゾン奥地で交わる過去と現在、原住民と生物学者 ...

2016-09-30 | 先住民族関連
okmusic UP's-2016/09/28 提供元:FASHION PRESS
映画『彷徨える河』が2016年10月29日(土)より、シアター・イメージフォーラム他で全国順次公開される。
本作は、20世紀初頭と中盤にアマゾンに足を踏み入れた2人の白人探検家の手記に触発されて作られた物語。神秘的な幻覚や呪術に彩られたマジックリアリズム的な世界観を、美しいモノクロームの映像と情感溢れる多層に重ねられた音によって描き出した作品だ。
監督は、米エンタメ業界紙『Variety』にて、「2016年に注目すべき監督10人」に選出されるなど、 近年世界的な注目を受けているコロンビアの俊英、シーロ・ゲーラ。本作も2015年カンヌ国際映画祭監督週間芸術映画賞受賞、2016年アカデミー賞外国語映画賞ノミネートなど、数々の映画祭で高い評価を得ている。
■ストーリー
アマゾン流域の奥深いジャングル。侵略者によって滅ぼされた先住民族の村、唯一の生き残りとして、他者と交わることなく孤独に生きているシャーマンのカラマカテ。ある日、彼を頼って、重篤な病に侵されたドイツ人民族誌学者がやってくる。白人を忌み嫌うカラマカテは一度は治療を拒否するが、病を治す唯一の手段となる幻の聖なる植物ヤクルナを求めてカヌーを漕ぎ出す。数十年後、孤独によって記憶や感情を失ったカラマカテは、ヤクルナを求めるアメリカ人植物学者との出会いによって再び旅に出る。過去と現在、二つの時が交錯する中で、カラマカテたちは、狂気、幻影、混沌が蔓延するアマゾンの深部を遡上する。彼らが向かう闇の奥にあるものとは...。
【概要】
映画『彷徨える河』
公開時期:2016年10月29日(土)シアター・イメージフォーラム他で全国順次公開
監督・脚本:シーロ・ゲーラ
出演:ヤン・ベイヴート、ブリオン・デイビス、アントニオ・ボリバル・サルバドール、ニルビオ・トーレス
2015/コロンビア・ベネズエラ・アルゼンチン/B&W+color/2.35:1/124 /原題:El abrazo de la serpiente
©Ciudad Lunar Producciones
http://okmusic.jp/#!/news/137680

映画『アバター』のインタラクティブ展示が12月に台湾で開始

2016-09-30 | 先住民族関連
ヴァラエティ ジャパン-2016/9/28 15:00
映画『アバター』のインタラクティブ展示“Avatar: Discover Pandora”が、ジェームズ・キャメロン監督が手掛ける『アバター』の続編4本のうちの最初の1本の劇場公開日のおよそ2年前にあたる12月7日に、台湾台北市でスタートする。
この発表は、世界的なイベントを提供するGESと、ライトストーム・エンターテイメント、米20世紀フォックス・コンシューマー・プロダクツによって、9月19日(現地時間)に行われた。
GESは、ビースト・キングダムとパートナーを組み、“Avatar: Discover Pandora”を、新光三越が所有する信義区で3か月に渡るショーケースとして開催する。同展示では、パンドラに住む多様な動植物やエキゾチックな野生動物、先住民族ナヴィの文化と神話を強調した実体験のように感じられる一連の環境を見ることが出来る。
ライトストーム、フォックスと共同制作しているGESは、台湾の後には世界市場で展示を行っていく予定だ。
ライトストームのフランチャイズ開発部門社長のケイシー・フランクリンは、「世界中のファンが私たちに、パンドラの世界を実際に旅してみたいとよく言いますが、この展示をツアー開催することは、彼らをパンドラの魅惑的な世界に連れていくためのユニークな機会となります。この展示は、4本の続編映画の劇場公開を待ちながら、パンドラの世界を新しい方法で経験したいと考えるファンや、エキサイティングなアクティビティを求める家族たち、そして、刺激的なレンズを通じて科学を探求したいと考える学校のグループに至るまで、誰の心にも響く何かがあります」と、語った。
2009年に公開された『アバター』は、全世界での興行総収入28億ドルを記録し、史上最高の収益を上げている。
http://variety.co.jp/archives/12157

キャサリン妃、カナダで履いていたブーツは12年前からの愛用品!

