JAZZを聴きながら ふたたび

恥も顧みないで再々開、よろしければお付き合いを

『あ・た・し』という女

2015年02月19日 | v-x

今日は『雨水』、空から降るものが雪から雨に変わり、氷が溶けて水になるという日でありますが、春の実感はまだまだであります。
そういえば、かの『浅間山荘事件』が起きたのも、確か1972年の今日でありましたねぇ、あれから早43年ですかぁ・・・そりゃ歳もとりますわいな(笑)

 ♪不幸せという名の猫がいる
  いつも私のそばに ぴったり寄り添っている・・・♪

一昨日、いつものバーでお客さんは私一人
「バブ、今日はバブ一人だから、好きなのかけてやるけど・・・やっぱコルトレーンかい?」
と、ママ
「いやいや、浅川マキにしよう、浅川マキ」
「浅川マキ?」

最近「あ・た・し」、暖かい湯船に浸かるたんびに、
 ♪・・・だから私はいつも ひとりぼっちじゃない♪
と、浅川マキの『不幸せという名の猫』を何故だか唄ってしまうんです。

「なに?そんなに寂しいの?バブちゃんは?」
「うん、ボクチン寂しいの」
とは言いませんでしたよ。(笑)

ただね、烏の行水?いやいや雀の行水でさえかなわぬほどの早風呂バブが、最近は寒さに負けてけっこうな長風呂になりまして(といっても、烏の行水に毛が生えた程度なんですが)、以前より湯船に浸かっている時間が長いのです。
そんでもってほぼほぼ毎日風呂に入るのは、みんなが寝静まった深夜、じっと湯船に浸かっていると物音一つしやしない・・・・・
あれ?やっぱ寂しいのかぁ?(笑)

「だったら、なおさらもっと元気が出るような鼻歌唄えばエエに」
「いやいや、そうだからこそ、『あ・た・し』の雰囲気になりたいわけさ・・・わかるかなぁ」
「わかんねぇ」
「ともかく、オレにとっちゃぁ浅川マキは『わ・た・し』じゃなく『あ・た・し』の女なんだわなぁ、ママにわかるこの違い」
「わかんねぇ、っていうか、だからなんで物音一つしない湯船が『あ・た・し』の女なわけ?それはもっとわからん」
「そうねぇ?そりゃオレにもわからん。」
「なんじゃそりゃ」

まぁまぁ理由を言ってもわかっちゃもらえんかもしれませんし、自身よくわかっちゃいないのですよ。
だけど何故か、ちょっと酔ったり、一人静かに風呂に入ったりしていると、私の場合、『わ・た・し』という女より『あ・た・し』という女が恋しくなるんだと思います。
その二つの女の違いは何か?と訊かれても、これもまたよくをわからんのですけどね。

そうですねぇ、あえて説明をするとすれば
『あ・た・し』ってぇ女には人間味があるというか、
今時そんな例も無いですけど、場末の飲み屋で、まあ美人じゃ無いけどちょっくら尖った女が、ふと見せる可愛さみたいな?
影はあるけど、付き合ってみるととんでもなく暖ったかみがある、みたいな?
バカに見えるのは表だけ、中身はえらい大きな心を持っている、みたいな?

「わかったわかった、つまりはそういう女に出会いたいと・・・・やっぱ寂しいんじゃん」
「エ~~~~ン、ママァ~~~~!!」
「アホか!」

何の話か分からぬまま終わりましたが、『料理当番、本日の一品』です。

 

ありきたりのハンバーグですけど、「手作りはやっぱ旨い」と言われることは・・・・やっぱエエ気持ちですわな。

お弁当はこんなんです。

さて、今日の一枚は、ジョージ・ウォーリントンです。
もちろん二度目の紹介かな?

その時にも書いたと思いますが、「白人だからアレコレ、黒人だからアレソレ」とあまり考えずに聴くアルバムの一つだと思います。
私もついつい「白人らしからぬ」とか「いかにも黒人ぽい」とか、言いがちなところがありますが、この表現はじつにおかしいわけで、
あえて言えば、「ウォーリントンらしい」という表現が正解なんだと思います。
今や日本人の世界に通じるジャズメンが多数いる中、「ジャズは、黒人だけのもの」てな時代でも無いでしょ(自身に言い聞かせてる感は強い。笑)

ともかく、ウォーリントンにせよ、フィル・ウッズにせよ、「エエもんはエエ」でありますね。

JAZZ FOR THE CARRIAGE TRADE / GEORGE WALLINGTON

1956年1月20日録音
GEORGE WALLINGTON(p) PHIL WOODS(as) DONALD BYRD(tp) TEDDY KOTICK(b) ARTHUR TAYLOR(ds)

1.OUR DELIGHT
2.OUR LOVE IS HERE TO STAY
3.FOSTER DULLES
4.TOGETHER WE WAIL
5.WHAT'S NEW
6.BUT GEORGE