自在コラム

⇒ 日常での観察や大学キャンパスでの見聞、環境や時事問題、メディアとネットの考察などを紹介する宇野文夫のコラム

★キャンデーの警告

2009年04月04日 | ⇒ドキュメント回廊

 4月2日午後、能登半島に出張した。市役所など5ヵ所を車で回り、昼食は14時を回っていた。この日の16時30分から金沢で打ち合わせがあるので、ファミリーレストランに駆け込んで、「海鮮スープスパゲティ」を注文した。「大盛りはできますか」と店員に尋ねると、「スパゲティはできません」と言う。きょうのテーマの伏線はおそらくここから始まる。

  海鮮スープスパゲティは具沢山でそれはそれで満足感はあった。が、早食いのせいで、「ひもじさ」が少々残った。レジで代金を払い、ふとレジの周りを見ると「特濃黒ごまミルク」という文字が目に飛び込んできた。「これください」と言ってしまった。黒ゴマは好きな食材で、「黒ゴマ入りのミルクキャラメル」と勝手に解釈して手にとってしまった。126円だった。1粒が17kcal、黒ゴマが入るとカロリーは高いと思いながら口に入れ、再び車に乗リ込んだ。軟らかなキャラメルを期待したのだが、キャンデーだった。口に含んだらゆっくりとは出来ない性分で、すぐ噛んでしまう。ガリガリと。農厚な味だが甘くはない。さらに2粒目を口に入れ、ガリガリと。事件はここで起きた。

  嫌な予感と同時に口の中に違和感が走った。舌に「重い」ものが転がってきたのである。瞬間、「またやってしまった」と後悔の念がこみ上げ、思わず特濃黒ごまミルクのパッケージを左手で握りしめた。右下あごの奥歯に被せてあった金属がポロリと取れたのだ。ガリガリと噛むと、歯に大きなバイアスがかかり、とくに硬いキャンデーの場合は一点にその力が集中するので、角度が悪いと歯が欠けたり、被せた金属が取れると歯医者から言い聞かされていた。実は10年ほど前にも同じ経験をしていたのだ。後悔は、2度同じ過ちを繰り返した不注意さと、ひもじさに勝てない理性に対してである。と同時に、歯科治療の現場で起きるであろう苦痛のドラマを想像すると身の毛がよだった。

  翌日3日、職場の近くの歯科医に予約を入れた。夕方、出かけた。歯のレントゲン撮影から始まった。モニター画面に映し出されたX線写真を指し示しながら、歯科医は「金属を支えていた心棒が途中で折れていますね。これを抜き取るのは少々面倒かもしれませんが…」と続けて、「それにしても歯周病が随分と進んでいますよ。このまま放っておいたら、あと2年ぐらいで歯がガタガタになるかもしれませんね」「まず、歯石を徹底的に取り除きましょう」と。これは心外な言葉だった。

  6年ほど前から歯周病には気を使っていて、朝晩の歯磨き。それに歯間ブラシも欠かさなかった。そして仕上げは洗口液「リステリン」だ。磨き残しの歯垢に細菌がいても、リステリンの殺菌効果で除去できる。それ以来、朝起きたときの口内の粘りもなく、歯周病対策は完璧だと確信していた。だから、「歯周病が進んでいる」という医者の言葉は意外だったのだ。しかし、現実に写真で説明を受けると、歯石が付着し、歯肉で見えない歯の部分は確かに以前よりやせ細っていいる。歯だと思っていたのは歯石だった。歯周病が進行中と分かり愕然とした。よく考えれば、歯磨きは手抜きだったかもしれない。リステリンで殺菌していると思っていたが、口でゆすぐのはせいぜいが10秒程度でその効果は薄かったのかもしれない。つまり、その効果を過信していただけだったのだ。

  目隠しをされ、下あごの歯石の除去作業が始まった。「痛みを感じたら左手を挙げて」と歯科衛生士の女性が丁寧に言ってくれたが、正直痛く、涙がにじんだ。目隠しはその涙を隠すのにちょうどよいと思った。それにしてもキューンという機械音は神経的な苦痛を倍加させる。除去が始まる前、歯科衛生士に「手掘りにしていただけませんか」と申し出たのだが、「それだと歯に負荷がかかるので、超音波の方がよいと思いますよ」と説得された。

  レントゲン撮影と歯石除去、抜けた歯の部分の「型どり」までざっと90分。悔恨と苦痛、そして再生への希望とストーリーはめまぐるしく展開した。治療イスで時折、口をゆすぎながら思った。ひょっとして、あの時、特濃黒ごまミルクのキャンデーを食べなかったら、歯科クリニックには来なかった。クリニックに来なければ、歯周病が密かに進行していることに気づくこともなかった。気づかなければ、2年後には入れ歯をする運命になるかもしれない。そうか、これは「キャンデーの警告」だったのだ。

  ちなみに、通院を始めた歯科医院は「オードリー歯科(Audrey Dental Office)」。通勤バスの通り道にあり、その医院名が以前から気になっていた。最後にその日の治療費を払って、思い切って受付の女性に尋ねてみた。「オードリーという名は、院長先生がオードリー・ヘップバーンのファンなのですか」と。すると女性は「その質問はたまにあるのですが、大通りに面しているのでオードリーと名付けたようですよ。お大事に」と手短に。歯科医院を出ると、辺りはすでに暗く、18時47分だった。

⇒4日(金)朝・金沢の天気  くもり  

コメント (1)
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