先住民族関連ニュース

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台湾・牡丹小児童らアイヌ民族博物館で交流-白老

2016-01-30 | アイヌ民族関連
苫小牧民報  (2016年 1/28)

アイヌの遊び踊りで交流する子どもたちと担い手研修生
 台湾屏東県の牡丹国民小学校(楊瑞麟校長)の児童ら22人が26日、白老町のアイヌ民族博物館を訪れ、担い手育成事業の生徒や同館職員と歌や踊りなどを通じて交流した。昨年11月に台湾国立原住民博物館「文化園区」との博物館協定を踏まえた国際交流事業の第1弾。子どもたちは夕方まで館内に滞在し、相互交流を楽しみながらアイヌ文化への理解を深めた。
 来館したのは牡丹小に在籍する排湾(パイワン)族の児童13人と楊校長ら教職員、台北大学の楊孟哲教授など。
 児童らは赤を基調とした鮮やかな民族衣装で到着。伝統家屋チセで行われた歓迎セレモニーでは、野本正博館長が「きょうは1日ゆっくりとアイヌ文化に触れ、交流を楽しんでください」とあいさつ。楊校長も「北海道は本当に寒いが、温かく迎えてくれて感謝している。皆さんもいつか牡丹に来てください」などと感謝の言葉を述べ、お互いに記念品を交換した。
 交流プログラムでは、担い手研修生によるアイヌの遊び踊り「ネズミの踊り」を一緒に踊った後、牡丹小の子どもたちが見事なハーモニーで祝いの地元歌を披露。排湾族の童謡や日本のアニメソングの楽器演奏など5曲が紹介されたほか、参加者全員で台湾式による交流の踊りも楽しんだ。
 牡丹小5年の盧亮語(ルー・リャンユ)さん(11)は「珍しいものにいっぱい触れることができ、とてもよかった。小学校でアイヌ民族のことを紹介したい」と笑顔で語り、担い手研修生の新谷裕也さん(25)も「担い手として台湾の人たちと交流するのは今回が初めて。とても楽しく、子どもたちの歌もかわいらしかった」と感想を話した。
 野本館長は今回の国際交流を振り返り、「これからの先住民交流には次世代を担う人たちが取り組めるプログラムが必要。民族共生の象徴空間開設に向けてその部分を積み上げていきたい」と話した。
 交流では、アイヌ伝統料理での昼食や伝統楽器ムックリ製作なども行われ、日本の先住民であるアイヌの文化をさまざまな形で体験した。
http://www.tomamin.co.jp/20160134685

新天地に希望、高まる移住熱 交流フェアに過去最高1万人超

2016-01-30 | アイヌ民族関連
産経ニュース 2016.1.30 07:00更新
 移住を希望する人たちに、地域の魅力を発信する「移住・交流&地域おこしフェア」が16、17の両日、東京都江東区の東京ビッグサイトで開かれた。400を超す自治体や国の機関が出展し、過去最高の1万人超が来場。新天地へ希望を抱き、熱心に耳を傾けた。(牛田久美)
                   ◇
 タレントの辻希美さん、高橋愛さんのトークで開幕。高市早苗総務相は「長い通勤時間がなくなり地方で自由を楽しむ人もいる。まず観光するもよし、名物の味を楽しむもよし。健康で幸せな生活を営めますように」と挨拶した。
 会場には全47都道府県のブースが並び、「お試し滞在はいかが」「農業での自立、支援します」と各地の方言が響いた。井戸端会議コーナーは来場者が気軽に着席。「地方の企業就職と公の地域おこし協力隊、それぞれの長所と短所は?」「失敗例こそ参考になる。情報はどこ?」と相談員らに質問が相次いだ。
 東京都港区の会社員(41)は「雪山が好きで、東京を拠点にしつつ、週3日働ける地方の2地域居住地を探しに来た。退職後の充実につなげたい」と期待を語った。
 2日目は、全国464の自治体などが集結。担当者に直接相談できるとあって、来場者は8372人を数えた。主催の一般社団法人移住・交流推進機構(JOIN)によると、初回の26年(217自治体・団体、約3600人)から大きく増えた。移住への熱は年々高まりつつある。
 北海道一のトマト産地、平取町はトマト農家になりたい夫婦を地域おこし協力隊として募集。農協が全面支援する。同町アイヌ施策推進課、阿部孝之さん(39)は「町内産のアオトラ石が青森の縄文集落、三内丸山遺跡で見つかるなど大昔から人が来る町。一緒にトマトを育てませんか」。温泉地の魅力もアピールした。
 徳島県地方創生推進課の福永史織さん(33)は「熱帯魚が泳ぐ沿岸地域から、雪が降り積もる山間地まで、徳島の四季は豊か。どんな暮らしをしたいのか、希望を聞き取って移住先を一緒に探します」。
 内閣府の調査で、地方移住に肯定的な人は全体の4割。若い世代が前向きだ。JOINは「移住に興味・関心を持つ方に適切な情報をお届けし、自分らしいライフスタイルを実現できる社会にしていきたい」と話している。
                   ◇
 ■「生きる力」 協力隊で学ぶ
 群馬県高山村の地域おこし協力隊員、林沙晶さん(25)は3月に任期満了となる。近隣に定住する予定だ。
 東京都練馬区出身。東京農大在学中に東日本大震災を経験し「生きる力って何だろうという思いが募った。物作りや火おこしなど、身になることを学びたかった」。
 平成24年、NPO法人「地球緑化センター」から同村に派遣され「緑のふるさと協力隊」として活動を開始。25年、地域おこし協力隊員に。農作業体験プログラム「むらの学校」やガイドボランティア事務局で交流業務に従事。最近は、生芋こんにゃくなどの郷土料理教室を開いた。
 林さんは「みんな親切で土を触ったこともなかった私を家族のように迎えてくれた。三並山(みなみやま)を望む田園風景も豊かで大好き」と定住を決めた理由を語った。
http://www.sankei.com/life/news/160130/lif1601300007-n1.html


