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遺骨保管箱のふたか 京大ごみ集積所でみつかる 「喜界村」などと記載

2018-11-18 | ウチナー・沖縄
琉球新報 2018年11月17日 10:51
奄美地方から持ち出された遺骨を保管していた箱の一部とみられる板(ピリカ全国実・関西提供)
 人類学者が沖縄や鹿児島県の奄美地方から持ち出した遺骨が返還されていない問題で、京都大学で遺骨を保管していた箱の一部とみられる板が16日までに見つかった。板には「清野蒐集(しゅうしゅう)人骨」「大隅國(おおすみのくに)大島郡喜界村赤連ダンムチノ下」などと書かれており、4体分の標本番号が記されている。2014年11月に京都市の同大学のごみ集積所にあったのを学生が見つけ、現在は沖縄の「アイヌ民族と連帯するウルマの会」が保管している。
 京都大学はこれまで、奄美から収集された遺骨を保管しているかどうか明らかにしていない。京都帝国大学(現在の京都大)教授だった人類学者の清野謙次氏(1885~1955年)や門下生が、奄美を含む各地から収集した遺骨を京都大に寄贈したことが文献などで確認されている。
 板に記されている標本番号は1123号から1126号の4体分。「大隅國」は奄美群島と現在の鹿児島県東部。「ダンムチノ下」は喜界島の風葬地帯とみられる。
 奄美地方の研究者らが3月、遺骨返還を求める要望書を政府や京都大学に送ったが回答はない。「京都大収蔵の遺骨返還を求める奄美三島連絡協議会」の大津幸夫代表は「ごみ箱に捨てるなど、人権じゅうりんも甚だしい。中にあったはずの遺骨はどうなったのか。京都大はきちんと回答してもらいたい」と話した。同会は京都大に抗議文を送る。
 琉球新報は京都大学にこれらの遺骨を保管しているか質問したが、16日午後5時までに回答はない。
https://ryukyushimpo.jp/news/entry-835590.html

『琉球 奪われた骨』 「研究」が踏みにじる尊厳

2018-11-12 | ウチナー・沖縄
琉球新報 2018年11月11日 11:50

書評
『琉球 奪われた骨 遺骨に刻まれた植民地主義』松島泰勝著 岩波書店・2592円
 本書は、研究者による琉球人遺骨持ち去りの歴史的本質を論じた重要な著作である。
 19世紀以来、欧米の研究者が世界中で先住民族の墓を掘り、遺骨を持ち去った。頭骨のサイズを測り「人種」の優劣を明らかにしようとしたのである。江戸時代末期には、英国人によるアイヌ墓地盗掘もあった。
 明治時代になると日本人学者が墓掘りを始めた。帝国大学医科大学(現東京大学医学部)の小金井良精や京都帝国大学の清野謙次である。また北海道大学は現在1千以上のアイヌ遺骨を保管している。
 琉球では、1929年1月、清野の流れを汲(く)む金関丈夫が今帰仁村の百按司(むむじゃな)墓から琉球人遺骨を持ち去った。その後、奄美大島、喜界島、徳之島などからも数多くの遺骨が掘り出された。
 墓地は死者をとむらう神聖な場であり、遺骨は人びとにとって特別な存在である。しかし、研究者たちには単なる資料にすぎなかった。人々の意向とは別に遺骨は研究に供され続けた。
 その背後には近代国家による植民地統治がある。研究者たちは持ち帰った遺骨を計測して、あるときは「日本人」の優越を論じ、またあるときは日琉同祖論の根拠とした。研究が日本の琉球支配に便乗していた。
 近年、世界の先住民族は祖先の遺骨の返還を求めて立ちあがっている。2007年に国連で先住民族の権利宣言が採択され、遺骨への権利が明記された。アイヌ民族も、わずかとはいえ遺骨の再埋葬を実現した。
 遺骨を取りもどし自分たちのやり方で死者をとむらうことは、民族の自己決定への第一歩である。遺骨返還は人々が尊厳を取りもどすための運動と言える。
 しかし、「学知の植民地主義」は終わっていない。琉球人遺骨について問い合わせた著者に対して、保管する京都大学は一切の回答をこばんだ。「研究」がいまも人々の気持ちを踏みにじっている。
 伝わってくるのは、琉球人として、遺骨の返還と民族の自律を願う著者の切実な思いにほかならない。
(植木哲也・苫小牧駒澤大学)
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 まつしま・やすかつ 1963年、石垣島生まれ。那覇高校、早稲田大学卒業後、同大大学院博士課程単位取得。経済学博士。現在、龍谷大学経済学部教授。
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松島 泰勝
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方言継承の課題考察/24日に宮古でサミット

2018-11-08 | ウチナー・沖縄
宮古毎日新聞社 2018年11月7日(水) 8:59
危機言語の地域研究者集い/文化庁など主催
言語・方言サミット宮古島大会の開催を告知する(左から)宮國博教育長、下地敏彦市長、文化協会の大城裕子会長、同協会の砂川春美方言部会長=6日、市役所平良庁舎
 宮古語(方言)など消滅危機とされる8言語の地域の研究者が集う「言語・方言サミット宮古島大会」が24日、マティダ市民劇場で開かれる。基調講演や各地域の現状報告、方言の聞き比べを通して言語・方言の継承について語り合う。宮古島市や市教育委員会、市文化協会が6日の会見でサミットを告知。「言葉と文化は表裏一体にある。大切な言語、方言の継承のあり方を共に考えたい」と話して来場を呼び掛けた。
 日本で消滅危機言語とされているのは▽アイヌ語▽八丈語▽奄美語▽国頭語▽沖縄語▽宮古語▽八重山語▽与那国語-の8言語。国連教育科学文化機関(ユネスコ)が発表している。
 文化庁ほか県、市、市教育委員会などが主催・共催するサミットには、この言語の研究者らが100人以上参加し、言語・方言という貴重な文化を見つめ直して継承につなげる。
 当日は午前時から開会式を開いた後、各地の現状報告がある。アイヌ語の現況については、北海道大学アイヌ・先住民研究センターが報告する。国立国語研究所は基調講演を行う。
 午後からは各言語・方言の聞き比べや宮古各地の方言の語りが披露される。
 最後は「危機言語・方言を継承する」をテーマに協議を開く。この中では10代の継承者が提言する。
 特別プログラムとして宮古フツ漫才や宮古民謡、宮古フツ落語の披露もある。
 告知会見で、下地敏彦市長は「言語がなくなれば文化の継承も難しくなってしまう」と懸念し、「宮古の独特の文化を継承して後世に伝える必要がある。ぜひ多くの市民の皆さんに参加してほしい」と話した。
 宮國博教育長も「小さくても多様な文化を持つ宮古の文化を広く知らせ、継承していくためのサミットになる」と呼び掛けた。
 市文化協会の大城裕子会長は「宮古の文化の継承を考えるとき、言葉は切り離せない。文化の根っこにある言葉にサミットで触れてほしい」と話した。
 サミットには誰でも参加できる。入場は無料。
http://www.miyakomainichi.com/2018/11/113802/

