自在コラム

⇒ 日常で観察したことや環境問題、金沢大学での見聞、マスメディアとインターネットについての考察を紹介する宇野文夫のコラム

★「テレビ的」ではないが

2018年06月29日 | ⇒メディア時評

   サッカーW杯で2大会ぶりの決勝トーナメント進出を決めた日本代表だが、テレビを視聴していて、0-1でリードを許しながら、後半40分ごろから攻めることなくボールを回し続けた。攻めずにボールを回し続ける光景は摩訶不思議だった。まったく「テレビ的」でなかった。なぜ、自力で突破が決められる勝ち点を狙わなかったのか。不思議な光景だった。そして、視聴する側とすると、もどかしさが心に残ったいのである。こんな画面はテレビ的ではない、と。

   自力突破で勝ち点を狙わず、警告数の差のみで決勝トーナメント進出を狙う。これでよかったのか。サムライならば勝負に出る、それを期待していたのだ。 来月2日(日本時間3日午前3時)、予選3戦全勝のベルギーと日本の対戦(中継はNHK総合)。果たして夜中の3時からどれだけの人が視聴するだろうか。今回の一件で割と覚めた人が多いのではないだろうか。内容のない試合を視聴する価値はどこにあるのだろうか。「結果オーライ」でよいのか。日本人でも考え悩む。

   海外メディアの目線はもっと厳しい。イギリスのBBCはWeb版で「mind-boggling farce」、「あぜんとする茶番劇」と論評している=写真=。元イングランド代表のコメントで「最後の10分はW杯で見たくないものだった」と紹介し、北アイルランド代表の監督の「日本は次戦でボロ敗けにされるだろう」と挑発的なコメントを掲載している。

   確かに日本代表の西野監督は「非常に厳しい選択」と語っていた。そして、「少し後悔はあるが、この状況で自分の中になかったプランを選択した」と。ただ、見方を変えれば、西野監督は稀代の勝負師なのかもしれない。FIFAの発表によると、今回のロシア大会では賞金総額は4億㌦(438億円)とされていて、決勝トーナメント進出を決めれば、1200万㌦(13億1900万円)は確保したことになる。出場する全チームには準備金として150万㌦(1億6400万円)が支給されるので実に14億8300万円となる。もし初戦突破となれば、1600万㌦(17億5900万円)と準備金で1750万㌦(19億2300万円)を確保することになる。グループステージで敗退となっていれば、800万㌦(8億7900万円)と準備金で950万㌦(10億4300万円)だった。勝負を続けることは数字になって現れる。

   今回の試合戦術で西野監督に感謝すべきはテレビ局側かもしれない。NHKと民間放送連盟が共同制作する放送機構「ジャパン・コンソーシアム」がFIFA(国際サッカ-連盟)に払った放映権料は600億円といわれる。64試合すべてを日本で放送する権利料なのだが、前回2014年のブラジル大会に比べ実に1.5倍に跳ね上がっている。600億円の負担割合はNHK70%、民放30%といわれ、特に民放側は回収が難しいとささやかれている。もし、日本代表がグループステージで敗退していれば、とたんにサッカーW杯熱は冷めただろう。ポーランド戦の内容は決してテレビ的ではなかったが、日本代表がなんとか決勝トーナメント進出を決めてくれたのでスポンサーとつながっていられる。民放側はそんな思いだろう、か。

⇒29日(金)夜・金沢の天気   あめ

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☆秀吉の「なまつ大事」

2018年06月22日 | ⇒ニュース走査

      大学で担当している授業「マスメディアと現代を読み解く」で、今月18日に起きた大阪北部を震源とする地震をテーマに取り上げた。20日の講義は「震災とマスメディア(上)」。講義のつかみの一つに豊臣秀吉が体験した2度の地震を取り上げた。学生に紹介した文献は平凡社新書『秀吉を襲った大震災~地震考古学で戦国史を読む~』(寒川旭著、2010)。
       1596年9月に慶長伏見地震があり、このとき秀吉は伏見城(京都市伏見区)にいた。太閤となった秀吉は中国・明からの使節を迎えるため豪華絢爛に伏見城を改装・修築し準備をしていた。その伏見城の天守閣が揺れで落ち、城も崩れた。それほど激しい地震だった。慶長伏見地震にまつわる秀吉の伝説がある。誰かが混乱に紛れて刺殺に来るのではないかと、秀吉は女装束で城内の一郭に隠れていたとか、建立間もない方広寺の大仏殿は無事だったが、本尊の大仏が大破したことに、秀吉は「国家安泰のために建てたのに、自分の身さえ守れぬのならば民衆は救えない」と怒りを大仏にぶつけ、解体してしまったという話まで。災難を通して秀吉という天下人の人格が浮かび上がる。