釧路市、外国人誘客モデル市に

2016-01-30 | アイヌ民族関連
読売新聞 2016年01月30日
 ◆自然、アイヌ文化活用へ
観光庁は29日、来日した外国人観光客を地方に呼び込むためにモデルケースをつくる「観光立国ショーケース」に、釧路市など3都市を選定した。来年度から5年間、国の支援を得ながら、釧路市では阿寒湖や釧路湿原といった自然環境、アイヌ文化を生かしたツアーの企画・提供など受け入れ態勢の充実を図る。
 釧路市から観光庁への提案では、カヌーや釣り、サイクリングをはじめとしたアウトドアスポーツツーリズムを推進する。無料の公衆無線LANの設置を拡大させる一方で、食事では、地場産品の使用を増やすとともに、イスラム教の戒律に沿ったハラル食の提供も進める。また、ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)を通じ、外国人観光客の好みを把握し、旅行プランの充実を図ることを強化する。
 こうした取り組みの結果として、市内の外国人延べ宿泊客数を2015年の約10万3000人から、20年には約27万3000人まで大幅に増やすとしている。蝦名大也市長は「地方都市のモデルとなるよう、多くの外国人観光客に選ばれる観光地づくりを目指す」とのコメントを出した。
http://www.yomiuri.co.jp/hokkaido/news/20160130-OYTNT50030.html

振動少なく快適 道新幹線報道向け試乗会ルポ

2016-01-30 | アイヌ民族関連
苫小牧民報  (2016年 1/29)
 JR北海道は28日、3月26日に開業する北海道新幹線の報道関係者向け試乗会を開いた。新函館北斗駅(北斗市)―木古内駅(渡島管内木古内町)間=約35・5キロ=を往復し、新幹線車両H5系の乗り心地を体感。片道約13分と短い時間だったが、そのスピード感も確かめることができた。(報道部・澁谷賢利)
 試乗会には道内外から、テレビ、新聞、雑誌など報道関係者約200人が参加。午前9時すぎにホームに到着した車両に早速、乗り込む。取材が許可された普通車は、通路を挟んで横に普通席が2列と3列に並んでいる。多くの人を収容できる効率的なレイアウトだ。シートは、テーブルやドリンクホルダーを備えた機能的なもの。各席に電源のコンセントがあり、パソコンの利用や携帯電話の充電などができる。
 普通車の通路部の床には雪の結晶が描かれており、座席横の窓には縄文土器やアイヌ文様にヒントを得たデザインのブラインドが使用されていた。車両の共用設備として電動車いす対応の大型トイレや女性専用の化粧台なども備える。
 新幹線は、地元の北斗市商工会の関係者に見送られて新函館北斗駅を発車。滑らかな動きで、徐々にスピードを増していった。シートに座っていると、伝わる振動は少なく快適だ。車窓からは遠くに函館山が見えてきた。景色は流れるように動いていき、スピードが出ていることが分かる。同新幹線は開業区間(新青森駅―新函館北斗駅)を最高260キロで運行。この日は雪の影響で210キロが最高時速だった。
 木古内駅に滑るように到着し、駅舎に降りると、赤い和牛の姿をした木古内町のキャラクター「キーコ」がお出迎え。地元名産のあんパンや豆パン、キーホルダー、ストラップを売るお土産コーナー、観光案内のパンフレットコーナーが設置されており、地域の同新幹線に対する大きな期待がうかがえた。北海道経済活性化の起爆剤として、全国区の注目を集める同新幹線開業まで2カ月を切った。
http://www.tomamin.co.jp/20160134716

