七つの伝説(承前)

「聖母と修道尼」
山の上に修道院があり、そのなかで一番美人の修道尼の名をベアトリスクといった。
ベアトリスクは役僧をつとめていたが、修道院の外の世界への憧れがやみがたい。
ある日、祭壇の上に鍵束をのせ、聖母に断りを述べて、外の世界にでていった。

さて、修道院を出奔したベアトリスクは、森の泉でひとりの騎士と出会う。
このヴォンネボルトという騎士とベアトリクスはともに暮らすように。

ところが、あるとき外国の男爵が城を訪れたさい賭けごとがおこなわれ、ベアトリクスは賞品となってしまう。
そして、賭けごとの結果、男爵のものとなってしまう。
そこでベアトリクスは、今度は自ら男爵相手に賭けをいどむ。

最後、ベアトリクスはなにごともなかったかのように修道院にもどっていく。

「破戒の聖僧ヴィタリス」
8世紀はじめのアレクサンドロス。
娼婦を改心させることを自分の使命と考えている、ヴィタリスという僧がいた。
ヴィタリスは、娼婦の名前と住所を書きつけた羊皮紙をもっており、その女たちを訪れ、声高く読経し、明け方にそこを去るということをくり返していた。

女たちには、自分がなにをしていたのか口止めしておいたので、ヴィタリスの悪評は高まったのだが、それこそヴィタリスの望むところだった。
ヴィタリスとしては、ただ聖母を称えるために、こんなことをしているのだった。

こんな妙な苦行に精をだしていたヴィタリスは、娼婦の客とあらそって殺してしまい、牢屋につながれるはめに。
牢屋からでてきてからは、口先だけ改宗するという女に金品を巻きあげられる。

さて、この娼婦の家の向かいには、金持ちのギリシャ商人が住んでおり、商人にはヨーレという娘がいた。
ヴィタリスの行状を知ったヨーレは、好んで悪評を得ようとするヴィタリスに対し、不満と同情をおぼえ、ヴィタリスをもっと穏当な道にみちびこうと決意する。
父の財力で娼婦を立ちのかせ、自分がその家に入り、ヴィタリスと対決。
というか誘惑する――。

「七つの伝説」中一番の長編。
娼婦を改心させていた僧が、娘に改心させられてしまうという話。
ヨーレに対し、だんだん弱気になっていくヴィタリスの姿が可笑しい。

「ドロテヤの花籠」
ローマ時代、ポントス・オイクシヌス(黒海)の南岸。
貴族の娘ドロテヤは、カパドキヤ州の代官ファブリチウスに熱心にいいよられている。
が、ファブリチウスはキリスト教徒を迫害しており、一方ドロテヤの両親はキリスト教徒。
またドロテヤは、ファブリチウスの初期であるテオフィルスに好意をもっている。

テオフィルスは若い頃に苦労をしたせいで、なかなかひとに打ちとけない。
それに、ドロテヤにはカパドキヤで一番身分の高い男が求婚している。
そのためファブリチウスとドロテヤをあらそって、滑稽な役を演じたくはない。

あるとき、公用で海岸地方に滞在することになったテオフィルスを、ドロテヤは追いかける。
そして、美しい花瓶を相手にみせる。
テオフィルスは打ちとけた様子をみせるが、そのときドロテヤは戯れに、花瓶はファブリチウスにいただいたのだといってしまう。
テオフィルスは、うっかり花瓶を落として割ってしまう。

その後、ドロテヤは両親の信仰になぐさめを見出すように。
ファブリチウスの求婚も拒みつづける。

テオフィルスは、ファブリチウスを拒むドロテヤに驚く。
しかし、ドロテヤの信仰については理解できない。

キリスト教徒迫害の新しい勅令を盾にとり、ファブリチウスはドロテヤとその両親を捕縛。
ドロテヤは鉄の台であぶられたのち、刑場につれていかれる。
が、神の花嫁になると決めているドロテヤは、足どりも軽やか。
主の薔薇の園にいくのだと、駆けつけたテオフィルスにドロテヤはいう。
そこへいったら薔薇や林檎を送ってほしいとテオフィルスがいうと、ドロテヤは愛想よくうなずく。

ドロテヤは処刑され、テオフィルスが床に伏していると、手籠をひとつもった美しい童児があらわれる。
手籠には、薔薇と林檎が3つ。
これをドロテヤさんからいいつかってきましたといって童児は去る。
林檎を食べ、信仰に目ざめたテオフィルスも、けっきょく首をはねられる。

