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【日本ファンタジーの金字塔】58年前の「コロボックル」がジブリみたいで驚いた!

2017-07-30 | アイヌ民族関連
エキサイトニュース2017年7月29日 09時00分
『コロボックル物語1 だれも知らない小さな国』(作:佐藤 さとる 絵:村上 勉)
子供のころに読んだ本の中で、最も印象に残っている1冊と言ってもいいのが、コロボックルシリーズ「だれも知らない小さな国」。といっても、40年以上も昔なので、覚えているのはコロボックルという名前だけで、内容は全く思い出せないのですが……。
著者である佐藤さとるさんが、今年の2月に永眠されたと知り、今、読み返したらどう感じるのだろうと、再びこの本を手にしてみました。
コロボックルはアイヌ語で「ふきの葉の下の人」という意味で、アイヌ伝説に出てくる5センチ前後の小人のこと。そのコロボックルに主人公であるぼくが初めて会ったのは、小学3年生のときでした。魔物がすむという噂から鬼門山と呼ばれ、誰も寄り付かなくなった美しい小山に1人で遊びに行くようになったのです。
ある日ぼくは、女の子が失くした赤い運動靴の中で、コロボックルが手を振るのを見かけます。ところが大人になるにつれ日々に忙殺され、小山にも行かなくなってしまうのです。
終戦後、美しい泉が湧く小山のことが忘れられなかったぼくは、地主さんの許可を得て小屋を建て始めます。すると小さな黒い影がサッと動くのを目にするようになり、ついにコロボックルたちが姿を現すようになります。実は彼らは、ぼくが自分たちを捕まえて見せ物にしたり、標本にしたりしない味方かどうかを長年に渡り調査していたのです。
コロボックルは、普段は穏やかで平和な人種ですが、悪い人間にはイタズラをします。例えば、蜂の毒をたっぷり塗った針で手や足を刺したり、耳の中に石を詰め込んで聞こえなくしたり、人間が起きる寸前に耳元で囁いて夢のように思わせたり。知らない間に刺し傷ができていたり、現実的な夢をよく見る私は、もしかしてあれはコロボックルのお仕置きだったのか? と笑ってしまいましたが。
その後、コロボックルに最大の危機が訪れます。山に高速道路を作るため、山が削られるというのです。ぼくとコロボックルは、なんとかその計画を阻止しようと作戦を企て、平和的な解決へと導きます。
こうして改めて読み返してみると、この本には宮崎駿さんのジブリ作品に出てくるような、自然への畏怖や人間の傲慢さみたいなものも描かれていたのだと気付きました。
しかし、この本が出版されたのは1959年。実に58年も前なのです。それでもまったく古さを感じず、内容も文章も大人になった今、読み返しても十分に楽しめる作品だったことに改めて驚きました。
子供のころは気付きませんでしたが、このお話の中には淡い初恋みたいな話も出て来ます。赤い運動靴を履いていた女の子とぼくは、大人になってから再会するのです。コロボックルも彼女を信頼して迎え入れ、この誰も知らなかった小さな国は2人が守っていくようになります。
この本はまさに、日本が誇るファンタジーの金字塔だと思います。
だからこそ、「コロボックル」シリーズが生まれ、何度も改版され読み継がれて来たのでしょう。
「死ぬ前に一度くらいはコロボックルに会ってみたい」と本気で思い始めている自分がいます。もしかしたら今も、コイツを本当に信用してもいいのか?とコロボックルは私の言動を調査中だったりして……と、妄想するだけでニタニタが止まりません。
大人になってから、子供のころに読んだ本を読み返す楽しさは、ちょっと別格です。大人が読む夏休みの課題図書には、うってつけの本だと思います。
■レビュワー
◎黒田順子
「関口宏の東京フレンドパーク2」「王様のブランチ」など、バラエティ、ドキュメンタリー、情報番組など多数の番組に放送作家として携わり、ライターとしても雑誌等に執筆。今までにインタビューした有名人は1500人以上。また、京都造形芸術大学非常勤講師として「脚本制作」「ストーリー制作」を担当。東京都千代田区、豊島区、埼玉県志木市主催「小説講座」「コラム講座」講師。雑誌『公募ガイド』「超初心者向け小説講座」(通信教育)講師。現在も、九段生涯学習館で小説サークルを主宰。
公式HPはこちら⇒www.jplanet.jp
■本の紹介
◎コロボックル物語1 だれも知らない小さな国

