自在コラム

⇒ 日常で観察したことや環境問題、金沢大学での見聞、マスメディアとインターネットについての考察を紹介する宇野文夫のコラム

★目奪う花、風通しよい館

2005年06月30日 | ⇒キャンパス見聞
   金沢市鳴和地区を歩いていると、歯科医院の前庭の花が美しかった。花の名前は分からなかったが、つい見とれてしまい、バスに乗り遅れてしまった。花の世話好きの歯医者さん、きっと近所に好かれているに違いない、と思った。


                 ◇
   金沢大学角間キャンパスの創立五十周年記念館「角間の里」は古民家を再生した建物である。最近分かったことだが、夏は風通しがよい。谷あいにあり、山から下りてきた風も、谷を上る風も通るのである。風が通るから湿気がこもることが少なく、この家が何百年と持った理由が理解できるような気がした。

   風通しがよいのは、何もこの古民家だけではない。学内も風通しがよい。少々会議が多い気もするが、これも通気をよくする一つの方策なのだろう。ただし、学内の情報が学生に向けて風通しがよいとは言いがたい。学生はポスターを見てくれているのだろうか。チラシを配っても学生の手が伸びない。シンポジウムの参加を呼びかけても、学生の数が少ない。何か風の通りが悪いのである。

   そこで、思案した結果、生協食堂の館内放送設備を使って、「ミニ放送局」をつくる計画を練っている。週二回、音声のみのインフォメーションである。大学の放送研究会も協力してくれることになった。情報の通りがよくなれば、学内はさらに活気づくのではないか。すっきりしない梅雨、季節の話題と感じてもらえばいい。

⇒30日(木)午後・金沢の天気 雨
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☆ブログはメディアか

2005年06月28日 | ⇒メディア時評
  よく尋ねられる。「ブログはメディアになりうるのか」と。総務省の推測だと、2005年3月末時点の国内ブログ利用者数は延べ335万人、アクティブブログ利用者(少なくとも月に1度はブログを更新しているユーザ)数は95万人、2007年3月末にはそれぞれ782万人、296万人に拡大する、と。ブログ市場はさらにすさまじい。去年の34億円(関連市場含む)から、2006年度には1377億円(同)に達すると見込んでいる。確かにメディアは情報の流れという側面を持つので、これだけ勢いが増せば一つのメディアになる可能性が出てきたと言えなくもないが、私は率直に言って、「金にはなるが、メディアにはなれない」と思う。

   「メディアになれない理由」はクレジット(信用)の問題である。これをメディアと思うか思わないかは最終的に閲覧者が判断することであるが、果たしてブログにクレジットが保証されているか、これは否である。ブログは既存のメディアより自由な発言が手軽にできるし、ある意味で、草の根の市民が記述する一次情報でもあり魅力的ではある。が、情報の信憑性を裏付けすることは難しい。テレビですらいまだに情報を発信するメディアというより、エンターテイメントの単なるツールと見られる向きが強い。

    ただし、ブログも変化していくだろう。たとえば、ドキュメンタリストやジャーナリスト、お互いが信頼しあえる市民、ビジネスマン、研究者らが集い「専用ブログ」を構築し、質の高さを保つ努力をするのであれば、評価を得るサイトになるだろう。そうなれば、ブログ本来が持つ一次情報に限りなく近い、従来のメディアにはない価値を有したメディアになる可能性もある。

    現在、ブログを提供する事業者は110社余りと言われている。サービスが基本的に無料であり、ビジネスモデルは大丈夫かと懸念されたりもしている。今後、ブロガーが事業者の選別を行い、ブログのリストラクションも起こるだろう。その過程でより進化していくのではないか。

    私個人で言えば、ブログの画面に事業者が勝手に出会い系サイトのバナーを貼り出したら、別の事業者に乗り換えることにしている。書き手は事業者が考える以上に信頼性や著作者意識にこだわるものだ。ブログの価値を高めるということは、簡単に言うとこういうことなのだ。

