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MrKのぼやき

煩悩を解脱した前期高齢者男のぼやき

盲点からの大出血

2024-02-21 16:26:53 | 健康・病気

2月のメディカル・ミステリーです。

 

2月17日付 Washington Post 電子版

 

 

Medical Mysteries: How a sore throat led to life-threatening bleeding

メディカル・ミステリー:のどの痛みからどうして命にかかわる出血に至ったのか?

A Florida man spent months consulting doctors baffled by stabbing pain that radiated to his neck and shoulder

フロリダの男性は首から肩に放散する刺すような痛みに当惑し数ヶ月に渡って複数の医師にかかった

Bianca Bagnarelli/For The Washington Post

 

By Sandra G. Boodman,

 一年以上の間、Arthur L. Kimbrough(アーサー・L・キンブロー)さんは、彼ののどから首へ、そして左肩まで放散する刺すような感覚の原因を見つけるために思いつくことはすべて行ってきた。彼は、フロリダ州とメリーランド州の麻酔科医、耳鼻咽喉科医、神経内科医、複数の神経外科医にかかり、検査や画像診断を受け、様々な薬を内服したが、強さを増していく痛みを緩和することができなかった。

 Kimgbrough さんが病院の待合室で命にかかわる出血に見舞われ、その原因が最終的に明らかになったのは 2022年2月のことだった。

 

Arthur Kimbrough さんと彼の妻 Michele(ミシェル)さん(Arthur Kimbrough さん提供)

 

 あれから2年が経ち現在76歳になる Kimbrough さんは、自身が生き残れたのは適切な時間に適切な場所にいたことのおかげだと考えている。彼によると、生きていることはラッキーであると感じており、自分の病気がもっと早い段階で診断されなかったことについては憤りを感じていないという。

 医師らは「明らかにいくつかのポイントを見逃していましたが、それは彼らがちゃんと見ていなかったからではなかったのです」と Kimbrough さんは言う。彼はexecutive coach(企業の管理職を指導するコーチ)の職にあり、現在フロリダ州の Panhandle(パンハンドル)に暮らしており、フロリダ州とミシシッピ州で葬儀場と墓地を所有している。「彼らは大変敏感に反応してくれていたのです」

 「私たちの目隠しとなっていたのは、基本的に間違った場所に目を向けていたことだったのです」と彼は言う。

 

Unusual sore throat 異常な喉の痛み

 

 Kimbrough さんが最初に痛みに気づいたのは 2020年12月中旬のことで、口の奥の舌の左側の下に痛点があった。それは普通ののどの痛みのようではなかった:飲み込みには痛みを伴わなかった。彼の家庭医は炎症所見を認めなかったので ENT(ear nose throat、耳鼻咽喉科医)への受診を勧めた;2人の医師はともに Kimbrough さんの親しい友人だった。彼は 20年間のヘビースモーカーで、40歳代の初めに禁煙していたが、Kimbrough さんは自分がのどの癌ではないかとその ENT に尋ねた。

 その医師は安心させた。「のどの癌はこの様な痛みを起こすことはありません」彼がそう言ったことを Kimbrough さんは覚えている。「あなたが煙草を吸っていたころからは相当時間が経っています」

 その ENT は唾液腺の感染を疑い抗生物質を処方した。しかし痛みを和らげることができなかったため、その医師は診療所での検査に用いられる器具である laryngoscope(喉頭鏡)で Kimbrough さんののどを検査した。彼は Kimbrough さんに喉は健常に見えると説明し、のどの痛みは顎関節の問題、恐らく、temporomandibular joint dysfunciton(TMJ、顎関節症)あるいは頸部の pinched nerve(圧迫による神経痛)ではないかと考えた。後者の仮説がそれからの Kimbrough さんの14ヶ月に及ぶ原因探索へとつながることになる。

 Kimbrough さんの歯科医が TMJ を除外したので、chiropractor(カイロプラクター)を受診すると、頸椎のレントゲンを勧められた。検査では、彼の顎に近い第3頸椎に加齢に関連する関節炎が認められた。

 それから2ヶ月間、そのカイロプラクターは首の“adjustments(矯正術)”を施行した。最初それによっていくらか症状の寛解がもたらされたが、3月の終わりには Kimbrough さんの痛みが増悪した。そのカイロプラクターは疼痛管理を専門とする麻酔科医に彼を紹介した。彼は、炎症を抑えるために痛み止めとステロイドからなる注射を用いた神経ブロックを行った。効果はなかった。

 その麻酔科医は Kimbrough さんの頸椎の MRI を行った。この検査では、頸椎の軟骨と椎体の異常な摩耗である変形性脊椎症が認められたがこれは活動的な人では良く見られる可能性がある。彼は Kimbrough さんに、脊柱管狭窄症が疑われるが、これは加齢とともに増加するよく見られるもので、脊椎の狭小化によってもたらされ神経を障害することがあると説明した。しかし、彼の痛みを説明できる神経圧迫の徴候は見られなかった。

 喉の痛みが始まってから6ヶ月後の6月、Kimbrough さんは血管外科医である友人に相談し、彼の治療を私的に検討してもらった。その外科医は適切であるようだと彼に話した。

 自身の健康には細心の注意を払っている Kimbrough さんはフィットネスの愛好家であり、元 Army Rangers(陸軍レンジャー部隊)のグループと定期的にトレーニングしていた。当時、彼の家庭医の他に、彼は4ヶ月毎に“anti-aging(抗加齢)”医師を受診しており、血液検査が行われ、彼の健康と体調を増強するためにサプリメントが処方されていた。Kimbrough さんは毎日50錠を内服していた。

 

‘Like a hot spear’ ‘熱い槍のよう’

 

 7月には痛みが悪化、彼の左耳と眼窩まで広がり睡眠が妨げられていた。Kimbrough さんは忙しい仕事のスケジュールをなんとか維持し、彼の20回目となる短距離のトライアスロンに向けてトレーニングし、7月4日に完遂した。彼が気づいたところによると「私の下顎の線から熱い槍のようなものが突き刺すような感じがして、万力のように私の頭を締め上げ、それから私の左肩甲骨に放散するといった症状がありましたが運動によって多少鈍化するようでした」。

 Kimbrough さんは、原因の探索をフロリダ北部からさらに広げる必要があると考えた。仕事上のコネを通じて彼は、メリーランド州 Baltimore(バルチモア)にある Johns Hopkins Hospital(ジョンズ・ホプキンス病院)の脊椎外科の専門家への受診予約を 2021年8月に取ることができた。

 その神経外科医は MRI の結果を再検討し彼の頸椎に変性変化が見られることを確認した。しかし、彼は頭部の左側の痛みは理解しがたいと Kimbrough さんに伝えた;画像検査によればそれは右側であるべきだったというのだ。彼は Kimbrough さんに、頸部カラーを試すように提案し、それが有効かどうかを見るために毎日20分間頸部固定するように言った。しかしそのカラーも、そして Kimbrough さん自身で試すことを決めた鍼治療も、いずれも効果はみられなかった。

 2021年10月の夕食の席で、Kimbrough さんの ENT は彼の疼痛と嚥下困難のひどさについて話しながら彼の頸椎が問題ではないのではないかと言った。彼は、神経の障害によって生ずる慢性消耗性の顔面痛である trigeminal neuralgia(TN、三叉神経痛)なのではないかと考えた。

 彼はすぐに Kimbrough さんの治療薬を TN の治療に用いられる薬剤に変更した。Kimbrough さんによると、その痛みは「爆発的に起こりました。なぜ患者が自殺をするのか初めて理解できるようになりました」という。しかし彼の家庭医に彼が電話をかけたところ、彼は以前の薬剤に戻し、Tallahassee(タラハシー、フロリダ州の州都)の神経外科医の翌日の受診予約を取った。

 その神経外科医は何も発見できなかったので Kimbrough さんを神経内科医に紹介したが、その医師も同じように困惑した。そこで彼は Kimbrough さんを2人目となる疼痛専門医に紹介、その医師は硬膜外注射を行ったが効果はなかった。一方、Baltimore の神経外科医は Hopkins の神経疼痛の専門医への受診を勧めた;彼の受診は 2022年2月下旬に予約された。

 12月、Kimbrough さんは嚥下障害の原因を特定するために頸部の CT検査と別の検査を受けた。検査では彼の左側の扁桃に“軽度の非対称性”が見られたが明らかな腫瘍はなかった。放射線科医は ENT 医に生検を含めた喉の検査を行うよう提言した;しかし結局その手技が行われることはなかった。

 2022年2月中旬には Kimbrough さんは調子を崩していた。彼は20ポンド(約9kg)体重が減っており、完全な液体以外には何も飲み込むことができなくなっていた。彼の痛みは我慢できるものから、“blowtorch(ガスバーナー)のようなもの”まで多様で、麻薬性鎮痛薬の OxyContin(オキシコンチン)の最大用量にもかかわらず、ほとんど制御できない状態だった。そして原因についての手がかりを得た医師は1人もいなかった。

 Kimbrough さんは脳腫瘍ではないかと心配した。「私はただ、破滅のシナリオの泥沼をさまよい歩いていたのです」そう彼は思い起こす。

 Hopkins の疼痛専門医の予約の数日前、彼と彼の妻は親族の祝いでアリゾナ州まで往復した。そして Baltimore まで飛行機で行く日の前夜、Kimbrough さんに鼻出血がみられたがそれはすぐに止血した。しかしそれはその翌日に起こることの前触れだったのだ。

 

Drowning in blood 血液の中で溺れる

 

 Baltimore の受診は神経学的検査で始まった。その麻酔科医は Kimbrough さんに舌を突き出すように指示し、真っ直ぐに突き出したままにしておくよう求めた。彼がそのようにしたと言うと彼女は彼に鏡を渡した。彼の舌が顕著に左側に曲がっているのが判明した。

 その医師は彼に、神経の圧迫あるいはのどの腫瘍が舌の偏位を起こしている可能性があると説明し、さらなる検査のために Baltimore に滞在することが可能かどうか尋ねた。必要な限り滞在すると彼が言うと、彼女は緊急 MRI を予定するために部屋を出た。

 待合室に座って Kimbrough さんは Coke を飲み始めた。すると何の前触れもなく血液が彼の口と鼻から噴出し始めた。誰かがナプキンの束を手渡した;しかし数秒のうちに血まみれとなった。彼が咳をして、のどを降りていく血液と血液の塊を喀出しながら Kimbrough さんはこう思ったことを覚えている。「私は自分の血液の中で溺れている」と。何年もの間、彼は不整脈の治療で抗凝固薬を内服していた;その薬剤は出血を増強させる可能性がある。

 Kimbrough さんはたちまち医師や看護師に囲まれ、救急診療部へ急いで連れて行かれた。「彼らは大変落ち着いていたので私は実際に何ら恐怖を感じませんでした」と彼は思い起こす。

 「懸念されたのは自身の血液を吸引することで窒息死する可能性があったことでした」ERで彼を診た頭頸部外科医の R. Alex Harbison(R. アレックス・ハービソン)氏は言う。Harbison 氏が Kimbrough さんを診察すると巨大な(卵の高さに相当する最も幅の広い部位で)6cm の腫瘤が認められた。それは彼の扁桃の上方の口腔の天井から舌の後方まで伸展していた。

 彼はその腫瘍が癌性であり、human papilloma virus(HPV、ヒトパピローマウイルス)によって引き起こされたものと考えた。一年以上の間に増大していた腫瘍は神経と、のどにある left lingual artery(左舌動脈)を巻き込んで、同動脈がついには破綻し出血を起こしたのである。病理学者らは、ほどなく、Kimbrough さんが最も多いタイプの HPV-16 によって引き起こされたステージ3の扁平上皮性咽頭癌であると確定した。

 ほぼすべての人が感染する HPV はセックスによって感染する。ほとんどの感染は自力で排除されるが、HPV-16 を含む高リスクの HPV は子宮頸癌や咽頭癌などいくつかの癌を後年に引き起こす可能性がある。2006年に認可され、性的に活動的となる前の小児期に通常投与されるワクチンは HPV 関連癌の大部分を予防することができる。HPV 関連癌は米国で年間37,000例以上に上る。医師らは45歳までの成人にこのワクチンを推奨している。

 男性において急速に増加しているHPV 関連の口腔の癌は米国で最も頻度の高い頭頸部癌である。(非HPV 関連の口腔の癌は一般に喫煙や飲酒によって引き起こされる)。同癌は、特に早期に発見された場合、同時に行われる化学療法と組み合わせた放射線治療、すなわち化学放射線療法にしばしば反応する。