2016-09-30 | 先住民族関連
ELLE ONLINE 2016/9/28(水)

着回し上手で知られるキャサリン妃。なんと12年前のブーツを今でも愛用していることが明らかに!
キャサリン妃(Catherine Duchess of Cambridge) photo : AFLO
現在カナダを訪問中のキャサリン妃とウィリアム王子。9月26日(月)にはブリティッシュコロンビアのベラベラで先住民族の伝統儀式に参加、熱帯雨林を訪れたそう。そして今回注目を浴びているのはこのときに妃が履いていたブーツ!
ブーツはイギリスのブランド「ペネロペ シルヴァーズ」のものでレザーはスペイン製。お値段は674ドル(6万7000円)だそう。実はこのブーツを12年前から愛用していて、2004年にもブレナム宮殿で行われた野外イベントなどでもこのブーツを履いていたそう。また今年4月にウィリアム王子とブータンを訪れたときにも、このブーツでハイキングへ! 「ペネロペ シルヴァーズ」の担当者は「私たちが妃に初めて作ったブーツを10年も履いてくれているのは素晴らしいことだと思う。妃のブーツは年を経て素敵になっている」と喜びのコメントを発表。
ちなみにカナダで妃がブーツに合わせていたのは「ザラ」のデニム。リーズナブルなものを着こなすセンスは以前から定評があるけれど、気に入ったアイテムを長年大切にするのも妃のポリシー。お手本にしたい!
http://www.elle.co.jp/culture/celebgossip/catherine-duchess16_0928


道、来春ハワイ州と姉妹提携 観光、民族文化で交流

2016-09-30 | 先住民族関連
北海道新聞09/28 05:00
 道は来春、米国ハワイ州と姉妹提携を結ぶ方針を固めた。最終調整のために10月19~22日、道と道議会などの訪問団がハワイを訪れ、州知事や州議会議長らと協議を進める。提携により観光や農業、教育、先住民族交流など幅広い分野で関係強化が期待される。
 道とハワイ州の間では、2012年10月にハワイアン航空の新千歳―ホノルル直行便が就航。観光客の往来や経済交流が活発となり、両地域は14年1月に将来の姉妹提携を視野に入れた協力覚書に調印した。昨年8月にはハワイ州議会の議員団が道内を訪れた。
 今回、ハワイを訪問するのは山谷吉宏副知事や遠藤連議長、日米友好促進道議会議員連盟の議員6人のほか、北洋銀行やテレビ局の幹部ら計17人。19日にハワイ入りし、デービッド・イゲ州知事や州議会上下院議長と20日会談し、修学旅行で現地を訪れている札幌国際情報高と地元カイザー高との交流を視察する。
 21日には大型ショッピングセンター「アラモアナセンター」で、道産品をPRする「北海道キャンペーン」を見学。地元の人気テレビ司会者でミュージシャンのパリ・カアイフエさんを、海外で北海道の魅力を発信する「ほっかいどうスマイルアンバサダー」に任命する。
 道は姉妹提携を通じて、ハワイを窓口として欧米などの観光客の誘致や道産品の輸出拡大、道内企業の進出につなげたい考え。農業技術の伝達にも取り組み、アイヌ文化とハワイの先住民族文化を通した交流も進める予定だ。
 道は現在、6カ国9地域と姉妹・友好提携を結んでいる。ハワイ州との提携について、道は「観光や物流など多方面で効果が大きい」とし、遠藤議長は「世界的な観光地であるハワイに学ぶことは大きい。人とモノの交流促進に期待したい」と話している。
http://dd.hokkaido-np.co.jp/news/politics/politics/1-0320750.html


サハリン州郷土博物館を訪れて、(写真)

