福祉亭日記

日々の出来事を更新していきます.

遠来の客

2012-09-30 06:45:50 | 日記
懐かしいかたが、みえた。
奥さまのご病状から、NTを大急ぎで離れられ、やがて見送られ、今は、お一人で介護つき施設で過ごされている。
少し、前傾姿勢になられたけれど、変わることなく、お元気なご様子。
月に一度のお酒の会の創始者。
88?歳さん。
毎月、ご夫妻でみえ、にこにこと、会をまわされていた姿が懐かしい。
「だんだん元気になる」とにこにこ顔のまま、早めに諏訪市に戻られた。
見送りぐみは、その言葉で、やっぱり、にこにこ。
何度も握手。

夜のNHKは吉田茂首相のドラマ。
もう先に逝かれた、吉田邸で、晩年の元首相の看護婦をされていたかたのことも思い出される。
小さなお身体のかたでした。
毎日、毎日、福祉亭にみえました。

体調は最悪にもかかわらず、ひたすら、日本という国のために力を注ぐ姿がドラマチックに、描かれている。
あの時代を生きた歴史上の人物たちが次々と登場する。
画面の中に看護婦の姿はないけれど、この健康状態を支えられたのか!!と、ますます、その仕事の重さ、立つ位置のすごさに感服。
それにしても、いろいろ思い出話を伺ってきた。
今の天皇ご夫妻が、ご結婚のご挨拶に吉田邸を訪れられた時のお写真も見せて頂いた。
思い返すと、日常生活レベルのお話ばかりだった。
天下国家のことで、(頭の中は)一杯なので、一切の無駄なお話し、おしゃべりは、ゆるされなかた・・お天気の話しもダメ・・などと。
守秘義務に類するお話をなさることは、なかったことに、ふっと、気付かされる。
その聡明さに、改めて、思い至る。


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多職種協働って

2012-09-29 06:36:57 | 日記
多職種協働・・
包括ケアに、大事とされていて、ケアカンファレンスとか、ケアマネタイムとかが取り組まれている。
医療と介護以外でも、円卓会議とか、ネットワークづくりとか・・ありますよね。
何か「事」を多角的にとらえる時に有効なんですよね。
でも、忙しいみなさんが、世間ばなしや立ちばなしレベルの話しに時間を割くことは難しいですから、ここを効率よく、有効にこなそうと思うと、誰かが事前の準備や、ハナシのまとめをしていかないといけない。
事務局というものが。
人数が多くなると、よけいに、日程調整だけでも、手間取る。
だから、つい、まあいいか・・ということになりがち。
15分カンファレンスというものもあるらしいのですが、地域レベルのカンファレンスとしては、これも、なかなか。
狭い範囲の移動でなくなるし。
移動の時間を考えるとなあ・・・。
テレビ会議とか、フェイスブックとか・・もあることは、ありますが。
現実的には、ないし。
一番のネックは、仕事か、仕事でないか・・の、仕事モードだと時間を割ける、忙しぐみさんたちの「躊躇する何か」・・かも。

23区の福祉系NPO法人の「新しい市民社会の構築」というフレーズに脱帽!!だったんですが、NTにこれを、構築するには、何をどうすれば・・
でも、「始めの一歩」は、ささやかに始まるもの。
小さな一歩から。
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フランスから

2012-09-28 06:38:32 | 日記
パリからのお客さま。
最初のご連絡は、福祉亭前を通りますので、よろしく・・だった。
それなので、注目度としては、中くらいに設定していた。

定食づくりが、軌道にのり、全体がまわっている。
お味噌汁用より、もう少しお安い味噌を買いにスーパーへ。
用途によって、調味料を使い分けているんです。
えらいでしょ?
スーパーは、福祉亭の食糧庫。

戻ると、福祉亭前に、人でいっぱい。
おっと、忘れていた!!
首都大チーム。
事前のお知らせは、7名!!
おっと~~!!
フレンチ?イングリッシュ?
お客人を前に説明されている言葉に耳をそばだてる。
イングリッシュ。
ティータイムにしてくださるという。
そおッ!!
バタバタ・・が始まる。
ちょうど隣の高層棟からみえていた92歳さんが、にこにこ顔で接待を、自然に引き受けられる。
イングリッシュは、できれば使いたくないぐみのワタシたちは、つい、寡黙。
だらしなく、にこにこ外交。

日本語で通せる立ち位置を見つけて、やっと、質問。
パリにある首都大学?のみなさん。
パリの郊外にあたる都市は、まだ、ニュータウン建設の意欲が旺盛。
新幹線も計画中。
人工減少は、まだ、見られず、バランスがとれている。
移民が多く、そのみなさんが、郊外に住まわれる。
経済も良好。

記念写真を・・ということになり、外へ。
お客人の女性教授がシェイク ハンズ。
やっと、文字通り、手ごたえ・・・ハンズオン。
その後、諏訪2丁目めざして、NTウオッチングに出発されました。
総勢14名でした。
後ろ姿を見送って、やっと、知っているフランス語を思い出しました。
メルシ ボク-!!




