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高まる沖縄の独立熱(新・帝国主義の時代)=佐藤優(その2)

2012-11-29 | ウチナー・沖縄
中央公論 11月27日(火)20時38分配信
 この時点から、森本防衛相は、沖縄に対する差別的政策を人格的に体現している人物と沖縄人によって受け止められるようになった。平たい言葉で言い換えると、沖縄の森本氏に対する目つきがきわめて悪くなったのだ。森本氏の発言が沖縄では直ちに政治問題になることを首相官邸を含む東京の政治エリート(国会議員、官僚)は認識していない。森本氏は、今回の集団強姦致傷事件について繰り返し「事故」であるという認識を示している。この森本発言に対して沖縄の世論は激昂している。十月二十二日付『琉球新報』は、社説で、森本氏を厳しく弾劾した。現下の沖縄と中央政
府の温度差を知るための格好のテキストなので全文を引用しておく。
〈防衛相「事故」発言 人権感覚を欠く妄言
 米海軍兵による集団女性暴行致傷事件を森本敏防衛相が繰り返し「事故」と表現している。これが国民を守るべき立場の閣僚の人権感覚か。妄言のそしりを免れない。
 通りすがりの女性を路上で暴行した行為は容疑通りなら、凶悪犯罪だ。蛮行を「事故」と矮小化し表現することで被害女性をさらに傷つけ、苦しめてしまうとの想像力は働かないのか。女性全体を侮辱する発言でもあり断じて許せない。
 いま国がやるべきことは、米軍に対して毅然とした態度で被害女性に対する謝罪や賠償、ケアを求めることであり、実効性ある再発防止策を打ち出させることだ。事件の重大性を薄めて国民の印象を操作することは、加害者側をかばうような行為であり言語道断だ。
 森本防衛相は、記者団から事件の受け止め方を聞かれ、「非常に深刻で重大な『事故』だ」と発言した。二度、三度繰り返しており、吉良州司外務副大臣も同様に使っている。米軍基地内外で相次ぐ性犯罪を米政府は深刻に受け止めている。これに比べ日本側の対応は浅はかとしか言いようがない。
 防衛相は、仲井真弘多知事の抗議に対し「たまたま外から出張してきた米兵が起こす」と発言した。
 しかし、在沖米軍の大半を占める海兵隊は6カ月ごとに入れ替わる。移動は常態化しており、「たまたま外から出張してきた」との説明は言い訳にすぎない。そのような理屈が成り立つなら「ローテーションで移動してきたばかりで沖縄の事情を知らない兵士がたまたま事故を起こした」といくらでも正当化できよう。防衛相は詭弁を弄するのではなく、無責任な発言を直ちに撤回すべきだ。
 復帰後、県警が認知しているだけでも127件の女性暴行事件が起きた。認知に至らず事件化していない事案も含めると女性の尊厳がどれだけ踏みにじられたことか。
 政府に警告する。米兵犯罪が後を絶たないため仲井真知事をはじめ多くの県民が、「諸悪の根源」は米軍の特権を認め占領者意識を助長している日米地位協定にあるとの認識を一段と深めている。
 県民からすれば凶悪犯罪を「事故」と認識する不見識な大臣、副大臣を抱えたことこそ「事故」だ。米兵犯罪や基地問題と真剣に向き合えない政務三役は、政権中枢にいる資格はない。日米関係を再構築する上でも害悪だ。〉
■■日本の政治エリートが持つ沖縄への差別意識
 森本氏は、「吉良外務副大臣をはじめ、政府高官の認識は同じはずなのに、なぜ私だけが執拗に攻撃されなくてはならないのか」という受け止め方をしていることと思う。繰り返すが、森本氏は沖縄人にとって中央政府のシンボルとなっている。森本氏の発言の背後にある日本の政治エリートが沖縄に対して持つ差別意識を沖縄の政治エリート、マスメディアは敏感につかみ取っているのである。
 差別が構造化されている場合、差別をする側は自らが差別者であるということを自覚しないのが通例だ。ソ連共産党中央委員会に勤務する民族問題を担当する幹部も、自らがリトアニア人、ラトビア人、エストニア人を差別しているなどという意識はまったく持っていなかった。民族紛争において、中央政府の政治エリートと異議申し立てをする民族の認識の非対称性は、よくあることだ。
 沖縄で現在進捗している事態は、第三者的に見ると民族紛争の初期段階だ。ロシア語に「ナロードノスチ(народность)」という言葉がある。日本語では「亜民族」と訳される。亜熱帯は熱帯ではないが、熱帯と似た特徴を持つ。亜民族も言語、文化など民族と似た特徴を持つが、民族に特徴的な、「われわれによって、われわれが居住する領域を統治する」という政治的欲望を持たない。ただし、状況によって、亜民族意識は民族意識に転換する。その転換の鍵になるのが亜民族の間で「われわれは虐げられている」という意識が共有されることである。
 中央のマスメディアではほとんど取り上げられていないが、七月三十一日、日本政府(担当は外務省)が国連人種差別撤廃委員会(CERD)の情報提供要請に応じ、〈日本政府は、この情報の提供により、普天間飛行場の辺野古移設計画は同飛行場の危険性の除去、沖縄の負担軽減及び我国の安全保障上の要請によるもの、また、高江地区ヘリパッド建設計画は土地の大規模な返還による沖縄の負担軽減及び我が国の安全保障上の要請によるものであり、両計画とも差別的な意図に基づくものでは全くないことを強調する。〉(外務省HP)と回答した。差別が構造化されている場合、差別者はその現実を認識していないのが通例だ。日本政府の主観的意図と差別の有無は別の位相の問題だ。
 この回答には、〈一般的に言えば、沖縄県に居住する人あるいは沖縄県の出身者がこれら(引用者註*人種差別撤廃条約の対象となる)諸特徴を有している、との見解が我が国国内において広く存在するとは認識しておらず、よってこれらの人々は本条約にいう人種差別の対象とはならないものと考えている。〉と記されている。「沖縄人が他の日本人と異なる独自性を持つ」という認識が拡大すれば、深刻な事態に発展するという危機意識を、外務官僚は明らかに持っている。
 大田昌秀元沖縄県知事(琉球大学名誉教授)が、〈沖縄から独立論も本格的に論議されるようになるだろう。独立すれば国連に加盟できる。沖縄より人口の少ない国はある。/国連の人種差別撤廃委員会が沖縄の基地集中を差別と認め、日本政府に勧告した。国連や米国に直接働き掛け、主体は沖縄にあるということを発信しなければならない。〉(十月十八日付『琉球新報』)と述べているが、沖縄の日本からの分離独立の危険性が現実に存在すると筆者は見ている。
■■沖縄は米国政府との直接交渉に乗り出した
 集団強姦致傷事件に対する外務省の動きも鈍かった。事件発覚当日、吉良州司外務副大臣がルース駐日大使に強い遺憾の意を表明し、再発防止を要請した。〈同省幹部は「本来なら起訴された後に米政府には要請するが、今回は悪質な事件なので要請した」と述べ、異例な要請であることを強調した。〉(十月十七日付『琉球新報』)が、これは小手先の対応に過ぎない。外務官僚がほんとうに今回の集団強姦致傷事件を悪質と考えているならば、フランスに訪問中の玄葉光一郎外相が米国のクリントン国務長官に電話をかけて抗議したはずだ。