2016-09-28 | アイヌ民族関連
ウーマンエキサイト-2016年9月27日

サハリン州郷土博物館です。
正面玄関には狛犬があり、護国神社から移設したものだそうです。
日本時代に樺太庁博物館として建てられたものです。現在も当時の展示方法を踏襲しているそうです。
ロシア人親子、子供達はどの子も細いです。
周りはアパート群です。
こんなに北海道が近いとは、
アイヌの衣装をたっぷりと保存してあり、毛皮で作っているのだけではなく、魚の皮とか、草木もあるのです。
これも珍しい材料で、メモが見つかりません。
アイヌの民族説明もたっぷり聞かされました。東京の大学に留学していた若い女性のガイドさんはこの博物館専門で、大変上手な日本語でよく分かりました。
アイヌに関してこんなに多くの展示を見たのは初めてでした。
アイヌの博物館と言っても良いくらい沢山あります。
アイヌの人と現地の人、
こんな住まいで、 狩りなどができる様に、荷造りして移動していた様です。
樺太の昆虫類です。
キツツキとか鳥類も珍しいものが見えます。
ミミズクやフクロウが可愛くて、
大きなフクロウですね。
このサメからキャビアが取れるのです。
亀でさえデザインが異なります。
樺太の動物たち、できれば動物園も見たかったです。
オオカミでしょうか、
熊は大きいですね。
雷鳥だというのですが、
雷鳥でしょうか?雪があるときと色がかわります
当時、サハリンを当時していた人、名前は忘れました。
こんなに北海道と樺太が近いとは思いませんでした。やはり、博物館は面白いですね。
http://woman.excite.co.jp/blog/sanpo/sid_3169911/




新ひだか アイヌ民族の英雄しのぶ法要祭 /北海道

2016-09-28 | アイヌ民族関連
毎日新聞2016年9月27日 地方版
 江戸時代に松前藩の収奪に抵抗し、蜂起したとされるアイヌ民族の英雄シャクシャインをしのぶ法要祭が、新ひだか町の真歌公園で開かれた。道内各地から集まったアイヌと和人(アイヌ以外の日本人)が共に祈りをささげ、民族共生に思いをはせた。アイヌの首長だったシャクシャインは寛文9(1669)年、松前藩の不公平な交易方針などに抵抗して一斉蜂起し、同10月23日に松前藩との和睦の席で謀殺されたとされる。法要祭は命日の約1カ月前に当たる秋分の日に開かれ、今年で70回目。
http://mainichi.jp/articles/20160927/ddl/k01/040/130000c

文協=各国の伝統文化継承の場に=第45回国際民族舞踊祭 ...