控えめな印象の奥に不屈の意志 台湾初の女性総統

2016-01-30 | 先住民族関連
BBCニュース、台北2016年01月29日
シンディ・スイ

元法学教授は台湾の歴史に名を刻んだ。写真は、選挙中に支援者に手を振る蔡英文氏(1月14日)
かすかに背を丸めた姿勢と、控えめな物腰。59歳の蔡英文氏は一見、中国に脅威をもたらす人物とは思えない。
しかし台湾の次期総統に選ばれたこの女性は、「台湾の将来は台湾人が決めるべき」との強い信念を持つ。これは中国に真っ向から逆らう主張だ。中国は今でも台湾を統一すべき対象とみなし、必要とあらば武力行使も辞さない構えを示している。
蔡氏が台湾の主権問題で厳密にはどのような立場を取り、次の一手をどう打つのか。中国はそこを読み取る必要がある。蔡氏自身はこれまでのところ、明言を巧みに避けてきた。
蔡氏は中国にとって謎めいた存在だが、多くの台湾人にとっても得体の知れない力を秘めた、予測しにくい人物だ。
自分はスポットライトを避けて壁際を歩いていたいタイプだと語り、政界の階段を駆け上ってきた来歴を「偶然の人生」と振り返る。
蔡氏は台湾で初の女性元首となるが、ほかのアジア諸国でトップに上り詰めた女性たちと違って政治家一族の出身ではない。
父親は4回結婚。4人目の妻が蔡氏の母親だ。11人きょうだいの末っ子で、両親と多くの兄姉に囲まれた裕福な家庭に育った。
父は自動車修理業と不動産投資で成功していたが、蔡氏には広く社会に触れるため、公立学校へ通わせた。
蔡氏は30歳になるまで、学問の道を追及していた。
国立台湾大学の法学部を卒業した後、米コーネル大学で法学の修士号、英ロンドン大学経済政治学院(LSE)で博士号を取得し、後に法学の教授になった。
専門分野と英語力を見込まれて、1990年代には台湾の世界貿易機関(WTO)加盟交渉で法律顧問を務めることになる。
蔡氏はこうして、公職の世界へと一歩を踏み出したのだった。
中国本土との「小三通」
李登輝政権で国家安全保障担当の顧問役に就いた蔡氏は、李氏が提唱した中台「二国論」の策定に尽力した。中国との関係を「国と国の関係」と位置付けたこの表現は、中国側の強い反発を招いた。
次に就任した陳水扁総統の下、中台関係は最悪の状態に陥ったが、蔡氏は行政院大陸委員会のトップとして中国との協力関係を模索。そして2001年、中国本土と台湾の離島の間で直接の通商など「小三通」を解禁するという画期的な成果を上げた。後には、中台間初の直行チャーター便開通に向けて尽力した。
対中開放路線の行き過ぎも懸念されるなか、2003年にはさらに陳総統や立法委員(議員)らを説得し、台湾企業による中国への投資を合法化する法改正を実現させた。
当時、蔡氏と緊密に協力した元経済部長(経済相)の何美玥氏はこう語る。「人々が必要としていることであり、もともと非合法的には行われていることなのだから、政府は法律を作ってそれを合法的にできるようにするべきだ、というのが蔡氏の考え方だった」
「濃い緑」ではない党主席
蔡氏を知る人々は、同氏を実際的で臨機応変、そして合意形成のこつを心得た人物だと評価する。
「先頭に立って舞台に上がるタイプではないが、いったん会議の席に着けば主導権を握るのは彼女だ」と何氏はいう。
ただ台湾独立をめぐる蔡氏の立場は、周囲の人々にもはっきりとは分からない。
蔡氏のこれまでの歩みについて本にした専門家、チャンジンウェン氏は「反中派ではないし、緑色(独立を志向する民進党のシンボルカラー)が濃い人でもない。台湾の独立を支持すると発言したことは一度もない」と指摘する。
しかし一方で、台湾の民主主義を大事に思っているのははっきりしている。2008年に深刻な危機に陥っていた民進党のトップを引き受けたのも、民主主義には強い野党が不可欠との信念からだった。
当初はしぶしぶ政治に足を踏み入れた同氏が、その運命を進んで受け入れるまでに至った理由はなにか。答えを示唆するエピソードとして、蔡氏は最近の著書でとある出来事を紹介している。年配の飲食店員が自分の1カ月分の給与2万台湾ドル(約7万円)を全額、民進党に寄付したことについて、蔡氏はこう書いている。
「決して忘れません。彼女はお返しに何もいらない、ただ台湾の主権を守れるよう民進党に助けてもらいたいと言いました。自分はずっと台湾人でいたいと」
何より大事な中国
蔡氏が今後、台湾の独立を強く求めていくと予想する人はほとんどない。ただし同氏はこれまで、中国や与党・国民党からの強い圧力にもかかわらず、中国側が主張する「一つの中国」の原則を受け入れてこなかった。中国は、将来的な中台関係の基盤はこの原則しかありえないという態度だが、1992年時点の中台はこの原則を認めつつ解釈は相手に委ねることで合意した。中国側は、台湾と本土を合わせて一つの中国だと解釈している。しかし民進党は92年合意の存在自体を否定してきた。
一方で蔡氏は、民進党のそうした立場だけでなく、かつての自身の主張からも距離を置くようになっている。中国が今後も台湾にとって何より大事な国であり続けること、そして不安定な輸出状況で台湾が中国との経済協定を切実に必要としていることを、蔡氏は誰より承知しているはずだ。
国立政治大学の政治学教授、寇健文氏は蔡氏の柔軟性について、「彼女はイデオロギーの強い人物ではないと思う。とても頭の良い人だ」と話す。
それを裏付けるように、選挙期間中に中国のネット利用者が蔡氏の「フェイスブック」ページに何万件もの批判を書き込んだのに対し、蔡氏はただこう返した。「今回の貴重な機会を通じて私たちの『新しい友人』が、民主主義と自由、そして台湾の多様性について、全体像を把握できるように願っています。フェイスブックの世界へようこそ!」
深いルーツ
皮肉なことに、蔡氏は中国側にとって、現職の馬英九総統よりも好都合な相手になるかもしれない。馬氏は両親が中国本土出身で、親中路線の国民党を率いているため、台湾では不信感を抱く人もいる。だが蔡氏が署名する協定なら、反発を招く可能性は低い。
蔡氏の親族には台湾のさまざまな民族が交じっていて、先祖は代々台湾人だ。そのおかげもあって有権者の信頼を獲得できた。父は客家(ハッカ)系、母はホーロー系、父方の祖母は先住民族のひとつ、パイワン族の出身だった。
しかし中国の信頼を得られなければ、在任中は中台関係がこう着状態に陥ってしまう可能性もある。中国側が政府間交流を縮小したり断ち切ったりする可能性もある。再び緊張が高まって近隣諸国の懸念を招き、台湾防衛支援の法的義務がある米国と中国との関係に影響が及ぶことも考えられる。
蔡氏の著書には、同氏の信条の手掛かりとなる一節がある。ドイツの社会学者マックス・ウェーバーの言葉を引用し、政治を堅い板に力強く、ゆっくりと穴を開ける作業に例えてこう書いている。
「理想を実現するためにはさらに忍耐強く、着実に、実践的に、そして正確にやらなければならない。これが私の流儀です」
(英語記事 Taiwan's first female leader, shy but steely Tsai Ing-wen)
http://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-35436296