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未来は・・・

2012-09-27 06:03:19 | 日記
ベルブぜみの秋の講座の内容検討。
事前に講師の先生から送られている内容案。
なかなか手ごわい講座内容。
話題になった数冊の本をベースに、講座が組み立てられている。
すぐ決まるかと、思いきや。
議論はヒート。
アチッちちち・・・

もっとも、ヒートアップしたのが、タイトル。
高齢期は、「残された未来」か、単に「未来」か・・
譲れないと、82歳さん。
インパクトを与えると思われる「残された」のほうを主張される。
根底に大学教授が作られたシラバスに、手を入れていいのか・・と、下の世代とはまた、違う大学教授像が根底におありの節も。
それと、日本そのものの「未来」なるものが、輝き続けるのかどうか・・という大きな懸念もおありなのが、言外に感じる。
特に、今のところ、うたた寝気分の団塊世代に大きな懸念を感じておられる。
メンバーのおおかたの空気は、その主張に対して、どっちでもいい・・
とはいえ、それでも、自由に意見は述べらるのが、良いところですから、つい、いろいろな角度で、意見を出してしまう。
だから、ますます、収束しない。

ワタシも団塊。
団塊としては、すでに、覚悟を決めている。
生まれた時から、大人数のメリットもあったかもしれないけれど、背負うリスクも十分認識している。
在宅で、野垂れ死ぬ・・・そういう自らの「未来」を既に、受けいれている・・と申し上げても、納得されない。

昨日の打ち合わせの場面にこぎ着くまでは、80歳さんが、ヒートアップした講座。
先輩たちのあふれ出るエネルギーに触れる。
さあて、険しい未来に向かってGO!・・という講座がヒットするかどうか。

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植え替え

2012-09-26 07:07:04 | 日記
雨が続き、実は、にっこり。
植物が息を吹き返すからです。
よく、あの猛暑を耐え抜いてくれたものです。
雑草は、ますます、背丈を伸ばして、すくすくと成長。
いささか、ため息が出ますが、生命力という点では、文句なく脱帽です。

夕方の時間を使って、八王子の障害者団体からの花苗を植え替えする。
なにやら、見たことのない、色鮮やかな洋花。
名前もわからないまま。
花壇も雑草がのびのびと生い茂り、思った以上の手間。
雨上がりなので、気持ち良い土の感触。
雑草の間に黒い土が、くっきり、顔をのぞかせる。

夕暮れまでの時間は短く、いつの間にか、日が落ちる。
ちょうど、その時間帯は、保育園のお迎え時間。
何人もおちびさんが、声をかけてくれる。
「保育園の先生ですか?」
「何をしているんですか?」などと。
「虹の会よ」と答えると、みな、「あ~~!!にじのかい・・・」と、幼いながらに、知っているふう。
ほんとかな?
かわいい。
でも、おちびさんの相手をしているヒマもなく、とにかく、作業を進める。

暗い中、地べたに這いつくばり、うろうろしていると、福祉亭のボラさんが通りかかる。
お手伝いしてくださる・・という。
春の植え替えの時も、たまたまバッタリ出くわして、お手伝いしてくださった。
遠慮するのに、いいわよ、いいわよ・・と。
一人より、二人です。
なんとか、植え替えも終わりました。

明るい中で、まだ、見ていませんので、楽しみと、心配。
花の色が暗闇で、まったく、判別できないままの植え替えになってしまいましたから。

友人からのメールが早速・・花の名前は、ペンタスかもと。


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びっくり

2012-09-25 06:10:00 | 日記
夜の福祉亭で、びっくり。
宝くじを買うようなもの・・と。
何を?
良い介護。
高知の心地よい風にあたり、さあ、がんばるぞ!!と、気分はサイコ~!!だったんですが。
ギャフン!!
よくよく考えてみれば、まあね、そのとおりですかね。
全国レベルでのトップバッター的な事例の数々。
理論、理屈もしっかり、プレゼンも得意技のみなさんの発表。
その理論、理屈で、現実にどう影響を与え、現実を変えていっているかは、宝くじに当たるようなもの・・だと。
冷静な視線。
まあね、お相手は、ドクターですから。
でも、点のような事例でも、日本のどこかで、幸せ気分の最期を迎えたり、迎えつつあるみなさんが、いる・・ということですから。
事例の一つが、ネズミ算のように、広がる、広がらせる機会が、全国大会ですよね。
早々にあきらめることも、ありません。