2016-09-28 | 先住民族関連
ニッケイ新聞2016年9月28日

伝統衣装で挨拶するウクライナ国サンパウロ名誉領事のジョルジ・リビカさん
 ブラジル日本文化福祉協会の国際民族舞踊委員会(林アンドレ実行委員長)主催による「第45回国際民族舞踊祭」が24、25の両日、文協大講堂で開催され、各国移民の子孫、関係者らが自国の伝統舞踊を披露し会場を華やかに彩った。来場者数は2日間で2500人、出演者は23カ国33団体、約1千人が様々な文化を発表し楽しんだ。
 ブラジル移住開始125周年と、ソ連崩壊による祖国独立25周年を祝うウクライナのコミュニティが、両日とも開幕を飾った。初日には同国名誉領事が挨拶し、コミュニィの舞踊団が、ドラム、ピアノ、タンバリンなどの楽器隊に合わせて、明るく開放的な伝統舞踊が披露され、会場から手拍子や歓声が上がるなど、開演に相応しい盛り上がりとなった。
 台湾の「エスコーラ・サン・コンフーシオ」(聖市ビラ・マリアーナ区)は初日2番目に出演。19人の小学生、中高生が2組に分かれ、ウクライナの陽気な演目と打って変わり、穏やかで神秘的な音楽と舞を披露し会場を魅了した。
 同チームの小学生らを指導したメアリー・シェンさん(36)は「恥ずかしがっているところもあったが、楽しめたと思う。もっと台湾の民族性を表現できるようにしたい」と語った。
 客席はほぼ埋まり、立ち見客も出るほどの盛況を見せた。ポルトガルは総勢30人の団体で舞台を埋め、バンドの演奏とともに踊り歌って会場から手拍子を誘った。
 日本はレプレーザ連が徳島阿波踊り、レキオス芸能太鼓(同市ヴィラ・カロン区)は沖縄舞踊を発表した。レプレーザ連は30人のダンサーを男女に分けた。女性陣の艶やかな踊りと男性陣の激しい動きで会場を圧巻、また、全員が手に持った扇をあわせ伯国旗、日本国旗を見せ会場から大きな拍手と歓声を浴びた。
 林委員長は45周年を迎え、「また今年も開催できて嬉しい。今日踊っている子らは45年前の出演者の子孫。伝統の継承を見られることは、この祭の委員長として感慨深い」と喜びを語った。
 母・籠原マサコさん(82、二世)と来場していたリエさん(53、三世)は息子の阿波踊りを鑑賞した。「どの国も素晴らしかったが、やっぱり阿波踊りが一番。ボリビアの歴史を表した演目も良かった」と語った。マサコさんも「ホールの各国料理も良かったです。どこの国か忘れてしまったけど、トルタが美味しかったわ」と大満足の様子だった。
□関連コラム□大耳小耳
 国際民族舞踊祭では、リトアニアは作物の種まきと収穫を表現する民族舞踊を披露し、ロシアの発表ではコサックダンスが披露されるたびに会場から歓声と拍手が起きた。ボリビアは先住民族の王の結婚式をテーマに羽の付いた大きな頭飾りを振り回しながら踊った。最後にスペインの兵士が現れ、王が服従する歴史的な演出に会場から歓声とともに拍手が贈られた。移民集住都市サンパウロの面目躍如といえるイベントだ。
http://www.nikkeyshimbun.jp/2016/160928-71colonia.html