 クリントン国務長官は、米兵の女性に対する人権侵害に対して厳しく対応する。初動の対応を注意深く観察すれば、外務省が集団強姦致傷事件を不良兵士による例外的事態として、米国の出先機関の責任者であるルース大使までの問題にとどめ、外相レベルで扱う深刻な外交問題にしないように腐心している姿が見えてくる。中央政府の対応に沖縄は不信感を強め、独自の行動を始めた。
〈仲井真知事は首相官邸での斉藤(引用者註*勁内閣官房副長官)氏への抗議後、記者団に対し「地位協定では米兵は公務中に日本の法律は守らなくていいとなっており、若い兵士がいろんな行動をしてしまう」と地位協定改定の必要性を強調。/運用改善で対応するとの従来の政府の姿勢に対し「(運用改善は)米軍がいやだと言えば何も運用されず、ご自由にということと同じ。その程度の話で米軍基地が維持されるわけはない」と強い言葉で反論した。/仲井真知事は17日、今週末に予定している訪米で、日米地位協定の見直しを米政府関係者に直訴する考えを明らかにした。〉(十月十八日『沖縄タイムス』電子版)
 ここで重要なのは、仲井真知事が、当事者意識を欠く日本政府に対して見切りをつけて、米国政府と直接交渉に乗り出したことだ。「中央政府の政治エリートがわれわれ沖縄人を同胞とみなさないならば、われわれもあなたたちを同胞と考えない。もはや日本の安全保障のために、沖縄が犠牲になるつもりはない」という沖縄の世論に忠実に従った行動を仲井真知事はとっている。ワシントンでホワイトハウス、国務省、国防総省の幹部に沖縄の置かれた状況について直訴することによって、仲井真知事は突破口を開こうとした。
 十月二十七日付『沖縄タイムス』電子版は、〈沖縄の基地問題の解決の在り方を探る県主催のシンポジウム出席や2米兵による暴行事件への抗議のため訪米していた仲井真弘多知事が26日夜、帰任した。那覇空港で記者団の取材に応じた仲井真知事は、訪米の成果について「暴行事件への県民の怒りやオスプレイ配備など事が起こった時期だったので、インパクトを持って訴えることができた」と述べた。/また、シンポジウムなどを通じて「米国がアジアを重視しようと安全保障政策を転換する時期だったので、活発な質疑があった。これから先の米国の政策の変化の予感が感じられる中で沖縄の基地、普天間飛行場の問題についても、広範な背景に基づいた意見交換ができた」と述べた。/仲井真知事は、米国で普天間の移設先について九州や四国、中国地方などを例示して「民間空港を含め、すでに滑走路がある場所へ移す方が早い」と提言したことを明らかにし「米国でも辺野古という声はあったが、リアル(現実的)ではないことを申し上げた。沖縄の基地問題の改善を図るために、もっともっと頻繁に接触した
方がいい」と述べた。/さらに「人的ネットワークがつくられつつある」とし「来年とか再来年とか、年に1度くらいは訪米して意見交換したい」という意向を示した。〉と報じた。
■■独自言語の回復に動き出す
 仲井真訪米から、沖縄が外交権を部分的に回復しようとする姿が浮き彫りになる。ここで重要なのは、歴史の記憶だ。英国の社会人類学者アントニー・スミス(一九三三年生まれ)は、〈共通の歴史をもつという意識は、世代をこえた団結の絆を作りだす。それぞれの世代は、自分たちだけの一連の経験をもち、それはこの共通の歴史に加えられていく。共通の歴史をもつという意識はまた、自分たちが経験してきた時間の連鎖のなかで、人々を規定し、それはのちの世代に、自分たちの経験の歴史的な見かたを教える。換言すれば、歴史的な連続性は、のちの経験に「形」を与え、経験を解釈するための道すじと鋳型とを与える。〉(アントニー・D・スミス[巣山靖司/高城和義他訳]『ネイションとエスニシティ 歴史社会学的考察』名古屋大学出版会、一九九九年、三二頁)と指摘する。
 沖縄にはそう遠くない過去に琉球王国という国家があった。琉球王国は、一八五四年に琉米修好条約、一八五五年に琉仏修好条約、一八五九年に琉蘭修好条約を締結した。当時の帝国主義列強である米国、フランス、オランダの三国から、琉球王国は国際法の主体として認知されていたのである。この記憶が沖縄人の集合的無意識を刺激している。このような沖縄人の意識の変化が仲井真知事に、日本の中央政府とは異なる対米外交を推進させる動因になっているのだ。琉球語を公的な言語として回復することによって、沖縄の「共通の歴史をもつという意識」を強化し、「世代をこえた団結の絆を作りだす」動きが出ている。翁長雄志那覇市長が、那覇市職員採用試験に琉球語(ウチナーグチ)のあいさつを取り入れた。十月二十二日付『琉球新報』が、〈那覇市(翁長雄志市長)が本年度の職員採用試験の面接で、受験者にウチナーグチのあいさつを取り入れることが21日までに分かった。市職員が市役所窓口などでウチナーグチであいさつする「ハイサイ・ハイタイ運動」の一環だ。採用試験への導入を機に、若者のウチナーグチ活用の意識付けにつなげたい考えだ。/市によると職員採用試験の面接に“お国言葉”を導入するのは全国的にも異例で、県内では初めて。市文化協会などとの意見交換でウチナーグチを採用試験に導入するよう求める声があった。それを踏まえ翁長市長が検討を指示していた。/市は1次試験通過者に送付する通知書に、面接でウチナーグチでの自己紹介を求める文書を同封する。「ハイサイグスーヨーチューウガナビラ」(皆さんこんにちは)「ニフェーデービル」(ありがとうございます)など例文を掲載し、ウチナーグチに不慣れな人でも対応できるようにする。/一方で採用試験の公平性を確保するため、アクセントの位置など語り口のうまさは採点対象にしない。市幹部は「採用後にウチナーグチを使う心構えをしてもらえればいい」と語った。/面接試験へのウチナーグチ導入について石原昌英琉球大教授(言語政策)は「受験者がウチナーグチを学ぶきっかけになる。県都那覇での実施は他の自治体や民間企業に広がる可能性もある。採用後の研修実施などウチナーグチ実践力を高める取り組みも行ってほしい」と期待を込めた。〉と報じた。独自言語を回復しようとする動きはナショナリズムの核になる。
 沖縄で進行している事態が近未来に日本の国家統合を揺るがすことになる危険を東京の政治エリートはまったく認識していない。これは、一九八八年秋時点でモスクワの政治エリートがバルト三国がソ連から分離独立する可能性をまったく想定していなかったのと類比的だ。
 中央政府が、MV22オスプレイの沖縄からの撤去、日米地位協定の抜本的改定、米海兵隊普天間飛行場の辺野古移設の撤回など、沖縄の要求を全面的に受け入れても、沖縄人の中央政府に対する信頼を回復することはもはやできないであろう。沖縄の部分的な外交権回復を認め、沖縄の広範な自治を認める連邦制に近い国家体制への転換を行わないと、日本の国家統合を維持することができなくなる危険があると筆者は見ている。
(了)最終更新:11月27日(火)20時38分
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20121127-00000302-chuokou-pol

