マーベラスS

King Of Western-Swing!!
歌と食と酒、それに声のページ。

06.6.30   ジンライムの季節!

2006-06-30 12:12:52 | 

北新地のスナックバー「瀧」の名物、カンカンと称されるジンライム。年中楽しめるが、夏場のひえひえのジンライムに勝るものなし。

   

カンカンの名はこの錫半製の打ち出しのジョッキにある。創業38年目、ジョッキも5代目になった。ジンはビーフィーター。生ライムを1/4絞る。飲み干して、最後にライムをギュッとしゃぶるべし。

長瀧さん父子の店。父はロイヤルホテルの前身、新大阪ホテルのリーチバーの初代バーテンダーである。

右はカナッペ。チーズとオイルサーディンのトースト、リンゴとカマンベール。中央にポテトサラダ。なんでバーフードってヤツぁ旨いんだろう。

バー愛好者としてはちょいと気取って、酒だけをグイッとあおってカウンターでニヒルに構えていたいのだが、なんかムシャムシャ食っちまう。こっ恥ずかしい。


06.6.26  トリロー・トレインソング!

2006-06-26 19:36:59 | 音楽
明治33年「鉄道唱歌」は日本初のトレインソングである。なんと66番まであった。そして戦後スピードアップと共に、新たなトレインソングが登場した。それが三木鶏郎率いるトリローグループによる『ボクは特急の機関士で』という歌。湯浅学氏がレコードコレクターズ(92.7月号)にこの歌を、日本のジャンプブルースであるというようなことを書いていらした。鶏郎のヒット曲とルイジョーダンのヒット曲「Choo Choo Ch'Boogie」が似ていることから、Jump Bluesに湯浅氏はすんなり入って行けたと。
まことに卓見、両方を尊敬する私としてはこの附合は実に嬉しきものだった。(いつかやってやるぜ!)

  イントロに鉄道唱歌の一節~
  「十番線から大阪行、特別急行列車、発車いたしまーす!」


       ボクは特急の機関士で  可愛い娘が駅ごとに
       いるけど三分停車では  キッスの暇さえありませぬ
     Ref 東京~京都~大阪  ウウウ…(ハミング)ポッポ~ 

 
       熱海 湯の町恋の町   貫一お宮の昔から
       いとし恋しの二人づれ  闇のトンネル 通りゃんせ
   
 
       右に見えるは富士の山  左に見えるは駿河湾
       仲をとりもつ展望車   沼津食わずの三等車
 
 
       ハモニカ娘は 浜松で  ドレミファソラシド 紅のあと
       これにみとれて浜名湖の ちょいとウナギに 笑われる
    

この後、名古屋、京都、終着駅の大阪へとたどり着くが、歌詞は割愛。停車時間が3分になり、さぞや駅弁売りも慌しくなったことだろう。この辺りから、駅弁売りの姿は減少傾向になり、列車の窓が開かなくなって、その姿は消えた。

歌うは三木鶏郎グループの面々。1950年のコロムビア盤は森繁久弥、丹下キヨ子(映画「どですかでん」の伴淳演じる島さんの女房)、三木鶏郎となっているが、トリローグループの河合坊茶、小野田勇(後年、脚本家に)、千葉信男、三木のり平なども入っているはずだ。(森繁さん以外、写真にいます。解りますか?)別テイクで榎本健一盤もあり、中村メイ子、楠トシエ、古賀さと子らも加わっているはず。

この年、東京~大阪間に「つばめ」が走った。所要時間8時間!食堂車があり、ちょっとしたホテル並みのサービスが行われていたんだぞ。今となってみれば、8時間という時間と距離感があった方が、適当に不便で、東西のちがいがあってそれなりに愉しかっただろうと思う。速いばかりが能ぢゃない。

06.06.21  太陽と汗と大正ホルモン

2006-06-21 15:30:29 | 

 

          

大正というところ、駅前をちょっと裏に入っただけで昔の庶民の生活が残っていたりする。しもた屋風住まいもそこここに見られるのが懐かしい。
大正は大正時代に埋立地ができたことからその名がある。JR大正からどん突きの南恩加島辺りまでは、やたらバス交通が発達していて、とてもじゃないが歩けない。

南は工場地帯や。大正はもちろん地元衆も多いが、琉球からやってきた人も多い。
沖縄と大正を結ぶ航路があったことから、島々の労働力が大阪に集まり、日本のマンチェスターといわれた大阪の紡績産業に送り込まれた。しかも安く買い叩かれ、劣悪な労働条件だったという哀しい話もある。

ウチナンチュの食文化の名残りかもしれぬが、大正のホルモン焼きは豚が主体である。三泉商店街を北へ抜けた『まっちゃん』は43年続く、地元でも古参のホルモン焼き屋。夜ともなると、鉄板のグルリに男達が立ち、ホルモンの串を横咥えにして一杯傾けるのである。

