悪魔の麦

「悪魔の麦」(ロス・トーマス 立風書房 1980)

訳者は、筒井正明。
原題は、”The Money harvest”
原書の刊行は、1975年。

ロス・トーマスの作品は、どんなストーリーが進行しているのか、読んでいる最中でも皆目見当がつかない。
かといって、つまらないわけではない。
シチュエーションが興味深く、会話が面白いので、章ごとは楽しく読める。
ただ、全体のストーリーはどんなものなのか、ちっとも見通せない。

本書も、終わりの数章にいたるまで、なにが起きているのかさっぱりわからなかった。
思えば、全体のストーリーがわからないのに面白く読めるというのは、すごいことだ。

3人称多視点。
93歳になるクローダット・ジルモアが、ある朝、2人の黒人の強盗により射殺されてしまう。
ジルモア老人は弁護士であり、政界の黒幕といった人物だった。
ジルモア老人に縁のある人物は3人のみ。

ひとりは、老人の事務所で後継者としてはたらいていた、アンセル・イースター。
2人目は、孫娘のフェイ・ヒックス。
もうひとりは、ジェイク・ポウプ。

ポウプは、ロサンゼルスで俳優を志望していたが、すぐ見切りをつけ、判事のもとで調査員としてはたらき、頭角をあらわす。
のち、上院委員会調査官になり、ジルモア老人と知りあい、老人が後見していた女性と結婚。
が、結婚から10日しないうちに、事故により女性は亡くなり、ポウプは多額の遺産を相続することになった。

ところで、ジルモア老人は亡くなる前日、イースターと連絡をとっていた。
クラブのトイレで2人の陰謀者の話を立ち聞きしたというのがその内容。
7月11日になにかが起きるという。
イースターは、ジルモア老人に会って詳しく話を聞く予定だったが、その前に老人は亡くなってしまった。
イースターからその話を聞いたポウプは、かくして調査を開始する――。

本書は3人称多視点であり、悪事側の人物の行動もえがかれる。
ひとつは、無軌道な強盗をくり返す黒人2人組の動向。
ジルモア老人を射殺したのもこの連中だ、

それから、ドクター・ハックスという人物。
ハックスは農業経済学を専門とする、農務省に勤める36歳の官僚。
子どもはなく、妻のアミーリアと2人暮らし。
アミーリアは大変な浪費家であり、ハックスはよく妻を殴っている。

このドクター・ハックスを中心として、悪事が渦を巻く。
ノア・ドグラフェンライトという、いかがわしい詐欺師的人物がハックスに接触。
ハックスの窮状と、鬱屈した上昇志向につけ入り、ある行為をもちかける。

ドグラフェンライトの後ろには、カイル・タ―という元下院議員がいる。
そして、カイル・ターの後ろには、フルビオ・バルベシィというマフィアが。
選挙のとき、ターはバルベシィから寄付を受けていた。
が、その金を申告していなかったのだ。

ポウプとイースターによる調査が進み、ハックスの身元や状況が徐々に判明していく。
7月11日というのは、農務省が小麦の推定生産量を発表する日だった。
報告書は、厳重に保管されており、その鍵のひとつをもっているのがハックス。

――だれかが、小麦相場を操作して大収穫をたくらんでいる。
と、イースターは農務長官に情報を提供する。

というわけで、本書のアイデアの中心は、小麦の相場操作だ。
しかし、このアイデアをこんなプロットに展開できるのは、ロス・トーマスだけだろう。

本書は訳が古くなっている点も興味深い。
単語の日本語訳が奇妙なことになっている。

《フレンドリー酒店の店主は金銭登録器のほうに行くと、ソフトドリンクのキーで八十三セントを打ち、登録器に一ドル紙幣を入れて、十七セントの釣りを出した。》

この、「金銭登録器」というのは、きっとレジのことだろう。

《ひとつの窓には灰色の板すだれがつき、すだれの小板は開いていた。》

この「板すだれ」は、きっとブラインドのことにちがいない。
板すだれとはよく訳したものだ。

本書の刊行は1980年。
レジやブラインドはまだ普及しきっていない単語だったのだろうか。


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