【有為転変】第96回 オーストラリア・デーの背後[社会]

2016-01-30 | 先住民族関連
NNA 2016/01/29(金曜日)
オーストラリア
オーストラリアの建国記念日に当たる1月26日のオーストラリア・デーに、グーグル(オーストラリア版)がホームページに載せた自社ロゴの絵を見た人は多いことだろう。イベントなど国内各地で祝賀ムード一色となっていたオーストラリアの記念日に、世界で最もよく使われる検索エンジンが、アボリジニの悲しみを表現するデザインを掲載したからである。こちらも検索を忘れ、思わず見入ってしまった。
グーグルのロゴは、その日の記念日などに合わせたデザインに変更されていることがある。これを「いたずら書き」を意味する「グーグル・ドゥードゥル(Google Doodle)」と呼ぶらしい。
グーグルは昨年末、「もしもその時代に戻れたら……」をテーマに、オーストラリア・デーのロゴを公募した。今回2万4,000点の中から選ばれたのは、キャンベラに住む16歳の女子高生、イネカ・ヴォイトさんが描いた「奪われた夢の時(Stolen Dreamtime)」だった。
ヴォイトさんの絵は、黄土色の砂漠で子どもと生き別れ、幸福な生活を奪われて、嘆き悲しむアボリジニの母親を描いたものだ。ヴォイトさんは「もしもその時代に戻れたら、生き別れた母親と子どもを再会させるでしょう」と説明した。白人系のヴォイトさんは「私なりの先住民族の人たちへの謝罪と、和解へのメッセージ」だという。
■「先住民族との条約がない国」
オーストラリア・デーを記念し、各州ではさまざまなイベントやパレードが催された。この日だけで約154カ国・地域出身の外国人約1万6,000人以上がオーストラリア国籍を得たという。
そうした祝賀的雰囲気の記念日だけあって、過去のグーグル・ドゥードゥルのデザインは、政治的要素が薄く、他愛なく明るいデザインばかりだった。
それなのにグーグルが今年、オーストラリア・デーのシンボルとして、多分に政治的議論を巻き起こしかねないデザインを使用したことには驚いたが、同時にインターネット上に賞賛の声が多かったことにも驚いた。インターネット上では、「国の統一ではなく、分裂をあおるようなことをするな」という非難もあったが、概して「オーストラリア・デーが“侵略の日”だという本当の意味を呼び起こしてくれた」といったものから、「グーグルの自由なセンスを評価する」といったものまで、さまざまな賛同が上がっていた。
あまり大きく報道されていないが、国内各地でオーストラリア・デーに反対するデモが起きたのも確かだ。シドニーでは、ニューサウスウェールズ州ジェニー・リョン議員などが扇動したデモに約1,000人が参加したほか、メルボルンでも約150人が「大量殺りくは誇ることができない」などと叫び、街を行進した。ある活動家は「オーストラリアはコモンウェルスで唯一、先住民族との条約がない国だ」と批判していた。
■オーストラリア・デーを別の日に?
オーストラリア・デーは、1788年1月26日にイギリス艦隊が植民地化を目的に、シドニー湾一帯に到着したことにちなんで定められたものだ。
実は、これを別の日に変えようという動きが本格化したことがあるという。
野党の地位にあった労働党のケビン・ラッド党首は2007年、アボリジニのコミュニティーに、もし労働党が政権を握ったらアボリジニにとって屈辱の日であるオーストラリア・デーを別の日にする、と約束した。ラッド労働党は同年の総選挙で勝ち、政権を握った。だが、約束は実行されなかった。当時のラッド首相は「オーストラリア・デーを変えようという要望に対しては、丁重かつシンプルに言えば、ノーだ」と言い放った。
■オーストラリアの十字架
デイリー・ライフ紙は問題を投げかけている。「グーグルのような外資企業ができるのに、どうしてオーストラリア政府や大半の国民ができないのか?」
インサイダー紙は「アボリジニにとって、先祖が殺されたり土地が奪われたりした日を祝うことがばかげているように、白人が『過去を忘れて前に向けて進もう』と言うのもばかげている。同じ理屈なら、アンザックデーを祝うのも止めなければならない」としている。
鉱物資源が豊富で、美しいビーチに囲まれた豊かな大地に、白人が作った「ラッキーカントリー」にとって、建国の意味を掘り下げることは、この国が今後も背負わねばならない十字架といえる。【NNA豪州編集長・西原哲也】
http://news.nna.jp.edgesuite.net/free/news/20160129aud020A.html

