先住民族関連ニュース

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英語でアイヌ民族入門書 釧路短大生が制作

2019-02-28 | アイヌ民族関連
釧路新聞2019.02.27

 釧路短期大学の学生が、アイヌ民族の歴史や文化を題材にした英訳付きの入門書「Let’s say〝Irankarapte!〟in Hokkaido.」を制作した。外国人観光客に分かりやすく紹介できるよう英語と日本語を見開きで掲載した。200部を管内の小中高校や観光施設などに配っており、学生たちは「アイヌ民族との共生を考えるきっかけになり、さらに海外に向けて発信できれば」と期待を寄せる。
 制作者は、同大の岩松恵専任講師の実用英語ゼミに所属する、千坂ありささん(20)、鈴木桃花さん(20)、千葉穂花さん(20)さん、大山明日香さん(36)。ゼミ生らは2017年に幣舞橋周辺の観光スポットや飲食店を案内する英語のガイド本を発行、千坂さんらは昨年の改訂を手掛けた。海外からのクルーズ船入港時に、外国人観光客に日本文化を紹介するボランティアも行い、国際交流に積極的に取り組んでいる。
 アイヌ民族を題材にした入門書の制作は、外国人観光客から歴史や文化について尋ねられた時に、十分な知識がなく答えられなかったことがきっかけ。日本人がアイヌ民族を理解して外国人に説明できるように、和英対訳版を採用した。
 アイヌ民族初の国会議員、萱野茂氏の出身地・日高管内平取町二風谷や阿寒湖アイヌコタン(集落)などでの現地取材を重ねた。北海道アイヌ協会をはじめ道内の各協会などの指導も受けて、約1年を費やし完成させた。英語訳はネイティブスピーカーの協力を得て表現を整えた。
 A5判76㌻で、全17編。アイヌ民族と和人の衝突や明治政府による同化政策、尊厳確立へ向けた近年の動きなどの歴史のほか、あらゆるものに神(カムイ)が宿るとして敬い、自然に感謝し共存するアイヌ民族の考え方も記述している。祈りの儀式や伝統的な食事などの暮らしぶりや、簡単な日常会話の説明も盛り込んだ。  中心メンバーの千坂さんは「歴史や文化を紹介するためには、まずは自分たちが知ることが大切。理解を深めるために活用してほしい」と話している。入門書は、同大学のホームページからダウンロードできる。
http://www.hokkaido-nl.jp/article/10492