ホルモンはテッチャンとキモ、アブラの3種。一口大に切った脂身を鉄板で炒めると、どんどんラードが染み出てくる。それを器で受けて、料理に使う。ホルモンは白い肉と赤い肉を組み合わせるのが常道。白だけではたよりなく、赤だけでは若干しつこい。てっちゃんは牛に較べてアッサリ食べやすい。アブラを塩で勧められる。この辺の餓鬼どもは「アブラ1本、塩で!」なんて抜かすらしい。ツウやのう。うむうむ、油っぽさが抜けて美味いでオッサン!額に汗して働いた後はやっぱりこれやがな。缶ビールではたよりないど!油をサッパリ流すには強いスピリット系が頂きたい。焼酎をもらおか。泡盛もええなぁ。

ここは沖縄そばの焼きそばや、チャンプルーなどのメニューもある。
千円でお釣りがジャラリ~ンと来る。 ええがな。This is 大正や。
まだ日は傾きかけたところ。 本ちゃんはコレカラやで!


06.6.19  北摂・中華の注目店!

2006-06-19 17:24:04 | 

 先日行った茨木の『Jade Garden~翡翠園』という店。地元の寿司屋「魚庵すし若」の姉妹店だけに魚には自信あり。隣り合う寿司店に大きなイケスがあり、そこの中の魚を自由に使えるというわけだ。黒板に今日のお勧め料理があり、鯛の片身を薄造りにして黒酢ソース、ナッツや揚げ春巻を砕いたのを和えた広東風刺身、片方はジャスミン茶の香り蒸し、なんちう大技もあるが、高級感ある料理はとりあえずパス。

まずはすっぱ辛い「酸辣油」。こういうスープが夏場どんよりとした心身をシャッキリさせてくれる。これで猛然と食欲がわいてくる。「車海老のレモンソース」がなんとも快適ぞよ!カリッと揚がった海老にとろりレモンソースが爽やか。

同系では海老のマヨネーズやモッツァレラチーズ炒めもあって、どれも食いたい衝動にかられた。車海老3種のソースなんてできないものか?自家製蒸しパンが付くが上品過ぎる。小さい。そんなことを言うオレも小せぇなぁ、もう。

鶏と茄子の豆鼓炒め」を経て、ホテル出身松井シェフのスペシャリテ、「上海蟹味噌煮込みそば」。実はこれを食いたくてノコノコ茨木にやってきた。上海蟹の旬は秋口だが、ここでは味噌を季節に取り出し、年中味わえるようにしてある。最後に卵黄と生クリームを使うカルボナーラ風。これが1500円。季節になったら値上げしてもいいから、上海蟹の身や味噌をゴロゴロ入れてもらいたい。

最後に「ジェイド炒飯」を。鮭・中国ハム・叉焼・海老・ササミ・玉子・大根の漬物・ネギ・レタスが入る。あとで魚の風味がしますが…と聞くと、魚を発酵させた調味料(魚醤にあらず、名前失念)を使うとのこと。パラパラだがシトッとして複雑な味がする。腹いっぱい、結構なりぃ。炒飯・餃子・ラーメンに留まらぬ中華料理屋ができるのは大歓迎だ。


06.6.17  雨の日暮れが好きでした…

2006-06-17 18:38:25 | Weblog
雨だなぁ~、今日は家しごと。おとといは雨中、ロケハンの仕事で天神橋筋を歩き、京橋を歩き…それだけでずぶ濡れになった。アーケードがあるぢゃねぇか?そうなんだが、その継ぎ目から頭のてっぺんにピチャッと雫が落ちてくる。情けなくなった。靴はぐちゅぐちゅ、傘は雨漏りしてくるし、カバンもべちょべちょ、収穫に乏しい中、ぐったりして帰宅した。

梅雨なんだから、この時期にしっかり降っといてもらわないと、カラ梅雨だったりすると、また秋口の野菜の高騰に困ったりするのであるが、なんだかジトジト雨だと酒も美味くねぇし、楽器だって湿りがちになる。

雨ってのは、往々にしてそうしたイライラさせられる存在であるが、ちょっとロマンチックな気持ちにもさせられるものでもあって、雨の歌は存外多い。その中で好きな佳作がこれ・・・

    『雨の日暮れ』 サトウハチロー詞 服部良一曲

       別れたあの人は 
       心から
       雨の日暮れが好きでした
       一つグラスを二人して
       仲良く 歩いた
       灯ともし頃を 思い出す
       別れたあの人は
       心から
       雨の日暮れが好きでした


記憶で書いているので、少し間違っているかもしれない。
CDラックの中から服部良一のCDが見つけられなくって。
歌うは二葉あき子。私が物心ついた頃には、ただのナツメロの肥った
おばさんだったが。この歌は情感たっぷりで、胸に迫るものがある。
これだけで歌になるのかぁ~、 なるのだ。