小豆島、移動中にセンバツ吉報待つ!2年生8人修学旅行中

2016-01-30 | アイヌ民族関連
スポーツ報知 2016年1月29日6時0分
 第88回センバツ高校野球大会(3月20日から12日間・甲子園)の出場校を決める選考委員会が29日、大阪市内で開かれ、一般選考29校と21世紀枠3校の計32校が選出される。離島のハンデを乗り越え、部員17人で秋季県大会を初制覇した21世紀枠候補・小豆島(香川)は、現在2年生部員8人が北海道に修学旅行中。最終日となる発表当日は、乗り継ぎ先の羽田空港で吉報を待つ。
 各校が「センバツ決定」の一報を待ちわびる中、小豆島ナインは異例の状況で当日を迎えることになった。
 8人の2年生部員は、26日から北海道へ3泊4日の修学旅行中。最終日となる29日は、午前中に白老町の「アイヌ民族博物館」などを訪れた後、午後1時に新千歳空港発の飛行機に乗り込み、同3時前に羽田空港に到着する。大会本部から学校に連絡が届く運命の瞬間を、1年生は校内で、2年生は空港と、それぞれ離れた場所で待つ予定だ。
 そんな中、1年生部員9人はこの日も通常通り練習した。杉吉勇輝監督(32)も「緊張しているような感じはなかったです。いつも通りでした」と落ち着いた様子を見せた。
 小豆島町役場によると、出場が決まった場合、町内全域に町内放送を流して祝福。高松港からフェリーに乗った2年生部員が小豆島に到着する午後8時半からは、港でセレモニーが実施される。「今はセンバツの話題で持ちきり。みんな楽しみにしてますよ」と、同校OB会会長の藤井久幸さん。春夏通じて初の甲子園切符を、島全体が待ち望んでいる。(種村 亮)
http://www.hochi.co.jp/baseball/hs/20160128-OHT1T50136.html

白老・萩の里自然公園とウヨロ川周辺 「重要な里地里山」に 環境省が選定

2016-01-30 | アイヌ民族関連
北海道新聞 01/28 07:00

生物多様性保全上重要な里地里山に選ばれた萩の里自然公園。北側にはウヨロ川が流れる
 【白老】町萩野の「萩の里自然公園とウヨロ川周辺」が胆振管内で唯一、環境省の「生物多様性保全上重要な里地里山(重要里地里山)」に選定された。里地里山の保全活用の取り組みを後押しするもので、関係者は知名度アップによる地域の活性化に期待を寄せている。
 重要里地里山は、人口減少により生物の多様性を育む里地里山の保全が難しさを増す中、豊かな生態系を保全活用する取り組みを促進する狙いで、環境省が全国500カ所の地域を選んだ。
 「萩の里自然公園とウヨロ川周辺」ではかつて、炭焼きや薪(まき)取り、牛馬放牧などが行われ、現在も千種類以上の動植物が生息している。
 薪炭林を復元するため、2013年度から町民有志が雑木林の伐採を行っていることや、町内のNPO法人が中心となり、町営萩の里自然公園とウヨロ川などを結ぶ小道を「ウヨロ川フットパス」として整備し、自然観察や散策の場として活用されているなどが評価された。
 町は「今回の指定で、白老の知名度向上につながることを期待している。2020年にはアイヌ文化復興の拠点『民族共生の象徴となる空間』(象徴空間)も開設されることと合わせて、観光誘客につなげていければ」(農林水産課)と話している。
 道内ではこのほか、平取町の沙流川流域や、帯広市・十勝管内芽室町の「帯広の森」など5カ所が選ばれた。(土屋航)
http://dd.hokkaido-np.co.jp/news/area/doo/1-0228059.html