日本最古の技法を継承する「伊波メンサー織」 8人の織り手たちの挑戦

2018-11-06 | ウチナー・沖縄
琉球新報 11/5(月) 18:04配信
国内でも貴重な手織り
うるま市の文化財に指定されている伊波メンサー織は、うるま市石川伊波に古くから伝わる織物だ。竹や木で作った道具と「イザリ織り」という技法が特徴で、日本に残る最も古い貴重な技法の一つとして知られている。20年前に建てられたプレハブの「伊波メンサー織作業所」では週2回、8人の織り手が集まりメンサー織の制作に励んでいる​
うるま市の伊波地域で受け継がれてきた伝統の織物技法「伊波メンサー織」。数百年前、琉球王国時代に南方貿易で伝わったとされる。かつて、女性が男性への贈り物として作っていたといい、素朴な色彩や模様が印象的な細帯の織物だ。
竹や木などで作った10種類の道具を使い、足を前に伸ばし座り、織りながら前進していく「イザリ織り」と呼ばれる技法が特徴。これは日本で一番古い織り方とされ、国内では北海道のアイヌ民族の「アッツウシ織」など数例しか残っていないという非常に貴重な技術でもある。
これまで、技能保持者の故・伊波カマドさん、故・伊波貞子さんが技術を継承してきた。「貞子先生は途絶えかけていた技術をカマドさんから学び、若い人たちに継承するために努めていた」と話すのは、伊波メンサー織を始めて12年の大重泰江さん。現在は貞子さんから共に技術を学んだ山城初美さん、比嘉悦子さんと「伊波メンサー織作業所」で、作品を作りながら技術指導も行っている。
創作作品も展開
メンサー織は織り具もすべて手作りだ。「最初は道具作りから。竹や木を切ったり、削ったりすることから始まった」というのは大重さんと同時期にメンサー織を始めた山城さん。織り手は体力も要する。山城さんは「通常、こういう姿勢で座ることはないから腰も腕も痛いし、最初のうちは2時間座るのがやっとだった」と振り返る。
伝統をかたくなに守る一方、数年前からは名刺入れ、小銭入れ、財布、ティッシュ入れなどの小物類の開発も開始。伊波メンサー織を広めるために現代の生活に適応した新しいスタイルの作品にも取り組んでいる。
物作りや手作業が好きで制作は「楽しい」と笑う大重さんと山城さん。山城さんは「時間を忘れてしまうほど夢中になってしまう」と目を細め、大城さんは「大掛かりな機械を使わなくても作れるところが魅力。家などでやろうと思えばできる」と話す。
地域の工芸 保存・継承へ
旧石川市がうるま市に統合されて以降、これまで伊波地区に限定していた研修生も、うるま市全体に対象を広げて募集し、後継者の拡大を図っている。また、今年は、「伊波メンサー織保存会」が発足。公民館講座や学校での講座なども開始した。
伊波メンサー織は「伊波の宝で沖縄の宝」と力を込める大重さん。伊波メンサーに魅せられた研修生も育ちつつあるものの、「やりたいという人が少なくなっている。若い人たちに継いでもらえれば」と語る。貴重な技術を伝えながら、仲間とともに美しい伝統を支えていく。
(坂本永通子)
うるま市産業まつり
日時:12月15日(土)・16日(日)
場所:うるま市石川庁舎周辺
期間中、伊波メンサー織の展示販売展示を予定
☎︎098-923-7634
〔うるま市産業まつり実行委員会〕
(2018年11月01日付 週刊レキオ掲載)
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181105-00000016-ryu-oki

<社説>明治150年式典 礼賛よりも反省すべきだ

2018-10-25 | ウチナー・沖縄
琉球新報 2018年10月24日 06:01
 政府が「明治150年記念式典」を開催した。近代化を成し遂げた先人の偉業を振り返り現代に生かす狙いという。侵略、戦争で国内外に甚大な被害を与えたことを反省して、現在と未来に生かすのでないなら、式典を開く意味はない。
 安倍晋三首相は式辞で、今を「国難の時代」とし「明治の人々が、勇気と英断、たゆまぬ努力、奮闘によって、世界に向けて大きく胸を開き、新しい時代の扉を開けたことに思いをはせながら、私たちは、この難局に真正面から立ち向かい、乗り越えていかなければならない」と述べた。
 そして若い世代に向け「この機会に、わが国の近代化に向けて生じた出来事、人々の息遣いに触れ、光と影、さまざまな側面を貴重な経験として学び取ってほしい」と呼び掛けたが「影」の部分について具体的に説明しなかった。
 政府主催式典というと2013年4月28日の「主権回復」を祝う式典を思い起こす。1952年にサンフランシスコ講和条約発効で日本が独立を回復した一方で、沖縄や奄美は分離され米統治下に置かれた。この日を「屈辱の日」としてきた沖縄では、式典に強い反発が起きた。
 沖縄から見ると、明治150年の前半はアジア太平洋戦争と沖縄戦で終わった。そして後半の始まりが「屈辱の日」である。日本に復帰して46年を経た今も米軍専用施設面積の約70%を押し付けられ、民意を踏みにじられ続け、事実上の植民地支配、差別を受けている。式典会場近くで批判する集会が開かれたのは当然である。
 安倍首相は、幕末に松下村塾で維新の志士たちを育てたという吉田松陰を尊敬し、演説でしばしば引用してきた。その松陰は「幽囚録」で次のように説いた。
 「今、急いで軍備をなし、軍艦や大砲が備われば、蝦夷(北海道)を開墾して諸侯に統治させ、間に乗じてカムチャツカ、オホーツクを奪い、琉球を説得して諸侯と同じようにさせ、朝鮮を責めて古代のように従わせ、北は満州(中国東北部)を分割し、南は台湾、ルソン(フィリピン)を収め、次第に進取の勢いを示すべきである」
 まさにこの通りに、近代日本は膨張政策を推し進めた。1879年の「琉球処分」(琉球併合)と、アイヌ民族の土地を奪って進められた北海道開拓が、日本の膨張政策の始まりだったことを忘れてはならない。そしてその結末が、アジア太平洋戦争の惨禍と連合国による占領だった。
 安倍首相は「日本を取り戻す」というスローガンを掲げ、特定秘密保護法、安全保障関連法、共謀罪などを国民の根強い反対を無視して成立させてきた。戦前の強権国家の再来を懸念する。なすべきは明治150年を礼賛するのではなく、歴史に学び、植民地支配や戦争を二度と繰り返さないと誓うことである。
https://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-823185.html

