死にいたる火星人の扉

「死にいたる火星人の扉」(フレドリック・ブラウン/著 鷺村達也/訳 東京創元社 1960)

原題は、”Death has Many Doors”
エド・ハンター・ミステリの一冊。
ジャンルとしては、軽ハード・ボイルドといえるだろうか。
もう、軽ハード・ボイルドなんてことばは、なくなってしまったかもしれないけれど。

舞台はシカゴ。
主人公、エド・ハンターの1人称。
エドは、叔父のアンクル・サムと一緒に〈ハンター&ハンター探偵社〉なる探偵社をいとなんでいる。

8月のある日、ハンター&ハンター探偵社にひとりの依頼人が。
赤毛の若い女性で、名前はサリー・ドーア。
命を狙われてるというサリーは、エドに身辺の警護を依頼する。
だれに命を狙われているのか。
火星人だとサリー。

この娘は頭がおかしいにちがいない。
なら、報酬をもらうわけにはいかない。
エドとアンクル・サムは、サリーの依頼を丁重に断る。

しかし、サリーにほだされたエドは、去ったサリーを追いかけて、バーでサリーの話を聞く。
サリーをアパートまで送り、依頼金で精神科医にかかるように説得し、ひと晩サリーの寝室の前についてやる。
夜中、うとうとしていると電話が鳴る。
エドがでると相手は無言、電話は切れる。
エドがサリーの様子をうかがうと、サリーはこと切れている。

死因は心臓マヒ。
もともとサリーは、心臓が弱かった。
サリーの死は、自然死ということで落ち着く。
が、エドは落ち着かない。
エドは、サリーの後見人であるスタントン家を訪れる。

サリーは、コロラド州のシコという鉱山町で育った。
12歳のときに両親が亡くなり、2歳年下の妹と、スタントン家にもらわれた。
両親が姉妹に残したのは、3、400ドルのお金とほとんど値打ちのない土地だけ。
サリーは、22歳で、大学を1年でやめ、ステノグラファ(速記とタイプをする秘書的な職種――と訳注)として、大きな保険会社に勤めていた。
妹のドロシーは、シカゴ大学の学生で、まだ養父母のもとで暮らしている。

スタントン家は、ジェラルドにエバのスタントン夫婦。
それに、2人の息子で、まだ11歳だけれどたいそう憎たらしいディッキー。
それから、エバの弟のレイ・ワーネック。

ワーネックは酒飲みで、おかしなことを口走る。
酒を飲む前は頭が良かったらしく、なにかのパテントをもっていて、特許料の定収入がある。
火星人の話をサリーに吹きこんだのは、このワーネックだった。

スタントン家のひとたちも、とりたてて怪しいところはない。
そう思っていると、事務所に火星人と名乗る男から電話がかかってくる。
サリーの死因を調査してほしいと火星人はいう。
調査料は100ドル。
すでにデスクの吸取紙の下に置いてあると火星人。

みれば本当に置いてある。
サリーの死を知るひとは少ない。
スタントンかワーネックかのどちらかだろう。
しかしなぜ、こんなことをするのか。

加えて、サリーと瓜二つの妹ドロシーも、サリーの死因をさぐってほしいと依頼をしにくる。
また、サリーは自分の身になにか異変が起きる予感がするという。
そこでエドは、今度はドロシーの護衛をするのだが――。

エドは、男前で情にあつく、美人に弱い。
つまり、いい奴。
さっぱりした性格なので、火星人がどうのという話になってもオカルトめいた展開にはならない。
登場人物の性格を深く掘り下げたりしないし、巨大な陰謀も隠されてはいない。
登場人物たちが織り成す展開に、運命が垣間みえるということもない。
フレドリック・ブラウンの作風自体がさっぱりしている。
エドの性格はその反映ともいえるかもしれない。

また、この小説は右往左往小説でもあり、エドは関係者のあいだを駆けめぐる。
なにか見落としたことなないかと、サリーの部屋に何度も足をはこび、サリーの元恋人とはボクシングをしたりする。

ミステリだから、謎はすべて解ける。
深夜、サリーの部屋に電話をかけてきたのはだれか。
調査を依頼してきた火星人とは何者か。
解決はいささか強引な気がするけれど、強引な気がしないミステリはまあないだろう。
最後まで、話をよく引っ張る。
ぎりぎり、まだ賞味期限が切れていないと面白く読んだ。


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