⇒28日(火)午前・金沢の天気  曇り
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★テレビ業界の歴戦の兵

2005年06月27日 | ⇒メディア時評
  自分自身を評するに、短距離ランナーだと思う。ダッシュは速いほうだが持続力に難があり、マラソンランナーのように数時間も走りぬいて沿道をわかせることはない。人生も同じで、一つのことを極め、業界を長く生き抜く達人がいる。私が尊敬する東京の森川光夫さんはそんな人だ。10年来、師匠と仰いできた。テレビ業界の音楽プロデューサーの草分け的な存在である。

  前の職場、北陸朝日放送で初めてクラシック番組を手がけた。朝日新聞・浜離宮ホール(東京)で演奏されるオーケストラ・アンサンブル金沢の「モーツアルト全集」を収録し、番組にした。番組はシリーズ25回、5年にわたった。このシリーズを始めるに当たって、テレビ朝日「題名のない音楽会」のチーフディレクターから「私の先生です」と紹介されたのが森川さんだった。70歳はゆうに過ぎた人だが、現在でも楽譜を読みながらカメラのカット割りを緻密に組み立てる名人である。酒も強く、眼光が鋭い。権威ぶった人が嫌いで、馬が合った。

  その森川さんに転職の挨拶状をしたためたところ、後日、素敵な絵はがきが届いた。何度も読み返し、日々の糧にしている。

   「お葉書ありがとうございました。一つの山の頂上を極める間もなく、更に奥なる山に意義を見出して突進して行かれるご様子。この貴兄らしい踏ん切りのよい転進に心からの拍手を送る次第です。これまでの感性的な仕事の蓄積と、新しいアカデミックで社会性の強い仕事の融合はきっと魅力ある納得のいく世界が開けてくることでしょう。ご自愛の上、個性溢れる人生を営んで下さい。又いつか、折りがあったらお会いしましょう。」

   森川さんの鋭さは、「新しいアカデミックで社会性の強い仕事の融合はきっと魅力ある納得のいく世界が開けてくることでしょう」の一文で判る。「金沢大学の地域連携コーディネーター」としか自己紹介をしていないのに、この仕事の意味と意義をここまで洞察する人なのである。テレビ業界を生き抜いてきた「歴戦の兵(つわもの)」とはこんな人物像である。

⇒27日(月)午前・金沢の天気  曇り
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☆眠りにつく夏

2005年06月26日 | ⇒キャンパス見聞
  古民家を再生した金沢大学「角間の里」で活動する人たちの数が格段に増えた。きのう25日も、水菓子を作り、棚田の小屋を造り、遊歩道の整備、ホタルの観察会と実に150人余りが活動を繰り広げた。それらの活動を記録しようとカメラを携え自転車をこいだ。

  古民家は井戸水と似たところがあって、夏涼しく、冬は暖かい。外気は30度は超えているものの、家の中は風が通って涼しい。エアコンはいらない。天然の風で十分である。ふと板場の部屋を見ると、イ草の座布団を並べて男の子が気持ちよさそうに眠りについていた。この子はどんな夢を見ているのだろうか、そう思わせるほど、「見事な眠り」だった。


   この子が眠っていたころ、キャンパスの裏山にあたる、通称・キタダン(北谷)では、大人の「よいとまけ」の声が谷あいに響いていた。棚田に休憩所と野鳥の観察を兼ねた小屋を造るためである。大勢で重い槌(つち)を滑車であげおろしし、地固めを行う。かけ声で力を合わせないと、この重い槌はあがらないのである。普段使ったことのない筋肉を使うので重労働だ。

   市民ボランティアの人たちは言う。「大学でボランティアができることにとても意義を感じている」と。ありがたい言葉である。では、大学人はどんなことに存在意義を見出すのか。それは、未来の人づくり、子供たちへの教育である、と私は考える。子供たちの未来のために大人が存在するのである。