ひと味違うグランドキャニオンへの旅、外せない絶景&穴場9選

2019-02-28 | 先住民族関連
ナショナルジオグラフィック 2/28(木) 7:11配信
10連休に間に合うかも!?夏休みの旅行にも
 米国グランドキャニオン国立公園のノースリム(北側の崖の縁)をおすすめしたい理由はいくつかある。まず、グランドキャニオンには年間600万人の観光客が訪れるが、ノースリムまで足を延ばす人はほんの一部なので、人が少ない。標高はサウスリムより300メートル以上高く、気温は数度低い(積雪のため、ノースリムが開園しているのは5月から10月の間だけだ)。また、米ニューメキシコ州アルバカーキからノースリムに向かう800キロメートルほどの間にも、目的地に匹敵するほどのすばらしい旅を楽しめる。ここでは、ニューメキシコ、アリゾナ、ユタ、コロラドという4つの州が接するフォーコーナーズというエリアを旅するうえで、絶対に外せない9つの見どころを紹介しよう。
チャコ文化国立歴史公園
 ニューメキシコ州にあるチャコ文化国立歴史公園は、経由地にしてしまうのがもったいないような場所だ。プエブロ族の先祖たちが西暦1100年ごろに作った「グレート・ハウス」と呼ばれる巨大な遺跡群を保護するため、ユネスコの世界遺産に指定されている。アルバカーキから車で向かうと、2時間半ほどの旅の最後は、25キロほど舗装されていない道路を土ぼこりをあげながら走ることになる。しかし、それと引き換えに楽しめるのは、米国でもっとも暗いと言われる夜空と、今でも米国の先住民にあがめられている古代遺跡だ。アルバカーキにあるホテル・チャコは、チャコ・キャニオンをモチーフに取り入れた新築ホテルで、いたるところに米国先住民のアートが散りばめられている。このホテルでは、チャコ文化国立歴史公園への日帰りツアーも行われている。
フォーコーナーズ・モニュメント
 国道64号線と160号線が交わるアリゾナ州ティース・ノス・ポスから北へ10キロほど。そこはナバホ・ネーションという先住民保留地であり、丸いモニュメントが設置されている。米国で唯一4つの州の境界が交わる場所であり、絶対に外せない撮影ポイントだ。先住民の売店では、アート作品や揚げパンなどの家庭料理が売られている。
モニュメントバレー・ナバホトライバル公園
 モニュメントバレーのそびえ立つ岩山(ビュート)やどこまでも広がる青い空は、米国西部を象徴する景色だ。観光客は、ユタ州とアリゾナ州の境界付近の曲がりくねった道路を30キロ弱たどれば、この公園を一周できる。さらに奧地を巡りたい方には、公園のガイドツアーもある。ワイルドキャット・トレイルという5キロほどのハイキングコースは、ガイドなしでも楽しめる。公園に入るには、入場料として20ドル(現金のみ)が必要だ。公園内には、その名の通りすばらしい景色を楽しめるザ・ビュー・ホテルもある。
カイエンタのバーガーキングとナバホ・コードトーカーの展示
 あまりお腹が空いていなくても、アリゾナ州カイエンタのバーガーキングにはぜひ立ち寄ってみよう。この店には、ナバホ族のコードトーカーに関する展示がある。コードトーカーとは、第二次世界大戦中に日本軍による傍受を防ぐために、暗号として使われたナバホ語を話せるナバホ族だ。このコードトーカーの存在は、レーガン大統領の時代まで機密扱いだった。結局この暗号が破られることはなく、連合国の多くの命を救うことになった。カイエンタでの集合場所といえばこのバーガーキングに決まり。コードトーカーの活動を紹介する展示があり、地元の人々が戦地から持ち帰った品物などもある。
ナバホ国定公園
 国道160号線を走る人は、ナバホ国定公園を通過してしまうことも多い。しかしここでは、メサ・ベルデ国立公園と同じくらい印象的なプエブロ族の遺跡を見ることができる。谷底を見下ろす位置には、1300年ごろに建てられた住居群であるキート・シールやベタタキンが残されている。ベタタキンは、高台に続くサンダル・トレイルという800メートルほどの舗装された道から見える。双眼鏡と望遠レンズはぜひ準備しておこう。5月中旬から9月中旬までの間は、自然保護官がビジターセンターからベタタキンを案内する無料ツアーに参加できる。キート・シールに行くには、1日20名限定の先着順無料パスが必要で、往復30キロ弱を歩かなければならない。公園は無料で入れて、季節によっては無料でテントを借りることもできる。キャンピングカーでのキャンプは、年間を通して可能だ。
アンテロープキャニオン
 アンテロープキャニオンは、アリゾナ州ページから約12キロのところにある、曲がりくねった狭い渓谷だ。長い年月をかけて浸食されてできた地形で、アッパーとロウアーの2つに分かれている。ここを訪れるにはナバホ族のガイドが必要で、インターネットで予約できる。観光客はページからトラックに乗り込み、15分かけて峡谷の入口に向かう。通常のツアーは1時間ほどで、1人40ドル足らず。撮影ツアーは多少値は張るが、ゆっくり時間をかけられる。平日のツアーを選べば、人混みを避けられるだろう。目の覚めるような写真を撮るなら、午後のツアーを予約するようにしよう。太陽が高くなり、光が直接谷に差し込んでくるからだ。
ホースシュー・ベンド
 ホースシュー・ベンドは無料で行けるが、ページの南、国道89号線沿いの駐車場から往復2キロ半ほどのハイキングが必要になる。マーブルキャニオン(グランドキャニオンが始まる場所と考えられている)のメサ(卓状台地)を囲むように、コロラド川が急カーブを描き蹄鉄状になっている。それがホースシュー・ベンドだ。対岸の岩棚から見る景色はまさに圧巻。300メートル下のコロラド川を下るいかだが見えることも多いが、高所恐怖症の人にはおすすめしない。絶景を撮影するなら、広角レンズを使うといいだろう。
ナバホ・ブリッジ
 1995年にすぐとなりに新しい橋ができるまで、ナバホ・ブリッジは車でグランドキャニオンを渡れる唯一の橋だった。古い橋は歩行者用として保存されている。今でも観光客が歩いて渡り、グランドキャニオンの始まりの場所であるマーブルキャニオンと150メートルほど下を流れるコロラド川を見ることができる。リーズ・フェリーという場所を出発し、グランドキャニオンを巡るいかだが見えることも多い。絶滅の危機に瀕しているカリフォルニアコンドルも、このあたりに生息する。翼を広げれば2.7メートルほどになる大きな鳥だ。橋の西側には、ナバホ・ブリッジ資料館があり、4月から10月まで開館している。
ノースリムでは
 グランドキャニオン・ロッジは1928年に建造され、1936年の火事のあとに建て替えられた。ポンデローサマツの丸太と石灰石で作られた建物で、基本設備が備わっているほか、値千金の景色が楽しめる。切り立った断崖に近いブライト・エンジェル・ポイントでは、広々とした眺望を堪能できる。キャンプがしたいという方には、米国立公園局が管理するロッジ近くのキャンプ場がある。テント宿泊用や団体用、キャンピングカー用など、合計90ほどのキャンプ場区画が用意されている。ノースリムには、さまざまなドライブコースやハイキングコースがあり、年齢や体力を問わず、多くの人が楽しめるようになっている。ブライト・エンジェル・ポイント・トレイルは、ロッジから始まる800メートルほどの道で、少し歩くだけですばらしい景色が待っている。その途中では、ウミユリなどの海洋生物の化石を見ることもできる。
文=STEVE LARESE/訳=鈴木和博
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190228-00010000-nknatiogeo-n_ame