 Harbison 氏は Kimbrough さんに、医師らが発見したものを説明し、出血を止めるためにこれから取ることになる処置について要領よく述べた。その医師は端的に説明した:もし何か不都合が起これば Kimbrough さんが生き残れる見込みはない。医師にどれほど積極的那治療を望むか?と Harbison 氏は尋ねた。

 「私はこう言いました。『する必要があることは何でもして下さい』」そう答えたことを Kimbrough さんは覚えている。

 Kimbrough は気管内挿管され、輸血を受け、塞栓術を受けた。塞栓術は出血を止めるために動脈にコイルを詰める手技である。「その後はほぼかたずを飲んで待つしかありません」と Harbison 氏は言う。新たな出血の危険があるため「不安度は極めて高かったのです」

 さらに Kimbrough さんはひどい栄養不良だったため、医師らは栄養チューブを彼の胃の中まで挿入した。数日後、彼の気道を確保するため頸部に気管切開用チューブが挿入された。緊急入院から1週間のうちに彼の状態は安定したようにみえた。

 Hopkins のチームは化学放射線療法を勧めた。Kimbrough さんと彼の妻は Baltimore に知人がいなかったので、彼らは St. Louis(ミズーリ州セントルイス)にある Washington University(ワシントン大学)での治療を選択した。彼らはかつて20年間同市で暮らしていたことがあり、息子の一人が今も住んでいた。

 Kimbrough さんは3月10日に栄養チューブと気管切開チューブが入ったまま St. Louis に到着した。そこの医療チームは Kimbrough さんに、放射線化学療法で彼の癌を根治させる見込みは60%と考えていると説明した。しかしたとえ彼らが治療に成功しても、彼には常に栄養チューブが必要になるかもしれないと通告した。

 

Playing the trombone トロンボーンを演奏する

 

 それについては彼らが間違いであったことを彼は証明した:栄養チューブは癌の治療を終えて1ヶ月後の7月の終わりに抜去され、さらにその1ヶ月後にはフロリダの自宅に戻った。しかし Kimbrough さんは非常に柔らかい食べ物を数口以上飲み込むことができない状態であり、彼の食餌の大部分は液状のものである。今までのところ画像検査では癌の徴候はみられていない。彼は復職し、正常に話すことができ、トロンボーンを演奏することができる。

 現在、Washingon University で耳鼻咽喉学の准教授となっている Harbison 氏(彼は8ヶ月前に Hopkinsを去り、彼の故郷である St. Louis に戻っている)は Kimbrough さんの腫瘍の特徴と部位から発見されにくくなっていて、そのことが彼の診断の遅れの一因になっていた可能性があると話す。

 Kimbrough さんによると、彼の ENT は最近、Kimbrough さんを経験した結果、同様の症状の患者に対してより積極的に生検を行うようにしており、最近、のどの痛みが肩に放散する HPV 関連癌の新たな男性を診断したと彼に話したという。

 「Art(アート、Arthur さんのこと)のケースは極めてまれではあります」と Harbison 氏は言う。彼はこれまでに HPV 関連の口腔の癌を持つ約200例の患者を治療しているが、それらはしばしば頸部のしこりとして発症する。

 しかし「持続性ののどや耳の痛みを持つ患者は専門医によって精査されるべきです」と彼は言う。その癌が2021年の MRI で見逃されていた可能性がありますと彼は付け加える。

 Kimbrough さんは、HPVについての知識を得ることで他の男性が自身の苦しい試練から恩恵を受けてもらえたらと思っているという。それは、子供たちにワクチン接種することや、彼がそうであったように、あとで間違っていることが判明する可能性がある仮説を疑問に思うことなどである。

 彼が極めて重要なことだと今にして思っていることだが、自身ののどの痛みについて別の ENT の意見を聞くことなど全く心に思い浮かばなかったと Kimbrough さんは言う。それは焦点が彼の脊椎に当てられていたことが一つの理由だった。

 「すべての人たちは最善の思いでそれぞれ最善を尽くしてくれていました。分かれ道はありましたが、我々が別の道を進むことはなかったのです」と彼は言う。

 

 

HPV(ヒトパピローマウイルス)関連中咽頭癌については

日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会のサイトが非常に詳しいので

以下要約して記載する。

横浜市立大学医学部耳鼻咽喉科・頭頸部外科学 折舘伸彦教授監修

 

 

子宮頸癌予防を目的とした若年女性に対するヒトパピローマウイルス (HPV) ワクチンは

2010年11月に公費接種が開始され、2013年4月から定期接種化された。

しかし、接種後の不調を訴えるケースが認められたため

2013年6月に厚生労働省が積極的接種勧奨の差し控えを決定した。

その後2021年11月、8年ぶりにHPVワクチン接種の積極的勧奨を再開したものの

この間の空白の8年間で相当数の女性が接種機会を逃してしまう結果となった。

そのような人たちに対するキャッチアップ接種も勧められてきたものの、

令和6年度末までの公費助成の期限が迫るなか、なかなか接種率が

上がっていないのが現状である。

一方、HPVは口の奥(中咽頭)の癌も引き起こすことがわかっている。

こちらは男性に多いのが特徴となっている。

昨年死去した坂本龍一氏がこの癌だったことが発表されている(彼の死因は直腸癌)。

日本全体では現在、1年間に約5000人が新たに中咽頭癌の診断を受けており、

男女共に明らかな増加傾向にある。

こうして新たに診断される中咽頭癌の半数以上が HPV 関連とみられている。

このような点を考慮すると男性にも若い世代でHPVワクチンを接種することが

望ましいと考えられるが、今のところ接種に対する公的補助は行われていない。

 

さて、HPVは非常にありふれたウイルスで皮膚や粘膜の小さな傷口から

感染する。感染してもほとんどの場合は免疫の力で自然に排除される。

しかし時にウイルスが感染した状態が持続すると癌の発生につながる。

HPVが引き起こす癌には、女性の子宮頸癌、外陰癌、膣癌のほか、

男性では陰茎癌がある。

また男女共通の癌としては、中咽頭癌、肛門癌などがある。

 

HPVはパポバウイルスに属するDNAウイルスであり、

遺伝子の塩基配列に基づいて200種類以上あることが知られている。

そのうち癌の原因となるのは一部であり、HPVによる中咽頭癌では

85~90%の患者でタイプ16(16型)が検出されている。

 

中咽頭には、のどチンコと呼ばれる口蓋垂とその周辺の口の奥の上にある

柔らかい部位にあたる『軟口蓋(なんこうがい)』、

舌の付け根の『舌根(ぜっこん)』、

横の壁のリンパ球が集まる『口蓋扁桃(こうがいへんとう)』が含まれる。

ここに発生するのが中咽頭癌で、のどの違和感、長く続くのどの痛み、

飲み込みにくさ(嚥下困難)、ものを飲み込む時の痛み(嚥下痛)、

のどからの出血、首のしこりなどの症状がみられる。

 

日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会のサイトより

 

 

中咽頭癌の原因にはHPV感染と喫煙・飲酒に大別できる。

HPV関連の場合、舌根や扁桃の小さなくぼみ『陰窩(いんか)』に

ウイルスが侵入してその上皮(表面部分の組織)に癌が発生する。

喫煙・飲酒が原因で起きる中咽頭癌は目視でも比較的判別しやすいが、

HPVによって生じた中咽頭癌は、小さな陰窩の奥で最初に発生することや、

がん自体の小ささから、初期の段階では発見が困難である。

このためHPV関連中咽頭癌は早期発見が困難ながんとして知られている。

また喫煙・飲酒が原因の中咽頭癌は通常50歳代以降に発生するが、

HPV関連の場合、40歳代などの比較的若い世代にもみられる。

また喫煙・飲酒が原因の場合、食道癌などを併発することが多いのに対し、

HPV関連中咽頭癌では他のがんが重複することがほとんどない。

一方でHPV関連中咽頭癌は喫煙・飲酒が原因の中咽頭癌より

首のリンパ節へ転移しやすいという特徴がある。

 

中咽頭癌の治療法

中咽頭癌の治療には、大別して(1)手術、(2)放射線治療、

(3)抗癌剤治療と放射線治療を併用する化学放射線療法の

3つの治療法がある。

現在のガイドラインでは原因の違いによって治療の選択は変わらない。

癌の部位や転移の有無、発声や嚥下などの機能温存などを考慮して

治療方法を決定する。

中咽頭癌は比較的放射線感受性が高いため、局所進行性の中咽頭癌に対する

治療の中心は化学放射線療法となる。

現在の化学放射線療法における標準的な併用化学療法には高用量シスプラチンが

用いられている。

放射線治療は腫瘍の制御には有効だが、粘膜炎、皮膚炎などの急性期有害事象や

永続する味覚障害、唾液分泌障害、嚥下障害、喉頭浮腫、下顎骨骨髄炎などの

晩期有害事象が発生する可能性がある。

HPV関連中咽頭癌は遺伝子変異が少ないため、喫煙・飲酒が原因のものに比べて

予後は良好である。

しかし、化学放射線療法を行った場合に口の中やのどなどに生じる粘膜炎の

痛みは激しいため、治療後も嚥下や味覚、発声に障害が出ることがある。

癌は克服できてもQOL(生活の質)の低下に苦しむ人が多いのが

実情となっている。

 

中咽頭癌の予防

ワクチンに消極的な本邦だが、

海外では HPVワクチンが男女共に定期接種になっている先進国は多く、

中でもオーストラリア、カナダ、イギリスでは男女とも80%前後の高い

接種率となっている(日本はわずかに女子の7.1%)。

新型コロナワクチンの接種率は高い本邦だが、HPVワクチンについては

大きな後れを取ってしまっているのが現状だ。

根強いワクチン忌避者の存在は仕方ないとしても、

将来の癌を予防できる手段があるにもかかわらず今それを講じないことで

この先、子宮頸癌や中咽頭癌で苦しむ患者の急増を回避できないとは

実に忍びないことである。

じゃあ、いつやるの?…今でしょう!(古すぎっ!)

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妊娠、難病、そして決断…

2024-01-23 15:27:58 | 健康・病気

2024年最初、1月のメディカル・ミステリーです。

 

120日付 Washington Post 電子版

 

Medical Mysteries: A daughter’s pregnancy and a life-or-death decision

メディカル・ミステリー:娘の妊娠、そして生死にかかわる決断

A teenager’s headaches, hallucinations and bizarre behavior forced her mother to make “the hardest decision of my life.”