第34回:マーロン・ブランドの肉声

2016-01-28 | 先住民族関連
コラム:佐々木俊尚 ドキュメンタリーの時代 - 第34回
エイガドットコム-2016年1月27日更新

マーロン・ブランドの肉声が盛り込まれたドキュメンタリー(C)MB FILMS LTD 2015. All Rights Reserved.
マーロン・ブランドという俳優の名前を聞いて、すぐに顔を思い出す人はもはやだいぶ減ってしまったかもしれない。そもそも出演作はたくさんあるが、駄作が非常に多い。晩年は体重が120kgにもなって激太りし、言うのもなんだがとても醜かった。
性格が悪かったことでも有名だ。若いころは共演の女優を漁りまくり、有名になってからはひたすら尊大になり、びっくりするぐらい高い出演料を吹っかけた。脚本を覚えられないのでも有名だった。だからだんだん映画業界で干されていった。
そういうひどい人だったのだが、しかし彼の名前は燦然と映画史に輝いている。20代のころの「欲望という名の電車」(1951年)「波止場」(1954年)も素晴らしかったが、いったん干されてほとんど消息不明になった後、1970年代になって突如復活してからの3作が圧倒的だ。
1972年の「ゴッドファーザー」と「ラスト・タンゴ・イン・パリ」、それに1979年の「地獄の黙示録」である。
そのころ業界から半分消えていたブランドは、監督のフランシス・フォード・コッポラから「ゴッドファーザー」のオファーを受けた。しかし制作スタジオが反対し、屈辱的なスクリーンテストを受けさせられることになる。
「スクリーンテストなど屈辱的だったが、私には仕事が必要だった。演じる自信はなかった。私は口の中にコットンを詰め込んだ。するとこんな話し方になる。のどを撃たれたような声で……ぼそぼそと話す。役者が最も恐れるのは恐怖心だ。評価を恐れ、努力する姿は隠したいし、自分の虚勢やウソが信じてもらえなかったらと、怯えているところも見られたくない。その恐怖心が演技をだいなしにする。だから奥に隠れてるカメラマンやプロデューサーに、『お前らなど構うか』と言ってやるんだ」(本作より)
マフィアの老ボスを演じるため口にコットンを詰め、背中を丸めてボソボソと喋る演技に、コッポラは圧倒され、その場でブランドの起用を決めたとかいう神話が残っている。
このゴッドファーザーのドン・コルレオーネ役で、ブランドはアカデミー賞最優秀主演男優賞を受賞した。ところが授賞式に現れたのはブランドではなく、アメリカ先住民族の女性。彼女はブランドの言葉をこう読み上げた。「このような権威ある賞をいただきましたが、残念ながら辞退させていただきます。現在の映画業界の先住民に対する扱いへの抗議のためです。愛と寛大な心でご理解ください」
なにからなにまで伝説的な俳優は、晩年にはまた駄作にたくさん出るようになり、そのうちふたたび不幸のどん底に落ちた。長男が長女のボーイフレンドを射殺して逮捕され、長女もその後自殺した。肥りすぎた挙げ句に心臓病を病み、そして80歳で亡くなった。
しかしマーロン・ブロンドという俳優の存在は映画史のなかで傑出している。彼が出現して以降、俳優の演技は大きく変わったと言われる。それまでの映画俳優は、みんな「スター」だった。クラーク・ゲーブルもジョン・ウェインもみんなそうだが、何を演じてもハンサムで、何を演じてもゲーブルやウェインにしか見えない。彼らは役を演じているのではなく、スターを演じていたのだ。
ブランドは違った。彼の演技はあまりにリアルで迫真的で、役の中の人物にしか見えなかった。マーロン・ブランドという生身の人間の存在感は意外に薄かった。ドン・コルレオーネを演じるとマフィアのボスにしか見えず、「ラスト・タンゴ・イン・パリ」では性愛に溺れていく中年男にしか見えず、「地獄の黙示録」のカーツ大佐はまったく異なるキャラクターで、ジャングルの奥に潜む狂った軍人そのものだった。スターではなく、アクターであること。このあり方は、多くの映画俳優に大きな影響を与えた。
だから衝突もあった。「ラスト・タンゴ・イン・パリ」では、監督のベルナルド・ベルトリッチがブランドに「ありのままの自分」をさらけ出すことを求めた。
「そんなことはごめんだ。『私を何だと思っている』と言いたい」(本作より)
マーロン・ブランドは他人からの干渉を嫌がり、誰にも心の奥底を見せなかった。人嫌いで、誰にも心を明かさず、不幸をかかえこんだまま、孤独に死んでいった。ところが、だ。なんと孤独で自分を語らなかったブランドは、生前に約300時間もの長さの音声を録音していたのだという。その録音テープが遺産管理団体によって発見され、すべてを赤裸々にかたるブランドの姿がそこにはあり、そして本作の映画となった。
ブランドは自身の心の奥底を存分に語っている。それは苦しいほどに孤独だけれども、同時にすばらしく深く洞察され、ユーモアも悲しみも喜びもある。静かに語るブランドの声はしゃがれているけれども美しく、何度も何度も聞きたくなる魅力にあふれている。
http://eiga.com/extra/sasaki/34/

台湾の小学生らが白老・アイヌ民族博物館訪問し交流

2016-01-28 | アイヌ民族関連
室蘭民報 【2016年1月27日(水)朝刊】
 台湾の先住民族の小学生や引率の教諭ら20人が26日、白老・アイヌ民族博物館を訪問、アイヌ民族の伝統的な遊びを体験したほか、子どもたちは歌や踊りを披露、両国先住民が交流絵巻を繰り広げた。
 排湾(パイワン)族と阿美(アメイ)族の子どもたちは、同博物館が昨年11月に博物館協定を締結した台湾・屏東県の「原住民委員会・文化園区」に近接する牡丹国民小学校に在籍する5、6年生13人。同博物館の野本正博館長が「大変楽しみに待っていました。きょうは一日、アイヌ文化を体験してください」と歓迎。同小の楊(ヨウ)瑞麟(ルェイリン)校長が「子どもたちを連れてこられてうれしく思います。両国の先住民が熱く交流できたらと思います」とあいさつ、両者がプレゼントを交換した。
 同博物館を拠点に人材育成プログラム「担い手育成事業」を受講するアイヌの若者6人が、阿寒地域に伝わるアイヌ民族の遊び・ネズミの踊り(エルム・リムセ)を実演。「スンカイノ、アキナクスハラリソー」と歌が流れる中、今度は子どもたちが帯の輪の間からサッと手を入れてお菓子を取る遊びを楽しんだ。
 民族衣装の子どもたちは、収穫祭などめでたいときに歌う歌や数え歌、離ればなれになった友達を思う歌、「日本語の歌詞を覚え、一生懸命練習しました」という日本語の歌などを、踊りを交えて披露。最後は同博物館職員も加わって台湾の踊りを輪になって踊った。昼食にアイヌ民族の伝統食を食べ、伝統楽器・ムックリの製作にも取り組んだ。
 5年生の盧(ルー)亮語(リャンユ)さんは「すごく楽しかった。珍しいところもたくさん見られた。ネズミのゲームが一番印象に残っています。小学校に戻ったらアイヌ民族のことを伝えたい」と話した。
(富士雄志)
http://www.muromin.mnw.jp/murominn-web/back/2016/01/27/20160127m_08.html