250万人が愛した、日本の小人(コロボックル)の物語、復刊!
久しぶりで本書を読んで感じたのは、これはなんと、純度の高いラヴストーリーそのものではないか、という驚きだった。──梨木香歩(解説より)
初版が出て51年、いつのまにか本は半世紀をこえて生き、作者の私は80歳を過ぎてしまった。
いくつになろうと、私が作者であるのはまちがいないのだが、このごろはなんとなく自分も、読者の1人になっているような気がする。そして読者としての私も、この再文庫化を大いに喜んでいる。──佐藤さとる
これが、僕がコロボックルを描く最後になるかもしれない。──村上勉
びっくりするほど綺麗なつばきが咲き、美しい泉が湧き出る「ぼくの小山」。ここは、コロボックルと呼ばれる小人の伝説がある山だった。ある日小川を流れる靴の中で、小指ほどしかない小さな人たちがぼくに向かって手を振った。うわあ、この山を守らなきゃ! 日本初・本格的ファンタジーの傑作。
『コロボックル物語1 だれも知らない小さな国』
作:佐藤 さとる 絵:村上 勉
ISBN:9784062767989
この本の詳細ページ:http://bookclub.kodansha.co.jp/product?isbn=9784062767989
http://www.excite.co.jp/News/column_g/20170729/KodanshaBook_20170729_b02.html

エクアドル人デザイナーによるモダンな先住民スタイル

2017-07-30 | アイヌ民族関連
AFPBB News 2017/07/28

エクアドル・リオバンバの店内に陳列されたプルハ族スタイルの手刺繍ブラウス。エクアドルでは、グローバルなファッショントレンドから離れ、独自の先住民ファッションが脚光を浴びている。(2017年7月1日撮影)。(c)AFP/JUAN CEVALLOS
【7月28日 AFP】長年西欧スタイルの二番手に甘んじていたが、エクアドルでは今、伝統衣装を捉え直す新世代のデザイナーたちの登場で、先住民ファッションが再び脚光を浴びている。
「素早くターンして!」。ケチュア語で「プリンスとクイーン」を意味するモデル事務所「Awkis y Nustas」創設者のフアナ・チカイザ(Juana Chicaiza)は声高に言った。彼女は若いモデルたちに、アンデスの伝統的なスカート、アナコをランウェイで一番良く見せる方法を教えていた。
 長い黒髪を持つ、元美人コンテスト優勝者のチカイザは、プルハ(Puruha)と呼ばれる先住民の一人だ。彼女の伝統的な身なりはコンテストで失笑された。この経験により32歳の彼女は、ランウェイにおいてプルハの「アイデンティティーを周知」させるためにも、自身の事務所を2013年にオープンさせた。今やランウェイでは、モデルたちが「西欧と先祖代々」のものをミックスした服で闊歩している。
 ラテンアメリカの事務所は一般的に、モデルたちに砂時計型のプロポーションと美しい容貌を求めるとデザイナーでもあるチカイザはAFPの取材に答えた。「我々はそれを求めてはいない。個性を持つ女性を求めているのです」と彼女は語る。
 エクアドルの先住民を代表する団体によると、エクアドルにおける先住民は人口1650万人のうち、30パーセントを占める。だが多くの住人は、自分が先住民と認識しておらず、国勢調査ではたったの7パーセントであるとされている。チカイザのように、ファッションデザイナーたちも、人々にその伝統に誇りを取り戻す活動をしている。
少しエッジーさを加えて
 同じくプルハ民族であるLucia GuillinとFranklin Janetaは、それぞれ先住民ファッションブランド「Churandy」と「Vispu」を立ち上げた。「我々プルハの服は見かけなくなり、若い人たちは西欧のファッションを身に付けるようになった」と自身がデザインしたベアショルダーの服をまとったGuillinは語る。手刺繍の花があしらわれたトップスやスカートなどの価格帯は150〜800ドル(約1万7,000円〜9万円)。一番高価なアイテムは花嫁や美人コンテスト優勝者たちに向けられたジェムや刺繍などをあしらったものだ。
 デザイナーたちは花や太陽といった伝統的な装飾品やシンボルを用いる。だが今、デザイナーたちは斬新なカットなどで、より現代的なスタイルに作り変えている。「ローカットのネックラインやショートスリーブのものはなかった」とJanetaは言う。「もしそれを変えたらどうなるだろう?と私は自分自身に問いかけました。なぜなら若い女性たちはもう少しモダンなものを好むからです」
 またGuillinは服に少しエッジーさを加え、マーメイドカットやトレーン、フレアやサイドスリットなどを取り入れた。そうすることで女性たちに再びアナコのスカートを、誇りを持って着てもらえるようになったという。「我々は、先住民は閉鎖的だという考えを改めなければいけない」と彼女は言う。「そういった考えを持ち続けると、我々の文化を失う恐れもあるのです」
 Janetaらのブランドでは、毎月1万2000ドル(約135万円)の売上があるという。彼女によると、顧客たちはハンドメイドの服の価値を理解しつつあるという。「我々は異なる品質をどのように見分けるかを人々に教えた」と彼は語る。「以前は60ドル(約6700円)以上のブラウスを販売することは困難でしたが、もはやそうではない。彼らはコルセットに400ドル(約4万5000円)まで支払うでしょう」
 香水ブランド「Yuyary」(ケチュア語で記憶を意味する)を立ち上げたデザイナーのEsther Miranda、Jose Mullo、Jacqueline Tuquingaといった新時代の先住民事業家たちは、西欧人たちも潜在的な消費者ターゲットと見なしている。「ケチュアのブランドなので、人々は我々のコミュニティーだけのものと思いがちだ」とMirandaは言う。「しかし我々はそれを超えていきたいのです」。(c)AFP/ Paola LÓPEZ
http://www.afpbb.com/articles/-/3137117