イレズミが日本でNGなのはなぜ?明治以前は一般的だった意外な歴史

2019-02-28 | アイヌ民族関連
ダイヤモンド 2/28(木) 6:01配信
 2018年8月、タレント・りゅうちぇるがタトゥーを公表したことが物議を醸した。「子どもができたら彫ることを決めていた」と、タトゥーは決意の証しだと説明したりゅうちぇるだが、ファンからはネガティブな声が多く集まった。日本では否定的な意見が多いタトゥーだが、その背景には、映画などのエンターテインメントが少なからず影響しているという。文化人類学者の山本芳美さんに話を聞いた。(清談社 ジョージ山田)
● 日本ではイレズミに否定的だが 海外の若者にタトゥーは大流行中
 関東弁護士連合会が、2014年にとった国内アンケートによると「イレズミをしている人をどう思うか?」の問いに「どちらかといえば許せない」「絶対許せない」と回答した人は、合わせて52.3%にのぼった。また、「イレズミやタトゥーと聞いて何を連想するか?」の問いには47.5%の人が「犯罪」と答えている。
 日本では過半数の人々がイレズミに対して否定的な見解を持っているのだ。
 その一方、海外ではタトゥーが大流行している。米世論調査会社ハリスインタラクティブの2015年調査によれば、2008年に14%、14年は22%だったタトゥー人口は、15年に29%と急増。また、仏世論研究所が2010年におこなった調査では、フランス人の約10人に1人、18歳から24歳に限れば、およそ4人に1人がタトゥーを入れているという。
 海外では、著名人にもタトゥー愛好者が多い。デビッド・ベッカムは2013年の時点で32個のタトゥーが確認されており、ジョニー・デップやアンジェリーナ・ジョリー、最近ではスウェーデンのサッカー選手イブラヒモビッチの上半身にびっしり彫られた50ものタトゥーなども有名だろう。
 もちろん、大浴場やプールへの入場を禁止する日本のように、タトゥーに対して否定的な見方を持つ国も少なくない。
 中国では公的にタトゥーのテレビ放映を禁止しており、アラブ首長国連邦ではイレズミ保持者は入隊できない。また、タトゥーに寛容なイメージのあるアメリカですら、2014年の意識調査では「タトゥーのある人は反逆的、反抗的な印象を与える」と49%が回答しており、海外でも決してイメージがいいわけではないようだ。
● 沖縄や北海道でもポピュラーだった イレズミが嫌われるようになった理由
 タトゥーの歴史については諸説あるが、特定の起源があるわけではなく、成人や地位の証し、霊力の証し、魔除けとして世界各地に自然発生的に広まったとされている。1769年タヒチに上陸したキャプテン・クックは、現地のイレズミ文化を記録した航海記に、『男女とも体に「タタウ」なる模様がある』と記述しており、これが「タトゥー」の語源となった。
 「タトゥーを彫ることは痛みを伴うため、入れることは強さの証しとなり、そのコミュニティで一目置かれる材料となりました」
 こう解説するのは文化人類学者で『イレズミと日本人』などの著書を持つ、都留文科大学の山本芳美教授。イレズミを入れることが、コミュニティにおける1つの儀礼となっていたのは、日本も例外ではないという。
 「沖縄や北海道のアイヌ民族には通過儀礼的なイレズミの慣習がありました。沖縄やアイヌの女性にとってイレズミは女性や結婚の印とされ、より美しくなるために施すもの。沖縄では年をとるにつれて手の文様を徐々に拡大し、イレズミがなければ、あの世に行けないと考える女性たちもいたといいます」
 16世紀の文献には、沖縄において主に指背から手甲、さらに肘にかけてイレズミを入れる習慣があったと記されている。それでは、いわゆる日本本土(本州と九州)ではどうだったのか?
 「江戸時代には刑罰として顔面や腕に刻まれることもありましたが、徐々にイレズミはとびや火消し、飛脚など肌の露出が多い職人に好まれる身体装飾となっていき、数度の規制にもかかわらず、幕末には大流行します」
 そんななかで、日本のイレズミ規制が強化されたのは「開港以降、旅行や仕事などさまざまな目的で来日した外国人による評判を明治政府が気にしたこと」に端を発するという。
 「規制の対象になったのは、明治以降に日本の一県となった沖縄も例外ではありません。政府はもともと沖縄にあった伝統的なイレズミ文化を否定。女性たちがイレズミをすることは禁じられ、本州よりも厳しく取り締まられました。沖縄では逮捕者が続出しました。もともと根付いていた沖縄ばかりでなくアイヌのイレズミの文化も、政府は法的に抑圧していったのです」
● 日本独自の 「イレズミ=ヤクザ」の図式
 時代と共に政府による規制が厳しくなり、徐々にイレズミ=マイノリティという図式が形成されていったわけだが、日本におけるイレズミの“悪イメージ”を決定づけたのは、任侠・ヤクザ映画のブームだったという。
 「1960年代以降のヤクザ映画の影響で、イレズミと犯罪を結びつける考え方が加速したのではないでしょうか。60年代から70年代にかけて量産されたヤクザ映画や任侠映画では、登場人物の多くが刺青を施していたことが、イレズミ=ヤクザ、アウトローのイメージを大衆に植え付けたと考えられます」
 確かに、ひと昔前の任侠映画にはイレズミを強調する作品が多く、その影響もあるのかハリウッド映画でも必ずといっていいほど「YAKUZA」キャラには立派なイレズミが入っている。エンターテインメントの文脈で、日本人のイレズミ=悪というネガティブイメージが浸透してしまったのは、日本ならではの図式かもしれない。
 もっとも、冒頭の国内アンケートにおいて、「イレズミを入れた人から実際に被害(暴行・強要・脅迫など)を受けたことがありますか」という問いに「ある」と答えた人は5%にも満たなかったという。あくまで「イレズミ=犯罪」はイメージが先行しているようだ。
 山本氏は世界的なタトゥー流行を受けて、今後はタトゥー文化に理解を示す努力も必要なのではないかと語る。
 「日本では不良文化として捉えられているタトゥーですが、最近はおしゃれのためや、何らかの記念にワンポイントで彫る人がほとんど。ラグビーのW杯、オリンピック、万博を控え、タトゥーのある訪日外国人の温泉やプール、ジムなどでの受け入れはどうするのか?タトゥーやイレズミに批判的な目ばかり向けているのは、経済的にも損失でしかないと思います」
 最近はタトゥーOKの温浴施設や海水浴場などをまとめたサイトも誕生している。日本独自の任侠映画によって根付いたイレズミと犯罪のイメージは、今後どのような変遷をとげるのだろうか。
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190228-00195415-diamond-soci

第40回人権理事会ハイレベルセグメント 辻清人外務大臣政務官によるステートメント(仮訳)