リゾート地ハワイと沖縄、日本人が知らない共通点と違い◇アメリカから見た! 沖縄ZAHAHAレポート(16)

2018-10-24 | ウチナー・沖縄
琉球新報 2018年10月22日

光とともに色彩を変える緑のマクア渓谷。今は陸軍の演習場の中にある
緑色の美しいグラデーションが広がる渓谷。薄い雲が山頂をただよい、雲の合間から日差しが差し込むと、山は神々しく、新しい色合いに輝きます。
米ハワイ州オアフ島。ホノルルから、北西に約60キロ離れた海岸沿いに広がるのがマクア渓谷です。マクアとは、ハワイの言葉で「親」の意味。ワイキキなどの観光地の雰囲気とは異なり、静かにたたずむこの場所はハワイの民族誕生の地といわれる聖域。ハワイ先住民族の歴史を知る貴重な文化財や希少な動植物が残っています。
しかし、周囲はフェンスで囲まれ「米陸軍施設 進入厳禁」「危険」の看板が立ちはだかります。現在、この地は4190エーカー(約17平方キロ)に広がる米陸軍マクア演習場として使用されているのです。
独立国家から、アメリカの州に
ハワイはカメハメハ王朝が統治した王国で諸外国とも外交関係を持つ独立国家でしたが、砂糖業が盛んになると欧米からの白人入植者が増加し、1893年、入植者らによるクーデターがハワイ王国を転覆させます。米西戦争を機に1898年、アメリカに併合され、1959年、50番目の州になりました。
米軍は1920年代から先住民族の聖地だったマクア渓谷を演習場として使い始めました。そして、1945年12月7日(現地時間)の日本軍による真珠湾攻撃の後、ハワイの軍事拠点化が進みます。米軍はマクア渓谷やその周辺の土地を住民から接収し、兵士の水陸両用上陸訓練や砲撃訓練の場所としました。第2次世界大戦後も演習場として使用し続け、特に80~90年代は陸軍と海兵隊が歩兵部隊や航空部隊などと連動した実弾射撃訓練を行いました。美しかった山肌は砲撃の跡であらわになり、山火事も度々起こりました。
市民の訴えで米軍の訓練が中止に
そんなマクア渓谷で、2004年9月から実弾射撃訓練は中止されています。きっかけは、市民らが陸軍に対して起こした訴訟でした。
1998年、ハワイ先住民族の権利を訴える団体マラマ・マクアと米環境法律事務所アースジャスティスは、50年以上にわたる軍の訓練は、50種類以上の絶滅危惧種などに与える環境への影響調査を行っておらず、国家環境政策法(NEPA)に違反していると訴えました。
裁判所は軍の不備を認め、環境影響調査が完了するまで、同地での実弾射撃訓練の停止を軍に命じました。その間の和解策の一つとして、2001年の米中枢同時テロをきっかけに軍が2004年までの期間限定で実弾射撃訓練を行う代わりに、マラマ・マクアのメンバーらは月2回、施設内に入ることのできる「カルチュラル・アクセス(Cultural access)」を行使できるようになったのです。
一時は無残な姿だった渓谷はその後、実弾射撃訓練の中止で緑を取り戻しました。ハワイ陸軍のデニス・ドレイク広報官は「現在は通信訓練など、火薬や爆薬を使わず、環境への影響が小さい訓練のみを行っている」と説明します。
訓練では、希少な動植物や文化財のある場所には、立ち入らないよう目印を立てて訓練し、マクア渓谷の絶滅危惧種をはじめ、貴重な動植物保護に取り組んでいると胸を張ります。
自分たちの言葉、歴史、文化を知る
2017年11月末、カルチュラル・アクセスの日に、マラマ・マクアのビンセント・カナイ・ドッジさんらと共に、マクア演習場に入ることができました。この日は、ハワイの文化教育に力を入れるチャータースクール、カマイレ・アカデミーの10代の生徒たち40人も初めて参加。ビンセントさんらの案内で、生徒たちは自分たちのルーツ、歴史、文化を学ぶ時間を過ごします。
「ハワイアンは豊かな海の恵みを受けてきたが、渓谷での実弾射撃訓練で、汚染物質は海にも流れ出しました。ハワイの言葉で『大地』『母なる地球』のことを『アイナ』と言う。アイナは『食を恵む場所』という意味も込められている」
「僕たちの地域には軍の関係者も多い。でも、この渓谷はもう何十年間もこうやって軍に使われている。もう犠牲にさせなくてもいい」 
「君たちの家族や親族にも軍の関係者は多いだろう。私の父も退役軍人だ。だが、この渓谷は戦争が終わっても何十年も基地として使われ続けている。『Enough Is Enough(もうたくさんだ)』。軍はこの土地を回復させ、ハワイの人々に返さないといけない」
ビンセントさんの言葉に、まっすぐなまなざしで耳を傾ける生徒たち。風に揺れる黒髪、漆黒の瞳、褐色の肌。沖縄の子どもたちを思い出し、なぜか涙が出そうになりました。施設内にある遺跡を囲み、聖域への感謝を伝える儀式を執り行う中、ハワイアンの歌が歌われました。サトウキビを杖のように持ち、石積みに水をかける姿。力強く、厳かな歌声。渓谷から神様が見守っているような気持ちにも、まるで沖縄のウガン(御願)を見ているような気持ちにもなりました。
陸軍の担当者から、渓谷内に埋まる不発弾の危険性や、渓谷内にある遺跡と軍による文化財調査の説明を受けます。そして、たどり着いた小さな広場。生徒たちは木陰に腰掛け、公立学校の教科書の「アメリカの歴史」には描かれていない、ハワイアンから見た「ハワイの歴史」を学びました。講師は「これがあなたたちの歴史であり、誇るべきもの」と語り掛けます。
生徒の1人、マクイ・ヘイリーさん(15)は「ハワイアンの文化がどれだけ素晴らしく、そして今まで私たちがどれだけそこに気付いていなかったか、ということを考えさせられた。なぜハワイにこんな歴史があり、そして今、何が起こっているのかを、もっと意識をすべきだと思った。なぜなら、それは私たちの未来につながることだから」と感想を教えてくれました。
まるで研究施設 考古学、文化人類学の専門家がずらり
陽気な陸軍の広報官、デニスさんは丁寧にマクア渓谷での軍の取り組みを教えてくれました。「軍の最大の優先事項は、いつでも戦える状態であること、レディネス(即応性)だ。 いつでもベストな装備と、ベストな訓練を受けて、厳しい状況に対応しなければならない。消防士や警察官と同じだ」
だからこそ、必要な訓練を可能にするために、地域住民との関係は非常に重要だと強調するデニスさん。「訓練地域を制限したり、文化財や自然資源を守ったりするために、われわれは何百万ドルもハワイに投入している。コミュニティーとの関係や透明性を大事にしている。そのためにも、住民たちと時間をかけて前向きな対話をしてきたし、軍の活動についての情報を共有している。われわれに秘密はない」