映画『太陽の子』で考える「名前を奪う」行為の罪深さ

2016-09-28 | 先住民族関連
Newsweekjapan-2016年09月27日(火)16時45分

写真提供:筆者
<二重国籍問題の際、蓮舫氏の「中国風の名前」を指摘する声もあったが、誰でも対外的に使いたい名前を使う自由がある。そんな「名前」の問題について考える格好の素材となるのが、筆者が日本での上映プロジェクトに関わる台湾映画『太陽の子』。台湾先住民にとって、名前はアイデンティティそのものだ> (写真:日本でのイベントで歌を披露する主演女優のアロ・カリティン・パチラル)
 一般の日本人が普段はあまり意識しない「名前」の問題について、考えてみたい。
 蓮舫・民進党新代表の国籍問題が、ひとしきり話題になった。その二重国籍問題の是非とは別に、蓮舫氏への批判のなかで中国風の名前を使っていることが、国会議員として(あるいは首相候補の一人として)ふさわしくない、という指摘があった。
 蓮舫氏は、もともと台湾姓の謝蓮舫であり、後に日本国籍を取得して斉藤蓮舫になり、結婚して村田蓮舫になった。ただ、芸能界には蓮舫でデビューし、その後、キャスターとして蓮舫を使い続け、国会議員としても蓮舫を通している。蓮舫氏とのインタビューでその理由を聞いたところ、「蓮舫という名前は、自分が過去から今日まで、唯一使い続けた名前」であることから、蓮舫という名前に強い愛着があるとのことだった。
 大前提として、通称として公的な場で使用する名前は戸籍上の名前と一致する必要はないので、知名人でも、あるいは市井の一人でも、対外的に使いたい名前を使う自由がある。政治家の場合も立候補届けは本名だが、通称使用は広く認められている。どんな名前を使うかで蓮舫氏の日本という国家に対する忠誠心を問うような議論には同意することはできない。そもそも、忠誠心は、政治家としての行動や言論によって問われるものだし、漢文教養が根底にある日本社会において、どの名前が中国風で、どの名前がそうではないのかを判別することなど事実上不可能な作業である。
 さて、筆者は台湾映画『太陽の子』(原題:太陽的孩子)を紹介するプロジェクを立ち上げ、有志の方々の協力のもと日本各地で上映会を行っている。『太陽の子』は、台湾先住民のアミ族の村が、中国人観光客のためのホテル開発に直面したとき、伝統の土地と農業を守るべきかどうか悩みながら、家族や地域の一体感を取り戻していくプロセスを描くもので、先頃、蔡英文総統の謝罪によって注目された台湾の先住民問題を理解するうえでも格好の素材であり、できるだけ多くの人に見てもらいたいと思っている。
【参考記事】台湾映画『太陽の子』と、台湾の「奪われた者」たち
小学校に上がると中国語名を使わなくてはならなかった
 この映画のなかで、こうした「名前」という問題について、別の角度から我々に思索のチャンスを与えてくれるシーンがあった。
 主人公でアミ族の女性パナイが、農地の水路修復に対する支援を求めるため、専門家を前に演説を行うのだが、そこでパナイは「名前」をめぐる自分の過去について語り始める。やや長くなるがその下りを紹介したい。
『小さいころ、スピーチコンテストに出るといつも最初はこう自己紹介しました。"皆さん、こんにちは、林秀玲です"。その瞬間、審査員の皆さんはびっくりしてこう言うのです。「このアミ族の子は大したものだ。言葉になまりがない」。そして表彰されるのです。「村の誉れ」。そんな名前の賞です。でも、私はその賞が本当はとても嫌でした。なぜならそれは私が精一杯自分をごまかし、アミ族でない振りをしたご褒美だったからです。私は林秀玲ではありません。私にはとても美しい名前があります。パナイという名前が。皆さん、こんにちは、私はパナイです。パナイは「稲穂」を意味します。小さいころ、村には一面の美しい稲穂がありました。でも今は何もありません。私はそれを復活させたい。"パナイ"を取り戻したいのです』
 このほど、上映会のために来日したパナイ役のアロ・カリティン・パチラルさんに、このシーンを演じた経緯について語ってもらったのだが、そこで彼女は、自らの個人的体験をこんな風に明かした。
