灼熱

「灼熱」(シャーンドル・マーライ/著 平野卿子/訳 集英社 2003)

「トーニオ・クレーガー」が面白かったので、同じ訳者の本を読んでみた。
作者のシャーンドル・マーライはハンガリーのひと。
カバー袖の略歴を引用してみよう。

《1900年、コショ(現スロバキアのコンツェ)に生まれる。
 フランクフルト大学及びベルリン大学に学ぶ。
 その頃、無名のカフカを見出し、ハンガリーで翻訳。
 1930年代にハンガリーを代表する作家になるが、48年に亡命。
 作品はすべて発禁処分となり、やがて忘れられた。
 1989年、ベルリンの壁崩壊の直前、亡命先のサンディエゴで自殺。
 1990年、祖国ハンガリーで出版が再び開始される。
 90年代末、本書の国際的な成功により、20世紀の最も重要な作家のひとりに名を連ねることとなる。》

訳者あとがきには、もう少し詳しい紹介が載っている。

マーライは、ドイツ移民の家庭に生まれ、生家は貴族に列せられたブルジョアだった。
ベルリンで同郷のローラと出会い結婚。
当時の有力紙、「フランクフルト新聞」の特派員としてパリに住む。

1929年、ハンガリーにもどり作家活動に入る。
1934年、自伝的小説「ある市民の告白」で大成功をおさめる。
第2次大戦後、共産主義に反対。
1948年、妻とともに亡命。

亡命先は、イタリア、アメリカ、再びイタリア、カナダ、アメリカ。
雪解けの時代に出版の誘いがあったものの、共産主義体制下のハンガリーでの出版をマーライは拒み続ける。

1985年、85歳のとき、サンディエゴの警察学校で銃の訓練を受ける。
1986年、妻のローラが亡くなる。
1989年1月15日、日記に「時は来た」と記し、自らに銃口を向ける。
享年89歳。
国をでてから41年後のこと。

で、本書の話。
タイトルの「灼熱」は、直訳すると「蝋燭が燃えつきる」となるそう。
登場人物は、回想シーンをのぞけば、ほぼ3人。
物語のなかの時間も、やはり回想をのぞけば一昼夜にしかならない。
ストーリーは、主人公が親友と再会し、語りあうというだけ。
ほとんど、お芝居のよう。

そのため、描写は大変濃密。
作品全体に、緊張感と不穏さがみなぎっている。

3人称。
主人公の名前はヘンリク。
作中では、回想をのぞくと、将軍と書かれる。

城館に住む、75歳の将軍のもとに一通の手紙が届く。
41年ぶりに、親友のコンラードがやってくるという。
将軍は、ニニという名前の乳母を呼ぶ。
ニニは91歳になる、なにもかもおぼえている女性。
将軍はニニに、コンラードを迎えるための準備を相談。
ニニはすぐ段取りをととのえる。

以下、回想シーンへ。
将軍の父は近衛将校。
1850年代、パリの公使館で特使をつとめていたとき、舞踏会で伯爵令嬢である母と出会い結婚。
母はハンガリーの城館にやってくる。

8歳のとき、将軍はパリにある母の実家へ。
そこで体調をくずし、将軍の乳母であるニニが呼ばれる。
ニニは4日後に到着。
将軍は一命をとりとめる。

その後、少年の将軍は母やニニとともにブルターニュへ。
ブルターニュからもどると、父がウィーンで待っており、士官学校へ入れられる。

この士官学校で、将軍は親友となるコンラードに出会う。
コンラードの父親は、ガリツィアの役人で男爵。
母親はポーランド人。
コンラードは寡黙で注意深く、笑うと子どもっぽいスラブ風の表情が浮かぶ少年だった。

結核のおそれが生じたため、将軍は一時城館に帰る。
そのとき、将軍の願いでコンラードも同行。
コンラードはヘンリクの両親に受け入れられる。
それからというもの、2人は夏やクリスマスになると城館にやってくるように。

あるとき、2人はコンラードの両親を訪ねる。
コンラードの両親は、困窮しながら自分の子どもを育てていた。
コンラードは将軍にいう。

《「僕は軍人だ。だから殺し、殺されるように教育された。僕はそれを疑わなかった。でも、もし僕が殺されなければならないのなら、なぜ両親はこんなことを引き受けなければならなかったんだ?」》