   慶長伏見地震の10年前にも秀吉は地震に遭遇している。中部地方の広い範囲を襲った1586年1月の天正地震。このとき秀吉は琵琶湖に面する坂本城(滋賀県大津市)にいた。当時、琵琶湖のシンボルはナマズで、ナマズが騒いだから地震が起きたと土地の人たちの話を聞き、秀吉は「鯰(ナマズ)は地震」と頭にインプットしてしまった。その後、伏見城を建造する折、家臣たちに「ふしミ(伏見)のふしん(普請)なまつ(鯰)大事にて候まま、いかにもめんとう(面倒)いたし可申候間・・」と書簡をしたためている。現代語訳では「伏見城の築城工事は地震に備えることが大切で、十分な対策を講じる必要があるから・・・」(『秀吉を襲った大震災』より)と。

   実際にどのような地震の備えが伏見城に施されたのかは定かではないが、秀吉が自らの体験で得た防災意識を建築に取り込んだことが見て取れる。それでも、前述したように伏見城は慶長伏見地震で天守閣などが倒壊した。この地震も今回の大阪北部地震が起きた「有馬―高槻断層帯」の延長線上にある(19日付・朝日新聞)。

   秀吉の「なまつ大事にて候」の一文は時を超えて安政江戸地震(1855年11月)に伝わる。余震に怯える江戸の民衆は、震災情報を求めて瓦版を買い求めたほか、鯰を諫(いさ)める錦絵を求めた。地震(鯰)が治まってほしいと願う、当時の民衆の不安心理を象徴する購買行動でもある。当時の民間伝承の多様な鯰の絵は、後に「鯰絵」という浮世絵アートの一角を築くほど多く描かれた。

   大地震、さらに幕末から明治維新へと激動する時代、民衆の情報に対する欲求が格段に強まる。安政江戸地震から16年後、1871年に「横浜毎日新聞」が日本で最初の日刊紙として創刊される。これが日本のマスメディアの発達の黎明期となる。(※写真は、2007年3月の能登半島地震の被災地=輪島市門前町)

⇒22日(金)夜・金沢の天気     はれ

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★大阪地震、メディアの第一報

2018年06月18日 | ⇒ニュース走査

    あさ午前8時ごろだ。足元がグラグラと揺れた。間もなくNHKで地震速報が流れた。「大阪北部で震度6弱、M5.9」。「やっぱり来たか」と。先日6月7日に土木学会が、今後30年以内に70-80%の確立で発生するとされる「東海トラフ地震」後の経済被害は最悪の場合、1240兆円とする推計を公表してニュースになったばかり。発表した土木学会長が「日本が最貧国の一つになりかねない」と迷言を吐いて反響を呼んだ。足元がグラグラと揺れた金沢は震度2だった。

    テレビメディアは今回の地震でどのような災害報道をするのか、各局をザッピングしながら観察した。災害報道ではまず全体把握をしなけらば概要が分からない。つまり、ヘリコプターによる映像と中継をどこのテレビ局が流すのか。一番早かったのは、やはりNHKだった。8時25分、大阪市北区中之島周辺のビル街や橋、道路などの空撮映像を中継に入れた。途中、中継する記者の音声は何度か途切れたが、崩れたビルや道路もなく、テレビを見ていた全国の視聴者は少し安堵感を覚えたのではないだろうか。