2019-02-28 | アイヌ民族関連
外務省 平成31年2月26日
副議長,御列席の皆様,
 日本国政府を代表して,人権理事会でステートメントを行う機会を得たことを大変光栄に思います。
 自由,民主主義,基本的人権,法の支配,国際法の尊重といった基本的価値に基づいた国際秩序が様々な方面から挑戦を受けています。こうした国際秩序を守り,維持・強化する上で,国連の役割が重要です。他方,国連にただ任せておけば自動的に目的が達成されるのではなく,国連を効率的かつ効果的に機能させるためには,各国政府や市民社会,その他のアクターの多大な努力が必要です。
 日本政府は,国際社会及び市民社会と連携し,人権理事会を始めとした国際社会における議論をリードし,開発支援や各種制度構築支援等を通じ,すべての人の人権の保護・促進に貢献していきます。
副議長,
 日本は,アジア太平洋地域の人権理事会理事国として,この地域における人権の保護・促進に積極的に取り組んできました。同地域では,経済のめざましい発展に比べ民主化や民主主義の定着に課題も少なくありません。基本的な権利や自由が守られず,人権擁護者が抑圧される等の問題が依然として存在している国もあります。もちろん,どんな国でも程度の差こそあれ問題を抱えており,また,その国なりの改善の道筋や速度がありますが,基本的価値と目指す方向性は共有すべきと考えます。
 国際社会との意味のある関与を拒否し,又は政府・当局が問題に対応できていない場合には,国際社会が様々な形で連携して,時に必要な支援を行い,政策の是正を強く求めていくことが重要です。他方で,真の改善をもたらすためには,どのようなアプローチが最も効果的か,包括的・総合的に検討することが必要不可欠です。
 ミャンマーのラカイン州情勢については,現在の状況に懸念を持っています。ミャンマーが,国連の協力を得ながら,避難民の安全,自発的かつ尊厳のある帰還のための環境を整備することが重要です。そのための様々な課題の克服に向け,日本はミャンマーとバングラデシュ両国による努力を促し,支えていきます。
副議長,
 北朝鮮人権状況決議は,北朝鮮当局による日本人拉致問題を始めとする北朝鮮の深刻な人権侵害に対し,国際社会が引き続き強い懸念を有していることを示しています。日本は,国際社会と緊密に協力しつつ,北朝鮮が拉致問題の早期解決を含む国際社会との協力に向けた具体的行動を取るよう,引き続き求めていきます。国際社会からの支持を引き続き期待します。
副議長,
 日本は,社会的弱者の権利の保護・促進にも様々な形で積極的に貢献しています。日本は「人間の安全保障」の理念に基づき,SDGsの達成を通じた「誰一人取り残さない」社会を実現するための取組を推進しています。中でも,「次世代と女性のエンパワーメント」は日本の「SDGsモデル」の3本柱のひとつであり,重点的に取組を進めています。
 日本政府が「女性の輝く社会」の国内外での実現に向けた取組みの一環として始めたWAW!は,今年3月23・24日の開催で5回目を迎えます。バチェレ人権高等弁務官やノーベル平和賞受賞者であるマララ・ユスフザイ女史の参加を得て,世界の女性活躍のための更なる推進力となるでしょう。また,紛争下の性的暴力は看過できない問題です。重要なことは,国際社会が今取り組むべきことは,現在起きている紛争下における女性に対する性的暴力をなくし,今後いかにこうした犯罪を防止していくか,ということです。日本は,紛争下の性的暴力担当国連事務総長特別代表事務所に対するトップドナーの一つとして,引き続き積極的に取り組んでいきます。
 児童の保護の分野では,日本は「児童に対する暴力撲滅グローバル・パートナーシップ」のパスファインディング国として,関連の基金への資金拠出を始め,精力的に取り組んでいます。国際的な取組だけではありません。国内では,政府によるこれまでの取組の一方で,深刻な児童虐待が存在しており,中には不幸にも児童の死を伴う事例も見られます。児童虐待を深刻な課題として認識し,総理自らが指導力を発揮し,児童虐待の根絶に向けて迅速に取り組んでいるところです。
 また,来年に控える東京2020オリンピック・パラリンピック大会に向け,障害者の権利の保護・促進にも力を入れていきます。
 日本は今年,国内の先住民族であるアイヌの権利の保護・促進を一層進めるための新たな施策を打ち出します。
 また,日本はアジアで最初の第三国定住難民の受入れ国ですが,現在,この受入れ人数を更に拡大するために検討を進めています。
副議長,
 韓国の代表が慰安婦問題に言及したので,ここで一言触れざるを得ません。
 日本政府は長きに亘って慰安婦問題に真摯に対応してきました。2015年12月には,日韓両国による多大な外交努力の末,慰安婦問題の「最終的かつ不可逆的」な解決を確認するとともに,国連等国際社会において互いに非難・批判することを控えることを確認しました。合意に基づき,日本政府は,翌2016年,韓国政府が設立した「和解・癒やし財団」に対し10億円(約900万米ドル)の支出を行う等,日本側は合意で約束したことを全て誠実に実施しています。合意時点で生存していた元慰安婦47名のうち34名に対し,また死亡者199名のうち58名の遺族に対し資金を支給しており,多くの元慰安婦の方々からも評価を得ています。
 そうした中,昨年に韓国政府が発表した「和解・癒やし財団」の解散の方針は,日韓合意に照らして問題であり,日本として到底受け入れられるものではありません。日韓両国で約束し,潘基文国連事務総長(当時)を始め,国際社会も評価している日韓合意が着実に実施されることが重要です。
 なお,慰安婦問題については,国連を始め国際社会で一部不正確な理解が広まっており,客観的な事実関係に基づくことが重要であることを改めて認識いただきたく思います。
副議長,
 人権理事会で議論される人権課題は増加の一途を辿っています。来年には人権条約体のレビュー,2021年からは人権理事会のレビューが行われます。特別手続制度や国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)を含めたこれらの国際的な人権メカニズムを包括的に見直し,限られたリソースの中で,より効率的・効果的に人権の保護・促進の機能を果たしていくことが求められています。日本は,8つの主要な人権条約の締結国です。過去6か月間で3つの条約体による政府報告審査を受けており,条約を真摯に履行しています。こうした自らの経験を踏まえ,各国の意見によく耳を傾け緊密に協力しながら,国際的な人権メカニズムの改革に向けた議論を積極的に進めていきます。
 日本は本年10月頃に行われる人権理事会理事国選挙に立候補しており,皆様からのご支持をお願いいたします。
副議長,
 この機会に,パリ講和会議において,日本も積極的に参加する形で,国際社会が人種差別の問題に立ち向かう最初の取組が始まってから,本年が100周年であることを想起したいと思います。加えて,昨年70周年を迎えた世界人権宣言,明年国連が創設75周年を迎えることを改めて想起し,日本は,「人間の安全保障」の考え方に基づき,現在,そして未来における人権の保護・促進に国内外で引き続き貢献していく決意です。
 ご清聴ありがとうございました。
https://www.mofa.go.jp/mofaj/fp/hr_ha/page4_004785.html

