MrKのぼやき

煩悩を解脱した前期高齢者男のぼやき

脳内バランス

2008-04-12 12:58:37 | 健康・病気

前頭側頭型認知症(Frontotemporal dementia, FTD)は

前頭葉、または側頭葉に顕著な萎縮を見る認知症で

アルツハイマー型認知症(AD)が主として海馬を中心とした

脳後半部の萎縮が特徴的であるのと対照的である。

臨床症状も ADでは早期から記憶障害が目立つのに対し、

FTDでは人格変化、行動異常、判断・計画障害などが

主症状となる点が異なっている。

そんな脳の病気で、特異な才能の傑出が見られるらしい。

4月8日付ニューヨークタイムズ紙の記事である。

若干長くなるが興味深い内容なのでほぼ全文紹介する。

『創造力を奔出させた病気』

"A Disease That Allowed Torrents of Creativity"

http://s03.megalodon.jp/2008-0411-2347-16/www.nytimes.com/2008/04/08/health/08brai.html?_r=1&st=cse&sq=Anne+Adams&scp=1&oref=slogin
(ウェブ魚拓、New York Times 4/8より)

科学者から芸術家に転向したカナダ人の Anne Adams 博士は

昨年まれな脳疾患で死去したが、彼女の生涯は

実に興味深い。

Anne_adams

長年、数学、化学、生物学を研鑽してきたAnne 博士は、

自動車事故で重傷を負った息子の世話をするために、

1986年、教員と研究員の職を辞した。

その後、息子は奇跡的に回復したが、これを機に

Adams 博士は芸術の道に進むことを決断したという。

1994年、Adams 博士は作曲家 Maurice Ravel の

音楽に陶酔するようになったという。

53歳の時、彼女は "Unraveling Bolero" なる作品を

描いたが、これは有名な Ravel の楽曲を

視覚形態に転換したものである。

彼女は知らなかったらしいが、Ravel もまた

Adams 博士と同じ症状の脳疾患を患っていたと、

カリフォルニア大学、Memory and Aging Center 所長で

神経学者の Bruce Miller 博士は言う。

Ravel は "Bolero" を1928年、53歳の時に作曲したが、

その時、すでに楽譜や手紙にスペルミスをするなど

疾患の症候が現れ始めていた。

"Bolero" は二つの主旋律を交互に8回、340小節に渡って

繰り返し、その間に音量や楽器の重なりを徐々に増してゆく。

と同時に、楽譜は交互に表われるスタッカート奏法の

ベースラインを整然と続ける。

この作品は326小節目まで変調なく続き、そこから一気に

加速して、崩れ落ちるようなフィナーレに至るのである。

Adams 博士はこの繰り返しのテーマにも興味を持ち、

"Bolero" のそれぞれの小節を長方形で表す図を

描いた。

"Unraveling Bolero" ↓

Bolero

それぞれは整然と並べられ、ジグザグに

波打った図式が挿入されている。

図の高さは音量を、形状は音質を、また色調は音の高さを

表している。

色調は326小節目の突然の変調まではまちまちだが、

変調部分では終局を予告するオレンジとピンクの図形が

際立つように描かれている。

"Bolero" にとりかかっていた Ravel と

"Unrabeling Bolero" 作成時の Adams 博士は、

ともにFTDというまれな疾患の

初期段階にあったと Miller 博士は言う。

この疾患が前頭葉と脳の後方部分との連結を変化させ、

結果的に創造性の奔出を生じていたと考えられる。

Miller 博士は言う。

「我々はこれまで認知症が脳を全体的に障害すると考えてきた。

しかしそれは誤りである。特異的に主要な回路が障害されると

それにより、他の領域への抑制が解除される可能性があることが

わかってきた。言い換えると、もし脳のある部位が障害されると、

別の部分がより増強され得るということである。」

このようにFTD患者の一部では、前頭葉の機能が低下し、

後方の領域が優位になることで芸術的能力が高まるのだ。

FTDはアルツハイマー型痴呆としばしば誤診される

疾患群の一つに挙げられる。

しかし、FTDの経過と症状はアルツハイマー型痴呆と異なっている。

最もよく見られる型では、患者は徐々に人格変化をきたす。

無感情で、だらしなくなり、20ポンド(約9kg)も体重が

増加する。

公前で3歳児のようなふるまいをし、大声で恥ずかしい

質問をする。常に、どこも悪くないと主張する。

FTDの他の2型は言語能の障害を示す。

その一つでは、患者は

言葉を探すのが困難となる(語彙力の低下)。

誰かが患者に「ブロッコリーを回して」と言うと、

彼らは「ブロッコリーって何?」と答える。

もう一つはPPA型、すなわち

primary progressive aphasia (原発性進行性失語症)