    地震の発生とほぼ同時に飛んで、大阪のど真ん中の上空から中継を入れるのにわずか25分。感じ入った記者のコメントがあった。「私は朝7時から伊丹空港でスタンバイしていましたが…」。朝7時と言えば、誰も地震を想定していない。つまり、NHKは常に震災を想定していつでもヘリを飛ばせるように記者、記者、操縦士をスタンバイしているのだ。NHKは災害報道でダントツかもしれない。受信料を徴収しているので、災害報道にかけるコストが違うのだ。ちなみに民放でヘリ中継の映像を見たのは8時49分、テレビ朝日のモーニングショーで、茨木市上空からの映像だった。

    リアルな緊張した場面もあった。8時58分、NHKのヘリからの中継映像は高槻市の学校のグラウンドに児童・生徒たちが集まっている様子だった。まもなくして、今度は地上からの映像で箕面市の学校のグラウンドに集まっている児童たちをリポートする中継映像に切り替わった。すると、映像に男性が割り込んできた。音声はよく聞き取れなかったが、「子どもたちを撮影しないでください」と。すると記者が「あなたは学校の教員なんですか」と。すると、男性は「そうです。子たちは動揺しているんです」と。確かに、映像では先生が話しているのに、何人かの子どもたちはカメラが気になるのかこちらを向いている。

    学校側の「抗議」を受けて、NHKは素早く画面をスタジオに切り替えた。グラウンドでの映像は誰か個人を特定するようなアップの映像ではなく、取材する側からすれば学校側が過剰に反応していると思ったかもしれない。被災地の現場では、取材する側もされる側も極度に緊張感が高まっていて、どんなハプニングに展開するか予想できない。中継からそんな様子が見て取れた。

⇒18日(月)午前・金沢の天気   くもり    

    

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☆SDGsと能登の尖端、その未来可能性

2018年06月15日 | ⇒ニュース走査

   きょう15日午前、うれしいニュース(知らせ)が入った。能登半島の最先端、珠洲市が「SDGs未来都市」に選定され、けさ内閣府で選定証の授与式があったというのだ。今回29の自治体が選ばれ、授与式に出席した市長に同行した課長は電話で「地域の可能性を拓くためにこれからよろしく」と声を弾ませた。

   「SDGs未来都市構想」は内閣府が全国の自治体から公募していたもので、同市の提案「能登の尖端“未来都市”への挑戦」が採択された。SDGsは国連が推進する持続可能な開発目標。社会課題の解決目標として「誰一人取り残さない」という考え方が基本に込められている。少子高齢化が進み、地域の課題が顕著になる中、同市ではこの考え方こそが丁寧な地域づくり、そして地方創生に必要であると賛同して、内閣府に応募していた。

  同市が提案した主な内容は「能登SDGsラボ」の開設。SDGsの基本施策は、市民や企業の参加を得て、経済・社会・環境の3つの側面の課題を解決しながら、統合的な取り組みで相乗効果と好循環を生み出す工夫を重ねるというもの。簡単に言えば、経済・社会・環境をミックス(=ごちゃまぜ)しながら手厚い地域づくりをしていく。そのために、金沢大学、国連大学サスティナビリティ高等研究所いしかわ・かなざわ・オペレーティングユニット(OUIK)、石川県立大学、石川県産業創出支援機構(ISICO)、地元の経済界や環境団体(NPOなど)、地域づくり団体に今回開設するラボに参加を呼びかける。

  具体的にどのようなことにチャンレンジしていくのか。たとえば金沢大学が現地で取り組み、私自身も運営に関わっている社会人の人材養成プロジェクト「能登里山里海マイスター育成プログラム」のカリキュラムに新たにSDGsのコンセプトを導入する。また、現地で実証実験が行われている自動運転を「スマート福祉」に社会実装する支援。SDGsを取り込んだ学校教育プログラムの開発、世界農業遺産(GIAHS=2011年FAOが「能登の里山里海」認定)の資源を活かした新たな付加価値商品や、「奥能登国際芸術祭2020」に向けた参加型ツーリズムの商品開発を進めていく。国連大学と組んで過疎地域から発信するSDGs国際会議の開催や、県立大学とのコラボによる新たな食品開発など実に多様だ。

  昨年の奥能登国際芸術祭2017の開催をきっかけとして、確かに、地元市民の中には地域を見直す動きや、里山里海を資源としてビジネスモデルを創る積極的な取り組みが具体的なカタチで起きている。また、経済・社会・環境の分野で新たな技術やプランを持ったU・Iターンの人材が集まってきている。同市ではこのチャンスを最大限に活かすステージとして「SDGs未来都市」を用意したのだろう。能登半島の尖端、過疎地の最前線が新たなチャレンジに動き出すことに期待したい。