コンラードは音楽に魅入られる性質があった。
将軍にそれはない。
あるのは将軍の母。
あるとき、将軍の母とコンラードは、われを忘れてショパンの「幻想ポロネーズ」を弾く。
その姿をみた将軍の父は、将軍に、「コンラードは決していっぱしの軍人にはなるまい」という。
「別種の人間だからだ」

やがて2人は若い将校となり、ウィーンで同じ部屋を借りて住みながら軍務につくようになる。
将軍は社交生活に余念がない。
が、コンラードは規則正しく、僧のように暮らしている。
僕の財産をつかってくれと、将軍はコンラードにいうが、コンラードは受けとらない――。

ところで。
この小説は全20章からなる。
これまで要約したあたりが、だいたい7章目まで。
8章目から時間が現在にもどる。
コンラードが城館にやってきて、将軍と会うのがちょうど9章の最後。
章立てとしては、コンラードの登場は半分あたりからとなるけれど、作品全体の分量としては、ここが3分の1くらいのところ。

ここまで読んでくると、当然いくつかの疑問が浮かぶ。
ともに育った親友と41年間会わないとは尋常ではない。
将軍がコンラードと最後に会った日付を正確におぼえているのも妙。
一体、2人のあいだになにがあったのか。

将軍が、城館に到着したコンラードと再会してから、ストーリーは2人の会話で進んでいく。
2人は会っていなかった歳月について、また様変わりした世の中について語りあう。
食事を終え、暖炉と蝋燭の光のなかで話を続ける。
会話は螺旋をえがくように、謎の中心に向かっていく。

将軍はクリスティーナという女性と結婚する。
小さな町の質素な家で、病気の父親と物静かに暮らしていた女性。

このクリスティーナとコンラードとのあいだに、なにかがあった。
そしてコンラードが将軍の前から去った、1899年7月2日、2人で狩りにでかけたその日に、決定的なことが起こった。
それは一体なんなのか。。
41年間そのことについて考え続けてきた将軍は、精緻に、明晰に、長ながと、その日起こったと思われることについてコンラードに語り続ける。

本書の文章は固有名詞がほとんどない。
抽象度が高く、比喩が多く、硬質で断定的。
おとぎ話の文章をまわりくどくしたよう。

この文章が、41年間親友を待っていたという、おとぎ話のような物語をよく支えている。
例として、将軍とコンラードの友情について書かれた部分をみてみよう。

《ふたりの友情は生涯通用するあらゆる重要な感情と同じく、真摯で言葉のいらないものだった。そして、それらの感情のように、これもまた恥と罪の意識を含んでいた。人を奪い、わがものとしたら、罰を受けずにはいないのだから。》

41年の歳月は、謎に対する答えをすでにどうでもいいものにしている。
正解もなければ、だれかを裁くということもない。
人生があたえた一撃については考え続けるほかない。

《「生き残った者は誰でも常に裏切者なのだ」》

という将軍のことばは痛切だ。

本書の登場人物は将軍とコンラートの2人だが、もうひとり、将軍の乳母であるニニがいる。
ニニもまた、おとぎ話の登場人物のようで、大変魅力的。
赤ん坊の将軍に、最初に乳をあたえたのはニニだった。

《年は十六で、とてもきれいな娘だった。小柄だが筋肉質で、まるで身体のなかに秘密の力が備わっているかのように落ちついていた。》

そして、現在91歳になったニニはこう書かれる。

《ニニの力は建物や人間、壁や家具調度、そのすべてにくまなく行きわたっていた。もしニニがいなかったら、この館も様々な調度も、古い古い布のように触れたとたんに崩れてばらばらになるのではないか、人々はこう感じることがあった。》

登場人物も少なく、構成もシンプル。
にもかかわらず、文章の力だけで一冊の作品として成り立っている。
おそるべき豪腕ぶりだ。

訳者あとがきによれば、本書はドイツ語からの重訳だとのこと。
作者のマーライが亡くなったのは、国をでてから41年後のことで、それは将軍がコンラードを待っていた年月と重なる。

《それだけでなく、マーライの前半生と後半生の明暗までもが、ヘンリク(将軍)のそれとぴったり重なるのは、偶然とはいえ、興味深い。》

と、訳者の平野卿子さんは記している。


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