だって、それに、どう考えても、今の国の財政事情も、これからの高齢者人口の推計からも、とにかく、甘い考えは捨てなくてはいけないことだけは、確かですから。
やりとりした最後は、それぞれお互いに、次のステップを見いだせました。
これが、大事です。

それに、夕方、杖をついたご高齢者が、「○○さん(ご利用者)に、大したものはないけれど、行ってみたら・・って、言われて来てみたんだ」って、福祉亭を尋ねてくださったんです。
でも、あいにく、定食は、大人気で、何もかも出払ってしまっていたのです。
「スーパーで、何か買っていくよ」とそのかたは、杖をついて、立ち去られました。
そう、どんなにワタシたちが、大奮闘しようとも、大したものは、出せません。
でも、そう言いながら、定食に心を寄せてくださっていることが、よくわかりましたから。
日常は、淡々と、何事もないかのように過ぎ去ります。
その日々を、どう、サポートしていけばいいか・・は、もう、なんとか、わかってきましたから。






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やっぱり、さっぱり

2012-09-24 05:40:23 | 日記
永フェス2日目。
夜中から大雨。
また!!
お祭りの大雨。
ワタシたちは、館内なので、雨でもやる・・
それは、当然。
ところが、外のテントも舞台も、元気にお祭り!!
もっと、驚いたのは、お客さんたちも大雨の中、傘さして、舞台にエール!!
天気のよい時に比べれば、もちろん、少人数ですが、すごいですねえ。
館内も、熱気にあふれていました。
地域にどのくらい定着しているか、よく、わかります。

「めかい編み」は、やっぱり、さっぱり「わからん!!」
ここ3年主催しながら、未だに、ダメ。
でも、すごいこともあるのです。
3年前の「地域ふれあい」のめかい講座の時、もう、人数も一杯で、お断り状態なのに、無理無理、顔見知りなのをいいことに、「参加させて」と言ってこられたかたが、実は、昨日の講師役。
永フェスは、講師料が出るところがないので、強引にお願い!!状態の、お一人の講師と、二人三脚。
しかも、その講師は、右手がどうも使いすぎで、手が腫れてしまう病気になられていた。
そこで、エイや~~と、講師役。
この集中力が、ほんとに立派です。

相変わらず人気の講座なのですが、見ているのと、やってみるのとは、大違い。
四苦八苦。
でも、だから、やり続けることが、大事・・・ということなのです。
伝統技能の伝承って、た~~いへん!!ってことですね。


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公共政策

2012-09-23 04:46:06 | 日記
公共政策とコミュカフェ・・・の話しでした。
休日を使って、何を今更と、いくぶん自分自身の行動に、呆れ顔。
出かけた先は、中野。
記憶の中とは、大違い。
駅前から区役所までの道は、活気に溢れている。
いろいろな見知らなかった街を歩くことが、近頃、楽しみになっている。
それぞれの街の努力が、よく見える。
財政難、少子高齢化、街の活性・・抱える悩みの多い今、各自治体がどこに、どう力を入れているのかが見える感じがする。

休日、区外からの参加者を含め、庁舎の会議室を使えるなんて!!
それも驚き。
ダブルチェックでしたが。
休日出勤の職員とも乗り合わせるEV・・の光景でした。

いくぶん、古いスクリーンが、ちょっと、おかしかったのですが、お話しの内容は、実に、しっかりしていました。
「公共」が「公共サービス」になっている・・それは、よくない。
「公共」とは、属性を問わず、一定のエチケットとルールを備えていると判断されれば、入ることのできる「場」「空間」・・だと。
リスクを背負ってやる人は誰か、早期に自覚する。
リスクを背負う人は、自分の個性を前面に出して、周囲は、それを支える。
将来は一人、今どんな努力をるか・・。
担ってくれる人を発掘する場が、コミュカフェ。

公共哲学が、ご専門という。
哲学かどうか・・・。
実践者の言葉でもありそう。
書き留めておくことにしました。
頭の中にも。











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ちょっと、早過ぎ

2012-09-22 07:14:35 | 日記
猛暑もやっと、立ち去ってくれて、涼しい。
涼しくはなったけれど、日中の暑さは、まだまだ、冷房なしでは過ごせない。
陽射しの強いこと!!
北極の氷が、三分の一減少のニュースも、どこか、納得。

