折々の記

日常生活の中でのさりげない出来事、情景などを写真と五・七・五ないしは五・七・五・七・七で綴るブログ。

『バトンタッチ」~子そして孫へ

2007-11-13 | 家族・母・兄弟
              
              孫を抱っこして、『ゴー』と通り過ぎる電車を見守る
              (Kちゃんパパ撮影)

週末、娘夫婦が孫を連れてやって来た。

孫のKちゃんは満1歳を過ぎておちゃめで、愛らしく、可愛い盛りである。
また、自我も芽生え、自分の意思をはっきりと示すようになった。

『これなら、そろそろ、頃合いかな』と思い、予ねて暖めていた思いを実行することにした。

それは、我が家において子、孫の二代にわたって引き継がれている『電車を見に行く』という慣わしである。

孫を抱っこし、歩いて5~6分の所にある私鉄の線路に向かう道々、同行したKちゃんパパに『電車を見に行く』慣わしについて説明する。


そのルーツは30数年前、息子が満1歳の誕生日を過ぎた頃に遡る。

当時は、まだその踏み切りには遮断機がついていて、電車が来ると『カン、カン、カン』と警報音が鳴り、遮断機が左右から大きな弧を描いて降りて来た。この警報音と遮断機が降りてくる様を、まだ言葉が余りままならない息子は、『カン、カン、ジュー』と、また、電車が通り過ぎる様を『ゴー』という声をそれぞれ発して喜びを表すのが常であった。

ご機嫌が悪かったり、むずがったりすると『カン、カン、ジュー』、『ゴー』を見に行こうかと、よく電車を見せに連れて行った。


それから30年後。

息子に子供が生まれた。小生にとっては初孫である。

その初孫のKくんが1歳を過ぎた頃のこと。

帰省していた孫を、息子の時と同じように抱っこして電車を見せに連れて行った。(この時は、残念ながら『警報機』も『遮断機』も撤去されていた。)

この時の体験が、よほど強烈だったのだろう、Kくんはすっかり電車が気に入ってしまい、その後は我が家に来ると必ず、『じいじ、<ゴー>見にいこう』(息子と同じように孫も『ゴー』と言っていた。)とせがまれて、よく電車を見に行ったものである。

Kくんは、ドアが開いたり、閉まったりする様子が特にお気に入りで、身振り、手振りを交えた片言言葉で真剣に小生にその場面を説明してくれるのであった。
また、駅員さんが発車を知らせる笛を吹くのが面白いらしく、『じいじ、ピー』だよ、とその音を真似て喜んでいた。

線路際のフェンスの金網にしがみついて『ゴー』と走ってくる電車を食い入るように見ているKくんの小さな後姿が今もまぶたに焼きついている。


              
              フェンスの金網にしがみついて電車を見る孫のKくん

そして、時折上りと下りの電車が音を立ててすれ違うのを見て、目を輝かせていた。
『ほら、Kくん電車がすれ違ったよ』とその都度話してやったせいかKくんは、幼児にはちょっとむずかしい『すれ違う』と言う言葉と意味を早めに覚えてしまった。

また、或る時、しばらくKくんを我が家で預かったことがあったが、その時は二人で首都圏近郊の電車―山手線、中央線、、総武線、埼京線、武蔵野線、湘南新宿ラインなどのに乗って、電車が到着したり、発車したりする様子をビデオ撮影して1日を過ごしたこともあった。



埼京線武蔵浦和駅のホームから入ってくる電車をビデオで撮影


Kくんは、小さいながらもこの時のことを覚えていたようで、ママによれば、ちょっと前まで、このビデオを時々家で見て楽しんでいたらしい。
『余ほど、この時のことがうれしかったんでしょうね』とはママさんのコメントである。

その孫にも弟ができ、二人とも大きくなって今や小学1年生と幼稚園の年長組である。
最近は、我が家に来ると『山手線に乗って、池袋、新宿方面に行こうよ』と生意気を言うようになった。
もうそろそろ、『電車は卒業』の年頃に二人とも差し掛かっているようだ。


そんな矢先に、娘の子供が満1歳を過ぎ、そろそろ電車に興味を持っても良い年頃となったのである。
じいじとしては、この日が来るのをひたすら待ち望んでいた訳である。


『ゴー』とすごいスピードで目の前を電車が通過していく。

小生に抱っこされた孫の体が一瞬こわばったように思えたが、目の前を猛スピードで通り過ぎていく電車の動きを大きな目を見開いて追っている。
そして、電車が通り過ぎて行った方向を指差して、しきりに言葉にならない声を発している。

かくて、記念すべき『電車初お目見え』は、手ごたえ十分であった。

今は、抱っこであるが、そのうちよちよち歩きで手をつなぎながら、そして、次は走り回りながらと月日を重ねながら孫との『電車見物』は、これからもしばらく続きそうである。


(なお、もう一つ我が家には、子・孫へと受け継がれたものがあるが、それについては06・7・19付けブログ『子・孫二代の子守唄』に掲載した。)