⇒15日(金)午後・金沢の天気    くもり

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★トランプの赤ネクタイ-下-

2018年06月13日 | ⇒ニュース走査

    やはり、トランプ氏の赤ネクタイは「勝負ネクタイ」だったのか。71歳のトランプ氏が終始、34歳とされる金氏をリードしながら丁寧に対応する姿はまさに勝負師そのものだった。見方によっては、世間慣れしていない息子を諭すように教える老父という感じもした。ワーキングランチ前の記者に向かってのトランプ氏の言葉「Getting a good picture, everybody? So we look nice and handsome and thin? (みんな、いい写真を撮っているかい?かっこよく、細く見えてるだろう?)」。要は、金氏を細くかっこよく撮ってくれよと。ジョークではあるものの、金氏への気遣いだと見て取れた。

      共同声明に盛り込まれなかった「IAEAの査察」の今後      

    両者が署名した共同声明にはCVID(完全かつ検証可能で不可逆的な非核化)の文言はなく、果たしてこれでよいのかと戸惑うものの、こうしたトランプ氏の振る舞いを見ていると、共同声明にある「Reaffirming the April 27, 2018 Panmunjom Declaration, the DPRK commits to work toward complete denuclearization of the Korean Peninsula.(2018年4月27日の板門店宣言を再確認し、北朝鮮は朝鮮半島の完全な非核化に向け取り組む)」の下りは期待できるようにも思えてくる。

    トランプ氏の単独の記者会見でも「Chairman Kim has told me that North Korea is already destroying a major missile engine testing site that's not in your signed document. (合意文書を調印した後に金氏から「北朝鮮は既に主要なミサイルエンジン実験場の破壊に取り掛かっている」と口頭で伝えられた)」と述べていた。金氏の非核化に向けたヤル気を察知したのかもしれない。

    だとすると、金氏が非核化への準備をしているのであれば、IAEA(国際原子力機関)による査察を共同声明として提案すべきでなかったか。すなわち、核が保管されている施設を申告させて場所を明確にする「特定査察」、そこに監視カメラを設置して、平和目的かどうかを監視する「通常査察」、そして、監視によって疑惑が出た場合には「特別査察」を行うことだ。トランプ氏は「IAEAの査察を受け入れれば、アメリカだけでなく国際社会も歓迎するよ。君はあすからヒーローになれる」とアドバイスすべきではなかったか。

    さらに、問題になると思ったのは、会談後の記者会見でトランプ氏がアメリカと韓国が行っている合同軍事演習を凍結すると発言したことだ。理由は「経費節減」のようだが、この会見を聞いて誰しもが、近い将来、朝鮮戦争の終結に合意し在韓米軍を撤収するのではないかと印象付けたに違いない。

    前回ブログの繰り返しになるが、韓国の文在寅大統領は在韓米軍撤収の動きと連動して「一国二制度」の半島統一に素早く動くのではないだろうか。一方で非核化へのプロセスは4、5年の中長期にわたると言われている。その間、核弾頭が存在すれば「いつの間にか韓国と北は核を共有している」という事態にならないだろうか。国際政治の舞台はいろいろイメージを膨らませてくれる。(※米朝首脳会談後、トランプ氏の記者会見を伝えるNHKニュース=12日午後7時25分)

⇒13日(水)朝・金沢の天気    あめ

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☆トランプの赤ネクタイ-上-

2018年06月12日 | ⇒ニュース走査

       アメリカのトランプ大統領はやはり赤いネクタイだった。ズボンのチャック辺りまで長く垂らす、見慣れたスタイルだ。この赤いネクタイは「勝負ネクタイ」というより、平常心を保つための「落ち着きネクタイ」ではないのか。きょう12日午前、シンガポールで北朝鮮の金正恩党委員長の2人だけの会談に入る前のトランプ氏の姿を視聴した印象だ。