しかし、どうもその道理が逆転している。きのうのニュースで、国と地方の「借金」が1000兆円にのぼったと報じられた。誰がこの天文学的な借金を返済していくのか、60年国債を無責任に乱発して、その肩代わりを未来の子供たちにまでさせようとするのか。子供たちに責任はない。理不尽な話である。もし、その子供たちが大人になって「国を出よう」と言い始めたら、日本という国は一夜にしてデフォルト(債務不履行)に陥ってしまうではないか。

   よく寝る子は育つ。熟睡は健全な証拠である。この子たちが目覚める前に、大人たちは膨大な国の借金の始末をつける必要があるのだ。

⇒26日(日)午前・金沢の天気  晴れ
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★続・古民家のアーキテクチャー

2005年06月25日 | ⇒キャンパス見聞
   さる6月6日、文部科学副大臣の塩谷代議士が金沢大学の自然科学系図書館、自然科学棟、そして創立五十周年記念館「角間の里」を視察に訪れた。林学長から塩谷副大臣に紹介をいただき、私は塩谷氏と会話するチャンスに恵まれた。

(宇野)「民間のテレビ局から転職しました。よろしくお願いします」
(塩谷)「ほお、珍しいね。ところで、この古民家はあと何年持つのかね」
(宇野)「建築家はあと百年はかたいと言っています」
(塩谷)「百年か、百年たったら周囲の建物はないな」
(宇野)「それもそうですね…」

   ほんの二言三言の立ち話だったが、塩谷氏の言葉は印象深かった。コンクリートの耐久年数は50年か、よく持ちこたえて60年である。百年もたてば今ある大学の周囲の建物はなくなって、この館だけが残るだろう、塩谷氏はそう言ったのである。


   私はいま50歳である。余命は30年余りだろう。私の死後20年か30年たって、この古民家を再評価する動きが出てくる。大学は再び総合移転する必要性に迫られ、この家の処遇をめぐって、どう評価するかという論議である。その時、この家に関するインターネット検索が行われるだろう。するとこの家について記した私の「自在コラム」がインターネットの海底深くからサルベージされるはずである。以下は後世の人に贈る私の備忘録である。


   私はこの家で人生のある時を刻んだ。この意味で私はこの家のファミリーの一員である。この家の懐に抱かれるようにして時を過ごし、人と出会い、夢を語り、人生に悩み、そして生きるすべを考えた。私がここにいるだけでどれほどの人が訪ねてきてくれただろうか。私を訪ねてきてくれたのではない、この家を訪ねてきてくれたのだ、と思っている。

   学生時代にインド哲学でリーインカーネーション(輪廻転生)という言葉を習った。この家の価値を認める人がいる限り、この家はまた再生する。50年後、60年後の再評価の声というのは、この家を再生させるための呪文に過ぎない。私はそのことを「リーインカーションの調べ(旋律)」と仮に名付けた。この家、老翁のつぶやきが聞こえる。「私はもう300年も400年も生きている。もう死なせてくれてもいい。どうしてももう一度というのなら、今度は海の夕日の見える丘の上に建ててくれ、山里の暮らしが長かったから…」。後世の人はどうか老翁のこの願いをかなえてやってほしい。(2005年6月25日)

⇒25日(土)午前・金沢の天気  晴れ
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☆古民家のアーキテクチャー

2005年06月24日 | ⇒キャンパス見聞
   別に建築美というものを意識して造ったわけではないだろう。人間の知恵の限り合理的に木材を切り込んで組み立てたら、それが建築構造的にも美しく仕上がっていた、と表現したらいいのかもしれない。美の感性ではなく、知恵の美である。金沢大学創立五十周年記念館「角間の里」は白山ろくの旧・白峰村から寄付してもらった古民家(280年)を再生したものだ。完成間近の4月上旬にこの館を見学させてもらった時、何か胸にこみ上げてくるものがあった。昔、この家に住んだことがあったかもしれないと不思議な錯覚に陥ったものだ。それ以来、この家に愛着がわいた。