 彼女は、台湾東部の花蓮にあるアミ族の村で生まれた。生まれた時に「歌う神」を意味するアロという名前をつけられた。アミ族の名前には姓がない。そして、母系社会である。アロは名前で、カリティンは母親の名前。パチラルは太陽という意味があり、アミ族のなかでの氏族集団の名前である。姓と名を中心とする我々儒教文明の名前とは概念からして異なっている。
 アロという名前で周囲から呼ばれ続けた彼女だが、戸籍では中国語名で登録しなくてはならない。彼女は中国語の名前もつけたが、家庭では使うことはなく、そんな中国語の名前は忘れて育った。
 しかし、小学校に入る時には中国語名を使わなくてはならなくなった。クラスで皆の前で自己紹介をしたとき、中国語にアミ族のなまりがあることで、クラス中から大声で笑われてしまった。その後もクラスメイトに言葉をからかわれ続けた。そこで彼女は二度とアミ語を使うまいと心に決め、中国語を一生懸命勉強し、3年生になるころには、スピーチコンテストで優勝するほどになった。家庭でも祖母がアミ語で話しかけても、中国語で答えるほど徹底し、大学に合格したときは「国語」が最も得意な科目になっていたという。
 そんな彼女に転機が訪れたのは大学1年生の時だった。育ての親だった祖父が亡くなった。故郷の花蓮に帰ったとき、祖母をアミ語で慰める言葉が一つも思い当たらなかった。そのことがショックで、花蓮から台北までの帰りの列車で数時間泣き続けたという。彼女がそこで決めたことが二つあった。一つはアミ語による楽曲の創作をてがけることでアミ語を学び直し、同じような境遇に置かれているアミ族の子供たちに、アミ語に誇りを持ってアミ語を捨てないでもらうこと。そして、自分自身がアミ語の名前を取り戻すことだった。
 映画でこのシーンを演じた彼女の演技が、初の映画出演でありながら、極めて真に迫るものであったことは、映画を見た人々の共通する意見だが、その背後にこのような本人の体験があったとは想像を超えたことだった。
主流の文化に「適合」を迫られ続けた先住民の歴史
 台湾には、人口54万人、全人口の2%を占める先住民16部族が暮らしている。先住民は台湾で「原住民」と呼ばれる。その字のごとく、台湾という土地にもとより住んでいた人々だ。彼らのいた土地に漢人が移住し、日本が統治し、戦後また多くの外省人が国民党の台湾撤退と共に台湾に流入した結果形成された多元社会が、台湾社会の姿である。
 そのなかで先住民は少数であるが故に清朝時代から日本時代、戦後の国民党政権下で、常に主流の文化に「適合」を迫られる対象となり、名前の変更を求められてきた。そんな彼らが1980年代の民主化と共に本格化した先住民の権利回復運動のなかで「伝統的名前の回復」を掲げて取り組み、1995年に「姓名条例」などの改正が行われ、漢人名称ではなく、先住民の名称を選択できるようになった。アロさんも大学時代に名前を伝統のものに戻したという。
 先住民文化においては、姓という概念はなく、名前+母(父)の名前+氏族(多くは土地や自然と関わる名称)と指摘したが、名前が先住民文化のなかで、自分の存在のみならず、自分のつながる過去や土地と分ちがたく結びつくものを証明するアイデンティティそのものであることが分かる。
 そうした背景を考えながらこの映画を見ていると、「自分を取り戻す」ことと、「名前を取り戻す」ことが、ほとんどイコールになっており、人々から「名前を奪う」という行為の罪深さも同時に深く感じるところである。
 理解すべきは、名前の問題を論じるとき、我々はその相手のアイデンティティを論じているのに等しい、ということである。アイデンティティは人間存在の最深部に属するものだ。名前を奪うことがいかに他者を傷つけるかは、台湾の先住民に限らず、日本自身も戦前に手痛い経験を経てきている問題である。映画『太陽の子』は、そんな「名前」の大切さを我々に気づかせてくれる。そのことに対する配慮をいかなる場合でも忘れまいと改めて心に刻みたい。
*映画『太陽の子』の日本における上映情報は FBファンページからご参照下さい。10月7日(金)夜には、東京・虎ノ門の笹川平和財団で上映会を行います。この上映会の上映情報はこちらへ。本作品の上映プロジェクトについては野嶋剛の公式HPでその経緯や理由を詳しく説明しております。
http://www.newsweekjapan.jp/nojima/2016/09/post-6.php