   その2人の会見の様子で気になった言葉は、金氏の「ここまでくるのは容易ではなかった。我々の足をひっぱる過去があり、誤った偏見と慣行が我々の目と耳をふさぐこともあったが、我々はそのすべてを乗り越えてここまで来た」と述べて笑みを見せたことだ。この「我々」とは金氏とトランプ氏の2人のことなのか、あるいは北朝鮮の国を指すのか。「我々」の解釈によって意味が全く違う。北朝鮮の国を指す場合は、相手(アメリカ)を罵っているように聞こえる。このフレーズ全体を聞けばやはり金氏の「我々」は北朝鮮の国を指す。ところが、トランプ氏は「その通りだ」と応じ、再度握手した。通訳を介しての対話なので、トランプ氏には「We」と伝えられ、金氏とトランプ氏の2人のことと解釈したに違いない。

       「朝鮮戦争の終戦宣言」と「核あり統一」の複雑化   

   2人だけの会談の内容については午後にトランプ大統領が記者会見するようだが、最近の米朝首脳会談の論調で気になることがある。それは「完全な非核化」と併せて「朝鮮戦争の終戦宣言」をトランプ氏サイドから打ち上がっていることだ。

   首脳会談で「完全な非核化」がこじれ、とりあえずの成果として「朝鮮戦争の終戦宣言」が優先した場合、この歴史的な対話は少々おかしな方向うのではないかと考え込んでしまう。というのも、終戦宣言となれば、次は南北の統一だろう。当面は一国二制度かもしれない。とすると、核を保有したままで半島統一となる可能性も出てくる。実際、日本と違って韓国では核兵器の保有論は一定の支持を得ている。韓国ギャラップの調査(2017年9月5-7日、1004人対象)では韓国の核保有に賛成する意見は60%で、反対は35%なのだ(2017年9月9日付・産経ニュース電子版)。

   韓国の文在寅大統領は、これまでの外交成果を軸に北朝鮮と交渉を続けるだろう。北朝鮮の非核化を前提としての交渉ではなく、「一国二制度」のような構想を互いに模索するのかもしれない。そうすれば、韓国にとって在韓米軍や米韓軍事演習も不要となる。さらに核保有国として、近隣諸国に睨みを効かせることができる。「いつの間にか韓国は核保有国」のシナリオで描いているのではないだろうか。それを国民も反対しないとなれば、なおさらである。

   「核なき統一」は日本もアメリカも国際社会も望むところだ。それが「核ありの統一」ということが鮮明になった場合、日本の外交スタンスもガラリと変わる。油断ならない。(※写真は米朝首脳会談の様子を伝えるTBSWeb版)

⇒12日(火)午前・金沢の天気     あめ

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★米朝首脳会談への勘ぐり

2018年06月11日 | ⇒メディア時評

  いよいよ歴史に刻まれることになる米朝首脳会談が始まる。ただ、成果は出せるのだろうか。メディア各社の記事を読んでもその点ではぼかしが入っている。たとえば、会談の成果は北の非核化と安全の保証に関する合意文書の取り交わしだろうと想像するが、アメリカCNNのWebニュース=写真=をのぞいても成果予想が分からない。以下引用文。「Trump chases the ultimate deal at Singapore summit, but will Kim let him seal it? (トランプ氏はシンガポール首脳会議で究極の取引を追うけれども、キム氏はそれを封印するのではないか?)」

   会談で仮に金氏が非核化に応じたとしても、IAEA(国際原子力機関)による査察に応じるのだろうか。IAEAの査察(検証活動)はしっかりしている。核が保管されている施設を申告させて場所を明確にする「特定査察」、そこに監視カメラを設置して、平和目的かどうかを監視する「通常査察」、そして、監視によって疑惑が出た場合には「特別査察」を行う。このIAEAの検証活動を合意文書に盛り込めなければ、単なる口約束にすぎない。つまり、非核化は約束はするがIAEAの査察についてぼかす、あるいは逃げ切る。CNNの記事にある「封印」はまさにこのことだ。

   韓国の聯合ニュースのWebニュース(日本語版)は、金氏がシンガポールに到着したときの様子を伝えている。10日朝に平壌から3機の航空機が飛び立ち、正午すぎにシンガポールのチャンギ空港に到着した。1機は北朝鮮の輸送機(IL-76)で移動用の専用車のベンツや、移動式トイレを搭載してきたという。トイレは、排出物の状態から金氏の健康状態に関する情報が外部に漏れないようにするためだと記載されている。トイレの一件を疑ってしまう。「健康状態」というよりも、ひょっとしてもっと別なことがあるのではないかと。勘ぐり過ぎか。