十代女性の頭痛、幻覚、そして奇妙な行動に対し彼女の母親は“人生で最も難しい決断”を強いられた

 

By Sandra G. Boodman,

 

(Bianca Bagnarelli For The Washington Post)

 

 2021年のクリスマスの翌日、妊娠約3ヶ月の Abigail Aguilar(アビゲイル・アギラー・Abby[アビー])さん(18歳)が母親の寝室に入ってきて、活気のない無感情な声でこう話した「ママ、これから喉をかき切るつもりなの」。

 この数週間、Quintina Sims(クインティナ・シムズ)さんは、徐々に奇妙さを増すゾッとするような娘の行動に悩まされていた。Aguilar さんは、絶え間ない嘔気、激しい頭痛、および衰弱にも悩まされていたが、それらの症状がひどいため、彼女の義父はしばしば彼女をトイレに連れていかなければならなかった。医師らは大概、彼女の症状を妊娠早期の正常の徴候として片づけていた。

 Aguilar さんの重大な病気が一連の症状をもたらしていたため、彼女の自宅があるカリフォルニア州 Kern County(カーン郡)から南へ130マイルの病院に入ることとなり、それまで健康だった十代の女性をそれほどまでに悪化させた原因を発見すべく多くの医師が動員された。

 治療が不成功に終わったため、現在42歳の Sims さんは、自身が語るところの“人生で最も難しい決断”を下すよう求められた。そしてその決断が娘の命を救ったように思われる。

 あと数週間で21歳になる Aguilar さんは、現在、幼稚園の教員補助としてフルタイムで働き、コミュニティ・カレッジで小児の発達について勉強している。彼女は Loma Linda University Medical Center(ロマリンダ大学医療センター)での辛かった6週間についてはほとんど覚えていないが、回復に要した数ヶ月は鮮明に記憶しているという。

 「それは私に、命をもっと大切にしなければならないことを教えてくれました」と Aguilar さんは言う。「そして私の家族はいつも私のためにいてくれていたのだということを知りました」

 

An unexpected surprise 予想外の驚き

 

 2021年の秋、高校新卒だった Aguilar さんは映画館で働きパートタイムで大学に通いながら Los Angeles(ロサンゼルス)で祖父母と一緒に暮らしていた。

 10月、彼女は妊娠していることがわかった;赤ちゃんは2022年7月に生まれる予定だった。「それは驚きでした」と彼女は思い起こす。結婚していなかった Aguilar さんはどうすべきか苦悩した。彼女は赤ちゃんを産むことに決めたが、その決断を母親が支えた。「最初はすべてが順調でした」と Aguilar さんは言う。

 しかし、普通のつわりとして始まった症状はたちまちほぼ持続的な嘔吐へと変わり、激しい頭痛を伴った。近くに住んでいた Aguilar さんの兄は彼女を数回 emergency room(緊急室)に連れて行った。彼女は、片頭痛、およびひどい嘔吐の原因となる妊娠関連の病態である hyperemesis gravidarum(妊娠悪阻・にんしんおそ)と診断された。医師らは彼女に頭痛薬を投与し輸液を行った。Aguilar さんはおよそ数週間のうちに約 10ポンド(4.5㎏)体重が減り、頭痛が続いたが、それが刺すように辛いためしばしば家の中でもサングラスをかけていた。

 しかし、「医師らによって懸念されることは何も確認されませんでした」グラフィック・デザイナーをしている彼女の母親は言う。「私はとても心配でした。Abby はしきりに電話をかけてきていましたが、いつもとは違っている風でした。彼女は時折、本当にボーッとしているようでした」、

 11月中旬には Aguilar さんの具合がひどく悪化したため両親の自宅に戻り、別の産婦人科医にかかり始めた。診察に付いていった母親は、その新しい医師も Aguilar さんの増悪する病状を妊娠のせいであるとし、心配していないようだったという。

 12月14日、Aguilar さんが頸の凝りを訴えたので、母親は健康保険の緊急ラインに電話をかけた。医師は迅速な治療を要する脳や脊髄に腫れをもたらす髄膜炎の可能性を考慮し、ただちに娘を ER に連れて行くよう助言した。

 「私たちは4、5時間待ちました。そして超音波検査と血液検査が行われ『うーん、妊娠の症状の一環とすべきでしょう』と言われました」そう Sims さんは思い起こす。医師らは筋弛緩薬とステロイドを処方し、二人を帰宅させた。

 およそ妊娠10週のころ、Aguilar さんは突然ひどい不眠に陥った;30分間の断片的な睡眠となり、一晩に合計で約3時間しか眠れなかった。彼女の人格は劇的に変化していた。Sims さんによれば、彼女は、「非常に穏やか」な時もある一方、翌日にはひどく精神的に落ち込み泣き止まないこともあったという。

 「彼女の行動に目を光らせ続けました」と Sims さんは言い、不眠と抑うつで娘を ER に連れて行ったが、それはその週 2度目の受診となった。医師らは Aguilar さんに尿路感染症の検査を行ったが異常なかったため、彼女の病状は妊娠が進めば改善するだろうと予測した。

 しかしクリスマスの当日、Aguilar さんは悪化したようだった。彼女は贈り物を見つめていたが、明らかにそれが何か理解できていなかった。ある時点で「うつろな表情で私を見ていて、『私は死んだの、死んだことはわかってる』と言ったのです」そう Sims さんは思い起こす。家族が再び彼女を ER に連れて行くと、そこで医師は彼女に鎮静薬を投与した。彼は Sims さんに、娘さんは“pregnancy psychosis(妊娠期精神病)”の症状を呈している可能性があると説明した。これは精神疾患の診断を受けていない Aguilar さんのような人では極めて稀なものである。

 

母親の Quintina Sims さんと写る Abigail Aguilar さん(右)(Abby Aguilar さん提供)

 

 

‘Not a mental health issue’ ‘メンタルヘルスの問題ではない’

 

 その翌日、Aguilar さんが自分の喉を切りたいと宣言した後、Sims さんは警察に助けを求めて電話した。彼女が包丁を使うつもりであることを警察官に告げると、警察は彼女を精神科のクリニックに移送した。「私たちがそこに着いた時、彼女は正常に見え、署名を拒否しました」と Sims さんは言う。

 しかし、それがきわめて重要で予言的な瞬間となったことが後でわかったのだが、すぐさま看護師は Sims さんと夫を脇に連れ出した。「彼女はこう言ったのです。『これはメンタルヘルスの問題ではありません。ただちに Loma Linda に彼女を連れて行く必要があります』」そう Sims さんは思い起こす。

 Sims さんは質問をしなかった。「私たちには、それが有効な証明を行う手段であるように聞こえたのです」と彼女は言う。夫婦は4人の子供たちを車に押し込み、彼らの家に最も近いティーチング・ホスピタルの一つである Loma Linda まで2時間のドライブを開始した。

 Aguilar さんが動いている車から飛び出そうとするのではないかと心配した彼女の兄は後部座席で彼女の隣に座り、家族は彼女の気を紛らわそうとしてディズニーソングを流したり歌ったりした。彼らは真夜中少し過ぎに病院に到着した。

 ERで Aguilar さんはたちまち興奮し精神的異常をきたした。彼女は女性の髪を引っ張り、服を脱がそうとしたりドアから走り出そうとした。そして彼女のバイタルサインを取ろうとした看護師を蹴った。彼女は入院し、72時間の involuntary psychiatric hold(非自発的精神障害者措置入院)に置かれ、その間に医師らは原因の究明に努めた。

 精神科医が Sims さんに、一つの可能性として schizophrenia(統合失調症)があると告げた。これは妄想や幻覚が特徴的な重大な精神疾患である。Aguilar さんは幻覚を起こしており、家族の名前や住所を何度も何度も繰り返す意味不明な言葉を発する時間と、異常は身体的な動きと長時間の無言状態に特徴づけられる catatonia(カタトニア=緊張病)の時間が交互に現れていた。

 しかし医師らはほどなく精神疾患が根本的原因ではないと考えた。Aguilar さんの頭痛、頸部の凝り、およびカタトニアは神経疾患の可能性を示唆していた。そう話すのは彼女の治療に関わった医師の一人で脳神経内科の教授 Travis Losey(トラヴィス・ロージー)氏である。理学的検査で彼女の反射に異常があっただけでなく、脳の電気的活動を測定する electroencephalogram(EEG、脳波)でも異常がみられたからである。ターゲットは感染、脳腫瘍、あるいはてんかんへと移った。

 MRIでは腫瘍あるいは他の異常の徴候はみられず、検査でてんかんの徴候は見つからなかった。Aguilar さんの髄液検査の異常な結果から、anti-NMDA receptor encephalitis(抗NMDA受容体脳炎)と呼ばれる、生命の危険がある稀な疾患の可能性が示唆された。2007年に発見された本疾患は脳内の信号伝達を分断するが、これは感染、あるいは身体が自身を攻撃する自己免疫反応によって引き起こされる。しばしば十代の女性や若い女性に発症し、年間150万人に1人が本疾患に罹患すると推定されている。

 本疾患では発症第1週に錯乱、人格変化、および幻覚がよくみられ、統合失調症と間違われる可能性がある。ステージが進むと、てんかん発作が起こりしばしば遷延する。治療されなければ昏睡、永続的脳障害を引き起こし、死に至ることもある。

 医師らは Aguilar さんの血液と脳脊髄液のサンプルを Mayo Clinic(メイヨ・クリニック)に送った。2週間後、確証となる抗体が彼女の脳脊髄液中に確認され、この脳炎の診断が確定した。

 しかし Aguilar さんの妊娠は、彼女の治療について懸念される難しい問題をもたらした。治療についてのガイダンスが事実上存在しなかったからである。世界中で妊娠女性におけるこの新しい疾患の報告は35例に満たず、治療に用いられる薬剤が胎児に及ぼす有害作用の可能性についての安全性の問題は未解決のままである。産婦人科や医療倫理を含めたいくつかの部門の医師が彼女の治療チームに参加していた。

 一次治療であるステロイド静脈投与が失敗に終わったため医師らは rituximab(リツキシマブ)の注射を開始した。これは、特定の癌や重症の自己免疫疾患の治療にしばしば用いられる monoclonal antibody(モノクローナル抗体)で、Losey 氏はこれを“ the big gun(大砲)”と呼んでいる。発達中の胎児に危険を及ぼす影響があることから、患者は、妊娠中、あるいは妊娠予定であれば投与を受けないよう警告されている。

 一方、医師らは、脳炎を起こす可能性がある teratoma(奇形腫)と呼ばれる通常は良性の卵巣腫瘍の検索を同時に開始した。

 

A fateful decision 運命を決する決断

 

 1月下旬、医師は Aguilar さんの左卵巣の奇形腫とクルミ大の嚢胞を切除した。

 しかし医療チームを失望させたことに rituximab の注射でも腫瘍摘出でも何ら変わりは見られなかった。Aguilar さんの病状は良くなることなく悪化していた。彼女はなぜ入院しているのかわからなかったし、妊娠していることも覚えておらず、病室で幽霊が見えると話した。

 既に病院の弁護士に相談していた彼女の担当医らは、Sims さんに難しい問題を持ちかけた。彼らは治療の選択肢が尽きているため、現時点では妊娠の中断が娘の生命を救うための最善のチャンスとなるかもしれないと Sims さんに伝えた。彼女と赤ちゃんの両方が生き残れる見込みはないように思われた。

 彼らが彼女に説明したところによると、いくつかの症例で妊娠が、恐らくホルモン変化の結果として抗NMDA 受容体脳炎を増悪させている可能性があった。Aguilar さんの病気が長引けば長引くほど、彼女の生命への危険は増大する。そして、彼女自身は therapeutic abortion(治療的人工中絶)について決断できないと医師らが判断したため、彼女の代わりにこれを決断することが母親の肩にかかることになった。

 「目指すところは、もし患者が決断をすることができたなら、どのように決断しただろうか?です」と Losey 氏は言う。「本ケースでは、家族は自身の役割が何かについて非常に明確に理解していました」

 Sims さんによると医師らは発表されている数少ない研究を見直したという。妊娠 11例の2020年の報告では、抗NMDA受容体脳炎の母親から生まれたほとんどの赤ちゃんは健康に生まれたようであるが、55%は早産だった。死亡例はなかった。著者らはさらに、2010年から2019年までに報告された他の21例を解析した:2人の母親が敗血症性ショックで死亡、2例が流産し、2例が中絶を受けていた。出生16例のうち、9例が早産で 1児が出生後間もなく死亡していた。

 「この決断が私自身のそれとならざるを得ないことはわかっていました」と Sims さんは言う。「私は Abby と、もしかして母親がいなくなるかもしれない赤ちゃんのどちらかを選ばなければなりませんでした」

 「それは人生で最も難しい決断でした」20歳代のとき流産を経験していた Sims さんはそう付け加える。「私は夫、彼女の兄弟、私の両親と話をしました。そしてそれについて神とも話をしました。全員が同じ答えを私に伝えました。Abby を選んでいいのだと」

 そのとき妊娠約17週だった Aguilar さんは2月7日に人工妊娠中絶を受けた。家族、そして医師らは待ち受ける事態を心配しながら見守った。

 

Stunning turnaround 驚くべき好転

 

 その手術の翌朝、Sims さんが娘の病室に入っていくと、目にした光景に驚いた。「Abby が自力でトイレから歩いて出てきたのです。そして自分の名前を明瞭に書くことができました」と Sims さんは思い起こす。そんな行動は 1、2日前であれば不可能だったのである。「私はその場で泣き出してしまいました」

 Aguilar さんは2月12日に退院した。彼女の回復には数ヶ月を要したが、その間に症状は治まり、様々な薬剤が中止された。彼女が経験してきたことの影響の大きさは、ステロイドや他の薬剤が原因となった一時的な身体的変化や妊娠の中断と相俟って、彼女の胸を痛めた。

 「私の友達は皆赤ちゃんを産んでいました」と彼女は言う。「なぜこれが私に起こってしまったのかという、自己嫌悪や自己憐憫を強く感じていたように思います。結局、人は自分に起こることを選ぶことはできないのです」それでも彼女は復学し、仕事を得て、自分の未来に焦点を合わせることに決めた。

