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“ロード・ランナー”を捕まえろ

2014-02-25 20:50:22 | 健康・病気

昔から癌の免疫療法は話題には上るものの、
画期的な治療効果は得られず期待を裏切られてきた。
しかしここ数年、癌ワクチン療法の他に
免疫チェックポイント阻害薬という聞き慣れない治療薬が登場、
これにはかなり有望な治療効果が期待されているという。
一体どのようなメカニズムで効力を発揮するのだろうか?

2月18日付 Washington Post 電子版

New therapies raise hope for a breakthrough in tackling cancer
癌への取り組みにおける新展開の期待を抱かせる新たな治療

Newtherapiesforcancer

By Arthur Allen,
 妻を肺癌で亡くして一年が過ぎた 2012 年の夏、Michael Harris 氏は以前よりあった背中のほくろを引っ掻いたところ出血が止まらなくなった。彼が事実上手術不能な腫瘍を持つステージ 4 のメラノーマであると医師は診断し、彼のような状況にある患者は通常約8ヶ月しか生きられないと告げた。昨年の 6 月までにその癌は肝臓と肺に転移していた。
 その時点で Harris 氏は Georgetown University の臨床試験に参加した。これは immune-checkpoint inhibitors(免疫チェックポイント阻害薬)と呼ばれる新しい種類の癌治療薬を試験するために米国内で立ち上げられた多数の臨床試験の一つだった。最初の点滴の2週間後、Harris 氏の元の腫瘍は、その周囲の黒色の癌の小病変とともに小さくなっていた。一ヶ月後、肝臓と肺の病変はきれいになっていた。
 「この薬はまるで vanishing cream(バニシング・クリーム:油分含有量が少ないため皮膚にのばしたとき消失するように感じる)のようでした」Harris 氏の娘 Rhonda Farrell さんは言う。ベトナム帰還兵でメリーランド州 Waldorf に住む66才の Harris 氏は現在仕事に戻っている。そして彼の主治医らは彼に治ったとは宣言してはいないが、「私は健常人のように思っています」と彼は言う。
 癌はきわめて容赦なく致命的であることから、しばしば奇跡的治療の希望を人々にもたらす。しかし、これまであらゆる奇跡的治療が失敗に終わっていることから、癌の専門医たちは用心深い集団となっている。この事実を考慮すると、Harris 氏をはじめとする数千人が受けているこの治療について、慎重な姿勢をとる臨床医や科学者たちの説明を聞くとかなり驚かされる。
 「それは飛躍的な前進です」腫瘍専門医の Michael Atkins 氏は言う。彼は Georgetown の Lombardi Cancer Center の臨床試験に Harris 氏を登録した人物である。「これは本物です」同センターのトップで医師の Louis Weiner 氏はそう言い加える。「私たちはいまだに少しショックを受けています」Johns Hopkins University の癌免疫学者 Suzanne Topalian 氏は言う。彼女はこの薬剤を臨床試験へと進めてきた中心的人物である。
 免疫チェックポイント阻害は免疫療法の一様式であり、患者自身の免疫系が癌と戦うのを手助けすることを意味する。それにはモノクローナル抗体と呼ばれる物質が用いられ、細胞表面のきわめて特異的な分子を標的とするよう製薬会社によって作られている。この場合、その抗体は侵攻してくる癌細胞に対して免疫系が行う本来の攻撃を止めさせようとする反応を解除する。
 乳癌に対する標的化学療法や白血病に対する細胞情報伝達阻害薬など様々な新しい癌治療が過去20年にわたって好ましい効果を示してきたが、このチェックポイント阻害薬は比類ないほど長期間の効果をもたらしているように思われる。少なくとも7つの製薬会社がこの抗体の試験を行っている。
 Topalian 氏の夫 Drew Pardoll 氏もまた Hopkins の癌免疫学者だが、彼は、これより5年後、毎年進行癌の診断を受ける60 万人の米国民の半数がチェックポイント阻害薬、あるいは他の免疫関連治療を受けることになると予測している。
 この新しい薬剤に対する医学的、商業的、さらには患者からの関心は非常に強い。「研究活動はまさに急激な高まりを見せています」と Topalian 氏は言う。Bristol-Myers社、Merck 社、およびその他の企業が、メラノーマ、肺癌、および腎臓癌の治療に対して、米国食品医薬品局から各社の治療の承認を急ピッチで得ようとしている一方、この薬剤は、血液、大腸、胃、乳腺、膀胱、肝臓、頭頸部、および脳の悪性腫瘍に対する小規模の臨床試験が行われているところである。「この領域は今まさに燃え上っています」ボストンにある Dana-Farber Cancer Institute の免疫学者 Gordon Freeman 氏は言う。
 このチェックポイント阻害薬は、一部の慢性感染症との戦いにおいても使える可能性がある。B型肝炎、HIV、さらには毎年20万人の米国人の死亡原因となっている血液感染症に対してこの抗体を用いた臨床試験が進行中もしくは、計画段階にある。
 しかし、チェックポイント阻害薬がそれほど潮流を変えるものと誰もが確信しているわけではない。National Cancer Institute で何十年も免疫療法の研究をリードし、チェックポイント阻害薬を研究してきた Stephen A. Rosenberg 氏は懐疑的な人たちの一人である。
 「この抗体は自然な免疫反応を利用しているため、少数の癌でしか作用しない可能性があります」と Rosenberg 氏は言う。「癌患者の90%を死に至らしめる癌の治療への道はやはり免疫系の遺伝子操作を介するものとなりそうです」Rosenberg 氏はそういった遺伝子治療の先駆者である。彼は NIH でのいつくかの小規模のメラノーマの臨床試験で40%の治癒率を得ている。