アジア学生交流環境フォーラム 国境超え未来見つめ 「生物多様性と叡智」テーマに

2016-09-27 | アイヌ民族関連
毎日新聞2016年9月27日 東京朝刊
 持続可能な社会に向け、国境を超えて連携を−−。「アジア学生交流環境フォーラム」(主催・イオン環境財団、後援・毎日新聞社、中国青年報社、朝鮮日報社、トイチェ社)が8月3〜8日、東京や北海道などで開かれた。参加したのは日本の早稲田大学を含めアジアの計7大学の若者たち。「生物多様性と叡智(えいち)」をテーマに、生態系の保全と人々の暮らし、社会のあり方について考え、未来を見つめた。【明珍美紀】
 「21世紀は環境の世紀。環境を守るためにできることは何かを自問自答しながら日々を過ごしてほしい」
 東京都新宿区の早稲田大学であった開講式。主催者を代表して登壇したイオン環境財団の岡田卓也理事長(91)の言葉を胸に、一行は最初のフィールドワークの地、世界自然遺産を擁する北海道の知床半島に向かった。
 「知床全体がヒグマの生息地。森を歩くのはヒグマや動物たちで、ケージ(おり)に囲われているのは我々、人間だと思ってください」。知床財団の企画調整参事、岡本征史さん(51)が、ユーモアを交えながら説明する。
 「野生動物が人里に下りる理由は生息地の減少などいくつかあるが、知床では人間が与えた餌や森の中に捨てた食べ物が理由になっている」
 一度、人の食べ物の味を覚えてそれらを奪おうとすれば「駆除の対象」だ。「こうしたことを近隣の住民や観光客にどう伝えるか。環境保護の実践にはコミュニケーションの技術も必要になる」
謙虚な気持ちで自然に接し
 翌日は世界自然遺産の登録エリアにある知床国立公園へ。NPO「知床ナチュラリスト協会」の代表理事、岩山直さん(52)らの引率で遊歩道を進むと、トドマツやミズナラなどの原生林の向こうに湖畔が見えた。
豊かな植生に囲まれながら自然の世界を体感した=知床国立公園で
 「ホイッ、ホイッ」。岩山さんが時折、大声で叫び、「パン、パン」と手をたたく。周囲に潜んでいるかもしれないヒグマに、人間が来たことを知らせるためだ。「途中で遭遇しても慌てず、騒がず、ゆっくり離れて」。プノンペン大のチェン・ソフィアさん(23)は「大自然の前では人間は無力。私たちはもっと謙虚でなければいけない」と緊張した面持ちになった。
100年後を見据えた森づくり
 一度、壊された自然は回復できるのか。国の天然記念物、シマフクロウが生きられる環境づくりに住民主導で取り組む標茶(しべちゃ)町を訪れた。
舘定宣さん
 「森と川、海、大気はつながっている。これらを保全してシマフクロウの生息地を復元すれば、地域の基幹産業、ひいては私たちの命が守られる」。実践者の一人で「虹別コロカムイの会」会長の舘(たて)定宣(さだよし)さん(74)が若者たちの顔を見渡した。
 北海道にはかつて約1000羽のシマフクロウが生息していたとみられるが、過度の森林伐採や河川改修で1970年代には約70羽まで減少。絶滅の危機に追い込まれた。
 「分断された河畔林を植樹でつなごう」と同会では94年、地元の西別川流域で「シマフクロウの森づくり100年事業」をスタート。そのほかヒナが誕生しやすいよう河畔林に巣箱を設置。住民の工夫や環境省の保護増殖活動で、現在は道東を中心に約140羽まで増えた。「爺(じじ)たちは100年後を見据えてこれからも森づくりに励んでいく」。舘さんが宣言すると拍手がわいた。
 学生たちはさらに虹別コロカムイの会のメンバーらに聞き取りをした。元旭川市職員で写真家の田中博さん(67)は今春、写真集「シマフクロウの聲(こえ)がきこえる。」を刊行。収録されている迫力あるシマフクロウの写真を見せながら、「普通の鳥と違ってこのフクロウは大きな木の洞(うろ)の中で卵を産み、子育てをする。自然がなければ生きられない」と言葉に力を込めた。
生態系ピラミッドの頂点を守れ
斉藤慶輔さん
 北海道での最後の夜は猛禽(もうきん)類医学研究所(釧路市)代表で獣医師の斉藤慶輔さん(51)の話を聞いた。
 「豊かな自然をどのように守れば一番効率がいいか」。斉藤さんの問いかけに学生たちが首をひねる。「生態系ピラミッドの頂点に位置する生き物の生息する場が保たれれば全体が守られる。そこで(頂点にいる)ワシやタカ、フクロウなどの猛禽類に着目した」
 根室市と別海町にまたがる風蓮湖は冬になると氷結し、漁師たちが氷の下に網を入れて「氷下待ち網漁」を行う。この時期、風蓮湖にワシが集まっている写真をスライドで見せた斉藤さんは「ワシたちが狙っているのは漁師たちが放置した魚。野生といえども人間がつくり出した環境を賢く利用する。言い換えると野生生物から人間に近づき、その副作用として事故が発生する」と解説した。