   冒頭記したように、古民家には知恵のアートというものを感じる。光を取り込む工夫、家の耐用年数を限りなく延ばすための工夫などである。それは環境に応じた自然な発想で、現代の建築家が意識するアートと違って気負いというものがない。上の写真(左)は梁(はり)がむき出しなった2階の部屋である。真ん中を通る照明とマッチしてかえってモダン建築のようにも見える。採光を貪欲に意識した窓。雨天の農作業に欠かせない長く伸びた「ひさし」=写真・下=は、少人数のゼミにはもってこいの空間になっている。

   もともとこの家は養蚕農家で、建築の専門家が言うには岐阜・白川の合掌造りのような3層構造になっていた。それをベースに改築が重ねられたものらしい。築280年というのは白峰村に移築されてからのことで、それ以前は福井の大野か勝山にあったものらしい。つまり、この家の本当の年齢は280年プラス何年かは分からないのである。ただ、合掌造りの名残をとどめるとすれば、それが350年か400年かと私には想像をめぐらすことしかできない。

   一つ言えることは、金沢大学に来る前は白峰村、その前は白峰村の桑島地区にあった。1980年に完成した手取ダムのダム底に沈む運命にあったものを引き上げたのである。さらにその前は石川と福井の県境である谷峠を越えてやって来た。13㍍もある棟木、数知れない柱。運搬のためにどれほどの馬車が峠を往来し、あの急坂に苦しげな馬のいななきがこだましたことだろう。そして、白山ろくの厳しい風雪に耐え、ダム底に沈む運命をかろうじて免れ、そして2005年の春、金沢大学のキャンパスにやって来た。この家の柱についた傷は人々が生きた証である。これを眺めているだけで、この屋根の下で織りなされた何百人という人の人生、暮らし、泣き笑いがまぶたに浮かんでくるようで自然と涙が出てくる。

   私は建築家ではないので専門的なことを語る術(すべ)はない。ただ、カメラを携えていろいろなアングルを撮っているうちに、黒光りする柱に人生で言えばベテランの「いぶし銀」のような生き方を感じ、人として共感する。ただそれを私は美しいと感じる。

⇒24日(金)午後・金沢の天気 晴れ
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★バナナのから揚げ

2005年06月23日 | ⇒キャンパス見聞
   今回の「自在コラム」のカテゴリー選択は実に迷った。果たしてどんな分類か、と。テーマは「ババナのから揚げ」=写真=である。金沢大学「角間の里山自然学校」代表の中村浩二教授(生態学)が「こんなの初めてでしょう」と袋詰めしたものを持ってこられた。インドネシアから帰国した研究生がお土産にと持参したものをお裾分けしていただいたというわけだ。  
アジアの風味 
   妙な味がした。中村教授によると、バナナを乾燥させたものをココナッツ油で揚げたものだそうだ。現地ではいろいろな食べ方があって、生のものを揚げて食する方法も「なかなかのもの」。お土産としては乾燥したものに人気がある、とか。初めて食べた印象は、干し芋を揚げたような食感だと思った。歯触りは軟らかなビーフジャーキーのようでもある。ココナッツ油が胃壁にこびりつく感じがして、量は食べることができなかったが、エスニックな雰囲気を味わうには十分だった。見た目は乾燥したナマコにも似ているが…。

   インドネシアの食品でもう一つ。コーヒーが妙だ。このコーヒーは挽いた粉にお湯を注ぐだけのインスタントなのだが、なかなかお湯に溶けない。そこで、粉をちょっと注ぎ足して飲み、また注ぎ足してと何回でも飲める。そして飲むうちにだんだんと喉がいがらっぽくなってきて、「そろそろ飲むのをやめようかな」となる。これはこれでまた異国情緒たっぷりのテイストなのだ。