印付き皿の破片、本州初出土 居住の可能性高まる

2017-07-30 | アイヌ民族関連
毎日新聞 2017/07/27
 青森県南部町教育委員会は25日、北東北最大の戦国大名、三戸南部氏の居城だった国史跡「聖寿寺館跡」(同町小向)で、中世アイヌのシロシ(印)が施された染付皿の破片が、本州で初めて出土したと発表した。南部氏がアイヌと交渉を持ち、アイヌが聖寿寺館に住んでいた可能性が非常に高まった。本州アイヌ研究の進展に貢献するもので、南部氏の領国経営や北海道アイヌとの関係を考える上でも大きな発見だという。
 見つかったのは、15世紀後半~16世紀前半に流通していた中国産の染付皿底部片(底径7.2センチ)。シロシはアイヌの所有物であることを示す印で、底部に5センチ×4.3センチの「×印」が刻まれていた。聖寿寺館に持ち込まれた染付皿を居住していた本州アイヌが入手し、シロシを施した可能性が高いという。
 類似品は、北海道南部を支配した蠣(かき)崎氏の居城「勝山館跡」(北海道上ノ国町)からも出土し、和人とアイヌが混住していたとされる。また、聖寿寺館跡ではこれまでにも、同様にアイヌの物と見られる骨角器やガラス玉が出土している。
 記者会見で、本州アイヌの研究者である弘前大の関根達人教授は「アイヌがこの地に生きていた証拠があることが分かった意味は大きい。アイヌを味方につけることは南部氏にもメリットがあったはずだ」と話した。染付皿は、聖寿寺館跡案内所で28日から特別公開される。【塚本弘毅】
https://mainichi.jp/articles/20170727/k00/00e/040/213000c