菅長官「わが国の立場と相いれぬ」露高官の色丹島訪問に抗議

2019-02-28 | アイヌ民族関連
産経新聞2月27日(水)13時8分 
 菅義偉官房長官は27日午前の記者会見で、ロシアのイワノフ大統領特別代表が26日に北方領土の色丹島を訪問したことについて「事実であればわが国の法的立場と相いれず、受け入れられないと抗議した」と明らかにした。同時に「政府として引き続き領土問題を解決し、平和条約を締結するとの基本方針の下、ロシアとの交渉に粘り強く取り組む」と強調した。
 菅氏は、日露両政府による平和条約交渉が本格化する中でのイワノフ氏の訪問の狙いを問われ「ロシア側の意図についてコメントする立場にない」と述べるにとどめた。
https://news.biglobe.ne.jp/domestic/0227/san_190227_7160826653.html

「アイヌの人に会ったことがない」という人に伝えたいこと

2019-02-28 | アイヌ民族関連
現代ビジネス 02/27

アイヌを撮り続けたある写真家の気づき 池田 宏
去る2月15日、法律として初めてアイヌ民族を「先住民族」と明記する新法案を政府が閣議決定し、今国会で成立を目指す方針が発表された。アイヌが固有の民族であることを認めるアイヌ文化振興法が施行されたのが1997年。それから20年以上を経て、アイヌの歴史は新たな転換点を迎えようとしている。
こうした政治的な文脈で語られる一方、現代のアイヌの人々の日常を垣間見る機会は少ない。そんな彼らのありのままの姿を10年以上にわたり撮り続けているのが、写真家の池田宏氏だ。写真集『AINU』に収められた写真とともに、いまを生きるアイヌの人々と向き合うなかで彼が感じたことをまっすぐな言葉で綴ってもらった。
「純粋な日本人とはなんですか?」
「東京のカメラマン」「パパラッチ」「池田さん」「宏ちゃん」「宏」「いけひろ」――。
これらは僕の北海道での呼ばれ方だ。特にどれが良いというのではないが、呼ばれ方というのは関係性がよく表れていて、そこにおける自分の立ち位置がどういうものなのかがわかる。どんなアダ名であっても、呼んでもらえるだけで嬉しいと思いながら、全道各地のアイヌの人たちの撮影を続けていた。
2008年から北海道に住むアイヌの人たちを撮影している。最初に訪れたのは、日高地方の二風谷(にぶたに)という集落だった。アイヌの人たちが多く暮らしており、アイヌ民族初の国会議員となった萱野茂氏の地元としても知られている。
集落の中心部には、博物館とアイヌの伝統家屋である「チセ」が何軒か立ち並び、その中では伝統工芸品の製作の実演が行われていた。実演を行なっていた女性に「ご旅行ですか?」と尋ねられた。何気ない会話の中で、「純粋なアイヌの方は今もいらっしゃるんですか?」と僕は質問した。その瞬間、彼女の穏やかな表情は一変し、少し強張った感じで、「純粋な日本人とはなんですか?」と質問を返されてしまった。そしてそれに、僕は何も答えることが出来なかった。
僕の無遠慮で不躾な質問が彼女の気分を害したことは間違いなかった。最初の北海道撮影は短い滞在で終わり、東京へと戻った。その出来事にある背景を、僕なりにもう少し知ることが出来たらと思った。
大学時代から海外の民族や言語に強く興味を持ち、在学中はアフリカ東岸部で話されている言語であるスワヒリ語を学んだ。でもそんななか、僕は日本について何を知っているのだろうか、とふと思った。国内をテーマに写真を撮りまとめてみたい。そう思い至った時に最初に興味をもったのがアイヌだった。アイヌ民族とはどういう人たちなのか、という興味が湧き、そこから僕の北海道通いが始まった。
ただ、よそ者が情熱と勢いだけでコミュニティに入っていけるはずもなく、最初の2、3年はアイヌの人に会うこともままならず、悶々とした日々を過ごしていた。
「アイヌ」という言葉の難しさ
転機が訪れたのは、関東に住む北海道出身のアイヌの女性に出会えたことだった。彼女の里帰りに便乗し、その地元で行われた先祖供養の儀式に参加させてもらうことができた。ようやく二風谷以外の町に住むアイヌの人たちに出会うことができ、それをきっかけに北海道での撮影の範囲が徐々に広がるようになった。
足りない知識を少しでも埋めようと、東京にいるあいだ、アイヌに関する本を読み漁った。しかし、文字よりも生の体験の方がはるかに強烈な印象として残り、考えさせられることが多かった。
仲良くなった一回り以上も年上の男性と飲みに行った時のことだ。 二軒目に行ったスナックのママに僕がカメラマンであることを伝えると、自然な流れで、「何を撮影しているんですか?」と聞かれた。「アイヌの人たちです」と僕が答えると、いきなりその男性が声を荒げてこう言った。
「アイヌ、アイヌって言うな。俺はアイヌって言われるのが嫌いなんだ!」
なんとなく、アイヌという言葉を使うのをその男性が避けていることに僕も気が付いていた。ママもそれ以上、僕に質問を投げかけることはなかった。こちらが何気なく言った言葉で人を傷付けてしまうことがある。アイヌの撮影を通して、言葉の難しさを痛感していくこととなった。
「お前」「あんた」としか呼ばれなかった
また、別の場所での出来事だ。釧路から南に30分ほど車を走らせると、白糠(しらぬか)という町がある。しそ焼酎「鍛高譚」の発祥の地としても知られているが、アイヌの文化保存活動が盛んな町だ。
その白糠で毎年11月に行われる「ししゃも祭」に初めて参加したときのことだった。数人の知り合いが白糠にできて気が大きくなっていた僕は、我が物顔で図々しく撮影をしては、一緒に酔っ払って馬鹿騒ぎして盛り上がっていた。
周囲の白い目に気が付いたのは、年長者の方に呼び出され、「あんたは礼儀がなっていない」とこっぴどくしかられた後だった。よそ者が人の家にズカズカと入り込んで写真を撮る行為がどれほど人を不快にさせるかもわからずに、写真に酔っていた自分の未熟さを恥ずかしく思った。
何者かもよくわからない自称カメラマンは、「お前」と「あんた」としか呼ばれなかった。
「当たり前のこと」に気づいた
その後も、各地で行われる儀式の日程を調べては、できる限り参加させてもらった。とにかくいろんな町へ行きたい、新しいアイヌの人に出会って撮影がしたいという一心で北海道へと通った。
「今度遊びにおいでよ」と言われたら何百キロでも車を走らせることもざらにあった。ちょうど国内のLCCが就航し始めたこともあり、容易に北海道へと渡ることができるようになった。
帯広では同世代のアイヌの友人に恵まれ、2ヶ月に一度は帯広に行くような生活になっていた。「宏、本当は北海道に住んでんだべ?」とからかわれるほどで、帯広名物、「インデアンカレー」の行きつけの店舗までできてしまった。
「また来るわ」と言って別れ、翌々月に「飲もうや」と連絡する。次第にアイヌの人たちとの関係が日常に溶け込むようになり、東京に戻ってからもやり取りが続くようになった。北海道へ通うことが楽しくなっていた。
アイヌの人たちを型にはめて撮ることだけは避けようと決めていた。通い始めた当初、アイヌ伝統の着物姿で撮影したことが何度かある。それが悪いとは思わないが、着物姿のアイヌの人ばかりを撮ることはあまりにもステレオタイプな思い込みで、アイヌのイメージをパッケージングした行為だと思った。
仲良くなったアイヌの友人と飲み、(運転)代行で家に帰り泊めてもらう。友人たちは翌朝スーツ、あるいは作業着に着替えて出勤していく。僕がよく知る日常がここにも流れている。その当たり前のことに気がつけたのは、帯広の友人たちのおかげだと思う。
受け継がれるのは「血」だけではない
アイヌの写真を見てくれた、大学時代からの友人に言われた言葉が印象的だった。
「写真集の中には、確かにアイヌの人なんだろうなとわかる人もいるけど、自分たちと大して変わらない顔立ちの人もいる。これまでアイヌの人に出会ったことはないと思っていたけど、もしかしたらアイヌの人と日常的にすれ違っているのかもしれないと、これを見て思った」
東京で北海道出身の人と出会い、アイヌの撮影をしていることを話すと、決まって「アイヌの人に会ったことない」と言う。悪気があって言っているわけではなく、本当に「会ったことがない」のだろうし、「会おう」と思ったこともないのだろう。2014年、札幌市議がSNSで発した、「アイヌ民族なんて、いまはもういないんですよね。」という無配慮な発言。一体何を見て、そう発言しようと思ったのか。
北海道、関東に住むアイヌの友人、知人がいる僕にとって、それは理解に苦しむ無知な発言にしか思えなかった。自らの生い立ちや、親、兄弟の話を語ってくれたアイヌの人たちがいる。そして守り抜いてきた彼らの文化伝承を次世代へと引き継いでいこうとしている人たちを僕は知っている。
脈々と繋がる血とは別に、アイヌの人たちの「思い」も確実に受け継がれている。それは僕たちが簡単に理解できる感覚ではない。しかし、アイヌの歴史や文化を知り、多くの生の声を聞くことによって、想像力が生まれるはずだと信じたい。
「パパラッチ」から「プロのカメラマン」に
北海道に10年以上通い、アイヌの人たちの撮影を続けることができたのは、たくさんのドラマがあったからだと思う。言い合いになったり、ベロベロになるまで飲んだり、泣いたり、笑ったり。そういうドラマにどんどん魅了されていく自分がいた。
今回、完成した写真集をお世話になった人たちへと送った。もしかしたら、着物姿で撮影してほしかったと思っている人もいるかもしれない。笑っていない表情や、酔っ払った姿を見て、不快に思う人もいるかもしれない、という心配があった。しかしその心配とは裏腹に、予想外の反応が多かった。
写真展の準備に追われている時に携帯が鳴った。帯広に住む友人からのメールだった。写真集を受け取ったお礼の最後にこう書かれていた。
「ヒロシちゃん、ホントにプロのカメラマンなんだって思い知らされた!」
ようやくプロと認められたようで、少し嬉しくなった。どこへ行っても異物のような存在だった僕にも、今は少しだけ居場所がある。また友人たちに会いに北海道へと通い続けるだろう。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/60010