How they work それらはどう働くのか

 私たちの身体が感染や癌に対抗する一つの手段はT細胞と呼ばれる免疫細胞を活性化することによるものである。この細胞は外からの病原体を認識し、それらを排除したり制御したりするために免疫系の各所を先導する。特定のタイプのT細胞は腫瘍に入り込み、攻撃するよう免疫系の他の部分に向け命令する化学的信号を放出する。しかしこのような信号の一つであるインターフェロン・ガンマと呼ばれる化学物質は腫瘍細胞に対しT細胞の反応を実際的に阻害する分子を産生させる。
 この不活化のスイッチは、恐らく我々の免疫システムが暴走、つまり過活動となり臓器を損傷することがないよう進化したのであろう。しかしながら、癌に対処する場合、このメカニズムは Catch-22(不条理な規則に縛られて身動きできない状態)となってしまっている。なぜならそれによって癌の増大が許されてしまうからである。
 そのため1990年代半ば、この免疫のスイッチが切られてしまうのを避けるために科学者たちはモノクローナル抗体を考案し始めた。開発中のチェックポイント阻害薬の大部分はT細胞のたんぱくを標的にしており、1992年に科学者たちはこのたんぱくを“Programmed Death Receptor 1(プログラム細胞死受容体1)”と命名した(当時は細胞の自然な死の過程におけるその役割だけが知られていた)。それは現在 PD-1 と呼ばれている。別のモノクローナル抗体は PD-1 と結合する PD-L1 と呼ばれている腫瘍分子をターゲットにしている。この分子はT細胞からの攻撃を受けるときに特定の腫瘍細胞の表面にのみ出現する。インターフェロン・ガンマがその出現を引き起こす。
 Bristol-Myers Squibb(ブリストル・マイヤーズ・スクイブ)社の腫瘍学および免疫科学の国際部責任者である Michael Giordano 氏によると、アメリカやヨーロッパの約3,000人の患者に対して、Michael Harris 氏が治療を受けた抗 PD-1 薬、nivolumab(ニボルマブ)が投与されたという。Pardoll 氏によると、PD-1 の臨床試験において腎臓癌やメラノーマの患者の約半数で腫瘍の有意な縮小や消失を見たという。この新しい薬剤において治癒を論じるのは難しいが、例えば、この薬が投与された肺癌患者の約24%が少なくとも2年間生存している。ちなみに化学療法に依存したこれまでの治療では、同様の患者は約5%しか2年間生存していない。
 チェックポイント阻害薬の最も熱心な支持者たちでさえ、およそ半分の患者がその恩恵を受けられなかったことを認めている。彼らにはその理由が完全にはわかっていないが、この抗体に反応しない人の多くは、その癌細胞が PD-L1 分子を欠いている。その人たちの癌は免疫反応のスイッチを止めるのに他の分子を用いている可能性がある。
 Harris 氏の場合、この治療を開始してからまだ6ヶ月である。彼のメラノーマが完全に消失したかは定かではない。活動的な腫瘍であるか、もしくは死んだ腫瘍であるかのいずれかの可能性がある約十数個の黒い斑点が彼の背中に残っている。この時点で彼の主治医は彼を“a partial response(部分的反応)”に分類した。
 「残念ながら、状況が良好に維持されていれば癌は良好な状態にあるという以外に予測はできないのです」と Harris 氏は言う。
 ケーブル設置業者の Harris 氏は“インターネット上で自分の病気を思い悩むようなことはしない能天気な人物である”と Atkins 氏は言う。Harris 氏の娘が予約診療に彼が行くことを確認する。そして彼は医師からしなければならないと言われたことはするが、人生を楽しむことに重点を置く。彼には3人の子供と7人の孫がいて、たとえば来月には彼が参加することになっているカントリー・ミュージックの祭典が Austin で行われる。
 Harris 氏には軽度の発疹以外にはほとんど副作用はなかった。しかし少数の患者で有害な免疫反応が見られている;ニボルマブが用いられた早期の3人の患者が肺の炎症(肺臓炎)で死亡している。それ以降、臨床医はより慎重になっており、そのような問題を防ぐため他の薬(ステロイド)が併用される。
 メリーランド州 Bel Air のM. Dennis Sisolak 氏(72)は2009年に末期の腎臓癌だったが、その時点から Johns Hopkins Hospital でニボルマブの注射が18ヶ月間行われている。この治療後数ヶ月で彼の癌は消失し、それ以降彼の画像検査ではきれいなままである。「唯一の副作用は2週間ごとにバルチモアまで1時間半のドライブをしなければならない面倒だけです」と Sisolak 氏は言う。

