地上デジタル放送対応のテレビを購入してよくなったと思うのは画質もさることながら、音声だ。これまでのアナログ対応ではクラシック音楽の高音の部分が聞き取れなかったりしたが、地デジ対応テレビではすっと耳に入ってくる。こうした音質の改善もあってか、最近テレビでクラシック番組が増えたように感じる。ところで、きょう大晦日は地デジをめぐって我が家でちょっとした喧騒があった。
NHK教育で、N響による第九の演奏が放送された。指揮者はクルト・マズアだ。82歳・マズアといえば、「あれから20年」である。ベルリンの壁崩壊につながったとされる1989年10月9日、旧東ドイツのライプチヒで「月曜デモ」が起きた。民主化を要求するデモ参加者に、秘密警察と軍隊が銃口を向け、にらみ合いとなった。このとき、マズアは東ドイツ当局と市民に「私たちに必要なのは自由な対話だ」と平和的解決を要望するメッセージを発表した。この流血なき非暴力の反政府デモが広がり、「月曜デモ」の9日後にホーネッカー議長が退任し、11月9日のベルリンの壁崩、東西ドイツは統一へと向かう。そして、ベートーベンの第九は東西ドイツ統一の賛歌になった。そんなマズアの歴史的な功績に思いを重ね合わせながら、NHK教育の第九に耳を澄ませていた。
午後9時10分ごろ、第4楽章に入って合唱でクライマックスを迎えた。このとき、家人が「もうそろそろチャンネルをNHK総合に切り替えてくれない」という。 「えっ、第4楽章のいいところなに何で」といぶかると、午後9時過ぎごろからNHK紅白歌合戦にスーザン・ボイルが出演して、そろそろ歌うのだという。スーザン・ボイルはイギリスのスター発掘番組でミュージカル「レ・ミゼラブル」の「夢やぶれて」を歌って、一気にスターダムにのし上がった「おばさん歌手」。「数分で終わるから聴きたい」と半ばすごまれて、しかたなくNHK総合にチャンネルを変えた。スーザン・ボイルの歌声もそれはそれでよかった。眉毛も細くなっていて、あか抜けした感じがした。
スーザン・ボイルが終わって、即NHK教育にチャンネルを戻した。間に合って、第4楽章の感動のフィナーレを聴くことができた。すると、リモコンを握った家人が演奏が終わると同時にブチッとNHK総合に切り変えた。「何するんだ。演奏には余韻というものがあるだろう」と抗議すると、「スーザン・ボイルに続いて矢沢永吉が出る」という。「時間よ止まれ」と「コバルトの空」を歌うらしい。マズアが聴けただけでも良しとして、その場を退散した。
それにしても、NHKはマズアの第九の第4楽章と、スーザン・ボイルの歌声が同時刻ぐらいに重なると計算していたのか、いなかったのかとふと思った。そんな喧騒は我が家だけだったのだろうか…。
ことろで、マズアがつい最近(09年12月15日)、金沢でオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)と共演してメンデルスゾーンの交響曲第4番「イタリア」を振った。OEKのプロデューサー氏から後日聞いた話だ。ことしはベルリンの壁崩壊20周年に当たり、当然話題に上った。すると、マズアは「革命の闘士のようにいわれることは今でも心外。私は指揮者なのだ」と笑っていたという。ベルリンの壁崩壊は、先導者によるものではなく、あくまでも市民革命だったのだ。そういいたかったのだろう。
⇒31日(金)夜・金沢の天気 くもり