高まる沖縄の独立熱(新・帝国主義の時代)=佐藤優(その1)

2012-11-29 | ウチナー・沖縄
中央公論 11月27日(火)20時32分配信
■■バルト三国の分離独立運動を思い出させる沖縄の現在
 沖縄県と東京の中央政府との関係がかつてなく悪化している。直接のきっかけは十月十六日の未明に沖縄県で起きた米兵二人による集団強姦致傷事件だ。事件の悪質性だけでなく、日本政府の不誠実な対応が、沖縄を激昂させている。このまま事態を放置しておくと、沖縄が日本から分離するという国家統合の危機をもたらしかねない。しかし、このような危機意識をわが国の政治エリートも論壇人もほとんど持っていない。
 筆者には、現在生じている出来事に既視感がある。筆者は、一九八七年八月から九五年三月までの七年八ヵ月間、モスクワの日本大使館に勤務した。その間に一九九一年十二月のソ連崩壊があった。ソ連崩壊の引き金となったのは、バルト三国(リトアニア、ラトビア、エストニア)の分離独立運動だ。一九八八年九月にエストニアでエストニア語が共和国における公用語とされた。同年十月には、エストニアとラトビアで人民戦線、リトアニアで「サユジス」(リトアニア語で「運動」の意味)が結成された。そして、同年十一月十六日にエストニア・ソビエト社会主義共和国最高会議が主権回復宣言を行った。この時点で、ソ連の政治エリートはもとより、バルト三国の民族運動活動家たちも、その三年後には、リトアニア、ラトビア、エストニアが独立を回復し、そしてその年、一九九一年十二月にソ連が崩壊するなどとは夢にも思っていなかった。
 当時、ソ連の最高指導者であったゴルバチョフ(共産党書記長)は、回想録にこう記す。
〈一九八八年十月一日、エストニア人民戦線創設大会が開かれた。一週間後には、ラトヴィア人民戦線が結成された。この月にはリトアニアの「サユジス」設立大会も開かれた。最初の段階(一九八九年半ばまで、といってよい)では人民戦線は、多種多様な層の代表を含んだ超党派の統一組織にとどまっていた。人民戦線の中には、熱心な改革推進派もたくさん入っていた。こうした人びとは連邦からの分離はいっさい考えていなかった。しかし、共産党組織は人民戦線とは一線を画した立場に立ち、あらゆる民族主義的現象に警戒心、あるいは敵対心を示した。このため、人民戦線の運動は共産党に対抗する選択肢という性格を持ち始めた。国民が不安に感じていた最も切迫した諸問題が彼らの旗印となった。その結果、人民戦線は影響力の点でアッという間に党組織を凌ぐことになった。
 バルト諸国は、各自の共和国の民族語を公用言語とすること、一九一八年に制定された国家と国旗を復活すること、自共和国への他民族の移住を制限すること、真に独立した共和国とすること─を提起したのだ。付け加えれば、彼らはこうした問題を提起した際、共和国憲法とソヴィエト連邦の法律を遵守する形で論議していた。全体としていえば、こうした問題すべては第十九回党協議会(引用者註*五年に一度行われるソ連共産党大会の間に重要な問題が発生したときに全党協議会が行われる。第一九回党協議会は一九八八年六月に行われた)で決定された構想の枠内にとどまっていた。つまり、連邦からの離脱という要求はなかったのだ。〉
(ミハイル・ゴルバチョフ[工藤精一郎/鈴木康雄共訳]『ゴルバチョフ回想録 上巻』新潮社、一九九六年、六五八頁)
 ソ連は、主権を有する共和国の自由な連邦(同盟)で、ソ連を構成する共和国には離脱権が認められていた。ソ連に加わりながら、「一九一八年に制定された国家と国旗を復活すること、自共和国への他民族の移住を制限すること、真に独立した共和国とすること」が、建前としては可能であった。ゴルバチョフは、共産党組織からだけでなく、KGB(国家保安委員会=秘密警察)の情報網を通じても、沿バルト三国の民族運動、反ソ活動の状況について、詳細な情報を入手していた。それにもかかわらず、人民戦線運動が、ソ連国家の崩壊をもたらす危険性をはらんでいることがわからなかった。
■■バルト三国の内在的論理を理解できなかったロシアエリート
 当時、筆者は大使館の政務班で民族問題を担当していた関係で、ソ連科学アカデミー民族学研究所(現ロシア科学アカデミー民族学・人類学研究所)を訪れ、民族問題専門家たちとバルト諸国情勢について定期的に意見交換をしていた。特に印象に残っているのがコーカサス部長のセルゲイ・アルチューノフ教授(一九三二年生まれ)の見解だった。アルチューノフ教授は、日本人の生活習慣の研究で博士号をとったので、日本語も堪能だ。
アイヌ民族に関する専門書も刊行している。科学アカデミーの「歩く百科事典」と呼ばれ、ロシア語、英語、フランス語、ドイツ語、日本語、グルジア語で学術発表を行うことができる。ギリシア語、ラテン語などの古典語を含め四〇以上の言語を読むことができる。
 研究分野では古代人の食文化、インドの民族問題、北極圏の先住民族などで業績を残した後、最も難しいと言われているコーカサス研究を後半生のライフワークにしていた。同時に民族理論においてもソ連で指導的な地位を占め、ソ連共産党中央委員会に助言をしていた。
 アルチューノフ教授は、一九八八年秋の時点で、バルト三国がソ連から離脱する可能性があると警鐘を鳴らした。筆者はアルチューノフ教授とこんなやりとりをした。
アルチューノフ「佐藤さん、私の父はアルメニア人で、母はロシア人です。私はグルジアのトビリシで生まれ育ちました。それだから私には少数民族の複雑な感情が皮膚感覚でわかります。ゴルバチョフを含むソ連共産党指導部は、少数民族の内在的論理がわからない。それだから、市民社会の論理で民族問題を処理しようとしている。これではバルト三国、トランスコーカサス三国(グルジア、アルメニア、アゼルバイジャン)のソ連からの分離独立傾向を阻止することはできません」
佐藤「民族的な所属の如何にかかわらず、ソ連市民は皆平等であるという発想では、民族問題を解決できないのでしょうか」
アルチューノフ「できません。各民族は土地と結び付いています。故郷においては、土着の民族がほんの少しだけ、他の民族よりも優遇されなくてはなりません」
佐藤「それは、諸民族の平等を説くマルクス・レーニン主義の民族理論に反するのではないですか」
アルチューノフ「マルクス・レーニン主義に民族理論はありません。共産党官僚が主張しているのは見せかけの理論です。ソ連は、非対称的な連邦制をとっています」
佐藤「非対称的な連邦制?」
アルチューノフ「そうです。地理的規準での地方、州、市などと民族的規準での連邦構成共和国、自治共和国、自治州、自治管区などです。民族的規準での行政機構では、土着の民族が優遇される仕組みになっている。これは市民社会とは異なる原理です。ゴルバチョフが考えるペレストロイカ(立て直し)は、合理性、効率性を規準にしています。これは、結果として、ロシア人、ウクライナ人、ベラルーシ人のエリートの規準を地方に強制することになります。これに対して、地方は抵抗します。特にバルト三国、グルジア、アルメニアでは、二十世紀初頭に独立国家を持っていたという記憶が残っている。グラースノスチ(公開制)政策で、検閲が緩められ、少数民族は過去の歴史の記憶を回復し始めています。これと中央政府の効率化、規律引き締めに対する反発が合わさると、ソ連からの分離傾向が生じる。しかし、モスクワのロシア人エリートには、その危険性が理解できないのです。一〇年後にバルト諸国がソ連から独立する可能性は十分にあります」