<ウポポイ 共生の森開設へ>ポロト休養林で樹液採集 アイヌ民族の食生活体験 推進協、3月ワークショップ

2019-02-28 | アイヌ民族関連
北海道新聞 02/27 10:47
 【白老】白老観光協会などでつくる「ポロトの森エコミュージアム推進協議会」は3月1日から、ポロト湖畔の国有林「ポロト自然休養林」で樹液採集のワークショップを開く。アイヌ文化復興の拠点「民族共生象徴空間(ウポポイ)」の来年4月開設に合わせ、ウポポイを訪れる観光客向けの体験ツアー開発の一環で、同協議会は「外国人客に人気の高い自然体験ツアーの事業化に向け、実績を重ねたい」と話している。
 同協議会は、約400ヘクタールの休養林を活用し、アイヌ民族の自然観に触れる森林散策やキャンプなどの体験プログラムづくりを目的に、2017年に発足。18年8月にサーフボード上に立ってパドルで水上を進む「スタンドアップパドルサーフィン」の日帰り体験ツアー、10月に外国人観光客向けのキャンプ体験を開催し、計約20人を受け入れた。
 今回は3回目のモニターツアーとして、樹液採集に挑戦。参加者は休養林のイタヤカエデから樹液を採集し、オハウ(汁物)やパンケーキに入れて試食する。イタヤカエデの樹液は、かつてアイヌ民族も飲用や調理用に活用していた。
 また、同協議会は今月から、ポロトの森ビジターセンター敷地内に設置した移動可能なユニット住宅「スマートモデューロ」での宿泊体験を試験的に始め、富裕層の外国人観光客が求める自然体験ツアー開発に力を入れている。同協議会の手塚日南人(ひなと)専務理事は「アイヌ文化との関わりをPRし、冬場の観光プログラムとしての可能性を探りたい」と話している。
 樹液採集ワークショップは3月14日までで、毎日午前10時~午後2時。各日先着12人で参加費6500円(事前予約は5800円)。問い合わせは白老観光協会(電)0144・82・2216へ。(金子文太郎)
https://www.hokkaido-np.co.jp/article/280943