アイヌ刻印の皿出土 青森・南部の国史跡で本州初 共に居住の可能性高まる

2017-07-30 | アイヌ民族関連
河北新報 2017/07/27
 青森県南部町教委は25日、中世の南部氏の居城だった国史跡聖寿寺館跡(しょうじゅじたてあと)から、アイヌ民族の「シロシ」と呼ばれる刻印が入った染付皿(そめつけざら)が見つかったと発表した。本州からは初の出土で、町教委は「南部氏の居城に、アイヌも居住していた可能性が高まった」と説明する。
 見つかったのは15世紀後半~16世紀初めに流通していた中国産の染付皿の一部。掘立柱建物跡の東端から出土した。底に5センチと4.3センチの直線が交わったバツ印が施されており、刻印は金属で引っかいて付けられたとみられる。
 聖寿寺館跡では過去の調査で、アイヌのものとみられる骨角器やガラス玉が出土していた。今回の発見について、アイヌを研究する弘前大の関根達人教授は「アイヌがいたことは分かっていたが、中世の城館で和人(アイヌ以外の日本人)と共に住んでいたことが意義深い」と言う。
 本州のアイヌの実態は不明な点も多く、史跡聖寿寺館跡調査整備委員会の三浦圭介委員長は「アイヌの歴史を研究する上で非常に大きな発見」と指摘。関根教授は「本州のアイヌは影が薄かったが、生きていた証拠があった」と話した。
 出土した皿は28日から同町小向の史跡聖寿寺館跡案内所で公開される。
http://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201707/20170727_33046.html

アイヌ刻印の皿の破片が本州初出土 青森の戦国大名城跡から 武士と居住の可能性

2017-07-30 | アイヌ民族関連
産経ニュース 2017/07/27
 戦国大名・南部氏が15~16世紀に青森県全域から盛岡周辺まで支配した際に拠点を置いたとされる城「聖寿寺館」跡(青森県南部町)で、アイヌ民族の刻印が付いた皿の破片が見つかったことが27日、分かった。北海道では出土例があるが本州では初めて。
 南部町教育委員会によると、破片は数センチ大で15~16世紀の中国製の磁器。文字を持たなかったアイヌが自らの所有物であることを示すために刻んだとされる「シロシ」と呼ばれるバツ印が裏側に彫られている。
 同様の刻印がある皿や茶わんは北海道上ノ国町にある中世の城跡「勝山館跡」からも出土しており、付近ではアイヌの墓跡も確認されている。
 町教委によると、皿は城の当主が生活していた区域で見つかっており、アイヌが武士とともに居住していた可能性が高いことを示すという。
http://www.sankei.com/life/news/170727/lif1707270030-n1.html


JR飯田線全線開通80年 浜松・天竜区出身女性2人、著書発行

2017-07-27 | アイヌ民族関連
@S[アットエス] by 静岡新聞(2017/7/27 08:08)


本を執筆した神川靖子さん(右)。飯田線沿線の書店などで販売している=浜松市天竜区水窪町の地場産品直売所「国盗り」
 静岡、愛知、長野の3県をつなぐJR飯田線がことし、全線開通80周年を迎えた。節目の年を記念して浜松市天竜区出身の女性2人がこのほど、路線の歴史秘話をつづった著書「飯田線ものがたり」を新評論(東京都新宿区)から発行した。建設当時、最難関区間とされた旧三信鉄道(三河川合―天竜峡)の測量や工事を担ったアイヌ出身の測量士川村カネト氏、沿線の魅力などをまとめた。
 執筆したのは名古屋市緑区のパート太田朋子さん(54)=浜松市天竜区佐久間町出身=と天竜区龍山町の会社員神川靖子さん(48)。
 現場作業員から差別を受けながらも、測量・敷設を成功させたカネト氏の実績を知った太田さんが「後世に伝えたい」と昨年、同区水窪町でカネト氏を題材にした合唱劇を開催した。劇の広報を担当した神川さんのブログが出版社「新評論」関係者の目に留まり、発刊することになった。
 書籍は2部構成で約300ページ。2人が沿線の各地で地元住民らから聞き取り調査した内容を、子どもから大人まで読みやすいようにブログ風に書き込んだ。太田さんはカネト氏の故郷である北海道旭川市も訪れ、カネト氏に関する資料なども参考にした。工事期間中に豪雨によって土砂崩れが発生したり、洪水で橋が流されたりして、工事が難航した様子などを丁寧に記した。
 飯田線は全94駅、延長約200キロ。大河ドラマ「おんな城主 直虎」の撮影で使われた高根城跡がある同区水窪町の向市場駅、地割れ花火で有名な同区佐久間町の中部天竜駅など各駅の特色や文化・観光名所、風景写真などを掲載した。神川さんは旧三信鉄道の全駅を含む計51駅に足を運んだという。
 神川さんは「94駅全てを紹介できなかった後悔はあるけど、住民の方が昔を思い出してくれたし、新たな話も聞けた。書き足りない部分はブログで伝えていけたら」と笑顔を見せた。価格は税別2千円。沿線の書店などで販売している。
 <メモ>川村カネト(1893~1977年) 北海道旭川市で上川アイヌ集落の長の家に生まれる。蒸気機関車を見て鉄道の仕事を目指し、23歳で鉄道省の試験に合格し測量士になる。34歳の時、険しい山間地測量の熟練技術者を求めていた三信鉄道に技術係で入社。工事の現場監督も務め4年ほど働いた。サハリン(樺太)や朝鮮で鉄道測量を行い、1944年に北海道へ戻ってアイヌ文化保存に尽くす。「川村カネトアイヌ記念館」には測量機器や手帳、列車の行き先表示板など飯田線関連資料が保存・展示されいる。
http://www.at-s.com/news/article/topics/shizuoka/384736.html