 2022年12月、思わぬ展開がみられた:非常に驚いたことに Aguilar さんが再び妊娠したのである。彼女は妊娠を継続することを選択した。

 「私は怒ったり悲しんだりしませんでした。ただ怖かったのです」と母親は言う。

 彼女が再発する可能性があったため、Aguilar さんは神経内科医と2人の産科医(そのうち 1人は高リスク出産の専門家)によって注意深く観察された。「今回の妊娠は非常に順調でした」と Sims さんは言う。娘にはなんら合併症がみられなかったと話す。「ずっと私はビクビクしていました。私は四六時中彼女にメールをし、医師の診察には彼女について行きました」

 2023年8月、Sims さんにとって初めての孫となる女の子が“全く健康に”生まれたとき、彼女は分娩室に付き添っていた。Sims さんによると、「その赤ちゃんを見ると、私はやるべきことをちゃんとやったのだということを少しだけ思い出させてくれました」

 Aguilar さんも同じ思いである。「自分自身の娘を持った今、私も全く同じ事をするでしょう」と彼女は言う。

 

 

抗NMDA受容体脳炎については 2011年11月6日の弊ブログで

取り上げているのでそちらもご覧いただけたら幸いである。

“眠らせるしか道はない”

 

抗NMDA受容体脳炎についての詳細は下記サイトを参照いただきたい。

 

東京都立神経病院

脳科学辞典

 

以下これらサイトの内容を要約して記載する。

 

本疾患は、脳内シナプスの信号を受け取る側(シナプス後膜)に存在する

グルタミン酸受容体の一つ N-methyl-D-aspartate(NMDA)受容体に

対する抗体を介して発症する自己免疫介在性脳炎である。

2007年に若年成人女性に好発する『卵巣奇形腫関連傍腫瘍性脳炎』として

米国の Dalmau(ダルマウ)らにより報告された。

その後、卵巣奇形腫以外の腫瘍と関連するケースや、

腫瘍と関係なく、小児、高齢者、男性に発症するケースも認められている。

 

血液脳関門を通過した抗体産生細胞により中枢神経内で産生された抗体が

シナプスに存在するNMDA受容体と架橋結合し同受容体は

内在化(受容体が膜表面から内部に取り込まれること)される。

これによりシナプス上の受容体数が減少して

NMDA受容体を介した神経機能を低下させると考えられている。

 

症状

発熱、頭痛、倦怠感などの非特異的な感冒症状が先行することが多く、

その後に急性に(3ヶ月以内のうちに)精神症状を示すようになる。

精神症状は病初期には無気力、抑うつ、短期記憶障害、行動異常が生じ、

その後興奮、幻覚、妄想などの統合失調症様症状および

睡眠障害が出現したりけいれん発作がみられることもある。

成人例の約2/3が行動異常で発病する。

睡眠中に突然目を開け、体を起こしたり話をしたりするなどの

confusional arousals(混乱性覚醒)をきたすケースもみられる。

その後自発性が低下し、舌なめずりするような口部ジスキネジアや

四肢のジストニア、舞踏運動、ミオクローヌスなどの不随意運動がみられ、

さらに、血圧、脈拍、体温などの異常を呈する自律神経障害や

中枢性低換気が生じる。

 

診断

原因不明の急性発症の精神症状、けいれん、不随意運動、

意識レベルの低下を見た場合、単純ヘルペス脳炎と日本脳炎が

除外されれば自己免疫性脳炎の可能性を疑うことが重要である。

本疾患が疑われれば、頭部画像検査、髄液検査、脳波検査などが行われる。

ただし小児の抗NMDA受容体脳炎では、急性期には頭部MRI画像で

異常を認めないことが多いとされている。

認められる異常所見としては T2強調画像/FLAIR画像で、

大脳皮質・白質・小脳・基底核に高信号域(白い病変)を認める。

髄液検査では軽度の細胞数増多、たんぱくの増加などがみられる。

脳波検査では、徐派化や基礎波の乱れが出現する。

成人ではExtreme Delta Brushという特徴的な脳波異常を

認めることがある(30.4%)とされているが小児ではまれ。

なお本疾患は卵巣奇形種などに随伴することがあるため

超音波やCTを用いた腫瘍のスクリーニングも必要となる。

確定診断には、抗NMDA受容体抗体の検出が必要となるが

血清検体では疑陽性が多いため髄液での検出も重要である。

 

治療

抗NMDA受容体脳炎に対しては免疫療法が主体となる。

第1選択の治療としてはステロイドパルス療法、

免疫グロブリン静注療法、および血漿交換が行われる。

現在 first line としては前2者の併用が推奨されている。

重症例や第1選択の治療が無効の場合には、第2選択の治療として

リツキシマブやシクロフォスファミドによる治療が推奨されている。

ただし、いずれの薬剤も抗NMDA受容体脳炎に保険適応されていない。

さらにこれらが無効な難治例に対しては、

IL-6 阻害薬の tocilizumab(トシリズマブ)や分子標的薬の

26S プロテアソーム阻害薬 bortezomib(ボルテゾミブ)などが

が試みられている。

 

一方、急性期にはけいれん発作、不随意運動、自律神経症状、呼吸障害、

精神症状などに対して ICU 管理や対症療法が行われる。

なお卵巣奇形腫など腫瘍が同定された場合、その大きさにかかわらず

早期の外科的切除が勧められる。

 

急性期を過ぎた後の維持療法は重症度によって異なる。

経口の免疫抑制薬が用いられることが多い。

急性期治療が成功すれば徐々に意識障害は改善、神経精神症状も軽快する。

約80%は軽度の障害で自立した生活が可能となるが、

日常生活動作の障害、てんかん、精神障害、認知機能障害などの

後遺症を残すケースも少なくない。

 

 

ホラー映画の代表作『エクソシスト』(1973年)に登場する

リンダ・ブレアが演じた悪魔に憑りつかれた少女・リーガンが、

実はこの病気だったのではないかと言われている。

(映画が作製された時代にはこの病気はまだ同定されていなかったのだが…)

非常に不気味な症状を呈する難病だ。

妊婦に発病した場合には悩むべくなく母体の治療が優先されるべきだろう。

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原因は鼻ですか?歯ですか?それとも…?

2023-12-20 18:29:47 | 健康・病気

2023年12月、本年最後のメディカル・ミステリーです。

 

12月16日付 Washington Post 電子版

 

Medical Mysteries: He lived for over 7 years with searing facial pain

メディカル・ミステリー:彼は7年以上も焼けつくような顔面の痛みに苦しんだ

A professor bounced among specialists who disagreed about the cause of his agonizing cheek spasms

教授は専門医の間を渡り歩いたが、彼らは辛い頬の痛み発作の原因について意見を異にした

 

By Sandra G. Boodman,

 

(Bianca Bagnarelli for The Washington Post)

 

 University of Southern California(南カリフォルニア大学)のマーケティング学教授である Allen M.Weiss(アレン・M・ワイズ)さんの乗った飛行機が Philadelphia International Airport(フィラデルフィア国際空港)に着陸するために進入してきたとき、彼は鼻のそばの左側の頬に刺すような発作的な痛みを感じた。「それは実に奇妙でした」そう Weiss さんは思い起こす。彼は Los Angeles university(ロサンゼルス校)における、瞑想をベースにしたプログラムのグループ Mindful USC の責任者である。「私の顔が固まってしまったのです」

 

 その痛みは数分以内に消失し、その後カリフォルニアの自宅に戻るまでの 2015年の Weiss さんの旅の最後の行程では何事もなかった。しかしそれから数ヶ月に渡ってその感覚が同じ部位に繰り返し起こった。最初のうちその予測不能な痛みはかなり軽く煩わしいだけだった;しかし後には極めて辛い毎日の苦痛となった。

 最初の痛みが出現して数年後、すでに何人かの歯科医や口腔疼痛の専門家、および耳鼻咽喉科医を受診していた Weiss さんは、最終的に正しかったと言える診断を受けていた。しかし、彼の複雑な病歴、重要な所見が記載されていなかった放射線レポート、そして医師の一人からの曖昧な忠告などにより 3年以上有効な治療が遅れることになった。

 「それは全くもって複雑に入り組んでいたのです」と Weiss さんは言う。2023年6月、手術を受けたが、それによって彼の痛みは著明に軽減し、彼の生活の質は向上した。

 Weiss さんを手術したカリフォルニア州、Santa Barbara(サンタバーバラ)の神経外科医 N. Nicole Moayeri(N. ニコル・モアエリ)氏によると、Weiss さんのまれな疾患に苦しむ人たちでは、診断と治療の探索が長期間に及ぶこともまれではないという。

 

 口の中の問題ではないのに「何年もの間、何度も歯の治療を受けてきた人をよくみます」と Moeyari 氏はいう。「それほどたくさんの人たちがそんなに長い期間苦しんでいることは私にとって実にショッキングなことです」

 

Allen Weiss さんは、絶え間のない顔面痛に対する有効な治療を求めることに7年以上を費やした(Courtesy of Allen Weiss)

 

Deviated septum 鼻中隔弯曲症

 

 あの飛行機の旅の後から間欠的な痛みとなっていた3ヶ月後、Weissさんはかかりつけの内科医を受診した。理由は不明だがその医師は Weiss さんに、原因は恐らく精神的なもので身体的ではないから深刻なものではないと説明した。

 その後彼は Weiss さんを耳鼻咽喉科専門医に紹介し2016年3月に受診した。その女医は検査を行い、CTを依頼したところ鼻中隔弯曲症が認められた。これは人口の約80%が罹患しているとみられる一般には痛みを伴うことのない疾患で、本症では鼻腔を区切っている骨あるいは軟骨が弯曲し正中からずれている。中等度から高度の弯曲は、副鼻腔感染症、頭痛、および呼吸疾患の発症の一因となりうる。しかし Weiss さんにはこれらの症状はなかった。そして、鼻中隔弯曲症では発作的な痛みを説明できなかった。

 それから Weiss さんは歯科医を受診した。彼は何も発見できなかったので口腔の疼痛治療を専門としている仲間の医師に Weiss さんを紹介した。その専門医は冷たい水を問題の箇所に噴霧しながら口の開閉を繰り返すよう Weiss さんに助言した。

 「その考えは、自分の痛みに注意がいかないよう精神を鍛えるのが目的でした」と Weiss さんは言う。さらに彼は顔面痛の治療にも用いられる抗うつ薬の nortriptyline(ノルトリプチリン)が処方された。しかしどの治療も効果がなかった。

 数週間後、Weiss さんが2人目の口腔疼痛の専門医を受診するとその医師はトリガーポイント注射を勧めた。これは筋肉の凝りを和らげることが期待される麻酔の注射である。Weiss さんによるとそれから2、3年間、2週間ごとにこの注射を受けたという。そして彼は同時に鍼治療も試みた。

 その注射や鍼治療は短期間だけ効果があるようだったが、その理論的根拠は不明だった。その当時「質問をしませんでした」と、現在73歳になる Weiss さんは言う。「私はただ医師の言うことを聞いていました。彼らはロサンゼルスでも一流の人たちだったからです」

 しかし 2019年の年末までに2週間ごとのトリガーポイント注射の費用が「まかないきれなくなっていました」と Weiss さんは言う;彼の健康保険では手技料分しか補填されていなかった。そのため彼は神経内科医を受診することにした。

 受診した神経内科医は2020年の1月に彼を検査し、痛みが集中している彼の顔の部位に特別に注目した。彼は trigeminal neuralgia (TN) と診断した。これは顔から脳へ信号を送る脳神経である三叉神経に生じるまれなタイプの神経痛である。TNでみられる痛みの強さは様々であるが、身体的、精神的に能力を奪われるほど強いケースがあるため “the suicide disease”(自殺病)とも呼ばれている。

 TN は通常顔面の片側のみに症状がみられ、女性、50歳以上の人に多く、しばしば歯の疾患や顎関節の問題と間違われる;年間1万から1万5千人が診断されていると推定される。TNは同神経を圧迫する血管、あるいは副鼻腔手術や歯科処置による神経損傷によって起こりうる。何ら原因が見つからないケースもみられる。時に multiple sclerosis(MS, 多発性硬化症)の患者が TN を発症するが、これは本疾患では神経を保護する myelin sheath(ミエリン鞘)が壊されるためである。