《このようにしてテオフィルスは、その日のうちに永遠にドロテヤと一緒になりました。》

「舞踏の伝説」
良家に生まれた可憐な乙女であるムーサは、聖母を厚く信仰し、また踊りが大好き。
お祈りをしていないときは、必ず踊っているといってもいいほど。

ある日、教会の祭壇の前でひとり踊っていると、見知らぬ紳士があらわれ、ムーサとともに踊りだす。
さらに合唱檀のほうから、小天使が弾く楽器の音が響いてくる。

踊りが終わると、見知らぬ紳士は、自分はダビデ王で、マリアのお使いとしてきたのだと正体を明かす。
そして、ムーサに、絶えず歓喜の踊りをおどりながら、永遠の幸福を得て暮らしたくはないかとたずねる。
それ以上の望みはありませんと、ムーサが即答すると、ダビデ王はいいう。
それなら、おまえは地上の生活を送るあいだは、すべての快楽とすべての踊りを断念して、ただ懺悔と勤行とに身を捧げることに専念しなければいけない。

これを聞き、ムーサは驚き、かつ悩む。
あまりあてにならないごほうびのために、すぐ踊りをやめるのはつらい。
しかし、ダビデ王が天上の音楽を聞かせると、ムーサはこれを受け入れる。

粗末な服を着て、庵室にこもり、祈祷に専念する。
跳びはねないように細い足を軽い鎖で結わえつけ、ときには、わが身に鞭をあてるという苦行者ぶり。
ムーサは線所と称えられ、やせ細り、透きとおるばかりになり、3年後に亡くなる。
このあと、天上の詩神へと話は移るけれど、これは省略。

「仔猫シュピーゲル」
50ページ以上もあり、本書では一番の長編。
内容は、つやつやした毛皮をしていたので、シュピーゲル(鏡)と呼ばれた猫の物語.。
大人向けのメルヘンといった趣きがある。

親切な女主人のもとで、裕福な礼節のある暮らしを送っていたシュピーゲル。
ある日、女主人が亡くなり生活は一変。
すっかり零落し、卑屈な野良猫に成り下がってしまう。

そんなとき、町の魔術師のビナイスに声をかけられる。
魔術をやるには、猫の脂がいる。
それは、契約によって猫が自ら進んで提供した脂にかぎる。
わしのところにきたら、どっさりごちそうをやろう。

シュピーゲルは契約書に署名し、かくして契約は成立。
ビナイスの歓待を受け、シュピーゲルは豪奢な生活をし、ふたたび精神力をとりもどす。
こうなると、太ってはいられない。
シュピーゲルは節制にはげむ。
思うように太らないシュピーゲルに、ビナイスは腹を立てるのだが、シュピーゲルはこう抗弁する。

《「私は契約書の中にただひと言も、私が節制や健康上有益な行状をやめろなどと書いてあるのを知りませんね」》

その後、雌猫を追いかけて、すっかりやせこけてしまったシュピーゲルは、檻に入れられ、太らされるはめに。
そしてすっかり太り、いよいよ首をはねられそうになったとき、シュピーゲルは、亡くなった女主人がある場所に金貨1万グルテンを隠したという話をしはじめる。

この話は、女主人の不幸な恋物語がからんで、まあ長いのだが、貧しいために結婚の申しこめ手のない美人がいて、その乙女が貧しいにもかかわらず妻にしたいと思うような男がいたら、井戸のなかの1万グルテンを持参金として花嫁にあたえておくれと、女主人はシュピーゲルにいい残していたのだった。

シュピーゲルは、1万グルテンと、花嫁を世話することで、ビナイスに契約の破棄をもとめる。
こうして虎口を脱したシュピーゲルは、ビナイスのために花嫁――じつは魔女――を、捕まえにいく。

全体として。
「七つの伝説」が官能的なところがあるのは、男女の話というばかりでなく、変装があり、別の人生への憧憬があり、すなわちサスペンスがあるためだろう。
それは、犯罪小説のサスペンスではなく、童話的なサスペンスだ。
また、女性の元気がいいというのも、官能性の盛り立てにひと役買っているかもしれない。
それにケラーの文章は、優美で、潤いがあり、読んでいて楽しかった。


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