陸軍の施設・基地がある地域では、軍の高官と地域のリーダーたちとの評議会も構成しています。軍側からは、訓練の計画やそれに伴う騒音や飛来予定の航空機などの情報を提供、地域側からは住民らの懸念や要望などを伝え合います。学校や地域行事への軍のボランティア参加も盛んとのこと。
デニスさんがぜひ見せたいと、数日後にスコフィールド・バラックス基地内の文化財・自然資源プログラムの施設に案内してくれました。ハワイの陸軍駐屯地は、軍の戦略目標を達成するために、自然環境やインフラ、施設、地域との関係などのサステイナビリティ(持続可能性)を掲げ、各種プログラムに取り組んでいるのです。
文化財保護プログラムのオフィスには、考古学や文化人類学の専門職員らがずらり。まるで研究施設のように、発掘された先史時代の石器や釣り具などが保存されています。陸軍が文化財保護や研究にしっかり人と予算をかけている、ということは同時に、これだけの遺跡、遺物の上に、軍事基地が造られ、占拠している、ということでもあります。ハワイ米陸軍の司令官、ステファン・ドーソン大佐も直々に現れ、いかに陸軍がハワイの自然・文化財保護に努め、州政府や学校、地域住民らと連携しているかを熱心に説明しました。
マクアの自然保護に400万ドル!
続いて、自然資源保護プログラムの施設に移動。ビニールハウスには、青々とした草木が茂っています。絶滅危惧種の動植物の保護、生育などに取り組み、こちらもまるで研究機関のよう。マクア演習場には、少なくとも絶滅危惧種が44種生息し、陸軍はマクアだけでも年間約400万ドル(約4.4億円)をかけてその保護に取り組んでいます。生物学者のポール・スミスさんは「ハワイは非常に独自の自然があり、陸軍の自然保護プログラムでも最も高額な予算を自然保護にかけている。われわれは軍の訓練を支えるため、軍の施設や活動、訓練が絶滅危惧種にダメージを与えないよう、影響を減らす活動に取り組んでいる」と話します。
射撃訓練などで火災を起こさないこと、絶滅危惧種を保護することが重要な活動で、例えば、訓練場間の武器や車両などの移動の際に外来種などを持ち込まないよう、きちんと洗浄するなど、日頃の予防策も徹底しているそうです。ビニールハウスは万が一、演習場内で植物にダメージを与えてしまった場合の「保険」として、野生の植物の一部を移植、丁寧に管理しながら育てています。建物の中には、大きな冷凍冷蔵庫があり、種がぎっしり。こちらも絶滅の危険がある植物を絶やさないように、種子を適切な温度で保管しているといいます。
さて、沖縄では…
実は、陸軍のマクア演習場のほかに、オアフ島東部のカイルア湾、カネオヘ湾の間にあるハワイ海兵隊基地(以前の名称は「カネオヘ基地」)にも取材を申し込みましたが、担当者から日程が合わないことを理由に見学はできず、メールだけのやりとりになりました。そのことをデニスさんに話すと「海兵隊と陸軍は文化が違うからね。陸軍は隠すことはないし、透明性を大事にしているよ」とジョークを交えながら笑っていました。
その海兵隊も、陸軍と同様、ハワイの各地域との関係を重要視しています。ハワイ基地のホームページには「騒音の懸念」といった項目があり、住民らが軍に対し、米軍機の騒音への苦情を直接訴える仕組みがあります。ホームページには、垂直離着陸輸送機MV22オスプレイをはじめ、CH53ヘリなど、各機体の名称と写真を掲載し、日時やどんな騒音が聞こえたかなどを詳しく書き込め、基地の担当窓口に直接電話できるホットラインもあるのです。
各地区の学校や商工会の代表、退役軍人らと、基地の司令官らで構成する民間軍事評議会は約30年前からあり、毎月、意見交換するほか、騒音の悪化が懸念される訓練や航空機の飛来がある場合は、会合などを通して、事前に地域住民に伝えるそうです。
ハワイと沖縄。もともとは独立国だったこの2つの場所がたどった歴史は似ています。アメリカ統治以来、土地や言葉を奪われて、アメリカへの同化政策が進められたハワイ。琉球王国として栄えたものの、1609年の鹿児島の大名・島津家(薩摩藩)によって江戸幕府に武力併合され、1879年の「琉球処分」で日本の1県になった沖縄。ハワイも沖縄も現在、多くの観光客が訪れるリゾート地である一方、米軍基地が大きく占めるという姿もそっくりです。
日本人が知らない世界の先住民族 国連フォーラムが“沖縄”で踊った! ◇アメリカから見た! 沖縄ZAHAHAレポート(10)
https://ryukyushimpo.jp/style/article/entry-716269.html
ただ、米軍の地域住民に対する姿勢や環境保全の取り組みは大きく違います。沖縄では、米軍の訓練や米軍機の騒音について、地域住民が直接確認したり、苦情を伝えたりする仕組みはありません。訓練情報も市町村には直前にしか知らされません。知らされていないこともたくさんあります。
ジュゴンをはじめ、絶滅危惧種262種を含む5300以上の海洋生物の生息が確認されている名護市辺野古の海を埋め立てて、日米両政府は海兵隊普天間飛行場の代替施設として新しい基地を造ろうとしています。米空軍嘉手納基地周辺や普天間飛行場周辺では、発がん性などのリスクが指摘される有機フッ素化合物PFOS・PFOAが高濃度で検出されています。基地跡地のサッカー場の舗装工事中に、地中からダイオキシン類などの有害物質を含むドラム缶が大量に発見されたこともありました。米軍基地から派生する環境汚染や自然破壊、事故や騒音など、人々の生活の質(QOL)や安全を脅かすことは枚挙に限りがありません。
米国内の州であるハワイと、日本国内の県である沖縄という大きな違いがあるなら、なぜ米軍は自分たちの国では守っているルールや取り組みを、日本では守らなくてもいいのでしょうか?なぜ、日本は米軍にルールを守らせることができないのでしょうか。
「『Enough Is Enough(もうたくさんだ)』。軍はこの土地を回復させ、ハワイの人々に返さないといけない」。
「なぜハワイにこんな歴史があり、そして今、何が起こっているのかを、もっと意識をすべきだと思った。なぜなら、それは私たちの未来につながることだから」。
マクア渓谷で聞いた言葉が頭をぐるぐる回りながら、ハワイと沖縄、景色や子どもたちの顔が重なるのです。
 座波幸代(ざは・ゆきよ)  政経部経済担当、社会部、教育に新聞を活用するNIE推進室、琉球新報Style編集部をへて、2017年4月からワシントン特派員。女性の視点から見る社会やダイバーシティーに興味があります。
https://ryukyushimpo.jp/style/article/entry-820934.html