青森に「アイヌ刻印」磁器片…北海道外で初出土

2017-07-27 | アイヌ民族関連
読売新聞 2017年07月27日 07時30分
 青森県南部町教育委員会は25日、戦国大名の三戸南部氏が居住していた聖寿寺館跡しょうじゅじだてあとから、アイヌの刻印「シロシ」が付けられた磁器片が出土したと発表した。
 町教委によると、シロシがある遺物が北海道外で見つかるのは初めて。本州で暮らしていたアイヌが三戸南部氏の中心拠点に居住していた可能性を示すもので、町教委では「謎に包まれた本州アイヌの研究にとって大きな布石になる」としている。
 発見された磁器片は15世紀後半~16世紀頃に中国で生産された染め付けの小皿で、長さ約10センチ。裏側の底面に、金属などで付けたとみられる長さ4~5センチの十字の刻印が入っていた。
 アイヌの人々は身の回りの器物に「家紋」や所有物を区別する目的で刻印「シロシ」を付ける習慣があったという。北海道上ノ国町では、周辺を支配していた蠣崎氏の勝山館跡から、シロシの付いた皿や茶わんが出土している。
 アイヌの歴史に詳しい関根達人・弘前大教授は「三戸南部氏が本州アイヌと共存を図り、味方に付けていたことを物語る発見だ。海産物などが豊かな北海道アイヌとの交易や通訳などの役目を負っていたのではないか」と分析している。
 発見された磁器片は28日から、南部町小向の史跡聖寿寺館跡案内所で公開される。問い合わせは同案内所(0179・23・4711)。
http://www.yomiuri.co.jp/culture/20170726-OYT1T50135.html

「アフリカンアートミュージアム」館長 伊藤満さん /山梨

2017-07-27 | 先住民族関連
会員限定有料記事 毎日新聞2017年7月26日 地方版
理屈超えた形、質感宿る 伊藤満さん(65)
 --どんな展示品がありますか。
 ◆西アフリカ地域を中心としたマスクや楽器、アクセサリー、像など約2500点を展示しています。多くは木彫りで、動物や人物をデフォルメした独特の雰囲気が魅力です。紀元前500年ごろから1960年代に制作された展示品があり、アジアやオセアニアから収集した工芸品も並べています。
 --多くは伊藤さんのコレクションと聞きました。収集のきっかけは。
今月はあと4ページまで無料です。
残り868文字(全文1074文字)
https://mainichi.jp/articles/20170726/ddl/k19/070/086000c