 実際にはアルチューノフ教授の予測よりかなり早く、筆者がこの話を聞いてから三年を経ないうちにバルト三国は独立することになった。民族問題を理解する場合には、目に見えず、言語化されていない、民族の内在的論理をとらえることが重要になる。
 この点で、キリスト教神学でよく用いられる類比的解釈がとても役に立つ。歴史的、地政学的、文化的状況が異なる人間集団の内在的論理をつかみとるためには、類比という手法を用いなくてはならない。英国のプロテスタント神学者でロンドン大学教授のアリスター・マクグラス(一九五三年生まれ)は、類比についてこう説明する。
〈神学は「神についてのことば」である。しかし、一体どのようにして神は人間の言語を用いて記述され、論じられ得るのであろうか。ヴィットゲンシュタインはこの点を強力にこう語っている。人間の言葉がコーヒーの特色ある香りを表現出来ないなら、どうして神のような微妙なものに、人間の言葉は取り組めるだろうか、と。
 こうした問いに対する神学の答えの基礎となっているおそらく最も基本的な思想は、普通「類比の原理」と呼ばれているものであろう。神が世界を創造したという事実は、神と世界との間の基本的な「存在の類比(analogia entis)」を指し示している。世界の存在における神の存在の表現ということに基づく神と世界との間の連続性がある。こういうわけで、被造秩序の中にある実体を神の類比として用いることは正しい。このようにすることで神学は、神を造られた客体や存在に引き下ろすのではない。神とその存在との間に類似性や対応があるということを肯定しているに過ぎない。これによって後者は神を指し示すものとして働けるようになる。造られた実体は神に似ているが、神と同一であることなしに、そうなのである。〉(アリスター・E・マクグラス[神代真砂実訳]『キリスト教神学入門』教文館、二〇〇二年、三四七~三四八頁)
■■沖縄の保守系までが立ち上がった
 現在、沖縄で進行している出来事を理解するためには、バルト三国の人民戦線・「サユジス」と沖縄の「オスプレイ配備に反対する県民大会実行委員会」を類比的にとらえると事柄の本質がよく見える。
 ところで、日本の中央政治では解消してしまった保守対革新の二項対立が沖縄では現在も存在する。実行委員会は、保革を超えた超党派的組織で、九月九日、宜野湾海浜公園(沖縄県宜野湾市)で開かれた、「オスプレイ配備に反対する県民大会」を組織した。過去のこの種の県民大会の実行委員会は、革新系を中心に組織されていた。
 これに対して、「オスプレイ配備に反対する県民大会実行委員会」は、日米安保体制を認める保守系によって組織されている。保守系が主導する米軍に対する異議申し立て運動は、一九七二年の沖縄の本土復帰後、初めてのことだ。米兵による集団強姦致傷事件後、実行委員会の活動が活性化し、十月二十五日の会合で、野田佳彦首相に対する抗議行動を行うことを決定した。
〈オスプレイ配備に反対する県民大会実行委員会は25日、那覇市の自治会館で会合を開き、オスプレイの配備撤回を目指して、12月中旬ごろに県内全41市町村長に市町村議会議長、県議を加えた大規模な野田佳彦首相に対する要請行動を展開することを確認した。基地問題では「復帰後、最大規模の抗議行動」(喜納昌春県議会議長)となる。沖縄の民意を軽んじる政府に対し、県民総意で配備撤回を求める覚悟を突き付ける。
 実行委では、首相への要請行動に加えて要請団による首相官邸、国会議事堂前での座り込みや、東京県人会などとも連携した5千人規模の抗議集会の開催を検討する考えも提起された。
 玉城義和事務局長は、「東京要請行動では、県内全41市町村長の連名で建白書を作り、沖縄の意思として首相に直訴する。(オスプレイ配備反対は)譲れないとあらためて国民に示す運動につなげたい」と意義を強調した。
 同実行委員会は年内まで活動を継続して、年明けに新たな組織づくりを模索することが提案された。活動の後退を懸念して、委員からは存続を望む意見が上がった。玉城事務局長は、9・9県民大会成功という当初の目的は達成されたとした上で、「配備撤回を求める闘いは長期的になる。新たな超党派の枠組みを模索してつくり直し、新しい事態に対応したい」と説得。県議会の各派代表者らでつくる常任幹事会に一任することを確認した。 実行委代表による訪米抗議行動は引き続き検討する。〉(十月二十六日付『琉球新報』)
 十二月中旬の野田首相への異議申し立てには、沖縄の全四一市町村長、全市町村議会議長、全県会議員が参加することになろう。民主的手続きによって選出された、沖縄の政治エリートが一丸となって中央政府に異議申し立てを直接行うという動きはかつてなかった。当事者がどれだけ認識しているかは別にして、集団強姦致傷事件によって、沖縄人の自己意識が質的に変化したのである。
 この質的変化は、事件直後(事件発生は十月十六日未明だが、報道されたのは同日夕刻)、十月十七日時点での沖縄の政治エリートの反応を分析すればよくわかる。
〈喜納昌春県議会議長は、「基地がある故の被害で、戦後67年間、何百回も繰り返されてきた。事件事故を抜本的に解消するため、一日も早く沖縄
から米軍基地をなくすべきだ」と述べ、在沖米軍基地の即時閉鎖・撤去を求めた。「県民の基本的人権が守られない差別的な状況だ。日米両政府は地位協定を抜本的に見直すべきだ」と糾弾した。/照屋義実県商工会連合会会長は「人権感覚を失った米軍の体質が如実に表れた。オスプレイの強行配備で騒然とする中、このような凶悪事件が発生するのは絶対に許せない」と批判。「度重なる事件事故の源流には、沖縄を差別する日米地位協定の問題がある」と指摘し、「繰り返される事件が運用改善では不十分だと証明している。地位協定は抜本改定すべきだ」と両政府に対応を求めた。〉(十月十八日付『琉球新報』)。
 照屋会長は日米安保体制を認める保守陣営に属する沖縄のエリートで、喜納議長は保革を超えた沖縄県民党的立場を表明している。このような沖縄の反発を東京の中央政府は正確に理解していない。
■■沖縄県民の感情を逆撫でした中央政府
 首相官邸、外務省、防衛省などの中央政府の沖縄への視座は、ソ連共産党中央委員会のバルト三国に対するそれと類比的だ。事件翌日の十月十七日、沖縄県の仲井真弘多知事が、首相官邸、外務省、防衛省を訪れて抗議した。このときの森本敏防衛相は、沖縄県民の感情を逆撫でする対応をした。
〈「米軍に綱紀粛正という生易しい言葉ではない厳しい対応を」と、事件に対する県民の憤りをぶつける知事の言葉に、硬い表情で耳を傾ける森本氏。しかし、開いた口からは「米兵でも真面目に仕事をしている人も多い」「たまたま外から出張してきた米兵が起こす」と言い訳とも取れる言葉が並んだ。〉(前掲、『琉球新報』)と報じた。
(その2へ続く)
最終更新:11月27日(火)20時32分
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20121127-00000301-chuokou-pol

