
2017年5月24日に日本のSuper Fuji DiscよりCD2枚組でリリースされたコンピレーション・アルバム『Tokyo Flashback P.S.F. 〜Psychedelic Speed Freaks〜』がアメリカのBlack EditionsよりLP4枚組でリリースされた。30センチLPの収録時間を最も音質のいい長さに調整する為に曲順はCD盤とはかなり異なっている。八面ブック型パッケージ、日本語解説と英訳入のインナースリーヴ、重量盤仕様という豪華な装丁を含め、愛情とリスペクトに溢れたリリースである。このアルバムの収益はすべてPSF Recordsのオーナーだった故・生悦住英夫氏の家族に寄付される。日本ばかりでなく世界中の地下音楽/極端音楽愛好家に愛される希有なレーベルの粋を極めたリリースに再度陽が当たるこの機会に、筆者がリリース時にJazzTokyoサイトに寄稿したアルバムレビューを再掲して「Flashback」することで、PSFおよびすべての地下音楽への捧げものとしたい。
『Various Artists / Tokyo Flashback P.S.F. – Psychedelic Speed Freaks 4LP』
2019年4月12日発売
Deluxe 4LP Triple Gatefold Black Editions BE-1001
Side A
Acid Mothers Temple & The Melting Paraiso U.F.O. / Pink Lady Lemonade
今井和雄 / Delay 160715
Side B
マヘルシャラルハシュバズ / いけえずみさん
.es / 暁の歌
Side C
Kim Doo Soo / 野花
灰野敬二 / 遠ざかりはしない
Overhang Party / 今立ち現れる
Side D
à qui avec Gabriel / ほばらみ
静香 / 狂気の真珠
浦邊雅祥 / “Alto Saxophone Solo”
Side E
High Rise / Outside Gentiles
Ché-SHIZU / 皇帝〜伝えよ
不失者 / お前
Side F
White Heaven / OUT
ヒグチケイコ with ルイス稲毛 / Nothing Is Real 002
冷泉 / Untitled
Side G
川島誠 / 窓からの輝き
にせあぽりあ / 空の蒼に染まず詠う
Ghost / Blue Link
Side H
平野剛/ For Rains
長谷川静男 / Low Blues
近藤秀秋 / ソナタ第 1 番ト短調 BWV1001
Directed by Masaki Batoh
Edited by Yoshiaki Kondo (GOK Sound)
Mastered by Kazuo Ogino
Vinyl Mastering by John Golden
Designed by Takuya Kitamura
Translation and Notes by Alan Cummings
鳴り続ける運命にあるサイケデリックの輪廻転生
1980年に生悦住英夫が東京・明大前にオープンした小さなレコード店「モダーン・ミュージック」は「ぺル・ウブから小林旭まで」と宣言して、大手レコード店が扱わないマイナー音楽や前衛音楽、フリー・ジャズ、プログレッシヴ・ロックやポスト・パンクを中心に、落語や一部の演歌まで含む品揃えで、趣味を同じくするコアな音楽ファンの集う場になった。過去の作品は素晴らしいものが多いのに、同時代のレコードに売るに値するものがない、と嘆いた生悦住は自分たちが売りたいアーティストのレコードをリリースしようと決意する。第1弾が常連客がやっていたヘヴィ・サイケデリック・ロック・バンドのHIGH RISE。彼らのデビュー・アルバム『Psychedelic Speed Freak』に因んで「PSF」というレーベル名になった(この頃の興味深い逸話は、拙著『地下音楽への招待』で生悦住本人が語っているので参照されたい)。HIGH RISEの他に不失者(灰野敬二)、三上寛、吉沢元治などの作品をリリースする一方で、ライヴハウス・シーンで活動するアーティストを紹介するために企画されたコンピレーション・アルバムが『Tokyo Flashback』であった。1991年にスタートし、2011年までに8作をリリース。サブ・タイトルに『PSF Psychedelic Sampler』とあるように、無名のアーティストのショーケース的な役割を果たし、日本国内よりも海外からの反応が大きかったという。実際に『Tokyo Flashback』に収録されたことで海外から単独作品のリクエストが寄せられたり、海外公演に招聘されたアーティストは数多い。PSFの200枚を超えるリリース作品に限らず、現在に至るまで世界中のレーベルから多くの日本の地下音楽がリリースされ続ける状況を創り出した功績は計り知れない。
21世紀に入って10年ほど経ったころから、世界的なCD不況に伴う経済状況の悪化によりモダーン・ミュージック及びPSFレコードの活動は滞るようになり、ライヴハウス・シーンもそれまでの活況ぶりが息を潜めていく。生悦住自身も「若い世代、特に大学生がメジャーな音楽以外に興味を示さなくなり、アンダーグラウンド・シーンが無くなってしまった」と嘆いていた。2014年に実店舗を畳んで以降、徐々に病魔に侵されていった生悦住を励ます為に、PSFレコード所縁のアーティスト有志によりコンピレーション・アルバムが企画されていたが、2017年2月27日の生悦住の急逝により追悼盤となり、PSFレコード最後のリリースとして発表されることになった。
22組のアーティストが未発表・新録音トラックを提供、トータル150分を超える大作である。幻想的なロック・バンドから極北を目指す即興演奏まで、スタイルも方法論も録音状態もバラバラながら、全体を曰く言い難いひとつのカラーというか香りのようなものが貫いている。それを言い表そうとすると「サイケデリック」という言葉が最も適切だろう。モダーン・ミュージック開店当初に生悦住が最も力を入れていたのは60年代の知られざるサイケデリック・ロックの再発盤だったという。特に一見普通のアメリカン・ロックに聴こえる音楽の裏側に流れる狂気のような精神性に惹かれたらしい。一貫して「商業的な音楽」への対抗心を燃やし続けたレーベル・オーナーの信念が、死後もなお引き継がれていることは間違いない。
肝に銘じるべきは、このアルバムはあくまでサンプラーであり、完成した作品でもなければ、過去の記録でもないということである。このアルバムのトラックやアーティストに「何か」を感じたなら、今現在の彼らの姿を体験してほしい。参加メンバーの殆どは、PSF亡き今でも全く変わらず自らの「サイケデリック」を追及しているのだから。過去・現在・未来と、このアルバムは時代を超えて鳴り続け、聴き継がれる運命にあるのだから。(2017年4月27日 剛田武記)
時は過ぎ
地下音楽に
身を任せ

2017年6月25日に本CDのリリース記念イベント『Tokyo Flashback P.S.F. 発売記念 ~Psychedelic Speed Freaks~ 生悦住英夫氏追悼ライブ』が開催された六本木SuperDeluxeも既に存在しない。日本と世界の地下音楽が今後どのように生まれ変わって続いて行くのか、興味は尽きない。
⇒Jazz Tokyo Live Review #961 Tokyo Flashback P.S.F. 発売記念 ~Psychedelic Speed Freaks~ 生悦住英夫氏追悼ライブ