寒暖差の影響で首や肩がこりこり・・・寒くて外にも出かけられない(車が無いので)日々が続く・・・。
さて今日は気が付いた事を書いてみます。 この話も何度かは書いていますがね。
便利なツール、そして政府政策?により異様なまでに普及されているツール・・・スマホの事である。
結論(妄想的)から先に書くと、50代より上の方々は、ガラケーから始まった便利ツールにより記憶力が極端に低下したという話だ。
もちろん、常日頃特殊な訓練をしている方々の話ではない。ごく普通に生活をしている一般人の話である。
以前にパソコンの普及により、漢字が書けなくなった話を書いた。 これは毎日、毎日、スマホや携帯電話、こうして書いているブログでさえも人工知能が予測変換をしている。
誤字脱字、その他等々、無意識に変換項目から適切な変換を選んでクリックするわけだが・・・。
目で見て、選んでクリック・・・。この動作は「パブロフの犬」、条件反射である。 時間の制約のある「ライン」なる短い文節では、さらにその様相は顕著になる。おいらは、スマホが無いので無縁ではあるが・・・。
それでも、目で見て選んでクリック(エンターキーをプッシュ)は同じである。
手紙は違う。 手で書く、手間と時間をかけて手で書く。それは目で見て指を動かし、脳で多くの神経伝達経路を使う事になる。 もちろん時間は必要。
その過程においては、AIから与えられる選択肢は存在しない。 自分の脳内にあるオリジナルな選択肢や記憶に基づいて、手を動かし、文字になる。
すでにこの機能はオイラでさえも失われてきている。
さらに、10代。20代の頃は、10桁の数字の羅列・・・簡単に言えば、電話番号を瞬時に記憶できた。
もっとも、メモ用紙に書いた瞬間に消えてしまうのだが・・・。
そしてまた、自宅や友人、親戚や会社など大切な番号は10個くらいは軽く記憶していたものだ。
ところが今はどうだろう。自分の携帯電話の番号さえも自信がない始末である。
携帯電話やスマホの電話帳・・・非常に便利な機能だが、そこにデータとして保存されているという安心感から、脳の記憶から削除されているのである。
以前にも書いた。 自然界はとても合理的。常に最短・最大効率の選択肢を選ぶ。 それは、脳内においては、機能の削除・低下として現れる。
現在スマホの普及率を上げるためにやっきになって、50代60代70代のスマホデビューなる情況が現れている。
それでなくとも、各種機能が衰え始める年代である。 そこに来てのスマホの便利機能の利用である。
言葉は大変悪いが、「ボケ」が早まってもいたし方無い気がする。
もちろんこの話は医学的になんの根拠も確証も無い妄想話ではあるが、人も自然界の一部であるのだから、自然界の法則には逆らえない。
自然界は常に最短・最大の効率を選択する。 地震や火山の噴火・異常気象はその時々に自然界の行う、最短・最大の動きであり、どこかに必ず深い意味合いが含まれている。
毎回のように妄想を絡めた記事ですが、少なくとも携帯電話が爆発的に普及する前の日本人は、より深く物事を考え、記憶力も良かった気がする。
もちろん携帯端末の普及により便利になった側面も多々あるが、便利さの影で失われる機能もまた多いのではないだろうか。
時折、住所録に収納されている電話番号をいくつ思い出せるかなどを検証してみてはいかがだろうか?
一度失われた機能を回復させるには、膨大な努力が必要になる。 それは自然界を眺めてみれば容易に答えが見つかる。
さて今日は気が付いた事を書いてみます。 この話も何度かは書いていますがね。
便利なツール、そして政府政策?により異様なまでに普及されているツール・・・スマホの事である。
結論(妄想的)から先に書くと、50代より上の方々は、ガラケーから始まった便利ツールにより記憶力が極端に低下したという話だ。
もちろん、常日頃特殊な訓練をしている方々の話ではない。ごく普通に生活をしている一般人の話である。
以前にパソコンの普及により、漢字が書けなくなった話を書いた。 これは毎日、毎日、スマホや携帯電話、こうして書いているブログでさえも人工知能が予測変換をしている。
誤字脱字、その他等々、無意識に変換項目から適切な変換を選んでクリックするわけだが・・・。
目で見て、選んでクリック・・・。この動作は「パブロフの犬」、条件反射である。 時間の制約のある「ライン」なる短い文節では、さらにその様相は顕著になる。おいらは、スマホが無いので無縁ではあるが・・・。
それでも、目で見て選んでクリック(エンターキーをプッシュ)は同じである。
手紙は違う。 手で書く、手間と時間をかけて手で書く。それは目で見て指を動かし、脳で多くの神経伝達経路を使う事になる。 もちろん時間は必要。
その過程においては、AIから与えられる選択肢は存在しない。 自分の脳内にあるオリジナルな選択肢や記憶に基づいて、手を動かし、文字になる。
すでにこの機能はオイラでさえも失われてきている。
さらに、10代。20代の頃は、10桁の数字の羅列・・・簡単に言えば、電話番号を瞬時に記憶できた。
もっとも、メモ用紙に書いた瞬間に消えてしまうのだが・・・。
そしてまた、自宅や友人、親戚や会社など大切な番号は10個くらいは軽く記憶していたものだ。
ところが今はどうだろう。自分の携帯電話の番号さえも自信がない始末である。
携帯電話やスマホの電話帳・・・非常に便利な機能だが、そこにデータとして保存されているという安心感から、脳の記憶から削除されているのである。
以前にも書いた。 自然界はとても合理的。常に最短・最大効率の選択肢を選ぶ。 それは、脳内においては、機能の削除・低下として現れる。
現在スマホの普及率を上げるためにやっきになって、50代60代70代のスマホデビューなる情況が現れている。
それでなくとも、各種機能が衰え始める年代である。 そこに来てのスマホの便利機能の利用である。
言葉は大変悪いが、「ボケ」が早まってもいたし方無い気がする。
もちろんこの話は医学的になんの根拠も確証も無い妄想話ではあるが、人も自然界の一部であるのだから、自然界の法則には逆らえない。
自然界は常に最短・最大の効率を選択する。 地震や火山の噴火・異常気象はその時々に自然界の行う、最短・最大の動きであり、どこかに必ず深い意味合いが含まれている。
毎回のように妄想を絡めた記事ですが、少なくとも携帯電話が爆発的に普及する前の日本人は、より深く物事を考え、記憶力も良かった気がする。
もちろん携帯端末の普及により便利になった側面も多々あるが、便利さの影で失われる機能もまた多いのではないだろうか。
時折、住所録に収納されている電話番号をいくつ思い出せるかなどを検証してみてはいかがだろうか?
一度失われた機能を回復させるには、膨大な努力が必要になる。 それは自然界を眺めてみれば容易に答えが見つかる。