 例えばシマフクロウの死因には交通事故や感電死があり、オジロワシは交通事故のほか風力発電のブレード(羽根)や柱への衝突(バードストライク)などがある。一羽の命を助けることが種の保存に関わってくる。
 「傷ついた動物は自然界からのメッセンジャー。私たちは治すだけでなく環境を『治療』する」
 バードストライクへの対応について早稲田大の大久保綾華さん(20)が質問した。斉藤さんは「ワシがどのように衝突したかの検証実験を行っており、その結果をもとにブレードの改良案を提案したい。人間には知恵がある。2者の需要をマッチングさせてよりよい道を探っていきたい」と答えた。
アジアの叡智を生かし
ソーラン節を踊ったグループは「アジアの叡智」を強調
 最終日は、千葉市内でグループ別に成果発表が行われた。生態系の保全と持続可能な発展を両立するために必要な「叡智」を生み出すキーワードに「愛と責任」「パッション(情熱)」「伝統知」などを掲げた。なかには日本のソーラン節を踊って「アジアの叡智」を強調したグループも。マラヤ大のロー・フェイエンさん(22)は「それぞれの国で培われた伝統や文化、技術などを共有し、互いに協力しながら未来を築いていく。それが私たちの気持ちです」と前を向いた。
 閉講式で修了証を授与され、フォーラムは閉幕。早稲田環境学研究所客員准教授の吉川成美さん(47)は「学生たちは命に向き合うエコロジーの本質を五感で体感し、アジア共通の叡智とは何かを考え抜いて発表した。アジアの未来は経済発展だけではないことをつかみ取ったと思う」と語った。
先住民族の「叡智」に学ぶ
 環境思想の分野で近年、注目を浴びる「先住民族の叡智」。フォーラムでは、自然と共生する世界観を持つアイヌ民族の秋辺デボさん(56)とも交流した。
 地面に降った雨を大地がきれいにする。大地が出す乳が温泉。大地にはシカやクマ、フクロウ、キツネやタヌキ、無数の虫や目に見えない微生物など多様な生き物があふれ、「無駄なものは一つもない」と秋辺さん。「アイヌの価値観や精神文化を今こそ社会に生かしてほしい。それをできるのはみなさんのハート」。秋辺さんが呼びかけると学生たちの瞳が輝いた。
植樹も体験
 標茶町では、学生たちも森づくりに参加した。虹別コロカムイの会や隣接する別海町の森林組合の協力で、元は牧草地だった空き地にミズナラやシラカバなどの苗木を植樹した。
「お互いを知ること」が重要
 今回は過去最多の7カ国の大学の学生らが集まった。初参加となったインドネシア大のファンディ・A・チンドラプトラさん(19)はアニメを入り口に日本に興味を持ったが「高校の授業で戦時中、日本がインドネシアに侵攻したことを知ったときは『日本は怖い』と思った」と打ち明ける。実際に話してみると「フレンドリーで親切」。友人をつくっていけば「どんな国の人とも理解し合える」と確信した。
 韓国・高麗大の姜〓周(カンミンジュ)さん(20)=同中=は「過去の溝は埋めることが必要。それにはお互いを知ること」と言う。北海道でアイヌ民族と対話し、日本の新たな部分に接した気がした。「彼らは近代的な生活をしているけれど『民族の伝統や自然と共生する精神は受け継いでいる』との言葉が印象的。それを、生物多様性の保全に取り入れる発想が新鮮だった」
 早稲田大の大和田愛乃さん(20)は、獣医の斉藤慶輔さんが示した「2者の需要をマッチングさせてよりよい道を探る」という方法は、環境問題だけでなく「国際関係にも通じる」と感じた。「共生の道を見いだすために知恵や技術を駆使し、リーダーシップに生かすべきだと思う」と提言した。
アジア学生交流環境フォーラム(Asian Students Environment Platform)
 イオン環境財団の岡田卓也理事長が母校の早稲田大学と、文化活動などで親交がある中国の清華大学、韓国の高麗大学に提案して2012年に始まった。初回は「環境とは何か」という基本的な主題を掲げて日本で開催。東日本大震災で被災した岩手県田野畑村や世界遺産の中尊寺、京都などを訪れた。以後、フォーラムは韓国、中国、ベトナムで実施。参加校はベトナム国家大学ハノイ校、マレーシア・マラヤ大学、カンボジア王立プノンペン大学と回を重ねるごとに増えてきた。今回は初参加のインドネシア大学を含め7大学の計84人の若者が集まった。
http://mainichi.jp/articles/20160927/ddm/010/040/002000c