‘Breakthrough of the Year’  “その年の飛躍的発見”

 Science 誌で 2013 年の“その年の飛躍的発見”と発表されたチェックポイント阻害薬の出現は、癌免疫療法の長い歴史の中でも大きな盛り上がりを見せている。1891年、ニューヨークの外科医 William Coley 氏はある癌患者に細菌感染を起こさせることで長く生き続けられたことを発見した。細菌感染によって彼らの免疫系に回復の血清が放出されたのである。
 長年にわたって興味を抱いた多くの科学者たちが Coley 氏の実験を拡大させようとし、1975年には免疫系の画期的物質が単離され、それを tumor necrosis factor(腫瘍壊死因子)と名付けた。しかし免疫療法は1985年まで大きな成功はほとんどなかった。しかしその年、NCI の Rosenberg 氏は別の免疫化学物質 interleukin-2(インターロイキン2)で何人かのメラノーマの患者を治療した。この仕事は、当時 Harvard Medical School にいた Atkins 氏の主導で行われた外部の研究者らによってその正当性が立証され、1997年の FDA の承認につながった。腫瘍治療医らはそれ以降、メラノーマと腎臓癌に対してこの物質を用いており、時に素晴らしい成績をもたらしてはいるものの重大な副作用も引き起こされている。
 他にも多くの免疫療法が癌に対して試されている。実際、2012年8月に Harris 氏が診断を受けたとき  Rosenberg 氏のもとでの臨床試験の一つに登録するよう主治医から勧められた。Harris 氏は NIH Clinical Center でその秋冬の8週間を過ごし、緻密で複雑な治療を受けた。
 彼の血液を採取しT細胞を集め、癌に対して強く戦えるよう遺伝子的に手を加えたあと彼の身体に戻すことで彼の免疫系を強化した。Rosenberg 氏とそのスタッフはこの治療の様々なバリエーションで劇的な効果を得ていたが Harris 氏には効かなかった。
 2月までに彼の癌はわずかに縮小していたが、4月に新たな癌が出現した。Rosenberg 氏のチームは Harris 氏にチェックポイント阻害抗体を受けるよう強く求めた。6月に Georgetown で臨床試験が始まったとき、Harris 氏は登録されたわずか10人の患者の第一号となった。
 「臨床試験に参加しようとする患者さんが続々と出てきました」と Atkins 氏は言う。彼は Lombardi の他の医師たちと、他の薬剤との併用も含めたこの阻止阻害薬のいくつかの別の研究も行っている。「私たちにはオーストラリア、イスラエル、ヨーロッパ東部から電話がかかってきます」

