十七音のアンソロジー★。・.:・゜'☆,。.:・゜'★

虚と実のあはひに遊ぶ  Since 2008 by Midori♡ H

久女の忌

2017-02-20 | Weblog
待つ人の居る憂さ少し久女の忌     長岡ゆう
唐紙のこちらは物を思ふ部屋         〃


 「待つ人の居る」ということは、幸せである反面、窮屈でもある。お握り持参で俳句に没頭した久女にとって、「待つ人が居る」といいことは、彼女の自由を奪うことにもなったことだろう。
 「唐紙」一枚のあちらとこちら。「こちら」が、「物を思ふ部屋」であるならば、あちらは、共有スペースというところだが、唐紙一枚の薄さは、どこか現実的でもある。「滝」2月号〈滝集〉より抄出。(Midori)

2 コメント

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待つ人 (久子)
2017-02-20 22:49:12
待つ人だった舅、姑、主人を次々見送った後、始めてごらんなさい、と勧められて俳句を作った頃、吟行、句会に出て女性が多いのを不思議とも思わなかった。
だが色々と俳句を学ぶ内にこの久女が直接、間接に影響を与えた方々の多さに驚きました。
彼女は大宰府で亡くなりました近いので。一度その跡を訪ねたいと思いつつ、まだ果たしていません。

胸に重く感じる一句です。





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久女 (みどり)
2017-02-21 10:42:39
女流俳人といわれていた時代のリーダーだった久女ですね。
彼女の半生を読むと、何だか胸が痛みますが、
今の時代に生れていたら、と思います。

ゆうさんの二句、小さなつぶやきに共感です。
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