シンポ「なぜ、(京大への)琉球遺骨返還請求訴訟を闘うのか-学知の植民地主義を問い、琉球人の尊厳回復を目指して」深草駅

2018-10-11 | ウチナー・沖縄
レイバーネット 2018/10/12
第16回公開シンポジウム(京都開催)
「なぜ、琉球遺骨返還請求訴訟を闘うのか―学知の植民地主義を問い、琉球人の尊厳回復を目指して」
「東アジア共同体・沖縄(琉球)研究会」は、2017年6月に札幌において第6回公開シンポジウム「反差別・反ヘイト・自己決定権を問う」、同年12月に京都において第10回公開シンポジウム「東アジアにおける琉球人遺骨返還問題」をそれぞれ開催し、琉球人とアイヌが直面する差別、植民地主義そして遺骨返還という自己決定権行使の可能性等について議論し,日本の植民地主義を批判した。さらに2018年1月、琉球大学において本研究会は「琉球人・アイヌ遺骨返還問題にみる植民地主義に抗議する声明文」を決議し、関係方面に送付した。これまでの議論を踏まえ、「琉球遺骨返還請求訴訟」に関する公開シンポジウムを開催する。学知の植民地主義を問い、遺骨返還と再風葬の正当性を明らかにし、本件に関する訴訟の必要性について議論を行う。多くの皆様方のご参加をお待ちしています。
【期日】2018年10月12日(金)18:30~21:00(開場18:00)
【会場】龍谷大学深草校舎和顔館B-103教室
【参加費】非会員のみ500円(資料代として)※事前申し込みは不要です。
【プログラム】
Ⅰ はじめに (18:30〜18:35)
  原田太津男(龍谷大学教授、日本平和学会理事、本研究会執行委員) 
Ⅱ 基調報告:「なぜ、琉球遺骨返還請求訴訟を闘うのかー学知の植民地主義を問い、琉球人の尊厳回復を目指して」(18:35~18:55)
  松島泰勝(龍谷大学教授、琉球民族遺骨返還研究会代表、本研究会共同副代表)
Ⅲ シンポジウム(19:00~21:00)「琉球人遺骨を巡る、学知の植民地主義と信教や人格の尊厳について」
 司会 川瀬俊治(ジャーナリスト)
【パネリスト】各20分
・ 山内小夜子(真宗大谷派解放運動推進本部委員)
・ 冨山一郎(同志社大学教授、同志社大学〈奄美・沖縄・琉球研究センター〉代表)
・ 丹羽雅雄(たんぽぽ総合法律事務所代表、弁護士)
・ 出原昌志(アイヌ・ラマット実行委員会共同代表)
・ 松島泰勝
総合討論(20:30〜20:55)会場からの発言
Ⅳ 総括 20:55〜21:00 原田太津男
※お問い合わせ先:
【事務局】ご不明な点等がございましたら以下までお願いいたします。
松島泰勝080-9126-4554、matusima345@gmail.com
http://www.labornetjp.org/EventItem/1538981387080ylaur

危機言語・方言 継承課題考える 来月、宮古島大会

2018-10-08 | ウチナー・沖縄
沖縄タイムス 2018年10月7日 15:00
 2018年度「危機的な状況にある言語・方言サミット」宮古島大会が、11月24日午前10時から、宮古島市のマティダ市民劇場である。入場無料。主催は文化庁や県など。
 2009年ユネスコの危機言語マップに記載されたアイヌなど8地域と、東日本震災によって影響を受けた八戸から関係者が集い、継承活動や課題などを話し合う。
 国立国語研究所の田窪行則所長の基調講演の他、北欧サーミ語、アイヌ語、宮古の言葉の若い継承者による提言などがある。 
 主催地の宮古島市のしまくとぅばによるパフォーマンスなどもある。
 文化庁ホームページhttp://www.bunka.go.jp/seisaku/kokugo_nihongo/kokugo_shisaku/kikigengo/summit/1409447.html
で詳細なプログラムを公開している。 
http://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/326463