シネマに包まれて (3)反米、心のルーツ/メキシコ「リオ・デ・オロ」

2012-11-29 | 先住民族関連
河北新報 2012/11/27
 24日はコンペ作品のメキシコ「リオ・デ・オロ」、中国「記憶が私を見る」の2本と相米慎二監督特集から「台風クラブ」を見た。
 「リオ・デ・オロ」(2012年、メキシコ・米合作)は、メキシコ北西部のアメリカと接するソノラ州を舞台に、先住民、アパッチ、アメリカ人たちが欲望と憎悪の中で争い、傷ついていくさまを、砂漠と山岳地帯の広大な景観を写し込みながら描く。
 メキシコは1936年、アングロサクソン系入植者の反乱でテキサスが独立、45年には米国に併合されるが、テキサスの領有を巡ってアメリカ・メキシコ戦争が起こり、その敗戦で48年にはテキサスだけでなくカリフォルニアも失った。この作品は、その後の1853年の姿を描く。
 平穏な入植者集団を問答無用に銃撃するアメリカ人、黄金を求めて孤独な旅を続ける男、先住民の集団も追い詰められ、一部はアメリカ人に反撃をする。社会的、民族的格差は大きい傷口となって、今も根強く続いている。言い換えると、それが今のメキシコ人の"闘争心"を支えているとも言えるかもしれない。
 パブロ・アンドレテ監督(40)は、それだけを主張しないで、砂漠に生き続けるサボテン、その花に集う虫たち、広大な山岳地帯を自由に飛び回る鳥たちのシーンを挟み込むことで、人間の欲望と憎悪の世界の小ささをあざ笑ってでもいるかのようだ。
 「記憶が私を見る」(2012年)はソン・ファン監督自身が主人公となって、南京に住む両親を訪ね、両親や親族らとの会話を通して1つの家族の姿を描き出したユニークな作品。まさにドキュメンタリーとフィクションの境界に立つ作品だ。家族間ならではの会話は、リズム良く展開されて心地いい。話題はありふれたものだが、健康や老いなどでは世代間の違いもあぶり出され、家族と自分の過去がどうで、現在にどうつながるかが、見る側にもすんなりと伝わってくる。
 監督と主人公という2つの立場を、微妙な距離感を保ちながら描き切ったところは長編第1作とは思えないほど。彼女は20歳までの家族との同居では接点が少なかったが、2年間の海外生活後に親密さを取り戻したこと、父親は消極的だったが、母親が撮影に同意してくれたことが、この作品を生むきっかけになったという。今年のロカルノ映画祭で最優秀新人監督賞を受賞、開幕中の東京フィルメックスではコンペ部門にノミネートされている。
 相米慎二監督特集は、ドキュメンタリーの「月山」とフィクション全13作品が集められた。版権の問題でDVD化されてない「雪の断章 情熱」(1985年)は貴重な出合いになるはずだったが、コンペ作品との関係で見ることができず、残念だった。
 「台風クラブ」(1985年)は、東京近郊の中学校を舞台に、台風の接近とともに自分でも説明のつかない感情に突き動かされて騒乱状態に陥る中学生たちの姿を通して、思春期の揺れ動くさまをクールに描いた青春映画。ヤクザの対立に巻き込まれて誘拐されたガキ大将を救出しようと、大人の論理に振り回されながらも奮闘する少年少女たちを描いた「ションベン・ライダー」(1983年)とともに、相米監督の思春期映画の代表作だ。
 冒頭の夜の学校プールのシーンから"過激"だ。泳ぎに来た女子生徒5人(工藤静香、大西結花ら)は、先に来ていた男子生徒を見つけてイタズラをし、おぼれ死に寸前にさせてしまう。台風が近づいていて、生徒たちは徐々におかしくなっていく。
 台風襲来当日に学校に残って閉じ込められた生徒たちは、暴風雨のなか全員裸になって踊り狂うのだが、相米監督のカメラを引いた長回しが、この世代の訳の分からず、しかも危うい感情の発露を見事にとらえていたと思う。
 中学校時代の世間・大人への反発や感情のストレートなぶつかり合いなど、もう遠い過去のものとなっていたものが、見ているうちに、当時の感覚のまま呼びさまされた気がした。映画館を出てみると、一転外は強風が吹き荒れていた。映画祭フラグがバタバタとはためき、引きちぎれて落ちてくるのでは、と心配したほどだった。そういえば中学生までは台風の襲来に訳もなく心が騒いだことも思い出した。
 上映前に、この作品の助監督だった榎戸耕史さんが、「撮影時は雨も風もなく、台風シーンをつくり出すのにスタッフが必死だった。ほとんど素人のような子どもたちだったが、みんな頑張った。そんなことを知って見てもらえるとうれしい」とあいさつ、盛んな拍手を浴びた。ただ、上映では、フィルムが古いこともあって10回近く上映が中断、そのたびに相米ワールドから現実に引き戻されたのは残念だった。