 最初に行われる治療は薬物治療である。手術は薬物治療で疼痛を緩和できないケースに行われる。

 その神経内科医は新たな注射治療を指示し、electromyography(EMG, 筋電図)を行う2人目の神経内科医に Weiss さんを紹介した;その検査で MS や他の神経筋疾患は除外された。Weiss さんによるとその神経内科医は彼に、TNに対しては「いかなる手術を考える前に使用可能な疼痛治療薬すべてを試すよう」助言したという;そのとき Weiss さんはその理由を尋ねなかった。

 

Dental agony 歯の苦痛

 

 2021年の初め、Weiss さんは退職し北に位置する Santa Barbara に転居した。

 彼の痛みは瞑想ができないほど増強していた。瞑想は彼が15年前に始めた日課であり、指導もしていた。「大変動揺しました。それは私の生活の中心的部分でしたから」と彼は言う。

 パンデミックの間 Weiss さんは歯科治療を先延ばしにしていたので Santa Barbara の歯科医への受診を予約した。しかしその経験は極度に辛いものとなった。というのも歯科医が歯冠を取り換えたとき多数回の Novocain(ノボカイン)の注射が必要となったのだ。Weiss さんによると、彼は発作的痛みの波を和らげるために顔の上にアイスパックを当てながら眠る無駄な努力をするという「人生で最悪の夜を過ごしました」と言う。

 彼は一方で Santa Barbara の新たな何人かの専門医への受診を始めていた。TNが彼の痛みの原因であることを疑問に思うものもいて、症状はそれではなく副鼻腔から生じている可能性も示唆された。あるいは、彼のこれまでの病歴を理由に、薬物治療が失敗した場合の次のステップである脳手術に警戒心を抱く人もいた。

 1997年、Weiss さんは pituitary adenoma(下垂体腺腫)を摘出する手術を受けていた。これはホルモンの不均衡をもたらす可能性がある良性の脳腫瘍である。その1年後、彼は残存している可能性があった腫瘍を根絶するために放射線治療を受けていた。そのため何人かの医師は脳に関連するさらなる手術を勧めることには気が進まないようだった。

 2021年6月、彼が受診した3人目の神経内科医は神経疼痛を治療する新たな薬剤を処方した。その女医は脳神経、特に三叉神経の異常がないかどうかを決定するために MRI を含めた画像検査を依頼した。彼女は Weiss さんに、TNの痛みは典型的には冷たい水を飲んだり、食事をしたり、話したり、歯磨きをすることが引き金となると説明したが、そのどれもが彼を困らせてはいないようだった。Weiss さんの痛みは姿勢に関係している傾向があった:彼が横たわったときに顕著に増悪していたのである。

 2021年7月に行われた MRI では Weiss さんの三叉神経に障害が及んでいるような異常は認められなかった。一方、CT 検査では鼻の後ろに存在する sphenoid sinuses(蝶形骨洞)が閉塞している可能性が示唆された。

 2023年の初め、Weiss さんは新たな耳鼻咽喉科を受診したが、原因が何かわからないと説明を受けた。

 

A new approach 新しいアプローチ

 

 7年間以上が過ぎても症状の軽減に近づくことができなかったため Weiss さんは絶望的になり落ち込んだという。

 「状況をしっかり掌握しなければならないと思いました」と彼は思い起こす。彼は、新たな耳鼻咽喉医の受診を予約し、自身の下垂体の手術記録と追跡の検査画像を手に入れた。彼に副鼻腔の問題があるのかどうか、またある医師が示唆していたように 2021年の CT 検査の所見は1997年の手術の瘢痕組織を反映しているのか否かを、を医師たちが判別するのに役立つかもしれないと考えたのである。

 再び誤った方向に向かってしまったあと――すなわち新しい耳鼻咽喉科医が歯の問題である可能性を指摘し再度歯科医への受診を指示したが結局何も見つけられなかった―― Weiss さんは Cottage Health(コタッジ・ヘルス)の腫瘍神経外科の医長である Moayeri 氏に紹介された。

 その女性神経外科医によると、2023年5月の最初の面談の際、Weiss さんの過去の下垂体手術と副鼻腔に注目されたことに問題を指摘したという。「その注目がしばらくの間、彼を間違った道に向かわせ、多くの医師を取っ替え引っ替え受診することになってしまったのです」

 彼女は TN の診断に戻り、Weiss さんの検査画像を見直す必要があると彼に話した。Moayeri 氏はさらに彼の内服薬を TN の治療に最も有効であることが知られている抗てんかん薬に切り替えたところ、そのころには毎日みられていた彼の痛みはいくらか緩和された。

 その神経外科医が彼の2021年の MRI 検査の画像を調べたところ、発見した事実に驚いた。その所見は、三叉神経は“unremarkable(特に異常なし)”という放射線科医の結論とは異なっていたのである。Weiss さんの左の三叉神経は superior petrosal vein(上錐体静脈)により圧迫されていたと彼女は言う。

 「医学の専門家の間には大変多くのばらつきがあります」今回の見解の不一致について Moayeri 氏はそう述べる。

 Moayeri 氏はその神経の圧迫が彼の TN の原因であると考えた。Microvascular decompression(微小血管減圧術)と呼ばれる繊細な脳手術では、神経を圧迫して刺激している動静脈からその神経を引き離し、小さな Tefron pad(テフロン・パッド)で神経を保護することで神経への圧迫を解除することができる。

 Moayeri 氏は、Weiss さんは減圧手術の対象ではあるが、TN としては彼の症状が非定型的であることから成功率が下がる―おそらく30%の低さになるだろうと彼に説明した。そして彼女は手術に伴うリスクを列挙した。それには脳梗塞、永続的な顔面のしびれ、痛みの増悪、そして感染が含まれていた。

 しかし彼女が驚いたことに Weiss さんは躊躇しなかった:手術を望んだのである。

 「他の治療は何も効果がありませんでした」と彼は言う。「私は毎日痛みがあり、この先一生増悪する痛みに苦しむのだと思いました。それは私の唯一の選択肢だと考えたのです」

 2023年1月28日の手術の際、 Moayeri 氏は petrosal vein(錐体静脈)に流入するさらに細い静脈が神経にまとわりついていて、それを拘束し圧痕を生じていた。そのためこの繊細な手術はさらに困難なものとなった。彼の最初の発作の時期から多くの年月が経っていたので、ひどい痛みは軽減するかもしれないが、長期間遅れたことから痛みが完全には消失しない可能性があるとその神経外科医は Weiss さんに告げていた。

 彼女の予測は正しかったことがわかった。Weiss さんによると、痛みは顕著に減弱したが、今は耳の近くに間欠的な圧迫を感じるという。医師らは彼に対して、これは神経の瘢痕化の結果である可能性があり永続するかもしれないと説明している。

 「私は手術を受けて大変うれしく思いました」と彼は言う。「しかし一番最初の時点で私がインターネットを使って顔面の痛みについて読み始めていたならと思います」Weiss さんはさらに、自身が反射的に“過度に”医師たちを信用し、専門知識においていかに彼らの範囲が狭いかということを理解していなかったと考えているという。

 彼は、高額なトリガーポイント注射を無駄に受けていた年月を特に後悔しているという。「何年も前にMRI 検査を依頼する医師を見つけ、神経外科医にそれを送っていたとしたら圧迫されている神経は「もっと早く捉えられていた可能性があったでしょう。そうしていれば私はいくらか神経の損傷や痛みを避けることができていたかもしれません」

 

 

三叉神経痛については以下のサイトをご参照いただきたい。

 

 

“ゴッドハンド” 脳神経外科医 福島孝徳のHP

 

MSDマニュアル 三叉神経痛

 

University of Rochester Medical Center(英文です)

 

三叉神経は12対の脳神経の5番目の神経(第5脳神経)で

顔面の知覚、咀嚼筋の運動に関与する。

三叉神経痛( trigeminal neuralgia, TN )は、

この第5脳神経の疾患に起因して発作性に出現する

刺すような重度の顔面痛を特徴とする症候群である。

TN は主に成人、特に高齢者にみられ女性に多い。

 

病因

三叉神経の根元で同神経が脳幹に入る部位( root entry zone)での

異常に屈曲した頭蓋内の動脈(上小脳動脈、前下小脳動脈など)の圧迫が

主な原因となる。

頻度は低いが同部位での静脈による圧迫が原因となることもある。

その他まれな原因として、腫瘍、動静脈奇形、動脈瘤、あるいは

多発性硬化症のプラークによる圧迫がある。

 

症状

TN の痛みは三叉神経の1つまたは複数の感覚枝の

支配領域に沿って起こりるが、最好発部位は上顎である。

通常は顔面の片側のみにみられる。

疼痛は発作性で、持続時間は数秒から最長2分間と短いが、

発作は頻発することがあり、1日100回に及ぶこともある。

耐え難い電撃痛であり、出現時には何もできなくなることがある。

 

診断

臨床的評価

TN に特徴的な症状から顔面痛を引き起こす他の疾患と鑑別する。

 

慢性発作性片側頭痛(Sjaastad症候群)では

疼痛発作の持続がより長い(5~8分)こと、およびインドメタシンが

劇的に奏効することが特徴である。

帯状疱疹後痛は発作性でなく持続性であること、発疹や瘢痕、

ならびに前額部領域に起こりやすい。

片頭痛で非典型的な顔面痛がみられることがあるが、

片頭痛では疼痛がより長引き、しばしば拍動性である。

副鼻腔炎と歯原性疼痛は耳鼻咽喉科的、歯科的診断により除外される。

 

神経脱落症状(通常顔面の感覚低下)を伴っている場合には

痛みの症状がその他の疾患(腫瘍、脳卒中、多発性硬化症のプラーク、

血管奇形など)によって引き起こされている可能性を考慮する。

 

治療

通常は抗てんかん薬のカルバマゼピンが用いられる。

カルバマゼピンが無効または副作用で継続困難な場合、

バクロフェン、ラモトリギン、ガバペンチン、フェニトイン、

アミトリプチリンなどが用いられる。

末梢神経ブロックは一時的に疼痛を軽減できる。

 

保存的治療を行っても疼痛が重度である場合は

手術(微小血管減圧術、Jannetta 手術)が考慮される。

本手術では後頭蓋窩開頭(耳の後ろ側の開頭)を行い、

圧迫している拍動性の血管ループを三叉神経根から分離するために、

小さなパッドを挿入、あるいは血管を移動させる。

ガンマナイフによる定位放射線照射が行われることもある。

これはγ線を三叉神経が脳幹から出る近位部に集中的に照射し

脳へ痛みの信号が伝わるのを遮断する。

 

TN は本文中にあったようにまさに“死にたいほどの”辛い痛みであり、

現時点では手術療法が最も有効とされていることから、

薬でどうしてもダメなら手術、という考えは

所詮“他人事”的発想に過ぎないのではないだろうか。

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3つの "W" を忘れるなかれ

2023-11-29 13:52:44 | 健康・病気

2023年11月のメディカル・ミステリーです。

 

11月25日付 Washington Post 電子版

 

Medical Mysteries: Dizzy and off-balance, she searched for the cause

メディカルミステリー:目が回り、バランスがとれない原因を彼女は探した

A real estate broker developed memory and urinary problems. Doctors performed many tests but overlooked the reversible cause.