   見た目や味で完璧さを求める日本の食品とはひと味もふた味も違うところに新鮮さを感じる。決してグルメの紹介ではない。そして、グローバルに研究交流が進み、人が往来すれば珍しい食べ物も自然に渡ってくる。大学というのは面白いところだ、と言いたかったのである。

⇒23日(木)午前・金沢の天気  曇り
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☆パケット通信料の壁

2005年06月22日 | ⇒メディア時評
   NTTドコモのFOMA端末を使っている友人に電話で、「きのうは見たか」と声をかけたら、「あんなもの恐ろしく見れないよ」と返事が返ってきた。やっぱりそうかと妙に納得した。楽天がきのう21日から、東北楽天ゴールデンイーグルスの携帯電話公式サイトで、フルキャストスタジアム宮城での生中継映像の配信を始めた。FOMAのテレビ電話機能「Vライブ」を使って、試合開始から終了まで配信。きのうの初戦は対福岡ソフトバンクホークス戦だった。

   サービス利用には、球団の公式サイト「楽天イーグルスモバイル」(月額315円)の登録が必要で、ほかに月額300円の情報料が必要だが、友人が「恐ろしくて」と言ったのは、テレビ電話のパケット通信料のことである。何しろ1分間で30円ー70円もかかる。2時間視聴したとして8400円になる。芝生席だった1000円ぐらいだから、その8倍もするというわけだ。楽天は「従来の配信は1秒間6枚ほど。最大12枚の配信が可能で、画像はより鮮明になる」と画質のよさを説明しているが、パケット料金を気にしながらプロ野球を観戦する気にはなれない。携帯電話の1ヵ月の平均的な利用料が8000円と言われているのでFOMAを持っていたとしても普通の人には手が出せない、と思う。

   でも、私は今回の携帯電話でライブ映像を配信するという楽天の取り組みを前向きに評価したい。実は、高校野球地区大会の中継映像やダイジェスト映像(編集済み)を携帯電話で配信できないだろうか、という要望が以前からある。地区大会は多くの場合、テレビ朝日系列のローカル局が実況中継をしているが、県域エリアを離れてしまうと視聴できない。そこで、せめて1分のダイジェスト映像でも手軽に携帯電話で見ることができればというニーズだ。しかし、著作権を保有している日本高野連は携帯電話での動画配信には首を縦に振らないのである。その明確な理由は示されていない。

   そこで、プロ野球の動画映像が携帯電話でも身近になれば、高校野球もそのうちに解禁…と妙に期待しているのである。もちろんその前にパケット通信料問題が解決されなければならない。たとえば、年間3万円程度でパケット使い放題というサービスがあればという話である。パケット通信料や著作権になんとか風穴を開けてほしい。

⇒22日(水)午後・金沢の天気 曇り
  
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★稲はざ立つ里山の夏

2005年06月21日 | ⇒キャンパス見聞
  梅雨は素通りで、真夏かと思うほど気温がぐんぐんと上昇しています。緑に囲まれた、ここ金沢大学角間キャンパスでも随分と暑いと感じます。その夏も通り越して、この「角間の里」ではもう秋の準備も始まっています。下の写真は稲はざ。市民ボランティアの人たちが立ててくれました。縦に立っているのはクリの木、横が竹です。最近はコンバインで一気に刈り取りと脱穀をするので、この稲はざの風情は失われつつあります。



   稲はざの向こうに見えるのが、金沢大学創立五十周年記念館「角間の里」。私のオフィスです。山の斜面の棚田ではモチ米が栽培されており、秋の収穫が楽しみです。刈り取られた稲がこのはざに掛けられ、直射日光をたっぷり浴びた米を蒸して、もちをつくのです。アワやキビも入れます。棚田を復元した人、田で植えた人、稲はざをつくった人みんなで収穫を祝いたい。そんな気持ちで、オフィスからこの稲はざを眺めています。