青い湖と辺野古の海

2018-09-22 | ウチナー・沖縄
宮崎日日新聞2018年9月21日
 アメリカ先住民のタオス=プエブロ族の悲劇は20世紀初頭、世界中に愛好者がいる「テディベア」のエピソードで知られるセオドア・ルーズベルト大統領の時代に始まった。
 先祖伝来の土地は何の協定も説明もなく突然、米国政府に奪われた。とりわけ神聖な場所とされ「青い湖」と呼ばれていた山上の湖も国有林区に編入された。聖地を取り戻すための先住民による戦闘が繰り返され、血が流れた(本多勝一著「アメリカ合州国」)。
 沖縄は今、翁長雄志知事の急逝に伴う県知事選のさなかにある。米軍普天間飛行場の辺野古への移設の是非が問われ、移設推進へ完全決着を狙う安倍政権側と阻止に向けて「背水の陣」で臨む反対派や野党による総力戦が行われている。
 知事選後に工事を急ぎたい政権は、移設問題の争点外しをもくろむ。候補者には辺野古の「へ」の字も言わせない作戦。反対派は翁長氏の弔い合戦に持ち込み勢力の結集を図るが頼みの「オール沖縄会議」から有力企業や財界人の脱退が相次ぐなど不安材料を抱える。
 テディベアのモデルになったのは猟犬にしつこく追われ、すっかり弱った熊。狩猟中のルーズベルト大統領がさすがに哀れんで、見逃したという。アメリカ先住民から土地を奪い、容赦なく弾圧した大統領だったが熊には情けをかけた。
 青い湖を辺野古の海に置き換えればタオス=プエブロ族の悲劇と似た構図になる沖縄の現状だ。移設推進派は沖縄の反対派が疲れ、弱るのを待っているようにも思える。せめて小ざかしい争点隠しはやめて正面から辺野古を問うてほしい。
http://www.the-miyanichi.co.jp/kuroshio/_34557.html

総裁選後、首相に次なる懸案…沖縄県知事選 中国メディアの主張と重なる「オール沖縄」

2018-09-13 | ウチナー・沖縄
夕刊フジ 2018.9.12
★(2)
 自民党総裁選(20日投開票)で、安倍晋三首相(総裁)が「連続3選」を果たした直後の懸案に、30日投開票の沖縄県知事選がある。結果次第では、政権運営に困難が伴う。知事選の隠れた最大の争点は、米軍普天間飛行場(宜野湾市)の名護市辺野古への移転工事を、継続するか中止するかだ。
 沖縄県は8月に逝去した翁長雄志知事が、仲井眞弘多前知事時代に許可した辺野古沿岸の埋め立て承認の撤回を決め、政府と対立している。翁長氏の後継者として出馬表明をした自由党の玉城デニー幹事長が当選すれば対立は続き、日米関係にも影響が及ぶ。安倍首相はじめ与党は流れを変えるべく、前宜野湾市長の佐喜眞淳(さきま・あつし)氏を支援している。
 沖縄では、在日米軍が沖縄に集中していることをもって「本土は沖縄に基地を押し付けている」とし、そこから「沖縄は本土から差別されている」という「構造的差別論」という考えが一部にある。
 そこから、「琉球民族は沖縄の先住民族である」とか、「琉球独立論」という考えもある。中国の官製メディアなどが近年主張する「琉球回収、沖縄解放」(=琉球を回収して沖縄を解放せよ)と重なるが、翁長氏を支援してきた左翼陣営主軸の「オール沖縄」の辺野古移設反対の背景にある主張でもある。
 確かに、在日米軍は沖縄に集中している。が、「差別」ではなく、沖縄の地理的要因によるところが大きい。沖縄は古くから日本の一部であり、系統上も「琉球民族」は存在しない。沖縄方言は古い日本語であり、独立言語ではない。日本が統治した朝鮮半島とは本質的に異なる。
 この自明と言っていい事実が意外に知られていない。その結果、沖縄で「構造的差別論」や「琉球独立論」が台頭し、本土の一部でも「沖縄は日本から出ていけ」との主張がなされる。不毛な対立であり、沖縄は「琉球」として回収したい中国には都合がよい。
 第二次世界大戦では沖縄で米軍と約3カ月にわたって壮絶な戦闘が行われ、おびただしい数の尊い命が失われた。沖縄県民の死者・行方不明者は12万2228人。うち民間人は9万4000人。実に人口の25%もが犠牲になった。
 米軍は、沖縄戦を本土上陸戦の前哨戦と位置づけた。沖縄を攻略し、軍事拠点を作って、本土上陸戦を展開しようとした。硫黄島と同じ構図だ。
 一方、日本軍は本土上陸戦を阻止するために、沖縄戦を長引かせようとした。実際、米軍は1カ月で攻略できると考えていたが、3カ月に及んだ。米軍でも多くの戦死者が出た。結果、米軍は本土上陸戦を諦めた。本土を守るために行われたのが沖縄戦だった。
 ■八木秀次(やぎ・ひでつぐ) 1962年、広島県生まれ。早稲田大学法学部卒業、同大学院政治学研究科博士課程中退。専攻は憲法学、思想史、国家論、人権論。第2回正論新風賞受賞。高崎経済大学教授などを経て現在、麗澤大学教授。教育再生実行会議委員、法制審議会民法(相続関係)部会委員、フジテレビジョン番組審議委員、日本教育再生機構理事長など。著書に『憲法改正がなぜ必要か』(PHPパブリッシング)、『公教育再生』(PHP研究所)など多数。
https://www.zakzak.co.jp/soc/news/180911/soc1809110012-n1.html