不動産ブローカーの女性に記憶障害と排尿障害が起こった。医師らは多くの検査を行ったが治療可能な原因を見逃していた。

 

By Sandra G. Boodman

 

(Bianca Bagnarelli For The Washington Post)

 

 問題の最初の徴候は読書が難しくなったことだった。2014年の終わりころ、Brooklyn(ブルックリン)とLong Island(ロングアイランド)の2ヶ所を拠点にしているニューヨークの不動産ブローカーである Cathy A. Haft(キャシー・G・ハフト)さんは新しい眼鏡が必要だと考えた。しかし視力検査では彼女の眼鏡度数に概ね変化はなかった。

 次に膀胱障害が起こり、続いて平衡機能障害によって間欠的なめまいと原因不明の転倒がみられた。2018年には、ひどく足元がふらつくようになったため物件を紹介することができなくなった Haft さんは引退を余儀なくされた。

 それからの4年間、専門医らは彼女の悪化する病状の原因を解明しようとして神経筋疾患や平衡機能に関連する耳疾患について検査を行ったが、症状として認知機能の変化もみられるようになっており Alzheimer’s disease(アルツハイマー病)ではないかと彼女の夫は心配した。

 2022年8月、その頃には歩行器が必要となっていた Haft さんは Manhattan(マンハッタン)の神経外科医を受診した。彼女の歩行を観察し、最近の脳検査の画像を見直した彼は仲間の医師に彼女を紹介した。

Cathy Haft さん (Cathy Haft)

 

 それから8週間経たないうちに、Haft さんは、しばしば見落とされ誤診されることのある疾患に対する脳手術を受けた。徐々に失われつつあったために生活の妨げとなっていた各種能力をその手術によって取り戻すことに成功した。

 「この病気がそれほどめずらしいものではないのに、誰も明らかにしてくれなかったことは実に驚くべきことです」と彼女は言う。

 彼女のケースでは、交絡した症状、複雑な病歴に加え、総体的なアプローチがなされなかったことで、しばしば回復可能で劇的な結果が得られる可能性のある疾病を医師らが見逃してしまった可能性がある。

 

Off kilter 調子が悪い

 

 Haft さんの読書障害に先行して2014年3月に恐ろしい出来事があった。彼女と夫がそれまで何年もの間ダイビングの旅行で訪れていたメキシコの Cozumel(コスメル)島の沖合でスキューバダイビングをしていた時、彼女がひどいめまい発作に襲われたのである。

 「水中のすべての景色が回っていました」そう Haft さんは思い起こす。発作が起こったとき彼女は水面から60フィート(約18メートル)の深さのところにいたのである。そしてその翌日にも同じことが起こった。そのひどいめまいは数日後に消失した。

 それから数ヶ月のうちに Haft さんは趣味の一つである読書が難しくなっていることに気付いた。物語の筋を理解することが困難で彼女の視覚はしばしばぼやけていた。Haft さんは新しい眼鏡が必要かもしれないと考えた。かかりつけの眼科医は、彼女の眼鏡の度数が変わっていなかったため、なぜ彼女に症状が起こっているのかわからないと伝えた。

 2016年の初め、Haft さんに尿意切迫と尿失禁がみられるようになった。このため3月に彼女は prolapsed bladder(膀胱脱)の手術を受け成功した。この疾患は出産に起因しうるもので膀胱の下垂を生ずる。しかし2年も経たないうちに尿意切迫と尿失禁が再発した。Haft さんは、手術の合併症ではないかと考えた。薬物治療は効果がなかったため、泌尿器科医から overactive bladder(過活動膀胱の治療)として Botox(ボトックス、ボツリヌス毒素)の定期的な注射(膀胱内局所注射)を勧められ、その治療は有効だった。

 そのころまでに Haft さんは平衡機能障害や間欠的なめまいにも悩まされていた。また小児期から闘っていた頭痛も悪化していた。

 「歩行は面倒な作業になっていました」と彼女は言う。「常にバランスがとれなかったのです」。彼女が受診した数人の神経内科医のうちの一人目は migraines(片頭痛)だと説明した。

 2018年の終わり頃、歩行困難と記憶力の悪化により Haft さんは引退に追い込まれた。頻回に転倒するため毎日の Zumba(ズンバ)の教室から脱落し、ふらつきが強くポーズを保持できなかったため 25 年間行ってきていた yoga(ヨガ)も中止した。

 「私の生活は自ら崩壊したようでした」そう Haft さんは思い起こす。「私はもはや運動できませんでした。仕事もできませんでした。家族は非常に心配していました」

 Haft さんの夫 Lawrenzo Heit(ロレンツォ・ハイト)さんは彼女がアルツハイマー病を発症したのではないかと心配した。彼女には突飛な行動がみられるようになっており「彼女の短期記憶も非常に悪くなっていました」と彼は思い起こす。「彼女は会話を、すなわち前日に自身が話したことを覚えていられなかったのです」

 

Clear ears 耳は問題なし

 

 2019年の終わり頃、二人の耳鼻咽喉科医が平衡機能に関連する耳疾患を除外したため Haft さんは毎週のトークセラピー目的で心理士にかかり始めた。2ヶ月後、療法士は彼女の症状は psychosomatic(心因性)ではないかと言った。

 「彼女は私にこう尋ねました。『あなたはこれを想像できているのでは?これは退職してすることが何もないために起こっているとは考えられませんか?』」Haft さんはそう思い起こし「私が数ヶ月間話してきた人が、原因がすべて私の頭の中にあることだと考えていたのだと思い、不信感を抱きました」と付け加える。

 2021年11月、Haft さんは原因不明のめまいの患者の治療を専門にしている神経内科医を受診した。その医師は、Haft さんは benign paroxysmal positional vertigo(BPPV, 良性発作性頭位めまい症)であると結論づけた。

 この発作性疾患は 50歳以上の人に最も多くみられるありふれたもので、小さなカルシウムの結晶がはずれて内耳の管(三半規管)の中に浮かんだ状態となり、身体の姿勢について脳へ混乱した情報を送ってしまうため発症する。BPPV はしばしば、三半規管から断片を排出させるように頭部を動かす Epley maneuver(エプリー法)で治療される。

 その神経内科医は Haft さんにこの治療法を行った。しかし彼女のめまいは治まることはなく、その後に行った方法でも改善しなかった。また 2022年の初めまでにボトックスの注射は、原因不明に効果がみられなくなっていた。Haft さんは増悪する尿失禁にことさら動揺した。

 2022年の3月から7月の間に彼女はさらに3人の神経内科医を受診した。一人目の医師は、平衡機能や記憶の障害もたらす治療不能なまれな遺伝性疾患である spinocerebellar ataxia(脊髄小脳失調症)を疑った。しかしこの仮説は Mayo Clinic(メイヨクリニック)に送られた血液サンプルの解析によって除外された。二人目の神経内科医は、両下肢に生じた神経筋疾患の可能性を疑った;しかし検査でこれも除外された。三人目の医師はめまいの原因となる vestibular migraines(前庭性片頭痛)と診断した。その医師は多くの片頭痛薬を処方したが効果はなかった。また併せて行われた Haft さんの額への Botox の注射で頭痛は和らいだものの他の症状には効果がなかった。

 20年以上の間 Haft さんは遺伝性の schwannomatosis(神経鞘腫症)というまれな疾患で経過観察されていた。この疾患は神経に発生し圧迫により強い痛みを起こしうる schwannoma(神経鞘腫)と呼ばれる良性腫瘍を引き起こす。Haft さんはこれまでに 6回の手術を受けており、大腿部やその他にできた腫瘍を摘出されていた。彼女はさらに聴力障害を起こす可能性のある腫瘍の検出目的で定期的な脳の MRI 検査も受けている。

 2022年4月に行われた MRI で脊椎腫瘍が疑われたので、schwannomatosis で彼女を治療している神経外科医は彼の仲間である New York-Presbyterian(ニューヨーク・プレスビテリアン)病院に彼女を紹介した。もしかすると彼女の脊髄の腫瘍が彼女の歩行機能を障害し他の症状の原因になっていたのだろうか?

 その脊椎外科医はそうは思わないと Haft さんに説明した。彼は、彼女の shuffling gait(小刻み歩行)に注目し、脳 MRI 画像を調べると脳室という髄液で満たされた空洞の拡大が認められた。これらの脳室は脳の深部に位置し脳脊髄液を産生する。脳脊髄液は脳をその液中に浸して脳への衝撃を緩衝している。

 しばしば、頭部外傷、脳腫瘍が原因となったり、あるいは60歳以上の人ではっきりとした理由なく脳脊髄液が過剰に脳室に貯留することで normal pressure hydrocephalus(NPH、正常圧水頭症)という慢性の疾患を来たすが、一般的には “water on the brain(脳に水が溜まった状態)“と呼ばれている。NPH は治療可能ではあるが、疾病そのものが治癒することはない。

 症状には、尿失禁、記憶障害、あるいは人格変化があり、それらは徐々に進行するためアルツハイマー病と間違われたり、小刻み歩行や不安定歩行により Parkinson’s disease(パーキンソン病)と誤診される可能性がある。転倒や平衡機能障害も起こりうる。医学の分野では、特徴的な3徴候を表現する覚えやすい言い回しが存在する―すなわち、 “ wet, wacky and wobbly“(おもらしをする、頭がおかしい、そしてふらふらする)である。

 これらの症状は、NPH 以外の頻度の高い疾病でもみられることから本疾患はしばしば数年間も見逃されることがある。認知症症例のおよそ6パーセントが NPH であると推察されるが、本疾患は特に治療が早期に始められればしばしば回復可能である。2007年、エール大学の著名な肝臓専門医が NPH による自身の10年におよぶ症状の進行と、その後の回復について詳述しているが、彼もパーキンソン病と誤診されていた。

 

 その脊椎外科医が NPH の可能性に焦点を絞った最初の医師だったようであるが、2017 年と 2018 年に行われた MRI でも軽度から中等度の脳室拡大が認められていた。

 2022年の MRI を読影した放射線科医は、Haft さんの2018年の画像からほとんど変化はなかったと述べており、水頭症は“考慮されるかもしれない”が拡大した脳室は“現状での臨床的意義は疑わしい”と追記されていた。しかし脳外科医は違う考えだった。

 彼は Haft さんに、一連の腰椎穿刺で過剰な脳脊髄液を抜いた後に彼女の状態を詳細に観察するといった入院での措置を受けるよう勧めた。

 それによって彼女が改善すれば NPH の診断が確定し、Haft さんはシャント手術の対象者候補となる。シャント手術とは脳から排除した過剰な脳脊髄液を抜いて腹腔あるいは心臓など体内の別の場所に流すものである。

 Haft さんは9月の初めに検査を受けた。

 「腰椎穿刺の前は、この病気がすべてを牛耳っていました」と Heit さんは思い起こす。「彼女はほとんど歩くことができず、尿失禁がひどかった。私たちは(夜間は)2時間毎にアラームが鳴るようセットして彼女はトイレに行っていたのです」

 それが腰椎穿刺の直後から Haft さんは歩行器を使わずほとんど問題なく病院の廊下を75フィート(約23メートル)歩いた。尿失禁も認知機能も改善した。

 「原因が存在していたことにとにかく安堵しました」と遅ればせながらの NPH の診断について彼女は言う。脳外科医は彼女自身がシャント手術を受けたいかどうかについて考えるよう助言した。成功率は多様であり、およそ50~80%の患者で有益であるとみられているが、劇的な改善を見る人がいる一方、そうでない者もいる。またこの治療には感染症や血栓症などの危険が伴う。

 「それについて考える必要はありませんでした。可能な限り早く予定したかったのです」

 数週間後彼女は手術を受け、続いて10日間、病院とリハビリ施設で回復を目指した。

 正確な診断までにそれほど長くかかったことに Haft さんはいまだに怒りを感じている。「実に…気の滅入る話です」と彼女は言う。

 何年にも渡って Haft さんはマンハッタンの内科医 Sharon Hochweiss(シャロン・ホックワイス)氏にかかっていた。彼女はその女医を“丁寧で、思いやりがあって、話を聞いてくれる、すばらしい医師”と表現している。「Hochweiss 先生は私をすばらしい人たちに紹介してくれましたが、誰一人としてそれを見つけられませんでした」と言い、その一方で Haft さんは自力で何人かの医師を見つけていた。

 Hochweiss 氏によると、Haft さんのケースは、症状の多様な原因によって複雑化したところがあったという。

 「どれだけの期間彼女に NPH があったのか、あるいはそれがどの症状の原因になっていたのかを知る術はありません」と Hochweiss 氏はインタビューで答えている。早い時期での彼女の尿失禁は重症の膀胱脱が原因であり、確かに手術を要するものだった。

 NPH は 2022 年の脳の MRI を読影した放射線科医によって言及されていた。「内科医として私は専門医の解釈を信頼します」と Hochweiss 氏は言う。

 Hochweiss 氏が言うには、Haft さんが紹介なく受診した数人の医師からの医療記録を持ち合わせていないという。「私が得たいと思う、あるいは得る必要がある十分な情報は与えられていなかったのです」と彼女は言う。

 その後の eメールでこの内科医は、「恐らくこういった医師からの情報を集めようとすることに以前に比べ今後は固執する様になるでしょうと」いう。「今回のできごとで、診断をより迅速に確立する助けとなったかもしれないデータを得ることにこだわらなかったことを残念に思っています」

 シャント手術から1年以上が経つが、Haft さんにはいまだに頭痛、時折のめまい、および倦怠感がみられるものの、生活は劇的に改善したという。

 彼女は定期的な Pilates(ピラティス)と aerobics(エアロビクス)の教室に参加しており、問題なく読書でき、記憶力が低下して以降家族から禁止されていた車の運転を再開している。昨夏は数年ぶりに木を植えたり、庭の手入れを行い、先月は結婚式でダンスを踊った。

