金沢八景 称名寺の春
分かる人には分かる、分かりたくない人には分からない
だから喋らないと辞任大臣は言う。
一方は、「だから言うべきことを言う」と命を的に大言した。
幕末の横井小楠の言葉だが、だから松陰も晋作も龍馬も共感した。
議員では翼賛政治真っただ中、泥沼化していた日中戦を政府に問うた。
軍は聖戦の美名を・・・・、これが斎藤隆夫の粛軍演説だ。
浜田国松は陸軍大臣に「腹を切れ」と迫った。
いまは賛成しているのか、怖いのか、言わないまでも寝たふりが多い。
期待の小泉進次郎君も思慮分別はあるとみえるが、漂う閉塞感や、ときに慎みのない応答をする国会に意見は見えない。
人はさまざまと老成するにはまだ早い。
あえて我が身を切る言論は「自民党をぶち壊す」と純一郎氏から始まった。
副作用は迎合追従する議員が増殖し、官吏は暴風の過ぎ去るのを待つように軒に佇んだ。
ここに問題意識をもつ議員は少ない。対策と予算付け、そして選挙という身分保障に頭を取られている。
個々を言い募る部分考証は楽だが、国なり民の風を移すことは政治環境の整備であり、
錯誤感のない深層の国力価値を国民に涵養する基となる。
名利や票にならないことは承知しているが、それで困るのは国民の側だ。