台湾先住民族の児童ら北海道・白老に アイヌ民族と交流

2016-01-28 | アイヌ民族関連
北海道新聞 01/27 10:03

アイヌ民族の若手担い手と交流する子どもたち
 【白老】台湾・屏東(へいとう)県の牡丹(ぼたん)国民小学校に通う、パイワン族とアミ族の児童ら20人が26日、アイヌ民族博物館を訪れた。アイヌ民族の若者らと歌や踊りなどを通して交流した。
 昨年11月に同館が、屏東県にある先住民族の国立博物館と協定を結んだことがきっかけ。子どもたちに異民族との交流を通し、互いの歴史や文化、生活習慣などを学ばせようと同館が派遣した。
 一行は、アイヌ民族博物館のかやぶきのチセ内でアイヌ文化の若手担い手らと交流。エルムンリムセ(ねずみの踊り)と呼ばれるアイヌ民族伝統の歌に合わせて、素早くお菓子を取る遊びなどで交流を深めると、緊張がほぐれ、満面の笑みを浮かべた。
 子どもたちも民謡など伝統音楽に合わせて歌や踊り、楽器演奏を披露した。
 小学5年の盧亮語(ルーリャンユ)さん(11)は「アイヌの伝統衣装は色の組み合わせがきれい。滞在中にスケートをするのが楽しみ」と話した。アイヌ文化の担い手の1人、中井貴規さん(38)は「台湾の子どもたちの素晴らしい歌や踊りにびっくりした」と話していた。
 一行は明日以降、知里幸恵銀のしずく記念館(登別)などを見学し、29日に帰路に就く。(土屋航)
http://dd.hokkaido-np.co.jp/news/area/doo/1-0227746.html

カナダという国:ワーキングホリデー・海外留学生活情報

2016-01-27 | 先住民族関連
ワーホリニュース (ブログ)-2016年01月27日

カナダは、実はとても若い国で、建国わずか149年、自国の憲法ができたのがついこの間の1982年です。
カナダ自体にはネイティブカナディアンがすでに先住民族として居住していましたが、大昔にヨーロッパ人が進出してきて、今のカナダがあります。
公用語は英語とフランス語ですが、国内の大半では基本的に英語、東海岸のケベック州では主にフランス語が使われています。ケベックに行くとそこはまるで別世界で、気分はまるで外国に来たようですよ。
そんな若い国カナダ、日本やヨーロッパ諸国に比べるとあまり歴史はありません。
ですが移民が本当に多く、世界各国からやってきた移民たちはそれぞれ自国の歴史を持っていて、さまざまな価値観や世界観に触れることができます。これもカナダの魅力の一つではないでしょうか。
私はカナダに来て初めて、アフガニスタンやイラン、イラク、中東諸国から難民としてカナダに渡ってきた人、また中国から漁船で命からがら海を渡ってカナダにきた人など、見たことも聞いたこともない世界各国の本当の事情を見た気がします。同じような歳の人から聞く戦争経験には心底驚きました。
カナダは人道支援、並びに慈愛に満ちた国なのではないか、と感じます。
同性間の結婚はもちろん合法、さまざまな弱者には非常に手厚保護が用意されており、移民や難民も受け入れています。
なので税金はとっても高く、そこだけは一般市民にはちょっぴり辛いお財布事情です。
あと一つ、とっても興味深いのは、アンチアメリカのカナダ人が非常に多いということ。「アメリカとは違う」「カナダはこうだ」と非常に対抗意識を持った人が多いような気がします。
それにひきかえ、そんなことは全く気にもとめていないというった感じのアメリカサイド。
ちなみに、アメリカ英語、カナダ英語も微妙に違いますので、それを発見するのもまた楽しいですよ。
momo@カナダ
http://www.whic.jp/blog_news/cat3/post_658.html

子どもの貧困対策などで要請 女性教職員ら

2016-01-27 | アイヌ民族関連
エコノミックニュース -2016年01月26日 21:01
憲法・平和・教育を守る全国母と女性教職員の会は26日までに民主党・岡田克也代表あてに、給付型奨学金制度を創設など子どもの貧困対策の推進に実効ある施策を推進することや少人数学級の拡充にむけ教職員定数の計画的改善をすすめること、子どもの内面を評価し価値観の押し付けにつながる「道徳の教科化」は行わないことなど教育にかかる問題や集団的自衛権行使を容認する閣議決定を撤回し、安全保障関連法を廃止することなど防衛、厚生に関係する分野で要請を行った。
 文部科学省関係では「子どもの貧困や教育格差の拡大について現状と問題点を把握するとともに、その解消にむけた実効性のある施策を講じること」や「被差別部落の子ども、アイヌや琉球(沖縄)の子ども、難病や障害の子ども、在日コリアンや帰国・渡日の子ども、児童養護施設の子ども、性的マイノリティの子どもの現状を把握し、子ども・学校・地域の実状に即した人権教育を推進すること」を求めたほか「スクール・セクシュアルハラスメント、性暴力などの防止にむけ、教職員に対する研修の実施や相談体制の構築など具体的なとりくみを充実すること」なども要請した。
 厚生労働省関係では「子どもの貧困対策法にもとづき保護者の自立支援、経済的支援の充実をはかること」「食品中の放射性物質の基準値については外部被曝も含め、国際基準年間1ミリシーベルト以下にもとづいた低い値に見直すこと」を求めた。
 防衛省関係では「憲法9条の戦力不保持をふまえ、自衛隊の役割の見直しと縮小・改編をすすめること。また、沖縄への自衛隊配備を強化しないこと」「アフリカ・南スーダンのPKO活動においては来年5月の部隊交代に合わせて行うとする武器使用基準の緩和や駆けつけ警護の任務の追加を行わないこと」などを要請した。(編集担当:森高龍二)
http://economic.jp/?p=57771