 週末になって、クリスマス商戦の装いも整った街には、プレゼント下見の人たちがどっと繰り出した。この日も小雨が降り、夕方からは強い風が吹き荒れたが、夜遅くまで人々の姿が町中にあふれた。クリスマス用品の小物から装身具、チョコレートやワインとさまざまなものを扱う、この時期特有の"マルシェ(出店)"も店開きした。ナントの中心ロータリー、パレ・ロワイヤルには60近くが開店、日中からホットワインの甘い香りが周囲に漂った。
http://blog.kahoku.co.jp/cinema/2012/11/post-162.html

アイヌ民族党、島崎直美氏 道9区に出馬

2012-11-27 | アイヌ民族関連
(苫小牧民報 2012年 11/26)
 今年1月に結成した政治団体「アイヌ民族党」(萱野志朗代表)の代表代行兼女性局長の島崎直美氏(53)=札幌市南区在住=は25日、平取町二風谷の同党本部で記者会見し、衆院選道9区への出馬を表明した。アイヌ民族の権利回復を柱に、「次世代にとって生きやすい社会を」と環太平洋連携協定(TPP)参加反対や脱原発、消費増税反対を訴えた。
 同党として初の国政選挙挑戦。島崎氏は9区を選んだ理由に、むかわ町出身であることに加え、アイヌ民族問題への理解を示していた鳩山元首相の引退表明を挙げて「9区はアイヌ民族の比率も多い地域。自ら立つ意義は大きいと考えた」と説明。アイヌ語で話し合いの意味の「チャランケ」を紹介し、「今の政治は党を守るのに力点を置き、本当に国の未来につながるのかと不安だった」とも続けた。
 むかわ町汐見出身、富山県立雄峰高卒。道アイヌ協会札幌支部副支部長や札幌ウポポ保存会事務局長などを務め、今年5月から同党事務局員に。同党の党員・サポーターは現在約500人。
http://www.tomamin.co.jp/2012t/t12112602.html

アイヌ民族党が国政選初挑戦…北海道9区擁立へ

2012-11-26 | アイヌ民族関連
(読売新聞 2012年11月26日07時44分 )
 アイヌ民族初の政治団体「アイヌ民族党」は25日、北海道9区に、党代表代行で元北海道アイヌ協会札幌支部副支部長の島崎直美氏(53)を擁立すると発表した。
 今年1月に結党して以来、初の国政選挙挑戦となる。萱野志朗代表は「アイヌ民族の人口の多い9区は重要な地域。可能性はあると判断した」と語った。アイヌ民族の権利回復や脱原発、環太平洋経済連携協定(TPP)交渉参加反対を公約に掲げる。
http://www.yomiuri.co.jp/election/shugiin/2012/news1/20121126-OYT1T00189.htm

北海道9区に前職=民主支部-アイヌ民族党も擁立

2012-11-26 | アイヌ民族関連
時事通信-2012年11月26日(月)
 民主党北海道第9区支部は25日、鳩山由紀夫元首相の引退表明を受け、衆院北海道9区に前職の山岡達丸氏(33)=比例北海道=を公認候補として擁立する方針を決めた。一両日中に正式決定する。
 一方、北海道の政治団体「アイヌ民族党」(萱野志朗代表)は、同9区に新人で同党女性局長の島崎直美氏(53)を擁立すると発表した。 (2012/11/25-19:30)
http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2012112500188

民主が北海道9区に生活山岡氏の三男擁立

2012-11-26 | アイヌ民族関連
日刊スポーツ [2012年11月25日22時48分]
 民主党の鳩山由紀夫元首相の政界引退に伴い、党北海道9区支部は25日、衆院選道9区の候補として「国民の生活が第一」の山岡賢次代表代行の三男山岡達丸前衆院議員(33)を擁立することを決めた。近く党本部に公認申請する。
 山岡氏はNHK札幌放送局記者を経た後、2009年8月の衆院選で比例道ブロックから出馬し、初当選した。
 一方、アイヌ10+ 件民族党も25日、9区に党女性局長の島崎直美氏(53)を擁立すると発表した。
 道9区では、冬季五輪メダリストで自民党の堀井学元道議(40)と共産党の花井泰子元登別市議(69)が出馬する予定。(共同)
http://www.nikkansports.com/general/news/f-gn-tp3-20121125-1051891.html

