さすらい人の独り言

山登り、日々の独り言。
「新潟からの山旅」別館
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さすらいの風景 ヨセミテ その1

2020年06月26日 | 海外旅行
この原稿を書いている時点から35年ほど前のことになりますが、サンフランシスコに短期滞在した際に、ヨセミテを訪問しました。

ヨセミテ国立公園は、アメリカでイエローストンに次いで2番目に制定された国立公園であり、最も人気の高い国立公園になっています。その魅力は、氷河によって形成されたU字谷の上に聳える大岩壁(その代表はハーフドームやエル・キャピタンで、バレーフロアから1000mの高さを誇っています。)やそこから一気に下る世界最大級の滝、松やセコイヤの森林とバレーフロアを流れるマースト川の川辺に広がる草原等、によって形成されています。

サンフランシスコから近いこともあって日本からの観光客も多いものの、ほとんどは日帰り、多くて1泊2日で、バレーフロアからグレイシャスポイントを回って、ヨセミテロッジの売店でお土産を買って、それで終わりにしているようです。一方、ヨセミテの岩壁は、現在のフリークライミングのメッカと知られていますが、我々一般中高年ハイカーにとっても歩くことのできる多くのトレイルが整備されています。

当時の旅行記を写真と合わせてまとめ直しました。当時はフィルム・カメラの時代であったので、現在のデジカメのように撮影枚数の制限無しに撮影することはかなわず、要所だけしか撮影できませんでした。

現在では様子が変わっているところもあるでしょうけど、ハーフドームは入山規制が厳しくなってサンフランシスコ訪問ついでの観光客が登るのは事実上不可能になっているので、ハーフドームのトレッキングコースについては参考になると思います。



ヨセミテ・バレーの地図(アメリカ国立公園サービスヨセミテに掲載されているHiking Trails・Valley hiking map)より
オリジナルはこちらより Valley hiking map

サンフラシスコからのバスは西から入ってくることになります。おもな見どころとしては、インスピレーション・ポイント(西のヨセミテ・バレー入口部)、エル・キャピタン(北壁の中央左より)、ヨセミテ滝(北壁中央部)、グレイシャーポイント(南壁中央右寄り)、ハーフドーム(東側)があります。



ヨセミテ・バレー中心分の拡大。アーワニーホテル、ヨセミテロッジ、カーリー・ヴィレッジといったホテルやコテージ、ビジターセンターがあります。宿泊施設の名前はなにかの事情によって、現在では変わっているようです。
 
1995年10月6日(金) 8:20 Cathedral Hill Hote発l―13:30 Ahwahnee Hotel着(昼食1時間)15:40発―15:50 Yosemite Lodge着

 サンフランシスコに短期滞在することになり、出発に当たっては、サンフランシスコ周辺のハイキングコースを歩くことと、ヨセミテ国立公園の観光を目標に出かけることにした。一応、最小限の登山用衣類を持ち、登山用品は、サンフランシスコで買い揃える予定にした。

 サンフランシスコに到着してから、ヨセミテ国立公園への行き方を検討して見ると、カリフォルニアパーラーカー(現カリフォルニア パシフィック エクスカージョン)の2泊3日のツァーを利用すれば、丸1日と半日のハイキングを行うことができることが判った。ヨセミテのホテルは予約が難しいと聞いていたが、2週間前にジャパンタウンのキンテツ旅行社で問い合わせてもらうと、予約が簡単に取れた。旅行の出発の数日前にヨセミテのハイキングガイドを買って、歩くコースを検討すると、ハーフドームの頂上まで登ることができることが判った。歩行時間は最低でも12時間。前日にトレッキングシューズを買い、本格的な山歩きの支度をして出かけた。

 バスの出発するCathedral Hill Hotelにあるツァーの受け付けでチェックインすると、名前の確認後、預ける荷物の個数を尋ねられた。登山用ザックの他に、ショルダーバックを持っていたので、これを預けた。この預けた荷物は、ホテルのベルスタッフによって自動的に部屋まで運ばれ、また帰りの際には、バスに積み込んでくれた。そのため、荷物に煩わされることなく、時間を惜しんでハイキングに専念できた。また、注意事項を書いたパンフレットが渡されたが、日本語の物が用意されていた。

 他のホテルからのピックアップが遅れたのか、少し遅れて出発した。カリフォルニアの荒涼とした原野や、アーモンド畑が見渡す限り続く中を通りすぎるが、山はどこにも見えない。途中のオークデールで休憩。トイレは、少し捜してしまったが、スーパーマーケットの中にあった。バスの運転手は、ヨセミテ内は物価が高いので、ここで食料やフィルムを買い揃えるようにと教えてくれた。