<社説>国連の沖縄基地勧告 政府は差別政策改めよ

2018-09-04 | ウチナー・沖縄
琉球新報 2018年9月3日 06:01
 過重な米軍基地負担によって県民が差別的処遇を受けていることを国際社会が認めた。
 国連人種差別撤廃委員会が、米軍基地の沖縄集中を差別の根拠として挙げ、沖縄の人々の権利を保護するよう日本政府に勧告した。
 勧告に法的拘束力はないが、実情を真摯(しんし)に受け止め沖縄に寄り添った内容だ。世界標準で見ても、政府の新基地強行がいかに理不尽であるかが改めて浮き彫りになった。
 政府は勧告を受け入れ、直ちに辺野古の新基地建設を断念し、沖縄に対する差別政策を改めるべきだ。
 国連の勧告は、沖縄の人々を先住民族と認め、米軍基地に起因する米軍機事故や女性への暴力が多発していることに懸念を示した。加えて「女性を含む沖縄の人々の安全を守る対策を取る」「加害者が告発、訴追されることを保証する」などの取り組みを日本政府に求めている。
 だが、政府の反応は冷淡だ。今回の勧告を受け、官邸筋は「国連の委員会と言ってもメンバーは各国の代表者でない」と突き放している。
 審査の過程でも、政府は「沖縄の人々は日本国民としての権利を全て保障されている」と強調し、辺野古移設を進めることが基地負担軽減になると強弁していた。
 国土面積の0・6%しかない沖縄に在日米軍専用施設面積の70%が集中し、米軍絡みの事件事故が相次ぐ状況は、まさに異常である。他の46都道府県のどこにあろうか。
 安倍晋三首相は2月に、沖縄の基地の県外移設が実現しない理由について「移設先となる本土の理解が得られない」と発言した。
 戦後70年余も米軍基地に反対し続けてきた沖縄の訴えには一切耳を貸さず、本土の「民意」にはすぐに理解を示す。これを差別と言わずして何と言おう。
 国連は沖縄への基地集中について何度も指摘してきた。
 08年には琉球民族を先住民族と初めて公式に認めた。09年には国連教育科学文化機関(ユネスコ)が沖縄固有の民族性を認め、歴史、文化、伝統、琉球語の保護を求めた。
 10年には人権差別撤廃委が「基地集中は現代的な形の人種差別だ」と認定し、沖縄の人々の代表者と幅広く協議するよう勧告した。
 しかしこの間、日本政府は勧告を受け入れてはいない。むしろ逆に、沖縄に対する圧政の度合いを強めている。
 12年には全市町村長・全議会の反対を押し切ってオスプレイを強行配備した。東村高江や名護市辺野古の基地建設では公権力を過剰なほど大量投入し、抗議を押さえ込んだ。
 新基地が争点となった各種選挙や県民大会など、あらゆる機会を通して県民は民意を示してきた。
 政府は国際社会の指摘に頰かむりせず、きちんと向き合うべきだ。県民の人権、自己決定権を踏みにじることは許されない。
https://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-795585.html

国連が「沖縄への基地集中は差別」と日本政府に勧告! 沖縄の民意を無視し辺野古移設強行する安倍政権に国際社会もNO

2018-09-02 | ウチナー・沖縄
リテラ 2018.09.01
『戦う民意』(KADOKAWA)
 昨日8月31日、沖縄県が辺野古の埋め立て承認を撤回する通知書を沖縄防衛局に提出した。今月8日に死去した翁長雄志知事が7月に承認撤回の手続きに入ったことを発表していたが、これは翁長氏の遺志であると同時に、前回知事選で県民が翁長氏に託した「辺野古新基地反対」という意思だ。
 政府は撤回の執行停止を申し立てる方針だといい、沖縄の民意を踏みにじる政治姿勢をあらためる様子はまったくない。だが、こうした政府の姿勢に、国際社会が厳しい目を向けている。8月30日、国連の人種差別撤廃委員会は日本の人権状況と政府の取り組みをまとめ、勧告を公表。同委は米軍基地の問題を「沖縄への差別問題」「沖縄の人権問題」として取り上げたのだ。
 まず、今回の勧告では、同委や他の人権機関から琉球・沖縄の人びとを「先住民族」と認めて権利の保護するよう勧告を受けてきたにもかかわらず、政府がその勧告を受け入れていない状況への懸念を示した上で、こう続けている。
〈米軍基地の存在により、民間地域での米軍機の事故に関して琉球・沖縄の人びとが直面している課題のみならず、沖縄の女性に対する暴力の報告にも懸念している〉
〈当委員会は、女性を暴力から守ることを含め、琉球・沖縄の人びとに適切な安全と保護を確保し、加害者に対する適切な起訴と有罪判決が確実になされることを締約国が保証するよう勧告する〉(翻訳は編集部による)
 米軍機の事故や繰り返され続けている女性への暴力に対して、日本は適切に対応するように──。ご存じの通り、沖縄では米軍機の墜落事故をはじめ、小学校や保育園への落下物事故が相次いでいる。さらに2016年には米軍属の男による女性殺害・死体遺棄事件も起こった。だが、こうした事故・事件が発生しても、安倍政権はまったくと言っていいほど対応策を取ってこなかった。これを国連は問題視しているのだ。
 しかも、この勧告では、〈加害者に対する適切な起訴と有罪判決が確実になされることを締約国が保証する〉ことを求めている。これは殺人などの凶悪事件やヘリ墜落などの大事故が起こっても日米地位協定に阻まれて捜査の主導権すらもてない状況を指摘するもので、つまりは不平等極まりない日米地位協定の見直しに向けた取り組みをおこなうよう、日本政府に要求していると言っていい。
 そもそも、同委では2010年にも沖縄への米軍基地の集中について「現代的な形の人種差別」と認定、「沖縄における不均衡な米軍基地の集中が住民の経済的、社会的、文化的権利の享受を妨げている」と指摘し、適切な対策を取るよう勧告していた。だが、日本政府はこうした沖縄の状況に対する勧告に対してことごとく聞く耳をもたず、時に開き直って正当化してきた。
 実際、国連人権理事会の特別報告者であるデービッド・ケイ氏は昨年、辺野古の新基地建設反対運動をリードしてきた沖縄平和運動センター・山城博治議長が逮捕・長期拘留されたことについて「不均衡な重い罪を科している」「抗議行動を萎縮させる懸念がある」と指摘。ケイ氏を含む3名の専門家らは日本政府に懸念を示した文書を送っていたが、日本政府の回答は「適切に対応した」「主張は完全に間違っている」というふてぶてしいものだった。
 そして、政府は沖縄を無下にするだけでなく、沖縄の状況を世界に発信した翁長知事にも刃を向けた。
http://lite-ra.com/2018/09/post-4222.html