アイヌ文化、授業で体験/釧路市武佐小

2012-11-26 | アイヌ民族関連
釧路新聞 2012年11月26日
 釧路市立武佐小学校で、社会科の授業「アイヌの文化に親しもう」が行われ、4年生26人が体験などを通してアイヌ文化に触れた。白糠アイヌ文化保存会の協力を得て実施。児童はアイヌ民族についての話や楽器の話などに熱心に耳を傾けたほか、輪踊りも体験。児童は「現在のアイヌ民族の人たちは、どんなものを着たり食べたりしているの」「(楽器の)ムックリはどこで手に入るの」などと熱心に質問していた。授業を担当した長根和人教諭は「子どもたちは目を輝かせ、意欲的だった。体験することで理解が深まったと思う」と話していた。       
http://www.news-kushiro.jp/news/20121126/201211263.html

ロック調…アイヌ文化発信

2012-11-26 | アイヌ民族関連
十勝毎日新聞 2012年11月25日 13時40分
 アイヌ文化を発信しようと札幌を拠点に音楽や木版画制作などで活動している「アイヌ・アート・プロジェクト」(札幌、結城幸治代表)の単独音楽ライブが24日夜、帯広市生活館で開かれ、参加者はアイヌの伝統曲をアレンジしたロック調の曲に酔いしれた。
 アイヌ古式舞踊の伝承グループ「帯広カムイトウウポポ保存会」(酒井奈々子会長)に所属する20、30代の若手有志6人が「今を生きるアイヌの姿を見てほしい」と初めて企画。この日は、子供から大人まで約120人が参加した。
 ライブは、女性の体を模して作られたというアイヌ民族の弦楽器「トンコリ」を使ったソロ演奏で開幕。アイヌ伝統曲のリズムやメロディーを使い、ギターやキーボードも加わってロック調にアレンジされた曲を披露。参加した人たちは、曲に合わせて舞台前のスペースに輪を作り、アイヌ古式舞踊の踊りを楽しんだ。
 吉根さん=啓北小=は「曲に合わせてジャンプしたのが楽しかった」とし、一緒に訪れた祖母とみ子さん(62)も「今年、最高に楽しい思い出になった」と笑顔。ライブを企画した同保存会若手有志グループの酒井学さん(35)は「みんなが楽しい雰囲気に包まれたので大成功。来年もぜひ開催したい」と話した。
http://www.tokachi.co.jp/news/201211/20121125-0014143.php

アイヌ民族党、初めての公認候補を擁立 衆院北海道9区

2012-11-26 | アイヌ民族関連
朝日新聞 2012年11月25日
 アイヌ民族の権利回復などを目指す「アイヌ民族党」は25日、衆院北海道9区に党女性局長の島崎直美氏(53)を擁立すると発表した。同党は1月に結党、公認候補擁立は初めて。
http://www.asahi.com/politics/update/1125/TKY201211250336.html

夢よ再び?!米加州ゴールドラッシュ 金価格高騰で砂金採取ブーム 

2012-11-25 | 先住民族関連
msn産経ニュース 2012.11.23 18:32[米国]
 19世紀のゴールドラッシュの舞台となった米カリフォルニア州で最近、砂金探しが脚光を浴びている。金価格の高騰を受け、週末の河川は砂金をかき集める観光客らでにぎわう。なかには1日に100ドル(約8200円)近くを稼ぎ出す腕利きもいるほどだ。州当局は、川を汚しかねない機材を持ち込む専門業者の立ち入り禁止を打ち出すなどして、環境保全に努めている。(カリフォルニア州コロマ 黒沢潤)
 「この辺りでは、純度85%の砂金が取れるんだ」。晩秋の景色が美しいコロマのアメリカン川。長靴を履き、鉄製皿を使って砂金探しをしていたアド・アレンさん(65)は笑顔でこう語った。
 川が流れるマーシャル・ゴールド・ディスカバリー公園の関係者によれば、年間約2万5千人が訪れ、晩秋や初冬も砂金を取る人々の姿がみられるという。
 ゴールドラッシュの“発祥の地”、コロマで金が発見されたのは1848年。翌年には、一(いっ)攫(かく)千金の「アメリカン・ドリーム」を夢見る人々が全米各地から大挙して押し寄せ、米ナショナル・フットボールリーグ(NFL)の名門チーム「フォーティナイナーズ(49ers=49年組)」の名称の由来にもなった。
 幕末に渡米したジョン万次郎も噂を聞きつけ、この地を訪れた。だが、金はやがて掘り尽くされ、コロマは史跡としてその名を残す程度にとどまっていた。
 ところがここ数年、取り巻く状況が一変。2000年代初めに、1トロイオンス(約31グラム)当たり300ドル(約2万5千円)だった金価格が上昇を続け、欧州経済の低迷で金が投資対象となり、価格は約6倍の約1730ドル(約14万2千円)まで跳ね上がった。「『ゴールド・ハンター』を目指し、川沿いにテントを張って寝泊まりしながら砂金を取るプロまがいの人々もいる」(郷土史家)ほどだ。
 地元の金取引業者、ジェームズ・ハタディスさん(65)は「そこそこの量の砂金を集めて持ち込む人が増えた。引き換えに1人あたり平均80ドル程度のカネを払っている」と話す。
 アメリカン川など州内の河川には、ポンプ型の機器で砂金を吸い上げようとする専門業者も4、5年前から本格的に現れた。川の汚染を懸念する州当局は09年、こうした業者の立ち入りを禁じる措置をとった。
 当局は今年4月、専門業者からの要請を踏まえ、業者数を従来の半分以下の1500社に絞った上で16年から採取を認めることも検討した。しかし、先住民アメリカ・インディアンのカルーク族や環境保護を訴える人々が反発。このため、当局は16年以降も当面、一般人に限って砂金採取を認める方針という。
http://sankei.jp.msn.com/world/news/121123/amr12112318340002-n1.htm