アボリジニ歌手、Dr G ユヌピング(46)死去

2017-07-27 | 先住民族関連
日豪プレス2017年7月26日
ARIA大賞受賞、世界的な名声受けながら
 Dr. G. ユヌピング(1971年1月22日生 – 2017年7月25日死)は、ジェフリー・グルムル・ユヌピングとして、ダーウィンの東500km、エルコー島のガリウィンク・コミュニティに生まれた。長年の肝臓と腎臓の疾患のために死亡。
 ABC放送(電子版)が伝えた。
 ユヌピング氏は、アボリジニのバンド、ヨス・インディのメンバーなども務めた後、2008年には自分の名前を冠したアルバムでARIA大賞を受賞して一躍スターダムに乗った。アルバムはオーストラリア国内ではトリプル・プラチナム・アルバムを記録し、イギリスではシルバー・アルバムになった。2012年にはシドニー大学から名誉博士号を授与されている。また、オバマ前米大統領やエリザベス英女王の前で歌ったこともある。ただし、本人は華やかなセレブ生活を好まなかったといわれている。
 ユヌピング自身のアルバム・レーベル、スキニーフィッシュは、「ドクター・ユヌピングはオーストラリア音楽史上もっとも重要なミュージシャンの一人。生まれつき盲目で、僻地のガリウィンク・コミュニティに生まれ、自分の生まれ育ったヨルングの言葉で歌い、世界中で50万枚を超えるアルバムを売るまでになった」と述べている。また、友人のボーン・ウィリアムズ氏は、「彼とは15歳の時からの友達だ。ユヌピングは生涯ダーウィンで暮らしていた。子供の時にB型肝炎を患い、肝臓と腎臓を傷めたが、最近は腎臓の治療を受けていなかった。7月20日にユヌピングをロイヤル・ダーウィン病院に連れて行ったが、25日には死亡を知らされた。照れ屋で、慎ましくて、素晴らしい若者だった。それが素晴らしい声になった。天才的な音楽家で、ロック、ゴスペル、ソウル、何でもできた」と語っている。
 ヨルタ・ヨルタのソプラノ歌手でVictorian College of the ArtsのIndigenous performance学部長を務めるデボラ・チータム氏は、「ドクター・ユヌピングの音楽は、先住民族芸術家のイメージを一新した」と述べている。
■ソース
Dr G Yunupingu: Australia’s most prominent Indigenous musician dies aged 46
http://nichigopress.jp/ausnews/entertainment/147030/

国と道、20年開業に向けPT設置

2017-07-27 | アイヌ民族関連
日本経済新聞 2017/07/26
 2020年の東京五輪・パラリンピックに合わせ政府が白老町にアイヌ民族の文化復興拠点を開設するのに向けて、国や北海道は25日、観光戦略などを検討する官民合同プロジェクトチーム(PT)を設置した。年間来場者数100万人を目指し、国内外へのPRや運営体制などを整える。
 高橋はるみ知事は同日の記者会見で「道の誇りであるアイヌ文化を世界に発信し、一人でも多くの方々にアイヌ文化に触れ…
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http://www.nikkei.com/article/DGKKZO1923420025072017L41000/


開設へ日数表示 道庁にボード設置へ /北海道

2017-07-27 | アイヌ民族関連
毎日新聞2017年7月26日 地方版
 道は25日、2020年4月の白老町の「民族共生象徴空間」開設に向け、道庁赤れんが庁舎前庭にカウントダウンボードを設置すると発表した。開設の1000日前の29日に設置し、道民や観光客の認知度を高める狙い。午後6時からアイヌ古式舞踊も披露される。
 象徴空間は同町ポロト湖畔に設置され、国立アイヌ民族博物館や公園、慰霊施設などが設けられる。高橋はるみ知事は25日の記者会見で、19年4月をめどに愛称を募集する考えを示した。【田所柳子】
https://mainichi.jp/articles/20170726/ddl/k01/040/197000c

教育こそ「希望」、アジア初・先住民族の学校

2017-07-27 | 先住民族関連
オルタナ 2017年7月25日 2:28 PM
テレビで、代々その土地に住む先住民族の人たちの暮らしを見ることが増えてきました。伝統工芸の織物や装飾物、独自の文化、自然豊かな大地…。その美しさに、心奪われる方も多いと思います。
しかし、中には「貧困」や「差別」の壁を抱え、未来を模索する人たちがいます。「教育」こそ、未来への鍵——。フィリピンに誕生した、アジア初の先住民族の若者のための学校「パムラーンセンター」。そこで学ぶ生徒たち、そして日本から彼らを支援するNPOを紹介します。(JAMMIN=山本 めぐみ)
■「差別」と「貧困」、「文化の消失」に苦しむ