10年前の確か7月のある朝、テニス姿で、福祉亭の張り紙を見上げておられ、お声かけすると、「この店は、なんの店なのかなあと、思って」と。
すぐ、その昼には、福祉亭にテニスのお仲間を誘って来てくださり、そのまま、長いお付き合いが始まったご利用者さんが、亡くなられた。
赤ワインがお好き。
何度も、何度も、へべれけになるまで、酔っぱらわれている姿を拝見している。
インシュリンを打ちながら。
ご自宅のソファで、ご家族が、数時間留守にしておられる間のことだと。
何度か、入院もされていたのに、いっこうに改めることなく、お仲間たちとテニスも、お酒も楽しまれていた。
ですから、たぶん、大満足の最期だったとは、思いますが、ちょっと、早過ぎ。

定食づくりの真っ最中、そのお知らせを頂いた。
入っておられるボラさんたちと、そのかたのお話しをするには、みなさん新しい。
自然に、無口に。
変化に気づかれ、周囲がそれに反応してしまっているのに、抜け出せない。
定食の注文が、次々に入り、やっと、抜け出す。

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「S」

2012-09-21 05:35:26 | 日記
シフトができていない!!
朝、ボラさんが、みえて、準備にとりかかっても、まだ、気が付かない。
9時半は過ぎ、立ち上げが一段落して、まなかいコーヒーが出てくる頃になって、やっと。
一人お休み!!・・・と気が付く。
ボラさんも、それぞれ、午後の予定をかかえておられる。
午後遅くみえるボラさんに、早出してもらおう・・ということになって、名簿のあるところに。

ノートを探す。
ない!!
えッ?
あちこち探し回る。
ない・・・

何事につけ、まず、探し物から・・
たいていは、ジブンが動かして、定位置に戻し忘れ・・・が、原因。
でも、名簿は、どうも、動かした記憶がない。
動揺が、身体全体に。

福祉亭の中枢に位置するもの。
ノートの表紙には、「S」とおまじないのように、書かれてはいる。
「S」の割には、その扱いになっていない・・ことの露呈。
両手をしばられたようなもの。
両足もかも・・
ヒエ~~~~!!

ぐずぐずした気持ちてボラさんに打ち開ける。
「○○さんなら、携帯にはいっているわよ~」
なんと幸運。
ボラさんの携帯に連絡先があったんです。
いや~~、良かった。

結局、名簿は、見つかりました。
どなたかが、定位置から、こちらのほうが、「S」にふさわしいでしょう・・と考えられたようで、別のところに、移してくださっていました。
やれやれ。



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やっと、目覚める

2012-09-20 05:59:46 | 日記
9月から、食材費の曜日別を出すことになっていた。
7月の理事会で決まった時は、できるかなあ・・と。
やってみると、曜日の数字にいれるかどうか、迷うものもあるけれど、なんとか、押さえられる。
時々、これは??というような数字が出ることがあるけれど、おおむね、どの曜日も、努力されていることが、わかる。

やっているうちに、数字の押さえ方もわかってくる。
食材のおよそ3倍の売上が、デッドライン・・ということも知る。
食材比率は、売上とのバランス。
どちらも大事。
この押さえが終わったら、曜日調達の食材以外の共通食材費も押さえなくては。
・・・ということも、分かってきた。

10年たって、やっとの目覚め。
遅すぎてないといいのですが。

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戦犯

2012-09-19 05:15:01 | 日記
ラウンジで、おしゃべりしていると、最近加わられたかたが、ふっと、「私も戦犯・・」と、話し始められた。
声も小さく、唐突だったので、語尾が聞き取れなかった。
戦犯とされた・・・のか、
戦犯とされそうだった・・のか、
戦犯なの・・・だったのか。

せんぱん?
ワタシの知識の中では、それは、開戦や、戦争の遂行の責めを負ったかたで、いずれにしても、男性。
それも、立派な風貌と、体躯の。

目の前のかたは、きゃしゃで、もの静かで、無口で、戦争をイメージさせるようなものは、何一つない。
目をまあるくしながらも、お話しに引き込まれる。

新潟のご出身とか。
会社のかたに赤紙がくると、召集の様々な、会社としての手続きに入られ、その事務を担当されていたという。
克明に、その部屋の様子や、事務手続きを記憶されている。
終戦になると、関係書類をすべて、上司のかたと一緒に、燃やされたという。

戦争に加担したもの・・・として、戦犯と表現されたことが、わかった。
あの時代、戦争に加担せず、生きることは、許されるはずもない。
国家総動員法というものがあった時代。
会社という組織が、出征を前にした若い社員の処遇をどう、取り扱ったかを、聞くのは初めて。
「大きな会社だったんですね。なんという会社だったんですか」という問いには、黙された。
未だに、何かあっては、いけないと、社会的な影響を懸念されて、おられる。
事実が持つ力に、圧倒される。