「合衆国ではなくメキシコと呼んで」、大統領が国名改正を提案

2012-11-25 | 先住民族関連
AFP=時事 11月23日(金)18時51分配信
【11月23日 AFP】メキシコのフェリペ・カルデロン(Felipe Calderon)大統領は22日、同国の正式名称を「メキシコ合衆国(United Mexican States)」から「メキシコ(Mexico)」に改名することを提案した。法案を議会に提出する方針という。
 8日後に6年間の任期を終えて退陣するカルデロン大統領は、メキシコ市(Mexico City)のロス・ピノス(Los Pinos、大統領官邸)で、もはや19世紀のように他国を模倣して国名を決める必要はないと発言。「今こそ、メキシコ人として祖国メキシコの名の美しさと純真さを取り上げるときだ」と述べた。
「『メキシコ』こそ、私たちが叫び、歌う国名であり、私たちを喜ばせ、誇り高くさせてくれる名前だ」(カルデロン大統領)
 メキシコとは、先住民ナワタル(Nahuatl)の言葉で「月のへそ」という意味。1821年にスペインから独立した後、国名は「メキシコ帝国」となり、3年後に連邦共和制を導入した際に「メキシコ合衆国」に改名した。(c)AFP
http://www.afpbb.com/article/politics/2913012/9884973?ctm_campaign=txt_topics

ニューカッスルフェア、姉妹都市への関心高める

2012-11-25 | 先住民族関連
宇部日報-2012年11月24日
 宇部市・ニューカッスル市姉妹都市友好協会(千葉泰久会長)主催の「ニューカッスルフェア2012―宇部の姉妹都市ってどんなところ?」は23日、約60人が参加して市男女共同参画センターで開かれ、イベントを通じて文化交流を図った。 昨年に続いて2回目。オープニングセレモニーでは、千葉会長が「いろんな経験をして楽しんで、異文化に触れてください。そして交流の輪を広げたい」とあいさつ。市内で小学校外国人英語特別指導員を務めるオーストラリア人のジャクリーン・ワーズデルさんらが指導役を担当した。
 市のLAN回線を使って、ニューカッスル大で日本語を学ぶ学生とビデオチャットに挑戦。先住民アボリジニが文字代わりに継承するアートコーナーでは、鮮やかな色を使った点で魚や星、ウミガメなどを描くドットペイントのワークショップを実施。呉本宗雪さん(高校1年)は「学校の美術の授業とは違い、思いのままに自由に描けるのがいい」と話した。
 オーストラリアの伝統的お菓子のアンザッククッキー作りや英会話、タトゥー・メーク体験などを満喫。ワインやキーホルダー、ひっつきコアラなどが当たる抽選会も盛り上がった。
 会場では、友好協会の会報やアボリニジ関連資料なども展示され、ニ市との交流の足跡やオーストラリアの歴史を学んだ。
http://ubenippo.co.jp/2012/11/post-3298.html

裏切りの戦場 葬られた誓い

2012-11-25 | 先住民族関連
シネマトゥデイ-2012/11/18
チェック:1988年にフランス領ニューカレドニアのウベア島で起きた独立派先住民との武力衝突事件を題材にした社会派ドラマ。制圧した無抵抗な過激派を暴行、射殺した事実をフランス政府が今も否定するウベア島事件の真相を、『クリムゾン・リバー』のマチュー・カソヴィッツが監督・脚本・編集・主演を務めて描く。実際に同事件の交渉役に任命されたフィリップ・ルゴルジュの手記を基に10年の歳月をかけて完成させた迫真のストーリーは、第37回セザール賞脚色賞にノミネートされた。

ストーリー:1988年4月22日、フランス領ニューカレドニアのウベア島でカナック族の独立派がフランス憲兵隊宿舎を急襲し、人質を取るという衝撃的な事件が発生。人質解放のため交渉人を任されたフランス国家憲兵隊治安介入部隊(GIGN)のフィリップ・ルゴルジュ大尉(マチュー・カソヴィッツ)は、反乱軍との平和的な解決策を模索する。一方、大統領選挙を控えた本国では対話路線と強硬路線の意見が対立し、やがて政府の鎮圧命令が下り……。
(C) 2011 Nord-Ouest Films - UGC Images - Studio 37 - France 2 Cinema
英題: L'ORDRE ET LA MORALE
製作年: 2011年
製作国: フランス
日本公開: 2012年11月24日
(シネマスクエアとうきゅう)
上映時間: 2時間14分
配給: 彩プロ
カラー/シネマスコープ/DTS/フィルム/デジタル
http://www.cinematoday.jp/movie/T0016098

アイヌの伝統工芸アツシ織り、来月2日まで博物館で作品展

2012-11-25 | アイヌ民族関連
(北海民友新聞 11月24日付け)
 オヒョウニレなどの樹皮繊維を使用するアイヌ民族の伝統工芸「アツシ織り」の作品展が12月2日まで、市立博物館(小林功男館長)で開催されている。作品を制作する「えんがるアツシ織りの会」の本吉春雄代表は「将来は、遠軽地方の特産品として広く販売することも視野に入れたい」と、事業化を目指し意欲を燃やしている。
 展示されているのは、ランチョンマットや敷物、テーブルクロス、コースターなど約50点。現在4人の作家が創作に励み、サポーターらと道内各地で展示会を開くなど、アツシ織りの周知活動に努めている。
 平成21年から、財団法人アイヌ文化振興・研究推進機構(札幌)から指導を受けるなど取り組みに力を入れている。
 原材料を確保するのも一苦労という。樹液の流動期となる6月から7月にかけてオヒョウニレやシナの木を伐採し、内皮を取り出して瀬戸瀬温泉の湯を使い漬け込むこと約2週間。繊維を傷つけないように内皮を剥ぎ、ぬめりを充分に取ってから、しっかりと陰干しすると長期間の保存が可能になるという。
 乾燥させた内皮は、キハダやクルミ、イチイなどの樹皮、タマネギの皮を使って染め、アースカラーといわれる自然な風合いに仕上げる。
 本吉代表は「強度不足などまだ研究しなければならない面がありますが、丁寧に糸をつむぎ織り上げた上質の作品ばかりです」と話し、広く鑑賞を呼びかけている。
(風合い豊かなアツシ織りがズラリと展示されている=写真=)
http://www.minyu.ne.jp/digitalnews/121124_2.htm