ベラルーシで開催された原子力被害の勉強会から
JBpress-2015.10.28(水) 森田 知宏
ウクライナ・チェルノブイリ原発の原子炉建屋を覆うために建設が進められている新シェルター。(2015年5月1日撮影)〔AFPBB News〕
9月21日から25日にベラルーシで開催された原子力災害の勉強会に参加した。この勉強会の主催者は、フランスのCEPN、ベラルーシのRIR、ヨーロッパのNERISという団体である。
CEPNはEDF(フランス電力会社)、IRSN(フランス放射線防護・原子力安全研究所)、CEA(フランス原子力庁)、AREVA(フランスにある世界最大の原子力産業企業)が出資して1976年にできたNPOである。
つまり、フランスの原子力業界が出資するNPOである。対して、RIRはベラルーシの政府機関である災害対策省の下部組織であり、チェルノブイリ原発事故の対策を目的としている。
NERISは、欧州の放射能災害や復興の計画・対策の向上のために2010年に設立された、55の原子力関係団体が加入するプラットフォームである。
先住民族の文化が破壊される恐れ
このグループはこれまでにも、原子力発電所の事故があった地域、原子力災害の影響が残る地域での勉強会を行っている。例えば、昨年にはノルウェーのトロムセという場所で開催された。
ノルウェーにはチェルノブイリ原発事故後に飛散した放射性物質が降り注いだ地域がある。現在でも、野生のトナカイやキノコ、ベリー類を中心に放射性汚染が残存している。
このトナカイの肉を年間15~20キロも摂取するのがサーミ人だ。サーミ人はラップランドと呼ばれるスカンジナビア半島北部に住む遊牧民である。
13世紀頃、ゲルマン民族の国々がノルウェー、スウェーデンなどの国家を形成すると、その支配下に置かれ、その後の先住民族軽視の風潮の中でサーミ文化は衰退傾向にある。
近年になり、観光資源、文化保護の観点からサーミ文化が見直されている。そのため、トナカイによる内部被曝が問題となっても、彼らの食生活を大幅に変えることは困難だ。
トナカイはサーミ人にとって衣食住の中心であり、トナカイを失うことは、文化を破壊し、アイデンティティを奪うことにつながる。
ノルウェーの原子力当局は、ゆるやかな食事制限を行いながら、健康診断などを行っている。幸い、当局の努力の成果かは不明だが、サーミ人にがん発生率が高いというデータは現時点で出ていない。
今回の勉強会のテーマは、「Late Phase Nuclear Accident Preparedness and Management」、つまり、長期的な原子力災害への準備と管理、であった。
私は、福島県相馬市で勤務する医師である。チェルノブイリから30年経過したいま、現地でどのような問題が起きているか、そしてそれをどのように福島へ生かすことができるか、を考えるために勉強会へ参加した。
原発依存国と被害国の集まる会
様々な国からの参加者がいたが、所属国は大きく2つに分けられる。
まずは、原子力エネルギーに依存する国である。フランス(77% 1位)は有名だが、チェコ(35% 8位)、スロバキア(55% 2位)は分離以前から原子力政策を進めていたし、スペイン(21% 11位)、英国(20% 12位)なども原子力発電に依存する割合が高い。
上記カッコ内の数値は2012年国際エネルギー機関(IEA)資料より得た、全発電量のうち原子力発電の占める割合とその世界順位である。
日本は福島第一原子力発電所事故後の原発稼働停止によって、割合は1%、順位は18位となっている。上記に挙がるいずれの国もエネルギー資源に乏しく、エネルギー自給率を高めるのに原子力発電を求めた点で共通している。
もう一方は、原子力災害の影響を受けた国である。例えば、ノルウェーは北海油田を抱える原油輸出国であり、自国内に原子力発電所を持っていない。しかし、先述の通りチェルノブイリ原発事故の影響を受けた。
もう1つ、アイルランドも同様に原子力発電所はないが、アイリッシュ海対岸にある英国のウィンズケール原子炉(マイナスイメージが強いため、現在はセラフィールドに改名)が1957年に火災事故を起こし、その後もたびたび放射性廃液の流出事故を起こしている。そのため、魚介類の放射線測定や漁民の健康調査を1982年から現在まで継続している。
つまり、この勉強会は「原発に依存する国」と、「原発から被害を受けた国」の関係者が集まる会だと言える。
そもそも主催側も、原子力業界とつながりの深いCEPN、チェルノブイリ事故対策を行ってきたRIRであり、それを反映していると言えるかもしれない。
勉強会の開催地であるベラルーシは、被災国でありながら原子力発電所を建設中である。当然国民の反対は大きいが、それを押し切ってまで建設するのは、ロシアとのエネルギー問題が関係している。
ベラルーシは親露国だが、石油、天然ガスを巡ってたびたび争いを起こしている。2007年には、関税を巡る争いにより、ロシアがベラルーシを通る石油パイプラインの供給を止めてしまった。
ロシア依存を下げるために原発推進
その結果、パイプラインを使うEU諸国へのエネルギー輸送まで滞り、国際問題に発展した。同様の問題はたびたび起きているが、資源供給側であるロシアの立場が強い。したがって、ロシア依存のエネルギーから脱却するために、原子力発電所建設に踏み切ったのだ。
ロシアとのエネルギー問題は欧州共通の問題である。特にウクライナ危機以来、防衛上の観点からも脱ロシアの流れは加速しており、原子力発電推進の機運が高まっている。
例えばバルト三国の1つリトアニアでは、福島第一原発事故後に頓挫していた原発建設計画が2014年7月になってから再開されている。
今回の勉強会の代表者はICRPの委員も務めるジャック・ロシャール氏だ。もともとは経済学を専攻し、3年間教師として勤務した後、フランス原子力防護評価研究所に入り、現在はCEPNの所長を務めている。
福島第一原発事故後には福島を何度も訪れ、住民と交流をするなど、福島の原発事故への関心も高い。プログラムの中でも、日本に関する内容は2コマ用意されていた。
次回以降、勉強会の中で福島について考えたことを記したい。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/45094