宮中茶会 葛西さんら懇談 陛下在位30年で500人招待

2019-02-28 | アイヌ民族関連
北海道新聞 02/27 05:00
 天皇陛下の即位30年に当たり、天皇、皇后両陛下主催の宮中茶会が26日、皇居・宮殿で開かれた。フィギュアスケート元世界女王の浅田真央さんや、上川管内下川町出身でスキージャンプの五輪メダリスト葛西紀明さん、札幌市手稲区の冒険家三浦雄一郎さんら平成に活躍した各界の代表約500人が招待され、飲み物を手に懇談した。
 茶会は24日に行われた政府主催の在位30年記念式典への返礼で、皇太子さま、秋篠宮さまをはじめ皇族も陪席。プロ野球ソフトバンクの王貞治球団会長、サッカー元日本代表の三浦知良さん、十勝管内広尾町出身で日本相撲協会の八角理事長、北海道アイヌ協会の加藤忠理事長らも招かれた。
 出席者を代表して栃木県の福田富一知事が「両陛下のご健康と皇室の末永いご繁栄を心よりお祈り申し上げます」とあいさつし、陛下は「祝意に対し深く感謝致します。共にひとときを過ごすことを誠にうれしく思います」と述べた。
 終了後、浅田さんは「お招きいただき一生の宝物になった」と笑顔を見せ、三浦雄一郎さんは「陛下は若いころに赤坂離宮でスキーを滑って楽しかったと話され、昔を懐かしんでいた」と話した。葛西さんは「引っ込み思案で両陛下と話ができなかったが、皇后さまが帰り際に気づき『葛西さん』と声をかけてくれた。お会いするのは最後だと思うが、いつも気にしていただき本当にうれしい」と感激していた。(仁科裕章)
https://www.hokkaido-np.co.jp/article/280854

愛称「ミナパ」に さっぽろ駅の「アイヌ文化発信空間」 3月21日オープン

2019-02-28 | アイヌ民族関連
北海道新聞 02/27 05:00
 札幌市は26日、市営地下鉄南北線さっぽろ駅コンコースに市が開設する「アイヌ文化を発信する空間」について、愛称を「ミナパ(minapa)」に決定し、3月21日にオープンすると発表した。
 ミナパは同駅の北改札と南改札の間に設置。面積は約320平方メートルで、総事業費は3億2千万円。北端に設置する大型モニターではアイヌ語由来の地名の紹介、アイヌ語による天気予報などを映す。2カ所の大テーブルには天井からCG映像を投影し、アイヌ民族の伝統的な生活などを紹介する。(柳沢郷介)
https://www.hokkaido-np.co.jp/article/280778

『アカデミー賞』で旋風を巻き起こしたNetflix作品

2019-02-27 | 先住民族関連
オリコンニュース 2/26(火) 23:09配信

 米ロサンゼルスで現地時間24日に行われた『第91回アカデミー賞』授賞式。主要作品が賞を分け合う大混戦となり、作品賞には『グリーンブック』が輝いたが、話題をさらったのは外国語映画賞・監督賞・撮影賞の3部門で受賞した『ROMA/ローマ』だったのではないだろうか。それは、従来の劇場上映される“映画”ではなく、Netflixで世界配信されている“映画”だったからだ。
 『ROMA』は、『ゼロ・グラビティ』(2013年)のアルフォンソ・キュアロン監督の最新作であり、脚本、撮影までを手がけた作品。彼自身の幼少期の体験も交え、1970年代のメキシコ・ローマ地区を舞台に、中産階級の家庭の家政婦として働く若い女性クレオ(ヤリッツア・アパリシオ)の視点から、激動の1年の出来事をモノクロの映像で描いたヒューマンドラマ。無名に近いキャストが好演を見せている。
 言語はスペイン語と先住民が使うミシュテカ語なので、外国語映画賞にノミネートされるのは妥当として、今回、注目を集めたのは、作品賞にもノミネートされたこと。Netflix 作品としても動画配信サービス製作の作品としても初の快挙だった。スペイン語の作品が作品賞にノミネートされたのも今回が初めてで、もし受賞していれば、外国語の映画では史上初の作品賞受賞ということになったからだ。
 加えて監督賞(アルフォンソ・キュアロン)、主演女優賞(ヤリッツァ・アパリシオ)、助演女優賞(マリナ・デ・タヴィラ)、脚本賞(アルフォンソ・キュアロン)、撮影賞(アルフォンソ・キュアロン)、美術賞、音響編集賞、録音賞へもノミネートされ、最多10部門にノミネートされていた。
 結果、外国語映画賞・監督賞・撮影賞の3部門をとった『ROMA』だが、監督賞と撮影賞を同じ人物が受賞するのも初の快挙。キュアロン監督の監督賞獲得は『ゼロ・グラビティ』に続いて2度目となる。
 『ROMA』は、昨年『第75回ベネチア国際映画祭』でNetflix作品として初めて金獅子賞にも輝いている。今回の『アカデミー賞』で外国語映画賞を競った日本の是枝裕和監督の『万引き家族』が、昨年、最高賞のパルムドールを獲得した『第71回カンヌ国際映画祭』にはNetflix作品は参加していなかった。『アカデミー賞』で存在感を示したNetflix作品は、今後のエンターテイメントの世界に大きな影響を与えていくことになりそうだ。
■ドキュメンタリー部門では3年連続の受賞
 『第91回アカデミー賞』短編ドキュメンタリー賞を受賞した『ピリオド -羽ばたく女性たち-』もNetflix作品だ。インドの田舎村で安価な生理用ナプキンを製造した女性たちを追った。ドキュメンタリー部門での受賞は、第89回『ホワイト・ヘルメット -シリアの民間防衛隊-』(短編)、第90回『イカロス』(長編)に続き、3年連続となっている。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190226-00000374-oric-ent