であり、話し言葉のネットワークの障害である。

患者は会話能力を喪失する。

以上3つの型は同一の病理学的変化を示す。

いずれも治療法はなく、急速に進行する可能性があるが

緩徐な経過をたどる場合もある。

Adams 博士と Ravel はともにPPA型であった、

と Miller 博士は言う。

1997年から、10年後の彼女の死まで、

定期的に脳検査を受けたが、これにより

医師たちは脳変化について多くの見識を得ることとなった。

夫によれば、

「2000年に、彼女は突然、言葉を発するのが困難と

なり始めた。彼女には数学の能力があったが、

もはや一桁の足し算もできなくなっていた。

彼女は自分に何が起こっていたか気づいていた。

失意のあまり地団駄を踏んだものだった。」

しかしその時すでに Adams 博士の脳回路は

再構成されていた。

彼女の左前頭葉の言語領は萎縮していたが、

右脳の後方の領域、すなわち、視覚や空間認知に

関係する箇所はむしろ厚くなっていたように

見えたのである。

芸術家が右脳の後方にダメージを受けると創造性を失うが、

Adams 博士の場合は、その逆を示している。

これらのデータから、芸術家においては右脳の後方の

優位性が示唆される。

健康な脳では、これらの領域は色覚、音覚、触覚、

空間認知など種々の知覚の統合をつかさどっている。

しかし、これらの領域は優位にある前頭葉皮質によって

抑制されているという。

この抑制が解除される時、創造力が奔出する。

Miller 博士は、これまで、FTD患者が、病状の進行につれ

配景、描画、ピアノ演奏やその他の創造的な芸術の

能力が上がることを見てきたという。

Adams 博士は、もはや筆を持つことが

できなくなった2004年まで絵を描き続けた。

彼女の作品は以下の Web サイトでご覧いただける。

http://72.9.98.98/Art/Patient%20Art/pat_art_adamsa.html

以上が記事の内容だ。

音楽家などの芸術家が、創作に行き詰まった時、

ドラッグに依存する理由がわかる気がする。

また、健常人においては、

脳の各部位のバランスを保つことで

人間を凡人たらしめているのかも?

これは社会の維持には必要なメカニズムかもしれない。

しかし、こうして見ると、FTDに限らず、

脳挫傷、脳卒中や脳腫瘍で前頭葉が障害され、

その後遺症で落ち込んでいる人たちに、

非凡な才能が潜在している可能性がある。

それを見い出してあげることも

リハビリテーションの重要な役目と言えるかもしれない。

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2 コメント

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 もしかして、山下清画伯も同様もそのような脳疾... (yunppi)
2008-04-13 00:38:12
 もしかして、山下清画伯も同様もそのような脳疾患だったんでしょうか?
 前にTVでみたのですが、一度見た風景を細かいところまで、描き再現できる子供がおりました。彼もまた脳に疾患を持っていたみたいです。人間というのはなんだかすごいですね。欠けた部分をどこかでカバーしようとする。本当は元の通り考え行動できるようにカバーしてくれるといいんだけど・・・。でも、病院の関係者の方々が、MrKさんみたいなリハビリを考えてくれるといいですね。本人のためにも、家族のためにも。
返信する
>yunppiさん (MrK)
2008-04-13 23:50:10
>yunppiさん
山下清画伯は3歳のころ何かの感染症で知的障害を起こしたようです。髄膜炎?病気は違いますが、やはり前頭葉の障害があったと思われ、脳の芸術関連箇所が発達したのかもしれません。
非凡な才能を持つ人は変人扱いされがちですが、皆が皆、脳内バランスガチガチの凡人ばかりであったなら、社会も文化も発展はなかったかもしれませんね。
返信する

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