   続いて、中国国際航空の旅客機ボーイング747、そして金氏の専用機「チャムメ1号」が到着した。金氏が乗っていたのは中国国際航空機の方だった。聯合ニュースは、専用機は旧ソ連が1963年に初飛行させた「イリューシン62型」で、老朽化が指摘される。これまで長距離飛行の実績もなく、金氏が「安全」のため専用機には搭乗しなかったとの見方もあると伝えている。ここで気がついた。金氏は5月8日に中国の大連を訪れ、習近平氏と会った。2人は3月25-28日に北京で会談をしたばかり。立て続けの訪中はどこか不自然と感じていたが、「主席がいつも乗っている航空機を貸してください」とお願いに行ったのか、と。これも勘ぐり過ぎか。

⇒11日(月)朝・金沢の天気   くもり

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☆日本型移民政策

2018年06月08日 | ⇒トレンド探査

    最近金沢でも外国人の働き手が増えている。先日、近所の「auショップ」に行くと、「イラッシャイマセ」と声をかけてきた男性スタッフがいた。聞けばネパール人でこの4月から社員として働いている。英語が堪能で「いろいろなお客さん(外個人)に対応しています」と。その後も自転車に乗って近所を走る姿をたまに見かける。近くの「ローソン」でもネパール人の女性がレジを担当している。「アリス学園(金沢にある日本語学校)で特訓中です」と。外国人労働者が身の回りにいることは日常の光景になりつつある。

    政府は先日(5日)の経済財政諮問会議で、経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)の原案を公表した。各紙に目を通すと「日本型移民政策」の構図が浮かんでくる。特徴的なのは、新たな在留資格だ。これまで最長5年の「技能実習」を終えた人や、一定の語学力や技能を持った人が対象で、最長で5年間滞在できる。主に5分野で、農業、介護、建設、宿泊関連、造船が想定されている。家族の帯同は基本的には認めていないが、期間中に専門性が認められた場合は在留期間の上限を取り除き、家族帯同を認めることも検討するとしている。5分野で2025年までに50万人の就業を想定している。

    率直にこの政府方針は有効なのだろうか。25年までに外国人労働者を50万人受け入れると言っても、まったく不足している。何しろ、日本の労働人口は毎年30-40万人減少している。数百万の規模で外国人労働者を受け入れる準備をしなけらば日本の経済は成り立たないではないかと推測している。

    実はもう一つの「日本型移民政策」が動いている。政府は、2020年を目途に留学生受入れ30万人を目指す「留学生30万人計画」を外務省や文部科学省に指示して推進している。たとえば、金沢大学でも2023年までに外国人留学生2200人の受け入れを目指している。日本の大学で専門性を身につけた留学生に日本の企業で就職してもらう取り組みも並行して行われている。2016年の統計だが、留学生による日本企業への就職は1万9435人で過去最高となった(法務省入国管理局まとめ)。法務省は留学の在留資格を発行していて、留学生がさらに国内の企業へ就職する場合は在留資格の変更許可を申請することになるので数値として把握している。

   日本企業に就職した留学生の国籍・地域別の上位は、中国1万1039人と圧倒的に多く、ベトナム2488人、韓国1422人、ネパール1167人、台湾689人とアジア諸国が95%を占める。主な職務内容は「翻訳・通訳」7515人、「販売・営業」4759人、「海外業務」3103人、「技術開発(情報処理分野)」1990人など。

        確かに、留学生の中でも日本での就職の期待度は高い。昨年6月に金沢市で開催された留学生と地場企業による交流会に120人の留学生が参加した=写真=。社員52人のうち28人が外国人という繊維会社(インテリア、スポーツ衣料)では生産管理と品質管理、営業はベトナムや中国人スタッフが担当し、金沢本社とアジアの生産工場を往復する。留学生からは働き方、休日の過ごし方などに質問が相次いだ。