沖縄への基地集中は「人種差別」 国連が日本政府に勧告

2018-09-01 | ウチナー・沖縄
琉球新報 2018年8月31日 09:56
 国連人種差別撤廃委員会は30日、対日審査の総括所見を発表した。日本政府に対し、沖縄の人々は「先住民族」だとして、その権利を保護するよう勧告した。米軍基地に起因する米軍機事故や女性に対する暴力について「沖縄の人々が直面している課題」と懸念を示した。その上で「女性を含む沖縄の人々の安全を守る対策を取る」「加害者が適切に告発、訴追されることを保証する」ことなどを求めた。同委員会が勧告で、差別の根拠として米軍基地問題を挙げたのは2010年以来。
 同委員会は10年、沖縄への米軍基地の集中について「現代的な形の人種差別」と認定し、差別を監視するために沖縄の人々の代表者と幅広く協議するよう勧告した。14年の前回勧告は基地問題に言及しなかったが、今回は再び言及した。
 今回の総括所見は、日本政府が沖縄の人々を先住民族と認めていないことに懸念を示した。「琉球(の人々)を先住民族として認め、その権利を守るための措置を強化する立場を再確認すること」を勧告した。
 総括所見は16、17の両日にスイス・ジュネーブの国連欧州本部で開かれた対日審査の結果を踏まえ、まとめられた。
https://ryukyushimpo.jp/news/entry-794147.html

沖縄返還の交渉人描く 柳川強さん

2018-07-14 | ウチナー・沖縄
毎日新聞2018年7月12日 東京夕刊
 1960年代の沖縄返還交渉の最前線に立った実在の外交官、千葉一夫を描いた映画「返還交渉人 いつか、沖縄を取り戻す」が東京、沖縄など5都県で上映中だ。昨年NHKBSプレミアムで放送されたドラマの再編集で「最大の違いは音。ぜひ体感してほしい」と監督を務めたNHKディレクター、柳川強さん(54)は話す。
 取材のため、米軍嘉手納基地(沖縄県嘉手納町など)前でタクシーを降りた途端、低空飛行でぐわーっと爆音を立てて戦闘機が現れた。「殺されるかと思った。その夜は寝られなかった」。映画では60年代のB52の資料映像を使用するなど、リアル感にこだわった。
 千葉は琉球政府主席の要望を受け、米側が拒む「核抜き本土並み」返還にこだわった。しかし、日米両政府は密約を結び、米軍基地縮小も沖縄より本土が優先された。物語は最後まであきらめない千葉の姿で幕を閉じる。「自分自身もそういう心を持ち続けたい」。柳川さんが映画に込めたメッセージだ。【上野央絵】
https://mainichi.jp/articles/20180712/dde/014/070/006000c

ジュゴン訴訟 民主主義に期待 実質審理、判事は熟考姿勢 「米裁量権」か「地元との協議」か

2018-07-09 | ウチナー・沖縄
琉球新報 2018年7月8日 12:37
 「法の趣旨にのっとり、意思決定に地域住民との協議が必要であることを明確に説明できたと思う」
 絶滅危惧種ジュゴンを守るため、日米の環境保護団体が米国防総省を相手に名護市辺野古の新基地建設工事の差し止めを求めたジュゴン訴訟。2003年の提訴後、初めての実質審理となる差し戻し審の公開審理が6月28日、関係者が見守る中、米サンフランシスコ連邦地裁で開かれた。結審後、原告代理人のサラ・バート弁護士(環境法律保護団体アースジャスティス)はほっとした表情を見せ、手応えを語った。
■二重基準
 工事がジュゴンに与える影響について、国防総省が米国家歴史保存法(NHPA)に基づいて地元関係者と協議するなど「考慮する」手続きの要件を満たしていたかどうかが争点だ。
 原告団によると、米国外で適用される同法の402条について争う訴訟は史上初。国内で適用される106条と異なり、402条には手続きの過程における「協議」などの詳細は規定されていないが、双方とも事業が与える影響について「考慮する」手続きを定めている。このため原告団は「考慮する」内容として「協議」を402条にも適用すべきだと主張した。
 バート氏は「法の下、米政府は地域社会との協議が義務付けられている。例えば、政府がハワイの聖地に基地を造る際、『ハワイ先住民と話し合うつもりはないが、ハワイ大学の人類学者と協議する』と言っているようなものだ」と、国防総省の二重基準を指摘する。
 県や地域住民との協議が行われていない上、同省が有識者らに対して聞き取りを実施したジュゴンの文化的価値調査は基地建設の影響について触れていないと、手続きの不備を指摘した。
■重なる日米の姿勢
 これに対し、国防総省代理人のマーク・ハーグ弁護士は「日本政府や委託したコンサルタントを通じて地元関係者と協議した」「沖縄県教育委員会とも協議した」と、手続きの正当性を主張。402条の解釈は国防総省に裁量権があり、原告が要求する地域社会との協議は「要件」ではないと繰り返した。だが、エドワード・チェン判事に具体的な協議内容を質問されると、「日本政府との同盟関係があり、外交問題に関わる」と言葉を濁した。「同盟関係」を理由に、地域社会への説明を避ける姿は日本政府と重なった。
 チェン判事は15年2月、同訴訟を日米両政府の「政治的問題」と国防総省側の主張を受け入れ、訴えを棄却した経緯がある。だが、今回の審理は1時間半にわたり原告、被告双方に積極的に質問し、熟考する姿勢が見られた。
 国防総省による「裁量権」や「外交問題」の主張を認めるのか。それとも、新基地建設は「ジュゴンに悪影響を与えない」とする国防総省の現行手続きと結論を違法とみなし、米国内と同様の地域社会との協議を求めるのか。判例のない402条に対するチェン判事の判断が注目される。
 審理前の集会でマイクを握って「沖縄を返せ」を歌った原告の真喜志好一さんは「裁判所の敷地内でこうやって歌い、踊り、集会を開ける米国の民主主義に期待したい」と判決に望みを託している。
https://ryukyushimpo.jp/news/entry-757493.html