フィリピンの先住民族の若者たち。長い間、差別や貧困に苦しんできた
フィリピンには、約110の先住民族が暮らしています。それぞれ独自の文化や言語を持ちながら、長い間差別され、国からも十分な支援を受けられない状態にあったといいます。
「国の開発から取り残され、水道やガス、電気、医療、交通や教育などの公的サービスが整備されず、放置されてきた歴史がある」。そう話すのは、認定NPO法人ホープ・インターナショナル開発機構(愛知・以下ホープ)の職員で、フィリピンの教育事業を担当する大村絵玲奈(おおむら・えれな)さん(29)。
「今でこそ偏見は減ってきているものの、先住民族出身の若者たちは『差別されたくない』と出身を隠して生活するような状況」だと言います。
若者たちが自分たちの部族に誇りを持てないまま、古くから継承されてきた独自の文化が失われていってしまうという課題がありました。また、インフラが整備されていない中、先住民族の多くは農業で生計を立てており、季節や天候によって収入が左右され、貧困が蔓延していることも課題でした。
■アジア初・先住民族の若者のための学校
フィリピン・ミンダナオ島ダバオ市のサウスイースタン・フィリピン大学に併設された「パムラーンセンター」は、アジア初の先住民族のための高等教育機関です。先住民族の若者たちが、自分たちの文化に誇りを持ち、それを生かしながら現代社会と共存する社会を目指して設立されました。
先住民族のコミュニティーに合わせ、①小学校の教員になるコース、②社会起業家ついて学ぶコース、③持続可能な農業について学ぶコース、④自分たちの民族や他の民族の歴史・文化について学ぶ人類学のコース、の4つのコースがあります。
生徒たちはここで学びながら、自分たちの部族に伝わる文化をどう生かして行くか、実践的な知識を身につけることができます。
■「教育」が、次世代の「希望」に
これまでに卒業した182人の生徒の中には、部族に伝わる文化を生かしたビジネスを起業したり、自分の村の農業のやり方を変え、安定した収入を得られるようにしたりと、村に戻って活躍する生徒たちも増えてきました。
「パムラーンセンターで学ぶことを通じて、先住民族出身の若者たちが部族の誇りを取り戻し、その誇りと学んだ知識を自分たちの部族に還元することで、希望がどんどん生まれていく。それがパムラーンセンターのビジョンであり、私たちホープの願い」。そう話すのは、ホープの職員であり、ファンドレイザーである松浦史典(まつうら・ふみのり)さん(35)。
ホープでは毎年、パムラーンセンターで学ぶ15人の生徒の学費を経済的に支援し、彼らの夢を応援してきました。また、「古くなってきた寮を新しくしたい」、「自分たちの村に伝わる薬草を育てるためのハーブガーデンを作りたい」といったパムラーンセンターからの要望も支援し、先住民族の若者たちが希望を持って学ぶことのできる場を提供してきました。
■一人の生徒の希望を繋げるチャリティーキャンペーン
チャリティー専門ファッションブランド「JAMMIN」(京都)は、ホープと1週間限定でキャンペーンを実施し、オリジナルデザインのチャリティーアイテムを販売します。
マニラから150kmほど南下したところにある「ミンドロ島」という島の先住民族出身の若者であり、パムラーンで学ぶ生徒の一人、エヴェリン・タイワン・パサドさん(20)。
今回のチャリティーで、「社会起業について学び、そこで得る知識やアイディアを生かして、自分の村の人たちを助け、貢献することが私の夢」と語るエヴェリンさんの1年分の学費・18万円を集めます。
エヴェリンさんの夢を応援するためにJAMMINがデザインしたTシャツには様々な「種」が描かれています。かたちの異なる種は人間の「多様性」を、種から顔を覗かせる芽や花は、教育を受ける中で花開いていく「夢」や「可能性」を表現しています。
Tシャツ1枚につき700円がホープへチャリティーされます。販売期間は7月24日~7月30日の1週間。JAMMINホームページから購入できます。
JAMMINの特集ページでは、フィリピンの先住民族が抱える実情や、パムラーンセンターで学んだ卒業生のその後を詳しく掲載中。あわせてチェックしてみてください。
教育が、次世代への「希望」の種に。フィリピン・先住民族の若者たちへ高等教育を提供〜ホープ・インターナショナル開発機構
山本 めぐみ(JAMMIN):
京都発チャリティー専門ファッションブランド「JAMMIN」専属ライター。JAMMINは「チャリティーをもっと身近に!」をテーマに、毎週NPO/NGOとコラボしたデザインTシャツを作って販売し、売り上げの一部をコラボ先団体へとチャリティーしています。
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皿の破片にアイヌの印/南部・聖寿寺館跡