   今月30日にこの「角間の里」にアメリカのプリンストン大学の学生45人がやってきます。日本語と日本文化を学ぶ学生たちです。板ばりのセミナー室=写真=で車座になり、日本の学生たちと語り合う姿を想像してみてください。そして、市民ボランティアの人たちが「もちつき」をしてくれます。日本の農山村の風景はすでにsatoyamaとして彼らも知っているそうです。この日はmotitukiも彼らのボキャブラリーに加わることでしょう。そしてinahazaも。

⇒21日(火)午後・金沢の天気 晴れ
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☆広告市場にネットの大波

2005年06月20日 | ⇒メディア時評
    先日、ある民放キー局から株主総会(6月29日)の招集通知書が届いた。株式を購入したのは、営業報告書や貸借対照表を通してテレビ業界をウオッチするためである。今回届いたキー局の営業概況を説明しよう。平成16年度の連結売上高は2420億円で前年度比11%増である。アテネオリンピックの効果だ。営業利益は136億円(前年度比108%増)。経常利益は135億円(同130%増)となり、利益率5.5%である。テレビ局をコンテンツ流通業と見なせば、ヤマト運輸の利益率3.9%であり、利益率は悪くない。1株当たりの純利益は7198円、前の年度の4.6倍にも膨らんだ。ちなみに1株当たりの年間配当金は1300円である。

    この内容を見る限り、テレビ業界はいいことずくめのようだが、これから起こるテレビ業界のことをちょっと考えてみる。アメリカではすでにメディア(テレビ・ラジオ・新聞・雑誌・インターネット)の視聴・購読時間の15%がインターネットの閲覧に費やされており、急速にインターネットの広告市場が拡大している。日本の広告市場はどうなっているのか。日本のメディアに投下された2004年の広告費はテレビ・ラジオ・新聞・雑誌・インターネットで合計3兆8574億円である(電通調べ)。そのうちネットは1814億円、ラジオの1795億円で、シェアはともに4.7%だが、金額ではネットがラジオを抜いたのある。近い将来、アメリカ並みにネットが日本の広告市場で伸びるとすると、シェア15%、金額にして5800億円ほどに膨らむと推測できる。

    しかし、全体の広告市場はすでに頭打ちである。金額ベースで1985年を100とした場合、2000年の174をピークに減少しているのだ。つまり、ネット収入が膨らんでいる分、どこかがへこんでいる計算になる。そのへこみはメディアではこれまで新聞とラジオだったが、すでに底打ち傾向である。今後、ネット市場が伸びた場合、どのメディアが割りを食うのかというとテレビ、中でも可能性がもっとも高いのがローカル局なのだ。大手スポンサーは手持ちの広告費を配分する際、東京、大阪、名古屋のテレビ局は外さない。大都市圏での販売シェアを確保したいからだ。ネットに広告費を回す場合、削ることになるのはローカル局への配分だ。事実、99年にネットバブルがはじけてネット関連の広告(PCなど)需要が落ち込んだ時、やはり削られたのはローカルのCM出稿だったのである。

     今後、2006年のローカル地上波のデジタル化が一気に進む。どんな小さなローカル局でも40億円ぐらいの投資が必要となってくる。その投資の波と、ネット広告の拡大の波と重なるのが来年だ。内部留保を吐き出し、デジタル化の投資がひと段落したころに「15%」のネット市場が迫ってくる。系列のローカル局の面倒を見るのは最終的にキー局だ。さらに、アメリカでも起きている現象だが、ヤフーとグーグルの売上高は今年、ABC,NBC,CBSのアメリカ3大ネットのプライムタイム広告収入に並ぶ可能性も指摘されている。キー局と言えども安泰ではないのだ。

     この広告市場にくるネットの大波は日本にも必ずやってくる。テレビメディアのマネジメントが、変化のスピードについていけるかどうか。放送と通信の融合に果敢に挑む姿勢が示せるのかどうか。イノベーションを起こせなければ凋落する。これは自明の理である。自宅に届いた一通の株主総会召集通知書からいろいろなことを考えてしまった。

⇒20日(月)午後・金沢の天気  晴れ
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