 「病気になる前にしていた様に今、生活できることに感謝しています」と Haft さんは言う。「普通の生活を送れないということはとてつもなく辛いことなのです」

 

正常圧水頭症(NPH)については以下のサイトを

ご参照いただきたい。

 

千葉大学大学院医学研究院脳神経外科学

慶応義塾大学医学部外科脳神経外科教室

 

脳の中心に存在する空洞である脳室と、

脳周囲にあるくも膜下腔とはつながっていて

いずれも脳脊髄液で満たされている。

脳脊髄液は脳室内で産生され、一部は脳内の血管から吸収、

あるいは脳表をめぐって太い静脈やリンパ管から吸収されるが、

この流れが腫瘍などで途中で妨げられると脳室内に脳脊髄液が貯留し

脳室が拡大して水頭症となる。

この場合には髄液圧(頭蓋内圧)は上昇することが多い。

一方、髄液の流れは保たれるが産生と吸収のバランスが崩れて生じるのが

NPH である。

おそらく微妙なバランスの崩れのために脳室は拡大するものの

髄液圧は正常範囲内にとどまっている。

NPHは、原因がはっきりしない

特発性正常圧水頭症(idiopathic normal pressure hydrocephalus, iNPH)と、

くも膜下出血、外傷、髄膜炎など原因が明らかな

続発性正常圧水頭症(secondary normal pressure hydrocephalus, sNPH)とに

分けられる。

iNPH は NPH の20~30%を占め、高齢者に発症し緩徐に進行する。

ここでは iNPH について詳述する。

 

原因・症状:

歩行障害、認知障害、尿失禁の3つが主な症状である(3主徴)。

この中では、歩行障害が最初に出現し、3症状のうち頻度が最も高い。

歩幅が狭く、すり足になり、また思うように足が前に出ない

すくみ足歩行などパーキンソン病に似た歩行障害が特徴である。

 

認知障害は、最近の記憶が障害され、自発性の低下がみられる。

尿失禁は、3つの症状の中で最後に出現することが多く、

頻度も他の2つの症状に比べると低い。

 

検査・診断:

上記の主症状(歩行障害・認知障害・尿失禁)を認め、

MRI・CTにて特徴的な画像所見(脳室拡大・くも膜下腔の不均衡な拡大)

があり、水頭症をきたす他の明らかな原因がない場合、iNPH が疑われる。

くも膜下腔の不均衡な拡大とは、脳底部くも膜下腔(シルビウス裂)の

拡大と、それと対照的に脳表の脳溝の狭小化を認める所見である。

iNPH が強く疑われる場合には入院の上、腰から穿刺(腰椎穿刺)を行って

髄液を採取する。

正常な髄液所見で、髄液圧の上昇がなく(20cmH2O以下)、

髄液を一定量(約30cc)抜いた後に認知機能低下や歩行障害などの症状の

改善を認める場合(タップテスト陽性)には、

特発性正常圧水頭症と診断され、外科的手術が考慮される。

 

治療:

治療法は、過剰な髄液を身体の別の箇所に誘導するシャント術が行われる。

シャント術は脳室または脊髄腔と、他の体内の腔内や血管内とを

皮下を経由した管をつなぐ手術である。

シャント術には、脳室腹腔シャント術(VP シャント)、

腰椎腹腔シャント術(LP シャント)、脳室心房シャント術(VA シャント)

がある(図参照)。主として前2者が行われる。

 

千葉大学大学院医学研究院脳神経外科学 より

 

また、髄液が過度に排出されないよう、カテーテルの途中に髄液の流れを

調節するバルブがついていて適正な圧を設定することができるようになっている。

 

治療後の経過:

適切に髄液が排出されれば症状の改善が得られる。

歩行障害が最も改善する可能性が高く(6~7割)、続いて認知障害、尿失禁の

順となっている。

 

iNPH は治療可能な認知症の一疾患として重要であり、

認知症患者を診る際には常に念頭に置いておく必要がある。

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結婚はストレス?それとも心の支え?

2023-10-11 22:42:03 | 健康・病気

2023年10月のメディカル・ミステリーです。

 

10月7日付 Washington Post 電子版

 

 

Medical Mysteries: Were wedding jitters making her sick?

メディカル・ミステリー:結婚前の不安な気持ちが彼女に不調をもたらしたのか?

Doctors blamed her marriage for her sudden severe anxiety and weight gain. Testing revealed the real cause.

医師らは彼女の重度の不安と体重増加の原因は彼女の結婚だと考えた。しかし検査によって本当の原因が明らかとなった。

 

By Sandra G. Boodman,

 

(Bianca Bagnarelli for The Washington Post)

 

 Bridget Houser(ブリジット・ハウザー)さんは失望を感じていた。それまで自身の体重に悩んだことは一度もなかった Houser さんだったが、2018年に彼女が結婚する前の数ヶ月のうちにどういうわけか徐々に体重が増加し始めたことに気づいた。それに対して彼女はランニングの距離を8マイルへと倍増し、続けざまにかなり激しいトレーニングのクラスに参加、さらには、時にほとんどが野菜の質素な食事の前日に水、コーヒー、および果物だけを摂取することもあった。

 しかし Houser さんが何を行っても、彼女の体重は増加する一方であり、彼女の瓜実顔はさらに丸くなり、その変容は彼女の一卵性双生児の姉妹と比べると一目瞭然だった。

Bridget Houser. (Bridget Houser)

 

 Houser さんは自身の超人的な努力にもかかわらず体重が5ポンド(約 2.3kg)増えたのはなにか別の問題が原因ではないかと考えた。それまでの2年間、彼女は相次ぐ病気と闘っていた:最初は毎日の頭痛、それからひどい不安症、そしてその後に不眠、脱毛、にきびがみられたが、にきびは10代の頃には決して見られなかったものである。

 「ストレスというのがあらゆる所で聞かされた原因でした」と Houser さんは思い起こす。彼女は Chicago(シカゴ)で小さな企業の業務管理者をしている。近づいていた結婚が彼女の不調の原因かもしれないと医師から告げられた時、Houser さんは考え込んだがその説を否定した。それは自身の気持ちと全く合致していなかったからである。

 結婚式から約6ヶ月後の2019年の初め、Houser さんは医師たちにいくつかの検査をするよう求めた。それにより最終的に、彼女の症状がストレス、あるいは結婚に対する不安の結果ではなく、何年間もくすぶっていた重大な疾患によるものだったことが明らかとなった。

 治療が成功し長期の回復が得られた Houser さん(現在34歳)は、20代後半の悲惨な数年間に比べ、はるかに具合は良くなっている。

 「起こっていたことで自分を責めることなく自身にもっと優しくしていればよかったと思っています」と彼女は言う。

 

Getting through the wedding 結婚式を乗り切る

 

 2016年、Houser さんは緊張型頭痛でよくみられる箇所である後頭部の痛みを毎日感じ始めていた。食べ物の変更や市販の鎮痛薬で頭痛が改善しなかったため、彼女はプライマリーケア医に相談、その後神経内科医を受診し片頭痛であると言われた。

 当時27歳だった Houser さんは、コンタクトレンズを装着しているときに頭痛が増悪することに気づいた。「それは私の毎日の生活に影響を及ぼしていましたが、問題はコンタクトなのだと考えるよう自分に言い聞かせていました」と彼女は言う。彼女は Lasik surgery(レーシック手術)が有効かも知れないと考え、2017年10月にその治療を受けた。この治療はレーザーを用いて角膜を形成するもので、それによってコンタクトレンズやメガネへの依存を減らし、あるいは排除することができる。

 彼女の視力は改善し痛みも消失した、がそれも一時的だった。眼の手術から一週間後、頭痛が再発した。「私は過度に心配しませんでした」と Houser さんは言う。「多くの人たちが頭痛持ちであることを知っていましたから」

 しかし、数ヶ月後、明確な理由がないまま Houser さんは「実にひどい不安症に襲われました。それは単に私が不安に感じているといったレベルではなかったのです」そう彼女は思い起こす。「私は正常に機能することができませんでした。私はA型人間ですので、不安症がどんなものか知っていました。でもここまでとは思いませんでした」

 2018年初めのある平日の朝、彼女は打ちのめされる感じがしたため欠勤し、双子の Molly(モリー)と母親に電話をかけ、すぐに助けが必要であると話した。

 彼女らは、Houser さんが定期的に受診を始めていた精神科医とセラピストの同日中の診察予約を何とか手配した。その精神科医は近づいていた結婚式に注目し、そのイベントが“非常に大きな不安”をもたらしている可能性があると House さんに説明した。彼女は抗うつ薬の内服を開始するとともに、状態が本当に悪いときには抗不安薬の Ativan(ロラゼパム)を用いた。また精神が静まる効果を期待してヨガを行うよう手筈を整えた。

 Houser さんは、ある朝オフィスへのエスカレーターに乗っていたときのことをありありと覚えていて、そのときには何が原因かわからないまま、「頭の中で『まずいことになった、まずいことになった』と言い続けていました」という。

 彼女の変わっていく容姿もひどい憂鬱の原因となっていた。Houser さんの体重は正常範囲にとどまっていたが、徹底的な食事量制限と著しい運動の強化にもかかわらずなぜ彼女の体重が増えるのか理解できなかった。彼女の元々濃かった髪の毛が著しく細くなっていたため、担当美容師は医師に相談してみるようそっと彼女に助言した。

 Houser さんの精神科医は彼女の脱毛は内服している抗うつ薬が原因ではないかと考え薬を変更した。しかし効果はないようだった。

 Houser さんは最近になって丸くなった顔を特に気にしていた。「家族の中ではジョークのようになっていました」と、彼女が過度に神経質になっていると指摘されからかわれていたという。

 彼女の結婚式の日でさえ、自身の容姿に対する憂鬱と、至るところに存在した形のない強い不安とに襲われていた。

 「考えたのは、どれほど私の胸が高鳴るかではなく、『どうやってこの日を乗り切ることができるか』でした」

 

Normal thyroid 甲状腺機能は正常

 

 結婚してから Houser さんの具合はさらに悪くなった。ひどい不眠、寝汗、そしてにきびが出現した。2019年2月、彼女のプライマリーケア診療所のナース・プラクティショナーが甲状腺の検査を依頼したが正常だった。Houser さんがさらなる検査を強く求めたので彼女は内分泌専門医に紹介された。ストレスを感じているためだとその医師は彼女に説明した。

 満足できなかった彼女は2人目の内分泌専門医を受診したが1人目と同意見だった。「彼女はこう言いました。『あなたには代謝的にはどこも悪いところはないと思います』」そう Houser さんは思い起こす。2人目の内分泌専門医の看護師は診察に一緒に来ていた Houser さんの夫 Doug(ダグ)のいるところで結婚に関する質問を再び持ち出した。「彼女はこう言ったのです。『私は結婚すべきではなかったということがハネムーンの時にわかったのよ』と」彼女がそう話したことを Houser さんは覚えている。「そして『あなたは幸せな結婚生活を送ってる?』と。私は信じられませんでした」

 数ヶ月前、甲状腺の検査を行ったあのナース・プラクティショナーが cortisol(コルチゾール)の数値を測定することに軽く言及していた。このホルモンはストレスに対する身体の反応や他の機能に関与している。Cortisolの上昇は、身体が長期間に渡ってこのホルモンを過剰に産生するときに起こるまれなホルモン異常である Cushing’s syndrome(クッシング症候群、以下 Cushing’s )の可能性を示唆する。

 「彼女は cortisol の検査を無視していましたが、私の心の奥にはずっと残っていました」と Houser さんは言う。

 彼女は2人目の内分泌専門医に cortisol の検査をするよう頼んだ。その医師は同意したが、Houser さんには古典的徴候:すなわち顕著な体重増加、紫色の皮膚線条、および両肩の間の fatty hump(脂肪性のこぶ)、が見られなかったので彼女は Cushing’s ではないと考えていたことをそれまでに彼女に話していなかった。しかし Houser さんには、様々な疾患の治療で長期間高用量のステロイドを内服する人でもみられる Cushing’s に特徴的な “moon face(満月様顔貌)” があった。しかし Houser さんはステロイドを内服していなかった。ただ、不眠、頭痛、にきび、そして不安症は Cushing’s の症候である可能性がある。