街角から マーヤ伝説 台北支局・福岡静哉

2019-02-27 | 先住民族関連
会員限定有料記事 毎日新聞2019年2月27日 東京朝刊
 台湾中部・阿里山のふもとにある達邦(タッパン)村には、先住民のツォウ族が多く住む。行く先々でこう声を掛けられた。「マーヤかい?」
 ツォウ語で日本人のことを「マーヤ」という。その由来はツォウ族に語り継がれた伝説にある。
 「昔、大洪水があり、ツォウ族は(台湾最高峰の)玉山に逃れた。水が引き山を下りる際、二手に分かれることになった。矢を二つに折り再会の印にした。それが今のツォウ族とマーヤになった」
 その後、集落に現れた日本人の容貌がツォウ族と似ていたため、日本人をマーヤとみなしたという。1900…
この記事は有料記事です。
残り292文字(全文540文字)
https://mainichi.jp/articles/20190227/ddm/007/070/098000c

「アイヌ文化を発信する空間オープニングセレモニーに係る準備及び運営業務」に係る一般競争入札告示文

2019-02-27 | アイヌ民族関連
札幌市:2019年2月26日
本業務に係る一般競争入札については告示文(札幌市告示第1009号)(PDF:216KB)にて告示されています。
告示日
平成31年(2019年)2月26日(火曜日)
入札説明書
入札説明書(PDF:258KB)
仕様書(PDF:309KB)
仕様書 別紙(PDF:604KB)
入札説明書 別紙1 契約条項(PDF:187KB)
入札説明書 別紙様式1 質問書(ワード:17KB)
入札説明書 別紙様式2 入札書(ワード:36KB)
入札説明書 別紙様式3 代理委任状(ワード:30KB)
入札説明書 別記(PDF:67KB)
入札説明書 別記 様式1(ワード:16KB)
入札説明書 別記 様式2(ワード:23KB)
質問期限
平成31年2月26日(火曜日)から平成31年2月28日(木曜日)
(入札説明書のとおり書面を提出すること)
入札日時及び場所
平成31年3月4日(月曜日)14時00分
札幌市役所地下1階3号会議室
http://www.city.sapporo.jp/shohi/keiyaku/ippankyoso/ceremony.html

生誕200年 松浦武四郎をたたえ北海道との交流も  三重・松阪市

2019-02-26 | アイヌ民族関連
三重テレビ 2/25(月) 12:55配信

武四郎が生まれ、亡くなった月でもある2月に毎年開催=武四郎まつり(三重テレビ放送)
 北海道の名付け親、松浦武四郎の功績をたたえる「武四郎まつり」が24日、武四郎のふるさとである三重県松阪市で開かれました。
 松浦武四郎は、幕末に活躍した探検家で、蝦夷地の開拓やアイヌ文化の保存に務めました。
 まつりは、武四郎が生まれ、亡くなった月でもある2月に開かれていて、今回は生誕200年の記念事業の締めくくりとして行われました。
 会場では、地元の小野江小学校の児童が、武四郎の探険やアイヌ民族との交流を描いた劇を演じたほか、札幌大学の学生によるアイヌ民族の古式舞踊も披露されました。
 会場では、北海道の特産品が販売されたほか、鮭やトウモロコシ、ジャガイモなどを入れた武四郎鍋が人気を集めていました。
 また、アイヌ文化を体験できるコーナーも設けられ、訪れた人たちはアイヌ文様の切り絵や民族衣装の試着を楽しんでいました。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190225-00010014-mietvv-l24

大学生がアイヌ文化を紹介 言葉や踊りを披露 三重・松阪市

2019-02-26 | アイヌ民族関連
三重テレビ2/25(月) 12:50配信

遊びの要素を取り入れたアイヌの踊りを披露し楽しませた=県立みえこどもの城(三重テレビ放送)
 北海道の名付け親・松浦武四郎を称える「武四郎まつり」の開催を控え、三重県松阪市にあるみえこどもの城で23日、アイヌの文化に触れるイベントが開かれました。
 アイヌ文化やアイヌ語を学ぶ「札幌大学ウレシパクラブ」が招かれ、「ウレシパ」はアイヌ語で「育てあい」を意味することなど、北海道やアイヌについて分かりやすく紹介しました。
 さらに、アイヌの踊りも披露。遊びの要素を取り入れた楽しい踊りで訪れた人たちを惹きつけていました。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190225-00010000-mietvv-l24

アイヌ舞踊とCG「共演」 阿寒湖イコロ来月19日から エゾオオカミ投影伝説演出

2019-02-26 | アイヌ民族関連
北海道新聞 02/25 22:56

 【阿寒湖温泉】アイヌ古式舞踊などを上演する劇場「阿寒湖アイヌシアターイコロ」(釧路市阿寒町)は3月19日から、アイヌ民族の伝説を題材にした物語をコンピューターグラフィックス(CG)を駆使したデジタルアートとアイヌ舞踊で表現する新演目を上演する。
 新演目は「阿寒ユーカラ『ロストカムイ』」。劇場を運営する「イコロ運営協議会」を構成する阿寒アイヌ工芸協同組合と阿寒観光協会まちづくり推進機構が1億2千万円を投じ、デジタルアートの装置を初めて導入。2020年のアイヌ文化復興拠点「民族共生象徴空間(ウポポイ)」(胆振管内白老町)オープンと連動し、観光振興を進める狙いだ。
 物語は、アイヌ民族が狩猟の神「ホロケウカムイ」とあがめたエゾオオカミの絶滅をテーマに、自然との共生のあり方を問う。オオカミと森を表現した映像や光を、5台のプロジェクターからスクリーンや壁と床に立体的に投影し、オオカミが劇場内に現れたかのような臨場感を演出。アイヌ民族の舞踊や現代舞踊が、CG映像のオオカミと「共演」する。上演時間は約40分。
 上演する同組合の西田正男代表理事は「新たな切り口でアイヌ民族に対する理解を広げたい」と話している。7月には、阿寒湖畔の森でも、アイヌ民族の神話を題材にデジタルアート事業が始まる予定。
 イコロの新演目は、3月19日から毎日午後9時15分に開演し、入場料は一般2200円、小学生600円。5月以降は昼の公演も加わる。(佐竹直子)
★イコロ、ホロケウカムイのロは小文字
https://www.hokkaido-np.co.jp/article/280431