さざなみの中に馬立つ桜かな 菅原鬨也
太陽の光を浴びて輝くさざなみの中に立つ一頭の馬。
水辺には、満開の桜が咲いている・・・。
あまりにも美し過ぎる構図の中で、馬はやはり幻ではないだろうか。
大震災に続く原発事故によって、季語の本意すら変わってしまった、
と言う俳人もいるが、「桜」もその中の一つかもしれない。
日本の原風景が失われつつある今、象徴性の高い一句が、
とても尊いものに思えてきた。
「滝」3月号〈飛沫抄〉より抄出。(Midori)
太陽の光を浴びて輝くさざなみの中に立つ一頭の馬。
水辺には、満開の桜が咲いている・・・。
あまりにも美し過ぎる構図の中で、馬はやはり幻ではないだろうか。
大震災に続く原発事故によって、季語の本意すら変わってしまった、
と言う俳人もいるが、「桜」もその中の一つかもしれない。
日本の原風景が失われつつある今、象徴性の高い一句が、
とても尊いものに思えてきた。
「滝」3月号〈飛沫抄〉より抄出。(Midori)
陽炎の中に立つている馬それはまぼろしである。
季重なりを避けた老練な句。
みどりさんの「幻」説。今村さんの「陽炎」説。感じ方は色々ですね。
そのようにも感じられますね。
昨年の震災を思えば、陽炎に立つ馬はさらに幻ですね。
私が一番気になるところでしたが、
やはり、湖か川。風というより光を
感じさせるものだと思いました。
馬は、東北では南部馬で有名ですよね。
力の象徴であり、歴史的にも大きな力と
なっていたのでしょうね☆