スペイン・バスク地方の伝統打楽器チャラパルタ、アイヌの伝承歌が絡み合い、気鋭のダンサーとコラボ

2016-01-27 | アイヌ民族関連
dot.-(更新 2016/1/26 20:55)

スペイン・バスク地方の伝統打楽器チャラパルタ、アイヌの伝承歌が絡み合い、気鋭のダンサーとコラボ
 コンテンポラリーダンサー、振付家として活躍する平山素子の企画公演「Hybrid-Rhythm & Dance」では、音楽にスペイン・バスク地方の伝統打楽器チャラパルタとアイヌ伝承歌を迎えて作り出す、まったく新しい舞台となる。
 2008年「春の祭典」でストラヴィンスキーに初挑戦し、13年「フランス印象派ダンス Trip Triptych」ではラヴェル、ドビュッシー、サティという3人の作曲家の音楽を用いた舞台を作り出した平山素子による、音楽シリーズの第3弾。今回はスペイン・バスク地方の伝統打楽器であるチャラパルタとアイヌの伝承音楽とのセッションにより、『ダンスとリズム』という身体の持つ根源に迫る。
 スペイン・バスクの伝統打楽器であるチャラパルタとは何か、知る人は少ない。森から切り出される「ただの木材そのもの」並べられた木材を、必ず2人1組となって演奏する。それぞれが長さ約10インチ、直径約1.5インチの木撥を持ち、一方の奏者が2本の木撥で基本的なリズムを奏で、もう一方の奏者は相方のリズムの合間に叩いて音を出すという演奏スタイル。来日するグループ「オレカTX」の活動を折った映画『遊牧のチャラパルタ』は国際的に高い評価を受け、14ヶ国の国際映画祭で受賞を果たしている。
 アイヌの伝承音楽「ウポポ」とは、「歌」を意味する。「座り歌」と訳されることもある。一種の輪唱の形式をしたもので、成句一つだけで歌われていることが多い。仕事歌、舟漕ぎ歌、踊りながら歌う歌、輪唱歌などがあるが、いずれにしろ即興性が高いのかが特徴だという。今回の舞台には阿寒や祖母から伝承されてきたウポポ(歌)を中心に、各地で歌を通した文化活動を行う床絵美が登場する。
 先鋭のダンサーたちの身体とスペイン・バスク地方の伝統打楽器「チャラパルタ」、そしてアイヌの伝承音楽の音とリズムが強烈に絡み合い、新たなるハイブリッドな世界が誕生する瞬間を見逃さないようにしたい。text by yokano
◎公演概要
平山素子【Hybrid -Rhythm & Dance】
2016年3月25日(金)~27日(日)3回公演
新国立劇場 中劇場
more info:http://goo.gl/3gdRcm
http://dot.asahi.com/billboardnews/2016012600095.html

OKI DUB AINU BAND、“仲間と踊る”5年8カ月ぶりアルバム

2016-01-27 | アイヌ民族関連
ナタリー-2016年1月26日 15:30

OKI DUB AINU BANDが3月9日にニューアルバム「UTARHYTHM」をリリースする。
OKI DUB AINU BANDは、アイヌの伝統弦楽器・トンコリの奏者であるOKIが率いるダブバンド。「UTARHYTHM」は2010年7月発表のアルバム「SAKHALIN ROCK」以来5年8カ月ぶりの作品で、レコーディングはOKI(Tonkori, G, Vo)、居壁太(Tonkori, Cho)、沼澤尚(Dr / シアターブルック、blues.the-butcher-590213)、中條卓(B / シアターブルック、blues.the-butcher-590213)、内田直之(Dub Mix / LITTLE TEMPO、Flying Rhythms)、HAKASE-SUN(Key / LITTLE TEMPO)という強力な布陣により行われた。なおUTARIとはアイヌ語で「仲間」を表す言葉で、今作には「UTARI(仲間)とRHYTHM(リズム)で踊る」という意味が込められている。
彼らはアルバム発売に先駆け3月5日に東京・渋谷CLUB QUATTROにてワンマンライブを開催する。
OKI DUB AINU BAND「UTARHYTHM」収録曲
・ANKIMA KAKA(ride on snow)
・ARAHUY
・HAYTAKUR SKANK
・SUMA MUKAR
・KAMUY SINTA
・HEKURI SARARI
・CITY OF ALEPPO
・NT SPECIAL
・TAMA KOOTO
・KENKEYO
・RERA TASA BOO
・HUNDIRI
・UTARHYTHM
※曲順未定
OKI DUB AINU BAND アルバム発売記念ワンマンライブ
2016年3月5日(土)東京都 渋谷CLUB QUATTRO
http://natalie.mu/music/news/173731