A fundamental difference  根本的な違い

 免疫療法は NIH から資金提供される他の癌研究とは根本的に異なっている。他の多くの研究の路線は特定の癌においてスイッチが切れたり入ったりする遺伝子を同定することや、個々の癌の遺伝子を標的にする薬剤と患者とを適合させることに狙いを定めている。
 分子標的医療のこれらの新しい高度な形式が古い化学療法からの前進であることは明らかである。これまでの化学療法では癌細胞を殺すため強力な薬剤を用いるがしばしば重篤な副作用を引き起こし、癌がそれらを回避する手段を見つけるまでの期間だけ利益をもたらすというものだが、その期間は一般に平均6ヶ月となっている。
 チェックポイント阻害治療の支持者らは、そのアプローチによって、より長期間の期待が持てると考えている。腫瘍およびその変異に狙いを定めたり、インターロイキン2のようなやり方で免疫系を促進したりするのではなく、チェックポイント阻害抗体は免疫系からブレーキを外すよう考案されているためであると Freeman 氏は言う。
 「癌は『ロード・ランナー』という漫画のキャラクターに似ています〔註:『ロード・ランナー』とは鳥のミチバシリ (roadrunner) が主人公の漫画。アメリカ南部の砂漠地帯の道路で腹ペコのワイリー・コヨーテ (Wile E. Coyote) に追いかけられたり謀略を練られるが、いつもうまく逃げる〕。癌の一つのターゲットを選んでも、癌は結局変異することによってそれを回避するでしょう」と彼は言う。化学療法は通常、最終的に失敗します。なぜなら腫瘍はそれを克服する手段を展開するからです。チェックポイント阻害薬は免疫系の攻撃能を回復させるため、癌は「何か一つを変化させたり、探知を逃れたりすることはできないのです。なぜなら癌はマシンガン攻撃を受けているからです」と Freeman 氏は言う。「免疫系は進化による学習システムです。もしそれを手に入れ、うまく機能させることができたら、癌への攻撃の仕方を学習するのです。そしてそれが効果を発揮すれば素晴らしい結果につながります」
 Michael Harris 氏の35才だった妻 Helen Harris さんはこの新しい治療を行うには病に倒れた時期が早すぎた。生涯喫煙者だった彼女は2008年に肺癌の診断を受け、最期の数ヶ月は重篤でつらい合併症を抱え約3年後に死亡した。
 Harris 氏の受けた治療がもしその時行えていれば彼女に効果が得られていたかどうかはHarris 氏と彼の娘にはわからない。「父は彼女にとってすばらしい夫だったのです。彼女は幸せな女性でした」と Rhonda Farrell さんは言う。「彼女のような癌が消えることはないだろうとは思っていました」

これまで、どうやら癌は
生体による排除機構から逃れているようだという証拠は
得られていたものの、その機序が明確にはされていなかった。
しかし、本来生体には、免疫系が自らの身体を攻撃しないための
免疫逃避機構である免疫チェックポイントが存在しており、
そこでは癌細胞の持つリガンドがリンパ球T細胞の受容体と結合し、
T細胞の抑制と同細胞による反応を
低下させていることが明らかにされた。
つまり癌細胞はこの免疫チェックポイントの仕組みを
巧みに?利用して免疫反応から逃れているのである。
そこで、T細胞側の受容体である PD-1 受容体や、
あるいは腫瘍細胞側の受容体である PD-L1 受容体を阻害する
モノクローナル抗体を用いることによって
本来の免疫機構による癌組織への攻撃を誘導できると考えられた。
そのモノクローナル抗体が免疫チェックポイント阻害薬である。
すべての癌に有効というわけではないが、
悪性黒色腫、肺癌、腎臓癌、卵巣癌、頭頸部癌、大腸癌などでの
有効性が期待されている。
特にこれまでほとんど有効な治療法がなかった治療抵抗性の
悪性黒色腫に有効例が見られたことは前例のないことだという。
免疫チェックポイント阻害薬、
今後の癌治療薬の主流となることが期待される。

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