 オークデールの先から、次第に山岳地帯の様相が見られるようになった。かなり大きな峠を越し、森林地帯に入って行くと、期待も高まってきた。しかし、高そうな山は、どこにも見当たらない。公園の入口にはゲートがあり、運転手が入場手続きを行った後に、公園のニュースが配られた。この新聞には、熊についての注意、キャンプ情報、トレッキングコースの状態、催し物情報等、役にたつ情報が書かれていた。

 ゲートの脇には、キャンプ場の空き情報が掲示してあったが、いずれも満員であった。ヨセミテは、人気が高くてキャンプ場はかなり前に予約が一杯になり、特に夏には宿泊の予約をしてないと、公園内に入場も許されないことがあるという。いよいよ、バスは深い森の中を通るようになった。遥か彼方まで、山火事によって倒木の林になった地帯も現れた。夏の乾燥した時の落雷による山火事の跡だそうだ。落雷による自然災害による山火事は、敢えて消火はしないそうである。セコイヤは表層の皮が厚いため火に強く、雑草や害虫が除かれるため、森林のためには良いことなのだそうだ。焼けた木の周りからは、たしかに新しい幹が延び始めていた。このような説明を、運転手はガイドも兼ねており、サンフランシスコから絶え間無くしゃべり続けた。

 すぼまった谷の入口に到着すると、突然という感じで、ヨセミテ渓谷が姿をあらわした。谷の彼方に、巨大な岩壁が姿を現した。高度を下げてバレーフロアーに降りると、美しい川の瀕に出て、エルカピタン、ブライダルベール、ヨセミテフォールと、立て続けに現れて、ただ口を開けてみとれるばかりであった。



ヨセミテ国立公園内にあるアメリカ屈指の山岳リゾートホテルであるアワニーホテル。



 まず、国賓も泊まるという、重厚な石造りのアーワニーホテルで昼食になった。ふと気付いたことだが、清流、山、ホテルというキーワードから、上高地を連想した。後で散策した時に、河童橋に例えられそうな木の橋もあった。高い天井の美しいホールでの昼食となった。食事中に他のツァー客と話をしたが、ハイキングを目的にする者はいなかった。素晴らしい環境、しかしサービスは遅く、料理は正直にいって不味かった。



 食事を終えてから、ホテルの外に出た。



 木々は色づき始め、ホテルは、ロイヤルアーチの岩壁を背景にして立っていた。



 林を抜けると、ハーフドームが顔を覗かせた。日本で見る山とスケールが違っているため、その大きさは、どれ程のものか実感できなかった。しばらく見とれ、この山になんとしても登ろうと決心した。





 バスでヨセミテロッジに到着し、部屋に入ると、2ベッド、バスつきの一般ホテル並みの設備であり、荷物は運び入れられていた。バナナ1本、リンゴ2個、オレンジ2個の入った果物のバスケットが置かれており、これがハイキング中の間食になった。

 夏時間のせいもあるのか、日は高く、付近を散策するために急いでカメラを持って出かけた。まずは、ヨセミテロッジの探検。部屋の鍵とともにグランドツァーのチケットが配られていたため、ツァーデスクにて、3日目のグレシャーポイントへのハイキングバスのチケットに交換してもらった。セルフ食堂、レストラン、売店、この中には記念品、一通りの登山用品、食料がおいてあった。ハイキングの際の食事のサンドイッチ、ミネラルウォーター、さらに夜のビールはここで買うことができた。



 多くの観光客が訪れるロウアーヨセミテフォールに遊歩道を歩いていったが、残念なことに滝の水が少なく、すでに日陰に入っていた。



 林の中をぬって山腹を巻いていくトレッキングルートを東に向かった。





 ハーフドームの眺めが広がった。



 花崗岩ドームであるハーフドームは、北西側が急峻に切り立って球を縦に割ったように見えるため、その名前が付けられている。標高は2682mしかないが、バレーフロアーに向かって1524mの高さで切り落ちている。







 アワニーホテルの手前に広がる草原に出ると、ハーフドームとノースドーム、ロイヤルアーチの岩壁が、西に沈みゆ太陽に明るく照されていた。林の中のトレッキングを歩くにはそろそろ薄暗くなってきたため、サイクリング道を歩いていくことにした。





 歩くにつれてハーフドームは、形と高さを変えていった。日が次第に陰ってきて、ハーフドームの頂上は明るいが、バレーフロアーは暗くなり始めた。明日歩く、カーリー・ヴィレッジの入口を確認して引き返すことにした。

 ヨセミテヴィレッジの売店にも寄ってみると、大きな売店があり、キャンプ用に肉や野菜等が豊富に置いてあった。ヨセミテロッジのセルフ食堂で手軽に夕食をすまし、翌日の登山の用意を整えた後に、ビール片手にハーフドームへのコースを検討した。

 ヨセミテロッジでの夜は、一畳に三人などというのではなく、一部屋を占領して眠ることができた。日本の山小屋と大違いで、うらやましく感じた。
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