自在コラム

⇒ 日常で観察したことや環境問題、金沢大学での見聞、マスメディアとインターネットについての考察を紹介する宇野文夫のコラム

★廻り 焼香

2015年02月27日 | ⇒トピック往来

  これまでいくつかの通夜・葬儀に参列した。今回、初めて「廻(まわ)り焼香」というものを体験させてもらった。24日逝去された角間俊夫氏(享年75歳)の通夜が昨夜(2月26日)、金沢市鳴和台のセレモニーホールで執り行われた。

  角間氏は食品・酒類の総合商社「カナカン」の元会長。2001年から07年まで北陸朝日放送の社長をされ、その間、私は同局の報道制作局長として在任したことがあり、仕事上も人生の先輩としても教えを乞うた。そのとき感じたことは人脈の広さだった。金沢商工会議所副会頭、全国法人会総連合会筆頭副会長といった名誉職だけでなく、食品など手がけるビジネス上の深いつながりというものを感じた。こんな話をしてくれたことを思い出す。「私は金沢の郊外の角間(かくま)という山間地に実家があって、幼いころ近所のおばさんたちが柿やナシなど道行く人に売っていた。そのとき、柿10個を売る際に値引きをするのではなく、2個おまけをつけるという販売方法だった。売価を下げず、インセンティブを与えるやり方だった。そんな姿を見て、ビジネスに興味を持った」と。人の話によく耳を傾け、自らの言葉で語る人だった。

  人脈が深く広い人だったので、通夜の当日はセレモニーホールの近くの主要地方道が一時渋滞になるくらいに大勢の弔問客が訪れていた。受付を済ませると列につく。焼香台まで80㍍はあっただろうか。スピーカーから流れる僧侶の読経を聴きながらゆっくりと前へ進むのである。その列の中にはかつてのテレビ局時代の仲間や、地元選出の代議士や大学の学長の顔見知りもいて、立ちながら軽く会釈をして挨拶を交わす。読経が終わり、葬儀委員長(会社社長)の挨拶の言葉もスピーカー越しだった。そのとき、「大勢の方々に弔慰をいただき、廻り焼香というカタチにさせていただきました」と聴いて、そんな言葉があったのだと初めて分かった。午後5時に葬儀場に入って、焼香を終えたのは同34分だった。焼香を終えたらそのまま帰るのだが、次から次と弔問客が訪れている。確かにこの「廻り焼香」という形式にしないと会場は大混乱になると思った。

  この「廻り焼香」は初めて見た葬儀形式だったので、これは著名人ならではなのかと思ったら、そうでもないらしい。インターネットで「廻り焼香」を検索すると、福井県ではこの廻り焼香だと解説していページを見つけた。地域のつながりが深く、通夜や葬儀・告別式の弔問客が多かった頃の名残として、廻り焼香の風習が今でもあるらしい。通夜や葬儀・告別式の開式前から参列し、焼香を終えた人から帰るもので、多くの弔問客が滞りなく焼香を済ませるための知恵だったが、葬儀が小規模化した今でも廻り焼香の風習は生きていて、参列者は焼香を終えたら帰るのが一般的だという。

  おそらくきょう正午からの葬儀・告別式にも大勢の方々弔問され、廻り焼香だろう。人脈が人の波になって弔問の列が途切れることはない。角間さんらしいお別れのステージである。

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