2017-07-27 | アイヌ民族関連
東奥日報 2017/07/25

聖寿寺館跡から発掘された中世アイヌのシロシ付き染付皿破片。中央の×字がシロシ
 南部町教育委員会は25日、三戸南部氏の中心的城館跡の国史跡「聖寿寺館跡(しょうじゅじたてあと)」(同町小向舘)から、中世アイヌの「シロシ(印)」付き染付(そめつけ)皿の破片が、北海道以外で初めて出土したと発表した。同館跡ではこれまでにも本州に住むアイヌの骨角器などが出土、本州アイヌと南部氏の関係が指摘されていた。今回のシロシ発見で専門家は「本州アイヌが聖寿寺館に住んでいた可能性が高い」とみている。
http://www.toonippo.co.jp/news_too/nto2017/20170725027214.asp

戦国時代の城跡から出土の皿にアイヌの人たちの刻印 青森

2017-07-27 | アイヌ民族関連
NHK 2017/07/25
青森県南部町にある戦国時代の城跡からアイヌの人たちが刻んだと見られる印の付いた皿の破片が見つかりました。専門家は、当時の武将とアイヌの人たちの交流をうかがわせる貴重な資料だとしています。
この皿の破片は、戦国時代に今の青森県から岩手県北部を支配した三戸南部氏の居城だった南部町の「聖寿寺館跡」から出土しました。
幅9センチ余りの小皿の一部で、皿の底にあたる部分に大きな「×印」が刻まれています。アイヌの人たちが自分の持ち物であることの証しなどとして刻んだものと見られ、町の教育委員会によりますと、同じような印の入った器は北海道で数多く出土していますが、本州で見つかるのは初めてだということです。
アイヌ文化に詳しい弘前大学の関根達人教授は「アイヌの人たちが城に出入りしていたことを示す貴重な発見だ。本州と北海道のアイヌの人たちは言葉が共通しているので、三戸南部氏が北海道と交易する際に活躍したのではないか」と話しています。見つかった皿の破片は、聖寿寺館跡の案内所で今月28日から一般に公開されます。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20170725/k10011074231000.html

来月5、6日「ポロトコタンの夜~ファイナル」開催-白老アイヌ民博

2017-07-27 | アイヌ民族関連
苫小牧民報 2017/07/24

最後の「ポロトコタンの夜」への来場を呼び掛ける博物館職員
 白老町のアイヌ民族博物館で8月5~6日、「ポロトコタンの夜~ファイナル」が行われる。幻想的な夜のポトロコタンで歌や踊りを体験できる年に1度の夜間プログラム。民族共生象徴空間の整備に伴い、同博物館は来年3月末で休館する。今回が最後の実施になり、博物館では多くの参加を呼び掛けている。
 今回で15回目を迎える夜間プログラムでは、学芸員の開設する「博物館ガイドツアー」(午後5時40分~)、チセで行う夜間公演(午後6時半~)では歌や踊りなどを紹介、参加者にも体験してもらう企画となっている。
 事前予約制で、各日先着120人。料金は大人1500円、大学・高校生1000円、中学生500円、小学生以下無料。
 このほか、夜間プログラムと連動した日中のワークショップも実施。5日は午後1時からポロチセでアイヌ文化教室「古式舞踊にふれよう!~鵡川と札幌のアイヌが伝える歌・踊り」、6日は午前10時からポンチセで「アイヌ文様を作ろう~絵の具編」、午後1時半からポロチセで伝承者(担い手)育成事業の4期生5人が講師を務める公開講座「アイヌ語でうたおう!ウポポ・アイヌの座り歌」を実施する。
 申し込みは同博物館 電話0144(82)3914。
https://www.tomamin.co.jp/news/area2/11793/