 Cushing 症候群にはいくつかのタイプがある。典型的には過剰な cortisol を産生する脳の下垂体あるいは副腎の腫瘍に起因するもので、通常は良性だが時に癌性のことがある。時に、腫瘍は肺や膵臓など体内の別の場所にできることがある。Cushing’s は男性より女がおおよそ5倍多く罹患し、一般的に30歳から50歳の間にみられる。未治療で放置されると致死的となることがある。

 Houser さんの血液、尿、および唾液中の cortisol の濃度を測定した3つの検査では有意に上昇していた;彼女の尿中の濃度は正常に比べ8倍高かった。それまで懐疑的だった Chicago の内分泌専門医は Houser さんに、彼女が Cushing’s であることを告知し、Milwaukee(ミルウォーキー)の内分泌専門医である James Findling(ジェームス・フィンドリング)氏に彼女を紹介した。本疾患に対する彼の治療は国際的に認められている。

 「診断がついて本当に幸せでした」と Houser さんは思い起こす。

 

Revealing photos 写真を見せる

 

 Findling 氏は Houser さんに、2018年10月の診察の際に、数年前に撮られた写真を持ってくるように頼んだ。証拠となる身体的な特徴を見分ける方法として彼が患者に行っている依頼である。Houser さんのケースでは、顔貌の変化が特に目立ったが、それは彼女が一卵性双生児の片方だったからなおさらだった。

 Findling 氏は診断の遅れはよくあることだと指摘するが、それは身体的な変化や他の症状は徐々に知らぬ間に起こる傾向にあるからである。「Houser さんは典型的な Cushing’s の患者には見えなかったのです。彼女には肥満はなく糖尿病や高血圧もありませんでした。多くの症例に比べて捉えにくかったのです」と彼は付け加えて言う。

 次のステップは小さな腫瘍の存在部位を決定することだった。検査では Houser さんの下垂体や副腎には何も認められず、骨盤、胸腹部の CT 検査でも異常は見られなかった。Findling 氏は、高い感度を持つ 検査で、通常の画像検査では捉えられない腫瘍を発見することができる dotate PET スキャン(ソマトスタチン受容体イメージング)を依頼した。この検査で Houser さんの左肺に結節病変が発見された。

 Houser さんは Chicago の胸部外科医にセカンド・オピニオンを求めた。Findling 氏と Milwaukee のFroedtert Hospital(フロエッドタート病院)の胸部外科医は腫瘍を切除する手術を受けるよう強く勧めたが、Chicago の医師は意見を異にした。彼は、肺の結節病変が Cushing’s を起こしているとは考えられないと言い、Houser さんには心理療法と抗不安薬治療を継続することを勧めた。

 「手術後に目が覚めて良くなっていないことがどんな感じかわかりますか?」彼がそう尋ねたことを彼女は覚えている。

 夫とともに熟考し Milwaukee の医師たちと協議したあと、Houser さんは手術を選択、手術は 10月30日に施行され左肺の一部が切除された。病理医は、その結節がbronchial carcinoid(気管支カルチノイド)と呼ばれる緩徐に増大する稀な神経内分泌性肺癌であり Cushing’s を引き起こしうる腫瘍であると診断した。ステージ2のその癌は近傍のリンパ節まで広がっていた。

 「幸運にも早期に切除できたと思います」と Findling 氏は言う。「彼女には持続的寛解と Cushing’s の治癒が得られています」

 「その癌は私を震撼させるものではありませんでした」と Houser さんは言う。彼女は過去に皮膚の悪性黒色腫の切除を受けていたのである。(医師らはそれらの癌には関連はないと考えていると彼女に説明している。)「より重要なことはもはや Cusghing’s がみられないということでした」

 それでは Houser さんを診てきた医師ら(それらの中には内分泌専門医もいた)はなぜ Cushing’s を疑わなかったのだろうか?

 40年のキャリアで本疾患の患者をおよそ2,000人治療してきた Findling 氏によると、医師は Cushing’s が稀であると教えられているが、実際はそうではないという。彼は 2016 年の研究を引用するが、それによると353人の内分泌疾患の患者のうち26人が本疾患であったことがわかっている。

 紫色の皮膚線条とこぶの存在を含めた教科書の記述は、“ほとんど caricature(パロディ)”だと Findling 氏は言う。「Cushing’s は実際には教科書に比べ捉えがたいことがかなり認識されていますし、一方で本疾患は神経精神医学的および神経認知機能的な症状を引き起こし得るのです」

 Houser さんの体重が正常であり高血圧や糖尿病がみられなかった事実が医師らをミスリードした可能性がある。

 「私たちは、特に内分泌専門医の間に少し変化を起こしたように思います」と彼は言い、続けて「スクリーニングの閾値を変える必要がありました。プライマリーケア医に、それは稀な疾患であると説明した時点で、以後顧みられることはなくなってしまうのです。彼らはそれを二度と見ることはないだろうと思ってしまうのです」と話す。

 「この診断が成されれば素晴らしい結果がもたらされるのです」Houser さんのケースを引用し彼はそう付け加える。「それが、私がこの歳までこの診療を続けている理由です」

 Houser さんは Findling 氏を自身の“文字通りの命の恩人”であると考えている。彼女はその翌年の一年をかけて彼の元を受診し、彼女のホルモン値を正常化し体力を回復する薬をゆっくりと中止した。

 彼女は毎年 Cushing’s について観察を続けてもらっているが癌の再発がない状態を維持しており、倦怠感が残っている以外、体調は良い。2021年10月、彼女は女児を出産した。そして8週間前には男児が生まれている。

 Houser さんは家族からの支援が不可欠だったと考えている。特に夫については“私の最大の支援者”と呼んでいた。それはことさら皮肉に思われる。なぜなら彼らの結婚に対するストレスが、実際には癌によってもたらされていた症状の原因とされていたからである。

 「私にもはや戦うエネルギーが残っていなかった時に、医師に電話をかけたり、必要な予約を取ってくれるなど彼は非常に大きな助けとなってくれました」彼の揺るぎない愛こそが「私たちの強い結婚の証だったのです」と彼女は言う。

 

 

 

クッシング症候群(Cushing’s)の詳細については以下のサイトを

ご参照いただきたい。

 

Doctors File

日本内分泌学会

兵庫医科大学

 

Cushing’s は、

腎臓のすぐ上にある副腎から分泌される cortisol(コルチゾール)という

ホルモンが様々な原因で過剰分泌されることで発症する症候群である。

本症候群では、肥満、筋肉の衰え、皮膚の菲薄化などの症状が特徴として現れる。

Cortisol は生体機能をサポートする働きを持つ生命維持に不可欠なホルモンで、

通常は起きている間に多く分泌され、寝ている時には分泌量が減るが、

Cushing’s では常時大量の cortisol が分泌され、糖尿病、高血圧、うつ病など

様々な病気が誘発される。

 

Cushing’s の原因として以下の病態が挙げられる。

① 副腎に発生した腺腫、癌、あるいは結節性過形成から cortisol が

過剰に産生される。

② 脳の下垂体にできた腺腫から、副腎からの cortisol 分泌を促進する

副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)が過剰産生され cortisol が高値となる。

このケースは特に『クッシング病』と呼ばれる。

③ 下垂体以外の部位に発生した腫瘍が ACTHを過剰に産生する。

④ Cortisol と同様の作用を持つ薬剤の投与による副作用。

 

1998の本邦における調査によると、上記の原因別では、

副腎腺腫が 47.1%,下垂体性が 35.8% とこれら二者で大半を占め、

異所性 ACTH産生腫瘍は 3.6% となっている。

 

①の場合、cortisol の過剰により下垂体に抑制がかかり

ACTHが低値となる。ACTHが低値にもかかわらず cortisol が

正常~高値を呈する場合には副腎の異常を疑う。

Cortisol 値が正常の場合でも、深夜の cortisol が高かったり、

cortisol の作用をもった薬であるデキサメタゾンを負荷しても

cortisol 分泌が抑制されない場合には、本症候群の可能性を疑う。

なお、副腎腫瘍や結節性過形成のケースでは一部に遺伝子異常の関与が

示唆されている。

②の下垂体に異常がある場合、微小腺腫のことが多く、

腫瘍が同定できないことがある。

そういったケースでは下垂体近傍の静脈にカテーテルを挿入し血液を採取、

同時に採血した末梢静脈血のACTH値と比較して診断される。

③の病変には、小細胞肺がん、あるいは、肺またはその他の部位の

カルチノイド腫瘍などが挙げられる(異所性 ACTH 産生腫瘍)。

異所性ACTH産生腫瘍は、小細胞肺癌が最も多く全体の約50%を占め、

次いで胸腺もしくは気管支カルチノイドが約25%、膵島細胞腫が約10%、

その他のカルチノイドが5% となっている。

異所性ACTH産生腫瘍はやや男性に多く、40歳から60歳に多い。

 

ところで、cortisol 値の異常があっても、後述の特徴的な身体徴候を

欠く場合がある(サブクリニカルクッシング症候群)。

Cushing’s はかなりまれな疾患であるが、近年では人間ドックなどでの

画像検査を契機に副腎腫瘍が発見される機会が増えており、

この病気(特にサブクリニカルクッシング症候群)が診断される頻度は

増加傾向にある。

 

 

症状

Cortisol の影響により体幹に過剰な脂肪がつくため、肥満傾向が見られる。

丸く大きな顔貌(ムーンフェイス・満月様顔貌)は特徴的な徴候の一つ。

肥満については、手足の筋肉が萎縮し体幹に比べ細くなることから

“中心性肥満”と呼ばれる様相を呈する。

また肩の後ろに脂肪がつくため、水牛のような盛り上がった肩となるが、

これは水牛様肩、野牛肩、あるいはバッファローハンプと呼ばれている。

一方、皮膚は薄くなり毛細血管が拡張するためピンク味を帯びたまだら模様になる。

少しの打撲でも内出血を起こしやすくなり、傷を生ずると治りにくくなる。

腹部やでん部に赤いスジ(赤色皮膚線条)もみられる。

ただしこれら特徴的な身体所見が顕著に認められないケースも多いため

注意を要する。

病気が進むと感染症にかかりやすくなり敗血症が原因で死亡に至る場合もある。

また精神的症候としてうつ傾向が見られる。

その他、合併症として糖尿病、脂質異常症、高血圧、骨粗鬆症などがみられる。

 

 

検査・診断

中心性肥満、ムーンフェイス、皮膚萎縮、皮下出血などの特徴的臨床徴候から

本症候群を疑う。

診断を確定するには、血液検査で血中の cortisol 値の日内推移、

他の副腎ホルモンの数値、ACTH の値などを測定する。

また尿中の cortisol やその代謝産物を測定する。

ホルモン過剰分泌の原因病変を特定するためCTやMRIなどの画像検査を行う。

Cortisol を産生する副腎腺腫の確認には 131I-アドステロールシンチグラフィーが

行われる。

異所性ACTH 産生腫瘍の局在診断にはソマトスタチンアナログを用いた

111N-オクテレオチドシンチグラフィー(ソマトスタチン受容体シンチグラフィー)や

FDG-PETが用いられる。

 

 

治療

基本的には、外科的治療が選択される。

下垂体腺腫が原因の場合は、経鼻内視鏡手術によって腫瘍を摘出する。

下垂体腺腫が小さくて同定し難い場合には、再発することもあり、

その際は再手術が必要となる。

手術での改善が見込めない場合には、コルチゾールの合成を阻害する内服薬や

注射薬の使用も検討される。

副腎の腫瘍が原因の場合は副腎の腫瘍のみを取り出すか副腎そのものを摘出する。

一側の副腎を摘出した場合、残存副腎の機能が十分となるまでに

術後6ヶ月から1年以上を要するため、その間は内服でホルモンを補充する。

治療が成功した場合、満月様顔貌や中心性肥満などの症状は徐々に改善するが

骨粗鬆症は完全には回復しないこともある。

現在 Cushing’s は、早期に発見しきちんと治療をすれば2~3ヵ月で改善に向かう

完治の可能性の高い疾患とされている。

なお特徴的な徴候がみられない“サブクリニカルクッシング症候群”においては、

手術の適応は腫瘍の大きさや合併症の程度に応じて判断される

ただし放置され病状が進行すると、様々な合併症(高血圧、糖尿病、脂質異常症、

骨粗鬆症など)が引き起こされ生命に関わることがあるため注意が必要となる。

 

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