ちょっと、うれしいお話もしてくださいました。
入院中の福祉亭のご利用者さんとも、お知り合いで、「あのかたには、たくさん、生き方を教えられました」と、おっしゃる。
そうか、それはよかった。
昨日は、つい、言い忘れてしまったけれど、「あなたは、戦犯なんかじゃありませんよ」と、そのうち言ってさしあげたい。
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知る

2012-09-18 06:05:28 | 日記
住み慣れた自宅で死にたい・・といつ頃から願うようになったのだろうか。
自宅で、高齢者が亡くなることが、当たり前だったのは、そう遠い昔ではなかったように思う。
35・6年ほど前の祖母の死は、自宅でだった。
両親は、人が亡くなる・・・ことを、経験的に知っていたに違いない。
往診が当たり前にあった時代から、病院で死ぬ・・・が始まっていた時代だったかもしれない。
かかりつけ医は、すぐ、飛んでくるようなことはなく、母を嘆かせた。
老衰死に対して、たんたんと、事が運んでいた

長いようで、短いこの30年あまりの間に、病院での延命治療の果てに亡くなることを、望まないご高齢者や、家族が生まれてきた。
医師も含め、多くの経験が、その結論を導き出したのだろう。
望めば、自宅で死ぬことが可能な時代に、また、なった。

地方都市の家は、空間的にも、恐らく、それが可能。
ニュータウンの街で、自宅での死を可能とする家と家族は、そう多くはないかなあ。
狭い空間で、看取りの数か月を過ごす戸惑いは大きいに違いない。

事例の中に、病院近くの民家が臨終の場として、用意されている報告もあった。
襖があって、畳があって・・
死を迎える心の穏やかさが、病院に比べれば、保たれることを願ってのこと・・という。

長寿社会に対する全国のチャレンジを知る。
市民・研究者・医師・介護職・・が一堂に会して、年に一度。
力や、勇気や、知識や・・・様々なものを頂く2日間。



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知るということ

2012-09-17 07:41:54 | 日記
台風の通過で、雨風が強い高知。
在宅ケアの全国大会。
学ぶことの多い時間を与えられいる。
幾分、西側に偏ってはいるけれど、全国からの事例発表。

基調講演は、ワタミの会長。
介護の世界に関わり、本当によかったと。
高齢者に心をつくし、関わりから生まれる「ありがとう」を喜びとされている。
「オムツゼロ
車いすゼロ
寝たきりゼロ
経管ゼロ」
「この施設は、ご利用者の幸せのためにだけあります」・・と。
施設の玄関に掲げられているという。

認知症の改善に取り組む教育セミナーもあった。
今日は、その市民レベルの取り組みの発表もある。
認知症状の高齢者の身体状況の見直し。
水分量を増やす、栄養量を増やす、運動量を増やす・・それだけで、症状の改善がみられるという。
水分量が、せん妄を軽減する!!
言葉もない。

聞きながら、今年先立たれたかたのお顔が浮かぶ。
こちらの知識不足によって、手をこまねかせ、なりゆきに任せてしまった。
医療や、介護のプロの手に委ねる・・・という言い訳をしながら。
その悔いが、湧きあがる。
福祉亭も多くの言葉を今まで、発信させて頂いてきた。
でも、どれだけのかたのお役に立ったり、力にならせて頂いたことか・・・
よくよく、振り返ってみなければ。
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共に・・

2012-09-16 06:55:20 | 日記
長寿を共に祝う会が土曜日パルテノンで開催。
福祉亭からも、ボラさんやご利用者さんがお手伝いや踊り手として参加されている。
賑やかに、愉快に、盛り上がったことでしょう。
大ホールも市民の手で・・10年前の夢の実現。
大したもの。
「グラン多摩フェスタ」という高齢者が社会と関わりを持ちながら、いきいきと、住み慣れた地域でお暮らしください・・・というお祭りからのスタート。
計画段階からずっと、映像に納めておられたカメラマンの南さんも、こちらの世界を去られた。
過ぎ去った10年の早いこと。
ご高齢者像のとらえ方が、随分、変わった。
自分までが、前期高齢者と括られる。

それで、どうだったのか・・と。
福祉亭の運営と共に、いつも、気には、かかる。
共に・・・の言葉と共に。
祝う会のほうは、全く、情報が送られることもない数年が過ぎている。
この意識したのかしないのかの関係が、周囲をも気づかわす。
申し訳ない。






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