南九州にある知覧(ちらん)には二つの顔がある。第二次大戦末期に特攻の基地であったのは知るところであるが、町中には江戸時代の武家屋敷が往時の佇まいでそのまま残っており、どちらも心に残るものだった。特攻平和会館はそれにまつわる記録がこれでもかとばかり集められた施設で、亡くなられた兵士の遺物である書や絵を拝見するにつけ、1,000余人もの才能を奪った戦争に打ちのめされる思いがした。知覧を飛び立った飛行機は先日紹介した開聞岳(かいもんだけ)上空で円を描くようにして祖国に別れを告げ、南方へ向かって二度と戻らなかったそうだ。 一方の武家屋敷群であるが、静謐(せいひつ)な空間である。コースには入っていなかったが、ある路地はそのまま異空間へ通じていた。あそこに入っていったら一体何があっただろうか。 このあと一行は鹿児島市内まで戻って、島津家の栄華をいまに伝える仙巌園(せんがんえん)と尚古集成館(しょうこしゅうせいかん)を見学、その後は桜島へフェリーで渡るのだった。古くから志那や琉球と交易を持ち、独自の信念のもと基礎を築いていった此処鹿児島の人々というのは半端ない。うちの地元と何が違うのだろうーか。
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