七つの伝説

「七つの伝説」(ケラー 岩波書店 1950)

訳者は、堀内明。
原書の刊行は1872年。

作者のケラーはスイスのひと。
1819年に生まれ、1890年に亡くなった。
当初、画家を志すが挫折。
詩集を出版し、劇作家を志すがこれも挫折。
のち小説家として立ったという。

代表作は「緑のハインリッヒ」だろうか。
解説によれば、ケラーは、

《19世紀ドイツ小説界の第一人者であり、就中ドイツ短篇小説の完成者と呼ばれている。》

とのこと。
「七つの伝説」には、キリスト教伝説に基づいた、7つの短編が収録されている。
どの短編も面白い。
収録作品は以下。


「オイゲニア」
「聖母と悪魔」
「騎士に扮した聖母」
「聖母と修道尼」
「破戒の聖僧ヴィタリス」
「ドロテヤの花籠」
「舞踏の天使」

以上に加え、本書には「仔猫シュピーゲル」という短編がおさめられている。

「七つの伝説」はすべて3人称のですます調。
キリスト教の伝説をもとにした話というわりには、官能的な雰囲気の話が多い。
タイトルを、「七つの誘惑」にしたほうがいいのではないかと思うほど。
また解説に頼ると、この作品は、

《…ベッティ・テンデリング嬢――才色兼備の女性であったという――との不幸な恋愛体験が根底となって、男女関係のさまざまなヴァリエーションを一連の短編に描写しようとしたものである。》

とのことなので、男女関係の話ばかりなのもうなずける。
では、作品をひとつひとつみていこう。

「オイゲニア」
アレクサンドリアに住む、ローマ人の娘オイゲニアは、男まさりの学問好き。
同じ年頃の2人の男の子を引きつれ、アレクサンドリアの街を闊歩している。
ちなみに、2人の男の子は、オイゲニアの父親が解放した奴隷の息子たちで、お嬢さまのお相手をするために教育された美少年だ。

オイゲニアは類まれな美少女に成長。
そのオイゲニアに、若い地方総督のアクイリヌスが恋をする。
2人は対面するけれど、オイゲニアの高慢さから話は決裂。

2年たっても状況は変わらず。
オイゲニアは相変わらず、2人の従僕を連れ、アクイリヌスは妻帯をせず職務にはげむ。

あるとき、田舎の別荘にでかけたオイゲニアは、僧院からもれてきたキリスト教徒の讃美歌に心打たれ、男の振りをして2人の従僕とともに僧侶になることを決意する。

《オイゲニアは美しい、天使かと見まごうばかりの僧になり、オイゲニウスと呼ばれ、また二人のヒヤツィントスも否応なしに修道僧にされてしまいました。》

ヒヤツィントスというのは、2人の従僕の名前。
2人とも同じ名前なのだ。

《二人は今度は今までとは全く比較にならぬ静かな生活ができ、もはや学問をする必要もなく、命ぜられるままにただ唯々諾々としてさえおればよかったので、僧院の生活はけっして不愉快ではありませんでした。》

女主人につき従うだけの、主体性のまったくない2人の存在も味わい深い。

このあと、オイゲニアは高名な僧になり、僧院長にまでなるのだが、その美しさが災いしスキャンダルに巻きこまれる。
もちろん、最後はアクイリヌスと結ばれるのだけれど、それまでは二転三転。
劇的な場面も多く、たいそう楽しい作品だ。

「聖母と悪魔」
この作品と、次の「騎士に扮した聖母」は、どちらもマリア様が活躍する前後編となっている。
まず「聖母と悪魔」から。

昔、ゲビツォという伯爵がいた。
お城と、莫大な財産をもっていたが、キリスト教の慈善事業をやりすぎて、財産をすっかりつかい果たしてしまった。
ただ、妻のベルトラーデの美しさは、旧と変わらないままだった。

さて、復活祭の日のこと。
山のなかの湖で、わが身を憐れんでいた伯爵の前に、舟に乗ったひとりの男があらわれる。
男は悪魔。
財産の代わりに妻をさし上げたいという伯爵の訴えを、悪魔は喜んで受け入れる。
ワルプルギス祭の前夜に、妻をこの場所に連れてくるようにと悪魔はいう。

城に帰り、悪魔にいわれた通り、伯爵が妻の枕の下を調べてみると、一冊の古ぼけた本がでてくる。
ページをめくると、なかから金貨が次つぎとこぼれ落ちてくる。
こうして、伯爵はふたたび君主のように慈善をほどこすように。

そして、ワルプルギス祭の前日。
伯爵は妻を連れて、例の湖へ。
妻のベルトラーデのほうは、どこに連れていかれるのかと不安で仕方がない。

途中、小さな礼拝堂にさしかかる。
そこは、ベルトラーデが貧しい職人に仕事をあてがうためにつくらせた礼拝堂だった。
伯爵の許しを得て、礼拝堂のマリア像にお祈りをささげているうちに、ベルトラーデは眠ってしまう。
すると、マリア像がうごきだして、ベルトラーデの姿に――。

《聖母は祭壇から跳び下りて眠っている女の姿に変わり、その衣裳をまとって元気よく扉の外に出て、馬に跨り、そのまま伯爵の側に並んでベルトラーデの代わりに道を続けて行きました。》

マリア様は、なにやら溌溂としており可愛らしい。
このあと、マリア様は悪魔と対決する。

「騎士に扮した聖母」
「聖母と悪魔」の続き。
未亡人となったベルトラーデは、莫大な伯爵領の所有者となり、その財産と美貌により、ドイツ国中に名が広まる。

ここで登場するのが、ツェンデルワルトという、愚図でのんきな若い騎士。
皇帝の親書を届けるという任務でベルトラーデを訪れたツェンデルワルトは、すっかりベルトラーデに夢中になってしまう。

一方、ベルトラーデのもとには皇帝が逗留。
武芸大会を開き、優勝者をベルトラーデの夫にするという。

ツェンデルワルトには、故郷の城に口やかましい母親がいる。
手をこまねいてなにもしない息子に、母親は腹を立てるばかり。

《「いますぐその幸福をつかみにでかけないなら、お前を呪ってやる」》

と、母親に尻を叩かれ、ツェンデルワルトはようやく出発。
ベルトラーデの城にゆく途中、ツェンデルワルトはベルトラーデが眠ってしまった例の礼拝堂に立ち寄る。
そして同じように眠ってしまう。
すると、マリア様はふたたび祭壇を降り、騎士の姿になって城へと馬を走らせる――。

コメディ色が強い一編。
気の強い母親と、愚図な息子のやりとりが楽しい。

このあと、物語は武芸大会に。
もちろん、マリア様は連戦連勝。
みごと優勝し、ベルトラーデを射止める。
そして、ツェンデルワルトと入れ替わり、本人はどうしたことかと目を見張る。

長くなったので、続きは次回に。


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