   海外に生産拠点を置く企業だけでなく、国内のサービス産業やITベンチャー企業も外国人採用枠を増やしている。少子高齢化の日本経済の行方は外国人動労者の確保にかかっている。ドイツではすでに人口の15%程度の外国人労働者を受け入れている。

⇒8日(金)朝・金沢の天気     はれ

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★子への虐待、日米の認識度

2018年06月07日 | ⇒ニュース走査

      5歳の女の子が虐待を受け死亡した東京・目黒区での事件=写真=。女の子が書き残した文章を読むと実に痛ましい。この子は必死で親に気持ちを伝えようとした。しかし、親は無視はしたのだろう、伝わらなかった。この子には文章による訴える力がある。5歳児とは思えないくらいだ。以下、朝日新聞Webニュースより。

   もうパパとママにいわれなくてもしっかりとじぶんからきょうよりもっともっとあしたはできるようにするから もうおねがい ゆるして ゆるしてください おねがいします

    ほんとうにもうおなじことはしません ゆるして きのうぜんぜんできてなかったこと これまでまいにちやってきたことをなおします

    これまでどれだけあほみたいにあそんでいたか あそぶってあほみたいなことやめるので もうぜったいぜったいやらないからね ぜったいぜったいやくそくします

   涙を誘うフレーズは「じぶんからきょうよりもっともっとあしたはできるようにするから」だ。今日よりもっと明日は出来るようにする。もう1フレーズ。「きのうぜんぜんできてなかったこと これまでまいにちやってきたことをなおします」。昨日できなかったこと、これまで毎日やってきたことを直します。時間軸に身を置いて、明日はもっとよくする、という5歳の強い意思表示だと読み取れる。この子のどこに罪があるというのか、あるはずがない。

   昨日、子どもの虐待について知人らと話していると、アメリカで子育てをした経験のある研究者が「アメリカでは子供といっしょに風呂に入るだけでも虐待とみなされる」と。このひと言に驚き、「なぜ」と問うと、「狭い空間で裸でいると性的虐待が疑われるということなんだ」と。研究者も知人から聞いて調べたという。アメリカの在ナッシュビル日本総領事館のホームページに事例がいくつか出ていると教えてくれた。同総領事館HPの「安全情報」の中の「米国での生活上の注意事項」に掲載されている。

   入浴に関する事例は、HPを引用する。「某日、幼稚園に通う少女が、父親と一緒にお風呂に入るのがいやだと幼稚園の作文に書いた」、すると「幼稚園の先生が、児童虐待(性的暴力)容疑者として父親を州政府の児童保護局に通報し、調査活動が行われた」。また、「某日、乳児をお風呂に入れている写真を近所のドラッグストアで現像に出した」、すると「ドラッグストアが児童に対する虐待容疑で児童保護局に通報し、児童虐待(性的虐待)容疑で調査活動が行われた」。いずれの事例も実際に邦人がアメリカで体験したケースのようだ。 

   日本とアメリカの文化による認識の違いで、日本では許容されることでも、アメリカでは「犯罪」として扱われる事例だろう。入浴のほかにも、言うことを聞かない子どもの頭を人前でたたいたり、買い物をするときに、乳幼児を車に置いて離れたりすることなども、虐待の容疑で親の身柄が拘束されることもあるようだ。

   総領事館のHPで掲載されている事例を読んで思うのは、文化による認識の違いや誤解があるにせよ、アメリカでは「善意の通報」が行き届いていることだ。ところが、日本では目の前で親から子へのあからさまな暴力があったとしても、「関知せず」であえて見過ごすケースがあるのではないだろうか。アメリカでは人権侵害としての児童虐待の観念が徹底しているので第三者が通報する。日本では虐待なのか「しつけ」「教育」なのかグレーゾーンととらえられ、看過されるケースが起きるのではないだろうか。

   冒頭の5歳の女の子に多数の「善意の通報」があれば救われていたに違いない。

⇒7日(木)朝・金沢の天気     はれ

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☆「百万石まつり」に読む「井の中の蛙」

2018年06月04日 | ⇒ランダム書評

   ことしの「金沢百万石まつり」は何かと話題になった。1日夜に行われた浅野川での「加賀友禅燈ろう流し」で、1200個の灯籠のうち川面に灯篭が溜まり、灯籠のろうそくの火が次々と半数に燃え移った。灯籠は伝統工芸の加賀友禅の作家や大学生たちが一つ一つ和紙に絵付けしたもの。たまたま目撃した知人の話だと「火の海という感じで、イベントのクライマックスかと思った」と。祭りの前夜祭が妙な盛り上がり方をしたものだ。

