MrKのぼやき

煩悩を解脱した前期高齢者男のぼやき

トロイの木馬はあるけれど…

2010-11-10 23:24:21 | 健康・病気

昨年11月22日のエントリー『バリアを打ち破れ』で
悪性脳腫瘍のグリオブラストーマ(神経膠芽腫)に
侵された Sugrue 氏の闘病についての詳しい記事を紹介した。
この疾患の生存期間中央値は15 ヶ月であるが
発症から18 ヶ月が経過した今も彼は元気に過ごしている。
積極的な戦略によるこの不治の病との戦いの続報である。

11月8日付 New York Times 電子版

A Direct Hit of Drugs to Treat Brain Cancer 薬を直接到達させて脳腫瘍を治療する

By Denis Grady

 それは絶望的な病気に対する窮余の策だった。14ヶ月前、医師の手によって細いカテーテルが動脈経由でDennis Sugrue 氏の脳まで誘導された。それによって彼らは腫瘍が摘出された脳の部位に直接 Avastin(アバスチン)という薬を注入することができた。それは、この手技が安全かどうかを見極めることと、どのくらいの量の Avastin に脳が耐え得るかを調べることを主目的に立案された臨床試験だった。しかし、当時50才だった Sugrue 氏はこの試験によって脳腫瘍から解放されることも望んでいた。

Avastin

グリオブラストーマの実験的治療では Avastin という薬が脳の患部に直接散布される

 彼は、既知のすべての治療に抵抗性の脳腫瘍、グリオブラストーマに罹っていた。昨年 Edward M Kennedy 上院議員を死に至らしめたのと同じ病気である。Sugrue 氏の腫瘍は2009年4月に診断され、通常の方法で治療を受けた。すなわち手術、放射線および化学療法である。しかし数ヶ月のうちに、腫瘍は再増大した。彼が Avastin の臨床試験に参加したのはそんな時だった。
 年間国内で約10,000人がグリオブラストーマを発症する。多くの人で標準的治療が功を奏するように見えるのだがそれは一時的である。そしてそこで時計は止まり始める。治療を行っても、生存期間の中央値は約15ヶ月である。2年間生存できるのは患者の25%に過ぎない。
 本疾患は多くの研究の焦点となっており、恐らくこの先何年もその状態が続くだろう。グリオブラストーマや他の脳腫瘍に対して数百を数える研究が行われている。中でも、ワクチン、薬物の併用、さらには特別な薬剤到達技術が注目される。進歩はわずかな前進をもって評価される。それは生存期間の2、3ヶ月の延長とか2年間生存の患者が増加したとかである。論文上ではそういった前進は微々たるものに見えるかもしれないが、患者にとっては、得られた時間は、前進がなければ間に合わなかったはずの卒業や結婚に振り分けられることになるかもしれない。
 グリオブラストーマの治療には二つの大きな障壁がある。第一に有効性の高い薬がないこと、第二に、もしそのような薬があったとしてもそれを腫瘍に到達させるのが困難であることである。多くの薬は脳内の毛細血管周囲に並んでいるしっかりと詰まった細胞のシステム、すなわち血液脳関門( blood-brain barrier )を通過できない。この関門がすべての脳腫瘍の治療を困難にしている。
 Sugrue 氏が参加した、再発グリオブラストーマの患者に対するこの臨床試験は New York- Prebysterian/Weill Cornell の脳外科医 John Boockvar 医師によって行われている。医師らはまず、一時的に血液脳関門を開くマンニトールとよばれる薬を注入し、それから Avastin を腫瘍領域に送りこむ。Avastin は腫瘍に必要な新生血管の成長を阻害する。この薬剤はグリオブラストーマへの使用が認可されているが、それに対して腫瘍が耐性を獲得する可能性がある。
 通常は Avastin は静脈内に点滴される。しかし、Boockvar 医師らは動脈を通して腫瘍部位までマイクロカテーテルと呼ばれる細い管を誘導し、そこから薬を注入することによってはるかに高用量の薬で腫瘍を叩きたいと考えた。
 Sugrue 氏は少ない量で治療された2例目の患者だった。その後、高用量(彼が受けた量の7倍)でも安全に用いられることが研究によって示された。
 最初の30例の報告が先月 The Journal of Neurosurgery 誌にオンライン上で発表された。何例かの患者、特にそれまでに Avastin を投与されなかった症例で腫瘍の縮小が見られている。しかし、1例は治療により脳梗塞を来たし一側の麻痺を生じた。この方法が生存期間を延長できたかどうかを判定するにはまだ時期尚早であるという。
 「私たちは一年前に始めたばかりです」と、Boockvar 医師は言い、初期の患者はきわめて進行例であり、Avastin の一回投与しか受けていないことを付け加えた。「私たちはこれまでに15例、患者の半分を失っています。しかし残りの人たちは元気に生存しています」
 彼のチームはマンニトールとマイクロカテーテルを用いて他の薬も脳内に直接届かせる新しい実験的治療を始めている。将来は、Avastin に一定の薬剤が組み合わされる可能性がある。
 血液脳関門通過治療の専門家で、ロサンゼルスの Cedars-Sinai Medical Center の脳神経外科部長 Keith Black 医師はたとえ脳内に直接注入した場合でも 生存率を大いに改善させるほど効果が Avastin にあるかどうかは明らかでないと言う。より有効な薬剤が求められている。
 「我々は薬を到達させることはできますが、グリオブラストーマについては、たとえば、それによって薬の限界を越えることはできたとしても生存率はそれほど大きく改善しないと考えています」と、Black 医師は言う。「ちょうど、中に入れる兵士が揃っていないのにトロイの木馬を持っているような感じなのです」
 グリオブラストーマの患者の中にワクチンが有望と思われる例があると彼は言う。さらに、動物実験で、勃起機能改善薬であるバイアグラやレヴィトラが、特に腫瘍周囲の血液脳関門を開きそれによって抗がん薬が到達可能となることが示唆されている。理論的にそれらの薬剤はマンニトールと異なり錠剤の形で内服できる。乳腺や肺のような他の臓器からの転移性腫瘍を含めた様々なタイプの脳腫瘍の患者でこの発想を試す計画であると Black 医師は言う。他の臓器癌の脳への転移は年間約10万人に認められる。
 Sugrue 氏が参加した臨床試験はまだ進行中である。そして Sugrue 氏自身も追跡中である。彼はコネチカット州 Starnford に妻の Donna、ティーネイジャーの子供たち Molly と Tim と一緒に住んでいる。高校最上級生である Molly は看護学校への進学を希望している。Sugrue 氏は今も定期的に Avastin の静脈注射を受けている(脳内への注入は一回だけだった)。現在腫瘍再発の徴候は見られない。
 しかしこの一年は楽ではなかった。手術創の感染により何度も手術が必要となった。彼は視野の一部を欠いており、運転はできない。理学療法や作業療法が必要である。いくらか仕事はしているがヘッジファンドの業務にフルタイムで戻ることはできないでいる。しかし、すばやい機転とユーモアのセンスは失われてはいないと、妻は言う。そして「彼がだめな人間だったら、彼が体験したことでとっくに死んでいたでしょう」と付け加えた。
 もしも一度それを受けるように言われたら、臨床試験にエントリーするだろうか?
 「間違いなく」先週の電話インタビューで Sugrue 氏は答えた。「実際、どこかにもっと臨床試験がないか Boockvar 医師に尋ねようと思っています」

血管内皮細胞増殖因子に対するモノクローナル抗体である
Avastin(一般名:ベバシツマブ)は
米国では2009年に悪性神経膠腫に対する
経静脈投与薬として認可されている。
しかし日本ではまだ認可されていない。
(治癒切除不能の進行・再発直腸結腸癌、
扁平上皮癌を除く切除不能な進行・再発非小細胞肺癌
に対しては承認)
しかし、グリオブラストーマの場合、
この Avastin も効く人には効くが
決定的な薬とはほど遠いようだ。
幸い今のところ再発の徴候が見られていない Sugrue 氏だが、
せめて娘さんが立派な看護師となるまで
脳腫瘍の再発がないことを祈るばかりである。

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