   2日の百万石行列は地元のテレビ局の中継番組を視聴した。藩祖・前田利家役が俳優の高橋克典、お松の方役が女優の羽田美智子の両氏。JR金沢駅前で高橋利家が「皆のもの、いざ出立じゃ」と第一声を発して行列が始まった。主催者発表で42万人の人出となったようだ。武者行列に甲冑を付けて参加した地元女性から聞いた話。「女子もボランティアとして参加でき面白い。見るだけじゃつまらないから」「金沢商工会議所で甲冑を身に付けて、それからJR金沢駅に移動。甲冑姿でバスに乗ると妙な感じで、インスタ映えするのか、周囲から写真をよく撮られた」と楽しそうだった。

   3日は百万石茶会に参加した。兼六園の時雨亭では吉倉虚白宗匠(表千家)の茶席に。茶室から深緑の庭園を眺めると抹茶がさらに美味しく感じられた。もう一席。金沢21世紀美術館横の茶室「松涛庵」では立礼席で一服。待合で小学生らしき子どもたちがいた。皆それぞれに懐紙を持参しているので、横に座った男の子に尋ねると、「福井から13人で来ました。みんなでお茶を習っています。百万石茶会を楽しみに来ました」と。ちょっと緊張した面持ちながら無駄のない、あっぱれなものの言い方だった。

   午後から石川県立歴史博物館に赴いた。「明治維新と石川県誕生」という特別展を見に行ったのだが、すでに先週5月27日で終了していた。そこで、図録=写真=を購入し読んだ。興味深かったのは、1871(明治4)年7月の廃藩置県で薩摩出身の内田政風が初代の石川県令(知事)として金沢に赴任したときの手紙だ。図録によると、内田はもともと薩摩藩主・島津久光の側近だった。島津は西郷や大久保ら政府の開化政策を公然と批判していたため、島津の力を削ぐためにあえて側近の内田が地方官として出されたようだ。薩摩から石川県のトップは金沢で何を見て、何を感じたのか。

   図録には、内田が同年10月5日に大久保利通と西郷隆盛らに宛てた書簡の内容が掲載されている。実際の書簡は長さ3㍍に及ぶ長文。城下町で消費都市であった金沢の経済を回すために米切手の発行を認めてほしいと要求している。藩政時代は各藩が年貢の米を見込んで米商人に米切手を発行して財政赤字を補っていた。明治政府は正規通貨の流通の妨げになるとして、明治4年4月に米切手の流通禁止を命じている。禁止されことをあえて復活させてほしいと嘆願するほど県の財政は困窮していたのだろう。

   さらに面白いのは当時の金沢での士族たちの在り様を評している。士族たちは「過禄」、つまり十分過ぎるほど米を与えられており、百万石の大藩ゆえに「井の中の蛙(かわず)」だと書いている。明治維新の世の動きを理解していないと嘆いているのだ。内田は1875(明治8)年3月に県令を辞任し、再び島津家に仕えた。その2年後、1877(明治10)年に西郷隆盛を中心に士族の反乱「西南の役」が起きる。さらに翌年、事件が起きる。政府の処遇に反発する、いわゆる「不平士族」の島田一郎らが1878(明治11)年5月に大久保利通を東京・紀尾井坂で暗殺する。実行犯6人のうち島田ら5人は元加賀藩士だった。

   内田は明治26年、77歳で亡くなるのだが、この金沢の不平士族らによる大久保の訃報に接して何を想っただろうか。やはり「井の中の蛙 大海を知らず」と嘆いたのだろうか。金沢百万石まつりの3日間は珍しく晴れの良い天気で、レンガ造りの歴史博物館は青空に映えた。「井の中の蛙…」の続きの句を思い出した。「されど空の深さを知る」。とりとめのない文章になった。

⇒4日(月)朝・金沢の天気     はれ 

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